龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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続きです。
ここからシンフォギア次元の人物も登場します。
文章でカードゲームを表現する作家さんを偶にお見受けしますが、あの人たちすげーぜ……


プロローグ-2

 夢を見た。

 あの時の夢だ。

 二年前。

 私がツヴァイウイングのライブに出かけて、そこでノイズの大群に襲われた時。

 あちこちで悲鳴が聞こえる。

 ノイズに組み付かれ、押しつぶされ、あるいは鋭い槍状と化したノイズに貫かれ、目の前で消し炭になっていく人たち。大勢の人たちの混乱、焦り、惑い、死への恐怖が会場を支配する。

 悲鳴と怒号が交錯するその中で、私は一人その場に立ち尽くして動けずにいた。突然の事態に身体がすくんでいた。認定特異災害を初めて目にして、人が目の前で死んでいく様子を目の当たりにした。

 

 けどそれだけじゃない。

 

 遠くライブ会場の中心地、ステージの向こう側で、大勢のノイズに囲まれながら、悠然と武器を構え、襲い来る敵を目の当たりに、敢然と立ち向かう二人の女性の姿を見たからだ。

 

(奏さん…翼さん……)

 

 ツヴァイウイング…日本で圧倒的人気を誇るカリスマアーティストユニット。私はそのライブを見に、実家から離れたこの地に足を運んだ。

 そして今その二人……天羽奏さんと、風鳴翼さんが、迫るノイズをものともせず、腕に携えたその槍と剣を振るい、触れれば炭化するしか無いとされていたノイズを逆に次々と消し飛ばしている。目を疑った。ノイズに襲われれば、人は逃げるしか無いのだと小さな子どもでも知っている。それなのに彼女達は……軍隊でもないただキラキラした憧れの存在とだけしか思われていない二人が、まさかこんな風に、ノイズをやっつけちゃうなんて……

 

(歌が、聞こえる)

 

 彼女達は歌を歌っていた。

 綺麗な音色。空気を震わせ、恐怖を払い、未来を切り開いていくために命を燃やす。強く、熱く、そしてどこか儚い。そんな奏さんを体現したかのような魂の歌。何も知らない私でもそれが何となく伝わった。この人たちは歌で、この口ずさむ旋律で、戦っているのだと。

 

(ああ、でも…)

 

 私はこの先を知っている。

 この夢の続き。

 これは正夢でもあり、そして悪夢だ。今もなお私を苛まし続け、痛み、苦しみ、嘆く人を大勢生み出してしまったこの惨劇を、私はただ一人だけ間近に焼き付け、そして難を逃れたのだ。

 

(あ)

 

 と気づいた時には、もう私の胸は飛来した金属の塊に貫かれていた。ノイズの猛攻を防ぐ奏さんが、その折に槍を砕かれ、その破片が私の胸部ひ突き刺さったのだ。心臓のすぐ近くへめり込み、穿ち、あっという間に私の目の前は自らの血で真っ赤に染め上げられた。

 ああ、またこの瞬間だ。

 夢なのに痛い。苦しい。吐きそう。あの時は一瞬で意識が跳んで、痛みなんか全然無かったのに……これが夢だから? 

 夢は痛みなんかないって言ったけど、この2年でそれは嘘っぱちだったと思い知らされた。

 現実の痛みと夢での苦しみ。その二つを味わいながらも私はなんとか生き長らえることができた。

 

(それが出来たのは……)

 

 現実と違う世界が、この後に広がっているからだ。

 

『……響っ! 諦めるなっ!』

 

 胸を貫かれた私は、本当ならここで意識を失い、そして奏さんは私を守るために、再び歌を歌い始める。薄れゆく意識の中で見たのは、翼さんが奏さんをその腕で抱きかかえる姿。

 そして奏さんは塵となって消えた。私は翼さんが泣き叫ぶ姿を見ている事しかできなかった。

 けれど……今日は違った。

 

(あなたは……)

 

『それ』は運命の楔。

 私と言う存在と、彼方へと続くもう一人を結びつける、文字通り歯車となる証。

 

(赤い、空……)

 

 空が赤く染まる。

 夕暮れ時ってだけじゃない。空に眩しく光る逆光の太陽だけじゃない。

 突然、空が光輝いた。誰もが動かない、静止した時の中で、もう一つの巨大な熱い光があっという間に辺りを照らし始めたのだ。

 私を、周りを、会場全体を包んで、光へと溶かしていく。

 

(赤い、竜?)

