龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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第3話『落涙と、覚醒の鼓動』-3

 翼さんが入院した次の日、

 

「……」

 

 昼間に私は一人で、屋上のベンチに佇んでいる。

 天気は快晴だ。そよ風が吹いてる。

 病棟が見えた。翼さんが入院している場所。

 全身から力を振り絞って血を吐きながら立ち続けた結果の、あの白い個室が…

 

(私に……奏さんの代わりなんて……)

 

 情けない。

 死にたいなんて言葉を今の私が軽々しく使っちゃいけないことは分かってる。けどそれでも、私には今のこのグチャグチャした何かを、どうしようもなかったのだ。

 

(………私に、何ができるんだろう……)

 

 今日、遊星さんは学校へは来なかった。

 違う先生が代わりに来て、不動先生は体調不良でお休みです、とそれだけを告げた。

 一瞬、まさかあの時に怪我をしたのかも、と思ったけど、連絡が何もないという事は、多分無事なんだろう。

 最初に教室はざわざわしたが、すぐにクスクスと笑い声が聞こえた。

 

『どうしたんだろうね?』

『ストレスとか? 難しい顔してるし』

『それはアタシたちもじゃーん。いっつもテストやらされてさ』

『それなー。まあ、休んでくれてラッキー? みたいな』

 

 代わりにと出された課題プリントの山に辟易していたけど、どうせ自習時間だしと、皆目もくれずに他愛無い会話に興じている。

 殆どの人が、興味がないのだ……それはそうだ。あの人が人知れずノイズと戦うためにやってきたなんて、誰が信じるだろう。

 そして昨日も、大切な仲間が一人血を流して倒れて、それは過労で倒れて長期入院と報道されたトップアーティストだなんて、誰が結び付けるだろうか。

 

『ビッキー、目が虚ろになってるよ』

 

 そう言って、隣の席まで創世ちゃんが来てそう言った。

 隣には詩織ちゃんと弓美ちゃんもいる。

 けど三人とも……私には目に映らなかった。

 

『顔色悪いですけど、大丈夫ですか?』

『課題の山に頭痛くなったとか?』

 

『ごめん……具合悪くて……ちょっと外の空気吸って来るね』

 

『えっ?』

『響?』

 

 そう言ってキョトンとしている三人を尻目に、私は席を立った。

 未来が後ろから呼びかけたけど、それにも聞こえないふりをして。

 ……一人になりたかった。モヤモヤを何とかしたくて、考える時間と場所が欲しかった。

 何も出来ない私に許されるのは、それ位だった。

 

 ―人助けは私の趣味なんだよーっ―

 

 入学初日、私は未来にそう言った事がある。

 樹の枝に引っかかって、降りられない子猫を助けたのだ。

 けど私に出来たのはそこまでだった。

 結局私は、あの日から何一つ変われていない。

 困ってる人を助けたいと…助けないとと、がむしゃらに何かをやってきたつもりだった。

 

(分かってたんだ……自分には何もできないって)

 

 もし助けたいなら、必死に勉強すれば良かった。

 何でもいい、介護だって、医者になるんだって、ボランティアだって福祉だって、人に役に立つことなんて何でもあったんだ。でも私は怪我を治すことだけしかできなくて……ただ自分が生きていくことしか、出来なかった。私の力なんて最初からその程度しかなかったんだ。

 自分に目を背けてただけなのに……ようやく見つけたと思った力に、ただ振り回されてるだけで、怖くてその先へと踏み込むことさえできなくて……

 

(私……甘えてる)

 

 奏さんの影に、力に、使命に。

 私にも何かがあるんだって、信じられるような気がした。

 だから翼さんに、血を流させた。

 そして遊星さんにも……

 

 

『その子を鈍らせたのはあなた自身だ。不動遊星』

 

 

(遊星さん……)

 

 それでもと。

 見捨てないと、遊星さんは言った。

 仲間なんだって。

 

