龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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続きです。
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第7話『集いし絆と、陽だまりに翳りなし』-1

 リディアンの校舎から雲の切れ目より差し込む日差しの欠片を発見する。

 俺は溜息をついて教員室の自分の机へと戻った。

 

 昨日の夜から降り続いていた土砂降りの雨は、今朝になってようやく沈静化の兆しを見せ始めている。

 天気予報でも午後は晴れマークが広がっていたし。この分なら、昼には止むだろう。

 

 しかし気持ちは全く晴れない。

 昨日の出来事が、俺の心に明確な影を落としている。

 起きた事件そのものではない。それに対して、何もできない自分への失望だった。

 

(響…なんとか元気になってくれたらいいが…)

 

 昨日のことを思い出す。

 

 駆けつけた時の響は泣きじゃくり、とても話が聴ける様子ではなかった。

 なんとか宥め、落ち着かせて、保健室で休ませた。そこに板場や安藤、寺島が駈け付けた。一先ず彼女達に響を任せたのだが…。

 

(あの後、連絡も取れていない)

 

 ノイズが出ないのは幸いだった。襲撃から昨日の今日で攻めてくるとは考え辛かったが、シンフォギアは精神状態が大きく作用する武器である以上、もしそうなれば戦いにすらならなかったのは明白だ。

 

(小日向の方も気になる……どうにかして、二人の様子を)

 

 その時。

 

「……失礼します」

 

 ガラッ…と向こうで扉が開く音がした。

 

「あのぉ~…不動先生は?」

 

 ん? と自分の名前が出て思わず入口を見る。

 扉で様子を窺っていたのは、俺もよく知る生徒だった。

 

「……」

「…ねえ、ホントにウチらも行くの?」

「外で待ってましょうか?」

「見捨てないでよッ、ここまで来たのに…」

 

 よく見ると、来たのは三人だ。

 件のクラスメート、板場弓美、安藤創世、寺島詩織。

 昨日も響の面倒を見てくれた子たちだ。

 

「……おはよう、ございます」

「ああ、おはよう」

「……どうも」

 

 こっちに気付き、一直線に歩いてくる三人。

 が、足取りは何処か重たい。

 お互いに目配せしながら、俺の様子を窺っている。

 

(…響達の事で何かあったのか?)

 

「……」

 

 伏し目がちに、不安そうな目をする板場。俺はすぐさま尋ねることにした。「何があった? 立花の事か?」と。ただ、そうなる前に向こうから口を開いたのは少々意外だった。

 

「あのっ」

 

 背中を安藤に押されて、しかし複雑な表情をしている板場。その横で意を決したように口を開いたのは、大人しそうに見える寺島だった。

 

「ん?」

「不動先生、ちょっとやり過ぎじゃないでしょうか…?」

「……ん?」

「そりゃ悪いのはヒナだって解ってますけど、それにしたって、あんな言い方しなくたって」

 

 安藤が続ける。

 一瞬、訳が分からなかった。

 だが良く見ると……彼女らは怒っているようにも見える。

 

「本人も反省してますし、余り度の過ぎた指導は…」

「……何の話だ?」

「え?」

「マズいことでもあったか? 正直、思い当たらないんだが……」

 

 俺の生徒からの評判はお世辞にも良くない。が、こんな早朝から抗議に来るほど酷い授業もしていないつもりだ。とは言え、教師としては半人前…と言うより本来免許も無い人間だ。

 気付かずに変な事をやらかしている可能性は大いにある。

 

「君達を不快にさせたのなら謝るが……何に納得がいかないのか、見当がつかなくてな」

「え…いや」

 

 向こうは絶句した様子だった。

 そんなに酷い事をしたのだろうか俺は……だとすれば、それに気付かないのは大問題だ。教師として……いや、人間として如何なものか。

 

「すまないが…君達がそんなに怒っているとは思わなくてな」

「え、あ、いや……そんな風に言われると、その」

「それで、何が原因なんだ?」

「えー……」

 

 困ったような顔をして、板場が両隣の二人を仰ぎ見ている。

 安藤たちも複雑な顔をしていた。心底、どうしていいか分からない、と言う表情だ。

 

