龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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モブに厳しいアニメと評判ですが、メンタル的には寧ろレギュラーにさえ妥協しないのがシンフォギア。

皆さま、どうぞ体調にお気を付けてお過ごしください。




第6話『撃ちてし止まぬ運命のもとに、羽撃く翼在りて』-4

「全くもうっ!」

「どうかしましたか?」

「いえ、ウチのクラスなのですが……どうも集中力に欠けた子がいまして」

 

 翌日。

 教員室の片隅で資料をまとめていると、横からそんな話し声が聞こえた。

 俺は聞き耳を立てていると、セミロングの女性教師は捲し立てるように、同僚の男性教員に言って聞かせている。

 

「いつもレポートの提出が遅れるし、授業中も上の空で……私が何度注意しても一向に治る気配がなくて……」

「まあ一年ですしね。色々とあるでしょう」

「今日もボーっとしていて、ますます酷くなる有様なんです。このままじゃ定期考査はどうなることやら……」

「それは大変ですな」

 

 彼女は響のクラスの担任だ。若いが、責任感のある人で、好感が持てる人物だった。

 そしてあの先生が受け持つクラスで『いつもレポートの提出が遅れる』『集中力に欠けた』生徒は、俺の知る限り一人しかいない。

 

「…あの」

 

 立ち上がって近付き、会話に割って入った。

 

「その生徒とは、ひ…立花のことですか?」

「ええまあ」

 

 眉間にしわを寄せて、彼女は頷いた。

 

「どんな様子でした?」

「どんな様子と言われても……ソワソワして落ち着きがないというか……この調子じゃ、進級も危ういというのに…それを分かっているんでしょうか、あの子は……」

「……」

 

 こめかみに指を当てながら頭が痛いとうな垂れている。彼女も響を嫌っているわけではない。むしろ心配しているからこそ、親身になって指導しようとし、殊更真剣に叱ってくれているのだ。こういう人間こそ教育者の模範とするべきだろう。

 とは言え感心してばかりいられない。

 それに、さっきの会話で気になることがあった。

 

「ハッ、し、失礼しました。愚痴を長々と…」

「いえ」

 

 彼女は響の様子を見て、『ソワソワして落ち着きがない』と言った。響は例え集中力が切れてもそういう仕草はしない。

 むしろすぐ寝る。

 それさえできないほどに動揺する出来事があったという事だ。

 

(…やはり、何かあったんだ)

 

 昨日の響の様子を思い出す。

 明らかに不安を抑え込んでいる様子だった。

 その原因が、戦いに巻き込んだ友人であるのもハッキリしている。

 今日の混乱も、そのせいだとすると……

 

「小日向未来はどうですか? 立花の隣に座っている」

「ああ、彼女は優秀ですよ。小テストやレポートも丁寧ですし、よく気が利くし…あ、でも」

「どうかしましたか?」

「…今日は少し様子が違って見えました。上手く説明できないんですが…」

 

 良い教師は、人間観察にも長けている。

 その意味でも彼女はプロフェッショナルだ。この人が言うなら、多分その通りだろう。

 響と小日向との間に何かあった…そう考えるのが自然だと思う。

 

(嫌な予感がするな…)

 

 俺自身、友との亀裂をそのまま見過ごせない。

 それに友人との不和は、響のメンタルに影響を及ぼしかねない。そう言った面に関してあの子は繊細だ。

 何があったのか、聞いておこう。

 そう思い、目の前の先生に詳しい状況を訊こうとすると…

 

「不動先生も、新任でああいう生徒がいるのは大変かもしれませんが…何事も勉強です。こういう時に必要なのは根気。根気ですよっ」

「え」

「とにかく粘り強く働きかけることです。頑張って下さい」

「はぁ…」

「私も赴任したばかりの頃はそうでした。一生懸命やってるのに報われない。生徒に気持ちが届かない。何処が悪いんだろう、何をすれば生徒が笑ってくれるんだろうと夜も眠れませんでした…しかし、気付いたのです。大切なのは、例え一時憎まれようと、本当に生徒の血となり肉となるべく勉学に励み、将来の役に立つことを学ばせる、その姿勢を養うことだと。だからね、不動先生も決して『自分が悪いんだろう』なんて思っては駄目よ」

