龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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バトルシーンが長くなってしまいました。今回で終わるかと思いきや、すみません、次回に続きます。
次で第4話は終わりとなります。

第5話は少し短くなるかなと。



第4話『力と希望は、なお暗き深淵の底から』-4

『響君と遊星君が力を合わせたフォニック・シンクロは、敵にとっても予想外の驚異のはずだ』

 

 加速しながら街の道路を横断していく俺たち護送部隊。

 その間、俺は作戦直前に弦十郎さんと交わした会話を思い出していた。

 

『一瞬の出力のみならば、絶唱に匹敵するほどの威力。向こうがネフシュタンを擁していても、そう簡単には突破できん。となれば敵の打つ手は…』

『俺たちを分断すること…』

『うむ』

 

 弦十郎さんは鷹揚に頷いていた。

 発令室ではなく、あくまでプライベートのこじんまりとした空間で敢えて話していたのは、理由がある。

 

『そして最初に狙われるのは…恐らく遊星君、君だ』

『俺を?』

『前回も、敵は君にノイズをけしかけた。君が孤立していたのもあるが……恐らく、敵は君の力が本調子でないことと、仲間のとの結束力を断ち切られるのが弱点だと知っていたのだ』

『……それはつまり』

『これは響君には内密だが、君の予測通りだ。この二課に、内通者がいる』

 

 彼の言葉が重く、鉛のように俺にのしかかる。

 

『広木大臣暗殺の件もそうだが、情報が筒抜けになり過ぎている。まず間違いない』

 

 あまり考えたくはなかった。しかし、そうでなければ説明がつかない。

 内部の情報を敵の黒幕に密告した人物がいるのだ。二課の中でも相当内部事情にまで精通している者が。

 

『内通者は調査部が全力で探す。遊星君、ここは奴らの策に敢えて乗ろうと考えている』

『何か考えがあるのか?』

『天下の公道で、それも白昼堂々と一国の大臣を射殺する連中だ。どんな卑怯な手でも使うだろう。ならばこちらは逆にそれを利用してやるまでだ』

 

 彼の目は、ギラつく戦士のそれとなっていた。

 相手がこちらを欺こうとしている時こそ、こちらの勝機である。

 弦十郎さんはその戦術に則った奇襲を考えついていた。

 

 

 

(……弦十郎さんの渡してくれた『策』は、できれば使いたくないが…)

 

 

 

 これで何も起こらなければ、彼の言っていたスパイ疑惑は、ただの杞憂ということになる。

 しかし、これまでの状況で、この推測はほぼ確実に当たりだ。

 

(あのネフシュタンの鎧の少女は、狙いは『二人』…俺と響だと言っていた…)

 

 俺たちを狙うのが、響が融合症例だからか、俺が異世界から来た人間故なのかは不明だ。

 だが、個人を特定し、そいつを狙うと言う行為自体が、情報がダダ漏れしていることに他ならない。

 

(昨日も言っていたように、シンフォギアや二課に関する情報は完全に非公開だ。それにクラッキングで盗まれた形跡もない)

 

 ならば、敵は必ずこのタイミングで仕掛けてくるはずだ。

 響が乗車して攻撃できず、更にこちらは相手の最終目標と思しき完全聖遺物をも運んでいる。動かない筈がない。

 問題はどうやって攻撃してくるか、だ…

 

 

『まもなく環状線に入ります。予定通り、護送車の他に反応なし』

 

 

 友里さんの声が定期的に連絡を入れる。

 ほぼ同時に都心へと続く、鉄橋へと進入した。

 およそ全体の行程の三分の一程度…環状線を通過し、市街地に入った時点で、敵は狙いを付けにくくなり、俺たちを出し抜くのはほぼ不可能になる。

 

「こちら不動遊星。周囲に敵影なし」

『了解』

 

 緊迫感が徐々に押し寄せる。

 俺たちは固唾を飲み、身構えた。

 カードはデバイスからすぐに引き抜けるよう、最新の注意を払い、響はいつでもギアを纏い、了子さんとデュランダルを抱えて飛び出す用意を整えている筈だ。

 

 

『ノイズの反応、感知せず。到着予定時刻まであと36分』

 

 

 市街地に入るまで、あと数百メートル。

 ここさえ耐え抜ければ、俺たちの勝ちだ。

 だが…

 

『いや……反応検知…っ!?』

 

 ノイズの存在を表すアラートがけたたましく鳴り響く。

 瞬間、藤尭さんが叫んだ。

 

「どうした!?」

『遊星君、地下だ! パイプラインを移動してる!!』

「っ!?」

 

 完全にやられた! 

 敵はこの瞬間を待っていたのだ。

 ギリギリになって緊張感が解けるか解けないかと言う僅かな隙間を。

 

「来いっ! シールド・ウイング!!」

 

 続報を聞く前に、急ぎデバイスからカードを引き抜き、ディスクにセットした。

 空間が捩じれ、猛スピードで出現した翼竜が俺の前へと踊り出る。

 

『クエエッ!!』

「総員、スピード落とせっ!」

『くっ!』

 

 俺の指示を受け、全員が一斉に減速し、通り過ぎていく風景が一瞬だが停止する。

 その時だ。

 足元から轟音が響き、同時に俺達の目の前に在った橋の左部が巨大な衝突音と共に一気に崩れ落ちた。

 

「っ!」

 

 一気にハンドルを切って躱す。

 了子さんら他の車も追随するようにして一気に車体を右へとずらす。

 だが幾ら減速したとはいえ、不意に発生した事態についていけない者も存在する。

 後方で控えていた一台は、視界がおぼつかずに僅かにハンドルを切り損ねていた。

 

『うわあああっ!?』

「シールド・ウイング!」

『クゥオオッ!』

 

 崩れた橋の破片が車体に入り込み、衝撃でスリップする護送車の一台。あわやガードレールに衝突するかと思われたが、間一髪でシールド・ウイングが間に合っていた。

 巨大な翼を目一杯広げることで、車体の激突を防ぐ壁となり、衝撃を殺しつつ減速させる。ドライバーもその場でブレーキを踏んだために、急停止した車はその場に留まることに成功した。

 

『B-1! 無事か!?』

『は、はい…っ!』

 

 弦十郎さんの言葉に、何とか応答を返すエージェント。

 何とか橋からの落下と言う事態は防げたか…っ! 

