遊星(蟹座)と響(乙女座)は相性がかなり良いのです。
ついでに言うと、蟹座と最も良い組み合わせは蠍座らしいです。
シンフォギアで蠍座と言うと……ヒェッ
その後、開かれた作戦会議で、私達は翌朝に、永田町へ向けて出発することになった。
何でそんな朝っぱらからって?
それは、私達が運ぼうとしている、『ある物』が関係してる。
「……デュランダル、かぁ…」
この基地の地下深くにある、『デュランダル』と言う完全聖遺物。
了子さんの話によれば、このデュランダルがある限り、ノイズはずっと現れる。だったら、もっと安全な別の場所に移してしまおう、そう言う作戦らしい。
永田町の『ある場所』に、今からそれを護送するのが、私達の役目だった。
『どの道、俺達が木っ端役人である以上、お上には逆らえんさ』
師匠はそう言って苦笑してた。
私には難しい理屈は分からないけど……でも、これで街に出るノイズの数が減るんだったら、その方が良いんだろうか……けど、それじゃあ、永田町にいる国の偉い人が危険に晒されないのかな……
『俺も、確かに疑問は残る。だがここは、弦十郎さん達を信じよう』
迷ってたけど、遊星の言葉で、何とか吹っ切った。
私は急ぎ、学生寮にある自分の部屋まで戻った。
『響ちゃんは、一旦部屋に戻って休んでなさい。特訓で疲れてるでしょうし、あなたの出番はこれからなんだから』
と言う了子さんの言葉で、私は身支度を整えることに専念する。
考えてみれば、修行の最中だったからジャージ姿で、何より少し汗臭いし……いや、任務なんだから、私は気にはしないけど…ほら、周りに人がいるしね、それに、最低限身体の埃を落としとかないと、うん。
『よ、ようは、デュランダルを守っていけば良いんだよね…!』
と、思って部屋へと戻ったんだけど……
「はああぁぁぁぁ~~~~~っっっっ……」
二課の基地へと戻った私は、すっご~く、深い溜め息をついて、廊下のソファでうずくまっていた。
それも、部屋に戻った時のやり取りが原因だった。
「絶対に…未来を怒らせたよねぇ~…」
戻った私を待っていたのは、ルームメイトで幼馴染の膨れっ面だった。
『朝からどこ行ってたのっ!? いきなり修行とか言われても訳わかんないよ!』
私が朝に勝手に残したメモ書き……『修行に行くから学校休み』…それだけを見ても、そりゃ未来には何が何だか分からないし、帰ってきてまた出かける準備を始めるんだから、不審に思わない方が無理だった。
おまけに、「ちゃんと説明して!」と迫る未来に、誤魔化しながら逃げるように私は部屋を飛び出した。
「うぅっ~~ごめん、未来ぅ……」
呟いても、未来がそっぽを向くビジョンは消えてくれない。
未来は優しいけど、その分怒ると滅茶苦茶怖い。
「あ~う~…こんな気持ちじゃ寝られないよーぅ……」
時間はもう10時を回ってる。作戦開始まで、あと7時間。
何とか眠って体調を整えなくちゃと思うんだけど、不安が多すぎて逆に目が冴えてしまう。
嫌な考えばかりが過ぎる薄暗い室内で一人……と言うのが昔からイヤだった。
(そういう時、いつも未来が……)
側にいてくれたのにね。
『……心配もさせてもらえないの?』
扉を閉める直前、未来がポツリと呟いた言葉が、耳に残って離れてくれなかった。
……必要なんだよ。
未来を守るためにもね……だから……
(ああ、だめだ、だめっ!)
