龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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いつもありがとうございます。
皆さんが見やすい時間帯はどこの辺りでしょうか。
土日はもちろんとして、時間としては夕方や夜でしょうか?
取り敢えず今回は18時からの投稿にしてみましたが、
もし希望やお勧めがあれば教えて下さい。






第6話『撃ちてし止まぬ運命のもとに、羽撃く翼在りて』-2

 手を、届かせたかった。

 そこからどうしようとか、だからこうなる、とか…結局私には分からなかった。けど、それでも諦めたくなくて、手を伸ばしたのに……

 

『アタシに! 歌をっ! 歌わせたな!』

 

 あの子が、クリスちゃんが叫んでた。

 分かるものかよ。分かるものかよ。そうやって叫びながら。

 

(分からないよ)

 

 私……正しいことをしようとしたんじゃありません。

 ただ、こうなりたい、っていうことを、やりたかったんです。嫌だったんです。何も知らずに終わってしまうのが、分かり合えずに壊しちゃうのが。

 私は間違ってたんでしょうか? 

 そんなにバカな、ヘンなことを言ってたんでしょうか? 

 

『自分で考えて、自分で決めることね』

 

 ……はい、分かってます

 でも、それでも……それでも、私…私……は…

 

「待たせたな、不動……そして、立花ッ」

 

 ミサイルと弾丸で、辺り一面は火の海になっている。空気が、とても乾いてた。喉はとっくにカラカラで、ヒリついている。

 花や木や、草が泣いてるみたいだった。

 でもその中で、一人巨大な剣の上に立つ翼さんが、輝きを放って立っている。

 

 それは私達に勇気を与えてくれた。

 

「翼さんっ!」

 

 そびえ立つ巨大な剣。それが私達の命を救ってくれていた。

 依然、翼さんが私に向けて放った必殺技……『天の逆鱗』が、私とミサイルの雨を阻んでくれていたんだ。

 

「か、風鳴っ…!」

 

 私の隣で、うめくような声。

 見ると遊星がよろよろと起き上ろうとしている。私は咄嗟に遊星の肩を取って支えた。

 

「だ、大丈夫、遊星?」

「ああ……」

「そっちも無事ね、不動」

 

 翼さんが、剣の柄尻から私達を見下ろして言う。

 

「すまない、助かった…っ!」

 

 その時…ふと気付いた。

 私達の傍らに、なにか大きくて赤い塊が倒れているのを。

 

「これ…翼さんのバイク!」

 

 間違いない。

 駐車場で遊星と合流した時、直前まで遊星がチューンナップしていた翼さんの愛機。

 まさか、翼さんはこれに乗って…! 

 

「感謝を。不動遊星」

「え?」

「貴方の施した仕掛けが無かったら、間に合わなかった」

「仕掛け?」

 

 私はもう一回、倒れたバイクを見た。素人の私には、良く分からない。

 けど…ただうっすらと夕焼けを浴びて、赤い塗装が煌めいている。それがとても誇り高い、カッコいい姿に見えたのはきっと気のせいじゃなかった。

 

「……」

 

 遊星は何も言わない。

 ただ翼さんを見上げて、どこか安心したような表情でいる。

 それがどうしてか…私は嬉しかった。

 

 

「死に体でオネンネと聞いてたがな」

 

 

 その時だ。

 

「わざわざお仲間庇いに現れたってか?」

 

 巨大剣越しに見えた、クリスちゃんの不敵な笑顔。

 その歪んだ表情で、そのまま手の機銃を翼さんへと向ける。

 翼さんが助けに来てくれたのは、クリスちゃんにとっても意外だったみたいだ。けど、すぐに向こうは余裕を取り戻した。

 どうしてだろう……と、私は一瞬思う。

 けど、その答えはすぐに分かった。

 

「もう何も……何も失うものかと、そう決めたのだッ」

 

 翼さんが、クリスちゃんを見て言う。その表情は、後ろにいた私には分からなかった。

 けど、違う。何かが違った。あの私達がすれ違ってしまった夜に、同じセリフを翼さんは言った筈だった。

 だけど……そこに込められた意志が、想いが、『何か』が根本的に違う。

 

『翼、聞こえてるな』

「はい」

 

 その時、私達にも分かる、通信機越しの声が届いた。

 師匠の声だ。二課の人たちも、きっとこの状況は伝わっているんだ。私達がピンチなことと、そして翼さんが駆けつけてきてくれたこと。

 そして……

 

『無理はするな』

 

 この人は、とてもじゃないけど戦える身体じゃないってことを。

 

「……分かっています」

「ッ…!」

 

 シンフォギアで強化されると、身体の頑丈さもだけど、視力もいつもよりとんでもないモノになる。だから普段は分からない変化も分かった。

 風で揺れる翼さんの綺麗な長い髪の毛。その隙間から見える首筋や肩から、汗が流れている……その時ようやく思い出した。

 

(翼さん、まだ傷が…!)

 

 まだ来たばかりなのに、汗の量は尋常じゃなかった。

 当たり前だった。癒えない身体を引き摺ってここまで来て、おまけに私達を助けるために大技を使った。どこまで戦えるか分からない。ううん、もしかしたらもう、翼さんは立っている事さえやっとなんじゃ……

 

「そうだ」

 

 私の心を読みとるように、翼さんは、私に向かって言った。

 

「私も、十全とは言い難い」

 

 なら下がって。

 そんな風に私は云えなかった。

 私達が、そんな事を言える状態じゃなかったし。何よりも、

 

「翼さん…」

「だからこそ」

「えっ?」

「力を貸してほしい」

 

 あの人の心が、防人の誇りが、翼さんを前へと進ませようとしている。この言葉は、私達に勇気をくれた。

 

「響…!」

「遊星?」

「まだ…動けるか…?」

「……」

 

 遊星の目が、私を真っ直ぐに射抜く。

 そうだ、まだだ。私は何を弱気になってたんだろう。まだ終わりじゃないんだ。

 一度失敗しても、またやり直せばいいんだ。あの子と……キチンと話をするまで、何度だって。私も、遊星も、翼さんも、まだ立ってる。誰ひとり、いなくなっていないんだ。

 

「うんっ!」

 

 私は力強く頷いた。それに答えるようにして、胸のガングニールがうずく。同時に、腕と背中と、腰部の排熱口から、蒸気が噴射する。それはきっと、私の身に宿ったニトロ・シンクロン。

 

「二人は態勢を整えろっ!」

「好きに勝手に…!」

 

 瞬間。

 

「やらせねえっつってんだろーがっ!」

 

 向こう側で、赤い獅子が咆える。

 バサバサと、遠くで鳥たちが一斉に飛び立つ音がした。それが開戦のゴングだった。

 クリスちゃんが翼さん目掛けて、機銃を一斉に発射した。けたたましい音が鳴る中、翼さんは柄尻に足をかけて高く舞い上がって、地上目掛けて一気に躍り出る。

 

「見えてんだよっ!」

 

 当然向こうは躱すのを分かっていた。こいから出たミサイルが、再び装填されて、翼さん目掛けて襲い掛かる! 