 

「B-1はこのまま離脱してくれっ! 後は俺達が何とかするっ」

『す、すまない…!』

 

 車体を破損させ、更にタイヤもやられているらしい。

 走行不能となった彼に、任務続行は無理だ。

 歯噛みしながら、このまま彼を置き去りにしつつ、俺達は橋を走行し続けた。

 

(地下からの奇襲をしてくるとは……完全に後手に回ったっ!)

 

 地下水道を走る金属製のパイプラインは、ある種の電磁波をシャットダウンする合金によって造られている。センサーの周波数が乱れ、解析を潜り抜ける一瞬を狙って、ポンプによって一気に距離を詰めたのだ。

 

『藤尭っ! 地下の図面をDホイールに回せ!』

『やってますっ! あと五秒!』

 

 無線の向こうで二人の叫びが響く。

 俺は必死に残りのカードをデバイスから引き抜き、急ぎ伏せていく。

 

(まずい…召喚をこのタイミングで使ってしまった…! 伏せた罠カードが使用出来るまでにも時間が掛かる…!)

 

 リチャージが完了するまで、シールド・ウイングだけで防ぎきれるか…!? 

 しかし、そんな俺の焦りを読むように、敵は次の攻撃を繰り出してくる。

 

『各機、環状線を通過、市街地へ入りましたっ!』

 

 高速道路の関門を通過し、俺達はビルが立ち並ぶ市街地へ入ることに成功した。

 ここまで来れば、本来敵の攻撃は防げる。

 遮蔽物が多いこの街中で、高速移動する物体への攻撃は非常に困難だからだ。

 だが……

 

『地下からのエネルギー反応、来ますっ!』

「チィっ!」

 

 そのタイミングで、藤尭さんの送ったデータがDホイールのモニターに表示された。

 地下のライフラインマップに表示された赤い光点……かなりの数である。一瞬で視認しただけでも、かなりの数だった。

 オマケに光点が一つ、俺の真下に存在している! 

 

「マンホールだっ! マンホールを避けて移動しろっ!」

 

 咄嗟の一言により、全員が俺を避けるようにして左右へとハンドルを再び切った。瞬間、俺が通過した位置にあるマンホールの蓋が跳ね上がり、宙を舞う。

 放物線を描いた蓋は猛スピードで落下し、後方を走っていた護衛の車のボンネットを直撃した。

 

『うおっ!?』

『B-3、車体損壊。走行不能ですっ!』

『ああん、もうっ! 弦十郎君、この襲撃、予想してたより早いわよっ!』

 

 了子さんの叫びが耳を貫かんばかりに響く。

 護衛をまた一台失い、残る壁は俺を含めて三つのみ…! 

 

『ノイズの攻撃、続きます!』

「B-2、B-4、両翼に付いてくれ! 俺は前方を死守する!」

『了解!』

 

 エージェントたちの声が聞こえるが、状況は最悪に近い。

 敵がパイプラインを移動し、常にこちらを欺こうと画策している。

 しかもノイズに通常の物理法則など通用しないのだ。

 

『ノイズ、一体が離れました! 後方のB-2とB-4を指向していますっ!』

『一時離脱だ、急げっ!』

 

 弦十郎さんが藤尭さんの声を受け叫ぶ。だが遅かった。

 突如として地面から這い出るように出現したノイズが二台の車体の下に潜り込んでいた。

 有機物ではない車に接触しても、炭素分解はしない。しかし車のバランスを崩してしまうのには十分だ。

 

『うわあああっ!?』

「くっ! シールド・ウイング!」

 

 二台の車はそれぞれ横転し、うち一台が駒のように回転しつつ宙に浮いた。

 とっさに命令を出したシールド・ウイングが飛び出してドアから放り出された黒服の男たちを翼に乗せて滑空する。

 

『お前ら、無事かっ!?』

『は、はいっ、なんとか…!』

 

 無線越しに、彼等の安全をつける声。

 何とか一台は助けられたか…! 

 

「友里さん、B-2に乗っていた彼らは…!」

『車体は動けないけど、脱出を確認したわ! すぐに救護班を出しますっ』

 

 …ここまでで人死がないのが不幸中の幸い。

 だが、これで周りを守る盾は全て消滅したに等しい。

 

『クアアアッ!』

 

 乗員を降ろしたシールド・ウイングが再び俺の元へと舞い戻る。

 もうこうなれば一刻の猶予もない。

 相手の見方を読みつつ先手を取るという、当初の予定は完全に封殺されてしまった。

『あの手段』を使うしかない。

 

 

「弦十郎さんっ!」

『分かっているっ! 作戦をプランBへ変更!』

 

 

 弦十郎さんの指示に、全員が驚く。

 了子さんでさえそうだった。

 

『え、プランB? 聞いてないわよ、そんなのっ!?』

『敵を騙すにはまず味方からだっ!』

 

 この作戦は、俺を含めて3人にしか知らされていない奥の手である。敵が万一の事態に対応してきた時に備えた策だった。

 デュランダルを運んでいる了子さんと響にも知らされていない。

 

