龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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テックヴァラヌスでは、響はクラスメート三人組のことを名前ではなく苗字読みでした。
このSSを書いた時には既に名前で呼ばせていて、矛盾になってしまいました。
苗字読みに直そうとも考えましたが……響の性格から『ちゃん付け』の方が良いかなって思い、そのままにしてあります。


第7話『集いし絆と、陽だまりに翳りなく』-2

昼休み。

冷たくて味の感じなくなったご飯をモソモソと口に運ぶ。チャイムの五分前、休みの時間いっぱい使ってようやく食べ終えた私は、お水で何とか流し込んだ。

そのまま、ゆっくりと教室へと向かう。

 

(…一人でのごはんなんて、いつ振りかな)

 

修行とかノイズ関連で忙しい時には、確かに未来に黙ってご飯を食べる時はあったけど、その時は大体、師匠や遊星が一緒にいた。

なにも無いのに一人で…っていうのは、滅多にない。

当たり前だ。

未来がそうしてくれたからだった。寂しがり屋の私が一人で泣かなくて済むようにして、一緒に時間を作ってくれていた。

 

(未来……)

 

どうしようもない。

それなのにグルグル思考が空回りする。

晴れた天気は程よい日差しを教室に送り込んでくれる。もうすぐ六月になって、夏服を出さなきゃいけない季節になる。

そう言えば、夏になったらどこへ行こうか…なんて未来と相談してたっけ。

 

(…どこへ行っちゃったの?)

 

昨日の昼……私は泣き崩れた後、気が付いたら自分の部屋に戻っていた。弓美ちゃんや皆が心配してくれて、自室まで送ってくれたみたいだった。

そのまま何も考える気力がなくて、ベッドで寝ていたら夜になり、そのまま朝になって……起きると、未来がいなくなってた。

 

「あー、たるいね」

「この後、物理だっけ?」

「何かやりにくいよねー」

「また自習になんないかな?」

 

戻ってない…って訳じゃなかった。

部屋のテーブルに鍵が置いてあった。基本、寮のカギは一つしかなくて、後に出る人が閉める決まりだ。という事は未来は一旦戻って来たことになる。何も言わずに帰ってきて、また出た。

それもイヤだったけど、何とか気力を奮い起こして登校したら、なんと未来は教室にもいなかった。

端末にかけても繋がらず、メッセージを送っても返信は来なかった。

午前の授業が終わっても姿を現さない。

 

(今まで何も言わずに学校を休むなんて…なかったのに)

 

今年は無かったことだらけの毎日だけど、私にとってコレはトドメだった。未来が無断欠席なんて普通なら絶対にありえない。

もしかすると……ううん、絶対に昨日の事が原因。

私が未来を怒らせて、傷付けて……それが未来を追い詰めたんだ。

分かってる。

全部分かってる。

私のせいだ。私の……

 

「立花さん」

「…え?」

 

いつの間にか、教室のドアの真ん前に立っていた私に、寺島詩織ちゃんが話し掛けていた。

 

「……大丈夫?」

「あ、うん、ごめん。平気」

 

ハッとなって教室に入った。

…やはり、机を見ても未来の姿は無かった。鞄を置いている様子もない。学校には来ていないらしい。

 

「小日向さん、やっぱりお休みですか?」

「うん……そうみたい」

「…そうですか」

 

敢えてボカした言い方。詩織ちゃんは何も言わない。何があったか、話せないのは分かっているから。

それが彼女の優しさなのだと、少し申し訳ない気持ちになった。

 

「あ、ビッキー」

 

後ろから声がして、振り返る。ショートヘアで長身の女の子。クラスでも頼りにされてる安藤創世ちゃんがいた。

微かに残る感覚が確かなら、多分、寮まで直接私を送ってくれたのは彼女だと思う。

 

「創世ちゃん…」

「ヒナ、まだ来てない?」

「うん…メールも返事なくて」

「そっか」

「うん……」

「ごめん、この間はッ」

「え?」

「何も知らずにヘンに茶化しちゃってさ…」

 

そう言って創世ちゃんは私の手を握る。

温かかった。創世ちゃんはバスケとかが上手くて、たまに助っ人に駆り出される。でも変にゴツゴツしないで、柔らかい感触だった。

 

