龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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前々から書きたいと思っていた、シンフォギアと5D'sとのコラボです。
監督が(シンフォギア一期は違いますが)同じ小野氏であり、主人公の響と遊星には共通点が多いと思い、書きなぐった作品でした。シンフォギアも五期が始まり、熱が高まり続けています。
二つの世界観のコラボは、妙な改変を行わず、皆が楽しめる作品にしたいと思っていますが……ついてこられる奴だけついて来いっ!!


プロローグ

 ―おい、死ぬな!? 

 

 誰だ? 

 

 ―しっかりしろ! 

 

 誰かが、叫んでいる

 

 ―生きるのを諦めるな! 

 

 いや違う、叫んでいるのは俺の身体だ。

 俺の意思とは関係なく、聞いたことのなかった声が俺の身体を介して、目の前の少女に語り出されていた。

 

 ―………

 

 目の前には、まだ12、3程度と思われる少女が力なく瓦礫に倒れ込んでいる。

 動かない……身体が冷たくなっていく

 身体から流れ出ているのは……これは血か? 

 死ぬのか…彼女は? 

 

 ここは……

 

 その時に気付いた。

 自分の周りに地獄が広がっていることを。

 元々が多くの人で賑わっていたであろうその建造物は、見る影もなく破壊されて、辺りは瓦礫の山で覆われていた。建物や鉄塔、椅子の残骸があちこちに散在され、黒々とした炭の塊があちこちに散らばっていた。

 これだけでも総毛立つのに、俺が驚愕したのはその次に目に入った謎の物体だった。

 

 なんだこいつらは……

 

 自分の周りを虫や、魚、人型に至るまで多くの生物の形をした無機質な物体が囲っている。

 そいつ等はただ命令された機械のようにこちらを向き、ゆっくりと近づいてくる。胃の奥底で何かがせり上がってくるようだった。奴らは自分達とは根本的に何かが違う。感情も意思も、意識さえも明確にあるのかさえ分からない存在の集団。奴らが俺に牙を剥き、そしてこの惨状を引き起こしていたのだと、俺はこの時理解した。

 

 ―こんなに聞いてくれる観客がいるんだ

 

 だが自分は…俺の身体を使い喋っているこの人間は、怯むことなく敢然と立ち向かい、武器を力強く握りしめて何かを叫んでいた。

 

 ―Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 何か聞こえる

 自分の身体が何かを喋っている。

 これは……歌だ

 何よりも心の奥底へ響く、それでいて悲しい、命全て燃やし尽くして、それでも尚煌々と光り輝く。

 俺は歌を歌っていた。

 

 ―奏…歌っては! 歌ってはダメえっ!! 

 

 何処からか叫び声が聞こえたが、俺は意に介さずに歌を続けた。

 

 ―Emustolronzen fine el baral zizzl

 

 褐色に空が染まる。

 日の光が虹を描いて宙には錆びた鉄や灰が舞い散る。辺り一面に人の気は無く、周りにあるのは、人の形をした何者か……あれは人形? あれは砂山? 

 視界に入るもの全てが見たことのない景色で覆われて、思考は追いつかずにただ現実はスローモーションで自身の肉を削ぎ、剥いで、血を地面に滴らせていく。初めて理解した。俺の身体が徐々に崩れ始めている。

 

 俺は…なんだ!? 

 これは…どうなっているんだ!? 

 

 慌てる俺の意識をよそに、声は依然として歌を奏で続け、身体全体を熱く、強く、激しく駆動させる。まるで自分自身の身体が核の融合炉とでもなったかのようだった。そしてその力に耐えきれず、肉体が崩壊していくことも。

 排出される空気。

 冷たくなっていく身体。

 限界まで高まった身体の熱を一気に放出するかのように、激しい力の奔流が自身を中心に巻き起こり、それはやがてこの周りの建物すべてを埋め尽くしていく。それに巻き込まれた謎の物体たちは次々と粉々に炭化して霧散し、消し飛んでいる。

 

 俺の身体のどこかに穴が開いていた。

 

 やがて目の前の異物たちはすべて消滅していた。

 あの恐ろしい奴等だけではない。建物の瓦礫や、椅子や、柱も全てだ。

 ただ自分の後ろに倒れていた、あの血を流す少女を除いて。

 

 ―奏! 奏、っ、しっかりして! 