「あの」

「そりゃ確かに教師も日々勉強ですし、至らない個所は多々あるでしょう。しかしそれを常に反省し、適宜授業を切り替えてブラッシュアップさせていけば、いつか先生の気持ちはきっと生徒に届く筈です。間違いありません。先生の一途な思いは我々が一番よく分かっておりますとも、ええ、はい」

「ええ、はい」

「そもそも教師とは……」

「もしもし」

「なかんずく昨今の混乱する世界情勢を……」

 

 雄弁に立て板に水を流すように喋りまくる女教師。最初に隣で愚痴を聞いていたベテラン教員は、いつの間にか姿を消していた。

 何と言う理不尽だ。

 どうも彼女は、俺が生徒達に敬遠されている日頃を知り、何とかできないものかと心を痛めていたらしい。同僚や後輩にまで行き届いた、その心配りには尊敬の念を抱いたが、それは後でその事情を実際に聞くまでの話で、この時は一刻も早く解放されたいとそれだけを願った。

 

「ですから、我々はなおのこと、音楽が持つ素晴らしさ、尊さを広める為……」

 

『おい、デュエルしろよ』と、一声かければ話を中断できる俺達の世界の理を一番欲した瞬間だったかもしれない。

 結局、チャイムが鳴るまで、彼女の教師論は留まるところを知らなかった。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

「前回説明したように、物体に働く力は『重力』と『接触力』の二つがある。この図の場合……」

 

 

 友人に秘密がバレてしまったという事で、大体、どんなトラブルだったのかは予想がつく。

 俺だって、無垢と思っていた友達が無茶をしでかし、死地に赴いていると分ったら動揺するし、それこそ衝突もあり得るだろう。

 

 しかし、立花響と小日向未来の間に生まれた溝は、それでは説明がきかなかった。

 

「物体Aが、より大きな物体Bに乗っている。二つの物体は静止している状態なので、力のつりあいの式を……」

 

 公式を板書しながら、それとなく二人の様子を窺って見る。

 やはりと言うか、響の視線はこちらへ全く向いていなかった。

 

「……」

 

 心ここに在らずと言った様で、手をもじもじさせたり、身体を揺すったり…

 さっきからペンは一度もノートの上を走っていない。恐らく白紙のままだ。つい直前まで担任の先生から注意されたばかりなのに。

 流石にここまで動揺していれば、誰もが不審に思うのも無理はない。

 

(板場達も、何度か視線を送っているが……しかし、それにも気付かないとは)

 

 響と親しいクラスメートも、何人かは彼女の変化を感じ取っていた。板場や安藤、寺島などは休み時間に話している所を何度も見るし、俺以上に気付く点も多いだろう。

 何より……

 

「……」

(やはり、上手くいっていないのか)

 

 小日向は、彼女は授業が始まってから、殆ど俺を見ていた。

 それは凝視するとか、話を聞き逃さないとか、そんな優しい説明では到底納得できる類ではなかった。

 響の様子には目もくれず、手だけは勝手に動いて板書を書き写すことに腐心している。

 それだけではない。解説をしている場面では食い入るように俺を見つめたり、逆に書くのを止めると目線を外して教科書をひたすら読んだり。

 

 その仕草に、俺には覚えがあった。

 他者を観察・洞察する動きである。

 

「……」

「重力は質量と同じになる為、物体Aは4gで物体Bは10g。すると……」

 

 一旦言葉を切り、小日向を見た。

 向こうは不意に視線をずらして、教科書の元来たページを手繰っている。

 間違いなく、彼女は俺のことを探っていた。

 

(……俺が何者なのかを調べようとしているのか)

 

 二課から俺が異世界から転移してきたことは伏せられている筈だ。

 恐らく響も言えないだろう。

 俺の正体はシンフォギア以上に隠さなければならなかった。異世界の存在、カードの精霊、そしてモーメントを初めとする最先端テクノロジーの数々。

 これらが何かの拍子に敵の手に渡れば、それは世界のバランスが崩壊することを意味する。何があっても隠し通さねばならない秘密だった。

 