(…これは相当マズい事をしてしまったか……)

 

 途方に暮れた。

 

『女ってのはデリカシーに欠けると駄目なんだとさ。マーサからこっ酷く叱られたぜ』

 

 と、以前クロウは愚痴を零していた。

 直接に女性の悩みを訊くのはナンセンスだ。とは言え……ううん、どうしよう。

 つくづく、女の子と言うのは謎だ。

 これなら『詰デュエル100選~これで君もただ一人のキングだ~』の方が余程カンタンである。

 

「……」

「えーっと、端末です」

「端末?」

「はい」

 

 腕を組んで悩む俺に、困った顔をした寺島が打ち明けてくれた。

 

「先生、昨日の授業で板場さんが端末を落として…それで呼び出したんですよね?」

「…あ」

「幾ら何でも、それはやり過ぎだと思って、私達も一緒にその……デモと言いましょうか、その」

 

 言葉に詰まる寺島。しかし漸く合点がいった。

 

「ああっ、あの時の事か」

 

 正直すっかり忘れていた。

 泣きじゃくった響や、小日向の事を考える余り、そんな事があったのは頭からすっぽ抜けていたのである。

 厳密には頭の片隅に留めてはいたのだが、ノイズ関連の事やDホイールのメンテを夜中にやっていると、どうしても細かな出来事を後回しにしてしまう。だから彼女達が怒っていても、端末とは結びつかなかった。

 

「あ、あの、先生。アタシ、普段はちゃんと電源切ってますッ。あの時はたまたまでッ」

 

 そこまで考えた時、板場が口を開いた。

 

「もうしないですから、その…」

「いいから、出してみろ」

 

 しどろもどろに言う彼女に対して、俺は構わず続ける。

 

「えっ…そんな」

「先生あんまりですッ」

「壊れてるんだろ? 簡単な故障なら直せるから」

「…は?」

 

 差し出した俺の手を、マジマジと見つめる三人。

 その様子に、また俺がキョトンとする。

 

「どうした?」

「え、いや…その…」

「何かマズいか?」

「や、そうじゃなくて」

「?」

「……直すって?」

「……端末を、だ」

 

 慎重に、言葉を選んだ。また妙な誤解を生みたくはない。

 

「昨日チラッと見たが、あの位なら簡単な修理で済む。わざわざ店に頼むのも面倒だろう。俺で良ければ直せるが、どうだ?」

「……」

「安心してくれ、中身は見ない。プライバシーに関わる事だからな」

「…それだけ?」

「ん?」

 

 交互に俺の顔と掌を見回す板場。ポカンとする少女たちに、俺は再び動揺した。また何か失敗をしてしまったか? 

 なら何とか、こちらに悪意がない事を伝えなければ。

 

「無理強いはしない。あくまで応急修理だし、すぐに買い替える予定なら今まで通りでも」

「じゃ、じゃなくて」

「どうした?」

「あ、あの、没収とかじゃ…」

「なんだって?」

 

 言われた意味が良く分からなかった。

 

「ヒナの携帯を取り上げるつもりじゃなかったんですか?」

「いや、そんな事をするつもりはないが。どうしてだ?」

「だから…音鳴らして」

「……ある訳ないだろ、そんなこと」

 

 呆気にとられたまま返事をした。

 冗談じゃない。何故、他人の私物をそんなこじつけで無理矢理に奪わなければいけないのか。

 そんなのは俺が一番嫌っている行動である。憎んでいると言ってもいい。

 

「別に音が鳴ったくらいで取り上げる必要はないだろう? セキュリ…いや、警察じゃあるまいしな」

「……」

「この学校に、そんな規則があったか?」

「まあ、あると言えばありますが…」

 

 寺島が言葉を濁す。

 後で聞くところに拠れば、教師というのは教室の秩序を守るため時に横暴とも呼べる権力の行使をする存在らしい。

 

 曰く、

 少しの雑談で部屋の隅や廊下に立たせる。

 授業中は水を飲むな。

 地毛なのに黒く染めろ。

 長距離の通学にも拘らず徒歩以外は禁止。等々……

 