(違うよ……翼さん)

 

 私が甘えていたんです……

 私がもっと、恐怖と戦うことができていれば……

 ノイズを見て、前へ出る勇気があれば……

 こんな事に……

 

 

「えい」

 

 

 冷たい感覚が、頬に当たった。

 

「ひゃああっ!?」

 

 突拍子もない声が弾けるように出て、私は跳び上がる。

 勢いよく振り向くと、そこにいたのは私をいつも支えてくれていた親友だった。

 

「み、未来…?」

「はい、あげる」

「ふえ…?」

 

 そう言ってみくは私にどこから買ってきたのか、自販機のジュースを差し出してくれた。

 いつも私が飲んでいる奴だった。

 キョトンとして、私は未来を見る。

 未来の手にも同じのが握られていて、未来は無造作に私の隣へ座った。

 

「未来……」

「最近、一人でいること多くなったんじゃない?」

「え…」

 

 缶を開けて口に運ぶ未来。

 私は慌てて誤魔化した。

 

「そ、そうでもないよっ」

 

 未来にだけは、知られちゃいけない。

 どんなに落ち込んでも、それだけは譲れなかった。

 

「私一人じゃ何にもできないし、ほら、この学校だって未来が進学するから私も、って決めたわけだし…」

 

 ぺらぺらと、軽い言葉を並び立てる。

 未来は無言でそれを聞いてくれていた。

 

「ほら、ここって学費がバカみたいに安いし、お母さんとおばあちゃんにも、負担かけずに済むかなあって、あははははっ」

 

 嘘は言ってない。

 家族に迷惑をこれ以上掛けたくなかったのは本当だった。未来がいなければ、あの時の私は生きていられなかったかもしれない。未来の側にはどうしてもいたかった。それは嘘偽りない私の気持ちだ。

 けどそれは、私は今こうしている理由とは何も関係なくて。

 

「……」

「あ……」

 

 だから小日向未来は、私に手をそっと添えてくれる。

 どんな時でも、私の側にいてくれる、私の日だまり。私がいつでも帰ってきたいと思える場所。温かくて、優しくて、大切な大切な未来の手。この子の為なら、私は何でも出来ると、そう思わせてくれる人。

 

「……未来には、隠し事できないね」

「だって響、無理してるもの」

「うん……ごめん」

 

 けど謝るしかできなかった。

 未来に私の秘密を話せば、それは危険に巻き込まれることを意味すると、弦十郎さんは口を酸っぱくして言っていた。

 スパイ映画みたいに、私や二課を言いなりにするために、悪い人が未来を人質にするなんてことが、日常茶飯事で起きている。だから絶対に言ってはいけないと、二課に入る時に改めて念を押されたのだ。

 

「でも、もう少し、一人で考えさせて……」

 

 それだけじゃない。

 例え未来が知っていたとしても、これは私が答えを出さなければいけないこと。

 誰かに言われたことに従うだけじゃ、駄目だ。それ位は分かる。それじゃ今までと何も変わらない。私に出来ること。私がしなきゃいけないこと。それは、私自身が見つけて納得して、行動するしかない。

 

「……分かった」

 

 未来はそう言って、重ねた手をそっと放す。

 それに少しの後悔と心細さを覚えながら、私は頷いた。

 

「ごめんね……未来」

「………あのねっ」

 

 それでも、未来は私の側にいてくれた。

 これからもずっとそうだった。

 そしてこれからも。

 私がどんなつらい目に遭ったとしても、彼女だけは。

 

「響、どんなに悩んで苦しんで、出した答えで前進したとしても」

 

 私を、明るく照らしてくれる。

 

「響は響のままでいてね」

「私の、まま?」

「うん」

 

 未来は大空を見上げたまま、そう言った。

 

「響がそのままでいてくれるなら、私は応援する。だって響の代わりは、どこにもいないんだもの」

 

 私の曇りを、その言葉は晴らしてくれた。

 