 

 光の先から現れた……そうじゃない。光は徐々に一つの形を成していった。

 巨大な口と、長い蛇の様な胴体。八枚の輝く翼と、猛々しく鋭い爪と脚。

 突然私の目の前に出現したその赤い竜は、私や奏さん、翼さんやノイズを抱き込むみたいにしてその身体を大きく広げた。

 

(ああ、温かい……)

 

 もうノイズもいない。会場もない。死にそうだった私の怪我もない。

 いつの間にかあの惨状のライブ会場は消えて無くなり、ノイズやツヴァイウイングは勿論、周りにいた人々の逃げまどう姿、死体となった炭の塊も消えてなくなっていた。

 

(誰…?)

 

 いつしか私は、上も下も、前も後ろもないような不思議な空間に一人佇みながら、呆然と目の前を眺めていた。まるで宇宙か海の中を漂っているみたい。

 さっきまで起こっていた過去のシーンの再生は終わり、私は何もない、真っ暗な場所に放り出される。その中で私を照らし続けていたのは、さっき空を切り裂いて現れた赤い竜。

 私は目の前にいるその赤い竜に向き合った。

 貴方は誰? 

 どうして私を助けてくれたの? 

 心の中で私は声にならない言葉を描いて視線に託す。不思議ともう、あの残酷な事件のトラウマは…掘り起こされた痛みと記憶はどこかへ無くなっていた。

 

『響』

 

 赤い竜が、私の名を呼ぶ。

 凛々しく、けれど優しい声。夜の中でも私を見守り、そして導いてくれる声。

 貴方は誰? 

 私はもう一度、彼に向かって問いかけた。竜から聞こえた声は男の人のものだった。

 

『響。繋ぐんだ』

 

 赤い竜が、私にそう囁きかける。

 繋ぐ…? 

 いきなり投げかけられた言葉に戸惑いを隠せない私に対して、赤い竜は呼びかけ続ける。

 

『歌を繋ぐんだ、響。そしてカードを……最後の希望と、進化を……』

 

 途切れ途切れになってく竜の言葉。終わりが近いのだとこの時に私は思った。

 彼方へと溶けて消えていくようにぼやけていくその赤い竜。けれども私は、それを離すまいと手を伸ばした。

 

『歌い、繋ぎ、進め。それが……それこそが、俺達の』

 

 ふわふわと漂う、絡みつく空間を泳ぐように這いながら、私は赤い竜に触れた。

 必死だった。これだけは離しちゃいけないと思った。もうここで別れたら、会えないような気がしたから。

 それでも光は消えていく。薄まり、ぼやけ、溶けていく。

 触れた最後の一瞬だけ、赤い竜は私に向かってそう呼びかけた。

 

『俺達の、絆だ』

 

 やがて光が消えて消滅して行く時に見た赤い竜は……一人の、背の高い、男の人の姿をしていた。

 

 

 

「ん…」

「響、響起きて」

 

 ゆさゆさ身体が揺すられる。

 頭が二、三回シェイクされる感覚を覚えて、私は飛び上がるように顔を上げた。

 ぼやけた視界がクリアになっていく。オレンジ色の光が左側から差し込んで、それがまぶしく私の目を射抜く。

 

「響」

「んあ?」

 

 ぼーっとした状態のまま頭を持ち上げると、幼馴染でクラスメートの小日向未来が私の肩に手を置いて見下ろしている。

 ようやく私は隔離された夢の世界から解放されて現実に戻ったのだと自覚した。

 

「未来…?」

「もう…私がちょっと目を離したらぐっすりなんだから。もう四時過ぎてるよ」

「ああ、うん…ごめん」

 

 未だ半覚醒の頭を自分でも揺さぶって目を覚まそうとする。しょぼしょぼする目をこすり、うーんと伸びをしたところでようやく目が覚めてきた。

 そうだ。確か未来が職員室に用があると言って私は教室で待ってて、そしたらずいぶん眠くなっちゃって…

 

「どうしたの、響? 最近疲れてる?」

 

 未来が心配そうに私の顔を覗き込む。

 慌てて私は首を振った。

 

「ぜ、全然そんなことないよ! ちょっと最近寝不足っていうか」

「……もしかして、あの時の夢?」

「…」

 

