龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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大変遅くなってしまったのですが、
ここまで感想書いてくださった方ももちろんですが、お気に入り登録してくださった方々や、評価を入れて下さった方々も、本当にありがとうございます。
また、誤字のご指摘を下さる方も、大変助かっております
この場で改めてお礼申し上げます。

これからもよろしくお願いします。


第3話『落涙と、覚醒の鼓動』-1

 闇に、白い影が一つ。

 雲の縫い目の隙間を通して、月明かりが周囲を照らす。

 その向こう側に、奴はいた。

 

「だから? で? どうすんだよ?」

 

 高い、少女の声だった。

 俺達は全員、突如として現れた乱入者に釘付けになっていた。

 

「……っ」

 

 隣で、立花が息を飲むのが聞こえる。

 俺もそうしていたかもしれない。乱戦に次ぐ対立、そして衝突へと向かう刹那。音も立てずにそびえ立つ謎の人影。

 

(なんだ、こいつは…この異様な気配…!)

 

 話には上がっていたことだ。

 ノイズの裏で何らかの悪意が働いているという事を。

 そしてそれが俺をこの世界に呼び寄せた根幹であることも。

 だが、目の前にいるのは……

 

(ノイズじゃない……人間…それも…っ!?)

 

 顔や細かい容姿は分からなかったが、やがて露わになったその姿から年恰好は推測がついた。

 まだ幼い少女の様ではないか…それこそ立花や風鳴とそう変わらない位だ。

 だが、俺たちの目を釘付けにしたのは、その異様な出で立ちだった。

 白く銀に光るうろこのような鎧で全身を覆い、肩からは突起と、茨を想起させるような鞭が垂れ下がる。

 

 瞬間、俺の右腕にある痣が光り始めた。

 それだけではない。

 

「くっ…何が起きて……ぐっ!?」

 

 禍々しい意匠に圧倒されたのか、俺は耐えきれずに膝をつく。だが竜の痣は俺の意思とは御構い無しに、容赦なく疼きと痛みを訴えかけている。

 

「ゆ、遊星さん?」

「…腕が、うっ、っ……!?」

 

 立花が心配そうに俺に駆け寄るが、俺の身体は全身が汗まみれになり、ロクに口を利ける状態ではなかった。

 夜の寒気も、無風の不気味さも関係ない、ただ痛みだけが、雄叫びを上げるかのように腕を……そして精神を刺していく。

 

(腕だけじゃない……あ、頭が割れそうだ……っ!?)

 

 それは俺に錯覚のようなものを与えていた。

 ここは夜の公園で、隣にいるのは立花の筈だった。

 だが…

 

 

 ―飛ぶぞ、翼! ―

 

 

(……なんだ、この声は…!? 頭に直接響いてくる…?)

 

 聴いたことのない声、見たことのない姿が俺の脳裏をよぎる。

 

 ―この場で槍と剣を携えているのは、アタシ達たちだけだ! ―

 

 これは、赤き竜が俺に見せているのか。この幻覚を。

 

「つ、翼さん! 遊星さんがっ!」

 

 響が俺の背をさすりながら、必死に風鳴に訴えかける。

 だが、彼女は今とても他人を気にかける余裕など存在しなかった。

 

 

「ネフシュタンの鎧……だと…っ!?」

 

 

 彼女の顔は青ざめ、さっきまでの一触即発の流れなど既に消え去っていた。

 肩は震え、指先には力が入らない。

 あれ程の剣気を宿していた少女が見る影もない。

 彼女だけではない。俺を含む全員が、他人に配慮などできるはずもなかった。

 

「へえ……あんた、この鎧の出自を知ってんだ?」

 

 突如現れた謎の人物は、まるで新しいオモチャを見せびらかすようにせせら笑う。

 ネフシュタンの鎧、とは……あの、鎧のことなのか? 

 

(どういうことだ……あの人間を、風鳴は知ってるのか…?)

 

 怪しく笑う突然の乱入者に対して、風鳴は完全に平静を失っていた。

 

「二年前……」

 

 ワナワナと身体を震わせ、風鳴は一歩踏み出す。

 その背中には、今まで見たことのない感情が宿っていた。

 

「私の不始末で……奪われた物を忘れるものか…」

 

 俺は彼女の一面しか見ていなかったのだ。

 

「何より…!」

 

 彼女は震えを怒りの感情へと転化し、さっきまで俺に向けていた剣を鎧の少女へ突き出す。

 

「私の不手際で奪われた命を、忘れるものかっ!!」

 

 否。

 既に怒りでさえなかったかもしれない。

 それは苦痛であり、悲しみであり、不安であり、恐怖だ。

 だがこの時の俺に、それが分かる筈もない。

 

「か、風鳴……うっ!」

 

 声をかけようとするも、再び俺に襲い来る幻覚と幻聴。

 

 

 ―翼……どこだ? 真っ暗で、お前の顔も見えやしない―

 

 

 夕闇が見える。

 醜悪で残酷で無残な……それでどこかが美しく感じる、歪な景色…。

 

(なんなんだ、さっきから、一体……!?)

 

 痛みと苦痛に顔が歪む。俺の意思とは関係なく、勝手に映像と声が流れ込んでくる。

 赤き竜が俺たちに見せた幻影とも違う。

 これは…むしろ、幻覚と言うより、本物の…! 

 

『照合完了。間違いありません。ネフシュタンです』

『馬鹿な……!』

 

 その時だ。

 無線から、弦十郎さんらの呆然とした声が聞こえてきたのは…

 俺は痛む腕を抑えながら、彼らに呼びかけた。

 

「弦十郎さん……あ、あれは一体…?」

 

『装着者は?』

『駄目です、ジャミングが掛けられてますっ』

『現場に急行する! 何としてもあれを確保するんだ!』

『了解!』

 

 こちらの問いかけなど一向に答える気配はなく、慌ただしい雰囲気だけが伝わってくる。オペレーターの藤尭さんや友里さん、更には弦十郎さんでさえ、心の奥底では狼狽しているであろうことが伝わってくる。

 

「おい、何の話をしているんだ!?」

 

 堪らずに俺はDディスク越しに叫ぶ。

 だがここでも逆に弦十郎さんの鋭い指示が飛び込んだ。

 

『事情は後だ! 遊星君、翼と協力して、あの鎧と装着者を確保してくれ! 俺も今からそちらへと向かうっ』

「何だって…っ?」

 

 指揮官が現場を離れるなど一番あってはならない事だ。

 それに特異災害への対応を司るこの組織で通信に応答する余裕もないなど、普通考えられない。

 それこそ、普通では考えられない何か……

 

 

 ―悪いな……もう一緒に歌えないみたいだ……―

 

 

 瞬間、襲ってくるのは脳裏をよぎる映像と音声。

 

「ぐっ!?」

 

(さっきから何だ……!!? 俺の頭に直接送り込まれてる…!)