「……」

 

 どうして、忘れてしまっていたんだろう。

 失ったものは帰らない。あの事故で多くの人が死んでしまった。それは誰にも埋められない。代わりは誰にもできないから。だから私は、今でもご飯を食べられるこの現実を、幸せに感じることができた。それを少しだけ、他の人よりも知ることができたから。そうだ、私はいつの間にか忘れていたんだ。私がいる、その意味も。

 

「変わって欲しくないな」

「……私、私のままで、いいのかな?」

 

 この世界は、それだけでかけがえのない物だってことを。

 

「響は、響じゃなきゃ嫌だよ」

 

 屈託ない、明るい笑顔で、未来はそう言ってくれた。

 私の……私が、大切にしたいもの。

 私が守れる……守りたいものなんて、何でもない約束とか、何でもない日常位なのかもしれないけど……

 

(翼さん……)

 

 翼さんが、全てを賭したあの人が眠る病室が、もう一度視界に飛び込む。

 私に訴えかけてくる。あの鋭い目が。白く輝く鋭い切っ先が、私の覚悟を問うてくる。

 お前はどうする? 逃げるのか? 

 

(……逃げてたまるか)

 

 約束したんだ。

 大切な約束を。

 それを守ることだけが、今は私を支えてくれるたった一つの……私の温もり。

 壊したくない。

 壊させない。決して。

 

「ありがと、未来」

 

 振り返って、私に未来に、笑顔で答えることができた。

 

「私、なんとか私のまま歩いて行けそうな気がするっ」

 

 そうだ。

 私に代わりができないなら。

 何も出来ないというのなら。

 私ができることを、じゃない。

 私がしたいことをするんだ。

 胸に嘘をつくんじゃない、言われたことをするんじゃない。

 せめて、守りたいものを、守れるように。

 

(私は私のままで……)

 

 ああ、そうだよ。

 胸のガングニールだって、教えてくれたじゃないか。

 人の作る温もりが、こんなに、温かいんだということを

 

「あ、そうだ。こと座流星群見る?」

「え? 見れるの?」

「うん、携帯で動画撮っといたんだ」

「ええっ! ほんと!」

 

 こうして、何時でも私の側にいてくれる人がいるから、私はそれを信じられる。

 

「あれ? 何も見えないよ?」

「うん、光量不足だって」

「ダメじゃんっ!」

 

 差し出された真っ暗な画面に思いっきり突っ込みをしてから、未来を見て。

 真顔で見返してくる未来の顔がおかしくて。

 私は…私達は大笑いしてしまった。

 

「……っぷ」

「あははははっ!!」

 

 おかしいよ。

 おかし過ぎて、涙が出ちゃうよ。

 何でこんなに簡単なことで……人は笑顔になれるんだろう。

 私は子供だからわからないけど……もしかしたら、それが、一番貴重だからかもしれない。

 

「今度こそは……一緒に見ようねっ」

「うん、約束。今度こそ、約束だからね」

「うんっ!」

 

 奏さん、見ていてくれていますか? 

 あなたの後輩は、こんな半チクですっ。

 今は何も出来ないけど……でも、だからこそ、今を生き抜くための力を……歌を、私は歌います。

 

「あれ?」

 

 その時、私の携帯が鳴る。

 ちょっとごめんね、と断ってから、私は電源を入れた。

 無雑作に取ったのは失敗だった。

 いつもの私用携帯じゃなくて、それは二課から渡された、緊急通信機だった。

 

 

『俺だ。ノイズが現れた。遊星君が襲われているっ』

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 

 気が付くと、俺は、Dホイールを走らせていた。

 

「………」

 

 どこにも行けないのが分かっていながらも、俺は風の中にいることで、安らぎを求めようとしていた。愚かなことだ。友が見れば、一喝されているだろう。スピードは、逃げる者には情けなどない。

 どこまで行っても、この世界に逃げ場所など存在しなかった。

 