いつまでもくよくよしないで、気が紛れる方法でも考えよう。
「んっ?」
ふと視線を落とすと、テーブルの下のラックに何か引っ掛かってるのが見える。手に取ってみると、スポーツ新聞だった。
(こういうのでも見れば、気が紛れるかなぁ…)
普段こういうのはあんまり読まないけど、何もしないよりはいいかな。
そう軽い気持ちで私はぺラッとページをめくって…
「きゃあああっ!!?」
飛び込んだ見開きのグラビアで、急いで閉じた
「なにこれっ!」
叩きつけた。テーブルに。顔が真っ赤になって心臓がバクバクいってる。
「うぅ…男の人って、こう言うのとかスケベ本とか好きだよね…! もうっ…」
はだけた下着姿の女性が妖艶な顔でこっちを見つめてくる写真が飛び込んできたもんだから、つい……
「もう、フケツだよぉ…誰こんな所にこんなモン置いといたの…」
こっちは花の女子高生ですよ……それも不純異性交遊禁止ってデカデカと生徒手帳に書かれてるようなお堅いトコの……その真下で、こ、こ、こんな、い、いやらしい写真見てるなんて、もう……ホント、男の人ってもう……
「……」
『○○、史上最強ヌード♡』
「………」
……私、興味ないもん!
べ、べべべ、別に、男の子が、ど、どど、どういうものに興味あるとか?
あと、どんな女の子が、こ、ここ、好みとか?
別に、ベ、ぜ、ぜ、ぜんぜん気にしませんっ!
ええ、気にしませんとも……
「きょ、きょうみ、ないけど、べつに……そのぉ……」
「響」
「わあああああああっ!!!??」
突然横から掛けられた言葉に、私はひっくり返りそうになった。
のけ反った身体を何とか戻して、顔を上げる。
「ど、どうした?」
「あ、ゆ、遊星…!」
「何かあったのか?」
と、そこに立っていたのは遊星だった。
ジャケットを脱いで、黒のシャツ一枚の姿になっている。
「顔が赤いが、具合でも悪いのか?」
「い、いや、ううん、別に何でもないよ、なんでも…!」
「本当か、無理をしてるなら…?」
「ホ、ホントに大丈夫だから…!」
そう言って、私は視線をずらす。
と、そこに飛び込んできたのはさっきの新聞だギャー!?
ま、まさか、これ仕込んだのは遊星…なんて考えは一瞬で捨て去って、私は慌てて取って後ろに隠した。
あ、あれ? なんで隠しちゃったの私…? これじゃ私がそんな……
「……本当に大丈夫か?」
「う、うん! 大丈夫! あ、ゆ、遊星こそ、そんなカッコでどうしたの…?」
「ん? ああ、俺はDホイールの整備だ。作戦に向けて、少しでも精度を上げておきたくてな」
「そ、そうなんだぁ…」
見ると、手や頬に黒いシミや汚れが付いてる。
作戦会議の直前まで、Dホイールの走行テストをやってたばかりなのに、今も整備をやってるなんて……
相変わらず人並み外れた体力だけど、この時の私はそんな事を考える余裕はなかった。
何故ならば…
「ん、新聞か?」
「えっ!?」
「その手に持ってるのだ」
「え、あ、ああ、うん。ちょっと、暇つぶしに……あ、あは、あはは」
遊星の視線が、私の手の中のソレに集中し始めたから。
「響も、そういうのを読むのか。少し意外だな」
「え? そ、そう? こ、こんなの、別に、普通だよ、普通、あ、あははは…」
「ちょうど良かった。読み終わった部分があったらくれないか? 俺も使いたい」
「ぶふぉおおっ!?」
肺の空気が全部外へ押し出された。
そのまま跳び上がって天井突き破るんじゃないかってぐらいに、心臓がバクバク言い出した!
「つ、つつ、つ、使うって、何を!? ど、どんな風に!?」
え、え、ええ、な、何でいきなりそんな……
ま、まさか、使うってのはホントに……
う、ウソだよ、遊星がそんな……気、けど、でも、遊星だって、男の人だし、男の人は女の子のこういうのをアレして何してどうするって言うのはしょうがないって誰かが言ってたの聞いたこと有るような無いようなでも私これでも15歳の乙女だしいきなりそんな眼前で欲しいとか使うとか言われちゃっても反応に困るっていうか……あ、わ、あああああ……
「………ぅっ…ぁぅ……」
「? いや、Dホイールのメンテ用だ。チェーンオイルとか、余分な油をそれで拭くんだ。古新聞が一番吸ってくれるからな」
「……え」
……え?