 

 襲いかかっては遠ざかる痛みの波。

 ああ……理解した。

 俺は本当に死ぬのだと、身体が、五感が訴えかけてくる。

 何故こんな所にいるのか、どうして俺はこんな状態なのか、考えようとする気さえ起らなかった。

 ただこれが現実ならば、なんておぞましい、残酷な光景なんだろう。周囲を、運命を呪わずにはいられない。

 

 けれど…あの歌は……

 

 輝きを胸に、祈りのように、星に願いを届けるように、ただ純粋にひたすらに、己の渾身の想いを届ける歌

 身体が解けて消えていく。露や幻の様に崩れていく。

 砕けた身体の破片は日の光を浴びて尚も輝きを失わず、視界は黄金で埋め尽くされる。

 

 ―かなでっ! 

 ―かなでえええええっっ!! 

 

 灰を握りしめて叫んでいるのは、剣を携えた一人の少女

 彼女の悲鳴がこだまする中で、歌を届け終わった俺の身体は、夕闇の中に溶けて消えた

 

 俺は……

 

『……まだ、生きている』

 

 血を流したあの子の無事なのだと

 それだけを心の安らぎと支えにしながら、俺の意識は闇へと溶けた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……ぅ」

 

 朝の日差しが窓越しに差し込む。

 喉の奥から流れ込むような不快感を飲み込むようにして、俺はゆっくりと体を起こした。

 

「夢か…」

 

 それにしては、やけにリアルなものだった

 消えていく人々

 崩れる街並み

 そして、それを守ろうとして剣と槍を携えている少女と、そこから響き渡る歌声と…

 

(夢は夢だ…)

 

 早いうちに顔を洗って、急がなければ。

 やることが今日も目白押しだ。

 

 下宿しているゾラの倉庫を出てからDホイールを駆り、一路仕事場であるネオ童実野シティの開発局へと向かう。

 新システムフォーチュンを完成させたとは言え、まだ制御は不安定な箇所もある。それに、今日は別の問題について議論しなければいけなかった。

 街の中心にあるネオ童実野シティ開発局に到着すると、いち早く俺は最上階にある自分のオフィスへと足を運んだ。

 エレベーターを降りてドアの前まで来ると、見知った顔が一人俺を待っていた。

 

「お待ちしておりました、不動先生」

 

 慇懃に頭を下げた小柄な男はイエーガー。

 このネオ童実野シティの初代市長だ。

 以前は俺達と対立することもあったが、今では心を入れ替え、街の発展や市民の生活を第一に考える理想の為政者として、人気を集める好人物へと様変わりした。

 

「ギリギリになってすまない、イエーガー」

「いえいえ。まだまだ始業の1時間前ですよ、先生」

「先生はよしてくれ」

 

 イエーガーは俺の事を『先生』と呼ぶ。以前研究で、この街を統括し、世界中と直結させるシステム『フォーチュン』を開発中だった頃から、『博士』と常に敬語を絶やさなかった。俺はそんな柄じゃないと再三言うのだが、『自分が敬意を払わなければ下の者があなたについてこない』と譲らなかった。

 

「皆は?」

「あと三割程度…と言ったところでしょうか」

「そうか。皆早いな」

「仕方ありません。問題が問題ですからね。皆が緊張するのも無理なからぬこと」

「確かにな。この間のニュース以来、市民にも不安の声が上がっている」

 

 ニュースと言うのは、半年前に確認されたある現象についてだった。

 