 

(何をやっているんだ、俺は……)

 

 

 真っ青な空の中に一人、上を見上げる。

 例え世界を渡り歩いてもその風景は平等に人々の目に降り注ぐ。

 しかし人を取り巻く状況は決して平和でも公平でもなく、その身を蝕み痛めつける。

 

 

『ねえ、今日どこ行く?』

『新作の映画観るのはどう?』

『あ、それいい。その後はさ…』

 

 クラスの女子たちがそんな話をしている夕暮れ時に、たまたま廊下で立花と会った。

 最初は他愛無い話をしていた。

 

『立花は、どうしてこの学校に入ったんだ?』

『え?』

『戦うようになったのは、この学校に入った後だろう? 何か理由でもあるのかと思ってな』

『あ、え、ええっと…』

 

 少しでも親密になろうと思っての言葉だった。

 

『と、特にこれって理由はないんですけど……ま、まあ翼さんがいたりとか…』

 

 彼女はしどろもどろに話し始めた。

 未来が入ったから私も…とか。

 学費が安くて親に迷惑かけないから……とか。

 この時俺は、彼女がどう生きて来たかまでは知らされてないかったから。

 

『あ、あとは……都会に憧れてたし、それに進路とか進学率とか、色々…』

『そうか』

 

 俺は真顔で頷いていた。

 自分は学校に行ってないから、そういう所に興味があったのもか知れない。

 しかし立花は話題を逸らしたくて別の事を俺に尋ねた。

 

『あ…あの』

『ん?』

『遊星さんは、どうして科学者になったんですか? そのデュエリストの世界って、強かったらお金貰えるんですよね?』

『まあ、一応はな』

『何か理由とか……あ…えっと、言い辛いですよね、ごめんなさい』

 

 何を言っているんだろうと、彼女は頭を掻く。

 恥ずかしがる立花を前に、微笑しながら答えた。

 

『……俺の、夢のため…かもしれないな』

『夢?』

 

 確かにプロの道も、色々と考えてはいた。

 今でも憧れはある。かつての仲間は、今もプロリーグで活躍しているし、俺自身も世界の強者と戦ってみたいと何度も思った。

 

(けれど俺を動かしたのは……)

 

 街を守りたいという、俺の信念。

 未来へ向かうための道を、俺自身が守りたかったからだ。

 それなのに……

 

 

「……何が、守るだっ…」

 

 

 俺は、Dホイールを叩きつけた。

 気が付けば場所は代わり、目の前には原っぱや木々が広がっていた。

 覚えのある風景だ。

 ここは……そうだ、俺が最初に来た、高速道路の横にある草原地帯だ。

 道路自体はノイズのせいで壊されたため、このルートは閉鎖されている。

 無我夢中で走って、こんな所まで来ていたのか……

 

(いや……)

 

 俺が無意識に逃げたかったのかもしれない。

 目の前にいる人間さえ救えず、傷つけて、それで俺は何を目指していたのだろう。

 そんな問いにさえ答えを見つけられずに、救いを求めて。

 

(俺が……俺が、作りたかったのは……!)

 

 皆が明るく、普通の生活を幸せに思える未来、そんな街だっだ。それを阻む者いるというのなら、俺は戦った。全てを賭けて。

 だが……理想を胸に街を発展させようとする者が、今この場所から目を背けて、自分に胸を張っていられるわけがない。

 

(俺は……)

 

 どうしたらいい。

 教えて欲しい。進むべき答えを。

 いや……そうじゃなかった。

 俺も、立花も、勇気が出なかった。

 答えはいつだって単純なのに、人はいつだってそれを見失う。

 

 

『遊星』

 

 

 世界が、俺達を孤独にする

 それが戦う力を奪う

 それでも人は生きようとする

 

 

『おい、遊星』

 

 

 そうでなければ、生きていけないから。

 

 

『遊星』

 