「ホントにごめん…これでも、反省してんだ」

「う、ううん…そんな事、全然ッ。気にしないでいいよ」

「気にするってば。当たり前だよ」

 

心配そうな顔をして、創世ちゃんは言う。隣でも詩織ちゃんが頷いた。

 

「…ありがとう」

 

未来以外で、私を心配してくれた人なんて本当に久しぶりだった。

師匠や遊星はずっと味方だけど、師匠は事情を深く知っているし、遊星は文字通り住む世界が違う。二人とも気兼ねなく相談できる相手……けど、それでも近しい存在が親身になってくれたのは嬉しい。

全てを知っているわけではないにせよ。

 

「……おっつー」

「あ、お疲れユミ。随分と遅かったね」

「あーうん」

 

その時、教室のドアがもう一回開く。

予想通りというか、立っていたのは、仲良し三人組の最後の一人だった。

 

「あれ、どうしたんですか、そのプリント?」

「いやー、不動先生んとこ行ったら、これ渡されてさ。今日は自習だって」

「え、また?」

「うん。悪いんだけど、ちょっと持ってくんない? 結構重いわ」

「ハイハイ」

「あ、私も手伝う」

 

咄嗟に手を出して、板場弓美ちゃんが持ってきた大量のプリントを幾らか請け負った。見ると物理のテスト形式で出された問題がびっしりと綴られていた。

うえぇ…と息が出るのを堪える。いくら心が弱ってても、こんなの見せられたら平静でいられない。

 

(遊星、ちょっと酷い……)

 

どうしてここに関しては妥協してくれないんだろうか。

……ううん、それ以前に。

 

「あんがと。ふー肩凝った」

「あの…」

「ん?」

「遊……不動先生、今日休み?」

「ううん、何か用事って言ってたけど」

「そっか…」

 

何かは分からないけど、連絡がないってことはノイズじゃないと思う。

後で聞いてみよう。

そう思った時、創世ちゃんが弓美ちゃんに訊いた。

 

「あ、そう言えば。端末どうだった?」

「ああ、それね。うん…普通に直ってた」

「まじ?」

「マジマジ。ほらちょっと見てよ」

「えー、ちょっと新品みたいじゃん」

「本当にフレームも強いのに変えてくれたらしくてさ。何か野球ボールぶつかっても平気だと思うって」

 

そう言って弓美ちゃんが取り出したのは、彼女が使う可愛らしい……かどうかは分からない、アニメのシールやらカラーリングが施された端末。確かに今までは画面も割れてて酷い様子だったのに、ほぼ元通りだ。

 

「それって、不動先生が直してくれたの?」

「そーそー。怒られるかと思ったんだけどね、全然そんな事なくて」

「今朝預けて、もう直ってたんですか?」

「うん。用事が出来たから、ちょっと前倒しにしてくれた」

 

そう言う弓美ちゃんの顔は戸惑っていたけど、嬉しそうだった。遊星だったら携帯端末の修理なんて朝飯前―この場合は昼休みに終わってたから昼飯前だね―でもおかしくない。ちょっとほっこりした。これを期に、遊星のことを皆が見直してくれたら言うことなしだ。

 

「あ、そうだ。アンタの事も心配してたよ?」

「え?」

 

キョトンと、私は弓美ちゃんを見る。向こうは苦笑しながら、ポンと肩を叩いた。

 

「未来と喧嘩してたんでしょ? よく理由は知らないけど…」

「丁度その事で今話してたんですよ」

「ああ、そっか。本人は……やっぱ、いないよねぇ」

「うん…今まで、こんな事なかったんだけど」

「そっかぁ……むー、こんな時アニメならどうするかな」

「ちょっと。真面目に考えて」

「考えてるよ。アニメはこういう時に馬鹿に出来ないんだぞ」

 

腕を組んで、ムムムと唸るように知恵を絞ろうとする弓美ちゃん。私が言えた義理じゃないけど、多分考え事に関しては向かない方なのに。それでも、皆は私達の為に考えてくれている。

弓美ちゃん達だけじゃない。

 

(遊星も……心配してくれてる)

 

考えてみれば当たり前だった。

私が屋上で泣いていた時に、うっすらと見えた遊星の腕。彼は落ち着くまでずっと側にいてくれた。

今までもそうだった。今回も私のことを気に掛けてくれてる。

 

