そしてやはり忍ぶ気配ゼロ。
ヒールが邪魔だっ!
そう思った私は、思い切り踵を地面に叩きつけた。
黒く覆われたブーツの踵部分が外れて、白いスーツ部分が露出する。
「………ふぅー…はぁー…」
不思議だった。
こんなに大勢のノイズに囲まれているのに、身体も、呼吸も、私を取り巻いている空気だって軽く感じる。
あんまりの状況なんで、ついていけなくなっちゃった?
違う。
そうじゃない。
(………く、来る!)
一体、ノイズがこっちへと向かってきていた。
人型が手を振り上げつつ、前進して向かっている。
私はちょっと体を捻って躱した。
―次、後ろ! ―
左肘を咄嗟に後ろへ突き出す。
飛んできた人型ノイズの胸元に直撃した。
相手は吹き飛びながら炭になって砕けていく。
―右―
今度はカエルが突進してきた。
しゃがんでやり過ごす。
もう一匹、覆い被さるように上から降ってきた。
重心が前かがみだ。
足をつかめ!
「でぇやぁ!」
小さな後ろ足が出てたのを見逃さずに両手で握り込むと、私はそのまま起き上がった勢いで投げた。
途中、突っ込んできたもう一体にぶつかりながら、ノイズの群れに回転しながら衝突した。
―次は右と左から両方! その後で正面! ―
頭で考えてなかった。
そんな余裕、あるわけない。
考えるな、感じろと言った師匠の言葉を、まさに私は感じ取っていた。
今その場で起きたことを考えたって意味がないんだ。
今まで動いてきた身体を…生活と、修業で得て染み付いた感触を噛み締めて、心で動くんだ。
だからガングニールは、今も私に応える。
「とめどなくっ! 溢れていくっ!」
空からノイズが降ってくる。
歌を歌いながら、私は周りの空気を、風を、音を、全身で読み取って動く。
人型ノイズが今度はフックみたいな爪を出す。
懐に入りながら凌いで、肩を突き刺すように押し出した。
「開放全開!」
叩きつけろ。
思いをぶつけろ。
目を開け。
「ハートの全部で!」
ここから先に行かせてなるものか。
遊星との約束は、絶対に守ってみせる。
「未来の、っ先へぇえええっっー!!」
殴り込んできたダチョウみたいなノイズの首を掴み上げた。
そのままブンブンと振り回しながら砲丸投げみたいにぶっ飛ばした。キリモミしながら飛んでいくノイズが砕ける。
(大丈夫…まだ歌える!)
私は戦えてる。
頑張れる!
一人でも今は…!
「………調子のんな」
「―え?」
油断なんてしてなかった。
もしかしたら、敵を倒したことに浮かれてた…心の底で。
そう言われたら、ハイそうです、としか言えないけど…
けど、それでも今は出来る事を出来るだけ頑張ってた。
多分、やれてたんだと思う。
だからこれは、もっと単純。
「ちょせえんだよぉ!」
私が、まだ弱かった。
「え、な、ああああっ!?」
いつの間にか脚に巻きついた鞭が、私の体を持ち上げる。
虚を突かれた攻撃に、私は反応できない。
身体が逆さまになったと気付いた時、
「うあああああっ!?」
近くの鉄塔に叩き付けられていた。
そのまま地面まで自由落下し、私の肺から空気が一気に抜ける。
「っ…は…かふっ…」
必死に呼吸を整える。
出て行った酸素を必死に取り戻そうとする。
ガクガクと足が震えていた。
視界が一瞬ぐるぐる回る。
あ、ヤバい。
これ、ダメなやつだ。
師匠が言ってた……このままにしといたら絶対に……
「とどめだぁ!」
どうなってしまうのか、師匠は懇切丁寧に説明してくれたはずだけど、私は思い起こす作業を途中で中断した。
結果が見える前に、あの鎧の女の子が上から降ってくるのが見えたからだ。
「っ!?」
本能的に、私は身体を捻って躱す。
さっきまでいた場所が、深々と穴を開けて陥没した。
「へ、あの異邦人がいなきゃこんなもんかよ!!」
「っ! ぐぅ!?」
(異邦人…って言った…今…!?)
一瞬、耳を貫いた言葉。
けど次々とその場で繰り出されていく攻撃が、私に考えるのを許さなかった。
急いで起き上がって、相手を見定める。
向こうは鞭をしならせ、大きく振りかぶっている。
あれが直撃して、地面や巨木は砂糖菓子みたいに場っきり抉られていた。捕まったらその時点で終わりだ。
(駄目だ……まだシンフォギアを使いこなせてない!)