 故にその影、けして色褪せることなく

 

『遊星、どうした?』

「……え」

 

 寂しさも苦しさも、過ちも呑み込んで、なおも道を行くのは、それが己の理想のために。

 それが、孤高の王者を経て、真の覇者へと至った男の、胸に秘めた熱き信念。

 瓦礫から這い、全てを捨てても、消して捨てられない、彼は消えない思いを胸に抱いた。

 

 

 

『何をそんなところで腑抜けている。立て』

 

 

 

 だから彼は立つ。どんな敵にも負けないように。

 それが強いからじゃない。

 それが強さだから。

 背中に背負う、守るべきものがあるのだから。

 

 

『どうした遊星、らしくないぜ?』

「…っ…」

 

 

 全てを失っても、残るモノ

 それを見つけられずに彷徨う俺に、何か応えてくれたのか

 分かる筈も、術もなく

 今、ただ目の前に現れた友を目に、思いがけない再会に、ひたすらに目を奪われる。

 

 

「ジャック……クロウ…?」

 

 

 そこにかつての友はいた

 姿を見失って、誰もいない世界に来た筈なのに

 昔と変わらぬ風体で、ジャック・アトラスと、クロウ・ホーガンが、立ちすくむ俺に、悠然と向かって立っている。

 

 

『遊星。自信を持って。貴方なら出来るわ』

 

 

 同じだ。

 最後に会った時と同じ。

 変わらぬ思いを、胸に秘めた、あの力強い言葉を、俺に向かって投げる。

 その時だ。

 二人の間に、光が灯る。それは人の形を成して、俺の前へと現れた。

 

 

「アキ…?」

 

 

 なんだ、これは……

 これは…夢か? 

 どうして、目の前に皆が……

 

 

『大丈夫だよ、遊星。遊星は俺の憧れなんだぜ』

『そうよ。だから元気出して遊星』

 

 

 優しい声に後ろでも、光が再び灯る。

 アキたちの、その向こう側にいて、歩いてきたのは、双子の笑顔。

 

 

「龍亞…龍可…」

 

 

 無邪気な龍亞の笑顔

 純真な龍可の言葉

 二人の言葉が温もりとなって、俺の元へと届けられる

 

(どうして、皆がここに……)

 

 灯火が、仲間を覆う光が、蛍の様に明滅し、そして散っていく。

 俺の言葉は、宙を舞おうとして、しかし出なかった。

 

 

『何をそんなに思いつめているのか知らんが、しばらく見ない間に随分と情けないツラになったな』

 

『俺たちが知ってるチーム5D’sのリーダー、不動遊星は、そんなヤワな男じゃない筈だぜ』

 

 

 見下ろすジャックと、不敵に笑うクロウ。

 龍可が、寂しく問いかける

 

 

『遊星……カード、無くしちゃったの?』

 

 

 気持ちがあふれ出た。

 会いたいと。

 願っても止まずに叫び続けたくて、それでも抑え込んでおいた俺の心。

 皆に会いたい。

 会って、手を取り合いたかった。

 どんなに少しでも良い。小さな言葉でも構わない。

 それでも……彼らと再会を夢見て、ただひたすらに思いを込めて、それをここの奥底にまで押し込めた気持ちが、不意に流れ出ようとする。

 

 

「みんな……」

 

 ―私にだって、守りたいものがあるんです―

 

 

「……俺には、力がないんだ」

 

 

 それでも、眼の前に居なくちゃいけない人を。

 一人放ってここにまで来たあの泣き顔が浮かび上がって、失意の言葉となって流れ出た。

 

 

「目の前の人間も救えず、守らなければいけない人の心まで傷つけた」

 

 

 すまない……

 すまない、立花……

 俺が……こんな姿が、俺の精一杯なんだ……

 泣いている君の、側にもいてあげられずに……

 

 

『ばか』

 

 

