龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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私が一番好きなのはクリスちゃんとマリアさんです。

おっぱいは正義


第3話『落涙と、覚醒の鼓動』-2

『風鳴は、今日も休みのようだな』

『あ、はい。今は公演でスタジアムの方まで行ってます』

『公演?』

『あれ? 聞いてないですか? 翼さんって、今話題沸騰中の大人気アーティストなんですよ!』

 

 授業の合間に、そんな他愛もない話を立花と交わしていた。

 

『歌手をやっていると言うのは、弦十郎さんから聞いたが…学校を休んでまで行っているのか?』

『はい、ここは音楽学校ですから、それ系の活動は公欠扱いになるんです。それに翼さんはここに入る前からずっと注目されてたんですよ』

『…そこまで人気が出るものか…』

 

 聞けば風鳴の歌は新曲が出る度にヒットチャートの上位に食い込み、去年のランキングでも新人賞をはじめとする多くの音楽賞を受賞。

 もはやこの日本で彼女を知らない人間はいないと言ってもいいらしい。

 

『噂なんですけど、海外進出もするかもって言われてます』

『海外? だが、そうすれば二課の活動は…』

『あ、はい…多分、やらないんじゃないかって、友里さん達が話してました。でも……』

 

 そう言って、彼女が歌っているであろう会場の方を眺めながら、立花は年相応の無邪気な笑顔ではにかんでいた。

 

『私は翼さんの歌……もっと沢山の人に聴いてもらいたいなぁ』

 

 その時の立花の横顔は、憧れと、感謝と、そしてほんの少しの痛みを宿していた。

 気付けば良かった……

 その時の彼女にほんの少しでも、その表情に僅かに翳る泥を、見つけることができたなら。

 

 こんなことには、ならずに済んだのかもしれないのに。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・

 

 

 

 暗い病院の廊下の中で、夜間照明だけが俺達の足元と、顔を僅かに照らしていた。

 

「……」

 

 響は喋らない。

 ずっと、うな垂れたままだ。

 

(……)

 

 俺は彼女に声をかけようとして…やめた。

 言葉が見つからないのだ。

 俺自身、衝撃から抜け出せていない。

 

(……風鳴)

 

 奥にある緊急治療室では、今でも多くの医師が、彼女の為に治療を施している真っ最中だった。

 あの全てを吹き飛ばす歌を放った風鳴は、急ぎ病院へと運ばれたが、彼女の身体は重体と言う言葉でさえ説明できない。生きているのが奇跡だった。

 全身から出血し、内臓は破裂して無事な個所を探すことさえ難しい。身体中の神経は全てズタズタとなり、骨はねじれ曲がるように折れ、一部はそのまま肺に喰い込んでいた。

 それでも何とか生死の境を彷徨うに留まっているのは、弦十郎さんが先に手を回していたからだ。

 まるで、あの子がそうなることを知っていたように…

 

(…弦十郎さん達は、風鳴がああなることを分かってたとでもいうのか…?)

 

 それを承知の上で、止めなかったのか? 

 シンフォギアと言うのは、あんな破壊力を人に持たせる武器…いや、兵器だというのか。

 初めてここに来た時以上の不安と焦燥感が、俺の脳裏を埋め尽くす。

 

「……翼さん」

 

 立花は小さく、零れるような声を漏らす。

 俺の黙考は中断された。

 彼女の傍まで歩いて、手を取る。

 

「立花……」

「……」

「……きっと、無事だ」

 

 それだけを、彼女に残す。

 気休めにもならないのは分かっている。それでも俺にはこうするしかないのだ。彼女の弱々しい姿を、せめて側にいて和らげることくらいしか。

 

「……」

 

 震える彼女の唇が、何かを訴えかけようとする。

 俺はそれを聞こうとして。

 

「遊星君、響君」

 

 俺達を呼び止める声がする。

 振り返ると、そこには弦十郎さんと、緒川さんが立っていた。彼等だけではなく、他にも黒服黒ネクタイをした、武骨な男たちが数名、並んで彼をガードするように歩いてくる。

 俺を捉えた時にもいた、二課所属のエージェント達だ。

 

「弦十郎さん……」

 