「では重力加速度を9.8とした場合、物体Bが受ける垂直抗力はどうなるか。この問題を……小日向、分かるか?」

「えっと…49です」

「うん、正解だ」

 

 俺が質問すると、彼女は難なく答える。しかし、こちらへの鋭い視線は止まらなかった。

 

(参ったな…何とかしたいと思ってたんだが)

 

 この分だと、今後も俺の行動を逐一観察するだろう。

 そうなると響に接触し辛くなる。二課の基地や指導室に呼び出す手もあるが、小日向はより一層、警戒を強めるかもしれない。

 ひょっとすると、彼女は俺を二課のエージェントか何かと勘違いしている可能性もある。

 

 そして、それが他ならぬ、響との不和の原因だとすれば。

 

(俺が近づくことで、逆に仲違いが加速するかもしれない)

 

 それに、正体を隠さなければいけない中で、つい先日バレてしまったばかりだ。今、表面上で接している機会が多いと、他者に勘繰られる可能性も大きい。

 しかし彼女達を放っておけないのも事実だ。

 

(何か手は無いか……まずは二人の様子をそれとなく…)

 

「ねえ」

「ん?」

 

 どうしたものか、思案している時だ。

 ふと、話し声が聞こえた。

 最初は小さい声だったのが、徐々に大きくなる。板書を中断して振り返ると、ちょうど真ん中の席辺りで、ある女生徒が前の座席の子の肩を叩いていた。

 

「ねえ、ねえってばっ」

 

 板場だった。

 彼女はさっきまで肘をついて適当な様子で授業を受けていたのだが、後ろにいたクラスメートの、安藤創世に必死に肩を叩かれていた。

 

「ユミ、ユミっ」

「え、え? なに?」

 

 ようやく気付く板場。

 ぶっきらぼうに振り返りながら安藤を見るが、安藤は慌てた様子で板場を捲し立てていた。

 

「ちょっと、鳴ってるってば」

「え、うそ、やば…!?」

 

 小柄なツインテールが印象的な少女は、その時に気付いた。

 俺自身、ようやく察した程度だ。

 彼女らの話し声とは別に、もう一つの音が聞こえてくるのだ。

 肉声ではない、これは電子音…

 

「わ、わ、な、なんで? 電源切ったのに…!?」

 

 彼女の携帯端末がけたたましく鳴り響いている。どうやら電源を切り忘れていたようだ。

 

「あ、わわ、ちょ、ちょっ…!」

 

 慌てて取り出して音を消そうとするも、彼女の手は震えて上手く取り出すのも覚束ない。

 何とかスカートのポケットから引っ張り出した板場。が、そのまま操作しようとしても、周りの目を気にした状態での冷静な判断は難しい。

 指は端末を押そうとして滑り……

 

「あっ……!」

 

 ツルリと滑ると、カンと硬い音を立てて床に落ちた。そのままカン、カン、カンと二、三回バウンドしながらも、止まらないで転がり続ける。

 

「え、ちょ、ちょっと…っ! 待っ…!」

 

 板場は席を立つと、必死に後を追いかけていく。

 まるで逃げる犬を追いかけている様子だったが、追走劇も長くは続かない。端末は床を滑りながら回転し、ある人物の靴に当たることでようやく停止した。

 

「……」

「……げ」

 

 他ならぬ、俺の足に。

 

「あ、あの~…」

 

 立ち上がって、俺を見上げる板場。

 おどおどした様子で、こちらの足と顔を交互に眺めている。

 しばらく俺もじぃーっと転がってきた端末を見下ろしていたが、他と様子が少々違うので、ヒョイと拾い上げた。

 

「あ……」

 

 板場が息を呑む。

 だが、それは特に気にせず、板場の端末の液晶画面をなぞって答えた。

 

「…これ」

「……」

「割れてるじゃないか」

「え?」

 

 真顔で言った。板場は何のことか分からない、みたいな様子でキョトンとしている。

 

「液晶、最初から割れてたのか?」

「え…」

「今落として割れたんじゃないだろう、コレ?」

 