 アキの手が、そっと、俺の頬を包む。

 幻なんかじゃなかった。

 想いが……俺達を結び付けたそれが、俺に触れていた。

 

 

『私達が、1人じゃ何もできないなんてこと、よく分かってた筈じゃない』

「…えっ」

『でも貴方は諦めなかった。どんな時でも前に進むことを』

 

 

 アキの笑顔が、温もりをとおして、俺に伝わる。

 俺が何度も励まされた気持ち……心の底で、皆を大切に思う優しさ。

 だから俺は出発の日に告げた。お前の笑顔が、皆を幸せにするんだと。

 

 

『そうだよ。遊星が頑張ってるから、俺も最後まで頑張って戦えたんだよ』

『そして今だって、私達は戦ってる』

 

 

 龍亞と龍可が、俺の手を取った。

 明るさと、清らかさと、命の輝き……

 初めて会った時、二人は俺の大切なものを、忘れかけたものを、揺り動かした。

 

 

『思い出せよ遊星。困った時、辛い時、苦しい時に俺たちはどうしてたのか』

 

 

 クロウが、拳を握って突き出す。

 何度も共に戦い、そして走り抜いた親友は、今も走り続けてる。

 どうしてだ……

 分かってる。

 彼は……大切な……

 

 

「……仲間」

 

 

 ああ、そうだ…俺は、何故今まで……

 

 

「そうだ…俺は…いつでも…」

 

 

 忘れてしまっていたんだろう。

 俺達を結び付けていたものを

 例え離れていても、決して傷つかない、人と人とを結びつける、俺達が長い旅路の果てに、ようやく見つけ出して一つの答えを……

 

 

『忘れるな。俺たちの絆は永遠だ』

 

『どんな時でも、例え世界を飛び越えてたとしてもな』

 

『私達は、いつだって側にいるわ』

 

『だから遊星、もう一回頑張ってよ』

 

『遊星にできること、きっとまだある筈よ』

 

 

 皆が、俺の手を取る。

 右手が、重なる。

 彼らの腕には、かつてそうしてきたように。

 竜の痣が、集まる。

 

『如何なる場所でどんな困難に逢おうと、お前には立ち向かう力がある。だから目を背けるな』

 

 ジャックが俺に、力を与えてくれた。

 クロウが、前に向かう意志を

 アキが、優しさを

 龍亞は、勇気を

 龍可が、真っ直ぐな想いを

 今までも、そしてこれからも。

 俺の帰るべき場所から。

 時空を隔てたとしても……

 

 そして……

 

 

『そうだ、遊星。決して忘れないでくれ』

 

 

 それが例え、もう光の届かない、遠い所だったとしても……

 

 

『君はいつだって、一人なんかじゃないってことを』

 

「お前は…っ」

 

 彼もまた、俺達とともに走り続けた、一つの光だったのだから。

 

 

「ブルー…っ!」

 

 

 未来への希望を託した友は、同じ光を瞳に宿し、そして、虚空へと消えて行った。

 

 

 

 

「…………今のは……」

 

 俺は茫然と自身の手を見る。

 何もない。

 俺は立ち上がって、周囲を見渡す。

 そこには、当たり前の様に、さっきまで居た草原が広がっていた。

 

(今のは……なんだったんだ…?)

 

 夢か? 

 俺はいつの間にか眠りこけてしまったのだろうか……

 しかし、さっきまで俺はDホールに乗って……

 

「あっ……」

 

 ふと見ると、前方に俺のDホイールが横たわっていた。

 数メートル近い距離が開いているところを見ると、本当に俺は寝てしまっていたのだろうか。それで夢を見ている内に、Dホイールから落ちてここまで……

 

(疲れてるのか……)

 

 昨日から寝ずの番だったから仕方がない。

 だが、これまでも徹夜は何度もして、ここまで寝相が悪いことなどなかったが……

 

「……皆」

 

 感傷的になったのか。

 それで記憶の中から、俺が皆を思い起こして……

 