「オラァっ!」
鞭よりも数瞬だけ早く動く。
それで何とか正解だった。
「ほら、どうしたどうした!?」
それでも相手は伸びていく鞭を途中でグイと引っ張り寄せる。まるで生きた蛇みたいに私を追跡してくる凶器。
(どうしたら……どうしたらアームドギアが…!?)
翼さんがやられたあの時も、訓練でも、今でもアームドギアが出ない。
私が弱いからだ!
だからアームドギアが出てくれないの……!?
(違う……そうじゃない…!)
師匠や了子さんは言ってた。シンフォギアを扱うのに必要なのは精神力だって。
奏さんだって、日々訓練はしてたけど、それでも体や腕っぷしなら私とそう変わりないって。
私の中に『何か』があるんだ。それが、心の中を、そして身体も縛ってる。
「逃げるだけか! あのヨソ者がいなきゃ何も出来ねえか!?」
高笑いと、どこか怒りを含んだような大声を上げて、女の子は私を狙ってどんどん攻撃を繰り出してくる。
今度こそ私は聞き逃さなかった。
『異邦人』に、『ヨソ者』。
幾ら私の頭が悪いって言っても、こうまで言われたら想像がつく。
(この子……遊星が別の世界から来たって知ってるっ!)
けど……それでも分からない。
何で、こんな事をするのか。
私は鞭から逃げ惑いながら、必死にその女の子に呼びかけた。
「待ってっ! 待ってよ!」
「っ…!」
鎧の女の子と、一瞬だけ目が合った気がした。
私は咄嗟に自分も足を止めて叫ぶ。
「どうしてこんな事するの!?」
私と同じくらいの女の子。
それが自分や、何の罪もない人を手に掛けている姿。
見たくなかった。
気持ち悪かった。
内臓を抉られるような、そんな感触。
古傷が、抉られえていく。
「ああ…?」
ピタリと。
女の子の足が止まった。
ちょっとだけ過る、淡い期待。話を聞いてくれるのならと。そんな儚い希望に縋った。
それが傲慢なんだって、自分の気持ちに向き合えなかった私には気付く余裕なんてなかった。
「ちゃんと……ちゃんと訳を…っ!」
「眠てえこと言ってんじゃねえぞ」
「っう!?」
風が私の頬を切る。
少女の腕は、私の腕を鷲掴んでいた。
「のぼせんな…のぼせんなああああっっ!」
「うああっ!?」
そのまま力任せにねじられる。
瞬間、地面を蹴って私は自分の身体を同じ向きに捻った。関節を外されることだけは防いだけど、もうその時に私の身体は地面に思い切り叩きつけられてた。
「ああうっ!」
「力もねえくせにむず痒いこと抜かしやがって! 」
「がっ!」
鳩尾の部分を、強く踏まれる。
胃が逆流するかと思った。
呼吸を整えなきゃ…! この、ままじゃ…!
「やらせるかよ……っ!」
「っっ……?」
「反吐が出んだよ、てめえぇっっ!!」
「…ぐっ……!」
踏み抜かれた穴が開くんじゃないかと思った。
けど、何とか留まった。
この子の……仮面で隠された、口元しか見えない女の子の顔を一瞬だけでも覗くことができたから。
(なんで……そんな風に…っ)
人を、壊そうとできるの?
違う、そうじゃない。
知ってる、私は。
人は簡単に、何かを、誰かを壊せるから。
その為に酷い人にだってなれる。傷つけることをなんにも思わない奴にだって平然と変身できる。
でも、この子はそうじゃない!
「行かせない……っ!」
足を、掴んだ。
「なっ…!?」
ジリジリと、足をどけさせる。
ブーツに包まれた足の、多分小指があるだろう場所を押すようにして、ちょっとずつ浮き上がらせていく。
「こ、このっ…!」
向こうも足に力を込めていく。
手に握った鞭を使えばいいのに、そうしないのは、多分怒ってるから。
直感的に分かった。この子は、どんなに悪いことをしようとしても、多分、そこから目を背けようとはしない人なんだ。
だから今だって、私を正面から倒そうとしている。
「う…っ…くっぅ……!!」
「て、テメエえええっっ!」
「うああああああっっ!!」
なら、応えなきゃ。
応えて、ちゃんと話を聞かなきゃ。
この子は、誰かを意味もなく傷つける人じゃない。
絶対に、何か理由があるんだ。
なら、聞き出さないといけないんだ。
「であああああっっ!」
「ぐっ!?」
渾身の力が、私の手に強く灯った瞬間。
私は一気に身体に乗っている足を弾いて押し退けた。一瞬だけ身体をぐらつかせた相手の隙を逃すまいと、私は一気に勢いをつけた状態のままに起き上がった。
「チィ……!?」
「はあっ!」
距離を取っちゃ駄目だ!