『え、ゆ、遊星、どういうこと!?』

「俺が囮になって奴を引きつける!」

『ええっ!?』

 

 響が大声を上げて反応する。

 当然だろう。これは一種の賭けだった。敵がどこで見ているか分からない以上、響にも伝えるのは憚られてしまった。

 敵のスパイは相当二課の奥深くにまで侵入していると考えられた。となると、彼女を逐一観察している可能性が高い。

 彼女はとにかく顔に出る。響から情報を奪取したり、予測される事態だけは避けたかった。

 

『ちょっとちょっと! 確かにこのままじゃ私らもお陀仏だけど…!?』

 

 流石の了子さんも狼狽して無線越しに叫んでくる。

 だが、敵の狙いがデュランダルなら、これで正解の筈だ。

 

「安心しろ、俺がやられて巻き添えを食うよりも、この方が安全だっ」

『けどっ!』

『了子君とDホイールはそのまま直進っ!』

 

 了子さんの反論も意に介さず、弦十郎さんは指示を飛ばす。

 今度は響がそれに跳び上がった。

 

『し、師匠! この先って確か…!』

『その通り、化学工場だ!』

 

 自信たっぷりな司令の声。

 本来ならば正気を疑う場面だろう。

 しかし敵が地下から襲う以上、地表でガードしても意味はないのだ。こうなると市街地のビルや他の建物はむしろ邪魔となってしまう。移動を遮るものは極力削らなければならない。

 

『ちょっと、それマズいんじゃない? 薬品工場で爆発でも起きたら、私達諸共にデュランダルが…!』

『いや、それはないっ!』

 

 了子さんの低い声が聞こえた。

 しかし弦十郎さんは懸念を一喝して吹き飛ばしてくれる。

 

『さっきから護衛車ばかりを狙い撃ちにしていたのは、デュランダルを損壊させないように、確保する為と考えられるっ!』

 

 そう、これこそが彼の奇策。

 敢えて危険な場に誘い入れれば、どうしてもデュランダルを手に入れたい敵は、逆に攻撃の手を緩めざるを得ない。

 

『ならば化学工場に敢えて誘い込んで、攻め手を封じようって算段だ』

『勝算は?』

『思いつきを数字で語れるものかよっ!』

『…っ!』

 

 絶句する了子さん。

 気持ちは痛いほどわかる。

 数時間前、俺も同じやり取りを交わして、溜息をつくのをやっとの思いで堪えた程なのだから。しかし、ここまで先手を取られ続ければ、多少の無茶は覚悟の上でやるしかない。少なくとも、これで人的被害は最小限に抑えられたはずだ。

 足を止めなければ、了子さんと響が直接襲われる心配はない。

 

『空中よりフライト型の接近を感知!』

 

 続けて藤尭さんの一報。

 同時にセンサーに表示された地下の反応と、ヘルメットのマウントディスプレイに映し出される敵の表示警告。

 

「シールド・ウイング、防御に回れ!」

『クアアアッ!!』

 

 上空より5体余りのフライト型が飛翔し、うち数体が上空からミサイルの様に急降下してくる。

 指示を受けてシールド・ウイングが舞い上がり、俺とフライド型を守る盾となって阻んだ。

 

『グ、ク、クアアアッ!?』

 

 だが……数が多過ぎた。

 シールド・ウイングは相手モンスターの攻撃を二度まで防ぎきる効果があるが、それを失ってしまえば、守備力は無に等しくなってしまう。

 三撃目を防ぐことはできずに、胴体を貫かれたシールド・ウイングが、そのまま光の粒子となって消滅してしまう。

 

『っ、シールド・ウイング、消滅しました!』

『遊星君、リチャージが終わった! モンスターを呼べるぞ!』

「スピード・ウォリアーを召喚っ!」

 

 叩きつけるようにセットされたカードから、白いアーマーの戦士が空間を裂いて出現し、襲い来るノイズを迎撃する。

 

『トオッ!!』

 

 ブースターを点火し、フライト型を蹴り砕いた。

 猛スピードで落下してきたノイズたちは、いきなりのカウンターには対応できない。俺のモンスターの攻撃をそのまま喰らい、爆散した。

 

(間一髪か…!)

 

 予想通りとはいえ、本当に綱渡りの作戦になって来た…! 

 

『遊星っ!』

「心配するな! 俺はまだ大丈夫だっ」

『いやいや大丈夫じゃないでしょ!』

 

 響の叫びに気勢を張って答える。

 その時、了子さんの焦りの声が続いてきた。

 

『君に攻撃が集中するのよ! 響ちゃん抜きで捌けるのっ?』

 

 彼女の言う通りだ。

 もうこの道を抜ければ、あとは化学工場まで一直線だ。

 そうなれば地下からの攻撃は無くなる。

 敵はそうなる前に何としても俺を潰しにくる筈だ。

 

『遊星、やっぱり私も出て戦うよっ!』

「ダメだっ!」

 

 響の言葉は勇気あるモノとして賞賛すべきだったが、俺は断固として拒否しなければならない。

 

「足を止めれば、奴らは数で制圧してくるっ。そうなったら守りきれない!」

『…遊星…っ!』

 

 俺の返答に、響も言葉がない。

 警戒しなければいけないのは、通路そのものをノイズの壁で塞がれて、足を止められる事だ。

 多数のノイズが出現すれば、そいつらは真っ先に了子さんを狙う。

 守りながらの戦いでは、如何にシンクロ・シンフォギアでも対抗しきれない。

 

「工場まであと少しだ、そこを抜ければ政府の地下シェルターまで避難できる!」

 