「後はシリコンオイルを取るのにも使えるな。まあ、今はカウルを塗るわけじゃないが」
私が硬直したのにも気付かないのか、遊星は淡々と説明してくる。
つまり……これを使うのは別に……あ、あの、夜だから必要とかじゃなくて、その……
あぁ~、そ、そゆことですか……。
「読み終わったらで構わな…どうした?」
「ううん……」
理不尽なのは分かってるけど、それでも遊星の脛辺りを蹴っ飛ばしたくなった。
「……私、汚れてるなぁって…」
「そんな風には見えないが…むしろ俺の方が、さっきまで作業してた分」
「そうじゃなくてね…」
ゆーせーのばかー。
これじゃ、私がなんかイヤらしい女の子みたいだよぅ。
「……大丈夫か?」
「え?」
「なにか……悩んでいるみたいに見えたが」
そう言って、遊星は私の目をじっと見つめる。
心の底にあるものを、確かめるようにして。
もしかして遊星……
「お二人とも、お疲れ様です」
と、その時、後方から私達に呼びかける声がした。
私達が声のする方を振り返ると、歩いてきたのは、黒いスーツを着た若くてかっこいい男の人だった。
「ん?」
「緒川さん」
「どうも」
翼さんのマネージャーで、ボディーガードの緒川さん。
さっき通信は声だけだったけど、もう戻って来てたんだ。
「遊星さんは、Dホイールの整備ですか?」
「ああ、それほど大したものじゃないが」
「そうですか。響さんは…」
「あ、わ、わ、私は、気分転換に読書ですっ! あははっ!」
そう言って新聞の一面を見せた。
もちろん、例のエッチな部分を一瞬の隙をついてコッソリ抜き取ったのは言うまでもない。
まさか、こんな所で高速貫手の修業の成果が活きるとは……ううん、人生って何が起こるか分かんないね。
「ああ。それでしたら、響さんも、少し手伝って頂けますか?」
「え?」
「『それ』に関するとこです」
言われて、私は広げた部分を見返した。
そこにはデカデカと、『風鳴翼、過労で入院』と言う文字が、翼さんの大きなライブの時の写真と一緒に踊っていた。
「これ…翼さんの」
「情報操作も、僕の役目でして」
ニコリと笑って、緒川さんは隣に腰かけながら言った。
そうか、世間ではそう言う風に発表されてたんだっけ。
「風鳴の様子はどうだ?」
「命の危機は脱しましたが……意識が戻ったと言っても、まだ面会謝絶の状態です。月末に予定のライブも中止ですね」
緒川さんは冗談交じりに言う。
私も翼さんの事を考えると、心細くなるけど、翼さんだって今も頑張ってる。
「それで、ファンの皆さんにどう謝るのか……お二人も、考えてくれませんか?」
…そうだ。
翼さんの歌を楽しみにしていた人たちの想い……私の未熟さは、それさえも裏切ってしまったんだ。沢山の人の願いも受けて、剣として戦っていたんだ、翼さんは…防人としてだけじゃない、歌姫としても戦って……
「あ、す、すみません、そんなつもりは…」
「……え?」
一瞬暗く沈みこんだ気持ちを、緒川さんが声を掛けて引き戻してくれた。
「ごめんなさい……責めるつもりはありませんでした。申し訳ありません…この通りです」
そう言って、緒川さんは頭を下げる。
こんな風に慌てる緒川さんを初めて見る。いつもクールで微笑みを絶やさずに、静かに翼さんの側に立っている風景しか見えてなかったから、なんだかおかしかった。
「……クスッ」
それがおかしくて、何だか私はつい笑ってしまった。
「すいません……どうも僕は心配症が過ぎるようで」
そう言って、頭を掻く緒川さん。
私はいいえ、と言って首を振った。
この人が私を気に掛けて心配してくれることぐらいは知ってる。その言葉に何回だって助けられたんだから。
「遊星さんも…お気を悪くなさらないで下さい」
「いや…元は俺達の、力不足が招いた事態だ。気にしないでくれ」