 私の言葉は未来の問いかけで途切れてしまった。

 こういう時、未来は私の奥底を見透すように分かってしまう。

 いや…分かってくれるんだ。親友なんだから。

 

「うん…実はそう。よく分かったね」

「教室入ったら、少しうなされてた感じだったから」

「そっか…」

 

 未来がそっと、私の手を優しく包んでくれる。

 私の陽だまりの手。

 柔らかくて、ホッとする未来の手。

 それだけで、私は何もかもが満たされる。

 それに今日はもう、いつものように悪夢に苛まされたわけじゃなかった。

 

「具合、どう?」

「大丈夫。心配しないで。今日はちょっと、いつもと違ったんだ」

「違った?」

「うん」

 

 私はそう言って、さっき見た夢の出来事を未来に話した。不思議と心の中は暖かい気持ちで一杯だった。未来の手が包んでくれるのと、もう一つ。

 私を夢の中で救ってくれた、あの赤い竜のおかげで。

 

「赤い竜?」

「うん、そう。いきなり空から現れて、こうピカーって光ってね。ノイズも瓦礫もみんな消えちゃって」

「そう…」

「そのあと…」

「なに?」

「…何かあった気がするんだけど、忘れちゃった。はは」

「そういうとこ響らしい」

 

 未来は苦笑して、思わず私も笑った。

 

「でも、もしかしたら良いことがあるかもね」

「え?」

「確か竜が出てくる夢は、幸運の象徴なんだって。中国で王様になった人は、竜に会う夢を見たって話もあるのよ」

「へえ、そうなんだ」

「普段から「呪われてる」なんて言ってるけど、良いこと起こるといいね」

「そうだねっ。よし、じゃあ今日はお好み焼き食べに行こう! 幸運記念日だ!」

「もう…それどういう理屈?」

 

 呆れながらも未来は笑顔だ。私も笑ってる。

 私が元気になると、未来も笑ってくれる。それが私にとって、一番の喜び。

 

「じゃ、早速行こっか」

「うんっ」

 

 私は飛び上がるようにカバンを持って、未来と手を繋ぎながら教室の出口へと向かう。これから未来と一緒にご飯食べてお風呂入って寝て…そんな風に続く当たり前の毎日を夢に描きながら。

 でも…

 

「ん?」

「あ…」

 

 私の鞄から鳴り響く無骨な着信音。普段使う端末とは違う、もう1つ持たされている秘密用の通信機器。

 

「…響?」

 

 未来が怪訝そうに私を見つめる。

 私はゆっくりとその視線を浴びながら端末を取り出し、そして自分の顔に落胆の色が広がるのを感じた。

 

「ごめん…ちょっと、用事できちゃった」

 

 恐る恐る私はそう言った。

 さっき幸運が舞い込むって未来は言ったけど、やはり私は呪われてる。

 こんな些細な安らぎすら、手の端から溢れてくるのだから。

 

「また?」

「…うん。ごめんね、ほんとに」

「……ううん。いいよ。気にしてない」

 

 未来はそういうけど、その表情は普段とは程遠い。私だって気付いてる。未来が心配してくれるだけじゃない。私が隠し事をしているという事実を、未来はとっくに知っている。

 それでも私は隠さなければならなかった。親友を裏切ってでも、秘密にしなければ…そうでなければ、私は一番大切なものを失うかもしれない。

 

「じゃ、行ってくるね。なるべく早く帰るよ」

「うん。鍵は開けておくからね」

「ありがと」

 

 そう考えると、これは嘘つきの自分への、罰なのかもしれない。

 未来を教室へ置いて一人、先生達がいるもう1つの棟に向かいながら、私はそんな風に考えていた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

「すいません、遅くなりました!」

 

 教員塔の奥、秘密のパスを持つ人しか入れない地下深くに、その施設はあった。

 ノイズと戦う力を唯一持つ人が集まる秘密基地、特異災害対策機動部二課、その本部が。

 

「お、来たな」

「大丈夫よ、響ちゃん。時間ピッタリ」

 

 二課のリーダー。風鳴弦十郎さんと、顧問科学者の櫻井了子さんが私を迎え入れてくれた。

 右も左もわからない私を受け入れてくれる、とてもいい人達だ。

 お陰で素人の私もこんな政府の中でも一部しか知られてないすごい集団に入ってやって行ける。

 