 発射の反動で巻き起こる強風。私達の元にも僅かに土煙が舞う。

 

「なっ!?」

 

 だけど翼さんには、弾丸は当たらない。

 まるでその名の通り、羽毛の様に、あの人の身体はひらりひらりと宙を舞い、ミサイルや機銃の網を潜り抜けていく。

 

「クソっ!」

 

 立て続けに発射されるガトリングガン。けれど幾ら撃っても、寧ろそれを利用するかのように、翼さんは躱し続けた。それを見た私は圧倒されるばかりだった。

 

(凄い……あれだけの弾を、どうやって…!?)

「ぐっ!?」

「はあっ!」

 

 地面に着地した翼さんは一気にクリスちゃんに向かって駆け出した。構えた刀を横に薙ぐ。それを紙一重で交わしたクリスちゃんは、ガトリングで迎え撃とうとするけど、それよりも、翼さんが左手に構えたもう一振りの方が遥かに速かった! 

 

「チィっ!?」

 

 たまらず距離取ろうと下がるクリスちゃんを、翼さんの刀が妨害する。真一文字に斬りかかられて、そのまま胴体ががら空きになった。たまらずもう一本のガトリングで応戦しようとしても、その瞬間には逆に翼さんがその身を翻して、クリスちゃんの真後ろへと踊り出ていた。

 

「ヤロォッ!!」

「……っ!」

 

 たまらず振り払おうとしてガトリングで直接横に薙ぐ。瞬間、刀の柄尻が機銃を真上にかち上げた。腰のミサイルで応戦しようとアーマーを展開しようにも、目標が定まらない。捻るように回転しつつ更に後ろへと回りこんだ翼さんは、そのまま刀を背中越しにクリスちゃんの首元へと付きつけた! 

 

「うっ…!」

「……」

「な、んだと…っ!?」

 

 ツゥ…と、汗が流れたのは、今度はクリスちゃんの方だった。

 凄い……私も、思わず冷や汗が出そうだった。強いのは知ってる。これ位速いのも分かってた。ううん、分かったつもりでいた。

 

「動きがまるで違うな」

 

 そう言ったのは、私が肩を貸している遊星だった。

 

「俺ではもう、目で追いきれない」

 

 そうか。もう二人の動きは、遊星の動体視力じゃ追いきれないんだ。けど、私も…うん、師匠に教わった今の私だから分かる。私は甘かった。心のどこかで、翼さんに少しは追いついた気持ちでいた。だけど、百戦錬磨のこの人の動きは……桁違いだった。

 

「ンだよ、コレ……以前とは、まるで動きが……!?」

「……」

「少し前までベッドでインだったろうがっ!」

「ええ。けど頭の中で、貴女と話す時間はあったわ」

「ンだとっ!?」

「『倒せない』までも、『倒れない』までなら、今の私でも出来る」

 

 カチリと、金属音がする。クリスちゃんの頭のバイザーに、刃が当たっていた。それは多分、死の予感だった。少しでも動けば、白銀の刀は容赦なくクリスちゃんを襲う。

 

「貴女、そのギアを使わなくなって、かなりの時間が経ってるわね」

「っ!?」

「図星?」

「だからなんだっ!」

「立花や不動との戦いで平静を失い、相手へ向ける怒りの視線を隠そうともしない。ならば満身創痍の私の身体が、弾丸を見切って躱すことに、何の難さもない」

 

(……ああ、そっか)

 

 初めて、ネフシュタンの鎧を着たクリスちゃんに出会った時。

 翼さんは、私や遊星に憤りを向けていた。そして、詳しい事情は聞いてないけど、あの鎧は翼さんにとって忘れられない因縁みたいなのがあったとおもう。あの時の冷静さがない状態じゃ、普段の力の半分も出せてなかったんだ。

 けど今は違う。

 倒す為じゃなく、私達を助ける為。そして負けない為。その為に全てを注げば、相手の攻撃を躱し尽くすことも不可能じゃない。そしてその為に翼さんは、ここに来るまで必死にイメージを積み重ねていたんだ。

 

「ぐっ…!」

「動くな」

「翼さんっ!」

 

 静かに、相手に向かって言い放つ。凛とした声が、森に響き渡るようだった。私は思わずゾクリとする。咄嗟に叫んでいた。

 

「その子は…っ!」

「分かっている」

 

 微笑みながら、翼さんが私に向かってそう言う。

 良かった。クリスちゃんをすぐに倒すつもりはない。きっと心根は私と一緒……

 そう思った時だっ! 

 

「ッッラアアアッ!!」

「むっ!?」

 

 ほんの僅かに一瞬出来た隙を見て、クリスちゃんは地面を踏みつけた。反動で腕の機銃を持ち上げて翼さんの刀の胸を打ち上げると、そのまま地面をもう一回蹴って身体を捻り、翼さんから離れて向き合う。

 

「はあ! はあ! はあ!」

 

 銃口を向けて牽制する。翼さんも負けじと刀を構えた。

 私は前へ出ようとした身体を咄嗟に抑えて、ゴクリと唾を飲む。ザアザアと、横から風が吹いて、灰になった草木を吹き飛ばしていく。二人の長い髪が揺らめいていく中で、睨み合う。お互いにジリジリと距離を図っていた。

 

「余計なおしゃべりが仇ったな? ええ?」

「そう思うなら、貴女が周りを見ていないのね」

「チッ」

 

 舌打ちをするクリスちゃん。その時、ふと私の身体は軽くなった。横を見ると、遊星が私の肩から離れた。まだ息は荒いけど、先より幾らか血色も良くなったように感じる。それに息も整えられていた。

