龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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続きを投稿します。

感想を下さっている方々。いつもいつも返信が遅れて申し訳ありません。
必ず目を通して、次回へのモチベーションとさせて頂いております。


第6話『撃ちてし止まぬ運命のもとに、羽撃く翼在りて』-3

 

「これで、検査は終了です。目立った外傷もありませんでしたし、一先ず問題はないでしょう」

「ありがとう」

 

 ノイズとの戦闘終了後から、数時間後。

 事後処理などを一課に任せて、俺達は直ちに地下の地下基地へと移動した。雪音クリス…そう名乗った少女、そして『フィーネ』を名乗る謎の女……一連の事件の裏にいると思しき存在がおぼろげながら見えてきた。それらの情報整理や、これからの方向性を練らねばいけない。

 とは言え……あまり事態は進展していない様子だった。

 

「司令が、検査が終わり次第、発令室に来るようにと。向こうには、私の方から連絡をしておきます」

「すまないな。よろしく頼む」

「いえ、ご無事で何よりでした」

 

 ジャケットの袖に腕を通す。

 腹部に深々と蹴りを入れられたが、やはりと言うか、赤き竜の加護によって、俺の肉体はもう殆ど治癒している。ライフポイントがゼロにならない限り、致命的な外傷は負わずに済むようだ。

 とは言え、衝撃全てや精神ダメージがカットできるわけではない。無傷で終われるに越したことはない。

 

 

「お疲れ様~、遊星君」

「了子さんか」

 

 

 医務室の扉が開き、中へと入ってきたのは、さっきまで影も形もなかった、主任科学者の櫻井了子である。

 ここ数日、俺は彼女の姿を見ていなかったが、それには訳がある。

 

「聞いたわよォ。私が地下に籠ってる間に、色々と大変だったみたいね」

 

 前回の任務で、二課で引き続き管理をされることになったデュランダルは、アビスと呼ばれるこの基地の最深部で保管されている。了子さんは未だ姿の見えぬ敵に備え、防衛システムや本部自体の強化を一手に引き受けていて、その作業の真っ最中だったのだ。

 

「ごめんなさい、肝心な時に力になれなくて」

「気にしないでくれ。取り敢えず、切り抜けることはできた。それに了子さんも忙しかったろうからな。お互い様だ」

「うぅん、ホント君ってばいい子ねぇ~。バックヤードの苦労を知らない分からんチンには、私達が遊んでるように見えるみたいでさ。今回だって、上からの承認が下りるのホント苦労したんだからっ」

 

 そう言って肩に手を回そうとして来る彼女の手をひらりと躱す。

 元々、敵の侵入に備え、限定解除案は織り込み済みだったらしい。許可が下りればすぐさま手を付けられるようにと、前々から準備を怠らなかったそうだ。しかし国のお偉方連中からの反対で、先送りになっていたようだ。

 

 ……気持ちは分からんでもないが、この人の愚痴に付き合うと日が暮れてしまう。

 

「もー、いけず」

「徹夜明けで疲れてるんだろう? 無理はしない方がいい」

「……お気遣いどーも。あー、遊星君の彼女になる人は大変ねぇ~」

「…どういう意味だ?」

「しーりません」

 

 ニヤニヤと俺を見てくる了子さん。

 ……どうもこの女性のこういう所は苦手だった。

 聞いても難なく躱される未来だけしか見えないので、俺は追及を止めた。

 了子さんもそれ以上からかわず、話題を切り替える。

 

「あー、そうそう。また新しいカードが現れたんですって? それも二枚も。ん? 三枚だったっけ?」

「その辺りは、おいおい話す。それより響たちは?」

「ああ、それね。ここじゃなんだし、司令室に行きながら話しましょうか」

 

 俺達は医務室を出て、歩き出した。

 響達は、それぞれ精密検査を受ける為に、別室へ搬送されている。戦いによる負傷は両者とも殆ど無かったが、問題はシンフォギアの反動だ。フォニック・シンクロによるダメージがどれだけ及んでいるか分からない。

 特に彼女は、重傷を押して出てきたのだから……

 

「限界と採算を考えずに使ったエネルギー運用による……まあ、ぶっちゃけ過労よ」

 

 しかし了子さんのあっけらかんとした言葉には、少し驚いた。

 

「過労…」

「ちょっと時間を置けば、すぐに元通りよ」

「本当か?」

「私もちょっと意外だったんだけどねえ。最初のフォニック・シンクロを行った時もバックファイアは殆ど無かったし…」

 

 その報自体には、俺は胸を撫で下ろすところだったが、疑問は残る。

 了子さんの仮説では、聖遺物とシンフォギアは似た性質を持っている。ならば、シンフォギア同様、カードの精霊の力を分け与えることは負担を強いると考えたが……

 

「前に言ってたけど、デュエルモンスターズの起源は古代エジプトになるんだっけ?」

「ああ。エジプトの遺跡から発掘した、古代の石板をカードに複写したのが始まりだ。デュエルを生み出したI2社の社史に書いてあるだけだが……」

 