 リディアンはそこまで厳しくはないが、やはり彼女達の経験上、そう言った行き過ぎた指導に晒された子どもは少なくないとか。

 

(……どこの世界も一緒か)

 

 俺は何回、元の世界との良くない共通点を見つけては溜息が出るのを堪えただろうか。

 デュエル・アカデミアでも、ある教師の偏見と行き過ぎた指導を見かねて問い質した事がある。

 

「別に授業に支障がなければ問題ないさ。要は君達が一生懸命勉強に取り組めるかどうかだ」

「まあ…そうですね」

「そうだろ?」

 

 逆に他の教師が無理矢理そんな風に生徒を圧迫しようものなら、俺自身抑えきれる自信がない。

 揉め事を起こさないようにするべきだと分ってはいるが、サテライト時代の記憶が尾を引いて、その手の事は考えるより先に身体が動いてしまう。

 

「板場も次から気を付けると言ってくれたんだ。なら俺が何か言う必要は無い」

「あ、ありがとうございます……」

 

 そう言って頭を下げる板場。…別にお礼を言われることはしていないが。寧ろ、誤解が解けてホッとしているのは俺の方である。その返礼も兼ねて、やはり彼女の端末は直してやりたいと思った。

 

「それで、板場の端末だが」

「え、ああ。はい」

「やはり、そのままだと色々不便だろう。それに破片が刺さる可能性もある」

「はあ……」

「今日の放課後までには直ると思う。誓って妙なことはしない。安心してくれ」

「……ど、どうも」

 

 初めは渋っていた様子だったが、三人で目配せをすると、モノを預けてくれた。受け取って改めて見るが、やはりこの位ならすぐ直せそうだ。パーツも余りで何とかできる。

 いっそ破損に強い部品に交換すると言ったら、また目を丸くして慌てた様子で了承してくれた。

 

「じゃあ、今日HRが終わったら取りに来てくれるか?」

「わ…分かりました」

「ああ、それと」

「は、はい?」

 

 教室を出ようとして、背を向けた三人に対して、俺は呼び止めて言った。

 端末を直すこと自体は俺自身の意志だが、実はもう一つ目的がある。

 

「立花の様子はどうだ?」

「あ……」

 

 別の意味で三人は言葉を濁した。

 これは俺にも理解できる。友達の事は話し辛いだろうし、彼女達自身も真相は知らないからだ。

 

「なんか、とても話できる状態じゃなかったんで……帰りました。アタシ達が見送って」

「そうか」

「あの……何かあったんですか? 未来…小日向さんも、なんか先生のこと睨んでるっぽかったし」

「いや、俺もよく分からなくてな。君達なら何か…と思ったんだが」

 

 こればかりは嘘だ。理由は彼女達より知っているし、それこそ教師の立場で介入も出来る。

 だが、それでは何の解決にもならない。

 

(昨日の響の様子は只事じゃなかった………)

 

 まずはその原因を知らなくては。

 だが、俺は小日向に昨日から警戒されている。彼女から悟られないよう、情報を集めようと思った。同じ女の子同士で、俺には気付かない事にも聡いだろう。

 

「いえ、ウチらも何がなんだか分かんなくて」

「もし良かったら、それとなく様子を見てくれるか? 俺はまだここに来て日が浅いからな」

「まあ…いいですけど」

「ありがとう」

 

 その時だ。

 チャイムが鳴ると同時に、今度は俺の携帯端末が鳴る。二課からの通信信号だ。始業間近のこの時間帯に連絡という事は、急を擁することに違いない。

 俺は立ち上がって、彼女たちに言った。

 

「すまない。ちょっと席を外す、君達も教室に戻った方が良い。わざわざ呼び寄せて悪かったな」

 

 言葉早にそう言って、教員室を出ようとする。出入り口まで歩いて行った時、三人に呼び止められ振り返った。

 

「……あの、先生」

「ん?」

「あ、ありがとう、ございました」

「いや、気にするな、これ位」

 