 弦十郎さんはいつものラフな赤シャツ姿ではなく、ネクタイを締め直し、ベージュのジャケットを着こんでいる。初めて俺に会った時の同じ装いだ。

 風鳴を診るために、この服装になったのか。

 

「遊星君…」

「……」

「怪我はどうだ?」

「……俺は何ともない」

 

 本当は鎧の少女から受けた攻撃で、肋骨にヒビが入っていたが、その程度で怪我と言いたくなかった。

 寧ろその程度で収まっていたのが不思議なくらいだ。恐らく、赤き竜の力だろう。デュエルのダメージと同様に、ライフポイントと言う形で俺の命を守る盾となったのかもしれない。

 

「そうか……響君にも、怪我がなくてよかった。君と、カードの精霊のお陰だ」

 

 彼は俺の側に近付くと、肩を叩いて、それだけを小さく言った。

 それに対して、俺は返す言葉がない。

 

「……」

 

 いや、何を言うべきなのかが分からなかった。

 鎧の少女のことか、ノイズのことか、風鳴のあの姿のことなのか……ただ立ち尽くすことしかできない俺の背中で、扉の開く音がする。

 立花がハッとなって向こうを見た。

 

「先生っ」

 

 弦十郎さんが、俺を通り過ぎて、施術用の服を着た医師の元へと駆け寄る。それを俺達は遠くから見ていた。

 

「辛うじて一命は取り留めました。ですが容体が安定するまで絶対安静は勿論……予断を許されない状態です」

 

 最悪の事態は回避しつつも、手放しで喜べないその知らせに立花も、表情を苦痛にゆがめる。

 廊下が暗く重い雰囲気に包まれる中で、弦十郎さんはそれでも、医師に向かって深々と頭を下げた。

 

「何卒……よろしくお願いします」

 

 エージェント達もお辞儀をすると、彼等は次の瞬間、統率された兵の様に機敏に背筋を伸ばし、ボスの次の指示を待った。

 ゆっくりと頭を上げた二課の司令官は、そのまま振り返り、黒服を見まわして、静かに令を発する。

 

「俺達は、鎧の少女の行方を追う。どんな小さな手がかりでも見落とすな。翼の命懸けの行動に、なんとしても報いるんだ、良いなっ」

『はっ』

 

 一斉に敬礼をすると、彼等は踵を返して、廊下を歩いていく。

 普段ならば、一枚岩のこの組織の結束力に舌を巻くところだろう。

 しかし、それならこの小さくうな垂れている少女には、どうして何もしてやれないのか……

 頭では分かっていても、それが小さな痛みを訴え続けていた。

 

「二人とも、襲撃者の追跡は俺達で行う。二人は休んで……」

「…弦十郎さん」

 

 だから、弦十郎さんが俺たちの元へと言葉をかけた時、俺は真っ先に立ちあがって、問いかけることにした。

 

「聞きたいことがある」

「……」

 

 彼はすぐには答えない。

 分かっている。

 これは感傷だと。任務を優先すべきだからこそ、彼は動いている。

 だがそれでも。

 聞かなければならないのだ。俺がこの世界にて、知らないことを先延ばしにしてきた。今日はそのツケを払わされた。

 そのままでいられる訳が無い。

 

「……お前たちは、引き続き捜査を続行してくれ。俺は後で合流する」

「はっ」

「緒川、後は頼む」

 

 側にいた緒川さんが小さく頷くと、弦十郎さんは無言でこちらを見て、黒服が行った先とは別の道へと案内した。

 着いて来い、という事らしい。俺はそれに従った。

 

「……遊星さん」

 

 小さく俺を呼んだ立花の言葉は、俺の耳には入らなかった。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「……遊星君、怪我はもういいの?」

「ああ…」

 

 発令室まで入った俺達を、了子さんが出迎えた。

 いつもは飄々としてマイペースだった彼女も、流石には気を失っているのが分かった。彼女だけではない。この場に居る全員が、悲痛な思いに囚われている。

 だというのに、この時の俺は……

 