「あ、ありがとうございます」

「すまないな。学業との両立は難しいだろうに」

「い、いえ全然平気です。さっきまで寝てたところですし…」

 

 そう言ったところで、私の後ろの扉が開く。

 

「すみません、遅くなりました」

 

 凛とした声が広い司令室に響き渡る。

 澄み切ったまるで妖精の歌のような声。こんな素敵な言葉を発せられる人を私は一人しか知らない。

 

「あ、つ、翼さん。お、お疲れ様です…っ」

 

 私の学校の先輩にして憧れの人。今や日本を代表するトップアーティストにして、二課の一員でもある風鳴翼さんだ。

 

「すみません司令。取材が立て込みまして…」

「いや、構わん。緒川もご苦労だったな」

「…」

「あ、あの…」

 

 翼さんは私を一瞥もせず、さっさと司令室の中央まで歩いていく。透き通った長い、キラキラしたガラス細工みたいな髪の毛が舞って私を通り過ぎた。

 

「響さんもお疲れ様です」

「あ、い、いえ…」

 

 二課の職員で、翼さんのマネージャーでもある緒川さんが丁寧に挨拶してくれる。

 私は恥ずかしくなって俯いた。

 翼さんはノイズと戦うだけじゃない。こうしてアーティストとして活躍して、両立させている。

 さっきまでうたた寝していた私とは雲泥の差だ。そう思うと情けなかった。

 

「はてさて。全員揃ったとこで、そろそろブリーフィングを始める? 弦十郎くん」

「ああ。まずはこれを見て欲しい」

 

 了子さんはそんな私の気持ちを気遣ってか、素早く本題に入った。

 オペレーターの友里さんが巨大なスクリーンに映像を映し出す。

 このリディアン音楽院を中心にした地図だった。

 

「つい先ごろ、街の郊外にある道路脇で、ある高エネルギー反応が検知された」

「それって、ノイズですか?」

「そうなら話は簡単だったんだけどねぇ。どうにも違うみたいなの」

「違う?」

「そう。これはむしろフォニックゲイン…シンフォギアの反応に酷似したものよ」

「シンフォギアにっ?」

 

 私は驚いた。シンフォギアは、ノイズと唯一戦うことのできる力のことだ。でもこの国でそれを使うことができる人は、この二課にしかいないと、私は了子さんから聞かされてた。

 

「失われた、第2号聖遺物や、『サクリストN』の可能性は?」

「それも無いわね。この波形パターンは全く未知のものよ。歌の振幅や固有振動によって広がるフォニックゲインと違って、これはその場で留まって回転しつつエネルギーを運用してる。私の櫻井理論とは全く別ベクトルの発想だわ」

 

 言ってることが全然分からない。

 ただ、分からないのは了子さんや周りの人も一緒だと言うのはなんとか感じ取れた。

 

「ノイズともシンフォギアとも違う新たなエネルギー反応…今は消失しているが、これが何を意味するのか。新たな脅威の前兆なのか。いずれにせよ、細心の注意を払って行動しなければならない」

「まぁ、厄介を押し付けられたとも言えますけどね」

 

 藤尭さんがぼやきながらコンソールを叩いている。時々このお兄さんは愚痴をこぼすのが癖だった。

 

「そう言うな。こう言う時にでも面倒事を聞いておかないと、それこそ後々面倒だ」

「それにもし万が一ノイズに関連する事なら、他に任せておくわけにも行きませんしね」

 

 苦笑しながら答えたのは友里さん。

 弦十郎さんが頷きながら私たちを見た。

 

「えっとつまり…その反応がどんなものか私達で調べるって事ですよね」

「そう言うことだ。これから了子くんが調査チームを編成し、現地へ向かう手はずになっている。翼にはその護衛を頼む」

「了解しました」

 

 背筋をピンと伸ばして翼さんが答える。

 

「わ、私は…」

「響君は、万が一の事態に備え、ここで待機していてくれ。別の場所でノイズが出現するとも限らないからな」

「わ、分かりました」

 

 留守番。つまりは足手まとい。

 いや、しょうがない。私はここの一員になってまだ日が浅い。一人だけならまだしも、了子さんたちを守って戦うなんてことはできない。

 そう自分をごまかそうとした時だった。

 

「っ!?」

 

 司令室全体に、なんども聞いたことのある甲高いアラート音が鳴り響いた。

 