(あとでメール送ろう…)

 

心配してくれるのは嬉しい。けど甘えちゃいけない。

ほんの少しだけ、私の中で活力が戻った気がした。

その時、三人が話した内容が伝わる。

 

「けど何者なんだろね、不動先生って?」

「ん? まー、悪い人じゃないとは思うけど……わざわざ生徒の私物まで直すかね、普通」

「今日も突然に自習ですし」

 

うーんと首を傾げる三人。と、その時弓美ちゃんがポツリと言い放った。

 

「あ、分かった」

「なに?」

「あの人、異世界から来た魔法使いだよ」

「ぶっ!?」

「どうかした?」

「え、う、ううん、なんでもない」

 

思いっ切り咳き込むのを堪えきれなかった。そのまま机に手をついて耐える。陰でケホケホしながら呼吸を整えようとするけど、その間にも彼女は次々と遊星の正体について言及し始める。

 

「異世界からって……突っ込むのもバカバカしいんだけど」

「いやいや、あの溢れ出る謎臭。おまけに度々起こってる急な自習…もうこれは決まりっしょ」

「アニメの観すぎですよ」

「いやそうだって。きっと元の世界じゃ英雄とか勇者ポジだったんだよ。もしかしたら2、3回くらい地球救ってるかも。それがバイクに轢かれたとかで私達の世界にワープしたんだって。間違いない」

 

凄い、殆ど合ってる!!?

『バイクに轢かれた』んじゃなく『バイクを引いてきた』ところさえ修正したらほぼ全部当たりだ!

 

「となると、機械に強いのは神様から貰ったスキルかな。一個だけ特殊能力貰えんのよ。回復魔法とか、逆に魔法を無効化とか」

「……先生、家電直してるだけじゃん。微妙すぎない?」

「敢えて最近はそうするんだって。あからさまにチートじゃないけど無双できる系の」

「してないじゃん無双」

 

なんてこった……。

正直、頭脳労働は私の次に苦手という大変失礼な思い込みをしていたけど、それは大いなる勘違いだった。

確かに私も隠し事は苦手だし、遊星はワザとじゃないかって位に敢えて目立っちゃうけど、この観察力は尋常じゃない。

どうしよう……未来に続いて弓美ちゃん達にまで……

 

「立花さん?」

 

私が後ろを向いてあれやこれや思案していると、詩織ちゃんが不思議そうに尋ねてくる。

ギクリと肩を震わせた。

恐る恐る振り返ると、怪訝そうな……いや、不安そうな顔をしている三人が私を見ている。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、うん…」

「ほらユミが変なこと言うから。ビッキーも呆れてるよ」

「ヘンな事とは何だ。アタシは真面目にだね…」

「い、いやいや、そんな事ないから。へ、平気だよ、ごめんね…私」

「あ、ちょっと元気出た」

「え?」

 

取り繕うとする私。

けど弓美ちゃんはニッカリ笑いながら私の頬っぺたを軽く抓る。全然痛くないどころか、ヒンヤリした創世ちゃんと正反対の掌の感触が、咳き込んで熱くなった私の顔を覚ましてくれた。

 

「ほら、女の子は笑ってないと駄目だって。特に響はさ」

 

そう言って笑う弓美ちゃん。横では創世ちゃんと詩織ちゃんが苦笑しつつも、その様子を見守っている。

……ああ、そっか。

一見、話を外れたように見えても、三人は私を励まそうとしてくれているんだ。

 

「ダイジョーブ。二人なら仲直りできるよ。今時アニメでも見ない位にラブラブだからね、アンタ等」

「ラブラブって…」

「ホントだって。二人なら世界中に向けて愛を叫んだり、月に相合傘書いちゃうくらいになれるよ」

「適当なこと言って。本当に悩んでるんだからね、ビッキーは」

「アタシも本気だってえのッ」

「まあまあ」

 

また喧嘩が始まろうとする二人を宥めている。

……少し、涙が出そうになった。

 

「…ありがと」

 

正直、怖い。

昔の事を知ったら、この三人はどうなってしまうんだろう。今までみたいに、いなくなってしまうのかな。それとも、私を……

 

「まあ、悩みならいつでも聞くからさ」

「独りでいたら気が滅入るしね」

「小日向さんには負けますけど、私達も一応友達のつもりですよ?」

「……うん」

 