 正直、デュエルモンスターズのカードについては俺の世界でも分かっていないことだらけだ。

 赤き竜にまつわることだけじゃない。

 俺が生まれる以前から、デュエルによって不可思議な現象は数多く発生していた。デュエルの生みの親であるペガサス・J・クロフォードも、色々と曰くつきの人物である。

 

「ふうむふむ……とすると、シンフォギアとの違いはそこかも」

「どういうことだ?」

「つまりね」

 

 了子さんは考古学者としての側面も持っている。俺の話に思うところがあったのかもしれない。

 話の続きを聞きのがすまいと集中した俺の耳。

 が、その時、通路の横から飛び込むように司会に移りこんだ影に、俺の意識は逸れた。

 

 

「遊星ッ!」

 

 

 驚いて目を丸くしていた俺の目の前で飛び跳ねるようにして現れたのは、さっき話題の中にあった少女、立花響その人だ。

 

「大丈夫だった? 身体、何ともない?」

「ああ、俺は平気だ…」

 

 会うなりいきなり他人の心配をする当たり、この少女の人柄が窺えるが、それはこっちの台詞である。

 

「響こそ、身体はもういいのか? お前の方が大変だったんだぞ」

「うん、この通り、へいきへっ……ぁぅ…」

「お、おい、響っ」

 

 腕をぶんぶん振り回した次の瞬間、ヨタヨタと足取りをふらつかせたところを、了子さんが肩を支える。

 

「だーかーら、絶対に安静って言ったでしょ?」

「す、すみません」

「ちゃんと休めば元に戻るんだから、無理しないの。ね?」

「はい……」

 

 肩を揺すりながら中止する了子さん。それに対してしどろもどろに謝る響。

 まるで二人は教師と生徒の様子だった。

 

「復唱。『神の御名に於いて、今日はぐっすりベッドで寝ることを誓います』。サン、ハイ」

「かみみょみみゃ…、み、みなにおいて、ねるのをち、誓います」

 

 ……噛んだ。

 

「ま、いいでしょ」

「………本当に大丈夫なのか?」

「だ、大丈夫だよ、ごめんね、心配かけて…」

 

 あはは、と苦笑する響をよそに、俺は了子さんを見る。

 彼女も呆れた様な笑いを浮かべていたので、確かに当面の問題は無いらしい。

 となると、残る装者の方だが……

 

「翼ちゃんも、すぐに司令室に戻って来るでしょうから。そこで改めて状況整理としましょう」

「翼さん、大丈夫なんですか…?」

「大丈夫、大丈夫。伊達に何度も修羅場はくぐってないわ。それにあの子は弦十郎君の姪っ子だもん。あの血筋はそうそう大事には至らないわ。大岩に頭から突っ込んで掠り傷で済む様な人種だから」

「よかった…」

 

 ホッと胸を撫で下ろす響。それに付け加えて、了子さんは言った。

 

「友達の子も、情報秘匿の為の説明を受ければ、すぐに解放されるから。響ちゃんが戻る頃には寮に帰ってる筈よ」

「あっ……」 

 

 その言葉を聞くと、さっきまで安堵していた響の表情が一気に翳る。

 …無理もない。

 響はずっと親友に黙って戦っていることに罪悪感を持っている様子だった。それでも各自続けていたのは、危険に巻き込ませまいとする一心だけだ。しかし、ついに敵の魔の手は彼女のすぐ傍を紙一重ですり抜けていた。

 もし気付くのが少しでも遅れていたら…あるいは、敵が陽動の為に近くにノイズを放っていたら……小日向が物言わぬ肉塊や、炭と化していたかもしれない。

 

「響……」

「……よかった」

「え?」

「未来が無事で……今は、それだけで十分だよ……」

 

 そう言って微笑を浮かべる響。

 どんな言葉でも、親しい人を危険に巻き込んだ恐怖は拭いきれないかもしれない。

 それでも、友情と覚悟の板挟みになる彼女に、寄り添うことはできる。

 

「ダイジョーブ。しばらく彼女には、情報秘匿の為に監視が付いちゃうけど…それも、ボディーガード代わりだと思えば考えモンよ。ねえ?」

「…ああ、そうだな」

 

 正直、了子さんの意見はキワモノじみていたが、彼女を何とか元気にさせてやりたかった。

 それが伝わったおかげか、徐々に響も元の笑顔を取り戻していった。

 

「うん…ありがとう」

「ああ」

「さて、それじゃあ司令室行きましょうか。今頃弦十郎君が首を長くして待ってるわよ?」

 

 俺達は頷くと、司令室に向けて歩き出した。

 装者達が健在なのは喜ばしいが、問題は山積みだ。

 弦十郎さんは、雪音クリスの用いた『イチイバル』なるシンフォギアを、『失われた第二号聖遺物』と呼んでいた。

 つまり元々、あれは二課の保有物だった。それを奪われたという事は、ネフシュタンのみならず、シンフォギアの技術すら敵の手に渡っているという事だ。

 姿の見えない敵に立ち向かうのに、アドバンテージは殆ど失われたも同然。

 