「ノイズ反応を検知しました! 数およそ50!」

 

 藤尭さんが叫ぶ。

 飛び上がりそうになった私。

 慌ててモニターを見ると、そこには警戒を促す赤いマークが点灯してた。

 

「場所は?」

「E地区13、市街地の外の高速道路沿い…これは…!」

「どうした藤尭?」

「例の高エネルギー反応があった場所のすぐ近くです!」

「なにっ?」

 

 弦十郎さんも目を見開いていた。

 謎の反応があった場所にすぐノイズが現れた。その2つが無関係じゃ無いってことくらいは私も分かる。

 

「予定変更だ。第1種戦闘配備へ移行し、ノイズの殲滅を行う。本件をこちらで預かる事を一課に通達、付近の住民の保護が最優先だ」

「了解っ」

 

 友里さんが素早くコンソールを叩き出した。

 この一瞬のうちに、二課の人達は場の空気を変え、ノイズと戦うプロフェッショナルとなっていく。私はと言うとオロオロするばかりで、ただその場に立ち尽くすしかなかった。

 

「翼、行けるな?」

「無論です。いついかなる時も、この身は研ぎ澄ましています」

「うん。響君、いきなりですまないが、翼と共にノイズの殲滅に当たって欲しい。できるか?」

「え、あ、あ…は、はいっ!」

 

 私は慌てて答える。

 その姿を見て翼さんが鋭い視線で私を射抜いていたが、私はこの時自分のことだけで手一杯で、気付く余裕はなかった。

 

「司令、出動準備整いました」

「よし、二人とも頼むぞ」

「了解」

「りょ、了解しました!」

 

 私は駆け出していく翼さんの後を慌てて追う。

 広い廊下を駆けて行く私達。でもさっきまで仕事を続けていた翼さんは、寝て体力が余ってるはずの私よりもずっと早く、軽やかな足取りで前へと進んでいく。

 決して縮まらないその距離を、私は情けなさすら覚えられずにただただ付いて行くだけだった。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「旧モーメント内遊星粒子、規定数値の20パーセント」

「システム『フォーチュン』、正常に稼働中」

「接続プログラム、オールクリア」

 

 ここは旧サテライト地区の最奥だ。かつてBADと呼ばれていた、ならず者たちだろうと滅多に近づかない危険個所である。

 この中心に、旧モーメントは設置されていた。

 以前のダークシグナーの暗躍などもあり、立ち入り禁止区域に指定されたが、環境汚染もほぼ収まりつつある。

 あとはネオ童実野シティを統括するメインシステム『フォーチュン』と接続すれば、このモーメントも安全かつ効率的に管理・運用されて、元の危険性は限りなくゼロに出来る。

 

「不動先生、準備整いました」

 

 モーメントの入り口付近に設置された仮設ブロック内で、俺達は実験の最終調整に入っていた。

 このブロックから伸びた無数のコードが、旧モーメントと接続され、こちらの用意したモーメントエンジンを経由し、『フォーチュン』と接続。成功すれば、メインフレームが異常を感知し、その都度修正できる、と言う具合だ。

 部下の言葉を受けて、俺はヘルメットを被り、ブロックの外に出た。

 出入り口のすぐ側では、幾多もの戦いを俺と共に潜り抜けてきた愛機であるDホイールが既にメンテナンスを終えてセットされている。

 俺も普段の仕事服ではなく、サテライトから愛用しているシャツと革ジャケットだ。

 

「よろしいのですか、先生。あなた自らがこのような実験を…」

「大丈夫だ、イエーガー」

 

 心配そうにこちらを見るイエーガーに対して、俺はヘルメットを被りながら言った。

 

「万が一旧モーメントが暴走しないとも限らないからな。それに、この中でDホイールを扱えるのは俺だけだ」

 

 旧モーメントのメインエンジンは既に切っている。安全にそれを接続し、運転させるためには一度外部からの回転運動によってフレームを稼働させたのち、フォーチュンと接続。その後に旧モーメントのエンジン部分を再点火させる必要がある。

 俺のDホイールはその為の言わば着火剤だ。

 

「申し訳ありません、不動博士。発案者の私が本来ならば乗るべきなのですが…」

「気にするな、ヴィニード。責任者は俺だ。俺は君達の安全を守る義務がある」

「すみません」

 