「情けないことだな……」

 

 立花が苦しみ、風鳴は生死の境を彷徨っている時に、俺一人がかつての友の残滓に縋っていた。

 これでは、俺は何の為に戦うのか分かったものじゃない。

 

(何の為に、か……)

 

 ふと、袖をまくり腕の痣を見る。

 赤き竜の頭を模した痣……ドラゴンヘッドが、俺を見つめ返した。

 全てを束ねる役割を持つドラゴンヘッドは、元々俺の痣ではなかった。

 俺の世界を破滅へ導くダークシグナーの一人だった男、ルドガー・ゴドウィンが生まれついて持っていたものだ。

 悪神にも見初められるという数奇な運命に翻弄されて、ルドガーは結局、赤き竜の痣を手放す決心をした。

 だが最後には、ルドガーも思い出してくれたのだ。暗く絶望の未来が待って居たとしても、絆を束ねて重ねることが、立ち向かう力を与えてくれるのだと。その事を思い出させてくれたのは……俺じゃない。

 

「ジャック……クロウ……アキ……龍亞…龍可…」

 

 一瞬だけでも姿を見たのは、赤き竜の力だったのだろうか。

 傷心した俺を励ます為に。

 いや……そんな事はない。あくまで、俺達の道は、俺達が切り開いた。それは神の信頼の証でもあったのだ。

 

(なら、あの幻は……あの光景の意味は……)

 

 俺の為すべきことは……

 

 その答えに、一瞬手が届きそうになった、その時だった。

 

 

「っ!!?」

 

 

 瞬間、一斉に鳥たちが猛烈な勢いで飛び立っていったのが見えた。

 周囲の木々が全て揺れている。

 その数は尋常ではなかった。まるでこの一帯にいる生き物全員がこの場を離れようとでもしているみたいだった。

 

「…っ…な、なんだ…っ!?」

 

 怖気が走る。

 まさか、と。考えたくもない恐怖がはい回る。

 だが、この本能に訴えかけるような恐怖を、俺は他に知らない。

 その予感に背を向ければ、今度こそ命はないのだと、俺はこの世界に来て最初に叩き込まれたのだ。

 

「……ノイズだとっ!?」

 

 揺れていた木々が、薙ぎ倒されていく。

 いや、そうではない。

 灰になって消滅したのだ。

 巨木の向こう側からでも視認できる、複数の巨大なノイズの集団の手によって。

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 

『俺だ。ノイズが現れた。遊星君が襲われているっ』

「えっ…!」

 

 後ろに未来がいることを思い出して、何とか声が出るのを抑えた。

 

「ちょ、ちょっとごめんね」

「え、うん…」

 

 キョトンとする未来を置いて、私は少し離れた位置で弦十郎さんの話を受けた。

 

「ご、ごめんなさいっ、そ、それで、遊星さんが襲われてるって…!?」

『ノイズの大群の出現を検知したところ、遊星君のDホイールの反応と一致した。彼が今いる場所に、いきなりノイズが現れたんだ』

 

 緊迫した声が私の胸を貫いた。

 嫌な予感がする。

 昨日会ったあの鎧の女の子が襲ってきてから、次の日にまたなんて……幾ら何でも急過ぎる。私が戦い始めてからも、そこまで連続でノイズが襲ってくることは無かった。

 それに遊星さんがいる所に現れたってことは……

 

『明らかに作為的な動きだ。奴らは遊星君を狙っていると見て間違いないっ』

 

 ハッとした。

 あの女の子も言っていた。

『狙いは端から私達』だって。

 そうだ。

 私が学校にいるなら、一人でいた遊星さんを先に狙ってもおかしくない。

 

「……遊星さんは、一人で戦っているんですか?」

『そうだ。何とか持ちこたえてはいるが、数が多い上に、巨人型の個体も複数体確認された』

 