「弦十郎君、翼ちゃんは?」

「…一命はとりとめたよ。何とかな」

「遊星君の応急処置も良かったのね。弦十郎君と二人で、ずっと声を掛け続けてくれたし、あれがなかったら危なかったかもね」

「…」

 

 了子さんからなけなしの励ましを貰うも、俺の心根が晴れる筈もない。

 俺はそのまま、弦十郎さんを見る。彼もそれを分かっていて、そのまま部屋の中央まで歩いた。

 

「…取り敢えず、座ってくれ。立ったままでは身体に毒だ」

「俺のことはいい」

 

 低く、素っ気ない声が出た。

 この場で腰を落ち着ける気分になどなれない。

 弦十郎さんは立ったまま、無言で頷いた。

 

「君の言わんとすることは分かっている。あの歌のことだな」

「……あれは、何だ?」

 

 全員が黙す中で、俺の声だけが発令室に小さく浮かんで消える。

 

「あんな危険な技があるなんて俺は聞いていない。いや、あれはそもそも技ですら無いだろう」

「……」

 

 弦十郎さんは沈黙していた。

 単に言葉を探しているだけだったのかもしれない。

 だがそれは、目を背けているようにも俺には見えた。

 

「どうしてあんな風になった…? アンタ達は、ああなるのを知ってて、風鳴にあれを使わせていたのか?」

「……」

「頼む話してくれ……あんな姿を見て、このままにはしておけない…!」

 

 痛みと虚無感が、苛立ちへと変わっていくのを抑えきれなかった。

 身勝手な話だ。

 子供じみていることは分かっていた。匿われるだけでなく、様々な助力を受けていながら、彼等に一方的に怒りを押し付けている事が。

 だがそれでも、血を流しながら笑った風鳴の顔が、姿が頭から離れらない。

 

「…許してほしい、とは言わない。何もかも俺達の力不足が招いたことだ。だが翼も、戦士として覚悟の上で『アレ』を使った」

「っ…謝罪が欲しいなんて言ってないっ!」

 

 自分でも信じられない声が出た。

 全体が振動するかと思えるほどの葛藤の爆発と、感情の発露。

 一度出た言葉を、無しにすることはできない。それでも俺は、平静を失っていた。

 言ってはいけない言葉。

 それはこの世界に生きる者を、意志を否定するものだった。

 

「いいから答えてくれ弦十郎さん! 彼女や立花をあんな姿にさせるのが、アンタ達の言う『戦い』なのかっ!?」

「やめてくれ遊星君!」

「藤尭君っ!」

「俺達も……俺達だってやりたくてやってんじゃ無いんだ!」

 

 その言葉に、奥にいた藤尭さんが咄嗟に立ちあがって叫ぶ。

 友里さんが肩を掴んで止めるも、制止を振り切って彼は言い続けた。

 

「俺だって情けないさ…! ロクに外も出歩けない日々で、おまけに、子どもに頼らなきゃいけない……代わってやりたいって、何度思ったか分からないよ……!! けど俺達は…!」

「よせ藤尭」

 

 想い、それでいて強い弦十郎さんの言葉だった。それは二課の人間全員の命を受け止めなければいけない指揮官としての言葉だった。

 

「この場で一度でもそう思わない者など、一人もいやしないんだ」

「…っ!」

「それは遊星君も同じだ。だから彼は戦ってくれているんだ。そして今も、翼の為に怒っている」

 

 その言葉を聞き、藤尭さんは我に返り、椅子に脱力して座り込む。

 情けないことだった。

 彼らのやりとりを聞いて、ようやく俺は自分のしてしまった事に気付いたのだから。

 

「…すまない。悪かった……」

 

 それだけを、絞り出すしかできない。

 知っていた筈じゃないか。

 この人たちが、優しい人達だという事を。だから俺達は守りたいと思った事を。

 その心を一瞬でも疑ってしまった事を、俺は恥じた。

 

「…ま、取り敢えず、遊星君の疑問は解消しておきましょうか」

 

 パン、と軽く手を叩いて空気を変えようと、了子さんは敢えて明るさを装って話題を切り替えた。

 