 寧ろ謝らなければいけない。彼女達に不安を与えてしまっていたのだから。この先何度も壁に当たる問題だが、どうにも生徒との付き合い方は難易度が高かった。

 響や小日向に関してもそうかもしれないが、なるべく彼女達に寄り添った方法を模索するべきかもしれないな。

 そう思い、誰もいない廊下へと、ひっそりと歩み始めた。

 

 

 

 第七話 『集いし絆と、陽だまりに翳りなし』

 

 

 

「……例の少女が?」

『ああ』

 

 弦十郎さんの声が重く響く。やはり連絡は急務だった。

 この近辺でノイズが発生したのだ。場所は市街地で、ここからも近い商店街の裏路地である。

 ただ何故、俺達に出動要請が来なかったのか……それは、必要性が急に消失したことを意味する。

 

『ノイズの反応を検知したすぐ直後だ。全てのノイズは奇麗さっぱりロストした』

「ロストだって?」

『ああ。そしてノイズと共に、第二号聖遺物『イチイバル』のパターンも検知されている』

「では…」

『うむ。雪音クリス……あの少女がノイズを殲滅したものと考えられる』

「街の住人達は無事なのか?」

『ああ。早朝で人通りが少ない場所なのも幸いした』

 

 その報を聞いて一先ず安心することができた。だが、幾つか問題が残っている。

 第一に、イチイバルの反応だ。

 そして第二に、ノイズの消失。

 

「つまり……雪音クリスは、敵の首謀者から狙われているのか?」

『その可能性はある』

 

 ゆっくりと彼は言った。

 

『この間の戦闘でも、フィーネなる人物と仲違いしているようにも見えた。現場付近でも、似た様な容姿をした少女の目撃情報が幾つかある……即ち』

「彼女は……逃げ回っている」

『……そうなるな』

 

 弦十郎さんの言葉は重苦しかった。

 これまでの情報から推測するに彼女……雪音クリスは、フィーネと言う存在に利用されている。そして何らかの理由で用済みとなった雪音は、口封じの為に狙われる羽目になった。

 少なくとも、両者の人間関係に亀裂が入ったのは間違いない。

 

「今朝のノイズは、『フィーネ』とやらが差し向けた追手……そう考えれば、確かに辻褄は合う」

『俺達の推測通りなら、彼女は単独で行動し続けている。となれば、居場所を見つけ出すことも出来るだろう』

「……」

『俺達は、現場の状況も合わせて引き続き捜索を行う。遊星君は、引き続き待機していて欲しい』

「待ってくれ…」

『どうした?』

「あの子を…雪音を、一体どうするつもりなんだ?」

 

 逸る気持ちを抑え付けながら尋ねた。

 恐らく現場ではこれから大規模な捜索隊が動き出すだろう。

 幾らシンフォギアを持っていても、年端もいかない、何の支援も受けていない子供が逃げおおせられるものではない。いずれ尻尾を掴まれる。

 

「確かに、彼女は許されない行いをしたのかもしれない。だが……帰る場所も無い、孤独な子どもを……」

『君の言わんとすることは分かる』

「全てを赦せとは言わない。ただ、俺は……」

 

 窓の向こうで、鳥が一斉に羽ばたいた。

 

 喀血の叫びが聞こえる。

 喉の奥から絞り上げ、周りを呪い尽くして尚止まない怨嗟の悲鳴。

 あの子の破壊の為の歌は、彼女の心の嘆きではないだろうか。

 

「たった一つだけでいい……彼女の本心を知りたい。あの子の歌を……あんな事に使わせちゃいけない……そう、思う」

 

 もしこの世界の人間が、彼女に情け容赦なく襲い掛かるというのであれば……

 

『遊星君、俺が初めて君に会った時に言ったことを覚えているか?』

「初めて会った時?」

『俺には、上に立つ人間としての義務がある』

「だが弦十郎さんッ」

『その中で押し通すべきものも、確かにある。俺はそう信じている』

「………」

『とにかく、遊星君は、しばらく待機しておいてくれ』

 