 そこまで逃げおおせれば俺達が勝つ。

 ノイズが人間によって指揮された物だとするならば、逆に人の視界が及ばない場所まで外れれば、相手は追跡できない。

 政府の管轄である地下シェルターは一切のセンサーやレーダーも通さないと聞いている。そうなればノイズを操っていると思しきネフシュタンの少女は直接俺たちの前に現れる筈だ。

 そうなればまだ響がいる。俺のカードの力を合わせ、切り抜けることは可能だ。

 

『ノイズ、地下より追随!』

 

 だが敵もさるものだ。

 やはり次の策を打ってこない訳はなかったのだ。

 

『これは……ノイズ、Dホイールを指向していますっ!』

「くっ…!」

『遊星君、躱せ!』

 

 急ブレーキをかけ、ハンドルを右に切る。

 後方の車は視界が開ける。

 その瞬間。

 

「了子さん、加速しろっ!」

『ああ、もう! 分かったわよ!』

 

 俺の指示を受け、了子さんの車が俺を追い抜いた瞬間だった。

 ピンクの車とDホイールの車間距離が広まった刹那、後方のコンクリートが弾け飛ぶように砕けた。

 同時に穴からオタマジャクシの様な形のノイズが十数体、溢れ出して出現した。

 

『Dホイール、速度低下! デュランダル保管車との距離、開きますっ!』

『クロール型地表へ露出! 数は15!』

 

 俺と了子さんを追随する形になって出現したノイズは、車を見ることなく、明らかに一斉に俺を視認した。

 

「やはり俺を狙って来るか…!」

 

 了子さん達は速度を上げて這い出たノイズから逃げる。

 だが、敵はあくまで俺との距離を詰めていた。

 俺はハンドルを握り直し、悟られないように速度を落としてノイズと対峙する。

 

「了子さん、今の内に工場へ抜けるんだ!」

『ったく……男の子ってのは、無茶するものだけど…!』

 

 苦々しくも、了子さんは案を引き受けてくれたようだった。

 この状況ではどの道ノイズは俺が引き受けるしかない。

 

『遊星…』

「響、了子さんを頼むっ」

『……っ…わ、分かったっ!』

 

 息を飲んだ響は、やがて意を決したように力強く応答した。

 これで彼女は自分の役割に専念できる筈だ。

 

『保管車、ノイズとの距離70、80、85……!』

 

 ここまで距離を稼げば、敵もそう易々と了子さんの乗る車を狙い撃ちにはしないだろう。

 ならば俺のやることは一つだ。

 

「来いノイズ! お前たちの相手は俺だ!」

 

 俺はハンドルを握り直し、モーメントの出力をアップさせる。意思をくみ取る遊星粒子は、二課と俺、全員の意志を吸収し、Dホイールに力を与えてくれる。

 

 ここから先へは……一歩も行かせない! 

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 

「遊星…!」

「ほら、シャキッとしましょ。男の子が頑張ってんだから、応えなきゃ女が廃るってもんよ」

「は、はい…っ!」

 

 私は遊星の力になれない事に情けなさを覚えながら、それでも了子さんの言葉に励まされた。

 

(私しかいないんだ…!)

 

 前を向いた。

 私しかいないんだ。

 私しかデュランダルを守れない。

 なら、やるしかない。

 出来るのかな……? 

 私一人で、もし多くのノイズが現れたら、守りながら…

 

(違う! 出来るかどうかじゃないんだっ)

 

 師匠も言ってた。

 考えるな、感じろ。

『やってみる』のではない。『やる』んだ。

 いざとなったら、私だって……

 

「絶唱でも何でも…」

「え?」

「とか考えたらダメよ」

 

 私の心を見透かしたように、了子さんは運転を続けながら言った。

 

「そうやって捨て身で最初から考えたら、何もかもうまく行かないわよ」

「了子さん…」

「あなたはこれ以上ない位に大事な存在なの。私達にとってね。だから、両方大切にしていきましょ? デュランダルも、あなたも、もちろん私もね?」

 

 そう言って、チラッと私を見た了子さんは笑って居た。

 メガネが光で反射して、その瞳の奥を見通すことはできなかったけど。それでも私は、この時の了子さんの言葉で、身体が軽くなったような気がした。

 

「は、はいっ。ありがとうございます」

「うふふ、良いわよ、お礼はついてから聞かせてもらうわ。それにほら、ここまで来ちゃったら、弦十郎君の言う通り、もう安全かもだし」

「あ…」

 

 了子さんの言ったように、私達の車は既に市街地を抜けて、薬品工場まで突入していた。

 朝早くだからか、それとも師匠が色々やってくれていたからか、此処にも人気は全くない。

 誰もいない開けた工場の敷地内を、私達は悠々と通過して行った。

 

「ホントだ、狙い通りっ!」

「いやー、司令の野生のカンも馬鹿にならないわー。もう勝利確定かしら」

 

 と、了子さんが僅かにハンドルを握る力を緩めた時。

 ふと、私の脳裏によぎる光景があった。

 クラスメートの弓美ちゃんが言ってた言葉。

 

 

 ―勝った! とか言った瞬間って、大体アニメとかだと反撃にあってやられるわよねー。お約束のフラグ? みたいな―

 

 

「……あ」

 

 もう気付いた時には遅かった。

 ガクンっ! と、私達の身体が上下左右に揺さぶられる。

 

「っっぐ!?」

「ひゃああっ!?」

 

 違う。

 車体が突然バウンドしたんだ。

 フロントガラスの向こう側、工場の排煙塔に、太陽で隠されながらも、一瞬だけ見えた。

 白い、鱗みたいな金属で覆われた人の影。両手からダラリと垂れ下がり、茨みたいな棘のある長い紐状の物体。

 あれは…! まさか!? 