 

 俺は必死に意識を集中させた。

 こんな訳の分からない出来事の連続の中でも、身体だけは全力で前へ向こうとしている。赤き竜の意思なのか……いやこれは……本能か? 

 

「つ、翼さん、遊星さんが…!」

「……」

「翼さんっ!」

 

 再三立花が風鳴に呼びかけるも、彼女は既に臨戦態勢へと入っていた。

 巨大化させた剣を上段に構え、相手に容赦なく剣気をぶつけて間合いを図る。それは他者を守る防人ではなかった。

 容赦なく敵の命を刈り取る…修羅だ。

 

 

「おーおー、良い調子じゃねえか。それなりにはな」

「貴様っ…!」

 

 これほどまでの威圧感を叩きつけられても、相手は意に介すどころか歯牙にもかけない。その傲慢さが風鳴の心を更に沸騰させる。

 

「か、風な…っううっ!!?」

 

 

 ―知ってるか、翼…? 思いっきり歌うとな……すっげえ腹減るみたいだぞ―

 

 

 再び衝撃が俺の脳と身体を刺す。

 次第に音と映像が当たる強さが増してきている。

 ダメだ、このままでは風鳴に加勢することも抑えることもできない。

 

「……っ…っ!!」

 

 最早二つの刃がぶつかり合うのは時間の問題だと思われたその時だ。

 

「翼さん、止めてくださいっ!」

「っ…!」

 

 立花だった。俺を飛び越えるように走り抜け、一直線に突き進むと、風鳴にしがみつくようにして動きを差し止める。

 

「な、何をするっ!? 離しなさいっ!」

「だ、駄目ですっ!!」

 

 普段ならそのまま引き剥がしてしまう風鳴だったが、相手に意識を集中させようとしていたことが裏目に出ていた。虚を突かれた形となり困惑している。

 

「相手は人ですっ! 同じ人間ですよっ!」

 

 尚もそう言って抑え付けようとする立花。

 だが彼女の立ち振る舞いを見れば動きが素人なことは誰もが想像がつく。そしてそんな少女が己の領分に踏み込むことは、逆鱗に触れるという事も。

 

 

「テメエ……」

 

 

 さっきまで余裕を見せていた鎧の少女は、思わぬ乱入者に憤慨していた。バイザーから僅かに覗く素顔から激情の言葉が飛ぶ。

 

「戦場を前に……」

「何を呑気な事をっ!」

 

 だがそれは風鳴も同じだった。

 鋭い切っ先を逸らすような要素を、そのままにしておける筈もない。暗闇の中、少女たちの怒号が立花を突き刺す。

 ビクリと身体を震わせる立花をよそに、少女たちは思わう同じ発言を飛ばした者同士を見て、微笑を浮かべる。

 

「……あなたとの方が、気が合いそうね?」

「へえ、そうかい? だったら……」

 

 冷たい風が吹いた。月明かりだけが二人に降り注ぐ。

 パキリ、と誰かが枝を踏み抜く。それが開戦の合図となった。

 

 

「だったら気が合う者同士、じゃれ合うかっ!!」

 

 

 鎧の少女が大地を蹴る。

 一瞬の差で、風鳴が立花を後方へと突き飛ばした。小さな悲鳴と共に立花はつんのめって坂を転がる。だがこの場合は正解だった。

 

「おぉらああっ!」

 

 エネルギーを纏った鞭がさっきまで風鳴の居た地点を抉り飛ばす。

 間一髪の差で横に跳躍して躱すも、次の瞬間には逆方向から抜き手が伸びていた。体を捻って捌きつつ、風鳴も蹴りを繰り出す。短い間合いまで一瞬で詰めてからの攻防。

 頭を襲う痛みと腕の疼きに耐えながらも、その光景は視界に飛び込んでいた。

 

「はああああっっ!」

「おおおおおっっ!!」

 

 両者の拳と足、そしてそれぞれの獲物が空を斬り、風を裂き、そして大気を震わせ土を抉る。

 共に譲らぬ激しい応酬。

 後方ではようやく立花が起き上がって、呆然とその様子を見上げていた。

 

「つ、翼さん…っ!」

 

 ついに始まった戦いに、立花はついていけない。恐らく目で追うだけでも精一杯だ。風鳴が彼女を突き飛ばしていなければ巻き込まれて怪我では済まない可能性さえある。

 俺は何とか身体を押して立ち上がり、彼女の元へと近づく。

 

「…くっ…!」

「ゆ、遊星さん…!」

「立花…っ!」

 

 慌てて彼女も立ち上がり、俺の方へと近づく。この突然の事態の変化についていけてないのは明らか。俺もそう。

 だが…この子の心は、俺達が見ていないものを見ていた。

 

「どうしよう……翼さん、あの人を…っ!」

 

 彼女は初めから止めようとしていた。この戦いを。

 彼女にとって、戦いとは迫りくる恐怖と脅威を払うためのものだ。決して憎い仇を打ち倒す者では無かった。まして氏素性も分からぬ相手と刃を交えるなど考えたくもなかったのだろう。それは彼女の過去に起因していたが、その時の俺は知る筈もない。

 

「遊星さん、翼さんを……翼さんを、止めないとっ!」

「っ…ああ…っっ!」

 

 無論、俺もこのままにしておくつもりなどない。

 

(風鳴もそうだが……

 

 腕の疼きと頭の衝撃は、何かを伝えようとしている筈なんだ。赤き竜はこれまでにも、俺に使命と運命を伝え、導こうとした。ならば、今この戦いに対して俺がやることは……

 

 

「ぐぅ…!?」

「風鳴っ!」

「翼さんっ!」

 

 