 

「遊星、大丈夫?」

「ああ。彼女が時間を稼いでくれたおかげだ」

「不動、私から仕掛ける。貴方は援護を。初撃さえ凌げれば、勝機は自ずと見えてくる筈」

 

 こっちを振り向かずに、翼さんは言った。隣の遊星を見る。私を見て、ゆっくりと頷きながら、Dディスクに指をかけていた。

 その時、師匠の声が通信機越しに響いた。

 

『響君、以前教えた映画にあった筈だ』

「…師匠?」

『銃は簡単に相手の命を奪える。だがその扱いは複雑だ』

 

 ハッと私は思い出した。

 師匠の授けてくれたマニュアル――つまりアクション映画、コミック、小説、その他諸々――によれば、銃で相手を正確に狙う場合、『抜く』『構える』『撃つ』の三動作を一気に行わなければいけない。おまけに撃った弾が正確に相手に飛んで行くとも限らない。その点、刃や拳なら『切る』『殴る』の一回のみ。

 

『翼の抜刀や君の拳は、引き金を引く速度より速い。問題は、如何にその間合いまで持ち込むかだ』

「はい…っ!」

 

 遊星のカードはまだ伏せられたまま。敵の攻撃を一回は必ず弾き飛ばせる『くず鉄のかかし』がある。

 向こうが火力を出し切る前に、私か翼さんが前に出れば……クリスちゃんは抑え込める。

 本当はこんな事、やりたくなんてない。けど翼さんの援軍は、折れかけた心をもう一度立て直してくれていた。本当に会話をする為に、私達は戦うんだ。

 

「響、行けるか?」

「うん、大丈夫…私、まだ終わりたくない……ッ!!」

 

 戦う心は問題ない。問題はタイミングと、それともう一つだ。

 

「やってみろよ……つい最近まで仲違いしてたよなあ、アンタ等」

 

 冷たいクリスちゃんの声。距離を置いたせいなのか、クリスちゃんは落ち着きを取り戻したみたいだった。

 

「急拵えトリオで、アタシを捉えられれるかッ」

 

 その通りだった。遊星とのコンビネーションだけでも、シミュレーションが殆どだった。翼さんも私も遊星もボロボロ。この状態でどこまで掻い潜れるか分からない。けれど……どうしてだろう。今私の中で、恐怖は殆ど無かった。

 

(やるんだ)

 

 やってみるのではない。やるんだ。師匠の言葉に、胸の内を熱くする。きっと出来る。これで全てが終わる、なんてことにならないのは分かってる。けど、私達は今こうして同じ場所にいる。なら、いつかきっと、こんな悲しいことは終われる。

 そんな淡い予感があった。

 そうだ。恐怖は殆ど無い。

 なのに……

 

(やるんだ。やってみるんじゃない。やる……)

 

 なのに、どうして胸の内がザワザワするんだろう? 熱くなってドキドキするんじゃない。無駄に呼吸が乱れてる。変に息を整えようとしている自分がいる。クリスちゃんの言うことが当たってるから? 失敗するかもしれなくて焦ってるから? 

 

(ち……違う…なんで……私は…こんなにも、ぐらぐらしてるの? この不安は何?)

 

 違う。忘れてるんじゃない。不安でもなかった。

 思えばいつもそうだった。

 ノイズに襲われた時。翼さんが倒れた時。遊星が一人で襲われた時。『私、呪われてるかも』なんて言うけど、実際に何かに襲われたり、ピンチになったり、心を抉られるような出来事の前は、絶対に一息つく間があった。

 

「……っっ」

 

 つまり。その一息が、痛かった。

 私の身体は、もうとっくに限界を超えてた。

 

『ノイズの反応を検知! フライト型多数!』

 

「っ!?」

「なにッ!?」

 

 藤尭さんの声が私たち全員に緊張を走らせた。

 慌てて一斉に頭上を見る。

 夕焼けの空から、黒い点みたいのが幾つか見える。それは猛烈な勢いで大きさを増して、その正体をハッキリとさせていく。

 鳥の形をした空飛ぶノイズが、その身体を細くドリルみたいに回転させて、頭上から迫って来ていた。

 

『バカなっ!? いつの間に!』

『着弾まであと2秒!』

 

 身体の強張りが抜けない。

 誰かが叫んだ気がする。

 私自身の息が止まったのが分かった。

 頭の中が真っ白になる。同じタイミングでヒュウウゥ…って、甲高い風を切る音が響いた。続けて、森の木の枝が突然しなって、バキンと折れた。

 

「二人とも躱せ!」

「くっ!」

 

 遊星がカードに手を伸ばそうとする。翼さんも刀を上段に構えた。

 だけど、それよりも私の身体は前へと動いていた。

 どうしてかって? 

 だって、見えてたから。

 突然急襲したノイズが、私達を狙っていないのが。

 そう。

 

「ぐあっ!?」

「なっ!?」

「クリスちゃんッ!」

 

 突如現れたノイズは、私達を狙ってたんじゃなかった。

 理由は分からない。

 けど考えるより先に、私はクリスちゃんのいる方向へ必死に走る。

 フライト型のノイズが一直線に急降下して、クリスちゃんのガトリングを両方とも粉々に砕いていた。

 地面に落ちた勢いと、中にぶつかった衝撃でノイズが弾け飛ぶ。土煙が飛んだ。欠片が私の口の中に入る。煙でクリスちゃんの姿を一瞬見失った。

 

「やあああっ!!」

 

 咄嗟に身体を固くして、さっきまで見えていたクリスちゃん目掛けて、体当たりした。私の勘があっていれば、これで……! 