 そう言って端末を指しながら尋ねる。

 板場の端末はガラス液晶がひび割れて、酷い有様だった。よく見ると、周りのフレームも塗装が剥げていたり、悪いのになると内部のパーツも露出している。

 幾ら何でも壊れ過ぎだ。

 たった一回落としただけでここまで破損しない。

 

「何かあったのか?」

「え?」

「修理には出さないのか?」

「ああ、えっと……もうすぐ変える予定だから、そのままになってて…」

 

 なるほど、そういうことか。

 合点した。

 直すとその分、費用が掛かる。わざわざ手間をかける必要はないという事か。

 しかし……少々勿体ない気もする。

 

(これ自体は良いモデルだ。もし軽く調整すれば……)

 

 幸い、液晶が割れているだけで、他に破損はないようだ。

 これなら、空いている時間で修理できる。

 ……ん? 

 修理、空いている時間……

 

(そうだ)

 

 ふとアイデアが閃いた。

 何も彼女と親しくしている人間は小日向だけではない。

 今、響を放っておくことはできないが、だからと言って困ってる生徒をこのままにもしておけない。

 

(上手くいけば一石二鳥だ)

 

 タイミングよくリディアン独特のチャイムが鳴った。

 よし、この作戦で行こう。

 決心した俺は、板場に向かって言った。

 

「あの~……先生、そろそろ…」

「板場、あとでちょっと来い。話がある」

「あ、ええ、え? ええっ!?」

「今日の授業はここまで。次回のこの問題の続きから行います。では」

「あ、ちょっ!? 待ってくださいよ、先生っ! せんせーっ!」

 

 終わりを告げ、早々に授業を切り上げた俺は、テキストを閉じノートをしまう。

 何やらクラス中がザワついていたが、気に取られるわけにもいかない。

 善は急げ、だ。

 ……無垢な女子高生を使ってスパイの様な真似事は好まないが、そうも言ってられない。

 

(彼女達を辿れば、それとなく探ることはできる筈だ)

 

 しかし、俺も少々強引と言うか…余り彼女達のことを考えてやれなかったのは考えが足りなかった。

 今回、俺はつくづく周りに恵まれていた事を痛感した。

 俺自身、言葉足らずで、人付き合いが不器用な自覚はあったが……それを補ってくれていたのも仲間だったのだ。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 昼の日差しが差し込む。

 リディアンの食堂は壁一面がガラス張りになっていて、外の景観がとても良い。山の傾斜から海まで見渡せて、学園の魅力の一つになってる。

 けど……とても外の雰囲気を味わう気持ちにはなれない。

 

「……」

「……」

 

 じっと、対面に座って黙々とご飯を食べている二人がいる。

 …私と未来。

 ここだけ昼休みの喧騒から切り離された感覚を、私は座ってからずっと覚えていた。

 それもその筈だ。

 

「……あの、未来」

「…」

 

 下を向いたまま、未来は黙ってご飯を口に運んでいる。何かを問いかけても、結局答えずにそのままだった。

 私もいたたまれなくなって、何度か料理を口に運ぶけど、その都度なにか言おうとして結局言えず仕舞い……を、十回以上は繰り返していた。

 

 

『うそつき』

『隠しごとしないって言ったクセに』

 

 

 言葉の代わりに聞こえるのは、昨日の晩に未来が言い放った叫びだ。

 

(あの後……ベッドに入っちゃって、ロクに話も出来なかった……)

 

 怒鳴られたショックからしばらく呆然としていた私は、どうにかして未来と話をしようと試みた。けど未来は応えずベッドから一歩も出ない。とうとう私も諦めて……気付いたら朝だった。

 

 その後も一向に返事をせずに、黙々と朝の支度を整えて、ただ学校へ向かうだけ。

 

「………」

 

 会話の糸口を探そうとしたけど、やっぱり何も起こせず、そのまま昼休みにまでなってしまった。

 どうしよう……どうしたら、未来は話してくれるんだろうか。

 必死にそれだけ考える。

 どうしたら以前の様にして……笑ってくれるのかな? 