 

『波形パターンを照合! ネフシュタンですっ!!』

 

 無線から、友里さんの声が響いた。

 朝焼けの太陽が、ガラスに反射する。

 ゾワリと、私の背中を寒いものが走る。

 音は殆どなかった。ただエンジンの音に紛れて、ヒュ、と風を切る音が通過した瞬間。

 

 

「わあああああっっ!?」

 

 

 車が再び跳ね上がったかと思うと、もうその時、私達の身体が上下反転し、背中を思い切りシートに叩きつけられていた。

 

「うぁあうっ!」

 

 突然変化する視界に私はついていけなかった。隣で了子さんが必死にハンドルを切っていたのが見えたような気がしたけど、私は咄嗟に頭を両手で抱え込むようにしてガードするだけで手一杯だった。

 ガクガクと揺れる体に、叩きつけられる衝撃、車体が地面と擦れて、耳をつんざく金切音は、何時までも続くんじゃないかと思った。

 けど突然、バンと弾けるように一際大きな音が私の耳を辛いた時、ふと音は止んだ。

 

「ぅっ…っっ……!?」

 

 もう何秒経ったんだろ? 

 止まったの? 

 どうなっちゃったの? 私たち、無事なの? 了子さんは? 

 目を瞑ってじっと耐える私だったけど、その時聞こえた了子さんの言葉で、ハッとなって我に返った。

 

「響ちゃん! 響ちゃん!」

「え…?」

「え、じゃないわよ! 早く出るわよ!」

 

 了子さんが隣の運転席で必死になってシートベルトを外している。

 私は慌てて自分も同じ様にシートベルトを外していた。

 落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせて、何とか外すことに成功して、外へと這うようにして飛び出す。

 

「はぁ…はぁ…はっ…!」

 

 ようやく車から脱出できた私。

 車体がひっくり返っているというのを、私は這い出る時に初めてちゃんと理解した。

 何とか立ち上がって見ると、了子さんも無事に車から出ることができたらしい。

 

「了子さん、大丈夫ですか…!?」

「私は大丈夫だけどね……あちらさんは大丈夫じゃないみたい」

「えっ……あっ!」

 

 私は急いで振り返る。

 そこには大量のノイズが発生していた。

 こうしている間にもどんどん数を増やして行く。

 

(そっか、私達が止まったから…)

 

 遊星が囮になっても、あくまで狙いはデュランダルなんだ。

 薬品工場にいくら潜り込んでも、それは車ごと爆発したら危ないから手を出さないだけで…! 

 

「了子さん、デュランダル…!」

 

 私は咄嗟に後部座席の割れた窓ガラスから顔を出していたデュランダルのアタッシュケースをつかんで引っ張り出す。

 さっき持った時はそうでもないように感じたのに、こんな非常時だからなのか、異様なまでに重かった。

 

「こ、これ、なに…すごく重い…!」

「んー、じゃいっそのこと、そこにデュランダル置いてって、私達は逃げちゃう?」

「そんなのダメですっ!」

「そりゃそうよね。テヘ」

 

 苦笑する了子さん。

 こんな時になにを言ってるの…! 

 けどそんなこと突っ込む余裕を与えてなんてくれないのがノイズだった。

 

「っ!?」

「走って!」

 

 

 間一髪、ノイズが身体を細く伸ばして突っ込んでいた時、私達は比較的開けた左脇へ走り出していた。

 さっきまでいた場所をノイズが通過して、了子さんの車ごと貫通する。

 バチッという音が鳴った時、爆音を立ててピンクの乗用車は粉々に爆発してしまう。

 背中越しに伝わる熱を感じながら、一瞬体が引き寄せられたかと思うと、次の瞬間にはもう私達は衝撃で吹き飛ばされていまう。

 

「わああああっっ!?」

 

 叩きつけられるからだ。

 コンクリートに正面からぶつかって、その場にうつ伏せになって倒れ臥す。

 視界がぐるぐると暗転していく。

 あ、ダメだ…早く立たないと…!! 

 すぐにノイズが迫ってきちゃう…そうしたらデュランダルが…! 

 

(そうしないとやられちゃう…! 私がやられたら…!)

 

 視界にノイズの群れが映った。

 まだ数を増やして、私の側まで…デュランダルの入ったケースを狙ってくる。

 立ちたいのに、力が入らない…! 

 

(ごめん、遊星…!)

 

 ノイズが、また身体を針のように変えて突っ込んでくる。

 心の中で不甲斐なさを呪いながら、私は力の入らない身体を叱咤した。

 なんでこんな時に動いてくれないの、私は!? 

 

 

「…あーあ、もう、しょうがないわね」

 

 

 爆炎と煙が辺りに立ち込めている中で、了子さんの冷ややかで、それでいて優しくて、柔らかな声が聞こえていた。

 

「……!?」

 

 その時、私は目を疑った。

 信じられない光景が目の前にあった。

 

「……」

「…了子……さん?」

 

 了子さんは私を守るように立って右手を前へかざしている。

 飛び込んできたノイズが、了子さんにぶち当たろうとした時だった。

 その手に遮られるようにして、突然ノイズが弾かれて反対側へと転がっていった。

 その後も次々とノイズが私達に襲いかかろうとしても、了子さんはまるで見えない壁に守られているかのように攻撃を防ぎ続けている。

 

「……そんな、どうして…」

 

 ノイズに襲われたら、防ぐ方法なんてない。シンフォギアだけしか戦う方法はないって、了子さん言ってたじゃないですか。

 それなのに…どうして……? 