「あのノイズを一瞬で破壊した歌……あれもシンフォギアの力よ。それを引き出す歌という意味では今まで使うのと変わりないわ。ただし威力がケタ違いだけどね」

「…聖遺物の力を限界まで引き出す歌、ということか」

「正解。やっぱり君は凄いわ、あんな状況でもマトモなんだから」

「了子君」

「ごめんごめん」

 

 自分で頭を叩いて、了子さんは話を続ける。

 …彼女なりの思いやりだということぐらいは、分かるつもりだ。

 

「で、多分予想してると思うけど、聖遺物の力は人間にとって到底扱いきれない。普段2人が使うのはごく一部だけ。けれども限界まで引き出す歌を歌うことで、ほんの一瞬だけシンフォギアのポテンシャルをフルに発揮できる。それこそが彼女達に与えられた最終武器……『絶唱』よ」

「絶唱…」

 

 元々、聖遺物と人間の力には大きな隔たりがある。それは了子さんから聞いていた。だからこそ、適合できる人間は限られている。

 使う力が大きければ大きいほど、その負荷は強まる。

 あの風鳴の重傷は、その力の負荷に耐えきれずに起こったものだったのだ。

 

「言い訳になるけど……翼ちゃんも、高い適合率を持ってたから、何とか使えたとも言えるわね。本来なら重傷どころじゃ済まないから」

「…立花にも、同じ力はあるのか?」

 

 聞かずにはいられなかった。

 もしこの先、風鳴の傷が言えず、立花一人で戦いを強いられるのだとすれば、同じ状況に陥った時彼女は……

 そして、もしそうなった時、自分は……

 

「理論上は使える筈よ。今は力の扱い方も分かってないような状態だけどね。ただ……あの子の場合は色々特殊すぎるし、正直どうなるのかは分からないの」

「特殊だと?」

「遊星君、出撃する前に私に聞いたわよね。『どうして彼女が戦っているのか』って。あれはそういうことなの。彼女の中に力があるって分かったのは最近だったのよ」

「…何が言いたい?」

 

 要領を得ないその言葉に、顔をしかめる。

 俺の問いかけに、了子さんは黙考していたが、やがて弦十郎さんを見て言った。

 

「……弦十郎君」

「…」

「極秘事項だし、彼女のプライバシーにも関わることだけど…ここまで来たら一緒に戦う以上、知る権利はあるわ」

「分かっている。話そう……遊星君」

 

 ここへ来て、ようやく機動部二課の指揮官は、重い腰を上げた。それは自らの罪への懺悔でもあった。

 そして俺の心にも、少なからず衝撃を与える物語だった。

 

「彼女が何故、この二課で戦うことになったのか……それは、2年前の、ある事件に起因する」

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 遊星さんが弦十郎さんと一緒にいなくなった後、私は茫然と座っている事しかできなかった。

 この時、遊星さんが何を話して居るのかも、それも想像できないままに、疲労と翼さんの衝撃が頭から離れないで、ただ目の前の小さなテーブルを眺めている。

 廊下の自販機から、電子音がした。

 

「あなたが気に病む必要はありません」

「え…」

「翼さんが自ら望み、歌ったのですから」

 

 私に自販機のコーヒーを差し出してくれた緒川さんが、優しくそう言った。

 カップを受け取った私の手に、温もりが伝わる。

 

「ご存じとは思いますが、翼さんは、かつて二人組のユニットを組んで活動していました」

 

 そう言って緒川さんは話した。

 あの日……私にとっての全ての始まりの日に、何が起こったのか、その真相を。

 

「ツヴァイ、ウイング……」

「はい。そして、その時のパートナーが『天羽奏』さんです。今はあなたの胸に宿る、ガングニールのシンフォギア装者でした」

 

 知っている。

 あの人のお陰で、今私はこうしてこの場でいることができるのだから。

 二年前のあの日……私は未来に誘われて、ツヴァイウイングのライブへ出かけることとなった。

 けれど、直前で未来は親戚の用事で地方へ出なければならなくなり、急遽一人でそのライブ会場へ向かった。

 それで始まった一人きりのライブ体験……私は胸が躍った。音楽ってこういうものなのかと、はしゃいで跳び上がりたくなった。人生で初の、そして今までで一番の感動があった。けれどそれは……次の瞬間、絶望へと変わった。

