僕たちは三題噺の中で生きている   作:しぃ君

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二十九噺「ユメノカケラ」

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「『本』、『記憶』、『付箋』」

 

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 旅行四日目を無事に終え、帰宅した翌日。

 噺は特に何かやることがある訳では無いので、リビングのソファに寄り掛かりながら本を読んでいた。

 リビングには誠袈も居るが、言葉を交わすことは無い。

 彼女は宿題をやっているし、それを噺も分かっているので話し掛けることはなく、その空間にある音はシャーペンを走らせる音と本のページを捲る音だけだ。

 

 

 静かで落ち着いた雰囲気が漂うリビング。

 二人以外誰も居ない家なので、それを壊す者は居ない。

 ゆっくりと流れる時間、集中し合う二人。

 

 

 小腹が減った噺がソファを立った瞬間、同じく誠袈も宿題をやめて立ち上がった。

 ピッタリと言っても過言ではないタイミングで立ち上がった二人は揃って笑い、キッチンに向かう。

 

 

「…宿題お疲れ様。ご飯はどうする?」

 

「そうめんが良いです!サッパリした物を所望します。」

 

「りょーかい。片手鍋に水入れて沸かしといて、ネギとか諸々準備するから。」

 

「はい。」

 

 

 テキパキと仕事をこなしていく噺と誠袈。

 彼は迷いのない包丁捌きでネギを切り、皿やお椀を用意する。

 彼女も、片手鍋で沸かしたお湯の中にそうめんを入れていく。

 茹でたら、冷水でしめて水を良く切る。

 その後は、噺が用意した皿に盛り付けた。

 

 

 彼も、先んじてテーブルの上にある邪魔の物を少し退かして、お椀に水と氷とめんつゆに加えてネギを少々入れる。

 最後にコップや麦茶を出して終了だ。

 

 

「美味しそうですね。」

 

「だね。サッパリして良い感じだ。……じゃあ。」

 

『いただきます。』

 

 

 向かい合って座った二人は、またしてもほぼ同時にそうめんに手を付けた。

 クスリと笑いを零した後、噺が先を譲る。

 誠袈は嬉しそうにそうめんを自分のお椀に少し漬けて口にした。

 めんつゆを多く入れ過ぎたのか、中々に味が濃いがネギのお陰でサッパリ感は保たれている。

 

 

 シャキシャキとしたネギの感触と、ツルツルのそうめんの相性は最高。

 食べる手はどんどん早くなる。

 十分もしない内に、皿の半分近くが無くなっていた。

 だが、誠袈の食べるスピードは落ちていない。

 二人前作った筈なのに、彼女一人ですべて片付けてしまいそうな勢いである。

 

 

 流石に、全部持っていかれるのは不味いので、噺が話題を振った。

 

 

「誠袈はさっきまでなんの宿題してたの?」

 

「退けたのに見てなかったんですか?」

 

「だって、調理の最中だったし他の事考えるのもあれだな〜って思って。」

 

「…英語の問題集です。テストが夏休み明けにあるので、早めに終わらせて終盤に復習しようかと。」

 

「なるほど。」

 

 

 ……会話のセンスが無いのか、言葉が途切れかけたその時。

 誠袈の方から、話が振られた。

 

 

「…あの、私も聞きたかったんですけど。兄さんが読んでた本は何ですか?所々に付箋がありますけど……。」

 

「えぇっと……簡単に言えば心理学の本かな。カバー掛けてあるからタイトルが分からないと思うけど、『人が嘘をつくときの心の動き』ってタイトルなんだ。」

 

「そのままそうなタイトルですね。…内容は?」

 

「タイトル通り、嘘をつく時の人間の心の動きが細かく書かれているんだ。…一昨日かな、お母さんに夢はなんだって聞かれて。…今まで考えた事なかったんだけど、ふと思い付いたのがカウンセラーだったんだ。」

 

「カウンセラー…?」

 

 

 首を傾げながら疑問符を浮かべているであろう表情をする妹に対し、噺は自分の夢…を語った。

 誰かの助けになりたい、助けを求める人の手を取ってあげたい。

 辛く苦しい問題を抱える人に寄り添いたい。

 その問題を一緒になって解決してあげたい。

 

 

 朝陽川光と言う、助けられなかった少女のような子を増やしたくない。

 

 

「僕の手は短くて、頼りないかもしれないけど。伸ばしてあげたいんだ、もう後悔はしたくない。」

 

 

 焼き付いて消えない記憶の中で、彼女は泣きながら笑っていた。

 彼女との思い出は多くなくて、でも貰ったものは多くあった。

 

 

 夢も、その一つなのかもしれない。

 

 

「良いと思いますよ。私は応援します!」

 

「ありがとう…。あっ、早く食べちゃわないと。温くなっちゃう。」

 

「本当です!温くなったそうめんなんて、そうめんではありません!」

 

 

 先程までの空気を壊して、食事を再開する。

 お昼ご飯の後、二人揃ってソファで眠ってしまったのは……また別のお話だ。




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