私はまだ、アームドギアを使えない。
なら私に使えるのは、この拳だけ。
相手と離されないように……そして、話す為に!
(相手の動きを利用する……見て感じろ……考えるな。肌で動くんだっ!)
向こうとの間が徐々に縮まっていく。
もう少し……もう少しだけ近づかないと!
「テメエっ!」
「シャツを捨てる!」
「っ!?」
下へと押し出した両掌が、同じように下から襲ってきた鞭を弾いて地面へと叩き落とした。
「このっ!」
「シャツを拾う!」
「…なっ!」
再び鞭が襲ってくる前に、私はそれを両手で掴み上げて持ち上げた。
相手の力を逆に利用するんだ。
私が力不足でもいい。
向こうが強いなら、それを上手く利用して、逆に跳ね返せば…!
「テメエっ!!」
「そのまま羽織って!」
ぐるりと、鞭を掴んだ手を、円を描くように回転させる。
あの映画の動きだっ!
日常の動きをカンフーに取り入れたあの構えを思い出せっ!
「このっ…っ?!」
「脱いで! 枝に! 引っ掛ける!!」
今度は逆回転だ。
鞭を掴んだまま、私はコマに紐を巻きつける様にしてグルグルと腕を回し続けた。
接近させられて相手は戸惑っていた。しかも鞭の軌道はしっちゃかめっちゃかに絡み続けた。
師匠の言葉が蘇る。
『鞭は少し力を入れるだけで方向を変え、威力を増す恐ろしい武器だ。だがそれだけに、扱うには指先一つまでこだわる繊細な力加減が要求される』
その通りだった。
こっちが少し握り返して力を与えてやるだけで、もうこの武器はまるで暴れ回る子供のように言うことを聞かず、ただ無暗に地面や取り巻きのノイズにぶつかっていくだけだった。
「このやっろおおおおおっ!!」
女の子は私の急な動きについていけない。
だけどついに痺れを切らした。
力づくで鞭を引っ張り、私ごと手元へ武器を引き戻そうとする。
それで……それでいいっ! それでいいんだっ!!
『相手に良いようにやられると、敵は焦ってますます前のめりになる。そうなればもうこっちのもんだ。その力を更に利用して、打撃を叩き込めっ!』
「くっ!?」
「だあああああっっ!!」
「しまっ…!?」
渾身の打撃だった。
引っ張られる力を利用してもっと相手に近付いて、その勢いそのままに突っ込む。相手はその勢いを殺しきれずに、私に隙を見せた。
だからその瞬間に、肩をぶつけて相手を弾き飛ばした。
「……っ!?」
「………あ」
筈、だった……
私の全力だった筈の攻撃が、ネフシュタンの鎧に阻まれて止まっていた。
相手まで衝撃が届いてない…!
気付いた時には、手遅れだった。
「……っ!!」
「響ちゃん!」
「威力が、足りな……っ!?」
「うらあっっ!!」
「ぐっあっ!?」
「舐めんな…舐めんなあああっ!!」
強烈な頭突きだった。
ぐらぐらと回転する視界。もう一回、意識が飛びそうになる。だけど、今度はそんな余裕さえ与えてくれなかった。
肩を掴まれた。
鳩尾に深々と食い込む相手の膝。
「…がっ…!」
血と胃液が逆流する。
二撃、三撃、私に相手の膝が突き刺さる。
朦朧とする意識。
皮肉にも私に何度も突き刺さる痛みが、気絶を押しとどめた。
(……このままじゃ…!)
