僕たちは三題噺の中で生きている   作:しぃ君

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八噺「崩壊の兆し」

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「『成功』、『笑顔』、『崩落』」

 

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 誰しも、他人に触れて欲しくない過去がある。

 浅井噺にも、それはあった。

 敬に注意されてから丸一日、強迫観念の正体を考えていたが何も分からなかった。

 淑との帰り道でも、何気ない話の中で少しだけ考えていた。

 

 

 それが分かったのか、彼女も声を掛ける。

 

 

「浅井くん?考え事ですか?」

 

「…ちょっとね。気にしなくていいよ。これは僕が解決しなきゃいけない問題だから。」

 

 

 そう言う彼の言葉に、淑も深く追求する気にはならずまた話し始めた。

 取り留めもない話に花を咲かせ、下校する。

 噺も、考えるのをやめて、話に耳を傾ける。

 昨日のテレビドラマの話から、学校であったこと、はたまたただの愚痴。

 本当に何でもないことを話して歩いていた。

 

 

 偶には寄り道をしよう、と言う淑の提案を聞き受けて、近くの駄菓子屋に寄ることにした。

 駄菓子屋に行くには、踏切を渡らなければならない。

 今時、踏切を無視して渡るなんてことはしないので、大人しく遮断機が上がるのを待つのだが……

 

 

 少しづつ踏切が見えてくる。

 一瞬、体が固まった。

 背中に薄寒い気配を感じたのだ。

 すぐさま背後に振り返る。

 だが、そこには誰もいやしない。

 

 

 あるのは電柱と舗装されたアスファルト、少しの民家程度。

 変わったものはないし、人だって隣にいる淑ぐらいしか居ない。

 いきなり振り返った噺に驚き、彼女も振り向く。

 

 

「な、何かありましたか?!」

 

「ごめん。気の所為だったみたい。さぁ、早く行こう。」

 

(……君は、僕のことを──)

 

 

 淑と出会う前、中学二年生の秋頃にある少女と出会った。

 誰にでも笑顔で、気さくに話すクラスの人気者。

 一年後輩の朝陽川(あさひがわ)(ひかり)

 何かと噺に突っかかってきては、彼を遊び道具にする小悪魔系後輩の王道型。

 

 

 そして、清水淑に似ていた。

 性格はあまり似ているとは言えないが、唯一似ている部分があった。

 顔の作りだ。

 容姿の中で瞳の色も、髪色も、髪型も似ていないが、顔の作りだけはそっくりだった。

 

 

 偶然か、必然か。

 そんな事は分からない。

 

 

 実の所、彼は最初は光のことがあまり得意ではなかった。

 だが、過ごしていく内に彼女の内面に惹かれていった。

 恋ではなかったが、彼女のことを大切な友人の一人だと思っていた。

 

 

 光と共に居る生活をが少しづつ当たり前になっていった頃。

 クリスマス前日の夜に噺のスマホにある連絡が入った。

 

 

『もう、会えない。』

 

 

 急いで、電話した。

 何度も何度も電話して、出ないことに焦りが募って外に飛び出した。

 世間はクリスマス・イブで、雪が降っていた。

 寒空の下、部屋着の上に黒いコートを羽織り、走って外を探した。

 

 

 案外にも、彼女には早く会うことが出来たのだ。

 ……踏切の上でバラバラになった彼女と。

 数秒の間、何が起こったのか分からなかった。

 呆然としていた所に、駅員?らしき人が近寄ってくる。

 事情を聞かれたが、目の前の凄惨な事故現場に目を奪われた噺は、何かを話す事など出来なかった。

 

 

 事件後に聞いた話だが、彼女の家では日常的に虐待が行われていたらしい。

 ……三ヶ月、少なくとも二ヶ月半は一緒に居たはずなのに。

 彼は一切気付くことが出来なかった。

 もし、気付けたら?

 助けることが出来たのではないか?