それでも、この温かい気持ちがある内は、私は人を信じたい。

いや、そうじゃない。きっと、ずっと前からそうだった。

未来だけじゃない、私は大勢に支えられて生きている。

 

(未来……やっぱり、このまま終わるなんて私やだよ)

 

どうすれば未来と元に戻れるのか、全然分からない。けれど納得できない。したくない。最後まで行動しなきゃダメだ。

だってそれが、誰であろう、未来が私に教えてくれたことなんだもん。人と人との間に『陽だまり』があるんだって。

 

 

「あ」

「ん? どうした?」

「ごめん、ちょっと通話出るね」

「電源切っとかないと、アタシみたいになるぞ~」

「そしたらビッキーも修理してもらえばいいじゃん」

「もう…怒られますよ」

 

アハハハ、と談笑する三人をよそに、私はコッソリと端末を開く。

二課から渡されている方だ。遊星がいなくなったこともあって、私はまたノイズが出たんじゃないかと警戒した。

もしかしたらあの子……クリスちゃんの事で、何かあったのかもしれない。

そう思い、画面を起動させる。

 

すると、そこにあったのは思いもよらない文章だった。

 

『今から屋上まで来られたし。風鳴翼』

 

え……は、果たし状?

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

「ああ、先生」

 

リディアンの校舎よりDホイールを走らせること十数分。

俺は街の商店街にある、ある店を訪れようとしていた。

何故、今のタイミングで、急な自習を設えてまでこの場所に来るかというと、ある理由の為だ。

商店街へ入ると、昼時という事もあって、人通りも増えてきた。俺はDホイールを降り、ゆっくりと押しながら目的の場所まで歩いて行った。

 

お好み焼き屋『ふらわー』の店主は、俺の姿を見ると、すぐに手を振って迎え入れてくれた。店の外で、『おやすみ中』という掛札を付けようとしている所だった。

 

「こっち、こっち。よく来てくれたねえ。学校の方は大丈夫かい?」

「ええ。向こうには連絡してあるので。こっちこそすみません、忙しい中で…」

「いいんだよ。こっちも丁度お昼時が終わったところだからね」

 

そう言ってDホイールを脇の駐輪スペースまで置いた。今は昼時が終わって、夜までは仕込み時間だ。アイドルタイムというヤツらしい。

しかし彼女からの連絡があったのは不幸中の幸いと言うか、僥倖だった。

 

「しかし、わざわざ連絡してくれてありがとうございます。お陰で助かりました」

「なに、気にしないどくれ。こっちも先生に頼みたいことあったからさ」

 

そう言って、店の扉を開ける。

来る前にも感じていたが、暖簾をくぐって中へ入ると、香ばしい小麦粉の焼けた匂いや、ソースの芳香が漂ってくる。あまり食事には気を使わない方だが、こうして改めて来ると、とても良い雰囲気の店だ。

本来だったら、心行くまで味を堪能したいが、そうも言ってられない。

そもそもここへ来たのは、店主のおばちゃんから、ある連絡を貰っていたためだ。

 

「いやぁ、何が役に立つか分からないねえ。先生がリディアンに勤めてるのは知ってたけどさ。あそこの料理長のおじちゃんが連絡先知ってるっていうもんだから」

「ああ。前に食堂の換気扇を直した事があったんです」

「そうらしいねえ。向こうもそう言ってたよ、新品同様だって。ウチのテレビも、あれから一回も壊れなくてねえ」

「それは良かったです。ところで、おばちゃん…」

 

と、俺は改めて店の中に入って、事のあらましを確認することにした。

 

「小日向が来てると言うのは……」

「ああ、今は奥にいるよ」

 

翼と屋上での会話を終えた直後のことだ。

ふらわーの店主である彼女から電話があった。突然の外線で何事かと思ったが、俺がついさっきまで考えの最中にいた少女…小日向未来が、今その店に来ているという事だった。

 

「何か訳ありみたいだったから、特には聞いてないけど」

「ありがとうございます。その…色々とありまして。上手く説明は出来ないんですが」

「ああ、いいってそんなの。これでも客商売やってる身だからね。お客さんの事情には立ち入らないよ。ただ、誰にも連絡してないみたいだし、万が一ってこともあるだろう? 先生だったらクチも堅いだろうし、おばちゃんも安心して連絡できるってもんさ」