 背筋が凍った。

 私も遊星さんと一緒に何度もいたのだ。どれくらいの強さ位かは知っていたし、遊星さん自身もこのままでは戦えないと言っていた。

 あの人は少ないカードを何とか持ち前の頭脳で切り回していた。

 けどそれは…翼さんって言う存在があったからだ。

 

『急いで救援に向かってくれっ。このままでは遊星君が危ない』

 

 ぞわぞわと、悪い想像が働く。

 カードを使い切り、精霊も何もいなくなって、それでも戦おうとした遊星さんが、ノイズたちに組み敷かれて、灰となる姿……

 

「っ……!」

 

 恐い。

 ノイズの群れが。

 牙を剥く怪物が。

 命をなんとも思わない物が、私達の生活を侵食する。

 

(遊星さん…!)

 

 怯える私を、いつも守ってくれた遊星さん。

 あの人が今、一人で、誰の助けもなく、それでも戦ってる。

 

(あの人が……)

 

 私なんかよりも全然…ううん、もしかしたら翼さんよりも凄い、壮大な物語を背負って、歩いてきて、それでもなお歩こうとしている別の世界の渡り人。

 もっと相応しい人がいたら……それこそ、翼さんみたいな人がいてくれたらと……

 

 

「分かりました。今すぐ行きます」

『頼む。無理はせず、あくまで二人で逃げることを考えてくれ』

「いいえっ!」

 

 

 そんなの、考えてる暇なんてあるわけないじゃないかっ!! 

 私は叫んだ。

 後ろにいる未来が、突然の叫びに震えるのを感じる。

 けど私は気にせずに続けた。

 

「私も……私も戦いますっ!」

『響君…?』

「私にだって……戦う理由がありますっ! 遊星さんを、一人になんかさせません!」

 

 そう言って、私は走る。

 未来の元まで一直線に駆け寄って、その手を握りしめた。

 

「未来っ」

「え、な、なに?」

「ごめん、ちょっと急用が出来ちゃったの。授業抜けるから、体調不良って言っといて!」

「え、ちょ、響っ!?」

 

 混乱している未来を置いて、私は屋上を後にした。

 階段を駆け抜け、廊下を走り、先生や他の生徒とすれ違いながら、私はどんどん走る。校庭をすり抜けて、裏庭を通り、門を無理矢理に飛び越えた。

 

 

『響君、無理をしてはいかん! 緒川と合流して…』

「無理はしないですっ!」

『……!』

 

 繋ぎっぱなしにしていた通信機から声がする。

 弦十郎さんも流石に困惑していた。

 ごめんなさい、弦十郎さん。訳は後で話します。

 

 

「私は私のままで…っ!」

 

 

 強くなりたい。

 出来ることなんてないかもしれない。

 けど……せめて、この胸に灯った火だけは……

 

「できることを! 頑張りますっ!」

 

 ごめんなさい、翼さん、奏さん。

 私は、二人の代わりはできません。

 でも、あなた達が守ってくれた、私の命と、何より私の世界が……生きたいって願っているんです。

 戦わせてください。

 走れ、走れ、立花響。胸の歌を輝かせろ。

 強くなるんだっ! 

 私のままで、強くなるっ! 

 

 

「遊星さん、待っててくださいっ!」

 

 ―Balwisyall Nescell gungnir tron―

 

 

 胸の歌が、熱く響く。

 もっと、もっと輝け、私の胸のガングニール。

 せめて勇気を。

 私の中で、大切な世界を守れるだけの勇気を、私にちょうだい! 

 道路を走り、コンクリートを蹴る。

 街並みが遠くへと過ぎ去っていく。

 喧騒は遥か遠くへ、ビルの群れは過ぎ去って、

 目指すところは一つだけ。

 私を導いてくれた、この先もずっと背中を押してくれる、あの星の元へ。

 

 

 

 

 

 





次でラストとなります。ついに前半の山場となります。ご期待ください。
ついに、ここから怒涛反撃が始まる……予定です。
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