 お願い、教えて未来。

 

「……」

 

 言えない。

 言えるわけない、そんな事。

 分かりきってるもん。

 未来が何を怒っているのかなんて。

 でも。

 

(どうしよう……)

 

 思い浮かばない。

 どうしたら未来は許してくれるだろうか。

 何度も考えても、良い答えは浮かばなかった。

 ……これも全部が私のせいだ。

 

 授業が終わって、何も言わずにそそくさ出て行って。

 さっきだけじゃなかった。

 もう今日が始まってから、私は一回も口を利いてない。

 こんな事、今まで無かった。

 喧嘩したこと位はある。むしろ数えきれない位だ。けど…こんな風に長く続かなかったし、何より……

 

(昨日、遊星の事を話せなかったから……)

 

 そう。分かってる。キッカケはあの言葉。今日も授業があったあの人の事を、私は言えずにいた。

 …それを言えば、許してくれるのかな? 

 

「み、未来…?」

「……なに」

 

 不意に、未来が口を開いた。

 それだけで私は跳び上がりそうだった。

 けど同時に、浅はかな考えを持ってしまった自分に愕然とした。

 私は今、何を考えた? 

『遊星の秘密をバラせば、ずっと未来と一緒にいられるんじゃないか?』

 ……なんという、なんということを。ああ、怖い。思い出すだけでゾワゾワする。一瞬でも考えたことを恥じた。

 

「……」

「あ、ご、ごめん…」

「……だから、なにが?」

 

 未来が目線を合わせることなく言う。

 私もとても顔を見られなくなって目を伏せた。

 どうしよう……どうしよう、どうしよう、どうしよう……

 段々、思考が暗くなる。

 駄目だ、今のままじゃ駄目だ。

 何とかしないと、何とか……未来を……

 

 

「あーもう、マジ意味分かんないんだけどッ!!」

 

 

 ビクンと飛び跳ねた。今度は物理的に。

 

「てかホントなんなの、あの先生ッ!? 一回鳴っただけで呼び出しとかッ!」

 

 食堂中に大きく響く叫び声。もう音の振動でビリビリ来そうだった。流石にこれは未来も何事かと動揺したみたいで、一緒になって声の方向を見た。

 後ろからの大声に、慌てて振り返ると、そこにいたのはクラスメートの板場さんだった。

 

「幾らなんでも、やり過ぎだね。ちょっと一回着信あった位で呼び出しとか」

「確かにちょっと行き過ぎた感は否めませんね…」

「授業も終わる直前だったんだし、あれ位大目に見て欲しいよね?」

 

 安藤さんと寺島さんも一緒にいる。いつもの三人組だ。見るからにお冠な板場さんを、両隣で宥めていた。

 そのままこっちにまで歩いてくると、向こうも私達に気付いたようだった。

 

「……あ」

「あぁ。おっすー」

「ごきげんよう」

「お疲れ様です」

「う、うん」

 

 私が何とか会釈すると、三人はそれだけで私達の様子に気付いたらしい。皆がじぃーっと私達を見つめている。

 

「どしたの?」

「あ……えと」

「元気ないじゃん?」

「何だか、いつもと雰囲気が違うのですが?」

 

 寺島さんが真摯にこっちを見つめる。二人もつられて見る。私は慌てて手を振った。

 

「あ、な、何でもないよ。あははは……」

「ウソつけッ」

 

 板場さんが私を指差して言った。

 

「前々から言おうと思ってたけど。響、アンタは嘘に向いてないぞ」

「え…」

「確かに、根の素直さが余計に滲み出ますからね」

「ビッキーは顔に出るしね。『騙してゴメンなさい』って感じで」

 

 うっ、と言葉に詰まる。気付かなかった。そんな私の顔を、未来がじっと見ていることに。多分、私を心配してくれているんだと思う。今日も授業中に先生にちょくちょく怒られている私を見ているから。

 

「もっと素直な方が良いわよ。『きゃー心配してくれてアリガトー、うれしぃ』みたいな」

「ユミはそう言ってほしいわけ?」

「ううん、多分イラッとする。これはアニメだから許される行為」

「そうですね、私も多分ブッ飛ばします」

「「えっ」」

「冗談です」

 