 

「なにしてるの響ちゃん?」

 

 あまりの唐突さに呆然となっている私に、了子さんは目線だけを向けて微笑んだ。

 

「……え?」

「え、じゃないでしょ? そんなトコで惚けてないで」

「け、けど……」

「響ちゃん、守りたいものあるんでしょ?」

 

 ニコリ、と余裕をもって私に語りかける人。

 その笑顔は私にとって問いかけじゃなく。

 

「あなたはあなたのやりたい事、精一杯やりなさい」

 

 背中を押してくれる事だった。

 ジンと、心が熱くなる。

 私のやりたいことは。

 守りたいものを守ること。

 デュランダルが、

 了子さんが、

 そして、遊星との約束が! 

 

「……私」

 

 今なにが起こってるのか、正直分からない。

 なんで了子さんが、あんなこと出来るのかなんて今でも頭こんがらがりそうだけど。

 それでも。

 やりたいことは、分かってる! 

 

「歌いますっ!」

 

 身体の中に、熱が一つ。

 想いを起爆剤にして。

 熱は歌へと姿を変えた。

 

 ―Balwisyall Nescell gungnir tron

 

 聖詠を唱えた瞬間、私の体は光に包まれる。

 身体を焦がすような激しさと熱さを感じて、それでも強さを掴み取る。

 前を向く私の意思が、身体からもう一つの私を作り出す。

 

「だあああああっ!」

 

 ギアプロテクターを装着して、私は変身を終えた。

 待ち構えたように、増えたノイズが私達へと迫っていく。

 急いで了子さんをかばうようにして前へと立った。

 

「了子さん、下がってて!」

「うふふ、やっと火が着いたわね。じゃ、あとはお言葉に甘えちゃいまーす」

 

 そう言って了子さんは後ろへ駆け出すと、デュランダルの入ったケースを持って行く。

 これで了子さんは大丈夫。

 あのヘンテコなバリアみたいなのはよく分からなかったし、聞きそびれちゃったけど、それでも襲われないなら、私は戦える! 

 

「……行きますっ!」

 

 ネフシュタンの鎧を着た、あの女の子はまた見えない。

 どこかで見てるのかな? 

 でも今は……後回しですっ! 

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

『デュランダル、戦線より離脱!』

『友里、了子くん達のオペレートを継続! 藤尭は遊星君のサポートに回れ!』

『了解!』

 

 弦十郎さんの指示で、二人は即座に情報を整理し始めた。

 俺もハンドルを操作し、ターンバックして奴らと正面から向き合う。

 

『敵ノイズ、Dホイールと接敵』

「先手必勝だ、スピード・ウォリアー!」

『ウォオオッ!』

 

 指示を受け、スピード・ウォリアーは一目散にノイズへと突貫する。

 加速した彼の攻撃を受けて、ノイズが数体、灰となって砕け散った。その後もスピード・ウォリアーは次々と敵を撃破していく。

 

『スピード・ウォリアーの攻撃力減少まで、残り30秒!』

「了解!」

 

 スピード・ウォリアーはターンの経過…即ちこの世界の戦闘に置いて一分後、攻撃力は元の数値までダウンする。

 その瞬間を縫って、敵は一気に攻め立てるだろう。

 

(俺のフィールドには、くず鉄のかかし、そしてエンジェル・リフトが伏せられている……)

 

 くず鉄のかかしで攻撃を防ぎ、更にエンジェル・リフトを使えば蘇生が可能だ。

 そして手札にあるスピード・スペル、『スピード・エナジー』を使えば、攻撃力をアップさせ、相手を返り討ちにすることも出来る。

 

(あとは薬品工場までの時間を稼げば、敵も追撃を緩める筈…!)

 

 ……などと、気を緩めてしまったのは俺の失策だった。

 未知のポテンシャルを秘めた敵を相手にするならば、いかなる状況でも油断してはならないのだ。かつて龍亞に俺は似た言葉を忠告した筈だった。それを一瞬でも忘れてしまった時、奴らは次の手を打ってきていたのだ。

 

『残存ノイズ、密集陣形を取っています!』

「…なにっ!?」

 

 クロール型ノイズが、俺やモンスターへの攻撃を止め、道路の中央へとその身体を寄せ始めたのだ。

 前方へと移動しながらだが、そんな事をすれば当然速度は落ちて距離を稼がされるというのに。

 だが奴らは戦法を変えたわけではなかった。

 攻撃を集中させれば、火力で劣る俺は対抗できない。連中が響と俺を分断させた時点で、こうなることは分かっていたのだ。

 

『遊星君! そいつらは集合型だっ!』

 

 藤尭さんが叫ぶ。

 ノイズは一定の間隔で卵を産むように増殖するタイプがある。だが、非常に珍しい個体で、幾多のノイズを取り込み、一つの巨大な個体として能力を増強させる方があったのだ。そしてそれは実際に集合するまでには、他のクロール型との判別がつかないという非常に厄介な特性をも兼ね備えている。

 この土壇場で繰り出してきたのがそれだったのだっ。

 

『クロール型、合体しますっ!』

「ダメだ、間に合わないっ!」

 

 やがて一体化した巨大クロールノイズが、音にならない気勢を上げて、俺達へと接近してくる。

 これだけデカ物になれば通常は速度が落ちる。

 だが通常とは異なる次元領域に存在するノイズに、物理法則は通用しない。これだけの質量を持っていても、敵は速度を緩ませることなく追跡するのだ。

 

『スピード・ウォリアー、間もなくエネルギー低下しますっ!』

『ウウッ…!』

 

 藤尭さんのカウントは正確だった。ゼロになると同時に、スピード・ウォリアーを覆っていたオーラが途切れ、速度が緩やかになっていく。

 敵が攻撃を仕掛けなかったのは、この時間を計るためでもあったのだ。

 瞬間、敵は反撃に転じる。周囲の物体を透過しながら距離を詰めて、その前足を大きく振りかぶって俺のモンスターへと叩きつけた。

 

『オオッ!?』

「スピード・ウォリアー!?」

『駄目です、受け切れませんっ!』

 

 このままでは巨大クロールノイズの攻撃を受けて、スピード・ウォリアーが消滅してしまう。

 同時に俺の身体に襲い来る衝撃……ダメージは幾つになるのか、まだ敵の攻撃力が分からない状態で受け切るのは危険すぎる! 