 勝手に腕に力が籠もる。誰もいない筈のカラの廊下を、人知れずに睨み付ける。

 今は信じるしかない…そう言うことか。

 俺は黙って飲み込むしかないのだろうか。

 だが、少なくともこの男は頭ごなしに否定することや、ないがしろにはしない。彼の行動が、少女を救う一助になることを願うしかないのか。

 

『……無闇に彼女を傷つけることはしない。それだけは約束する』

「……分かった」

『すまないな』

「いや」

 

 ここで問答をしても始まらない。まずは彼女の所在を突き止めなくては。

 それに、雪音クリスだけに意識を割くわけにもいかなかった。

 

『それと、響君のことだが』

「ああ」

『学校を早退したそうだな?』

「……ああ」

『メディカルチェックでは、特に異状なしとのことだったが』

 

 熱の籠った弦十郎さんの声。

 そうだ。響をこのままにしておくことも出来ない。俺は昨日の出来事を彼に話すことにした。

 事のあらましを初めは黙って聞いていたが、話が進むにつれ、沈痛な面持ちがまるで見えるように、相槌や返答がとても重苦しく変わっていく。

 

『響君の友達が、事態のカギになっているようだな』

「それは俺にも分かるが…あの時の響の様子は只事じゃなかった」

『分かった。こちらでも、何か対応策を考えてみよう。君は、響君をそれとなく気遣ってあげて欲しい。あの子は君を慕っているからな』

「……ああ」

 

 その後、今後の活動方針に関して、幾つか確認を終える。丁度、HRを終えるタイミングになった。

 向こうも誰かが報告を入れていたらしく、俺達の通信は終了することとなった。

 通信を終えると、俺は端末をポケットにしまう。

 

「……」

 

 空を窓から見上げると、いつの間にか晴れ間が広がっている。

 にも関わらず、この暗澹たる気持ちは拭いようがない。何故だろうか。あの子の…響の様子が気がかりだからだろうか? それとも、雪音クリスか? 

 

(……そうじゃない。そうじゃないんだ……)

 

 じくじくと、内臓を締め付けられるような不快感。

 胃の腑が落ち着かない。そればかりか、何処かドス黒い怨念めいた物が俺を狙っている……そんな風にさえ思える。

 

(だが、俺には一体……何が…)

 

 言いようのない不安が心を淀ませる。

 俺まで呑まれてどうする? そう思っても、心と言うのはままならない物だ。どうして俺が響にここまで揺り動かされてしまうのか。

 

 その答えは、『風』が持ってきていた。

 

 

「不動。少し、いいだろうか?」

 

 

 進むべき道は『風』と『スピード』の中。かつて、そう信じて突き進んだ。

 これはその再演なのか。もしくは、名を連ねるものとして運命めいた物が働いたのか。

 

「……翼?」

 

 いずれにせよ、この先にも、彼女は俺に幾つもの助言を与えてくれる事になる。それが俺にとって、どれだけの救いになったか分からない。

 今もまた、彼女の言葉は俺の……俺の道標になっていたのだ。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

「怪我の具合はどうだ?」

「この程度、何ともないわ」

 

 HRの後、俺は彼女からの呼び出しを受けて、屋上へと呼び出された。ベンチに座った後、取り敢えず彼女の怪我について尋ねてみた。

 翼は今日から復学していているが、大事を取って授業は午前中のみ。体育などは欠席…と言う扱いだ。身体に不調を感じたら休んでも構わない…とお達しで、今も授業中にもかかわらず、俺と話ができるわけだ。

 無論、単位などには影響しない。特待生として保障や、陰で二課の面々が動いてくれている賜物である。

 

「…と言いたいところだけど。やはり万全には程遠い……良くて三分程度、と言ったところかな」

 

 思わず溜息が出た。それだけで十分な数値だ。

 松葉杖をついて歩いているものの、身体の動きや顔色から察するに、日常生活自体は殆ど問題ないのではないか。

 やはりカードの精霊の力を一時的に融合させたことが、翼に何らかの影響を与えている…そう考えるべきか。

 とは言え、油断は禁物だ。

 

