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「『成功』、『笑顔』、『崩落』」
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誰しも、他人に触れて欲しくない過去がある。
浅井噺にも、それはあった。
敬に注意されてから丸一日、強迫観念の正体を考えていたが何も分からなかった。
淑との帰り道でも、何気ない話の中で少しだけ考えていた。
それが分かったのか、彼女も声を掛ける。
「浅井くん?考え事ですか?」
「…ちょっとね。気にしなくていいよ。これは僕が解決しなきゃいけない問題だから。」
そう言う彼の言葉に、淑も深く追求する気にはならずまた話し始めた。
取り留めもない話に花を咲かせ、下校する。
噺も、考えるのをやめて、話に耳を傾ける。
昨日のテレビドラマの話から、学校であったこと、はたまたただの愚痴。
本当に何でもないことを話して歩いていた。
偶には寄り道をしよう、と言う淑の提案を聞き受けて、近くの駄菓子屋に寄ることにした。
駄菓子屋に行くには、踏切を渡らなければならない。
今時、踏切を無視して渡るなんてことはしないので、大人しく遮断機が上がるのを待つのだが……
少しづつ踏切が見えてくる。
一瞬、体が固まった。
背中に薄寒い気配を感じたのだ。
すぐさま背後に振り返る。
だが、そこには誰もいやしない。
あるのは電柱と舗装されたアスファルト、少しの民家程度。
変わったものはないし、人だって隣にいる淑ぐらいしか居ない。
いきなり振り返った噺に驚き、彼女も振り向く。
「な、何かありましたか?!」
「ごめん。気の所為だったみたい。さぁ、早く行こう。」
(……君は、僕のことを──)
淑と出会う前、中学二年生の秋頃にある少女と出会った。
誰にでも笑顔で、気さくに話すクラスの人気者。
一年後輩の
何かと噺に突っかかってきては、彼を遊び道具にする小悪魔系後輩の王道型。
そして、清水淑に似ていた。
性格はあまり似ているとは言えないが、唯一似ている部分があった。
顔の作りだ。
容姿の中で瞳の色も、髪色も、髪型も似ていないが、顔の作りだけはそっくりだった。
偶然か、必然か。
そんな事は分からない。
実の所、彼は最初は光のことがあまり得意ではなかった。
だが、過ごしていく内に彼女の内面に惹かれていった。
恋ではなかったが、彼女のことを大切な友人の一人だと思っていた。
光と共に居る生活をが少しづつ当たり前になっていった頃。
クリスマス前日の夜に噺のスマホにある連絡が入った。
『もう、会えない。』
急いで、電話した。
何度も何度も電話して、出ないことに焦りが募って外に飛び出した。
世間はクリスマス・イブで、雪が降っていた。
寒空の下、部屋着の上に黒いコートを羽織り、走って外を探した。
案外にも、彼女には早く会うことが出来たのだ。
……踏切の上でバラバラになった彼女と。
数秒の間、何が起こったのか分からなかった。
呆然としていた所に、駅員?らしき人が近寄ってくる。
事情を聞かれたが、目の前の凄惨な事故現場に目を奪われた噺は、何かを話す事など出来なかった。
事件後に聞いた話だが、彼女の家では日常的に虐待が行われていたらしい。
……三ヶ月、少なくとも二ヶ月半は一緒に居たはずなのに。
彼は一切気付くことが出来なかった。
もし、気付けたら?
助けることが出来たのではないか?
彼女が亡くなった当初はそんな事を考えていたが、所詮はたられば。
過去をいくらやり直したいと思っても出来ないのだ。
目の前にある踏切、そこで光は死んだ。
近付く程に、寒気が増すような感覚。
けれど、それを感じられなくさせるほどの事件が、目の前で起きようとしていた。
五歳くらいの小さな男の子が、一人で踏切を渡ろうとしたのだ。
それだけならまだいい。
しかし、今は遮断機が落ちている。
電車が間もなく訪れる証明に、大きく警報がなった。
辺りに親御さんらしき人は見えない。
「クソっ!」
線路に足を引っ掛けたのか、転んで身動きが取れていない。
電車が遠目に見え始めたのと同時に、噺は走り始めた。
淑の安全を確認しに行った時と同じかそれ以上のスピード。
踏切まであと数メートルだったこともあり、何とか間に合った。
だが、電車はすぐそこまで迫っている。
焦りで滑りそうになる手を必死に動かして、男の子を持ち上げて前に飛んだ。
所々体をぶつけたが、何とか受身をとることに成功した。
男の子も無事だ。
少し怪我はあるが、命が助かったのだから儲けものだろう。
遮断機が上がって、淑も走って近付いてきた。
「浅井くん!!大丈夫、怪我は!?その子もなんともない??」
「大丈夫。この子もかすり傷があるくらいだよ。」
一度踏切から出て、噺は道路脇に腰を下ろした。
数分遅れて、男の子の母親もやってきた。
何度も何度も頭を下げられて、何かお礼をと言っていたが……
彼は丁重に断わった。
「やりたくてやっただけですから。お礼なんていりませんよ。」
今回は運が良かった、だから成功したのだ。
二度目、三度目はない。
今回のような成功は、人生で数度あるものじゃない。
いつもの朗らかな笑顔で、男の子と母親に接する噺を見ていた淑は、どうしようもない危機感を覚えた。
(このままいけば、彼は────)
男の子と母親の女性を見送ったあと、駄菓子屋への道のりを進もうとした彼に対し淑は問いかける。
「……浅井くん?何故あんな事をしたんですか?」
「何故って……そりゃあ、やりたかったから?助けたいと思ったから──」
「違います!!浅井くんは気付かなかったかもしれませんが、あなたはあの時怯えた顔をしていました。」
「怯えた顔って。誰だって、あの状況を見たらそうなるでしょ。」
誰かの死を目の当たりにしそうになった時、誰だって怯える。
誰だって怖がる筈だ。
だから、自分の表情に変な所はなかった。
そう、噺は確信していた。
……淑は違うようだが……
「いえ、あの時の浅井くんは男の子の死に怯えていたのではありません。ましてや怖がっていたわけでもありません。」
「?だから、何が言いたいの?」
「浅井くんは助けられないことに怯えていて、助けられないことを怖がっていた。……何か違いますか?」
「…………何でそう、感がいいのかなぁ〜。」
諦めたかのように、噺は呟いた。
これで分かってしまった。
自分の強迫観念の正体が……
贖罪の意。
(この関係も、終わりかな……)
崩壊の兆し。
遠くない内に彼女を傷つける、敬の言っていた通りになってしまったのかもしれない。
「浅井くんの人助けを否定するつもりはありません。ですけど、人助けは自分の命を捨てていい理由にはなりません!!」
「清水さんの言う通りだね。」
淑の言葉は全くもって届いていなかった。
いや、届いていたが、彼はそう思わせなかった。
淑は、彼がそこには居るのに、本当はそこに居ないように感じる。
彼らの関係に、決定的な崩壊が訪れた。
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