 

「罠カード発動! くず鉄のかかしっ!」

 

 敵の攻撃と巨大ノイズの間を阻むように出現したかかしが、前足を弾き返す。

 鉄製のかかしはそのままフィールドに再セットされて、中空へと姿を消した。

 

『何とか防いだか…!』

 

 弦十郎さんの安堵の声。

 だが、緊迫は解けていない。再び攻撃が来るのは時間の問題だ。

 

(どうする…敵の攻撃力が分からない以上、迂闊に攻撃はできない…!)

 

 一か八か、≪Sp・スピード・エナジー≫で強化させたスピード・ウォリアーをけしかけるか……? 

 いや、それこそ下手な博打だ。

 もし失敗すれば俺には敵をかいくぐる手段がなくなってしまう。

 響が車から離れられない今、俺だけでこの窮地を何とかしなくては……! 

 

(考えろ…時間を稼ぐか、あるいは俺とカード達だけで切り抜ける方法…!)

 

 

『遊星さんっ!』

 

 

 その時だ。『彼』の声が届いたのは。

 

『勝機を見落さないようにっ! あなたは一人で戦っているわけではありませんっ!』

 

 その一言は、俺の頭の霧を晴らした。

 そうだ。また見落とそうとしてしまっていた。

 俺は、力を……絆を手に入れた筈だ。

 仲間とカードと、そして、この世界で出会った新たな友。それが俺に力を貸してくれている。

 それこそ、困難に立ち向かう、唯一無二の武器なのだ。

 

 

『この声は…もしかしてっ!?』

 

 

 藤尭さんが驚く。

 俺も怯んだその時だ。猛スピードで接近してくるもう一つの影が映りこんできたのだ。

 見る見るうちに俺やノイズとの距離を詰めていくその車は、さっき横転して動けなくなったはずの護衛の一台だった。

 いや……さっきとナンバーが違う。これは、二課から新たにやってきた別働隊だ。そしてそれを運転しているのは……

 

 

「まさか……緒川さんかっ!?」

 

 

 まさかの援軍。

 それはついさっき、学院の入り口で別れた筈の緒川慎二その人だったのだ。

 ノイズが周囲の建物をすり抜けているとは言え、ここまでの戦闘の影響で道路はかなり破壊されてしまっている。それを見事なドライブテクニックで交わし、障害物を避け続けて俺たちの元へと近づていく。

 

『巨大ノイズ、後方の車を視認しましたっ!』

『お、緒川さんっ!』

 

 友里さんの報告に響が叫ぶ。

 咄嗟に俺はハンドルを捻り、もう一度ノイズの方へとターンバックして向かい合った。

 

「危ないっ! 逃げるんだっ!」

 

 その叫びも虚しく、巨大ノイズは突如現れた援軍を捻り潰そうと、その後ろ脚で車体を弾き飛ばし……

 

『……っ!』

「え……っ」

『……へ』

 

 た、と思ったところで、宙を飛ぶ車が、一瞬にして掻き消えた。

 俺達が唖然としていると、その時には既に、緒川さんの乗った一台が俺たちの横で悠々とハンドルを切って並走していたのである。

 

『いやいや、間一髪でした』

 

 違う。

 並走していたのは一台だけではない。

 

「く、車が増えただとっ!?」

 

 横にも複数台、何故同じ形、同じ色、同じナンバーさえ持っている同様の車が囲むようにして走り続けている。

 響も、俺も、呆然とした。

 言葉もない。

 

(えっ…ちょっと待て…!? 何だこれは、どういうことだ…っ?)

 

 俺は確かにノイズに攻撃され、吹き飛ばされた車を目撃していた筈だ。あれは絶対に目の錯覚などではなかった。

 だが現実として緒川さんは俺達の横に……

 そして次の瞬間だ。脇を走っていた車達はその姿を統合させると、元の一台に戻って再び並走を始めたのである。

 

『く、車が、消え……え、何なんだ、あれ?』

『これぞっ! 緒川家に代々伝わる48の必殺忍法の一つ、その名も『車分身』だッ!』

『くるまぶんしんっ!!?』

 

 もはや余りの展開の壮絶さに錯乱直前となっている藤尭さんに、弦十郎さんが解説をいれた。

 それが解説になっているのかどうかは不明だったが、とにかくこの謎の援軍と作戦によって、緒川さんは俺たちの元へと馳せることができたのである。

 

『遊星さん、これをっ!』

 

 緒川さんは俺との距離を詰めると、車のドアウインドウを開け、俺へと真っ直ぐに手を伸ばす。

 それを見た時、三度俺は驚愕させられてしまった。

 彼の伸ばした手の先に握られている物が視界に入ったからである。

 咄嗟にDホイールをターンバックから元に戻し、緒川さんの手に収まっている『二枚』の『ソレ』を受け取ると、恐る恐る見た。

 

 

「これは…っ!」

『それでこの状況、切り抜けられますか?』

 

 

 思わず顔を上げて、緒川さんを見る。

 それは、さっき別れた時と同じだった。

 真実を見極めようとする瞳。風鳴や、響や、大切な人を守るため、心を内に秘めながら、その身を鋭き刃と研ぎ澄ます防人……いや、忍の眼光だ。

 その揺るぎない信念を受けた時、俺の魂の日が、再び燃え上がる。

 この状況で心動かない者は、デュエリストではない! 