 

「ノイズに襲撃されたライブの被害を最小限に食い止めるために、奏さんは『絶唱』を解き放ちました」

「絶唱…」

 

 いきなり、ライブ会場をノイズの大群が襲い始めたのだ。何が起こったのか分からないままに、会場は大パニックに陥った。当時中学生になったばかりの私も、いきなりの事に混乱して、訳が分からなかった。

 悲鳴と絶叫が支配する会場の中で、私は必死に走った。

 

「奏者への負荷を厭わずに限界以上に力を使う絶唱は……ノイズの大群を一瞬のうちに殲滅せしめましたが……」

 

 緒川さんの声が低くなる。

 そうだ。私は逃げまどう中で見た。

 恐ろしい怪物たちが暴れ回る中で、果敢に立ち向かい、そして斬り伏せていく二つの影。それが翼さんと……そして奏さんだった。

 ツヴァイウイングとは世を忍ぶ仮の姿だった。その実態は、特異災害に対抗するために作られた、世界で唯一の対ノイズ部隊だ。

 

「奏さんの命も、その時に燃やし尽くしました」

 

 私の意識は、その時に途切れていた。

 後からお医者さんに聞いた。私は怪我でこん睡状態だったのだと。だが意識が途切れる瞬間に飛び込んできたのは……塵となって消えていく奏さんの姿だった。

 そして辿り着いた答えは…あの時に翼さんが歌った歌。

 

「……それ、は」

 

 私は恐る恐る尋ねる。

 ついに誰にも聞けなかった問いだ。

 あの日、私を救ってくれたのが、間違いなく翼さんと奏さんだった。けど、あの時に何が起こっていたのか。どうしてノイズはいなくなったのか、それは長い間ずっとわからなかった。

 それを聞こうとしても、質問するのは憚られた。奏さんが事故で死んだと、新聞で知ったからだ。

 

「……私を救う為ですか?」

「………」

 

 緒川さんは何も答えずに、カップのコーヒーを一口飲んだ。それは言うまでもない、肯定だった。

 

「……奏さんは殉職し、ツヴァイウイングが消滅しました。一人になった翼さんはがむしゃらに戦い続けました」

 

 ぽつぽつと、やがて緒川さんは話を続ける。

 今思えば、この人だって、どれだけ痛みを押し殺していただろう。

 この人もまた、翼さんと奏さんを、陰でずっと支え続けてきたのに……その片翼を、永遠に失ってしまったのだ。

 それでも、緒川さんは翼さんの為に立ち続けていた。

 一番、大切で、辛い思いをしているあの人を、支えるために。

 

「同じ世代の女の子たちが知ってしかるべき恋愛や遊びも覚えなくて……自分を殺して、一振りの剣として生きてました。そして今日も……その使命を果たすために、死を覚悟して絶唱を放ちました」

「……」

 

 ああ、私は……

 何て事を……

 

「不器用ですよね……でも、それが風鳴翼の生き方なんです…」

 

 どうして聞けなかったんだ、あの日のことを。

 知らなきゃいけなかった。

 自分がどうやって生きてきたのか。あの日、もう一度目覚めることができたのはどうしてかを。

 鳥がはばたく音がした。

 

「……そんなの……酷過ぎます……」

 

 飛べなくなってしまった翼さんは……それでも必死にもがいていたというのに……

 

「それでわた…っ、私、は……翼さんの事、何も……っ、何も、知らないで……い、一緒に、戦い、たいなんて……」

 

 涙があふれ出て止まらなかった。

 本当に戦うなら、戦えばよかったんだ。

 ならどうして逃げたの? 

 何で怖がってたの? 

 奏さんの痛みも覚悟も知らずに、知ろうともせずに力があると、私はそれだけにしがみついたままで。

 逃げたければ逃げたらよかったんだ。

 

「奏さんの代わりに……なる、だなんて…っ!」

 

 ただ私は、助けられたことが嬉しくて、いつかお礼が言いたいと…そして戦うことで、少しでも奏さんに近付きたい。ただそれだけだった。

 馬鹿だ私は……! 