 寺島さんのゾッとする笑顔。けど、一瞬あって二人が笑う。

 それを見て私はすぐにここから立ち去りたい衝動に駆られた。

 

「……」

「で? ビッキーの悩みは何?」

「また例によって先生のお叱りか、レポートでしょうか?」

「あー、提出してないの、アンタだけだってね」

「う、うん……」

 

 頭がぐらぐらする。必死に言葉を繕った。

 

「い、いや…今は、ちょっと違うかな」

「ホントに?」

「う、うんっ」

「フーン……ま、そうだとしても」

 

 ポン、と安藤さんが私の肩に手を置いて事もなげに言う。

 

「出来るコトなんて無いけどね」

 

 かちゃん、と小さくて高い音。

 未来の持つ手が震えてた。

 小さな体を震わせて、手に持つ箸が食器にカンと当たっている。

 

「そりゃそうだ」

「友達でも加勢できる事と、できない事がありますから」

「え、あ……」

「だって、ビッキーの為にならないし」

「アタシは陰ながら応援するしかできないね……ゴメンね~、友達甲斐がなくてさ。アハハ」

「………は、は」

 

 乾いた笑いが、しかしそれでも漏れ出てしまう言の葉が。

 言の『刃』となって、私を……

 ううん、違う。

 隣に座る人を傷つける。

 

 ……大切……

 そう、

 大切、だったのに。

 

「ま、心配してないけどね。アニメじゃこういう時、特に何事もなく解決するから」

「……」

「ヒナ?」

 

 ようやく、終始無言だった未来の様子に、安藤さんが気付いた。

 

「どうしたの?」

「べ、別に」

「小日向さんも、何かあったんですか?」

「……ははあ」

 

 渋る未来の態度に、板場さんが勘付いた。

 

「アンタ達、さては喧嘩したな?」

「まあ…」

 

 え、そうなの? と安藤さんが私達を交互に見た。うっ…とまた言葉に詰まる。それは言いようのない、肯定になってしまった。ああ、そういうことか、と納得した様子で皆が頷く。もしただの喧嘩なら、どれだけ良かっただろうか。

 

「あー、こりゃビッキーが悪いに違いない」

 

 あはは、と笑って。安藤さんが私の肩に手を置いた。もう一方の手を未来の肩に添えて。

 

「ごめんね、この子バカだから許してあげてよ」

 

 と、やっぱり笑う。

 

「そうそう。いつもみたいに謝っちゃいなよ。それで解決、『愛してるばんざーい』ってね」

 

 そう。ただ、それだけで済めば良かった。

 何に怒ってるのか、私の何がいけなかったのか、そういうのを未来は言ってくれた。だから私も、すぐに「ごめんね」って謝って、それで未来は許してくれる。そうしたら仲直りに美味しいモノでも食べて、前よりももっと仲良しになる。

 

 そうやってずっと続いてきた未来との友情。

 きっと、出会った時から私達の中は運命で。

 ずっと、これからも、そうやって生きていくんだなって。勝手にそう思い込んでいた。

 

 そうだ。私は勝手だ。

 

 それで世界が回っているのだと、思い込んでいた。

 

 何度も、何度も、思い知らされたはずなのに。

 

 世界が私を生かしているんじゃない。

 

 私が世界に生きているんじゃない。

 

 私は……私は……

 

「まあまあ。お二人だけしか分からないことも在るでしょうから」

「二人だけに? 何、隠し事か?」

「こっそりバイトでもしてるとか?」

 

「……っっ!!」

 

 ガタンッ! と勢いよく椅子が倒れる音がして、周りがギョッとしてこっちを見る。

 未来が添えられた手を弾きながら、急に立ち上がった。

 突然の出来事にビックリしながら目を丸くする三人。けれどその向こう側で……私だけには見えていた。

 

「……あ」

 

 未来が、大粒の涙を浮かべてて、それを必死に堪えていたのを。

 そして涙に耐えていたのは、ずっと、ずっと前からだったのに……

 それなのに私は……

 

「未来、待ってっ!!」

 

