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「『海』、『飛行機雲』、『揺れる』」
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先日の買い物から一夜明けた翌日。
朝七時頃、淑の家の前に全員が集合していた。
みんな動きやすさと快適さを重視したのか、薄着が多く下に水着を着ていることが分かる。
現に、噺も下は普通の半ズボンではなくアロハ柄の水着だ。
子供が子供で話す中、緩和は淑の母親である
どことなく、雰囲気が似ている二人だ。
「久しぶりね〜。変わってなくて驚いたわ。」
「そっちこそ、全然変わってない。もしかして、まだ旦那さんとラブラブなの?」
「もっちろん!」
中身のなさそうな会話を繰り広げるているが、ここに何時までも居る訳にはいかないので、渋々噺は二人の会話に混ざりに行く。
だかそこで、彼には意味が分からない話がされていた。
「あの子たち、まだ気付いてないみたいよ。」
「やっぱりね。…でも、初々しいわよ。あの子ったら、噺君のことすっごく楽しそうに喋るんだもの。」
「うちもうちも。淑ちゃんのこと、楽しそう喋ってるわ。」
「……二人共、悪いけど時間があれだから出発の準備をお願いしてもいい?」
「やだ!?もうそんな時間。緩和、話は後にしましょうか」
「そうね、子供に迷惑はかけられないし。」
そう言うと、二人そそくさと準備を始めていった。
しかし、彼は二人が話していた会話の中身の意味を考える。
名指ししてはないにしろ、自分と淑のことを言っているのは明確。
だったら────
「『まだ気付いてないみたい』って、どういう事だ……。」
大型の白いワゴン車に乗り込み、目的地を目指す。
運転は緩和と優和の交代制な為、運転席に緩和で助手席に優和。
後ろは一列目に淑・噺・誠袈、二列目に風輝・敬・明の順だ。
最初は男女別の方が分かりやすいと言ったのだが、どうしてか誠袈が猛反対しこうなってしまった。
別に噺が文句を言うことはないが、代わりに心臓が飛び出るレベルで高鳴っている。
原因は淑と誠袈。
走り始めてからずっと、彼を奪い合うように胸を押し付けながら、耳元で話しかけてくるからだ。
何時、理性が蒸発しても可笑しくない状況だが、三人以外は平和に車内で会話や娯楽を楽しんでいた。
両腕に当たる水枕のような柔らかい感触から目を背け、自然を装いながら朗らかに笑って話をする。
すると、それが気に入らなかったのか、一段と腕を締め付ける強さが上がり、比例して押し付けられる果実の面積も増える。
…海に行く前に理性が死ぬか、海に行った後に理性が死ぬか。
究極でもなんでもない、最悪な二択が彼に迫っていた。
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広がる砂浜、煌めく海、燦々とこちらを照らす太陽。
まさしく、海。
車で二時間弱、途中休憩も挟んで二時間丁度。
海に着いた一行は、その景色に感動しながら武者震いをし、今すぐ飛び出したいと言った雰囲気。
保護者役の二人は旅館に先に行って荷物を置いてくると言って、最低限必要なものだけ噺たちに預け車を出していった。
ビーチパラソルやクーラーボックスにレジャーシート、最後にサマーベットが一つ。
一人でやるのは面倒だが、うずうずしている彼らに手伝わせても手間が増えるだけだ。
噺は一人苦笑しながら言った。
「行きたいんでしょ?行っていいよ。僕がビーチパラソルやらなんやらは済ませちゃうから。」
「マジか!察すが噺!」
「オレも行く!」
「私も私も〜!」
「じゃ、じゃあ、私も。」
「私は残って浅井くんを手伝いますよ。元々私の家の物ですから、私の方が取り扱いには慣れてますし。」
淑以外は更衣室へとダッシュ。
途中、転びそうな者も居たが何とか無事に辿り着いている。
それを微笑ましく見送りつつ、二人は準備に取り掛かった。
人が五人寝っ転がっても大丈夫なほど大きなレジャーシートを敷き、二本のピーチパラソルを地面に刺して開き、サマーベットとクーラーボックスを日陰になる適当な場所に置いた。
設営自体はものの十分程で終わってしまったので、淑だけが歩いて更衣室に向かった。
噺は下に水着を着ているので、上着のシャツを脱いでラッシュパーカーを着れば完璧である。
先に行った組は……既に海に飛び込んでいた。
荷物番が必要なので、座って彼らが遊ぶさまを見ること数分。
同じくラッシュパーカーを羽織った淑が隣に腰を下ろした。
お互い、何かを喋ることは無く、無言で海を見つめる。
結局、彼の方が先に無言に耐えきれず折れてしまい、彼女に話し掛けた。
「行かなくていいの?…僕が荷物番やってるから行ってきなよ。どうせ、お母さんたちもすぐ来るんだし。」
「だったら、私もここに居ます。…お母さんたちが来て、浅井くんがあっちに居る皆さんに混ざるまで。」
「清水さんって、結構頑固だよね。」
「そうですよ、結構頑固なんです…私。」
そう言って微笑む淑。
ポツポツと会話を続ける中、彼女は噺が首にかけている首飾りのような物に気付いた。
ネックレスなど持っていただろうか?