(一刻も早く、残りのカードも見つけ出さなければ……)

 

 必定、カギを握るのは俺達の絆……魂とも言えるカードデッキに他ならない。

 何とかしなければ……そうこう考えているうちに、司令室の前に辿り着いた。

 

「やっほー。みんなお疲れカツカレー!」

 

 オペレーターや司令が、皆厳しい面持ちで俺達を出迎えるのは予想できていたのだが、プシューとドアが開いて最初に目にしたものは、ギラリと目を鋭く光らせてソファーから立ち上がった大男だった。

 

 

「……おう、戻ったか」

「し、師匠…?」

 

 

 まるで仁王立ちをしながら門番をする大鬼である。

 そのまま無言で立ちはだかる弦十郎さん。流石に俺も、一瞬たじろがずにはいられない。了子さんだけは日ごろの付き合いからか微動だにしなかったが、響に至ってはその場でへたり込まなかっただけでも上出来だろう。

 

「……翼は?」

「え、ええと、ま、まだ医務室だと思います…」

 

 響が恐る恐る言うと、途端に神妙な顔をして彼は頷いた。

 常に山のようにどっしりと構えるその佇まいを見てこそ、部下も信頼して後を付いてきているというものだ。

 

「そうか。了子君、三人の具合はどうだ?」

「モーマンタイ。装者・シグナー共に健在よ」

 

 指で丸を囲いながら言う了子さん。

 それを受けると、二課の指令ははぁーっと深い溜め息をついた。

 俺達の間に何とも言えない雰囲気が漂う。

 

 ……咄嗟に俺と響は互いに顔を見合わせた。

 

(……もしかして、勝手に無茶したから怒ってるのかな?)

(かもしれないな)

 

 響はポツリと耳打ちした。俺も同意するしかない。

 敵に向かって丸腰で呼びかけるなど、響のそれは交渉にもなっていない行動だった。

 だが、俺も響も自分の心に恥じ入るような事はしたくなかった。それは偽らざる本音だ。

 

(弦十郎さんの立場も分かるが、ここは……)

 

 咄嗟に口をついて言葉が出た。

 

「いや、響君も遊星君も、無事で何よりだった。よく帰ってきてくれた」

「すまない、俺が無理を強いてしまったんだ。責任は俺にある」

「す、すみません、私も、無理と言うか……我儘を」

「…ん?」

 

 慌てて響も頭を下げる。すると弦十郎さんは途端にポカンと目を丸くして、まじまじと俺達を見た。

 

「何を言っているんだ、君達は?」

「え?」

「師匠…私達が勝手にクリスちゃんとお話したから、それで怒ってるんじゃないんですか?」

「ぶほっ!」

 

 すると横で了子さんが勢いよく噴き出していた。

 

「ご、ごめっ…でも、ちょ……ぎこちなく謝ってるのとか……ぶふぅ!!」

「了子君……」

「ごめんごめんって。でも君がそんなイカツイ顔してたら誰だって怖がるわよ?」

「む……」

 

 主任科学者がバシバシと司令の肩を叩く。珍妙な図だ。だが、ようやく弦十郎さんも事態を飲み込めたのか、ごほんごほんと咳払いしながら仕切り直した。

 

「別に俺は、君達の独断行動を追求するつもりも、責めるつもりもない」

 

 きっぱりと、弦十郎さんは言った。その言葉は重く、いつもの様にドッシリと構える巌のそれである。

 

「……現場で君達は、凡そ最も合理的な判断を下している。今回もその判断力があってこそだ。お陰で、敵の情報をかなり得ることができた」

「じゃあ……」

「確かに無茶をやらかしたのは事実だが、現場でしか分からないことも多くある。余程のことがない限り、俺はその意見を尊重するのを信条としている」

 

 そう言って、彼は俺達の肩をがっしりと掴んだ。響とまた目が合うが、お互いに顔を見合わせてふっと微笑した。

 俺達のトップがこういう人間であることに感謝したのは一度や二度ではない。今更ながら、この男が味方で良かったと思う。

 ……しかし、そうすると、さっきの表情はどういうことだ? 

 

「あの……でも、さっきとても怒ってるように見えましたけど?」

「いや、それは…」

「翼ちゃんが心配だったんでしょ?」

「え?」

「……」

「んもう、弦十郎君。翼ちゃんだって頑張ったんだから、そんなに責めちゃ駄目よ」

「その件に関しましては、護衛でもある僕の責任でもあります。まさかあの身体で出撃するとは思いませんでしたから……」

 

 そう言って司令の後ろからスッと音もなく表れたのは、風鳴翼のマネージャーでもある緒川さんだった。小日向の護衛を引き継ぎ、司令室で合流したらしい。

 ……さっきまで影も形も気配も無かった気がするが。

 

「それは分かっている……しかし、あいつは、奏の分まで生きねばならない。二度も死に急ぐような真似を、許すわけにはいかん」

「でも、だからこそ、翼ちゃんも頑張れたのよ。痛みをその身で受けたからこそ、彼女は成長して今に繋がったの。ね? 遊星君もそう思うでしょ?」

「え…」

「……」

「ああ……そう、かもな」

 