 

そう言って手を振るおばちゃん。アハハハ、と笑う様子を見て、俺も安心できた。が、次の瞬間、少し心配そうに奥を見て言う。

 

「未来ちゃん…一昨日もうな垂れて、一人でウチに来たんだよ」

「一昨日……」

「結構、思い詰めてた様子だったよ。どうも前から何かあったみたいでね。今朝も一人で商店街の方を歩いてて…」

 

只事ではないと、彼女も感じ取ったのだろう。そのまま学校に連絡せずに、学園の関係者である俺をコッソリ呼び出したのだ。

正直、小日向が学校へ来ていないと知ったのと、彼女から連絡を貰うのはほぼ同時だったから運が良かった。何しろ彼女はシンフォギアの秘密を知る者として二課に認知されている。姿が見えなくなったと知られれば、どう転ぶか分からない。

 

「……小日向に会って少し話したいんですが、どんな様子ですか?」

「それなんだけどね……ちょっといいかい?」

 

と、声を潜めて店の隅の方へと俺を案内する。余り大きな店ではないから、あくまで気分だろう。

移動すると、この事は誰にも言わないでほしいと言われた。もちろん、と俺も念を押すと、ようやく重い口を開けてくれた。

彼女も最初に学園に連絡しようと思っていたらしいが……小日向の様子を見て、思いとどまったらしい。

 

 

「行き倒れの女の子?」

「うん。今は奥で、あの子が看病してるんだけどね」

 

 

事の始まりは今朝だった。

いつもの様に開店準備をしていると、小日向がいきなり店へ飛び込んできた。それもびしょ濡れで。

驚いて中へ入れようとするも、なんと来たのは小日向だけではなかったという。一人の少女を担いで、「熱があるんです!部屋を貸してください!」と必死に懇願したそうだ。

 

「……どんな子ですか?」

「どんな子って…随分かわいい子だよ。この変じゃちょっと見ないねえ。髪が長くて、小柄で…ああ、髪の色が銀色がかってたし…ハーフかもね。あと…首から赤いペンダントを下げてたよ」

「……」

「先生心当たりがあるのかい?」

「……いや」

 

咄嗟に誤魔化した。

しかし、心臓が一気に早まるのを感じるが、ポーカーフェイスで誤魔化した。

 

(……雪音クリスか)

 

外見もそうだが、行き倒れてたという状況も見て、まず間違いない。

 

「それで、小日向はその子を連れてここへ?」

「私も初めは驚いちゃったんだけどね。取り敢えず様子を見ようと思って」

「そうだったのか……」

 

雪音クリスの行方は現在、杳として知れない。今朝ノイズが現れたとされる場所を中心に調べているが、未だに連絡はなかった。

 

(いや、寧ろ…そうか、それで見つからなかったんだ)

 

恐らく今朝弦十郎さんの連絡にあったように、雪音クリスは『フィーネ』という女から執拗に追撃を受け、疲弊していた筈だ。行き倒れ、本来なら狙い撃ちされるか二課に発見されるところを、小日向が偶然に見つけた。

無論、小日向にもシンフォギアの正体を知られたから、マークはついている。しかし、二課の情報部と調査部は雪音クリスの居所を探るために身動きが取れない。その隙間を縫ったように対象者の二人がイレギュラーな行動を起こしたことによって、一時的にだが存在を見失ったのだ。

 

「先生?」

「すまない…俺からは何とも」

「…そうかい」

「それで、その子は今は?」

「ぐっすり寝てるよ。でも、身体中傷だらけでね…未来ちゃんが診てくれたけど、背中拭いた時に痣もあったんだって」

「痣…」

 

少なくとも戦闘によるダメージではないだろう。ノイズとの戦いでもそんな風に背中に痣が出来るとは考えにくい。

とすると……

 

「もしかしたら、虐待か何かじゃないかって思って……警察に届けようかとも思ったんだけど、まずはあの子が落ち着かないと、って思ってね」

「……」

 

予想は当たらずとも遠からず、かもしれない。

俺の推測通りなら、雪音クリスは思想的な洗脳を受けていた可能性がある。そして子供を洗脳するのに暴力を用いるのは、反吐が出るほどに使い古された手段だった。

 