ふと隣の遊星の顔が見えた。いつの間にか暗い面持ちだったけど、頭を振って遊星がそう答えた時、表情は元に戻っていた。私もこんな風に同じ顔をしていたのだと、この時に気付いた。
周りから見たら変な光景だったのかもしれないけど。
でも、こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、私は、緒川さんの気遣いは、とても嬉しかった。
「伝えたかったのは、そうですね……何事も、沢山の人間が、少しずつ色んなところでバックアップしているということだったんです」
「沢山の人間が…」
「はい。だから響さんも、もっと肩の力を抜いて大丈夫じゃないでしょうか?」
笑顔で言う緒川さんを見て、私は何となく分かった。
緒川さんは私を気にかけてくれている。
だから今もこうして役割を与えることで、私に自信を持たせようとしてくれたんだ。
私一人が悩むより、前を向くべきだから。
「……と、フォローするつもりだったんですが、空回っちゃいましたね」
「い、いえ、そんな事ないですっ」
私は真顔で立ち上がると、緒川さんを見て言った。
「緒川さんの優しい所に、私、何回も助けてもらいました。今だって」
私の中で気負いはなかった。
遊星のお陰かもしれない。
ううん。
緒川さんの言う通り、皆の応援が、私に前を向く勇気をくれたんだ。
「……買い被りです。僕は臆病者なだけですから。本当に優しい人は別にいますよ」
「大丈夫ですっ」
私の口から、自分でも思わなかったほどに強い勢いの言葉が出た。
「翼さんだって、緒川さんを優しい人だって、きっと知ってます。私なんかよりもずっとっ」
緒川さんは不思議な人だ。
けど、私でも分かることが一個だけあった。
翼さんがこの人を心の底で頼りにしているということ。
だけど頼れなかったんだ。自分は剣じゃなきゃいけなかったから。
「だから翼さんが戻ってくるまで、私も頑張れますっ」
私には、きっとそんな風に強く振る舞えない。
けど、あの瞳……私の決意を訴えかけてきた強い目。あの瞳の意志に、問いかけに、今度こそ、私は応えたい。
私の隣にいる、隣で走ろうと言ってくれた人が、いてくれるならば。
「……ありがとうございます」
「いえ、私も気が楽になりました」
そう言って、私は立ち上がったまま、踵を返して仮眠室の方向まで歩くことにした。
何だか体が軽くなった気がしたからだった。
「私、安心して休んでますねっ」
そう言ってお辞儀をする。今なら、やな感覚もない。今なら、少し寝ることが出来そうだった。
「はい。おやすみなさい」
「遊星、じゃあ後でね」
「………ああ」
私を見送る遊星を背にして、私は軽やかに廊下を駆け出す。
作戦開始まで、あと数時間。
機械の駆動音が、廊下から力強く伝わってくる。
振り返る前に見えた遊星の微笑みが、いつの間にか私の背を押してくれる気がした。
・・・・・・・・・・
「ありがとう…」
「え?」
作戦時刻の直前。
メンバーは学園校舎裏の、人気のない駐車場にて集合している。
夜間照明だけが足元を照らす裏手で、皆が息を潜めて作戦の開始時刻を待ち構える中、俺は緒川さんに頭を下げていた。
「響の心が不安定なのを察して、わざわざ来てくれたんだろう」
「…買い被りです。先程言ったように、僕はただの臆病者ですから」
「自分の弱さを知っている人間が、一番良い仕事をするものだからな」
「…」
「何かに悩んでいる様子だったんだ……多分、戦いとは別のモノかもしれない」
偶然、さっきの廊下を通りがかった時、何か不安げな表情をしていた。
俺が近づいた時に顔を真っ赤にしていたのは……まあ、それはますます持ってよく分からないが。
とかく、戦いへの恐怖、と言うだけでは説明できない何かがあった。
「尋ねようとしていたんだが、緒川さんが上手く解消してくれた」