 

「……僕も、あなたに奏さんの代わりになって欲しいなんて思いません。そんな事、誰も望んではいません」

 

 けれど、皆は優しかった。

 世界は辛く残酷でも、緒川さんは…二課の皆は知っていた。

 奏さんが守ってくれた私と言う小さな火を消させまいとしたのは、そうすることでしか悲しみは乗り越えられないから。

 それを、翼さんにも知って欲しくて……

 

「ねえ響さん。僕からのお願い、聞いてもらえますか?」

 

 私の目を見て、緒川さんはゆっくりと口を開く。

 

「翼さんを……嫌いにならないで下さい。あの人を、世界に一人ぼっちになんて、させないで下さい」

 

 優しく、それでいて悲しい微笑みで、風鳴翼の守り人はそう言った。

 嫌いにならない。

 なるわけない。

 あれ程に強くて優しい人を……今も痛みに戦うあの人から、目を離せるわけない。

 私に許されるなら……せめて、それだけは…

 

「…っ…」

 

 朝焼けの光が窓から差し込んでいた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 その光景は地獄だった。

 

 

『うわあああああっっ!!?』

『助けてくれっ! 助けてええええッ!』

 

 

 それは屋外のライブ会場で起きていた。

 俺が巻き込まれた事件を遥かに上回る人数と規模で、多くのノイズに人々が襲われ、死んでいく。

 過去に起きたその現場を、俺は目の当たりにしていた。

 

「これが、二年前に起こった事件だ……響君は、この事故で唯一の生存者だ。天羽奏と言う、かけがえのない犠牲を払うことで、彼女だけが……生き延びることができた」

 

 発令室で、弦十郎さんは淡々と語る。

 何故立花響と言う少女が戦うのか。

 どうして風鳴翼が、血を流してまで剣を振るうのかを。その訳を。

 そして……

 

「了子君、もういい。消してくれ」

「はーい……ほいっ、と」

 

 了子さんがコンソールを操作した。

 巨大なスクリーンに移された映像が消滅する。

 あとには静寂が残った。その場で映像を見ていた友里さんも藤尭さんも、皆言葉もない。

 

 

「……ううっ……ひっく…っ!!」

 

 

 オペレーターの一人が、突然嗚咽を漏らしながら、席を離れて、外へと飛び出していく。

 友里さんが咄嗟に立ちあがると、弦十郎さんを見た。

 彼が無言で頷くのを見て、友里さんは出て行った女性を追いかけて退出していく。

 

「……悪く思わんでくれ。彼女は、この事件で同期の職員を失ったんだ。とても仲が良い、親友だった。結婚を次の年に控えていてな」

「っ……っ…!」

 

 嘔吐感がせり上がった。

 あの日見た悪夢の光景がフラッシュバックする。沸き上がるノイズ。

 背に血を流している立花。

 灰になった人々。

 沈む夕日。

 命の黄昏。

 廃墟になったライブ会場……

 そしてその中で歌いながら血を流す少女と…泣き崩れている風鳴……そうか、あの時に聞いたもう一人の声が……

 

「天羽、奏…」

 

 風鳴がいたユニット、ツヴァイウイング。

 

 話を聞いてハッキリと、俺が夢で見た映像と、そして戦いの中で見せつけられた光景が全て繋がった。

 何故忘れていたんだ。あの時の夢…歌を歌い散っていった少女こそが、先代ガングニールの装者だったのだ。

 

(俺が転移する前日に見た夢は……あの時、血を流して倒れていた少女は……)

 

「…遊星君、大丈夫?」

「俺の事は……いい。気にするな」

 

 一番痛みを抱えているのは、立花と……そして、風鳴だ。

 そしてもちろん、ここにいる人たちも。

 

「話を、続けてくれ」

 

 湧き上がる痛みを抑え込んだ。感傷だと冷徹に自分に言い聞かせた。

 こんなものはただの薄っぺらい同情だ。それで何が変わる。何が分かる。今自分のするべきは、真実を知ることだけだ。

 

「了子君、あれを」

「ん……これは事件の後に撮った、彼女のレントゲン写真よ。ノイズとの戦いの余波で、飛んできた破片が彼女の胸部を直撃し、あの子は意識不明の重体になったの。病院に運び込まれた彼女は何とか一命を取り留めたんだけど、心臓付近に金属片が散らばって、これは手術でも除去不可能なのよ」

 

 痛々しい写真がモニターに映された。

 確かに彼女の言う通り、細かな白い影が胸の中心部に散らばっているのが分かる。

 今の彼女の中に、これは存在しているのか……

 いや、待て…さっき了子さんは何と言った? 