 意識を戦いへ切り替えようとした時、均衡が崩れた。

 大刀を鞭で受け止めた少女は、風鳴の勢いを利用してそのまま腕を振り似た。すんでのところで攻撃は頭上をかすめるが、次の瞬間には、敵の足は風鳴の鳩尾を捉えていた。

 

「あああっっ!!?」

 

 深々と食い込んだ脚は、一瞬の空白を置き、風鳴をはるか後方へと吹き飛ばす。俺達は唖然とした。

 あの子が……風鳴が、近接戦闘で後れを取っているだと…

 しかも間合いを詰めた状態では加速はつけられない。相手は地力と筋肉のバネのみで押し通したのだ。

 

 

「あっ……がっ…!?」

 

 

 突然襲った衝撃は風鳴の精神自体にもプレッシャーを与えていた。

 肺の空気を強制的に押し出され、咳き込みながらも立ち上がる。だがそこではいつもの覇気と冷静さは半減していた。

 

「これが……完全聖遺物の、ポテンシャル…っ!?」

 

 剣を持ち直しながらも、脚を僅かに後退させ、摺り足で相手との間合いを取り直す風鳴。

 …その光景もやはり信じられない。彼女が攻めあぐねている。

 そんな様子を見て、敵はますます調子づき、せせら笑う。

 

「おいおい、ネフシュタンの力だなんて思わないでくれよな。アタシのテッペンは、まだまだこんなもんじゃねえっ!」

「このぉおおっ!」

 

 歯牙にもかけない態度に、風鳴は激昂した。相手が再び、鞭をしならせて鋭い突起を風鳴にぶつける。だが風鳴は感情を爆発させ、それを鋭さに変えるかのようにして、再び上段に剣を振り上げ跳躍した。

 

「うおおおおおっっ!」

「翼さん!」

「風鳴!」

 

 猛然と敵に突っ込み、果敢に剣を振るう風鳴。

 だがいくら剣を振るっても、その刃は空を斬り、切っ先は操られたように何もない空間を横切るばかり。

 

「風鳴止めろっ! いったん距離を取れっ!」

 

 だが俺の言葉も通じず、風鳴はアームドギアを振るい続けた。

 

(駄目だ…! 完全に冷静さを失っている! このままでは…!)

 

 敵はパワーだけじゃない。スピードも互角かそれ以上だ。

 大振りの剣でそれを捉えるのは容易ではない。斧で飛ぶ蝿を叩き潰そうとするに等しい。いつもの風鳴ならばそれが分かっていない筈はないのだ。敵の挑発に安々と乗る少女ではないことも分かっている。

 

 だが……

 

「ぐぅっ…!?」

 

 再び敵の鞭が風鳴を捉え始めた。隙間を縫うようにして反撃の機会を窺い、アームドギアだけでなく、脚に装備された曲刀も用いて反撃する。だが全て躱されていた。紙一重で見切り、いなしている。

 

(どうしたって言うんだ風鳴……何があいつをここまで…!!)

 

 相手は素人ではない。

 あれはかなり専門的に訓練を積んでいる動きだ。

 激情した状態で挑める相手ではない。

 相手は既にここまでの戦いで、彼女の戦術を完全に見切っていた。

 しかもあのエネルギー量は、風鳴の持つ天羽々斬を遥かに凌駕している。

 

「翼さん、翼さんっ!」

 

 なおも必死に呼びかける立花。

 だがそれを嘲笑い、鎧の少女は俺たちにその鋭い眼光を向けた。

 

「ああ? お呼びじゃねえんだよ」

「っ!」

「こいつらでも相手してな」

 

 そう言って彼女が取り出したのは、小型の弓を思わせる形状の武器だった。

 質感は金属の様に見える。だがあれを見た時、俺の中に嫌な予感が這い回った。

 あれはただの武器じゃない。もっと禍々しい何か…! 

 

「ほらよっ!」

 

 少女は弓を番え、風鳴の剣を鞭で反らしながら俺たちに向けて何かを放った。一瞬攻撃かと警戒するも、放たれた光の筋は俺たちを素通りする。

 しかし瞬間、俺たちは凍りついた。

 

「なっ…!?」

「そんな…!」

 

『ノイズの発生を確認! ヒューマノイド型が2体!』

 

 光が着弾した地から、徐々に空間が歪む。そこから鎌首をもたげたのは、ついさっきまで俺たちを苦しめていた諸悪の根源。

 

「うそ……ノイズ…!?」

「そんなバカな!?」

 

 首長い鳥類を思わせるノイズは、ゆっくりとこちらを向くと、目標を俺たちと定めたのか、歩き出して距離を詰める。

 

「こ、こっちに来る…!」

「コイツら…!」

 

 間違いない。

 ノイズは一瞬、明らかに風鳴を見た後で、俺たちに狙いを定めた。

 奴等は生体反応を確認した相手を追跡するだけだ。見失うまで目標を変更する事は絶対にない。

 という事は…! 

 

「ゆ、遊星さん…!」

「立花、下がれ! 俺たちを狙ってる!」

「…っ!」

 

 あの武器の仕業か…! 

 あの弓状の武器。あれでノイズを呼び出したのだとすれば、意のままに操る力を持っていてもおかしくない。

 だとすれば、ここ一連の騒動の黒幕はやはり…! 

 

(いや、今は考えてる時間はない!)

 

 頭の衝撃は無理矢理に抑え込んだ。命の危機に、悠長に構えている余裕も隙もない。

 

「スピード・ウォリアーを召…」

 

 

「は? できると思ってんのか?」

 

 

「っ!?」

「おせえんだよっ!!」

「っが……うあああっっ!!」

 

 気が付いた時、俺の腹部には少女の膝が深くめり込んでいた。

 圧倒的だった。

 風鳴が距離を取り、攻守が入れ替わった一瞬の隙を突いて、奴は俺の目の前まで躍り掛かっていたのだ。

 

「遊星さんっ!!」

 

 立場の悲鳴が遠くへ聞こえる。

 蹴りの衝撃が鳩尾から全身へ広がる。苦悶に顔を歪めながら、地面を転がり跳ね、数十メートルは吹き飛ばされた。

 

「…っ…ぅ…が……はっ…!」

 

 吐きそうになる感覚を必死に抑え、意識を繋ぎ止める。

 

(いつの間にか、目の前に…これが……聖遺物の力だというのか…)

 

 実体化したモンスターの攻撃を食らった事はある。だが今受けた一撃の強さは、闇のデュエルと同等…いや、それ以上だ…。

 こんなものをまともに受けたら常人なら即死だ。赤き竜の加護を受けている状態でも、何度受けきれるか…! 