 ヴィニードは俺の言葉に頭を下げた。

 一度は皆を唸らせる意見を出したかと思えば、一方で慇懃に接する。今時珍しい若者だ。彼の様な助手がいれば、この街も正しい方向へと発展していけるだろう。

 

『では、実験を開始いたします』

「ああ、頼む」

 

 やがて仮設ブロックからの指示で、俺はDホイールを始動させ、アクセルを吹かす。エンジンが点火し、モーメントの出力を上昇させていく。そして徐々に旧モーメントと同期、フォーチュンと接続し、同調させる。

 

『Dホイール、出力上昇中。回転数安定。遊星粒子散布確認』

『アジャスター問題なし。旧モーメント、シリンダー内へエネルギー注入開始』

『フォーチュン、順調に稼働中。エネルギー伝導システム異常なし』

『プログラムチェックスタート。ウイルス侵入なし』

 

 実験は順調だった。

 各部共に問題がないことを知らせる仲間たちの声を受けて、俺もようやくほんの僅かに安堵が漏れそうになる瞬間があった。

 いや…油断は禁物だ。

 何が起こるのかが分からないのが科学の世界だ。ましてこれまで幾度となく俺達の障害となった旧モーメントだ。慎重に、慎重に事を運ばないと…。

 

「!? どうした!?」

 

 それを裏付けるように、突然側にいたヴィニードが叫んだ。

 

『旧モーメント回転を始めました。徐々に回転数が上昇中。45…48…50…依然として上昇中』

『エンジンの加圧ポンプに異常発生!』

『これは…』

「一体何が…」

「ヴィニード、中で様子を見てきてくれ」

「はい!」

 

 慌ててヴィニードが駆け出し、イエーガーもそれに続く。

 俺はDホイール越しに送られてくる情報を基に現状を整理しようとした。

 が、その時、通信機越しにヴィニードが俺に向かって叫んだ。

 

『不動先生! 大変です。フォーチュンからのエネルギーが、旧モーメントに逆流しています!』

「何だって!?」

 

 俺は驚愕した。まだスイッチを入れてもいないというのにまた旧モーメントが暴走したというのか…? 

 本来ならばあり得ない。あの建物は滅多なことでは利用できないよう、封印機構によって完全にロックをかけている。そして最後の鍵を外すために必要なカードは今俺が手にしているのだ。

 それなのにあたかも意志を持っているかのように活動を再開している。それも…これではまるで…! 

 

『駄目です、上昇が止まりません!』

「イエーガー、実験中止だ!」

 

 ヴィニードの言葉を受け、俺は真っ先に叫んだ。

 

『じ、実験中止、中止しなさい! 直ちにシステムをダウン!』

 

 イエーガーの指示を受け、慌てて作業員は異常現象を止めるべく奔走し始めた。俺もDホイルの横に設置されたパソコンで遠隔操作を試みる。

 だが依然として旧モーメントはエネルギーの上昇を続けていた。

 

『駄目です先生っ、止まりません!』

「緊急プロテクトを使う! イエーガー、承認を!」

『コード承認します! メインフレーム『フォーチュン』システム一時全カット!!』

 

 何故だ……システムに穴は無かった。俺もヴィニードも、他の専門家も何回も入念にチェックは入れたはずだ。

 俺達は神じゃない、人間だ。

 確かに俺はあの日会議で皆にそう言った。だが俺達は最善を尽くした。慎重に慎重を重ね、今日と言う日を迎えた……それでも防げなかったというのか……だが、もしこの事態が引き起こす理由が他にあるのだとしたら……

 

 

『遊星』

 

 

(…!?)

 

 突如、声が響いた。

 通信機器からのものではない。無論、今外に出ているのは俺一人だ。周りに人影はない。ではなんだ、今の声は…? 

 狼狽する俺の頭に、再びさっきと同じ声がこだまする。

 

 

『遊星』

 

 

(俺を……呼んでる?)

 

 

『星に、危機が迫っている』

 

 

 危機だと? 

 一体何を言っている? 