 咄嗟に了子さんの言葉に返したものの。

 

「ほらね?」

 

 別に彼女は間違ったことは言っていない。

 天羽奏と言う女性の死……それは風鳴翼を追い詰めこそしたが、彼女の生きる糧になったのだろう。そして一人で苦悩し、戦い続けた痛みは、彼女を更に成長させるきっかけになったに違いない。

 しかし……何故だろうか。

 俺の中には、言いようのない違和感がこびりつくような感触があった。

 

「君の言う通りかもしれない。俺には、あいつの成長を見守ってやることしか出来ん……だが、半死に体で出てきたことを、そのままにはしておけん」

 

 丸太のような太い二の腕を汲んで、広く大きな天井を見つめる弦十郎さん。

 この時、俺も響も、風鳴家と言う大きな、しかし狭苦しい世界で生きる者たちの苦悩と戦い、そして痛みを全て知っているわけではなかった。

 だから彼が何に迷い、そして姪に何を告げたいと思っているのか、正直掴み切れない。もしかしたら、それは自信でも分かっていないのかもしれない。

 

 だが……

 

「失礼します」

 

 再び司令室と長い廊下を繋ぐ扉が開く。

 俺達が全員振り返ると、そこには正に話の渦中にいた少女、風鳴翼が立っていた。

 リディアンの制服を身にまとい、直前までの戦いで限界を知り減らして居た様子とは思えない。打って変わって、血色も良く、表情も凛とした佇まいだ。

 とても数時間前までベッドで伏せっていた女子高生の出で立ちではない。

 

 

「つ、翼さん…大丈夫なんですか?」

「……ああ」

「翼ちゃんっ! 全く馬鹿な真似をしてっ!! 検査で異常なしと出たからよかったものの、もし何かあれば一大事だったのよッ、もう!」

「了子さんさっきと言ってること180度違いますよ!?」

「……って、さっきから弦十郎君がお冠よ?」

 

 

 響からのツッコミも軽く流し、了子さんはニコニコして第一号装者の肩を押して司令官の前へ突き出していく。

 とは言え、こんな風に差し出されては、如何に厳格な弦十郎さんと言えども強く言える筈も無い。

 ツカツカと歩み寄ったものの、結局は安堵の表情と態度で、彼女を労うに留まった。

 

「はぁ……翼」

「はい」

「……無茶をしでかしやがって……」

「……申し訳ありません」

 

 そう言って深々と頭を下げる。

 考えてみれば、彼女自身、譲れぬ想いがあるからこそ戦場へと赴き、そして俺達を救ってくれたのだ。一番付き合いの深いこの人が理解しない筈も無い。

 そして自身が戒めているとしているのならば、彼が言うことはもうないのだろう。

 

「ですが仲間の危機に伏せってなどいられませんでした」

 

 それを裏付けるようにして、彼女は俺達の方を見た。

 瞳は真っ直ぐに俺達を見つめている。真摯に、正面から受け止める決意があった。

 

「彼等は戦士です。立花も未熟でこそありますが、心意気は防人のそれに相違ないと私は判断しました」

「……翼さん」

「私は確かめたかった。二人が本当の戦士なのか……そして、貴方達の強さは何なのか」

 

 言って、一歩前へと進み出る。

 

「……今は、正直全てを受け入れられないかもしれない」

「…え」

「私のバイクも……本当は、あとで自分で調べるつもりでいた。余計な細工がないかどうか」

「……そうか」

 

 分かってはいた。

 この組織は、余りにも俺を無条件に受け入れ過ぎていた。それには裏があったのだ。

 俺に監視がついていたことは分かっていたが、恐らく彼女自身も、俺を探っていたのだろう。病室で俺について根掘り葉掘り聞いていたことも、多分それに起因することだ。

 俺に不審な所がないのか、探っていたと考えれば辻褄は会う。やり方はかなり不器用だったが。

 しかし今更、お互いの気持ちを偽っても意味はないことだ。

 

「翼さん、遊星はそんな事…」

「いいんだ」

「でも…」

「今はそれでいい」

 

 前に出ようとする響を、俺は制した。

 かつて俺達もそうだった。

 赤き竜の痣はキッカケに過ぎない。そこに意味は本来ないのかもしれない。ならば真実は自分達で掴みとるべきだ。

 

「……まだ、全て受け入れることは出来ないけれど、私達が出会った事には、必ず意味がある。今はそう思っている。だから…」

 

 全てを信じられなくてもいい。

 時にはぶつかってもいい。

 ただ、受け止める覚悟と。

 前に進みたいと、変わりたいと、そう願う心があるのならば。

 

「確かめさせて。貴方達の、『絆』を」

 

 ギラリと、眼光が鋭く俺を射抜く。

 響がその場で息を呑んだ。

 けれど、それは一瞬のことで。

 

「翼さん、それはちょっと違います」

 

 しんと静まり返った。

 彼女が……響が、俺の手を取る。

 華奢な細腕からは考えられない程に、その手は熱く、強い。

 