「旧モーメントの様子はどうだ?」

「報告によれば、今は落ち着きを見せているとのこと。エネルギーの上昇も収まり、徐々にですが低下しているとのことです」

 

 俺の父親が開発した世界初のモーメントエンジン、旧サテライト地区の最奥にある旧モーメントは、ダークシグナーとの戦い以降、最重要危険区域として封鎖されている。

 

 しかし半年前、この旧モーメントが突然エネルギーの蓄積を開始した。炉心そのものは生きているとはいえ、今までまるで反応しなかった旧モーメントが稼働し始めた事に、人々は不安を覚えた。

 何しろゼロリバースを初めとして、ダークシグナーとの戦いや、ゾーンがアーククレイドルをこの街に落下させようとした時も常に渦中にいた存在である。また新たな災いの先触れではないのか。そう思う人も少なくない。市には事態の一刻も早い究明と対処を求める声が増えていった。

 

 そこで対策委員会が設置され、ありとあらゆる可能性を考慮した解決法が模索された。相手はただのエンジン機関では無い。このネオ童実野シティを一度は真っ二つにした恐るべき機械だ。慎重にならざるを得ない。何より急にエネルギーが溜まりだしたその原因さえも定かでない。

 俺自身もモーメントを視察に訪れたが、やはり原因は分からないまま、調査は難航していた。

 

 そして今日も、これからの対策を練るための会議と言うわけだ。

 

「皆の意見は?」

「今のところ、真っ二つに割れております。現状の危険性はないのだから放置しておくという意見と、万が一に備えて廃棄すべきだ、と言う意見。どちらも引かずに一進一退。正直私としても判断が付きにくい所ではあります、はい」

 

 うーんと眉間に皺を寄せるイエーガー。

 維持派も解体派も、共通しているのは街の危険を憂慮してのことである。双方、街の未来や市民の安全を考慮しながら最善策を提示しているつもりなのだ。

 だがそれ故に落とし所が難しい問題だった。

 

「申し訳ありません。先生からも、やはり専門家としての立場からお言葉を頂きたいと思いまして。お忙しい中お時間を取らせてしまいました」

「気にするな。モーメントの問題となれば放っては置けない。それに、街の安全にかかわることだからな」

 

 あの施設は俺にとって決して忘れてはいけない物だ。

 ネオ童実野シティの一連の事件の核心でもあり、今もなお人々の心に深い傷を残し続けている根源。そして俺が一番に向き合い続けなければならないもの。

 かつてこのモーメントの暴走事故により、ネオ童実野シティは2つに分断され、それから長い間差別と貧困が渦巻く別の環境を生み出してしまった。

 知らなかったこととは言え、それを生み出したのは他ならぬ俺の親父なのだ。僅かでも危険があるというのならば、俺は全力でこれに挑み、対処しなくてはいけない。それが科学者として、そして息子として、何よりこの街に生きる者としての俺の義務だ。

 オフィスのガラスの向こう側から差し込む強い太陽光を浴びながら、背中を押されるように俺は会議室へと足を運び入れたのだった。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「ですから、説明したように、旧モーメントは即刻廃棄。2度と利用されないように、処分すべきです」

 

 旧治安維持局本部があったネオ童実野シティ市役所内の会議室で、俺はイェーガーや他の研究員と共に議題について話し合っていた。

 

「しかし、旧モーメントの危険性はほぼ消滅しました。ここは無理に触らずとも危険はないのではないですか?」

「私も賛成だ。ここはシステム『フォーチュン』の改良と共に、街の発展を第一に考えるべきだ」

 

 とは言え、会議は平行線のままだった。

 

「フォーチュンがあれば十分だ。わざわざこれ以上は必要ない」

「我々は常に先を求めなければいけない。安定は下降への第一歩です」

「私はそういうことを言っているのではありません。災いの芽は早めに潰しとるべきだと申し上げているのです」

「君の言っていることはあくまで仮説だ!」

「だが!」

「皆さん、お静かにっ。議論は冷めた頭でやるものですよ」

 