 

(…!?)

 

 その時、Dディスクから数値が覗き、俺の視界へと飛び込んでくる。

 表示された数値は1000…。

 

「へ、『アイツ』が言うからどんなもんかと思ってたら、この体たらくかよ。雑魚が」

「……っ…が…っ!」

 

 少女は吐き捨てる。

 鎧とバイザーに覆われ、その表情は読めない。

 だが、彼女はゆっくりと、俺たちへと歩を進める。その進む先には、ノイズに対してまるで無防備になっている立花の姿…! 

 

(しまった…このままでは…彼女が…!)

 

 データ通り、少女の鎧の強さをモンスターに換算すれば3000に相当する。

 最高レベルのモンスターに匹敵する強さだ。人間が出せるような領域の力でない。

 まして彼女の強さのデータは側にいた俺が一番把握しているのだ。

 

「あ、ああ…!」

「……たち、ばな…! 逃げろ…!」

 

 叫びたいのに、できない。

 乾いた空気が漏れただけだ。

 必死に全身に力を込めて立ち上がろうとするが、膝から力が抜けていく。

 

『遊星君、動けません!』

『響ちゃん! 早く逃げなさいっ! 響ちゃん!』

「っ!」

 

 友里さんの声が無線に響く。

 それがすんでのところで震えた彼女の体を叩き起こした。

 ノイズから距離を撮ろうと走り出す立花。

 

「……はぁ! はぁ!」

「逃げられると思うなよ!」

 

 …が戦うものとして、一番やってはいけない事。

 相手に背を向けてしまっていた。

 

「……ぁう!?」

「立花…っ!」

 

 呼吸がようやくできるようになった時にはすでに遅かった。

 鳥型のノイズが口から吐き出した粘性の液体が立花を直撃する。

 

「っ…!? う、動けない…うそ、なんで…!?」

 

 彼女の体が硬直する。液体そのものに攻撃性はなかった。だがその真意は、敵を捕縛することにあったのだ。

 まるで蜘蛛の糸のように彼女の体に絡みつくと、たちまち硬質化し、彼女を縛める鎖となる。

 

「う、な、なに……このっ、このぉ…!!」

 

 必死に脱出しようともがくが、動けば動くほど逆に液体は絡みついて硬くなり、ますます自由を奪っていく。

 

「……あのノイズは…この為の…っ…!」

 

 直感的に悟った。

 奴は俺たちの行動パターンを読んでいる。

 どう言う経緯かは不明だが、向こうは初めから立花がろくに戦えないことを知っていたのだ。

 

(駄目だ…今動けば立花が……!)

 

 モンスターを召喚しても、あの距離では立花が狙われる。そうなれば終わりだ。

 いくらシンフォギアでも、彼女ではあの攻撃の直撃を受ければ耐えられない。

 

「さてと、そこの雑魚は動けねえし…」

 

 俺を退け、立花の動きを封じたことで、向こうは悠々と歩き出している。

 だが少女が歩き出した瞬間、剣が翻り、閃光が散った。

 

 

「っ…っ!?」

「その子にかまけて、私を忘れたかっ!」

「くっ…!」

 

 戦意のない立花を見て、少女にも油断が生じたのか、その瞬間を見た風鳴の大剣がようやく目標を捉えた。

 一直線に突っ込んだ彼女の斬撃を、肩から垂れ下がるイバラの如き鞭で攻撃を受け止める。

 これまで回避のみで捌いていた相手が完全に防御に回っていた。

 鎧の少女が蹴りを即座に繰り出すが、風鳴も紙一重でかわしつつ、応戦する。

 両者の武器が火花を散らし、その度に暴風が舞う。

 だが……

 

「っ!?」

「お高く留まるなあっ!」

 

 回し蹴りが、まるで壁にぶち当たったように急速に止まる。鎧の少女の腕が、風鳴のつま先を掴み上げていた。勢いそのままに繰り出された彼女の秘技『逆羅刹』を無雑作に受け止めている。

 

「うおらあっ!!」

 

 そのまま持ち上げるようにして腕に力を込めると、逆方向へと足首をねじ上げる。風鳴の方丈が苦悶に歪むが、次の瞬間彼女の身体は遥か後方まで投げ飛ばされてしまう。

 

「…っ…ぐあああっ!?」

「まだ終わりじゃねえっ!」

 

 敵が風鳴を追撃する。

 吹っ飛ばされた彼女が地面を転がるその先に、圧倒的なスピードで先回りした少女は、浮いた風鳴の頭を踏みつけて、地面に叩き伏せた。

 

「……ぁっ…!」

「のぼせ上がるなよ人気者! 誰もかれもが構ってくれると思ってんじゃねえ!」

 

 見下していた相手に一瞬でも優位を取られた。それが彼女の逆鱗に触れたのだろうか。

 今までの余裕の笑みは消えて、感情を剥き出しにして禍々しい突起のついたその足で風鳴の頬を詰る。

 

「この場の主役と思ってるなら教えといてやる」

 

 そして次の瞬間、彼女は信じられない事を口にした。

 

 

「狙いは端からな、あの二人だよ」

 

「えっ…」

「なっ…!」

 

 俺も立花も凍りついた。

 今何と言った? 

 狙いは俺達だと…? 

 異世界から来た俺を狙っているという事なのか……

 いや、それならば立花も狙う理由の説明がつかない。

 だがこの状況はそれを裏付けていた。立花の動きを止めるだけで致命傷を与えに来ないのがその証拠だ。

 

「分かるか? アンタは初めから端役だ。最初から最後までな。鎧も仲間も、初めからあんたには過ぎてんじゃないか? そんな薄汚く転がってるのがその証拠なんだよ」

 

 更に風鳴の頬を踏みつけながら弄ぶ少女。バイザーの向こうから聞こえるその愉悦の声が、俺達三人の心を嬲る。

 しかし、それでも剣は折れてはいなかった。

 

「分かったらそこで大人しく伸びてろ。そしたら…」

「……繰り返すものかと……」

「あ?」

「繰り返すものかと、私は誓ったんだっ!」

「っ!?」

 

 瞬間、天が煌めいた。少女がいたぶっている隙間で、風鳴は剣の切っ先を掲げていた。エネルギーが上空で収束され、二人が縺れ合うその一点へと降り注ぐ。

 いち早く察知した相手はすぐに足を離してその場所より離脱する。

 風鳴もすぐさま起き上がって態勢を立て直し、追随した。

 

「小賢しいことしてくれるじゃねえかっ!!」

「うああああああっっ!!」

 

 そして再び始まる猛襲と反撃の連続。

 俺達はその様子をただ見守ることしかできなかった。

 

(…風鳴…!)