 

 

「ああ、任せてくれっ!」

 

 

 受け取ったそれを……あの日失い、そして再び舞い戻ったカード達を掴み、デバイスへと……そしてディスクへとセットする! 

 

「ゼロ・ガードナーを召喚!」

 

 音叉を象ったカードの精霊は、瞬時に空間を捻じ曲げて、俺の元へと姿を現す。

 何度も俺の危機を凌いでくれたモンスター、ゼロ・ガードナーだ。

 

『新たなカード……だとっ!?』

 

 弦十郎さんが突如現れた援軍に大声を上げる。

 こんな場合でなければ、俺も叫んでいたかもしれない。

 だが、今は敵を片付ける方が先決だ。幸い、敵も緒川さんと言う新たな敵の出現に戸惑っているようだった。車が目の前に分裂したのだから無理もないだろう。様子を窺い攻めあぐねている。

 俺が召喚したゼロ・ガードナーの存在もある。

 ならばここで攻めるのみ! 

 

「ゼロ・ガードナーの効果発動! このカードをリリースする!」

 

 指示を飛ばすと同時に、俺はセメタリーゾーンへとゼロ・ガードナーを送り込む。

 同時に召喚されたばかりのゼロ・ガードナーはその身を光の粒子へと変換させて消滅した。

 

「ゼロ・ガードナーをリリースしたことで、俺のモンスターは一分間の間、戦闘で破壊されず、ダメージはゼロとなる」

 

 これで敵が高い攻撃力を持っていようと、害を被ることは無くなる。

 そして、もう一枚。

 緒川さんが手渡してくれたもう一つのカードこそ、逆転の一手となる! 

 

「そしてこのカードは、モンスターが召喚されたターンに、手札から特殊召喚できる!」

 

 行くぞ……力を貸してくれ、ラリー! 

 

「ワンショット・ブースターを召喚!」

 

 ディスクに装填したカードから、実体化されたモンスターが姿を現す。ロケットエンジンを模した小さなモンスター。子供向けのアニメにでも出てきそうな黄色いデフォルメされたデザイン。

 かつて俺が友から預かり、託してくれたカードだ。

 

『こ、これは……エネルギー値、ゼロ!?』

 

 藤尭さんの素っ頓狂な声が聞こえる。

 やはりそうだろう。このモンスターの攻撃力はデュエルの世界に置いて0。

 ならば攻撃するエネルギーそのものが観測できなくともおかしくはない。

 

『遊星君、そんなカードじゃ太刀打ちは…!』

「……物理で殴るだけがデュエルじゃないってことさ」

『は?』

「スピード・ウォリアー! 集合型ノイズに攻撃せよ!」

 

 俺はスピード・ウォリアーに攻撃を指示し、宣言する。

 スピードウォリアーは俺の意志を受け取ったかの様にブースターを再点火させ、唸りながら突撃した。

 

『オオオッ!』

「そしてワンショット・ブースターの効果発動! このカードをリリースすることで、戦闘した相手モンスター一体を指定し、破壊する!」

 

 これがワンショット・ブースターの効果。如何な高い攻撃力を備えようとも、仲間と力を合わせて敵を問答無用で粉砕する、エースキラーとなり得る破壊能力。

 かつて戦いが終わった後、俺は元の持ち主である仲間…ラリーにこのカードを返しに訪れた。

 が、ラリーは首を振って俺にこのカードを託した。

 

 

 ―それ、預かっておいてよ。いつかまた、遊星を助けてくれるって、俺は信じてる―

 

 

 彼の言葉が蘇る。

 

(ありがとよ、ラリー! お前のお陰で、勝機が見えた!)

 

『ハアアアッ!』

 

 スピード・ウォリアーの駿足の蹴りが、ノイズを直撃した。

 予想通り、この攻撃で敵を破壊はできず、見えない壁にハジかれた様にスピード・ウォリアーは跳ね返されて俺の元へと戻ってくる。だが…既に突破口は見えていた。

 俺はさっきのゼロ・ガードナーと同様、ワンショット・ブースターをセメタリーゾーンへと送り、能力を発揮させる。

 

「ワンショット・ブースターをリリース!」

 

 同時にワンショット・ブースターがその翼を展開させて、噴射口を赤く燃え上がらせる。その名の通り、増大した出力がブースターを点火させて、流星のように集合体に突撃した。

 

「行けえええええっっ!」

 

 咆えるように轟音を上げてぶち当たるワンショット・ブースター。

 攻撃を潜り抜けて猛スピードで接近する相手を止める術はなく、集合したクロールノイズは胴体に大きな風穴を開ける。一瞬その動きを停止した敵は、次の瞬間粉々に砕け散った後に炭化して消滅していく。

 

『巨大ノイズ、消滅しましたっ!』

 

 撃破の方に歓喜する発令室の面々と弦十郎さん。

 俺もホッと胸を撫で下ろした。

 

(何とか倒すことができたか…)

 

 それを持ってきてくれたのは……

 

(緒川さん…)

 

 彼は俺の隣で並走しながら、悠々と車を走らせる。

 一体、彼は何者なんだ…? 

 俺がそれを問いかけようとしたその瞬間である。

 

 

『護送車、間もなく薬品工場を通過……っ!? これは!』

『どうした!?』

『波形パターンを照合! ネフシュタンですっ!』

 

 

 三度、俺たちの身体を戦慄が貫いた。

 

 




ニトロ・ガングニールが出ると言ったな。
あれは嘘だ。
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