 パン、とイェーガーが手を叩いて叱咤したことで、ようやく会議室は落ち着きを取り戻した。

 だが一向に結論を見出せずにいる。

 旧モーメントはこれまでも多くの人の手によって悪用されてきた。今では旧モーメントはこの街の負の遺産…忌むべき証とみられている。

 

「……」

「…不動先生。貴方はどうですか? フォーチュンの可能性と、旧モーメントの危険性。最も双方を熟知しているのは、この場では貴方ですが」

 

 イェーガーが俺を見て質問する。一斉に緊張が走り全員が俺を凝視する。

 俺は今まで自分の持つ影響力故にあまり意見を出さずにいた。イェーガーの言うように、この場でモーメントの構造を熟知し、暴走事故に巻き込まれて苦難を味わい、そしてそこから迫り来る悲劇と戦ったとされる俺が一言言えばそれで決着がつくからだ。

 だが、こうまで混みいっては日和見を決め込んでいると思われてしまう。それに俺自身がまず動かなければ、街の人たちは誰もが迷いを抱いてしまうだろう。それだけはいけない。

 

「…確かに、理論上は安全だ。旧モーメントも、すぐどうこうという状況ではないし、急いては事をし損じる」

「では…」

「だが、あくまで紙の上での話だ。旧モーメントも、完成する前は夢のクリーンエネルギー機関と言われ、アーククレイドルの落下前には、破滅の可能性など誰も考慮しなかった。俺の父のようにな」

「し、しかし、それは決して貴方のお父様の落ち度ではない。あれを予想するなど人間には不可能です」

「そうだ。俺たちは神じゃない、人間だ。だからこそ、最善の方法の上でも危険が伴うことを考え続けなければいけない」

 

 全員が俺を見た後で、俯いてしまう。

 いくらモーメント維持賛成派といっても、皆の中には未だにZ-ONEとの戦いの最中、ネオ童実野シティが壊滅寸前まで追い詰められたショックと、常識を覆す出来事の連続に衝撃を受けたトラウマが残っている。

 あんな厄災をまた招くくらいなら処分を…俺の意見で再び暴走事故の恐怖を呼び起こされた彼等は、そう考え始めた。

 

「では…やはり旧モーメントは処分を?」

「だがそうは言っても、処分には莫大な費用がかかる。それに内部では未だに高密度の遊星粒子が蓄積されている。下手に破壊するわけには…」

 

 ある科学者の言葉で、再び全員の眉間にシワがよる。

 これが問題だった。処分すると言っても簡単なことではない。対象はただの機械ではない。人の意思を読み取り、エネルギーを半永久的に生み出せる無限動力炉だ。開発者である俺の親父がいない今、迂闊に触れることはそれだけで危険を意味する。

 

「不動先生、何か案は無いでしょうか? 安全は勿論ですが、市民の不安をそのままにしておくわけにもいきません」

「…」

 

 俺は沈黙する。

 アイデアがないわけではない。

 ただやはり、俺が一言言ってそれで全てが解決してしまうのもあまりよくないと思っている。この街は皆の街だ。皆で話し合い、補い合って進まなければ……

 そう思った時だ。会議室の末席にいた一人の青年が手を上げた。

 

「それですが、私からも1つ」

 

 技師長を務めるヴィニードだった。この街の出身ではなく、外部から新たに雇い入れたスタッフの一人だ。

 アメリカの一流工科大学を首席卒業した逸材で、その腕はかなりのものだった。

 

「ヴィニード技師長。何か?」

 

 神妙な顔をして沈黙を破った彼にイェーガーは尋ねた。

 

「皆様の仰る通り、中は未だに莫大なエネルギーが蓄積された状態です。そこで、フォーチュンの機能を一時的にリンクさせれば、暴走の可能性を極力抑えることが可能です。これにより、安心して廃棄に移れます」