 私は叫んだ時、未来はもう既に走り出していた。

 追いかけた。急いで。

 その前に、未来は何も言わずに俯いたまま、向こうへと行ってしまう。

 小さくなりそうな影を必死に捉えて離すまいとして、私は未来を追いかける。人混みに足が撮られて、中々前へと進んでくれない。未来も同じだった筈なのに、何故か私にだけ人がぶつかる様な気がした。

 

「未来っ! 未来っ!!」

 

 実際に、そうだったのかもしれない。私は未来を見るばかりで……ううん、きっと誰も見ていなかった。

 だって気付かなかったから。

 一番近くにいてくれた大切な人の気持ちにさえ気付かないで、他の人の心が分かるわけがない。

 

(わたしのせいだっ!)

 

 わたしのせいだった。

 

(わたしが未来を追い詰めたんだ!)

 

 ばかだった。わたしはばかだった。

 

(もっと未来を見なきゃいけなかったのに!)

 

 もっと未来を、守らなきゃいけなかったのに。

 

(未来を追い詰めてっ!)

 

 未来の気持ちを分かって無くて。

 

(それなのに私は、未来に甘えててっ!)

 

 何処で間違えた? 何処でおかしくなっちゃったんだろう? 

 頭の中でグルグルとかってに回ってしまう矛盾した考え。

 そうじゃない。

 そうじゃないだろう、立花響。

 お前は何を勘違いしていたんだ。

 

 誰かの為? 未来の為? 違う、お前の為だっ! 

 

(未来はいつも私の為に……私の為に、いつでも隣にいてくれたのに…!)

 

 

 ―――響には、二度と隠し事したくないな―――

 

 

 あの言葉を……あんな、あんな一言だけを言うために、どれだけ未来は勇気を振り絞っただろう。

 誰も……誰もが私からいなくなった中で、隣にいてくれることが、どれだけ勇敢なことだったろうか。

 あんなに優しかったのに……あんなに綺麗だったのに……それを私は捨てた! 捨てちゃった! 捨てちゃったんだっ!! 

 私の全部を犠牲にしたって、二度と手に入りはしないのに!! 

 

 

「未来っ!!」

 

 

 走って、走って、走りまくって。

 未来の足音を辿って、後姿を追いかけて。二度と離したくないと願った筈の背中を、ただひたすらに追いかけて。

 

 ……ようやく、未来の足が止まる。

 

 気が付くと、私達の屋上に来ていた。あの日、未来が励ましてくれた場所へ、汗を垂らして、息を切らせながらバンって、急いで扉を開ける。

 その向こう側で、未来はいた。

 

「………」

「……未来」

 

 背を向けて立っていた。

 何も言わずに、ただ立ち尽くしている。

 私はもう、彼女に背中に掛ける言葉なんてないかもしれないと、そんな恐ろしい感覚に襲われた。

 お願い、嘘でいて。

 そんな予想、外れて。

 

「……ごめんなさい、未来」

 

 昨日の晩、何度も繰り返して言った言葉を、もう一度口にする。

 未来は振り返らないままに、少しだけ返した。

 

「どうして」

 

 ひゅうひゅうと風が吹いている。何もかも飛んでしまいそうな風の中で、けれど未来の言葉だけが重く圧し掛かる。

 

「どうして、響が謝るの?」

 

 そう言う未来の肩は、震えていた。

 見えない後ろ側の表情がどんな風なのか…知っている。私は未来の気持ちと表情の中身を知っている。

 そうだ……分かってた筈なのに。

 どうして私は……

 

「……未来は私に……隠し事しないって言ってくれてたのに……」

 

 未来との繋がりだけは、なくちゃいけなかったのに。

 

「あの時から……ずっと未来が隣りにいてくれたのに……」

 

 どうしてだ? 

 どうして言葉が出ない? 