そんな疑問を放っておくのが嫌だった彼女は、堂々と疑問を口に出した。
「その首飾り──と言うかネックレスは何ですか?」
「ああ、これか。…お守りで、宝物…かな?」
「付いているのは玩具の指輪ですよね?」
「ううんと〜。説明するのは……まぁ、清水さんだったら良いか。」
続けざまに、彼は七月七日に起こったことを話した。
恐らく、自分が失恋したことも。
…それを、淑は静かに聞いた。
時に相槌をして、時に頷いて。
話がようやく終わると、また彼女が口を開いた。
「浅井くんの失恋…ですか。初恋…だったんでしょうか?」
「さぁ。僕自身も恋なんて初めてだし、そんなの分かんないよ。…でもさ、これはあいつが初めて貰うプレゼントになるはずだったんだ。小学校までは、クラスに上手く馴染めなくてプレゼントなんて貰えず。中学生デビューしても、完全に心を開ける人物は出来ず、誕生日すら伝えられなかった。ひっどい話だよね。…きっと光には経験したことがない初めてがいっぱいあったんだ。…最近は、そのことばっかり考えてる。…あれもやってなかったんだろうな〜とか、これもどうせやったことなかったんだろうな〜とか…さ。」
酷く悲しそうに語る噺を見るのが淑は嫌で、隣に居るのに見てもらえてない現状が嫌で。
……それ以上に、本当に辛そうに語っているのに、それに嫉妬してしまっている自分が嫌だった。
悲しまないで欲しい、自分を見て欲しい。
同時に持った感情の片方に、明確な嫌悪感を抱きつつも──口に出さないなんて出来なかった。
(私、最低だ。浅井くんがこんなに辛そうにしてるのに…私は、彼にそんなに思われてる光さんに嫉妬している。)
苦しくて辛いのが分かってるのに…出てくる思は一つになった。
(私だけを見て!私なら、あなたの悲しさも辛さも変えてみせるから!)
そんな事、言える訳はなくて。
でも、思いは伝えたくて、自然と口から言葉が出た。
「なら、私だけを見て下さい。今は、今だけは目の前にいる私だけを見てください!それであなたが悲しさを、辛さを忘れられるなら私を使って下さい。」
「…ダメだよ。そんな事、君を傷つけるだけだ。」
「…浅井くんも大概分からず屋ですね!」
淑は恥ずかしい気持ちを押し殺して、自分の胸に彼の頭を抱き寄せた。
胸にかかる息がくすぐったくて、今の状況に頭が沸騰するほど熱くなるが関係ない。
噺も噺で、いきなり胸に頭が埋まったせいで若干呼吸困難になるが、それよりも顔全体を覆う柔らかい感触に淑と同様、沸騰レベルで頭が熱くなる。
(い、いきなりなんなんだ?!今日の清水さんおかしくないか?!?!)
彼がパシパシと足を優しくて叩いたことで、息が限界だと気付き彼女は急いで頭を離した。
揃って茹でダコのように赤い顔を逸らして、上ずった声で会話を再開した。
「あ、あの、さっきのは例えで!!本当は目の前のことに集中すれば、苦しいことや辛いことを思い出さずに済むんじゃないかなって。」
「そそ、そっか。……でも、それは最後の最後の手段にするよ。出来るならちゃんと向き合いたいから…。」
「…ですよね。ちょっとだけ、そう言うだろうなって分かってました。」
間が開く会話。
気恥ずかしくなって、噺が話題を転換する。
「そ、そう言えば、飛行機雲が見えた次の日は雨らしいよ?」
「へ、へぇ〜、初めて聞きました。」
「ま、まあ、噂なんだけどね。」
「で、ですよねぇ〜。」
お見合いよろしく、会話は続かない。
二人の心が揺れているからだろう。
淑は勿論恋心故に。
噺の場合……。
波のように、引いては寄せて、寄せては引いての繰り返し。
誠袈と淑の二人に対して同じほどの想いがあって、心が揺れ動いている。
まるで、シーソーゲームだ。
…夏は始まったばかり、燦々と照らす太陽がそう教えてくれる。
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