 

 予想外の意見に、俺は目を丸くした。

 考えなかったわけではない。

 むしろその逆だ。旧モーメントを敢えてフォーチュンと……事故の恐怖を覚えている街の人間には考えもしないアイデアだ。

 だが俺が今まさに言わんとしていた意見も、フォーチュンとの接続だったのだ。

 おずおずと行政局の中年の男性が尋ねる。

 

「それができれば正に理想的です。だが……素人質問かもしれないが、フォーチュンはこの街の要だ。繋げるのはそれこそ危険ではないのかね?」

「私の理論は完璧です。つきましては、皆様に資料をお配りします。これを見れば、私の言う事がご理解いただけるかと」

 

 鷹揚にヴィニードは頷くと、取り出したメモリーチップを自らの端末に繋げた。社内ネットワークを通じて各々のデスクの上にデータが表示される。専門用語で埋め尽くされ、この場の半分は理解できない内容だ。

 イエーガーが首を傾げながらこちらを見る。コイツもちんぷんかんぷんだろう。

 俺は全ての内容にざっと目を通した。

 

(俺の考えた方法とほぼ同じだ…まさか同じ発想を持つ奴がいるとは……)

 

 驚いていた。

 普段飄々として中身の読み取り辛い男だったが、こうしてみると改めて彼の頭の良さに舌を巻く。

 

「いかがでしょうか、不動先生?」

「……悪くない考えだ。もちろん、あとで精査させてもらうが、現状ベストな方法だと、俺は思う」

「ありがとうございます」

「おお」

「不動先生のお墨付きならば、安心だな」

 

 俺が頷くと、緊張の走った会議室に安堵のため息が次々と漏れ始めた。まだ解決の糸口が見えたにすぎないが、これが現実味を帯びてくれば、この街を脅かし続けた負の遺産から解放される。ようやく全員が納得できる形で現れたこの光明に、希望を抱き始めていた。

 俺はと言えば未だにこの提出された資料をじっと見降ろしていた。

 

「不動先生、いかがなさいましたか?」

「あ、いや…なんでもない」

 

 ふむ、とイエーガーは一瞬キョトンとしたものの、すぐに出席者全員を一瞥して話した。

 

「では皆さん。今日はこれで終了としましょう。皆様から寄せられた意見を、運営委員で吟味した後、最終案を行政局に提出。速やかに審査に移りたいと思います」

 

 イエーガーの言葉を締めとして、皆がうんうんと頷きながら会議室を去って行く。俺は俺で、彼の資料を再び一読する。

 その中で今回一番の功労者ともいえるヴィニードは俺をなんともいえない表情で一瞥すると、会議室を後にした。

 

(ヴィニード…大したヤツだ。あの若さでこれだけの理論を組み上げるとは…)

 

 彼には既に、いくつか仕事を任せてあるし、腕は本物だ。余所の土地から来た技術者という事で、最初は馴染めるのかどうか疑問の声もあったが、こうして彼のお陰で事態も好転しそうだ。

 あくまでさわりだが、理論的に穴は見当たらない。むしろモーメントの研究に一番携わってきた俺でさえ目を見張るほどの高度な理論とテクニックで構築された方法だ。

 その時、ほんの僅かな違和感を覚えたが、戻ってきた和やかな喧騒にかき消されてしまった。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 会議の終わった後、俺はイエーガーに誘われ、カフェテラスで一服していた。市役所はフレックスタイムを導入していて、労働時間は支障の無い範囲で割り振れる。昼を過ぎても未だに賑わいを見せていた。

 

「なんと。ヴィニード技師長の提案は、不動先生が元々言おうとしていたアイデアだったのですか?」

「ああ。先を越されてしまったが、結果的に皆の意見をまとめることができた。これなら旧モーメントの制御もうまく行く」

「ううむ、皆を前にしてあのキレよう…見事ですな」

 