 

 腹部から衝撃がまだ消えない。

 実際に起きる痛みがこれほどとは……

 あの子は……風鳴はこんな痛みに耐えながら戦っているというのか…。

 いや、今だけじゃない、彼女は、これまで何度も戦場で戦い、傷つき、血を流していたのだ……

 だが、そうだというのに、今の俺では……! 

 

 

「そうだ…アームドギア…!」

 

 

 ノイズに縛られている立花が、閃いたように自らの腕を見る。

 

「立花…っ!」

「私が……アームドギアを出せれば…! 奏さんの代わりにだって…!」

 

 そう言って立花が全身に力を籠め始めた。

『奏さんの代わり』

 その言葉にどれほどの思いが込められているのかも分からずに、俺は茫然と少女を見る。

 

「出ろ、出て来い、アームドギア!」

 

 彼女は腕に力を込めて、叫びだす。

 彼女も、この状況を打開しようとしていた。

 悲痛な表情を浮かべて、誰もが己だけしか見られなくなった状況で、一心不乱に力になろうと腕を振るおうとする。

 

「……出ない……」

 

 だが、彼女の叫びは虚ろになって消えた。幾ら腕を振るっても、力を込めても叫んでも、彼女の身体からは何も起こらず、ギアの形状さえ変化の兆しは見られない。

 

「なんで……どうして出てくれないの…!?」

 

 目に涙を浮かべて、それでも天を貫く筈の撃槍は、彼女の呼びかけに応えようとはしなかった。

 

「なんでだよぉ……どうしたらいいのか、分かんないよぉ…!」

 

 その場に縛られるだけで何もできない自分に、情けなさを覚えて、それでも進めない立花。

『その子を鈍らせたのはあなた自身だ』

 風鳴の言葉が蘇る。

 そうだ……これは俺の責任だ。

 もっと初めから彼女に厳しく当たるべきだったのだ。そうすれば立花はもっと自分に自信を持てたかもしれないのだ。

 

「…っ…くっ…」

 

 だが、今はそんな事を考えている場合じゃない! 

 弱気な自分の考えを隅へと追いやった。勝てない相手だろうと、強敵だろうと、そんな事は理由にならない。俺は彼女達の助けになると誓ったのだ。

 

「遊星さん…!」

 

 旋風が巻き起こり、土煙が舞う。

 夜の帳が降りて無音の筈の公園なのに、そこでは痛々しい叫びと狂気の笑いが交錯する。

 こんなものは、俺の世界には無かった。

 確かに争いは続いていた。確執と負の連鎖は途切れなかった。だがこんなにも……辛い諍いを、野放しにしていい筈がない。

 

「はぁっ……はぁ…!」

「ゆ、遊星さん……!?」

 

 俺はゆっくりと起き上り、彼女たちが戦う箇所まで歩き出そうと試みた。ゆっくりとだが、僅かずつ距離が詰められる。

 

「立花……気をしっかり、持て…! ここから、逃げることを、考えろ…!」

「で、でも…っ!」

「お前は、俺が、守る…!!」

 

 分かっているんだ。これは俺の傲慢だということぐらい。

 だがそれでも、俺にはこれしか残されていないのだ。

 残っているカード達と力を合わせる。

 それしか方法はない。

 

 

「鎧に振り回されるわけじゃない……この強さは…!」

「ここでふんわり考え事とは度し難えっ!」

 

 

 俺が歩き出す間にも、両者は激しい激突を繰り返す。だが状況は既に鎧の少女の方へと傾いていた。全力を出しても尚届かない風鳴に対して、相手は明らかに余力を残していた。ギアの出力をパワーに直結させて振り下ろし、それでも鎖に阻まれて肌に触れることさえもできない。

 

「はあっ!」

「ふん、こんなもん」

 

 風鳴は懐から何時の間にか取り出した短刀を投げつける。

 恐るべき速度で繰り出され、虚を突いたかに見えた搦め手だったが、鎧の少女の隙をかいくぐるには足りなかった。

 彼女は指先でそれを軽くいなす。

 

「もらったっ!」

 

 風鳴が一旦距離を置いた、その時だ。

 鎧の少女が両腕を高々と構えた時、周囲の暴風はその一点を中心に加速し始めた。白い鎧が煌々と輝き、怪しげなオーラを纏い始める。

 やがて彼女の頭上には巨大な光球が出現していた。まさか……あれがエネルギーの塊だというのか。

 

「っ!?」

「吹き飛べっ!」

「ぐ、ぐううううっっ!!」

「翼さんっ!」

 

 一気呵成に、彼女はそれを鎖で持ち上げると、風鳴に向かって放り投げた。周囲の木々や大地をなぎ倒しながら、一直線へ彼女の元へと向かっていく。

 大刀で受け止めるも、質量そのものが桁違いだった。衝撃を押しきれず、逆に彼女の身体が僅かずつ後退する。必死に風鳴はギアの出力を上げようとしていたが、そもそも彼女の歌は、最初の攻防から既に途切れていた。

 歌えないシンフォギアでは、太刀打ちできない事は分っていた筈だったのに……! 