 

『彼女の中に力がある』

 

 まさか……

 

「立花の身体の破片と言うのは…」

「そうだ……この破片こそが、我々が保持していた第二号聖遺物、ガングニールの一部だ」

 

 愕然とした。

 何と言う……残酷という言葉では到底言い尽くせない。

 彼女は、命を救われたその力で、生死を彷徨い、また身を削って歌う宿命を背負わされたのだ。

 

「その事件から2年後……君が異世界からやって来る、ちょうど一週間前のことだ。ノイズに襲われていた響君は偶然、歌によってその胸に宿るガングニールを再起動させ、その場で適合者となることに成功したんだ」

 

 シンフォギアを発動させたその日、俺と同じように彼女は二課に身柄を拘束された。

 そして身体検査を受けたことで、その事実が発覚した。

 

「あの子は……風鳴のように、ペンダントを持っていなかった。戦う時も、聖詠を口にしている時も……見えないところに隠しているのかと思ったが……」

「正直、コンバーターもない状態なのに、どうやって聖遺物が彼女の歌に反応しているのか、まだ分からないの。聖遺物そのものが、彼女の身体と一体化して融合状態にあるから…って言うのが、一応の仮説だけどね」

 

 そう言うと、了子さんはモニターを消した。

 聖遺物との融合状態…立花の身体はそれで大丈夫なのだろうか。

 そんな体になってまで戦い続けて、異常があればどうなるのか。

 そんな疑問が頭をよぎった。

 

「響ちゃんの身体は、私が責任もって監督してるわ。今すぐにどうこうってことはない筈よ」

 

 敢えてぼかした言い方だった。

 シンフォギア自体と一体化する現象など、彼女にとっても予想し難かったのだろう。

 恐らくこの先何が起こるかって言うのは、了子さんにも分からない。

 

「了子さんは、それを立花に教えたのか?」

「勿論、融合状態にあるって言うのは真っ先に教えたわ。でも……あの子は二つ返事で戦うことを決めたのよ」

 

 遠い目をして彼女は言う。

 それは、立花響と言う少女が持つ、歪さを見ての言葉だった。

 

「あの子は…命令されたのではなくて…」

「……俺達は、強制に近いことだと理解していた。それでも頼むしかなかった。だが……響君は、躇いも迷いもなく、君と同じように……」

 

 違う。

 俺と同じではない。

 俺は自分の世界で戦ってきた。

 様々な敵と。そしてそれが出来たのは、…決して俺一人の力ではなかった。だが、立花は……

 

「ついこの間まで日常に身を置いていた少女が…誰かの為にと言う理由だけで、恐怖の中にまで飛び込んで行く……あの子もまた、俺達と同じ種類の人間なのかもしれない」

「戦えるものが、彼女達だけしかいないから…奏ちゃんが守ってくれた恩返しだから…自分だけ生き残った罪滅ぼしか……全部当てはまる様な気がするし、どれも違う気がする……結局、あの子自身も分かってないのかもね」

「……」

 

 堅い、コンクリートの無機質な床が視界に入っていた。

 ただ、誰にも目を合わせられずに、彼女の翻弄された人生を想う。

 身を斬るような痛みだった。

 風鳴だけじゃなかった。立花もまた、戦っていたのだ。

 恐らく、ノイズに襲われた人間全てが……あれさえなければ。あの事故さえなければと……

 

「目を背けていたのは、俺の方か……」

 

 どうしてだ……

 どうしてわかってやれなかった。

 

 ―『運命』と呼ぶ『狂気』のせいで、狂わされた多くの人生があることをっ! ―

 

 お前も痛みを知っていたんじゃないのか、不動遊星……

 失う痛みを……全てを巻き込んで、それでもなお生き残り、仲間がいることの大切さを……

 

 ―残された人間が、どれほど辛い目に遭ってきたのかをっ! ―

 

 かつてそう叫んだのは、誰だ!? 