 イエーガーは安堵しながらうんうんと頷き、茶をすする。

 もっと行き詰るかと思っていた会議だったが、予想に反してすんなりと終えることができたのでほっとしているのだろう。

 

「全く他の若手も見習ってほしいものです。やれ残業は嫌だの、ハラスメントがどうのと…」

「彼らも生活がある。仕方ないさ」

「嘆かわしい。家庭のためにこそ身を粉にして働くべきです。私など、ゴドウィン長官の元にいた頃は、常にゴマを擦りまくるために行動を逐一チェックし、寝る間を惜しんで…は、し、失礼」

 

 慌てて手を振るイエーガーに俺は苦笑しつつ、構わないと手を振る。

 

「いや。お前もそれは家族のためだったんだろう。皆も一緒だ。大切な時間を作るために頑張ってる」

「む、むう…」

「イエーガーも、たまには帰ったらどうだ。息子さんも会いたがってるんじゃないのか」

「い、いや、私のことなどは。家に帰らないのはいつものことですし、それに息子は私に似て聡い子です。ちゃんとわかっていますとも。いまが大切な時期であると」

「分かっているのと、納得するのはまた別の話だ。寂しい気持ちを消せるワケじゃない。俺は親の気持ちはわからないが、子の気持ちくらいは分かる。お前だってそうだったんだろ」

 

 生まれが貧しいサーカス団の出であるイエーガーは、家族を養うためにこの街へ奉公として出て、下働きから副長官、果ては長官代理にまで出世した。もちろん人に言えない手段があったのは許されないが、俺も昔をとやかく言えるほど清廉な人間じゃない。家族第一に考えるその生き方は、家族がいない俺には真似できないものだった。

 だからこそ家族のいる彼のような人間には、その生活を大事にしてほしい。

 

「お前がいない間ぐらい、俺たちがなんとかするさ。それに上司が率先して休めば、みんなも気を遣わずに意見を言えるようになる」

「むむっ…そう言われると…」

「ここまで頑張ってこられたのは家族のおかげだと、前にそう言っていたじゃないか。俺もそう思う」

「……分かりました。あなたの仰る通りです。今回の案件が片付き次第、少し休暇を取るとしましょう。妻や息子を連れて、バカンスにでも行きましょうか」

「ああ、そうしろ。ちょうど今は世界トーナメントの真っ最中だしな」

「そうですねえ。おお、ではこうしましょう。不動先生、あなたもデュエル旅行はどうですか?」

「俺も?」

 

 急な申し出に俺は目を丸くした。

 

「何も一緒ではありませんよ。聞いたところでは、ジャック・アトラスやクロウも、それぞれの分野で活躍中とのこと。そこにあなたも加わり、チーム5D’sを再結成。そのままエキシビションとして海外リーグへ殴り込むのです。うん、これは受けますよ」

「…イエーガー」

「失礼、少し無茶が過ぎましたね。しかし冗談は置いておくとして、先生ご自身も休まれたほうがいいのでは?」

「俺が? 俺は別に構わない。どうせ一人だしな」

「不動先生、上が休まなければ下が気を遣うと仰ったのはあなた自身ですよ?」

「…」

 

 イエーガーが小さい体躯をぴしゃりと伸ばす。甲高い声なのにどこか妙に説得力があった。

 

「ワーカーホリックも結構ですが、それでは体を壊します。あなたは既に、このネオ童実野シティになくてはならない存在。それをお忘れなく」

 

 さっきと言ってることが180度違う。

 だが彼の申し出自体はありがたかったし、正論なのは事実だ。

 俺が休まないと周りも疲れる、とアキに怒られたこともある。

 ここは俺が折れるべきか

 

「…分かったよ。これが終わったら、俺も休むことにするさ」

「ええ、ええ。そうすべきです。マーサハウスに行かれるのもいいし、旅行するのも良し、かつての仲間と旧交を温めるのも良いでしょう。後はライディング・デュエルでしょうか。やはり貴方はカードを握っていた方が生き生きしてらっしゃる」