 

「風鳴ぃーっ!」

 

 俺の叫びがこだますると同時に、少女の身体はまるで木の葉のように宙を舞い、爆風と共に大木の幹を貫き通しながら遥か後方に吹き飛ばされた。

 土煙が晴れたころ、俺達の視界に飛び込んだのは、うつぶせに倒れ伏している風鳴の姿だった。

 

「……っ、くぅ……!」

 

 大地を振るわせる咆哮の様な一撃。

 

「風鳴……」

「………」

 

 動かない。

 その身を横たえ、腕や脚部のパーツが破損したギアから、排熱しきれない熱気が蒸気となって漏れ出る。つまりそれは、シンフォギアを制御できていない事の証……戦う力が、既に残っていないことを表していた。

 

「あ、ああ……っ!!」

「風鳴、起きろ、風鳴っ!!」

 

 立花の顔が蒼白に染まる。

 俺は必死に呼びかけた。

 まさか……いや、そんな筈はない。ギアはまだ装着されているんだ。意識はある筈だ…。

 だが、なら何故……彼女は起きないんだ…? 

 やはり死…! 

 

「ふん……」

 

 倒れてそのまま動かない風鳴を、鎧の少女は遠い目で見つめる。まるで初めからいなかったように。さっきまでの感情を置き去りにしたような空虚な顔を浮かべていた。

 が、それは一瞬。

 

「くっくくっ…あははははっ!」

 

 再び凶悪な笑みを零し、俺達に鋭い野獣の眼光を叩きつける。

 

「そんなクズ共で雁首揃えて、よくもまあ戦う気になったもんだな。そいつも、ここで倒れてる端役も!」

 

 そう言って、俺と、立花を睨み付けて奴は言った。

 ざあざあと草木が風に揺れる音がする。

 月光が、雲の切れ間に隠れて、姿をかき消す。

 俺は咄嗟にカードに指をかけた。

 

「おいおい、まさかアンタが相手になるとか言わねえよな。止めとけって、アタシのへそが茶を沸かすぜ。まるで出来損ないだ」

「っ…!」

「ゆ、遊星さん…!」

「ほら、お前等にはこれでも十分すぎるだろ?」

 

 そう言って、彼女は再び弓状の武器を取り出して、足元に光弾を撃ち込む。十数体のノイズが出現し、俺達に狙いを定めた。

 

「っ…!」

「知ってるぜ。その雑魚ども、一度に呼び出せないんだってな? いつまで持つのか見物しといてやる」

 

 怪しい笑みを浮かべて、少女は言う。

 分かっている……! 

 分かっているんだ。今の俺では、コイツには勝てない。

 冷静さを欠いていたとはいえ、風鳴でさえ太刀打ちできなかったやつに、絆を失っている俺のデッキで敵うわけもない。

 しかし、風鳴がここまで命を賭して戦って、それで背を向けられるか。

 

 

「確かに……」

 

 

 違った。

 大きな間違いだった。

 

 

「私は出来損ないだ…」

 

 

 風鳴翼と言う少女が命を賭すのは、ここからだった。

 

「あ?」

「この身を一振りの剣と鍛えてきたはずなのに……あの日、無様に生き残った……!」

 

(風鳴…っ!?)

 

 攻撃を何度も喰らい続けて。

 既に身体は限界を超えていた筈なのに。

 立ち上がるだけでも途轍もないことなのに。それでも尚、風鳴翼は戦意を失っていなかった。真っ直ぐに相手を見つめ、闘志と勇気を剣に変えて、持てるもの全て…魂さえも捧げて立ち向かう。

 それが防人、それが風鳴翼。

 

「出来損ないの剣とし……恥を晒してきた…!」

 

 ふらふらと身体が揺れる。

 剣を杖の様にして、揺らしながら立つその体には、もう攻撃する余力は残されていなかった。

 だが……

 

(……っ!?)

 

 何だ…? 

 俺の全身を悪寒が走る。

 

「だがそれも今日までの事だ…奪われたネフシュタンの鎧を取り戻して、汚名を雪がせてもらう」

 

 静かに、吹き荒ぶ風に散る程のか細い声で、彼女は謳う。

 既に力はない。

 否、力は確かにあった。

 全てを放出し、歌を用いても太刀打ちできないギアでも、残された手段はあった。

 

「そうかい。脱がせるもんなら脱がして……」

 

 相手は嘲笑い、そ蚊の鳴くような声の決意を一笑に付した。

 それが決定だとなる。

 彼女の本意にもっと早く気付けていれば、結末は違っていたかもしれない。

 だがその時、死神の鎌は首をもたげ、その刃を研いでいた。

 

「……なに?」

 

 鎧の少女が歩こうとした。

 俺は身構える。

 が、進まない。

 違和感を覚えたのは、俺だけではなかった。気のせいかと思った。しかし違う。

 実際に少女の身体は金縛りにあったように動かない。

 何かに引っかかったのか、そうではない。

 まるで何か、見えない糸が縛り付けたようだ。

 

「なっ!? なんだこれは…っ!?」

 

 僅かに動く首をひねり、周囲を見回す鎧の少女。

 その時だ。俺と立花、そして少女の3人が見付けたのは。

 

(あの時の…短刀か!?)

 

 寸前の攻防で風鳴が投げつけ不発に終わったかのように見えたクナイが鎧の少女の影に突き刺さっている。

 それを視界に収めた瞬間、更に彼女の動きが鈍った。

 

「う、動かねえ…くそっ!」

 

 曰く、影と言うものは陽があれば必ず存在し、本人の動きに追随する。

 それは場所、世界、時代を問わずに在るとされる魂の写し身であり、照応するもう一つの自分自身。

 生き物で在る以上、この心理は遥か太古から絶対的に刷り込まれたルールでもあった。

 逆に言えば、生き物は『自分の影が動かないと言う事は、自分も動いていない』と本能的に思考してしまう。

 この発想に応用を施し、他者の影に刃を突き立てた事で、相手に『縫われた』と言う心理的な楔を打ち込む。

 のちに聞かされた、現代に生きる忍が編み出した秘奥義……名付けて『影縫い』。

 

「ち、こんなもんでアタシの動きを…!」

 

 相手は何とか動きを取り戻そうと躍起になるが、身体は自由に動かず、むしろ短刀に視線を向けた事で一層自身を縛ってしまう。

 風鳴が施した暗示は表層意識を越えた深層心理にまで及ぶ。寧ろ意識が集中すればするほど敵は釘付けになってしまう。

 風鳴は月明かりの下にまであの少女が躍り出るタイミングをずっと図っていたのだ。

 

「チクショウ……死に損ないが……調子に乗るな!」

 