 

 

 彼女が亡くなった当初はそんな事を考えていたが、所詮はたられば。

 過去をいくらやり直したいと思っても出来ないのだ。

 

 

 目の前にある踏切、そこで光は死んだ。

 近付く程に、寒気が増すような感覚。

 けれど、それを感じられなくさせるほどの事件が、目の前で起きようとしていた。

 五歳くらいの小さな男の子が、一人で踏切を渡ろうとしたのだ。

 

 

 それだけならまだいい。

 しかし、今は遮断機が落ちている。

 電車が間もなく訪れる証明に、大きく警報がなった。

 辺りに親御さんらしき人は見えない。

 

 

「クソっ!」

 

 

 線路に足を引っ掛けたのか、転んで身動きが取れていない。

 電車が遠目に見え始めたのと同時に、噺は走り始めた。

 淑の安全を確認しに行った時と同じかそれ以上のスピード。

 踏切まであと数メートルだったこともあり、何とか間に合った。

 だが、電車はすぐそこまで迫っている。

 

 

 焦りで滑りそうになる手を必死に動かして、男の子を持ち上げて前に飛んだ。

 所々体をぶつけたが、何とか受身をとることに成功した。

 男の子も無事だ。

 少し怪我はあるが、命が助かったのだから儲けものだろう。

 遮断機が上がって、淑も走って近付いてきた。

 

 

「浅井くん!!大丈夫、怪我は!?その子もなんともない??」

 

「大丈夫。この子もかすり傷があるくらいだよ。」

 

 

 一度踏切から出て、噺は道路脇に腰を下ろした。

 数分遅れて、男の子の母親もやってきた。

 何度も何度も頭を下げられて、何かお礼をと言っていたが……

 彼は丁重に断わった。

 

 

「やりたくてやっただけですから。お礼なんていりませんよ。」

 

 

 今回は運が良かった、だから成功したのだ。

 二度目、三度目はない。

 今回のような成功は、人生で数度あるものじゃない。

 

 

 いつもの朗らかな笑顔で、男の子と母親に接する噺を見ていた淑は、どうしようもない危機感を覚えた。

 

 

(このままいけば、彼は────)

 

 

 男の子と母親の女性を見送ったあと、駄菓子屋への道のりを進もうとした彼に対し淑は問いかける。

 

 

「……浅井くん?何故あんな事をしたんですか?」

 

「何故って……そりゃあ、やりたかったから?助けたいと思ったから──」

 

「違います!!浅井くんは気付かなかったかもしれませんが、あなたはあの時怯えた顔をしていました。」

 

「怯えた顔って。誰だって、あの状況を見たらそうなるでしょ。」

 

 

 誰かの死を目の当たりにしそうになった時、誰だって怯える。

 誰だって怖がる筈だ。

 だから、自分の表情に変な所はなかった。

 そう、噺は確信していた。

 ……淑は違うようだが……

 

「いえ、あの時の浅井くんは男の子の死に怯えていたのではありません。ましてや怖がっていたわけでもありません。」

 

「?だから、何が言いたいの?」

 

浅井くんは助けられないことに怯えていて、助けられないことを怖がっていた。……何か違いますか?

 

「…………何でそう、感がいいのかなぁ〜。」

 

 

 諦めたかのように、噺は呟いた。

 これで分かってしまった。

 自分の強迫観念の正体が……

 

 

 贖罪の意。

 

 

(この関係も、終わりかな……)

 

 

 崩壊の兆し。

 遠くない内に彼女を傷つける、敬の言っていた通りになってしまったのかもしれない。

 

 

「浅井くんの人助けを否定するつもりはありません。ですけど、人助けは自分の命を捨てていい理由にはなりません!!」

 

「清水さんの言う通りだね。」

 

 

 淑の言葉は全くもって届いていなかった。

 いや、届いていたが、彼はそう思わせなかった。

 淑は、彼がそこには居るのに、本当はそこに居ないように感じる。

 

 

 彼らの関係に、決定的な崩壊が訪れた。

 




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