 

「っ、ぐうっ!!?」

 

 正解だった。

 私の身体に走る鈍い衝撃。ガクン、と体がブレると同時に、軋む感触。

 クリスちゃんの脳天目掛けて落下するもう一つのフライト型を肩で弾き飛ばしていた。けど、無理に身体を引き摺るように突撃した私に、この一撃は重過ぎた。

 

「立花っ!」

「響っ!」

 

 私と激突したノイズは、そのまま炭になって消えた。翼さんと遊星が、私の所へ走ってくるのが分かる。視界がグラグラ揺れる。世界が回って見える。茶駆使したつもりだったのに、まるで足が溶けてしまったかのよう。そのまま体の姿勢を保てないままに、私は身体を傾ける。

 その先にあったのは……

 

「お、お前、何やってやがるっ!?」

 

 温かくて、柔らかい感触がする。クリスちゃんが、私のことを受け止めてくれた。

 煙と、土の匂いに紛れて、甘くて、お花みたいな香りが鼻に飛び込んでくる。ああ、やっぱりだ……私が痛みに顔を歪ませても、どこか安心していた。

 

「ご、ごめん……く、クリス、ちゃんが……」

「響、しっかりしろ!」

「おい、ふざけんな! 何やってんだよ!?」

「クリスちゃんに……当たりそう、だったから……つい…」

 

 それだけを必死に絞り出した。

 でも……よかった。

 クリスちゃんに、怪我がなかった。

 それだけじゃない。私は察した。

 

「……バカにしてっ……余計なおせっかいだっ!」

 

 そうやって叫ぶ女の子。

 けど、その身体は温かかった。

 そうだよ。やっぱり私は変じゃなかった。クリスちゃんは、こんな風に戦えるような女の子なんかじゃない。きっと……きっと私よりも優しい子なんだ。

 

 遊星! 翼さん! クリスちゃんは悪い人なんかじゃないよ! きっと、何か理由が……! 

 

 ダメだ……声が出ない。やっぱり、さっきの突撃が最後に一回だったらしい。

 ごめんなさい、翼さん、遊星。

 逃げて……二人とも…クリスちゃんを連れてって……! 

 目を閉じても頭がグルグル回る感触。痛みと気持ち悪さと、ほんの少しの安堵を胸に、私の意識は闇に消えた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

「立花っ!」

「響っ!」

 

 フライト型の郷愁を受けた俺達。その中で、響は瞬間的に飛び出し、一体のノイズを撃破する。だが、それは攻撃でもなければ防御でもない。俺達の目の前に立つ、雪音クリスと言う少女を守るための動きだった。

 

「お、お前、何やってやがるっ!?」

「ご、ごめん……く、クリス、ちゃんが……」

 

 俺と風鳴が同時に飛び出す。倒れた彼女を、雪音クリスが咄嗟に受け止めていた。その行動にも驚くところだが、突然の襲撃者では、それどころではない。風鳴は俺達を護るようにして立ち、剣を上空へと構える。

 

「響、しっかりしろ!」

「おい、ふざけんな! 何やってんだよ!?」

「クリスちゃんに……当たりそう、だったから……つい…」

 

 響は息も絶え絶えの状態で呟いた。

 振り向いて彼女の顔を見る。もの凄い汗だった。ニトロ・シンクロンの力を使ったガングニール……その廃熱口から蒸気が噴き出ている。エネルギーを処理しきれていない証拠だ。

 

「ゆ……せ……つば……ん…」

 

 最後の方は何も聞き取れない。

 やがて最後の蒸気が噴き出ると同時に、彼女はぐったりとその身を雪音に預けるようにして横たわってしまう。

 

「響っ!」

 

 咄嗟に彼女に近付き、額に手を当てて脈を取った。

 呼吸は安定している。脈も正常だ。気を失っただけらしい。

 だが、息をつこうとする間もない。この状況で失神とあってはただ事ではない。

 

「不動、立花は」

「気を失ってるだけだッ。恐らく、シンクロ・シンフォギアの反動だと思うが…!」

 

 やはりニトロ・シンクロンの力は響には重過ぎた。あの一発は恐らく、響の全出力を採算度外視で撃ち出したに違いない。ネフシュタンの鎧を貫通せしめるほどの一撃を放った時点で、彼女はグロッキーだったのだ。風鳴が援軍に来たことで気力は持ち直したが、同時に辛うじて彼女を支えていた集中力が途切れるキッカケにもなってしまった。

 

「喪心程度で済んだのは僥倖だが、ここで敵の増援か…っ」

 

 風鳴が苦虫を噛み潰すように言う。確かに状況は最悪だ。

 ノイズの奇襲と言う本来あるべき敵の行動を予測できなかった。

 だが……むしろ分からない点は、いっそ一つだ。

 

 

「……バカにしてっ……余計なおせっかいだっ!」

 

 

 そう言って響を睨み付けながら叫ぶ雪音クリス。

 その顔に出ているのは、動揺と、焦り。そして、戸惑いと、僅かな恐れ。

 明らかだ。彼女がノイズを呼び寄せていないのは。

 そもそも、さっきのフライト型は明らかに俺達では無く彼女を狙っていた。

 

「さっきのノイズは、君の仲間じゃないのか?」

「んなワケあるか! 誰が自分を攻撃させるかよ!」

 

 問いかけてみるが、返って来るのは当然の反応。

 やはり彼女はノイズ襲撃と無関係……ノイズを操る第三者が居たのか…? 

 それとも二課の内通者? 

 

(いや……まさか)

 

 俺の中で、嫌な予感が這い回る。

 サテライトで育った泥水と廃棄物とヘドロを混ぜ合わせたような、不快で気持ち悪い感触が心へ浸食していく。

 

(まさか、この子は…この少女は……!)

 

 

「命じたことも出来ないなんて」

 

 

 俺の直感を裏打ちするように、

 

 

「貴女はどこまで私を失望させれば気が済むのかしら?」

 

 

 ソイツは声を響かせた。

 

「っ!? 何奴!」

 

 翼が刀を構え直すと、一方を睨み付けた。それは雪音や俺達の更に後方。森を抜けた先にある海を見渡せる高台に、『ソレ』は立っていた。

 ゾクリと、肌が粟立った。

 いや…そんな生温いモノじゃない。

 胃の腑を捩じり、掴まれるような衝撃と、ドス黒い感覚。

 

 凶悪,殺気、冷徹、残忍、畏怖、支配、傲慢、憎悪……

 

 違う。どれでもない。この相手を表す言葉じゃない。

 

「っうっ…!?」

 

 瞬間、俺の腕に熱い何かが走る。

 この感触は以前にも何度も体感した。

 まさか……! 