死ぬ。
死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。
ダメだ……このままじゃ、もう……
やだ…絶対に、やだ……
こんな所で……今場所で……
何もできずに……終わるなんてこと……
「うああああっ!!」
私は叫んだ。
痛みとは裏腹にあふれ出てくる感情の迸りを止められなくて。
何時の間にか私は、その堰き止められない気持ちのままに『敵』を掴み上げる。
「くっ……!?」
「ううう…っ!」
「この…離しやがれっ!」
向こうも突然の私の変化に戸惑いながら、もう隙を見せようとはしなかった。
あくまで私を引き剥がして、動きを止めようとしている。
その時だった。
「うそ……っ!?」
どうして、それに気付いたのかも分からなかったけど。
後ろの方から、悲鳴が聞こえた。
さっきまで視界の隅に入れていて、けど戦いの中でそんな余裕は無くなって。
今もう一回視野に入れた『それ』は、いつの間にか変化を遂げていた。
「…デュランダルが…!?」
後ろで、了子さんが呆然として宙を見上げている。
上から何か、眩しい光を放っているのが分かった。
「何…だと…っ?」
同時に、私への追撃が止んだ。
ネフシュタンの鎧の女の子も、たった今起こっている変化に目を奪われていた。
「あ、れ…は…?」
脚はフラフラしているけど、それなのに、ハッキリ上を見た瞬間に分かった。
了子さんの足元に、さっきまで私が持っていた筈のアタッシュケースが開いて転がっている。
それが意味するのは一つだ。
了子さんの真上…遥か上空で、身の丈もあるくらいの大きな剣のような塊が一本、煌々と輝いていた。
「デュランダル…っ!!」
信じられない事だった。
戦いの最中だったから、どれだけおかしなことが起きているのか、私にはよく分からなかった。
けど、確かだったのは……
「そいつは……貰ったあああっ!!」
デュランダルが、もうすぐ敵の手に堕ちようとしているという事実だけ。
女の子が、私を放り出す様にして押し飛ばし、自身がデュランダルに向かって飛び出していく。
ダメだ。
あれを渡しちゃいけない。
約束したんだもん。
デュランダルは絶対に守るんだって。
「ぐぅうう…!」
もう一度だけ……もう一度だけ、あとちょっとだけ!
私に力を! ガングニール!!
「ぐっ!?」
相手の注意が一瞬だけ私から逸れたのが幸いした。私は急いで追いかけると、あの子の鞭を今度は自分から掴みにいった。
そしてそのまま自分に引き寄せながら引っ張ると、自然と位置が入れ替わって逆転する。
「渡して…やるもんかああああっっ!!」
隙を見せたらいけない。
相手が動揺したこの一瞬しかチャンスはない。
私はもう一度、飛ぶようにして地面を蹴った。
本来ありえない、空中を蹴るという動き。それをいつの間にか、私は成功させていた。
「くそおおっ!」
向こうも私を行かせまいと、逆の手の鞭をもう一回伸ばしてくる。
だけど、間一髪、私の手の方が早かった。
何とかデュランダルの柄を右手で掴み上げることに成功して……
「……え?」
私の意識が、黒く塗りつぶされた。
「……あ、あ、あ、あ、あ」
黒い、冷たい、それでいて熱い、何かが私の中に、潜り込んでくる。私の全身を覆って、喰らい尽くしている。
これ……何?
ただ、触っただけだったのに…どうして?
私は叫ぼうとして、気付いた。
私はもう、とっくにデュランダルに支配されちゃってたんだ。
「あああ…ぐが、があ、あああああああっっっっううああああっ!!」
叫んだ。
黒くて、汚くて、醜くて、熱くて。
それなのにどこか気持ち良くて、吐きそうなのに、もっと味わいたい。
この衝動に抗いたいのにそれが出来なくて冷たいジメジメした感触が頭から下へとどんどん押し寄せていった、あ、ダメだ見てられないでも見えてきちゃう、声がする、私に、私に、私に、私に、私に、わたしに、わたしに、ワタしニ……
「そんな力……見せびらかすなああっっっ!!」
「ガアアアアアアァァァッッッッッ!!!」
視界が、黒く塗りつぶされる時に、
あの子の姿が見えた。
けど、私はどうでもよかった。
むしろ……ありがとうって、感謝した。