「余り無理はするな。今は静養に専念した方が良い」

「そうね……何事も無ければ、そうしたいのだけれど」

 

 と、翼は俺に向き直り、改めて真っ向から見つめた。

 この様子、覚えがある。病院の時もそうだが、弦十郎さんや緒川さんが、真摯に事の次第を訪ねる時の癖だ。

 

「立花は大丈夫かな?」

「響?」

「……その、この間、ずいぶんと具合が悪いように見えて。体調と言うよりもむしろ精神的な……多分、学友の事だと思う」

 

 てっきり雪音クリスや『フィーネ』に関わる内容の事かと思っていた。ほんの一瞬呆気にとられたが、考えてみれば、その辺りは歳の近い女の子同士、しかも装者という共通点もある翼の方が色々と気付くことも多いだろう。

 寧ろ事情を深く知る分、相談するにはうってつけの相手だ。何故もっと早く気付かなかったのか。

 

「昨日、話そうとしたのだけれど…姿が見えなくて」

「……実は、早退したんだ」

「早退? 立花が?」

「昨日、ここで突然泣き崩れてな。とてもじゃないが、平静じゃなかった」

 

 俺は昨日あった出来事を全て打ち明けることにした。

 朝の授業中から雰囲気がおかしかったこと。小日向も響にだけでなく、俺に対して何かしらの感情を持ち、様子を窺っていること。そうして屋上で、響は泣きじゃくるばかりで何も言えなかったことを。

 

 

「立花には、そのことを尋ねたりは?」

「いや、出来なかった。そんな状態じゃなかったし、それに……俺が屋上に来る直前、小日向とすれ違った。恐らく、その時何かあったんだ」

「じゃあ……やはり、その子がキッカケで」

「いや、もしかすると不仲の原因は俺かもしれない」

「え?」

「響が黙っていたのは、小日向を守るためだったんだ。小日向自身が、それを理解できないとは思えない」

 

 この一ヵ月強で、響を中心とした人間関係を観察していた。その中でも小日向未来は、とても友情に篤く、また本当の意味で思いやりを持った女の子だった。

 それに、あの病院の駐車場での出来事だ。彼女は深く追及しなかった。それも多分、響との絆ゆえだ。

 

「それなのに、響がああまで動揺する出来事があったなら……」

「……貴方を疑っているから?」

「ああ」

 

『どうして響を戦わせるんだ』『親友が死にそうなのに、周りの大人はそれを止めさせるどころか推奨している』

 

 ……と、響に裏切られた怒りではなく、響に戦いを強いている周りの大人に対する憤りを募らせた。

 そう考えた方が余程辻褄があう。

 

「俺のせいで響が戦っているのは、ある意味で事実だ。俺にもっと力が…カード達が戻っていれば、あの子にあんな思いをさせずに済んだかもしれない」

 

 響は俺を庇ってくれるだろう。『私だって守りたいものがある』。そう言って決意したのは彼女自身なんだ。

 けれど……その末に、響自身の絆を失わせてしまうなら……

 

(俺は響の側にいられるのか…?)

 

 俺という存在に不信感を抱くのは当然だ。

 だが……響は、俺が周囲に溶け込めるように腐心していた。それで小日向が疑いの目の嵩が増してしまったのなら……

 

「……もしそうなら」

 

 湧き上がる自身への疑念。

 それを凛とした声が打ち消した。

 

「不動のせいじゃない」

「え?」

「……いいえ、そもそも、誰かが悪いわけじゃない」

 

 僅かに残る曇は、風に流れていつしか消え去る。

 一瞬、目を奪われた。だが、それはほんの僅かな間で、翼は顔を落として目を瞑る。

 が、やがて悲哀に満ちた眼差しで顔を上げた。

 

「………立花は……孤立していたかもしれない」

 

 太陽が雲の切れ間に隠れて、一瞬だけ見えない。

 翼の表情も、光を失ったように寂しく映る。

 

「孤立?」

「ええ」

 

 ゆっくりと翼は起き上がって、歩き始める。眼下には街が見渡せる。そしてその向こう側で翼が見ていた先には、本来なら何もない筈の場所。

 いいや、違う。

 翼が見ているモノは過去に在った。

 