 

 ひっひっひ、といつもの笑い声を出しながら茶を飲み干すイエーガー。

 こいつなりに気を遣ってくれているのが分かった。

 彼の考えに心の中で感謝しつつ、しかし俺の心の中には引っかかるものがあった。

 

(休暇か……考えたことも無かったな)

 

 高層ビルの窓から見えるネオ童実野シティを一望する。

 晴天の空の陽の光を受け、銀色に眩しく光り輝くビル群と、下にはその隙間を縫うように車やバイク、そして人々が闊歩していく。その誰もが各々の目的を持って前へと歩いていく様子が、自分には嬉しく、そしてどこか取り残されたような寂しさを僅かに感じさせた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 家に帰ると、俺はいつの間にかデッキを組み始めていた。

 イエーガーに言われたこともあった。やはり仲間との絆の証でもあるこれに触れていると心が落ち着く。

 それに、俺自身の中にあるデュエリストとしての本能が、デュエルへの羨望を捨てきれない。

 別にデュエルそのものを捨てたわけではない。

 定期的に、デッキはチェックしているし、たまにイエーガーに頼まれて近くの学校やショップでデュエル講座の特別コーチを頼まれることもある。

 要は客寄せパンダだが、子供達の真剣なデュエルへの眼差しを見るのはとても刺激になった。

 だからこそ、あの時の興奮を思い出しては、俺は寝床に飾っている仲間との写真をいつも見てしまう。

 

(ジャック、クロウ、アキ、龍亞、龍可……)

 

 戦いを通じて出会い、赤き竜の運命によって導かれ、これまで多くの日々を駆け抜けてきた俺の青春の友。

 皆は今どうしているだろうか。

 イエーガーの言う通り、会いに行ってみるか……。

 いや、感傷か。

 今は大事な時期だ。ジャックやクロウはそれぞれのデュエルリーグが佳境だ。アキは医者になるための勉強中。龍亞もプロ入りを目指しているという話だし、龍可も向こうの生活で忙しいだろう。俺一人のワガママでどうこうするワケにはいかない。

 やはりメールや電話で十分だ。

 俺は俺で、休暇を楽しむとしよう。

 そう思った時、ふとパソコンから電子音が鳴った。

 俺のプライベート用の専用回線からだ。一瞬、首を傾げたが、画面には大きく『AKI』と表示されている。

 急いで俺はモニターまで近づき、コンソールを操作した。

 

『……遊星?』

 

 画面を操作した時、向こう側に現れたのは、さっき思い浮かべていたばかりの人のうちの1人。

 最初は敵としてぶつかり合い、仲間となった後は背中を預けあうまでになった大切な友人、十六夜アキだ。

 

「アキ、どうしたこんな時間に?」

『ごめんね、そっちはもう夜よね。今、大丈夫?』

「ああ、こっちは問題ない。今ひと段落ついたところだ」

 

 机の上にデッキを戻して、椅子に腰掛ける。

 

『そう。仕事の方は平気?』

「順調だ。アキの方はどうだ?」

『こっちも勉強づくしで、わからないことだらけだけど、なんとか頑張ってる』

「そうか」

 

 向こうに医者としての勉強をするために留学してから一年余り。元々大人びていた性格だったが、この頃更に大人っぽくなったようだった。

 それから俺たちは他愛ない話をいくつか続けたが、ふとアキが切り出した。

 

『それでね、遊星』

「ん?」

『実は、今度の連休…家に帰ることにしたの。パパが、たまには顔を見せなさいって』

「本当かっ?」

『ええ…それで、遊星の都合はどうかなって思って』

「…」

『忙しかった? 無理に合わせなくてもいいの。ごめんなさい、急に』

「いや、少し驚いていたんだ。俺もちょうど休みを取れと言われていたところだ」

『本当にっ?』

「ああ」

 