「『貴方達』じゃなくて」

 

 そう言って今度は、俺の手を取る。

 三人の掌が重なる。

 かつて俺が響の手を取ったように。今度は響が、俺と翼の手を繋いだ。

 

「『私達』ですよ」

 

 温かい。

 それぞれ異なる体温を共有する。

 血の色は同じでも、目に見えない者が違うだけで簡単に人はすれ違う。

 ただ、異なるものでも結べれば、同じ世界は見えてくるかもしれない。

 

「…ね?」

「……ああ」

「…そうね」

「翼、君が俺に力を預けてくれたように、俺は命を預ける。それでいいか?」

「身命を賭して…承った」

 

 互いに笑みを見せあう。

 この日、俺達はようやくチームになることが出来たのだ。

 立花響と言う、一人の少女を楔にすることで、互いに近付く道を、見付け出すことができた。

 

「んうんうん。雨降って地固まるね? 降ったのは翼ちゃんの血の雨だったわけだけど」

「了子君」

「はーい、ごめんなさーい」

 

 後ろで了子さんが茶化したところで、俺達は苦笑しながら手を放した。

 事態は重苦しいだろう。

 だが、恐れることはない筈だ。

 俺達は戦える。この絆を強くしていけば。

 

「了子君、翼の全快までの期間は?」

「んー、今回の戦闘で治癒力もかなり戻って来てるから……概算だけど3~4週間ね」

「では翼。傷が癒えるまで、お前は二人のサポートに回れ。いいな」

「了解しました」

「うむ」

 

 弦十郎さんは俺達を一回り見ると、今日はここで解散する旨を告げた。

 俺はまだしも、二人は疲労もまだ取れていないと判断してのことだた。後日、改めて情報や調査部で情報を整理し、今後の作戦目的を決めるらしい。

 

「改めて、今日は三人ともよく頑張ってくれた。まずはゆっくりと休んでくれ」

 

 俺達は鷹揚に頷く。

 と、その時だ。

 傍らで事の成り行きを見守っていた緒川さんが、懐から端末を取り出す。

 

「はい、僕です。ええ……ええ、了解しました」

 

 そのまま二言三言話すと、そのまま端末を仕舞いこんで、俺達に……と言うよりも、響に向き直った。

 

「司令、それと響さん。ご友人……小日向さんですが、先程寮の部屋へ戻られたと連絡がありました」

「あ……」

 

 その言葉に、響の表情が僅かだが曇る。

 さっき俺と了子さんでフォローしたものの、やはり実際問題そうそう簡単に割り切れる問題ではないのだろう。直接顔を合わせた時に、何を言えばいいのか……二人の中を知らない俺では、アドバイスにも困ってしまうが……

 

「響君、大丈夫か?」

「は、はい、平気です……」

 

 汚れの無い鏡のように顔が映るタイルを見つめていた響に、どうにか声を掛けようとしたら……

 

「えい」

「ぴにゃあああっ!」

 

 了子さんが先に動いていた。

 特に指先が。

 

「うんうん、感度良好。善き哉善き哉」

「なにしてるんですかあッ!!!」

 

 そのままツンツンと、響の……とある部分を、触ってはにんまりとした顔をする了子さん。

 響は突然の事態に顔を真っ赤にして叫ぶと、そのまま後ろを向く。

 呆然としていた俺や弦十郎さんだったが、不意に横の冷たい視線を感じて跳び上がりそうになった。

 

「……なにしてるんですか?」

「いや」

「別に」

「何も」

「全く」

 

 翼が俺達を睨んでいる。

 ……なんという冷徹な目だ。親の仇より、なお汚らしい者を見下す眼だ。

 その威光に俺、弦十郎さん、緒川さん、そして何事かと身を乗り出した藤尭さんがそそくさとそっぽを向くのはほぼ同時だった。

 

「おじ様や緒川さんや不動も、殿方だったのですね。失念していました」

「待て何の話だ」

「いえ別に」

 

「え、俺は?」と藤尭さんが愕然とした表情で身を乗り出そうとしたが、友里さんの筆舌し難い表情による一睨みですぐ引っ込む。

 そのまま小動物なら殲滅せしめそうな程に強力な眼力を発し続けていた翼だったが、やがて『はぁ』とタメ息を短くつくと、そのまま響の手を取って出口まで歩き出す。

 

「立花、今日はもう帰りましょう。ほら早くして、さあ風よりも早くして」

「え、は、はい」

「理不尽が超加速してる…」

 

 藤尭さんのボヤきが聞こえた気がしたが、あまり掘り下げるべきではない。どんな手練れのデュエリストも、女の言うことに逆らうべきじゃない。

 マーサが言っていた。『女が怒った時は理由を察せられるような男にならなければ駄目だ』と。『ましてその理由を直接聞くのは野暮とバカの極みである』……らしい。

 

「あれ?」

「ん?」

「了子さん、手首どうしたんですか?」

「ああ、これ? ちょっと機械の操作ミスっちゃって」

「え、だ、大丈夫ですかっ?」

「軽い擦り傷みたいなもんだから気にしないで」

「はぁ…」

 