 お前だっ! 

 俺自身が、ゼロリバースと言う名の破滅から生まれた筈なのに……! 

 

 

「……私が悪いんです」

 

 

 その場に居る全員が入口を向き、そして息を呑んだ。

 この沈痛な思いの中で、慮る余裕を見失ってしまった。

 

「響君……聞いていたのか」

 

 いつの間に入ったのか、立花響は、その小さな体を震わせながら、入口付近で立ち尽くしていた。

 透明な雫が、ぽたりぽたりと床に落ちている。照明を受けて反射した、白光が、俺達の胸を刺す。

 なんということだろう。彼女が近付いていることに、そして部屋に入って会話を聞いていたことにさえ、誰ひとり気付かなかったのだ。

 

「遊星さん……」

「立花…」

「ごめんなさい………ごめんなさい……」

 

 俺の所まで歩み寄って、彼女はそう言った。弱々しく震える声で、何度も何度も。それに対して、俺は何も言えなかった。

 

「響君」

「二年前も、今日のことも……私がいつまでも未熟だったから…翼さんが……」

「それは違う。無茶を頼み込んだのは俺たちだ。君が何かを背負うことはない」

 

 弦十郎さんの掛けた言葉に、けれど立花はふるふると首を振った。

 

「翼さん、泣いてました」

 

 それは彼女の懺悔だった。

 

「…翼さんは強いから戦い続けてたんじゃありません……ずっと、泣きながらそれ、隠してたんです……」

 

 ぽろぽろぽろぽろ

 涙があふれ出て止まらない。

 それでも気持ちを吐露し続けるその姿に、掛けられる言葉などあろうはずもない。

 ましてや……よそ者の、俺などに。

 

「……悔しい涙も、覚悟の涙も……どんなに苦しくたって、辛くても、強い剣で、在り続けるために……ずっと一人で……っっ!」

 

 もういい。

 もう止めてくれ。

 どうして君が泣かなきゃいけなんだ

 これ以上責めないでくれ。

 君も戦っていたじゃないか。

 弱くても天羽奏さんの想いを受け継いで、その身を削りながら…

 それがどれほどの痛みだったというのか……

 

「でも…っ」

 

 赤き竜よ。

 何故だ。

 どうして俺を、その惨劇の場に呼び出してはくれなかったのだ。

 せめてもう一人、あと一人だけでも、救ってやることはできなかったのか。

 彼女の痛みにせめて寄り添う事が出来たのなら……

 

 

「私だって……私だって守りたいものがあるんです! だから…!」

 

 

 その先は、もう言葉にならなかった。

 

「……っ、っ……っっ!!」

 

 しゃくりながら、彼女はそれだけを言うと、ごめんなさい、ともう一度呟いて、その場を走って去って行く。

 オートで閉じられた扉が、俺たちの前に冷たく機械の音を響かせる。彼女との隔たりを越えていく勇気は、今の俺には無かった。

 

「……緒川、俺だ」

 

 弦十郎さんは、端末を取り出すと、今もなお風鳴の側にいるであろう緒川さんを呼び出していた。

 

「ああ……頼む。それと、一課にも協力を要請してくれ……すまないな」

 

 短く用件だけ伝えると、端末を仕舞いこみながら、弦十郎さんは深い、それでいて強い目で、俺を見て言った。

 

「遊星君……こんな事を言うのは卑怯だと重々承知している。だが……響君の事だけは、気に掛けてはもらえないだろうか」

「……」

 

 背中に掛けられたその言葉に、俺は何も応えられず、そのまま基地を後にする。

 機械の鼓動が鬱陶しい。

 人工の明かりも、清浄された空気も、俺自身も足音さえも。

 

「……っ!」

 

 痛む拳を握りしめる。傷がまた広がっても、別に構わない。

 俺の血がどれだけ流れようと、あの日亡くなった多くの人間には、血さえ残らなかったのだから。

 




……次回、響が一皮むけます。
そして遊星も……ご期待ください。
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