 

「腕の、痣が……!?」

 

 熱い。赤く輝くのは、間違いなくシグナーの証であるドラゴンヘッドだ。しかし、この反応は、今まで輝きとはどれとも違っていた。

 

 

「赤き竜の御使い」

「っ!?」

「こんにちは。あるいはこんばんは」

 

 

 そう言って、奴は俺達を見る。

 いや、俺の痣を。

 

「お前は……お前は、何者だっ!?」

 

 叫ぶ。

 皆が緊迫して動けない中で、俺だけが右腕を抑えつつ、そう言い放った。情けないことに、風鳴が俺とそいつとの間に立ちはだかって、壁となってくれているが故に。

 

 視線の向こう側にいたのは、金髪の、漆黒のドレスに身を包んだ女性だった。

 黒い帽子を目深に被り、サングラスをかけているせいで、顔は分からない。

 

 しかし、誰しもが確信していた。

 コイツだ。

 こいつが全ての元凶だと。

 ノイズを使役し、雪音クリスを操り、そして俺と言う存在を異世界から呼び起こすキッカケとなった張本人。

 それが彼女……

 

「フィーネっ!」

 

 そう叫んで、追い縋るような目線を投げかけたのは、雪音だった。俺の隣で、彼女はフィーネと呼ばれた女性に対して、呼びかける。

 

「どういうことだよ! どうしてアンタがっ!」

 

 フィーネは、何も応えない。ただ俺の腕から雪音へと、少しだけ視線を外す。まるで用の無くなったオモチャでも見るかのようにして。

 

「……」

 

 使い切った電池や、絞りかすでも見るような目で、すぐに視線を戻した。

 

(何なんだ、この反応……一体、この二人は、どういう…?)

 

「っ……!」

 

 俺達の困惑をよそに、その態度が、少女の怒りの琴線に触れたのか。

 

「こんな奴いなくてもッ!!」

「ぅ…っ!」

「響っ!」

 

 抱えていた響を突き飛ばすように手放して、雪音はフィーネの元へと駆け出す。思わず俺が受け止めるが、それにも気付かない。さっきまで自分を庇ってくれた響には目もくれずに、ひたすらにフィーネに向かい、訴え続ける。

 

「こんな奴いなくたって! アタシ一人でやってやる! 戦争の火種を消せばアンタの言うように争いが消えるんだろ!?」

 

 風が一陣、吹いていた。

 その冷たい空気がフィーネの帽子を僅かに持ち上げる。サングラスに覆われた彼女の目の奥で、何が揺れ動いたのかは分からない。

 だが……

 

「なあ! 答えてくれよっ! そうすれば世界は元に戻るんだろ!? 呪いから解放されて、バラバラな世界が元の平和な世界にっ!」

 

 あることだけは確信できる。その眼の向こう側にある、平然と子どもを使い捨てるあの仕草だけは……

 

「答えろよ、フィーネっ!」

「……ふぅ」

 

 どれだけ時代や世界を駆け巡ろうとも、変わるものじゃないからだッ。

 

「もう、貴女に用ないわ」

「……ぇ」

 

(…!)

 

 瞬間的に、血液が沸騰する。

 これは赤き竜の発する信号じゃない。俺自身の怒りだった。

 雪音クリスがどうしてあれだけの怒りを俺達に向けていたのか。どうして響に固執するのか。叫び続けながらも戦いにこだわるのか。凄惨な世界に身を投じていながらも、汚い言葉の中でなおも響は対話を続けようとしたのか…! 

 

(あの女…まさかっ!)

 

 かつてサテライトで何度も見た。親を亡くし、兄弟を亡くし、或いは見捨てられた小さい者。それを操り、いたぶり、野良犬のように扱った連中。奴らがやるのはいつも決まった手口だ。

 

(あの女は雪音を…!)

 

「不動、落ち着いて」

 

 瞬間、肩に手を置かれる。

 凛とした静けさと共に、風鳴翼の声が俺の心にすとんと一滴を投じた。

 

「風鳴…!」

「私とて無知じゃない、概ねは察した。あれが黒幕だというのも、この少女が夷狄の常套手段に絡め取られたのも。だが…!」

 

 僅かに、風鳴の指先に力が籠もる。

 彼女とて、同じ怒りを持っている。この状況で察したもので、あのフィーネに怒りを覚えない者などいやしないのだ。

 

「……さようなら、シグナー。いずれまた会いましょう。『次』があれば」

「っ…待てっ!」

「逃がすと思うたかっ!」

 

 身体を翻すフィーネに向かって、翼が一閃して斬撃を飛ばす。一直線に飛んだその一撃は間違いなく敵を捉えていた。だが、彼女は微動だにせず、右手に構えていたそれを翳しただけだった。

 

「なにっ!?」

 

 俺達の横をすり抜けて放たれた光の剣閃は、突如として出現したノイズによって阻まれる。そのままフライトノイズに直撃した斬撃は、灰となったノイズ諸共に消滅した。

 驚愕する。だがノイズが阻む間に、フィーネと名乗る女は魔術でも使ったようにその身を宙へと舞わせて、森を抜けた向こう側……海の水平線のはるか遠くへと姿を小さくさせていく。

 

 

「はい、お土産。生き残れたら、アメを上げるわ」

 

 

 そう言い放つと、彼女は手に持っている『ソレ』をヒュンと振り上げ、魔法の杖の様にかざしてして光を放つ。それは俺達の横をすり抜けて、地面へと着弾する。光が止むとその地面からはまるで雨後の筍のように、何かが生えてくる。

 

「これは…っ!」

「まさか……っ!?」

 

 違う。

 生えて来たのではない。これは、以前雪音が俺達を攻めてきた時と同じだ。

 ノイズだった。大小様々なノイズが入り乱れるようにして出現してくる。

 あの女が握っていたのは、間違いなく、ノイズを操っていたあの武器だった。やはりあれはノイズを取り出し、コントロールする装置だったのだ。

 

『ノイズの発生を更に検知……う、嘘だろ……なんだ、この数!?』

 

 藤尭さんが呻く。

 その筈だ。奴らは量が尋常ではなかった。

 出てきたノイズはさっきと比べ物にならない。

 大量のクロール型。人型。それにフライトに、巨人型も……10,20……いや、そんな数ではきかないっ! 