 ……少女たちが出て行く際に、そんな会話を女性陣がしていたが、風鳴の怒りを探るばかりで、正直あまり耳には入ってこなかった。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 カツン カツン カツン

 門限をとうに過ぎて、消灯時間され薄暗くなった廊下に、

 靴音が二つ。

 一つは私。

 こんな状況じゃなかったら、こっそりと息を殺しながら帰ってるかもしれない。

 けど、もう一つの靴音がある。

 

「………」

 

 私の隣を歩く、美少女が一人。

 学園のアイドル。

 孤高の歌姫。

 その名は翼さん。

 私と一緒にこの人が歩いている姿なんて誰が想像するだろう。

 

「……」

 

 私達は基地を出てからずっと、互いに話すこともなく寮への道を進んでいた。

 何でも翼さんは、普段は師匠の家で暮らしているらしい。今は病み上がりなこともあるから、この寮の特別室を借りてそこで寝るんだって。

 病院や二課の設備も近いし、その方が良いよね。

 

 ……本当は、こんな状況じゃなかったら、私は諸手を上げて喜んでいるところだった。何も話せなくてもウキウキして跳び上がりそうな筈だ。

 けど今私を悩ませているのは、翼さんとの間が気まずいからじゃない。

 

 

『ご飯食べて、ぐっすり寝ればオッケーよ』

 

 そう了子さんは言った。

 私の中の力は、前よりも強くなってる。

 だから何の心配もいらないと。

 

(なら……きっと大丈夫だ)

 

 うん…大丈夫。私は平気だ……

 心配なんてしない。

 心配なんてさせない。

 

(そうだよ。また、あったかい場所で寝られれば……)

 

 私は生きていける。

 私は幸せだ。

 今もこうして、元気でいられるのだから。

 私を元気にさせてくれる存在が、無事でいてくれるのだから。

 

(そうだよ……だから)

 

 ……あれ? 

 ふと気づく。

 私は何を不安がってたんだっけ? 

 身体のこと? 

 ノイズのこと? 

 正体のわからない敵のこと? 

 

 ……違う。違う違う違う。

 バカか私は。

 そんな事じゃないだろう、立花響。

 お前が気にしなきゃいけないのは……

 

 本当に、心配しなきゃいけないのは……

 

「立花」

 

「え?」

 

 黙考は、中断させられる。

 いつの間にか目の前に、横を歩いていた筈の翼さんが立っていた。

 

「つ、翼さん?」

「……」

「あ、あの」

「ここだろう? 立花の部屋は」

「…へ」

 

 言われて気が付く。

 今まで壁代わりにしか見ていなかったドアの連なりは、実は寮生たちが暮らす部屋のナンバーが掛かれていて。

 そして、目の前に在る部屋の号室と掛けられているネームプレートには、間違いなく私と……もう一人のルームメイトの名前があった。

 

「まさか、自分の部屋と名前も一致しない、なんてことはないだろう?」

「……あ」

「櫻井女史に診てもらうか?」

「い、いえっ。メッソウもないっ」

 

 慌ててブンブンと手を振って答える。

 顔が真っ赤になった。

 あ、あぶなー……危うくまた駄目な子扱いされるところだった……

 ただでさえ、翼さんと会った時(初めて見たのはライブの日だけど、あれを『会う』とは多分言わない)に、ご飯粒をホッペにつけて、ヘンな子A級認定を受けているんだから、下手なことしたらまたガッカリされちゃう……

 

「……」

「あ、あの、じゃあ、ここで……」

 

 翼さんはじっと私を見つめる。

 早く切り上げよう。そう思って、頭を下げて言った。

 

「送って頂いて、わざわざありがとうございました」

「……」

「そ、それじゃあ、失礼し…」

「立花」

 

 振り返って、部屋の扉を開けようとした、その時。

 

「……は、はい?」

 

 翼さんが不意に私を呼び止めた。

 いきなりの呼びかけに私は驚いて、そのままギイィとブリキ人形みたいに振り返る。

 更に少し驚いた。

 翼さんがさっきとは変わって、戸惑いがちに私を見ながら言ったのだ。

 

「件の生徒は……」

 

 そのままゆっくりと、翼さんは丁寧に、私に向かって問いかける。

 

「貴女の、幼馴染と聞いたけれど…そうなのか?」

「……え」

 

 突然の問いかけ。

 私は呆然とした。この人からこんな質問が来るとは思ってもみなかったからだ。

 けれど素直に、自分でも思ってもみなかったほどに、するりと言葉は出ていた。

 

「あ、はい……そうです」

 

 水が流れるようにして、言葉は紡がれて、唇から静謐な廊下に響く。

 

「一番の……大切な、親友です」

 

 胸の奥が、一瞬だけきゅんとした。

 そこに、どんな意味を籠めたのか、私は知ろうとしなかった。

 知りたくなかった。

 だってそれを深く考えれば考えるほど。

 私の心は深く闇に沈むのだから。

 

「……そう」

 

 翼さんはそれ以上追及するようなことはせずに、ただ手をゆっくりと挙げた。

 一瞬、どきりと身体が強張る。

 けれど翼さんの掌は柔らかく、まるでお姉さんのそれみたく、私の頭に添えられた。

 

 ……いや、お兄さんかな? 