「二年前の……ツヴァイウイングのライブの事件は聞いた?」

「……ああ」

「そうか」

 

 振り返り、俺を見て頷く。そのまま前を見た。

 

「ノイズが大量発生したあの二年前の事件で……立花は死に掛けた」

 

 ああ。と、乾いた返事が漏れる。

 誰の前で言うのも憚られるだろう。彼女にとっても救いようのない、心を痛め続ける事件なのだ。

 瀕死の重傷を負って、生死の境を彷徨い……天羽奏の力で一命を取り留めはしたが……大切な人が大勢失われたのは、彼女だけではない。

 響だって、苦悩の中で生きてきたはずだ。かけがえのない人々が死した中、自分だけ生き残ったなら。

 

 ……と、思っていた。

 

「けど……辛かったのは、その先にあった……と思う」

 

 俺は甘かった。

 この世界は残酷だ。

 不条理の塀に囲まれて出来ていた。

 ……知っていた筈なのに。

『のたうち回ったのは、お前だけじゃない』と……何度も、何度も、自分に言い聞かせていた筈なのに。

 

「……なにが、あった」

「……貴方は失望するだろうけど」

 

 翼の長髪が揺れた。強風が吹いていた。

 

「この国では、ノイズ被害者本人や、遺族に対して見舞金が支払われるの。立花の家にも、かなりの額が支給された筈。だけど…」

「……」

「例のライブ会場での死傷者…1万人規模と言われているけど……実際には、ノイズにより死亡した数は全体の半数以下だった」

「つまり、それは…」

「犠牲者の多くは、瓦礫に押し潰されり……逃げようとパニックになった観客達が将棋倒しになって圧死したり、窒息死したり…が、殆どだった」

「……そう、か」

 

 正直……分かっていた。

 ノイズが大量発生したとは言っても、あの映像を見る限り、せいぜい数は千数程度だ。あのライブ会場の観客全員を炭化させるにはどう考えても計算が合わない。

 

(あの時もそうだった……)

 

 自分は知らない。物心つく前の事で、後に資料で知った。

 直接に失われた命よりも、災害後の救助が行き届かず、暴徒と化した民衆の抗争によって亡くなられた人数の方が遥かに多いと。

 悲劇の引き金となるのは…その裏にある二次災害だ。

 

「その情報と重なったことで、周囲は生存者である立花を……」

 

 助かるかもしれない命が、他ならぬ人間の手によって散らされた事実。そうなれば、その犠牲者の怒りと悲しみは何処に行けばいいのか。

 それは……生き残った者に向けられてしまった。

 

 

「『他者を押し退けて、見殺しにしてまで生き延びた者』…たまたま目に映った芸能誌に……それが書いてあった……」

 

 

 ザクリと、喉に刃物を突き立てられたようだった。

 

 胃が、逆流する感覚。

 あの時と同じだった。

 ライブ会場での悲劇を、映像として見せられた時と。

 あれは、ほんの始まりに過ぎなかった。

 あの時がどん底ではなかったのだ。悲劇は、むしろここから始まっていた。

 

「私も目を逸らしていた……何処かで、喪った奏への痛みを、彼女にぶつけていたかもしれない……」

 

 本来なら、死ぬはずだった。

 幼き頃、生まれ落ちた数日後に。

 だが生きた。

 生き残ってしまった。

 他ならぬ、父の手によって。

 

「……情けないな。奏に後を託されて……生き恥晒して、この体たらくだ」

 

 死んでもおかしくはなかった。その後も恥知らずと罵られてもおかしくはなかった。俺自身が、何度自分を醜く罵ったのか分からない。

 だが甘えだったのか。

 こうして今自分の目の前には、悲劇の焦点として晒され続け、醜いエゴに翻弄されてしまった少女のなれの果てがある。

 

「……腹を掻っ捌きたい気持ちだ…」

「もう…いい」

「……すまない」

「いや、俺に、君達を責める資格はない」

 