 

『遊星君! 翼! 今すぐ響君を連れて脱出するんだ!』

「っ、だが…っ!」

 

 弦十郎さんが撤退を指示するも、俺の頭はすぐに切り替わらない。

 状況は悪くなっているのは理解できる。だが急激な変化に思考が追いつかない。

 

「フィーネっ!」

「あ、おい、待て…っ!」

「フィーネっ! フィーネっ!」

 

 そして俺達が増援に驚いている間に、止める間もなく。

 子どもに見捨てられた親のように。

 怒りと悲しみを声に変えて。何度も何度も、雪音クリスは叫びながら、フィーネの後を追って走って行った。

 

『駄目です、信号が遮断されています! 追跡不能!』

『座標位置、特定できません。120……150…!』

 

 俺達など、もう何処にも映っていない様子だった。夕焼けの日差しに目が眩む。彼女の姿も、やがて溶けて消えた。

 

『……イチイバル装者。及び、フィーネと名乗るアンノウン……反応ロスト』

 

 歯を食いしばりながら報告する藤尭さんの声。敵がいなくなり……俺達の間に静寂が訪れる。ようやく自然が一息を入れるようにして、ざあざあと風を吹き込ませる。

 

「くそっ…!」

 

 最悪だ。

 雪音クリスとの対話の機会が失われたばかりか、響は気を失い、しかもフィーネを名乗る謎の女の出現。

 そして更に……

 

『遊星君、落ち着くんだっ!』

「……弦十郎さん」

『君の気持ちは理解できる。だが、今はここを切り抜けることを考えるんだッ』

 

 彼の言葉に、俺は思わず息を呑む。

 それは、司令官としての叱責。幾らデュエリストとして視線を潜り抜けても、非日常の戦いに関して、俺はまだ経験不足だ。それを彼が埋めてくれた。

 

「不動、ここは」

「……すまない、少し血が上っていた」

「いいえ、責めはしない。けれど今は戦うわよ」

「ああ……」

 

 風鳴が静かに言った。

 あの時と、状況は逆だった。焦る俺に、諭す風鳴。残った体力とエネルギーを頭に回して、冷静さを取り戻すことが出来た。傷だらけの身体を押してきたことが、逆に風鳴に無駄な行動はできないと、心に一線を引かせていた。それが俺達のセーフティラインとなっていた。

 

(だが……この状況は…!)

 

『ノイズ、数およそ40。うち一体が増殖型。装者二名とシグナー、完全に包囲されています』

「っ…!」

 

 どうする。

 この大量のノイズを相手に、響を庇いながら戦うのは至難の業だ。

 風鳴も負傷もまだ完治してはいない。彼女を頼りにもできない。

 緒川さんの救援が来るまで持ち堪えるか……いや駄目だ。

 そうなれば、このノイズは野放しになる。一定時間を駆ければノイズは己の肉体を維持できずに自壊するが、その間に人を襲わないという根拠はない。

 

(このままでは…っ!)

 

 故に、俺の……俺達の取るべき道は、端から一つ。

 

 

「不動遊星!」

 

 

 風鳴が叫ぶと同時に、俺の下へと影が飛ぶ。

 一瞬、彼女の投げた小刀なのかと錯覚した。しかし違う。

 刃の如き鋭さを持って俺の顔面へと一直線に飛来したそれを、紙一重で掴みとる。

 指と指の間に綺麗に収まったそれは、淡い光を放っていた。

 

「…これは……!」

 

 見間違える筈も無い。

 これまで何度も目にした光景だ。

 この世界で俺が、俺達が戦い抜くために必要な光。仲間の危機、心が死ぬ間際に起こす奇跡。

 それが今、彼女から俺へと手渡された。

 

「その力を私に! 闇を祓う刃を与えてくれ!」

 

 そのメカニズムは分からない。

 だが今は……信じるしかない。俺と彼女の間にも、確かに信じられる繋がりが生まれたのだと。

 

「……了解した」

 

 彼女が放った『ソレ』を……俺の下へと舞い戻ったカードを、俺は手札に加える。そのまま、抱えていた響を、近くの折れずに残っていた巨木に添えるようにして寝かせた。

 

 

「すまない、響。もう少し我慢していてくれ」

 

 

 それだけを小さく言った。

 すぐに医務室に連れて行ってやる。

 だからあと少しだけの辛抱だ。

 心でそれを念じると、風鳴が与えてくれた一枚目のカードを、ディスクのモンスターゾーンへとセットした。

 

「チューナー・モンスター、『ライティ・ドライバー』を召喚!」

『ハァッ!』

 

 瞬間、俺の目の前に金属製のプラスドライバーを携えた機械妖精が現れた。

 青く長い髪を風に靡かせて、ドライバーを剣のように構えて立つ。

 

『これは……新しいチューナーか!』

 

 藤尭さんが叫ぶ。

 確かに偶然にしては出来過ぎてる。色々疑問は残るが、ここは風鳴の持ってきてくれたこのカードに逆転の一手が頼りだ。

 

「ライティ・ドライバーの効果発動。召喚に成功した時、手札からこのカードを特殊召喚できる!」

 

 風鳴のもたらしてくれたカード、その二枚目をディスクにセットした。

 ライティ・ドライバーは能力値こそ低いが、その特殊能力により、もう一体の相方とも言える存在を、手札・デッキ・墓地を問わずに呼び寄せることができる。

 そして召喚できるのが、このカードだ。

 

 

「行くぞ、レフティ・ドライバー!」

『ヤアッ!!』

 

 

 ライティ・ドライバーの横に、もう一体、同じ大きさの機械妖精が召喚された。

 彼女とは対照的に、黄色いボディと短髪、そして手に持っている彼女の身の丈を超えるマイナスドライバーが特徴だ。

 これが、ライティ・ドライバーの妹分、レフティ・ドライバー。

 

(このカードが戻って来てくれるとは…!)