響との関係性は、良くなってはいると思う。
ただ、彼女の繊細な感情の揺らぎを察しても、なかなか上手くフォローはできない。
「……流石、お察しでしたか」
不意に、緒川さんは神妙な顔つきをして、向こう側を見る。
その視線の向こうには、俺達が話題にしている少女がいる。
「どうも、ご友人との関係に悩んでいる様子でしたので」
「友人と言うと……クラスの」
「ええ」
お好み焼き屋での雰囲気から、余りそう言った様子は見られなかったのだが……いや、まだ思春期の高校生だ。俺から見れらない所で、人間関係に悩むことは多々あると言うことだったのかもしれない。
「やはり響さんの変化に、周りは敏感なようです。今はまだ、少し戸惑うくらいでしょうけど」
「そうか……」
俺は再び、緒川さんに頭を下げた。
「…すまない。俺はそういうことには疎くてな…」
「お気になさらないで下さい。僕も、具体的に何かを出来るわけではありません。ああやって、たまに声を掛ける程度です」
「それでも、皆の心根が、響の力になってくれる筈だ。さっき言ってたように、皆のバックアップがあれば、俺達は戦える」
そう。さっき、彼自身が言っていたように。
彼女を支えるのは一人一人の力。平和を願い、愛する気持ちだ。
それが彼女の元へと集い、前へと進ませている。
その時だ。
「何故…」
「え?」
「あなたは、そこまでして響さんを気遣って下さるんですか?」
静かに、緒川さんが俺に尋ねていた。
「どういうことだ?」
「あなたは、あれほどの技術と力を持ちながら、他者との繋がりを重んじています。決して、並大抵のことで身に付くものではありません」
もし俺が響や二課に害を為すなら、それを影から抑え、阻止するのが緒川さんの役目だ。
ある程度の信頼を築けたつもりではいた。ただ、彼はその役割上、どうしても俺を全面的に受け入れられない……そういうことなのか。
異世界からやってくる俺と言う人間を、或いは定められずにいるのだろうか。
「……」
いや、そうではない。
その眼は、いつものように穏やかな物でも、隙あらば射ぬかんとするエージェントの物でもない。ただ真摯に、俺の本質を見極めようとしていた。
「俺はスラムの生まれだった」
だから俺も、本気で向き合う。
彼等と共に戦うために、俺が全てをさらけ出さなければいけないんだ。
「ある災害がキッカケで、都市が二つに分断され、差別と貧困が渦巻く街になってしまったんだ。そのゴミ溜めに囲まれた中で、俺は生まれ育った」
今でも思い出す。
サテライトはシティと繋がっても、未だに多くの人の心の奥に爪痕を残している。人を嬲ること、他者を利用すること、そんな奴等を憎み蔑むこと……負の感情は連鎖し、やがて人々の心は絶望に堕ちた。
それでも希望は残っていた。
「その中で、俺の心の支えだったのは、仲間との絆だ。彼等がいてくれたおかげで、こうやって今も生きていることができる。それを思い出さぜてくれたのが、響だった」
俺の視線の向こうで、響は作戦の最終確認を弦十郎さんから受けているところだった。
デュランダルの入った長く、大きな特殊アタッシュケースを手に、彼女の眼は決意に溢れていた。
それも、響が多くの人間から受け取り、育てた勇気だ。
「俺がこの世界に来た理由は分からないが、それより俺は一人の人間として、響と一緒に戦いたい」
それが、赤き竜の運命と重なるのだと、俺は信じている。
「……あなたは、信念に生きる人なのですね。そして……それが最善だと知っている」
緒川さんは静かに俺の言葉を聞いていたが、やあてふっと口元をゆるませると、俺に向かって微笑みかけた。
その眼は先程、響と話した時と同じ。
他者を重んじて、誰かを生かすことに従事する、風鳴と同じく防人としての決意の証だった。