 少女は完全に動きを止められたが、それでも僅かに四肢を動かして束縛から逃れようとする。

 常人ならば恐らく指一本動かせないと言うのに…戦慄さえ覚えた。

 だが、確かに敵を封じたが、風鳴にももはや技を仕掛ける余裕は残っていない筈だ。

 あの鎧の防御力を突破して、打撃を与えるには…

 

「不動遊星」

「…え」

「その子を…守って」

 

 瞬間、唇が、美しく月影に映えて、俺に向けて呟いた。

 

「風鳴…っ?」

「月が覗いているうちに、決着を付けましょう」

 

 長髪の戦乙女の微笑みが、夜空の星の瞬きに呼応する。

 ギアと、彼女の肉体が、光を放ち始めた。

 

「防人の生き様……覚悟を見せてあげる!」

 

 虚空に、廃墟となった公園に、そしてこの場にいる全員に向けて、風鳴翼は凛として立つ。

 大切なもののために…大切だった人のために

 

「お前……まさか…」

 

 鎧の少女の顔が蒼白になった。

 今までの余裕も怒りも、ましてあの暴力的なまでに向けられた殺意さえもない。

 風鳴のある決意に満ちた瞳を見て、血の気が引いていく。

 

「翼さん…!?」

「あなたの胸に…焼きつけなさい!」

 

 それは宣誓の様でもあった。ゆっくりと、倒れそうになる体を押して、少女は歩き出す。

 

「やらせるかよっ! 好きに勝手に…!?」

 

 相手は彼女のこれからするであろう行いを察知し、何とか戒めを破ろうとするが上手く行かない。

 それでもなお、渾身の力を込めて影縫いを脱出しようとした時。

 それは起こった。

 

 

 ―Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 

 何か聞こえる

 これは……歌だ

 何よりも心の奥底へ響く、それでいて悲しい、命全て燃やし尽くして、それでも尚煌々と光り輝く。

 彼女は歌を歌っていた。

 

 

 ―Emustolronzen fine el baral zizzl

 

 

 風鳴は歌を歌っていた。

 今までの、シンフォギアの使う力の歌じゃない。

 根源的に何かが違う。

 歌の旋律が耳に届く度に、鎧の少女の顔は引きつり、身体を震わせる。

 それは生命の危機に対する怯えだった。

 

(なんだ…この、歌は……)

 

 風鳴は周囲の変化を意に介さず、敵に向かってゆっくりと歩いていく。

 何だ、俺はこの歌を知っている……

 何処かで…見たことのない、どこかの場所で……

 

(あ、っ……ううっぅ…!)

 

 さっきまで忘れていたはずの腕の疼きと鈍痛が蘇る。

 同時に流れ込んでくる映像。

 フラッシュバックしていく光景が、目の前の風景と被る。

 

 

 ―奏…歌っては! 歌ってはダメえっ!! 

 

 

 体を突き刺す様な衝撃が走った。

 雪崩れ込んだ情景と叫びが俺に訴えかける。

 視界が歪む。

 眩しさについていけずに網膜も痛みを走らせた。

 だが…俺の頭を過ぎったのはそんな表層の苦痛ではない。

 

「やめろ……やめろ風鳴っ!! その歌を歌うなあああっっ!!」

 

 なぜ俺は忘れていたんだ! 

 あの時に俺が見た映像はこれだったのだ。

 何度も何度も繰り返して今まで呼びかけたのもこの為だったんだ。

 赤き竜は俺に…風鳴を止めるために…! 

 

 

 ―Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 

 だが気付いた時には、もう手遅れだった。

 魂を砕き、精神を磨り潰し、肉体を枯れさせ、身も心もその歌声さえもを天に捧げて祈る歌。

 

 

 ―Emustolronzen fine el zizzl

 

 

 このままにしては置けない……予感なんて言葉では片付けられない。

 このままでは彼女は死ぬ。

 だが動けない…俺も立花も、その歌声に酔いしれていた。

 それは命を燃やして、天高く羽撃く剣の歌だったから

 

「ぅ…あ……」

 

 鎧の少女の元まで完全に歩み寄った時、その旋律は終わりを告げた。

 そして戦いも、

 何より

 一人の少女の、儚き命も。

 

「あ、あ、あああああああアッッッ!!?」

 

 鎧の少女の絶叫が周囲を包み込む。

 瞬間、襲い来るのは暴力と衝撃、突風と激痛、閃光と轟音、全てを破壊し尽くし、蹂躙する破滅だった。

 風鳴を中心に巻き起こったエネルギーの奔流は、相手はもちろん、周囲に展開していたノイズさえも飲み込んでいく。

 放射状に展開する力は留まるところを知らずに溢れ出し、まるで激流の様に周り全てを消滅させていく。

 回避するなど不可能。防ぐなど論外。

 空間さえも歪むほどの質量を持ったエネルギーを爆発的に噴出させるのだ。

 敵が完全聖遺物だろうと、それは容赦なく討ち亡ぼすのみ。

 

「うおああああああああっっ!!!」

 

 光の中で悲鳴をあげ、視界の向こうまで吹き飛ばされる少女の姿が見えた。

 だが…俺にできた事は…立花を守ることだけ…。

 いや、これで守れたと言えたのだろうか。

 彼女の心を、そのまま置き去りにしたのだから。

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 

 視界が薄暗く歪んでいた。

 這い回る怖気を感じた。

 翼さんがこの時歌った歌。

 私はこれを知っていた。

 消え去り行く意識の中で、永遠の微睡みに沈んでいくと思ってたあの時に、私の生きる糧となり、希望となった歌。

 そして今もまた、私の命を救ってくれた。

 

 ……己の命を糧にして。

 

「……っ、ううっ……」

 

 薄ぼんやりとした景色が、やがて輪郭をはっきりさせて目に飛び込んでくる。

 そこには満点の星空と、宙を舞う土埃。

 そして、鼻をつく異臭。

 違和感を覚えて、私は立ち上がろうとする。

 

「あ、う、い、たた……!」

 

 痛みに刺される感覚に逆らいながら、私はゆっくりと身を起こした。

 その時に最初に目に飛び込んだのだ。

 私を守ってくれていたのは、翼さんだけではない事実が。

 

「えっ…」

『……』

 

 目の前に立っていたのは、何度も私を守ってくれたカードの精霊の背中。

 

「シールド、ウォリアー?」

『……』

 