 

 今迄手札に戻ってきたカードは、いずれも俺が幼少時より使っていた相棒たちだ。しかしこのカードは、Z-ONEとの戦いを経た俺が、独自に研究を続けてデッキに組み上げた新戦力だ。

 研究者として生きてはいるが、デュエリストとしての戦いを忘れたわけではない。最新のカード群や、デュエル理論の研究は欠かさなかった。

 そして、いつか再会した仲間達とライディングデュエルすることを夢見ていた俺は、この世界へと旅立つ直前に、何枚かの新しいカード達をデッキに組み込んでいたのである。その内の二枚が、このモンスター達だ。

 

「風鳴…!」

 

 俺は彼女をじっと見る。

 響がいる前ではおくびにも出さなかったが、その首筋や額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 本来なら、ここで彼女ほどの手練れが息を切らす筈も無い。

 恐らく限界が近い。

 しかし、それでも俺達の心は、今は一つとなっていた。

 

「大丈夫……言ったでしょう」

 

 ここで終わるつもりはない。今は生き抜くために戦う。

 

「風鳴翼は……こんな所で、折れる道理はない。だから……」

「…」

「私と言う、剣を……再び鍛え直せ、不動遊星!」

 

 俺達はまだ、お互いのことを、何も知らないのだから。何より彼女の歌を聞いていないのだから。

 

「レベル2のレフティ・ドライバーと、レベル4の天羽々斬に、レベル1ライティ・ドライバーを、フォニック・チューニング!」

『ハッ!』

『テヤッ!』

 

 俺の言葉を受けると、二体のモンスターは飛び跳ねるように舞い、光に包まれた。レフティ・ドライバーは風鳴の下へと飛び、その身を小さな光点に、そしてライティ・ドライバーは翠緑の輪となって、風鳴を包み込む。

 

 

「集いし風よ! 輝き羽撃たく翼を呼び、此処に光差す道となれ!」

 

 

 彼女の天羽々斬が、カードの精霊の力を受け、新たな姿へと生まれ変わる。丁度、彼女のバイクを、俺がメンテナンスした時のように。

 あの時、既に風鳴は心の一部を俺に預けていた。俺を試すために。ならば、それにそれ達は応えよう。

 

 この力と共に! 

 

「フォニック・シンクロ! 光を切り裂け、七星絶刀・天羽々斬!!」

「はあッッ!!」

 

 蘇りし刃。

 蒼金の研ぎ澄まされた刀を携えて、星の煌めきを宿した、新戦士……太陽よりも熱く、そして風より鋭く速い、剣戟の極みへ至らんとする高速の剣。

 その名は、七星絶刀・天羽々斬! 

 

「これが、フォニック・シンクロ…!」

 

 金色に縁どられたプロテクターを見渡して、翼は驚嘆していた。

 これが風鳴の力と融合した、新たなシンクロ・シンフォギアか…! 

 本来ならばどの程度の出力なのか、能力は果たして俺の予想通りなのか、逐一検証しなければいけないが、今は一か八か…! 

 

「やるぞ、翼。君の力を貸してくれっ!」

「承知っ!」

 

 両刃に生まれ変わり、鋭さを増した大剣を二本、その両手で構える。彼女の身の丈ほどもある巨大な獲物を、まるで棒切れでも扱う様に軽々と掲げた。純粋な筋力だけでも、相当なものだ。

 だが、彼女の能力はそれだけにとどまらない。その真骨頂は…

 

「装備魔法『ジャンク・アタック』を、七星絶刀・天羽々斬に装備する!」

 

 手札から、もう一枚のカードを選び取り、魔法・罠のゾーンに表向きでセットする。このシンクロ・シンフォギアが、俺の考えるモンスターと同じ能力を継承しているのだとすれば……! 

 

「装備魔法…?」

「ああ。装備魔法は、モンスターに力を直接与えられるカードだ」

 

 つまり、シンクロモンスターの力を使うシンフォギアにも同様の効果が与えられると見ていいだろう。

 瞬間、緑色に縁どられたカードが出現し、そこから放たれた光は、装者の身体を取り巻いて、包み込んでいく。彼女のプロテクターの煌めきは、それを受けて更に強さを増していく。

 

「これは…!」

 

 剣を握る力に一層の熱が籠もる。

 

「敵を滅する力ではない……寧ろ、その奥底にある本丸に矢を放つ類の…!」

「その通りだ。『ジャンク・アタック』は、本来モンスターを撃破した際、使役する術者本人にダメージを与えるカードなんだ」

 

 流石だ。

 彼女も、戦士としての経験則で、カードの力を本質的に察したらしい。以前にも、俺のカードの攻撃力や戦法を見抜いていた事と言い、戦いの技量やセンスなら俺は遠く及ばないだろう。

『ジャンク・アタック』はプレイヤーに効果ダメージを与えるカードである。だがプレイヤーと言う概念が存在しないノイズの群れ相手に、恐らくこの効果は意味を為さない。

 ここにノイズを召喚したあのフィーネと言う女がいるのならば話は別だが、もう追跡不能のエリアに逃亡している今、影響はないかもしれない。

 

「奥に隠れし牙城を穿つ……けれど、貴方の意図はそこにはない。と言うことね」

「ああ。君のシンクロ・シンフォギア…そのもう一つの効果を発動してこそ、意味を為すカードだ」

 

 攻撃力をアップさせられる装備カードがあればよかったが……今は手持ちの戦力を使うしかないのだ。

 そして、それでこそ輝くモノもある。

 

「七星絶刀・天羽々斬は、俺の持っていたシンクロモンスター、『セブンソード・ウォリアー』の能力が与えられている筈だ」

 

 恐らく戦闘が始まってしまえば、その間はバトルフェイズと見なされ、装備魔法カードは使えなくなる。そしてセブンソード・ウォリアーの効果が使えるのもバトルフェイズ前となる。

 ならば、このタイミングで仕掛ける。先手必勝だ。

 

「すまない、詳しく説明している時間はないが…」

「いや、悪くない。私も直観で理解したぞ。つまり、狙うはただ一つ!」

 

 ギラリと、彼女の眼光が鋭く目標を射抜く。

 そう。

 俺が狙っているのは、増殖をさせられるギガノイズ。奥にいるあのデカブツだ。

 

 

「ならば、いざ尋常に……推して参るっ!!」

 

 

 両刀を構えて、他のノイズには目もくれずに間合いを見切る。

 瞬間、空気が止まった。

 森のざわめきも、動物の鳴き声も。

 今この瞬間飲み、世界の誰もが彼女を注視する。

 世界の果てまでも貫きそうなその裂帛の気合が、天羽々斬の出力を更に一点に集約させる。

 

「はああああっっ……!」

 

 空間が歪む。

 周囲に空気とエネルギーが圧縮される。それは力場がある場所を起点にし、集中が過ぎるために起こる一種のオーバーロード。

 風は暴風となり、暴風は嵐を呼ぶ。それは魔を砕き、光をも断つ。

 

 