 

 

「お前は誰だ!? 何処に居る!?」

 

 

『戦うんだ。もう一度……手を……繋いで……』

 

 

「待…っ!?」

 

 

 次の瞬間、俺のDホイールは光に包まれた。昼間だというのに、太陽の光を全てかき消すがごとく溢れ出た光の奔流。顔を上げてから気付いた。

 目の前の旧モーメントが光輝き出していた。俺が感じたのはそこから漏れ出てモノだったのだ。

 

「こ、これは……う、ぐうううううっっ!!?」

 

 溢れだしたその光の渦は俺をも貫き、辺り一面全ての景色を飲み込んでいく。

 

『不動先生!?』

『いかん、総員退避だ!』

 

 イエーガーとヴィニードの声もおぼろげになっていく中で、俺の意識は光の渦に耐えきれずに、まるで周囲の空間と溶け合うように消えていき、全てが微睡の中に堕ちて行く。

 全身から力が抜け落ちていく。

 何処か、俺の本能のようなものが、一瞬のうちに俺に『あるもの』を告げて、全身を支配する。

 

 それは、死の予感……言葉にすればありきたりなそれは、全ての自由を俺から奪い、そして、意識は闇に消えた。

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 夕闇の中で落ちていく太陽。

 その最後の光が、細く鋭い一筋のナイフのように、俺の瞼をこじ開ける。

 

「……っ」

 

 意識が戻った時、俺はまず状況の理解もままならなかった。

 大の字になってまるで地面に張り付いたように俺は動けず、しばらく呻いていることしかできなかった。雨でも降ったのか湿った草原の感触が背中に不快感を与える。

 

(草の感触…? 俺は旧モーメントの近くにいたはずなのに…)

 

 徐々に戻ってきた身体の感覚を掴もうと、俺は指先を動かした。

 ここは…

 

(ここは…どこだ?)

 

 視界が安定しない。目の前は空だった。夕焼けがぐるぐる回っている。なんとか力を腕に込めて、上半身を起こす。

 

「うっ…!」

 

 頭を振って、意識をはっきりさせる。

 だがそうやって開けた視界からこの世界を見た時、俺は言葉が出なかった。

 

「………」

 

 冷たい空気が俺の頬を刺す。

 風が一瞬強く吹き、ザァザァと辺り一面の草花を揺らして音を立てた。

 辺りの景色が全く違った。

 

「どこだ…ここは……?」

 

 呆然と呟くも、言葉は宙に霧散するだけ。

 そのうち虫の音も鳴り出した。

 四方を見渡しても、同じような草原が辺りに広がるのみである。

 

「一体何が……みんなは…」

 

 何もない。

 旧モーメントも、仮設ブロックも、そこにいた研究員や仲間の姿さえもない。

 全てが消えてしまった。

 代わりに現れたのは、この広い草原。後ろの方には森が広がっているが…暗くてよく見えない。

 

「イエーガー! ヴィニード! みんな!」

 

 周辺に向かって叫ぶがやはり空に搔き消えるだけであった。

 そのうち太陽も完全に落ちきり、辺りには暗闇が立ち込めようとしている。

 と、その時前方で、何やら光を放っているものがあるのが分かった。

 急いで近づくと、そこには俺のDホイールが横たわっていた。

 

「Dホイール…」

 

 これで連絡が取れるかもしれない。

 機体を立ち上げる。幸いなことに損傷は殆ど無さそうだ。エンジンを始動させると、俺は内蔵された通信機に向かって呼びかけた。

 

「こちら不動遊星、応答してくれ。イェーガー、聞こえるか?」

 

 周波数をイェーガー達の通信機に向けるも、返事はまるで返ってこない。

 

「こちら不動遊星、応答せよっ。聞こえるか? 誰かっ…」

 

 チャンネルを切り替え、他の通信先にもアクセスしたが、結果は同じだった。

 

「ネオ童実野シティ、応答せよ! こちら不動遊星! 応答せよ!」

 

 必死に呼びかけるが反応はない。それだけではなく位置情報システムも、各種センサーも動かない。

 モーメント自体は稼働している様だが…

 これは一体どういうことだ? 

 いやそれ以前に…

 

「カードが…!?」

 

 セットするデバイスから、確かに嵌め込んだデッキが全て消失してしまっている。

 慌てて周囲を見渡したが、一枚も見つからない。

 愕然とした……なんと言うことだ。俺の…デュエリストにとって命と引き換えにしてもなお足りない、魂のデッキが…

 

「……」

 

 その後、俺はいくつか手段を試しては見たものの、通信はおろか、仲間の無事を知ることも叶わなかった。そもそも自分の置かれた立場がわからない。

 

(だめだ……何もかも分からない……それにデッキも…どうする。ここで救助を待つか…?)