「ありがとうございました。貴方と言う人間が、少し分かったような気がします」
「そんな大層な事を、話したつもりはないんだがな」
「いえ、十分です。少なくとも、我々が共に戦うためには」
ギラリと、目の奥が光る。
やはり、エージェントとして、俺を見極めていたのだろうか。
なら、試験は合格という事か。品定めされるのは好きじゃないが、不思議と嫌な思いはしなかった。
今あるのは、ただ彼等と力を合わせたいという願いのみ。
「…響さんをお願いします」
「ああ。全力を尽くす」
彼の影響なのか、俺も何時の間にか口元をゆるませ、微笑しつつ、握手を交わしていた。
線の細い印象に似合わず、握る力は強かった。
「では後程」
そう言うと、彼は踵を返して本部の方まで歩いていく。
今回緒川さんは後方にて待機し、万が一に備えての応援部隊の指揮を執る手筈となっていた。
(……やろう)
今の俺にとっては、ここが戦場だ。
そして彼等と……新たな仲間と力を合わせて、危機に立ち向かおう。
「遊星、緒川さんと何話してたの?」
「ちょっとな」
Dホイールの場所まで歩いていた時、響が近づいてきて問いかける。
俺は敢えてさっきの内容は伏せていた。
ようやく集中している響のモチベーションを下げることもない。
今はデュランダルだ。
「よし。では改めて、作戦を説明するぞ」
全員が配置に着き、司令である弦十郎さんを見る。
ここから二課の面々でさえ対応したことのない、電撃作戦の開始だ。
地下1300メートルの最深部…『アビス』に保管されていたデュランダルは、今こうして俺達の手の中にある。
そいつを護送する。
「と言っても事は単純だ。ここから永田町にある電算室、『記憶の遺跡』のある場所まで、車で一気に駆け抜ける。それだけだ」
「名付けて、『天下の往来独り占め作戦』!」
隣に立つ了子さんが揚々と手を振り上げて言った。
そのままのネーミングだが、この状況ではむしろ気晴らしになるだろう。
「デュランダルを載せた本命の車には、響君に同乗してもらう」
「は、はいっ」
響がアタッシュケースを握りしめて答えた。
この作戦の肝は二つ。
一つは当然、デュランダルを守り抜くこと。
そしてもう一つは、敵を欺き、炙り出すことだ。
「本命には護送車4台を配置し、デュランダルをガードする。そして前方には…」
「俺がDホイールで先導する…だったな」
「うむ」
そもそもこの作戦、普通に考えれば上手く行かない筈がない。
作戦を知る者自体が、二課の面々を含めてごく少数だ。
そして、広木防衛大臣が了子さんに作戦内容とルートを記したデータチップを渡し、それ以外の情報は全て彼の死と同時に破棄され、最早詳細を知る者は俺達しか存在しない。
そう、この時間に俺達が永田町に向かうことは誰も知らない。
だが……もし、その行動を察知し、襲う者がいるとすれば………
「万が一の敵襲があれば、二人には負担を強いてしまう事となる。特に、遊星君」
「……ああ」
通常の兵器…まして護送車程度では、ノイズには対抗できない。
俺が矢面に立ち、危険を承知で敵を引きつける必要がある。
「遊星……」
「心配するな。まだ直接ノイズが出ると決まった訳じゃない」
俺はメットを被り、バイザーを下げる。
響が心配そうに俺を見上げていた。
「でも…もしノイズが出てきたら」
「そうなったら、なおさら俺の出番だからな」
デュランダルを守るのに一人、必ず人員を配置する必要がある。となれば、前方を守る露払いができるのは俺しかいないのだ。
それだけでは無い。
「高速での移動中に戦闘になれば、車両に乗ったままの響では対応が効かない」
響がどれほどノイズと戦えるのは未知数だ。
弦十郎さんとも話したが、響にこの先戦える自信を付けさせるためには、がっぷり四つに組んだ状態にまで持ち込むことが必須だ。