「『七星絶刀・天羽々斬』の効果発動! 装備カードを一枚墓地に送ることで、相手モンスターを一体破壊する!」

「おおおおおおおッッ!」

「砕け! イクイップ・ショット!」

 

 

 瞬間、放たれたのは銛投げの様に投擲された大刀は一直線にギガノイズの脳天を直撃する。

 

『!!? !? !』

 

 恐らくノイズは何が起こったのかも分からないだろう。

 瞬きを一回する間に、猛烈なスピードで発射された蒼金の剣は、ギガノイズを貫通し、深々と大穴を開けていた。

 そのまま防御も再生も、為す術も無く。ギガノイズが一瞬にして衝撃を全体へと伝播させて、消滅していく。

 

『ギ…ギガノイズ、爆散! 消滅を確認!』

 

 歓声と驚愕が管制室から聞こえる。

 眼前で見ていた俺もまだ信じられない。

 確かにセブンソード・ウォリアーには、装備カードと引き換えに相手を一体破壊できる効果が備わっている。

 だが、ここまでの破壊力を有するとは…! 

 

「不動!」

「ッ!」

「呆けてないで! 次の指示を!」

「あ…ああっ!」

 

 だが間もなく、翼は残りの一本の剣を握りしめていた。

 俺も目の前を見て、すぐにハッとなった。文字通り司令塔となるギガノイズを潰されて、ノイズはすぐに目標を俺達へと切り替えている。フライト型やクロール型、そして人型のノイズが、俺達との距離を詰めていた。

 

 そうだ。終わってはいない。まだ敵は残っている。

 奴等を殲滅しなくては……! 

 

『翼、良くやった! 残りを殲滅できるか!』

「了解っ!」

 

 

 弦十郎さんからの指示を受けて、彼女は再び両の足で大地を蹴り、ノイズの群れへ通しかかった。

 

 ―――去りなさい! 無想に猛る炎

 

 圧倒的なスピードだ。

 瞬く間に敵の一団との距離を詰めると、一刀で真っ向から袈裟切りにした。勢いそのままに身体を独楽のように回転させ、迫り来るノイズの群れを蹴散らしていく。

 

 

 ―――神楽の風に滅し 散華せよ! 

 

 

 俺の眼前にノイズが迫る。数はおよそ5体余り。

 別働隊がいたらしい。しかし防人の目は逃さなかった。

 既に増殖をする為の厄介なノイズは蹴散らした。後は残存部隊を制圧するのみ! 

 

 剣を俺に一番近かった人型ノイズの後頭部目掛け投げつける。脳天に突き刺さった刃をそのまま駆け寄って引き抜き、返す刀で横に薙いで残りを蹴散らす。

 

 彼女の歌が聞こえる。

 シンクロ・シンフォギアはそれだけでも強力な武器だ。だが装者の歌と重ねあわせることで、更なる強さを発揮することができる。

 

 ―――闇を裂け 酔狂のいろは唄よ

 

 正面の敵を蹴散らすと、続けて倒れた樹木を利用して高く舞い上がる。頭上から奇襲を仕掛けようとしたフライト型よりも更に上空を制した翼は、斬撃を飛ばす『蒼の一閃』を繰り出して、次々と粉砕していった。

 

 ―――凛と愛を翳して いざ往かん! 

 

 唄は止まらない。

 空中戦を終えて、着地しながらも加速し、なお敵を切り裂き、貫き、蹴散らしていく。

 

 ―――心に満ちた決意 真なる勇気胸に問いて

 

『フォニック・ゲイン、尚も上昇中。これならイケます!』

 

 ―――嗚呼絆に全てを賭した 閃光の剣よ

 

 友里さんの声がする。

 

(何かが……彼女の中で変わったのだろうか。それは……)

 

 正直、俺にはよく分からない。

 

 必死に歌を歌いながら身を削り、戦い続ける彼女の中に、俺が入り込める隙間など本当はなかったのかもしれない。

 けれども、それでも、傍らで共に立ち、理解し続けたいと願う。その末に彼女の守りたいものが見えてくるのだとするならば。

 

『ノイズ、残存1! これでラストです!』

『決めろ、翼ァ!』

 

 

 ―――四の五の言わずに否、―――

 

「世の、飛沫とっ! 果てよオオオッ!!」

 

 

 頭上から振り下ろされる最後の一閃が、人型を真っ二つにする。

 それで終わりだった。

 ノイズの爆発する音。

 その横で、バキバキと、戦闘の余波で木々が崩れていく。

 やがてそれも周囲の沈黙と同化して辺りは静寂に包まれた。

 

「………!」

『……ノイズ、残存数ゼロ……増援、ありません』

『よくやった……二人とも。現時刻を以って、戦闘を終了とするッ』

 

 司令官の声が、高らかに響く。大仰で、しかも安直に言うならば、それは勝利のファンファーレだ。

 

「はあっ……はあっ…はぁっ…!」

 

 緊張の糸が切れたのか。

 片膝をついて……剣を杖にするようにしてようやく体を支える少女。

 そのまま振り返って、俺を見た。

 

「翼っ!」

「中々に……消耗するようだな……これは…!」

「……すまない」

 

 彼女に駆け寄ると、それだけを絞り出した。

 君がこんなにも戦っているというのに、未だに俺は戦う術を持たない。君の背中を押すことしか許されないのだ。

 

 だが、それでも。

 だとしても。

 

「謝らないで」

 

 夕焼けが沈む。

 その直前、その日一番の輝きを放つ。

 照り返しを受けて、歌姫の笑顔は、宝石になった。

 

「私達は生きてる。生きて……明日を迎えられる」

 

 何物をも失うまいと誓った決意は、揺らぐことなく咲き続ける。

 その一助にでもなることができたというのなら。こんなにも嬉しいことはない。

 遠くからクラクションの音がする。緒川さん達の救援だ。

 防人の少女に、肩を貸した。

 

「ああ、そうだったな…!」

「ああ……そうだとも……ね……だから……後は……おね、がい…」

 

 夕焼けが終わる。

 一日が終わろうとしている。

 羽撃たく剣も、今は翼を休める時だ。

 俺の腕を支えとして、意識が失われる少女を背負い、俺は緒川さんの待つ車に向かって、歩き出した。

 




次回はいよいよ、皆さんお待ちかねなシーンですね
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