 返事を受けて、アキの顔がパッと明るくなる。

 俺にとってもこれは嬉しい誤算というやつだ。仲間たちがそれぞれの道を行くようになってからというもの、二人の休みが重なるのは滅多にない。

 そしてその報告には更に楽しみになる続きがあった。

 

『よかったっ。それでね、実は龍亞と龍可にも連絡をしてたのよ。2人も連休中に、こっちに遊びに来たいって』

「龍亞と龍可もか。それは嬉しいな」

『でしょう? それに遊星、ネットで見たんだけど、今度のランディング・デュエル。ジャックが帰国するらしいの。エキシビジョンマッチですって』

「ジャックが?」

 

 驚きを隠せなかった。

 龍亞と龍可だけでなく、ジャックまで戻ってくるとは…だがアキは更に先を話したくて仕方がないというようにまた身を乗り出した。

 

『ええ。それに相手は誰だと思う?』

「まさか…」

『そのまさかよ。今大活躍中のチーム、『ブラック・ソニック』のリーダー。クロウ・ホーガン』

「クロウも…」

 

 こんな偶然があるのか。

 イェーガーが休暇を取れと言ったのも今思えばいきなりだった。それに合わせてかつてのチームメイト全員が一斉に会う機会に恵まれるとは…

 驚きのあまりしばらく呆然としていたが、やがて嬉しさが心の奥から込み上げてきた。

 

『どうかしら? その日に合わせて皆で』

「ああ、もちろんだ! 色々と準備しておく!」

『良かった! じゃあみんなのスケジュールは私が調整するわね。追って連絡するわ』

「ああ、頼む」

 

 一人でどう休みを消化するのかそればかり考えていたのが、急展開だ。みんな全員が顔を合わせるのは、一年ぶりか…新しく変わった所を案内するか、或いはどこかへ出かけようか…

 

『……遊星。疲れてる?』

「え?」

『なんか、そんな気がして…』

 

 俺の余りに楽しむ顔が意外だとでも言うようにアキは心配そうにこちらを見る。

 俺は一瞬目を瞬かせたが、すぐに苦笑して答えた。

 

「別に、そんなことはないさ。確かに忙しいが、休みは定期的に取ってる」

『ホントに? WRGPの時も、そう言って何徹もしてたじゃない』

「流石にそれはないさ。イエーガーから厳しく言われているからな。俺が無理をすると現場の人間や仲間が気を遣うからと」

『……まあ、そういう風に私が口すっぱく言ったんだけど』

「ん?」

 

 最後の方は聞き取れなかったが、アキは慌てて手を振った。

 

『な、なんでもないわ。それじゃあまた連絡するから』

「ああ。アキ」

『え、なに?』

「……ありがとう」

『…うん』

 

 そうやって俺たちは通信を終える。

 静寂が戻ったガレージの中で、俺はふうっと息を深く吐いて自室に戻る。

 机の上に立て掛けてある写真を見て、俺は仲間達へと思いを馳せた。

 

「さてと」

 

 皆と会える。

 その事実だけで、1日働いて疲れた体に再び活力が漲ってきた。

 ジャックとクロウは世界の猛者達と戦い、更に腕を上げているだろう。

 龍亞と龍可も大きくなっているはずだ。

 それにアキも……

 俺はおもむろに、組み上げたデッキをDホイールのデバイスに収める。

 普段なら机の上に置いておくが、この時は昔を思い出したせいか、以前のようにそのままセットした。

 

 

 今思えば、これも運命だったのだろう。

 新たな世界へ旅立つ俺が、唯一持ち込めた武器。

 それがこのカードと、Dホイールだったのだから。

 




まずはプロローグでした。
このサイトで投稿するのは初めてなので、勝手が分かりませんが、これからどんどん投稿して行こうと思います。
次から、シンフォギアの登場人物も出していきます。
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