敵意を向けてくる、目を血走らせたあの子が、堪らなく憎かったから。
それを晴らせる喜びに。
思いっ切り、感謝した。
「っ…な、あ、あ…」
「アアアアアアアhaaaaaaaaaaa!」
デュランダルを思い切り、あの子に振り下ろしたところで…
私の記憶は、途切れた。
・・・・・・・・・
『ガングニール、交戦続いていますっ!』
『Dホイール、装者との合流まで残り70!』
藤尭さんと友里さんの声を聞きながら、アクセルを吹かす。
ノイズを片付けた直後、後処理を緒川さんに任せた俺は、急ぎDホイールを駆り、響たちがいるであろう薬品工場へと向かっていた。
冷静さを欠いていた訳じゃなかった。
響は、訓練を可能な限り詰んできた。デュランダルを無抵抗に奪われるという事はないと、確信さえあった。
しかし、激昂していたとはいえ、翼でさえ手玉に取ったネフシュタンが相手では、どれだけ持ちこたえられるか分からない。対抗するためには、どうしてもフォニック・シンクロの力が必要になる。
(…なんだ、この、嫌な予感は……)
ネフシュタンの反応を検知した後で、響や了子さんの通信は途切れてしまった。
通信機器の故障か何かだろう。
それに彼女が相手では、響も余裕はない筈だ。
だが……違和感を覚えた。
本当に強敵がいるだけなのだろうか……
『遊星君、響ちゃんとの合流まで、残り50!』
「了解っ!」
友里さんとの交信を継続しつつ、心の底に残った嫌な予感を払拭し続けた。
今はただ、彼女との合流を最優先に考えるんだ。推論や計算は後でも出来る。
今はできることを全力でやるしかない。
その考え自体は間違ってはいなかった。
ただ、タイミングが遅かっただけだった。
『こ、これは……!?』
「藤尭さん、どうした…?」
『…励起を確認、おまけに……フォニックゲインまで観測……嘘だろ…デュランダルが起動してる!?』
「なにっ!?」
叫ぶのを抑えきれなかった。
まさか、この土壇場で、完全聖遺物が起動したというのか……?
完全聖遺物の軌道には、他の聖遺物を起動させるのとは比較にならない程の膨大なフォニックゲインを必要とする。了子さん曰く、風鳴の全力でも成功の可能性は低い。
それが、此処まで来て起動した…
(まさか……響が…)
その答えに行きついた時だ。
突如、前方で空が輝いていた。
「っ!? 何なんだ、一体!!?」
『藤尭っ! 何があった!?』
『分かりませんっ、観測及び計測が不能!! 全部の機器が死んでますっ!』
『なん…だとっ!?』
絶句する弦十郎さん。
次の瞬間。
地面が轟き、揺れあた。
「う、うああああっっ…!!」
まるで巨大な地震でも起きた様な衝撃が、地面を伝わって俺の身体とDホイールを揺らす。
奈同様に衝撃は周囲にも伝わり、辺り一帯の建造物や辺りに停まっている車や自転車さえも揺らして、時には薙ぎ倒していく。
「……っっ!」
ハンドルを何度も切って、その揺れと衝撃を捌きながらも、一際輝いている前方を凝視する。
上空の光は尚も輝きを増していき、それと共に衝撃もまた強くなっていく。これはまさか……デュランダルの力なのか……?
いや、藤尭さんがデュランダルの軌道を確認したと同時に起きたこの現象……そうとした考えられない。
更に……シグナーの痣が、衝撃をキッカケにしたかのように浮かぶ上がり、煌々と光を放ち始めていた。
「っ!? 腕の、痣が…!?」
瞬間、俺達の耳を貫いたのは、これ迄の戦闘でさえ聞いたことが無かった爆音だった。まるで怪物の叫び声にも似たその轟音は、周囲を叩き伏せ、蹴散らすように響き渡る。
「あの爆発は……!?」
火か…違う、巨大な光の柱だった。
そして、俺の胸のザワツキを助長するかのようなこの疼き……俺に、危機を知らせているというのか。
「くそ……っ!」
その瞬間にフラッシュバックしたのは、風鳴の血を流して倒れた時の姿だった。
「響! ひびきぃーーッッ!」
俺は叫んでいた。
何が起こっているのか分からない中で、決死の覚悟で俺はDホイールを加速させた。
彼女の身に何かがあった事だけは、紛れもない事実だ。
それは赤き竜が俺に伝えてくる感触。
仲間に迫る窮地だった。
(頼む! Dホイールよ! もっと速く、速く走ってくれっ!)