 

 半時間に近い煩悶の末、留まっても事態が動かないと判断した俺は、場所を移すことにした。

 もしかしたらカードがここにまだ散らばっている可能性も考慮したが、そもそも景色すら変わっているこの事態に、ただ待っているだけではダメだと言う直感があった。

 自然に囲まれてはいるが、よく見ると標識や看板がいくつか見受けられる。全く未開拓な場所に送り込まれた訳ではない。

 なら何処かに人の気配があるはずだ。

『この先、高速道路』と書かれた看板を見て、俺はDホイールを押して歩き出した。

 

「見たことのない景色だ…こんな自然公園が、ネオ童実野シティにあったか…?」

 

 ついさっきまで、俺は旧サテライトに居たはずなのに…あの爆発で、俺は別の場所へと弾き飛ばされたのか? 

 いや、それなら俺もDホイールもただでは済まない。

 衣服にさえ傷がないのはおかしい。

 それに、俺の他に人はいないにもかかわらず、あの爆発は…

 

「道路に出たか…」

 

 やはりこのハイウェイもネオ童実野シティの交通様式とも違うものだ。

 だがさっきの看板は日本語だった。

 ネオ童実野シティの近郊か…? ならこの場所は…

 

(まさか…)

 

 俺は一瞬荒唐無稽な考えが浮かび、すぐさまかき消した。

 いや、いくらなんでもそんなものはあるはずないと。

 俺はハイウェイの道にDホイールを進ませ、スロットルを回そうとすると、鈍い音がして、排気口から黒い空気が漏れ出た。

 

「マズイな…」

 

 モニターにエラーが表示される。画面を操作して原因が分かった。

 トルクスプリットがイカれている。

 駆動機関にクラッチの指示を伝える部分だ。モーメントそのものや他の箇所は問題なさそうだが、このままでは走行に支障が出る。

 どうしたものか…修理しようにも、どこかで部品を調達しなければならない。それにこの暗がりでは…

 途方にくれていると、唸るようなエンジン音と共に、一筋のハイビームが飛んでくるのが分かった。

 振り返ると、向こうからクラクションを鳴らして大型のトラックが近付いていた。

 

「おおーい、大丈夫かアンタ?」

 

 運転席からヒゲを生やした大柄な男が顔を出してこちらを覗き込んできた。

 

「どうしたいこんなところで」

「あ、いや……」

 

 一瞬言葉に詰まってしまった。俺自身、状況が分からないのだから。

 しかしそれにしてもこの車…見たことのない型だ。それに、随分と古い形式の様だが…。

 

「どうしたい? それ、あんたのバイク? もしかして、壊れちまったかい?」

「……ええ、まあ…」

「そいつは災難だな。街までまだかなり距離あるぞ、どうするつもりだ?」

 

 運転手はあくまで好意で聞いてくれているようだ。

 ここでしどろもどろしていても不審に思われる。俺は正直に尋ねることにした。

 

「すみませんが、ここはどこでしょうか? ネオ童実野シティまで行きたいのですが」

「ネオ童実野シティ? 聞いたことねえ場所だな。ここは東京だよ。所沢辺りだな」

 

 ……なんだって? 

 ざわざわと嫌な予感が体を這い回る…

 ネオ童実野シティを知らない? 

 今や世界経済をけん引しているとまで言われている都市の名を知らないところがこの国にあるとは思えない。

 待てよ…この人は今なんと言った? 

 トコロザワ? 

 その町の名前は…確か俺の記憶が正しければ……

 

『ここで、午後6時をお伝えします。次のニュースです。アメリカのポーカー大統領が、先日未明、被災地を訪れました。これは1980年のヒクソン大統領以来…年ぶりとなる…』

 

 ……今、ラジオは何と言ったんだ? 

 1980年? 

 

「おい兄ちゃん、ホントに大丈夫かい?」

「…」

「ん?」

「今は、何年ですか?」

「今年? そりゃおめえ…」

 

 彼の言葉を聞いて、脱力した。

 確かにここはネオ童実野シティの近くだ。

 ただし、俺がいた世界から何十年も前……まだ『童実野町』と呼ばれていた頃の時代だった。

 

 

 




うーん、異世界に転移するまでで二万字以上使っている。
他の異世界転生ものだったらもうとっくに戦い始まってますな……
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