 

 だって、ちょっと指先が固めで、強張ってるのが伝わっちゃったから。

 

「……つ、翼、さん?」

「……何も」

 

 そのまま固まる私に、翼さんはゆっくりと告げる。

 何も怖がらなくてもいいと。

 そのままは言えなくて。

 きっと。

 だから、不器用だけど優しいその人は、代わりに丁寧に一言ずつじっくり言った。

 

「何も……私には、言えないかもしれない……けど……けれど、まずは、元気な顔を見せることだ」

「あ……」

「きっと……きっと相手も……それを望んでいると思うから」

 

 そう言って、翼さんは静かに手を離す。

 後には静寂と、額に残る温かさのみ。

 廊下の夜間照明だけが、私達を優しく照らしてくれている。

 胸がドキドキと、それでいて、温かくなり始めていた。

 

「……そ、それだけ。それじゃあね」

 

 そう言って、足早に翼さんはその身を翻して、元来た道を歩き始めた。

 私の足は考えるより早く、二三歩前へと出る。

 そのまま翼さんを呼び止めて、思わず大きな声で叫んでしまった。

 

「あ、ありがとうございますッ」

「……」

 

 シィー、と指を口元で当てて注意する。

 私は慌てて口を両手で塞いだ。

 その様子が可笑しかったのか……

 

「……変な立花」

 

 そう言って、孤高の歌姫は、にやりと笑ったのだ。

 

「じゃあ、お休み」

「……~~~」

 

 私が男の子だったら、

 それか、翼さんが男子なら、

 一瞬で、私は恋に落ちるかもしれない。

 それ位に今日の翼さんは眩しくて、カッコ良くて、

 

「は、はい。お休みなさいっ」

 

 ……ううん。

 ずっと前から、私の憧れだった。

 

「はぁ~……」

 

 翼さんの後姿が見えなくなるまで、私はずっとそれを見ていた。

 ただ忘れたくなくて。この光景を、ずっと目に焼き付けておきたいと。

 そう願った。

 

「……よし」

 

 顔を上げて、拳をぎゅっと握りしめた。

 いつしか勇気が湧いてきた。

 沈み込んでいた私の気持ち。それを、翼さんは引き戻してくれた。

 

(ありがとうございます、翼さん)

 

 心でもう一度お礼を言って。

 ふと笑顔になっている自分に気付く。

 

「ふん、ふんっ」

 

 ぴしゃりぴしゃりと、頬を手で張って活気を入れると、私は自室のドアの前に立った。

 すぅーはぁーと、深呼吸する。

 

「……謝らないと」

 

 黙っててごめんね。

 危険な目に遭わせてごめんね。

 けど私……未来のこと……

 

 

「……ただいま」

 

 

 決意を新たにして、私はゆっくりとドアを開けた。

 暗い玄関。

 下足スペースに靴が一足。

 間違いない、未来は帰って来てる。

 私はゆっくりと靴を脱いで、まるで泥棒が侵入するみたいに様子を窺いながら中へと入っていく。

 

(まず…謝ろう……)

 

 心で考えたセリフを反芻しながら、リビングへと続くキッチンを進む。

 短い廊下な筈だ。

 師匠の教えてくれた縮地法を使えば1秒と待たずにドアを開けられる筈。

 なのに……なのに、この重苦しさは何だろう。

 

(大丈夫…大丈夫……)

 

 翼さんの勇気付けが無かったら、こんな風に歩けなかったかもしれない。

 けれどあの温もりを忘れないようにして、私はリビングへと進んだ。

 

「……」

 

 やがて無限にも思える時間が過ぎて。

 私の手は、リビングとキッチンを仕切るパーテーションに掛かった。

 そのまま、ゆっくりと開く。

 

「……」

「……」

 

 そこに、確かにいた。

 

「未来……」

 

 私の、ひだまりが。

 

「……未来」

「……」

「あの……」

 

 正直、ほっとしていた。

 未来がそのままの姿でいることに。

 けれど身体が、それに反して中々動いてくれなかった。

 

「……」

「あの……あのね、未来…」

「……」

 

 未来は喋らない。

 リビングに備え付けられた共同机のソファーに腰かけて。

 お気に入りの、雑誌を読んでいる。

 ……嘘だ。

 読んでない

 未来は本を読む時、あんな風な仕草をしない。

 きっと、意識は私に向いている。

 

 向いている、筈なんだ。

 

(そうだよね…?)