 俺も一歩間違えれば、響の様になっていたのだ。

 人殺しの息子と。お前一人が、むざむざ生き残ったのだと。いつその呪いを受けるのかと、俺は毎日を、心の奥底で怯えながら過ごしていた。

 だから響はこだわった。他人を助けることに。どうやっても取り戻せない、あの日々を想い求めるかのように。

 

 その兆しと一縷の望みが、小日向未来と言う少女との繋がりだったのだ。

 

「きっと立花は……そういう中で晒されて。だからこそ、大切にしたはずだ。小日向という少女のことを、きっと」

「……そうだな」

 

 彼女を孤独にして、心を傷つかせたこの世界に、人に、憤りを感じないかと言われれば嘘になる。

 だが皆、心のどこかに傷を負ったのだ。その捌け口が彼女だった。誰も責められない。

 

(もしそうなら響……俺は……お前に何を……)

 

 罰を受けずにここまで来た人間。

 それが謂れのない憎しみと悲しみに晒され続けた響に、掛けてやれる言葉を持ちうるのだろうか。

 まして、心の支えを…唯一の拠り所にしていた絆まで経ち切られてしまった今となっては……

 

「……不動、すまないが、一つ頼まれて欲しい」

「何をだ?」

「もう一度、立花の友人を…引き合わせたい」

 

 自分で、滲んだ涙を引き取りながら、翼は言った。

 かつての己への誓い。それと訣別の意志を込めて。

 

「私は、立花のところへ行く。もう一方を頼めないだろうか?」

「……いいのか?」

「いいも何も、私がやらなければいけない事だから」

 

 ハッキリと強い意志で彼女は言う。

 

「以前病室で、立花の戦う理由を聞いた。二年前に大勢の人が無くなったことが、戦うキッカケだと、あの子は言った。それを私は『自己断罪の現れ』と評した……私自身がそうだったから」

 

 それは違う! そう言おうとして、飲みこんだ。彼女の言葉で自覚することができたからだ。

 俺も避けていた、その事実を。

 

「奏を失ったことからも、自分自身の弱さからも。それを認めたくない一心で、心の底に蓋をして……だから私は、もう逃げるわけにはいかないの」

「翼……」

「そして今、奏の力を受け継いだ者が道を彷徨うならば、私は灯火となるべく向き合いたい。それが防人の……いえ」

 

 初めて会った時の……いや、それすらも乗り越えた曇りなき眼が、俺を射抜く。

 

「ツヴァイウイングの片翼としての使命だから」

 

 俺は愚かだった。

 何時の間にか、彼女……小日向との誤解を解こうと、臆病になってしまっていた。それは俺自身、心に揺らぎがあったからだ。

 繋がりの無い世界に来たからこそ、再び一人になることを恐れた。響や小日向が、自分達だけの間柄の痛みとして抱え込んだことで……俺は何処か、寂しさを感じていた。力になれない、その情けなさを隠すようにして。

 だが、そうじゃない。

 俺が大切にしなきゃいけないのは、誰かと誰かを繋ぐ…その絆をこそ断ち切られることだ。なら俺がやるべきなのは一つだ。

 

「分かった。任せてくれ」

「助かる。正直、途方に暮れていた」

「礼を言うのは俺の方だ」

「え?」

 

 キョトンとする翼に、俺は笑いかけた。

 

「翼のお陰で、俺も自分のやるべきことが見えた気がする」

 

 そうだ。絆が失われることを恐れるなら、俺が怯んではいけない。

 例えこの身がどうなろうと、覚悟を決めることだ。最後まで足掻くことだ。そうすればきっと、新しい道が切り拓けるはずだ。

 そうして俺達はチームに、仲間になれた。それぞれ思う描く未来へと向かったんだ。

 

「小日向を、必ずもう一度、響と向き合わせてみせる」

 

 それは自分への宣誓だった。昔の自分への。

 空は青く、晴れ間が広がっている。

 そして授業を終え、次の科目へと移るための鐘が鳴った。

 




今月からのルール改訂で、シンクロや融合はエクストラゾーンの制限無くなったんですね。
リンク召喚とはなんだったのか…
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