 言わなきゃダメだ、立花響。

 

「それなのに、私、未来を裏切っちゃった……! 未来に、隠し事しちゃった…!」

 

 そんな事したらどうなるか、分かってるだろう。

 たった一人でも側にいてくれた人にさえ、騙して、裏切って、傷つけたりなんかしたら。

 日だまりさえも傷付けたら。

 

「それなのに」

「……やめて」

 

 私はもう、私でいられなくなるから。

 

「もう、なにも言わないで」

 

 未来が、振り返る。

 ざくりと、胸にナイフが突き刺さった。

 ぼろぼろ、涙が出ていた。未来の頬を、透明な雫が滴り落ちていく。

 でも私はそれを近付いて拭うこともできない。

 

「……み」

「私、もう」

 

 近付いて、一言。

 

「響の、友達でいられない」

 

 それでおしまい。私の世界は、それで崩れた。

 

「…………え」

「……」

 

 固い音。

 地面を蹴る音。

 未来が行ってしまう音。

 遠くへ、二度と届かない遠くへ、いなくなる音。

 カツン、カツン、カツン

 振り返っても、歩き出せない私の足。

 世界が歪む。

 視界が曇って、校舎も入口も空も見えない。

 

「………やだぁ」

 

 ポタリ、ポタリ、と、涙が落ちる。

 ふるふる震える。動けない。

 息が詰まる。呼吸が定まらない。

 

 フラフラと、足が、急に、このまま、あれ、私、何を、立って、追いかけなくちゃ、だって、未来、いっちゃう、遠く……遠く……

 

「やだょぅ……こんなの……」

 

 お願い、動いて、動いて下さい、私の身体。

 動かして、今すぐ未来のもとへ……早く、急いで、一直線に。

 なんで、なんで、動かないの? 

 私は今まで何をしていたの? 

 何のために私……私は……

 

「響っ!」

 

 ゆっくりと、柔らかくて暖かい、遊星の声。

 え、と顔を上げる。

 何時の間にか、その人が前にいて。

 

「どうしたんだ!?」

 

 遊星は、いきなり私の肩を掴んで揺さぶる。

 必死な顔をして。

 

「……ぁぇ」

 

 それもそうだった。私の顔はどうしようもない程に歪んでいて。

 

「……ゅ、ぇ」

 

 声も出ない程に、枯れていた。

 

「……ぁ、ぁ」

 

 ひくひくと小刻みに痙攣する、私の喉。

 奥で痞えて出ない、心。

 もう遊星の顔さえも、私は見えていなかった。

 

「一体、何があった? 小日向は?」

「ゆ……せ……」

「響? 響、どうした? しっかりしろッ」

「あ・・…ああ……ああ、ひ、あ、う、あああ………あああああああっっぅ………」

 

 もう声にもならない。

 音が漏れ出るだけの機械になった私を、遊星の手だけが、支えになる。

 いつしか私は遊星にもたれ掛かって泣いていた。

 あの日、全てを無くして以来の涙を、遊星が受け止める。

 

「……響」

 

 遊星は何も言わなくなった。

 ただ私を……呪われた私の肩を抱いたまま、ずっと側にいてくれた。

 

 ……この呪いは、罰なんだ。

 

 だって、そうだよ。ひだまりを見捨てて……私だけが、勝手に、傷付いているんだから。

 

 風の音も聞こえない。日差しの温かさも。もう…何もない。

 お願いだ、お願いだ、ただ時間を戻して欲しい、と言う心の狂おしい叫びだけが、私の中で響いてる。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 次回予告

 

 

「未来……このままなんて、絶対に嫌だよ」

 

 傷心の響を前にして、親友である陽だまりは姿を見せなくなってしまう

 戸惑う俺達の前に、運命は徐々に交錯し始めている。

 このまま為す術もなく、翻弄されるばかりなのだろうか。

 

「私は灯火となるべく向き合いたい」

 

 いや…そんな事はない。

 絆は決して失われない。

 人と繋がりたいと、願う気持ちがある限り。

 

「俺は信じている。君達の絆を」

 

 

 次回 龍姫絶唱シンフォギアXDS『集いし絆と、陽だまりに翳りなく』

 

 

「これが……これが、私達の新しい力ッ!」

 




デュエルでぶつかって満足できたらいいんですけど、そんな都合のいいアイテムは存在しません。
次回、遊星が己自身に問いかけます。
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