 盾持ちの槍戦士は、私の問いかけには何も答えない。

 ただ、少しだけこっちを向いて無事なことを確認しただけ。

 それだけで、彼は虚空に消えて去った。

 

「あっ…!」

 

 後から知った。

 シールド・ウォリアーは死してこそ真の力を発揮するんだって。

 仲間のために散ったインディアンの魂が込められたこのカードは、仲間のカードが破壊されるのを一度だけ阻止することができる。

 それでも、たとえゲームのルールだったとしても…私の心を抉るには十分過ぎた。

 私は弱いままだった。

 私の過ちは、その事実から目を背けてたこと。

 

「立花……無事、か…?」

 

 後ろから声がする。

 私は慌てて振り返った。

 

「遊星…さん」

 

 私を何度も守ってくれた赤い竜の人。

 風がささやかに吹いて、私たちの体温を冷やす。

 

「怪我は、ないか?」

 

 何度も何度も訊いてくれたその言葉を、やっぱりこの時にも投げてくれる。

 ジャケットはボロボロになって、顔中擦り傷だらけだ。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「俺は平気だ……立てるか?」

「あっ…」

 

 私が心配して呼びかけても、彼は微笑を浮かべて私の手を取った。

 身体中が痺れたりずきずきするけど、何とか立ち上がることができた。

 

『おーい、響ちゃーん、遊星くーんっ!』

 

 その時に、後ろから車のエンジン音と、女の人の声が聞こえた。

 私たちが振り返ると、黒塗りの外国車がこっちに向かって走ってくる。

 シンフォギアのお陰で、運転してる了子さんと、隣に座る弦十郎さんの姿が見えた。

 

「了子さん!」

「あー、良かった。あなたは何もないみたいね。遊星君も…」

「……」

 

 了子さんが車から出てきて、私たちに駆け寄ってくる。

 私が安堵する傍らで、けれども遊星さんはそれに答えずに、反対を向く。

 

「……」

「……遊星さん?」

「風鳴…っ!」

「えっ?」

 

 私がそれに対して呆然とすると、助手席に座ってた弦十郎さんの叫びが耳を貫いた。

 

「翼っ!」

 

 そう言って、弦十郎さんは私たちには目もくれず、一直線に走っていく。

 

「っ…!」

 

 遊星さんも、同じ方向に向かってよろよろと歩き出していた。

 この時のあの人の声は、一生忘れられない。

 ううん、私はこの時の出来事を全部忘れない。

 音も、臭いも、何より見たものを。

 

「っう…えっ!?」

 

 声を聞いたその時に気づいた。

 私たちが立っていた地面は、まるで大爆発か隕石でも落下した様に、何もなくなっていた。

 焼け野原なんてもんじゃない。本当に何もない。ただ抉れた大地が辺り一帯に広がっているだけ。

 昼間見た時はあんなに美しかった草花も、大きな樹々も、虫の鳴き声も鳥もない。

 全てが消え去っていた。

 

 そしてその真ん中……爆発の中心に、あの人がいる。

 

「か、風鳴っ!」

「……」

「翼っ、大丈夫かっ!?」

 

 白と青の鎧に身を包んで、凛として立つその姿を見た時に、私の顔に笑顔が広がる。

 

(翼さん…っ! 翼さんだっ!)

 

 その時にわかった。この爆発の跡は翼さんの力だって。

 理屈はわからないけど、翼さんはあの時に歌った歌でノイズやあの人を撃退した。

 そうに違いないっ! 

 私も翼さんの元へと駆け寄った。

 這い回る嫌な予感に蓋をして、ただただあの人の元へと行きたかった。

 

「あ、響ちゃ…」

「つばささーんっ!」

 

 気ばかり急いて上手く走れず、窪んでいた小さな穴に足を引っ掛けて転んでしまった。

 その間にも、弦十郎さんが先に翼さんの元へと走っていく。

 遊星さんもたどたどしく歩いて、あの人の元へと…

 

「遊星君、君はここにいるんだっ!」

「……っ、風鳴っ、あの、歌は…」

「遊星君…!」

 

 弦十郎さんは途中で遊星さんを止めようとした。

 けど、その言葉は、彼には届かなかった。

 その前に、消えそうなロウソクの灯火みたいな声が、何もなくなったその場にか細く鳴いて、消える。

 

「…だい、じょうぶ、ですよ……」

「…翼…」

 

 戦慄の表情を浮かべて、弦十郎さんは立ち尽くす。

 遊星さんも、その場で為すすべ無く凍り付いていた。

 

「風……鳴…」

 

 その時に、翼さんの足に目が行った。

 何かが垂れている。びちゃびちゃと。汚い。

 ホースから溜まった水がぶちまけられるみたいに、翼さんの足元に広かった。

 視点をふと上に上げた。

 

「私とて、人類守護の務めを果たす防人……です」

 

 そこまでして立っていたのは…

 私が見たのは…

 

 

「こんな所で……折れる、剣、じゃ……ありま、せん…」

 

 

 目と、口と、鼻と、耳と、頭と…他にもたくさん…

 全身の穴という穴から血を吹き出して、それでも使命を胸に誇る、翼さんの笑顔だった。

 

「……」

 

 肺が逆流する。

 胃から何かがせり上がってきた。

 何かを言いたい筈なのに、何も出ない。

 

「……っ……ひ……はっ………は…あ…っ」

 

 乾いた空気が口から漏れる。

 なにこれ? 

 私の声じゃない。

 だって、違うよ…こんなの嘘だ。

 だって翼さんは強くてカッコよくて、私の憧れなんだ

 どんな時でも凛として、鮮やかで、私を守ってくれる

 

 そんなの…こんな…

 

「あ、ああ、あ、うぁ……!」

 

 記憶が蘇る。

 蓋をした痛み。

 湧き上がる恐怖。

 消したくても消えないから目を背けていた、私を縛る鎖が。

 

 

 ―出し惜しみなしで行く……とっておきのをくれてやる―

 

 

「いやああああああっっ! 翼さああああああんっっ!!」

 

 私達は、その日、夜にすれ違った。

 すれ違い、傷を負って、後には何もない。

 月はもう、雲に隠れて見えない。

 

 




IKIHAJIを晒した翼さん。しばらく休憩。
次回、遊星たちが過去に触れます。
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