となれば、敵の奇襲に対しては俺が経験でカバーするのが上策となる。
「……」
「俺を信じろ。緒川さんも言っていただろう。俺達は一人で戦っているわけじゃないんだ」
肩に手を置いて、彼女と目を合わせながら言った。
「もし敵が後方から追い打ちを仕掛けてくることがあれば、俺一人では防ぎきれない。そうなったら響、お前の出番だ」
飛び道具を持たない響は必然的に守りに徹しざるを得ない。
危うい、綱渡りのような作戦だった。
「なあに、心配するな」
「師匠…」
「俺も今回はヘリで同行する。いざとなれば、全員抱えてそこから脱出するさ」
はっはっは、と大声を出して笑う弦十郎さん。
冗談で言っているのだろうが、響には十分、説得力があったようだ。
「わ、分かりましたっ。私も、出来ることをやります」
「うん、その意気だ!」
「はいっ!」
響は力強く頷く。
その眼に怯えや不安、迷いは一切ない。自分の本分に徹する眼だ。こうなった時の響は強い。あとは実践になった時、どれだけそれを維持できるかだが……
(俺は響を信じる)
力を合わせるとは、決して肩を寄せ合って心を慰め合うことではない。
それぞれが各々の分野で、力を発揮することこそが重要なのだ。例え、その過程で一人に重責が偏ったとしても。
だからこそ、支え合って生きているという意識を忘れてはいけないのだ。
「司令、間もなく作戦開始時刻です」
「分かった。総員配置に着け!」
弦十郎さんの号令と共に、確認が速やかにポジションを確保する。黒服の諜報部が、それぞれ黒塗りの車に乗り込む。
中央に停めてあるピンクの乗用車には……
「しかし、了子さん、大丈夫か? 自ら運転なんて…」
『ダイジョウブ、ダイジョウブ! 私のドラテクはそこいらのSP顔負けよ』
無線越しに、了子さんのあっけらかんとした声が届いた。
そう。
デュランダルを載せた車の運転を、なんと了子さんが自ら買って出たのだ。
『それに、私としても、デュランダルの研究をしてきた意地があるわ。最後まで責任もって送り届けたいの』
と言って、俺達全員が全員、仰天して飛び上がりそうになったのを今でも覚えている。
弦十郎さんでさえ、呆れて目を丸くしていたほどだ。
無論全員で止めたのだが、了子さんは頑として聞かなかった。
『ああなったら了子くんは俺でも動かせん』、という弦十郎さんの一言が決定打となり、了子さんの運転手任命は反対多数で可決された。
『大体私が作った防衛システムを無視して他人任せにしようって考えが甘いのよね。引き渡しの時に一言言ってやらないと気が済まないわ』
「分かった……だが、無理はしないでくれ」
『ありがとう。そっちもね』
「響、了子さんを頼む」
『うんっ、分かった!』
俺は無線を切る。
科学者としての責任とメンツみたいなものだろう。俺にも分からなくはない。どの道、デュランダルの扱いは彼女にしか出来ない。
この作戦を完遂させるには了子さんの力は欠かせないのだ。
それに…
(戦力をこちらに集中させている間に、本部が狙われるとも限らない)
了子さんを狙う輩はそれこそ星の数ほどいるだろう。
俺はDホイールのモーメントエンジンを起動させた。回転数を上昇させ、出力を上げていく。
『作戦開始まで、あと10秒』
モニターからコールが届く。
緊張は伝播し、あたりを包み込む。
しかし、それに気圧されるほど、彼等も、俺も、そうヤワじゃない。
『作戦開始!』
「行くぞッ!」
東から日が昇り、同時に車輪を回す。
喧騒はおろか、未だ眠る街を置き去りに、俺達は目的地へと一気に走り出したのだった。
ビッキーはえっちだなぁ
翼は48の現代忍法を緒川さんから伝授されてますが、
これに52の古代忍法を組み合わせて、
100の奥義を持つのが真のNINJAらしいです
それにしてもビッキーはえっちだなぁ