 

「……なんていうか……つまり、その……」

「おかえり」

 

 静寂に、小石一つ。

 未来は私にただそれだけを言う。

 

「あ、うん……ただいま」

「……」

「あの……入っても、その……いい、かな?」

「どうぞ」

 

 端的に、未来は返した。

 

「あなたの部屋でもあるんだから」

「あ、うん……」

 

 ぎこちなく私の身体は、『許しを得られて入れるようになった私の部屋』に足を踏み入れた。その間、未来はずっと動かなかったけど、

 私が近づいた途端、雑誌を机に置いて、そそくさと立ち上がった。

 その仕草に、ズキンと心が痛む。

 

「…」

「あ、あのね。未来……今日のこと……」

「だから、何?」

 

 未来は顔を合わせない。

 ただ、窓の向こうを見てるだけ。

 日が暮れて、山や校舎や…キレイな街並みが眼下に広がっている。

 胸を締め付けられそうになりながら、私は必死に足を踏み出した。

 

「ごめんね、未来っ!」

 

 私は叫んだ。

 懸命に、縋るようにして、ただただ未来に向かって祈るような気持ちで頭を下げた。

 

「黙っててごめんねっ! 勝手に…勝手なことしてごめんね! 嘘付いててごめんね! とにかく全部……全部全部ッ! ごめんなさい、未来っ!」

 

 絞る様に、私のありったけの想いを未来にぶつける。

 まず元気な顔を見せろと翼さんに言われたのに一瞬で忘れた。

 だって、無理だった。

 未来のこんな……こんな…

 顔も見られないのに、笑顔になんてなれない。

 なれるわけない。

 

「……ねえ、響」

「え?」

 

 どれだけ時間が経ったのか。

 ふと未来が、私に向かって尋ねてきた。

 顔を合わせずに、そのままで。

 

「……なに?」

「……」

「……未来?」

 

 しばらく黙ってた未来は、

 やがて、その問いを口にする。

 それは聞いてはいけない質問だった。

 

「不動先生って、どんな人なの?」

「……え」

「おかしいよね」

 

 そう言って、未来は初めて私を振り返る。

 怒っていた。

 目を吊り上げて、キッと私を睨み付けて。今までにない形相で、私のことを注視する。

 ビクリとした。

 こんな目をした未来を、私は見たことが無かった。

 ……多分、未来自身、知らないと思う。

 こんな顔をしたことなんて…きっとなかったんだ。私が、させてしまったんだ。

 

「え?」

「……」

「え、ええっと……な、なにが」

「なにが、じゃなくて」

 

 私の出す問いを遮って未来は質問を続けた。

 

「今時、CDなんて買う人殆どいないよね」

「え」

「あの先生、音楽は殆ど聴かないって言ってたよね?」

「う、うん……」

「おかしいじゃない。音楽に馴染みのない人が、いきなりCD聴くなんて」

「あ……」

 

 初めて。

 初めて私は、とんでもなく馬鹿な真似をしでかした事に気が付いた。

 そうだ。

 何をやってたんだろう。

 遊星が、あの人が本当に私達の世界の住人なら、こんな事を口にする筈ない。

 

「それに響が、嘘をついてまであのCDを自分から貸すなんて」

「あ、あの……そ、それは…」

「ねえ、どうして? どうしてそんな嘘ついたの?」

「え、えっと…」

 

 言葉が上手く繋がらない。

 慌てふためく私の心を、未来は見透かしたようにして追い討ちする。

 

「先生……どうしてわざわざCD聴くなんて言ってたの?」

「あ……」

「あの黒服の人たちに聞いても、そこは答えてくれなかったから。ねえ、どうして? どうして、いつも響のいる所にあの人がいるの?」

「…ぁ…ぅ…」

 

 言葉が詰まる。

 どうしよう。

 なんて答えたらいいの? 

 どうしたらこの場合は正解なの? 

 ど、どうしたら……

 

「そ、それ、は……」

 

 言わなかった。

 言えなかった。

 それは二課の人たちが秘密にしてたってことだから。つまり、遊星の秘密を。

 それを言うのは、咄嗟に憚られた。

 あの人がここからじゃない、別世界から来た住人だってことを。

 

(もし……それを言って…そうしたら未来は……)

 

 信じられなかった。

 未来を。

 私が知らなかった。

 未来の気持ちを。

 だからこれは、私の責任なんだ。

 

「言えないんだ?」

「…」

 

 一瞬だけの、判断の鈍り。

 それだけが。

 私達の友情にヒビを入れた。

 たった一言だけでいい、私が何を発していれば。

 この結末は変わったのかもしれないと。

 

 そんな甘い期待を、抱かずにはいられないのだ。

 

「うそつき」

 

 ひくんっ

 

 そんな風に、喉の奥で息がつっかえた。

 そんな私をうらめしげに、一番の強い眼で射抜き通して。

 小日向未来は、私を怒鳴った。

 

「隠しごとしないって! そう言ったクセに!」

 

 何もない空白が、私達の部屋を埋める。

 心に空いたポッカリの穴。

 あまりに空虚になってしまった。

 繋がりを断ち切られた私の心は、余りにも脆い。

 この時の私には、そうとしか映らず。

 

 そうではないのに、心の涙は、雨や血よりもなお、私の中を曇らせる。

 




…完全に浮気問い詰める嫁じゃねーか。
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