モーメントは、人の意志を読み取って力に換えるエンジン。
だが、幾ら俺が速く走れと願っても、すぐにフィードバックはできない。
何故なら他の回路やプログラムが人の手によって編まれた物である以上、限界が存在するからだ。
その限界を超える術は、カード達を失ってしまった今の俺では発現できないでいる。
『友里、遊星君の合流は?』
『残りあと20!』
今ここでノイズに襲われれば一巻の終わりだっただろう。
それさえも忘れ、今俺は全力で響の元へとDホイールを走らせていた。1時間にも2時間にも思えるような長い長い時間の感覚。
最悪の事態が脳裏をよぎっては無理矢理にかき消す。そんな行為を何回繰り返した事だろうか。
『っ…センサー各種、正常に戻りました。フォニックゲイン、観測できません』
しかし、俺達の意志に関わらず、物事は動いていくものだ。
やがて衝撃や轟音が去り、さっきまでの激動は嘘のように消えて静寂が辺りに立ち込める。
藤尭さんが急ぎ、周囲の状況を索敵し直す。
だが俺の焦りは拭えないままに、Dホイールの加速を緩ませず進み続けた。
やがて、薬品工場が見えたことで、その不安は更に加速した。
「何だ……この惨状はっ…!?」
それは、最早廃墟だった。
(風鳴が放った絶唱と同等の威力……いや、もしかすれば、それ以上の……!!)
あちこちから黒い煙がもうもうと立ち込め、建物は無事なものを探すのが逆に難しい。
そこかしこから流れ出ている薬品の異臭が鼻を突く。
先程の発せられた光と衝撃が、工場内の化学物質の爆発を引き起こしたのだろうか。
「あれは……っ!?」
その時だ、前方でこちらに向かって手を振っている姿が見えた。
比較的、爆発の影響がない箇所だ。
俺は一直線にDホイールを走らせる。
やがて人影は大きくなり、それは俺の良く知る人間だと気が付いた。
「おーい、遊星くーんっ!」
「了子さん!」
さっきまで共にいた仲間の声に、俺は僅かながら安堵した。
彼女に外傷はまるでない。
声の様子から判断しても、恐らく平気だろう。
(無事だったか…っ)
俺はDホイールを止めて、しゃがみ込んでいる了子さんの元まで歩み寄る。
しかし、次の瞬間、凍りついてしまった。
「響っ!?」
了子さんは視線を下に降ろす。
彼女がしゃがんでいたのは、響を介抱していたからだった。
ギアが解除されて、元のリディアンの制服姿に戻ってしまっている。
僅かに苦悶の表情を見せているその姿に、慌てて駆け寄ろうとした。
「大丈夫よ。多分、一時的な脳震盪だから、すぐに目を覚ますわ」
「脳震盪…?」
「デュランダルを起動させたことによる、反動ね」
「起動だって…!?」
「ええ」
そう言って、了子さんは周囲に目をやる。
そこには、最早施設としては機能できない程に破壊されてしまった工場が広がっている。
「これが……起動した完全聖遺物…『デュランダル』の力よ」
俺は戦慄した。
実体化したデュエルでも、これほどまでの被害を出したことは殆どなかった。
しかも、こちらで計測されたエネルギーの展開は一度きりだった。
つまり……たったの一撃で、この工場をここまで完膚なきまでに破壊したというのだろうか…
これは、本当に悪魔や神の領域だ。
それを……
「………」
「響……」
この少女が、一人で引き起こした。
古の力を借りたとはいえ……
「……デュランダル」
圧倒的な破壊をもたらした伝説の剣は、金色の光を取り戻し、太陽の光を受けて輝いている。
それは復活したことの歓喜なのか。あるいは俺の感傷か。
それでも、力を宿したその一振りは、ただ沈黙を守るのみだ。
追いついた緒川さん達の車のエンジン音と排気音が、周囲にこだましていた。
・・・・・・・・・
次回予告
「私は、ゴールで立ち止まっちゃ駄目なんだ!」
デュランダルの暴走に責任を感じた響は、更なる力を求めて邁進する。
だが、それは新たな崩壊への始まりだった。
繋がる心と、薄れゆく絆の形。
その傍らで、俺は見守ることしかできないのだろうか
いや、そんな事はない。
俺はこの世界、そして……君の力になると誓ったのだから。
力を貸してくれっ! ニトロ・シンクロン!!
次回 龍姫絶唱シンフォギアXDS『兆しの行方は、集いし想いの果てに』
「か、風鳴の病室が……一体、何があったんだ!?」
「遊星は見ちゃダメえええっ!!」
今回響はシャツを拾ったり書けたりする動きを見せていますが、これは勿論、カンフーの名役者であるあの方の作品に出てくる技術です。