「おばちゃん、頼みがあるんですが……」

「なんだい?」

「俺がいるというのは、その子には黙っていて欲しいんです。もし虐待の疑いがあるなら、大人の男がいると怖がるかもしれない。警察にも、暫くは黙ってて欲しいんです」

「まあ…先生が言うなら、そうしておくけれど」

「ありがとう」

 

俺がここにいることを、雪音クリスに知れるのだけは避けねばいけない。彼女は手負いの獣だ。下手に刺激して、此処が戦場になれば目も当てられない。

それに小日向は、自分が介抱した少女が友人と敵対している存在と知ったら……間違いなく悲しむ。

 

「先生も悩んでるのかい?」

「え?」

「あまり多くは聞かないけどね。そうやって眉間にシワ寄せてちゃ、幸せが逃げるよ」

「……そうかもしれませんね」

「だろ?昔から人の顔見るのは得意でね」

 

おばちゃんがポンと、俺の肩を叩く。自然と、俺の口元は緩んでいた。

 

「ありがとうございます」

「いいえ、どういたしまして」

 

俺は頭を下げた。

彼女の人柄からするに、黙って警察や病院に言うことはないだろう。取り敢えずは安心だ。

 

(……もうこれ以上、響や小日向に辛い思いはさせない。雪音クリスにも)

 

解決策はない。

雪音クリスの事を誰にも言わず、黙って彼女が回復するのを待つのか。その間に二課の人間や、『フィーネ』がここを嗅ぎ付けたらどうするのか。それ以前に、小日向と響の問題もある。

だが……動けなくなった彼女達の想いを少しでも尊重してやること。これだけは譲れない。絶対に。

 

(きっとある筈だ。あの子たちが笑っていられる場所を作る方法が)

 

自然と拳を握りしめていた。

 

「すみません、取り敢えず…」

 

「おばちゃん、タオルありがとうございました。あの子、今また眠っちゃってて……」

 

その時だ。

トタトタと、母屋の方から足音がする。

軽い足取りだった。こっちへと近づいてくる。その声の正体に被いて、店の奥へと続く扉を見た。すると、台所の方からひょっこりと姿を見せたのは……

 

「……あ」

「小日向…」

「ふ、不動、先生……」

 

響の親友が、唖然とした表情で俺を見ていた。

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

屋上。

 

「……」

「……」

 

朝の天気が嘘のように、午後は快晴だった。風が程よく吹いて、それが頬に当たって気持ちいい。

空いてる時間はたまにここでバドミントンとかやってる女の子の姿がチラホラ見えたりする。とは言え今は授業中なので、みんな大体は教室にいる。

今この場所にいるのは……。

 

「……」

「……」

 

翼さんと、私だけ。

 

「……」

「……」

 

私は翼さんの連絡を受けて、すぐに屋上までやってきた。幸い、こっちは自習時間だから私が席を離れても咎める人はまずいない。そのまま見つからないように屋上までやってくると、翼さんは既にベンチに座って待っていた。

 

「……あの」

「ん?」

「お身体、大丈夫ですか?」

「……平気よ。ありがとう」

「い、いえいえ……」

 

翼さんが腰かけるベンチの肘掛けには、松葉杖が一本、立てかけてある。見た時私はギョッとしたけど、本人曰くあくまで念の為の保険らしい。何でも了子さん曰く、シンクロ・シンフォギアを使ったことで、自己治癒力が一時的にアップしてるんだそうだ。それに加えて翼さんの元々持つ強靭な体力と重なって、この頃は更に回復してるとか。

 

「あ、あの。辛かったら言って下さいね。あ、飲み物とかいりますか?」

「平気よ。ありがとう」

「い、いえいえ」

 

似たやり取りを繰り返すこと10分近く。

…翼さんからは何のアクションもない。そもそも何のために呼び出されたんだろう。遊星のこと。クリスちゃんのこと。

あるいは……未来のこと。

 

(もしかして……私へのお叱り……とか)

 

もとより未熟者の私。お説教の種は尽きない。まして昨日の未来とのこととか、そもそもバレてしまったこと…不可抗力とは思うけど…でも防人として誇りを持ってる翼さんにとっては許しがたいかもしれない。認めてくれても半人前であることには変わりないんだから…ここ数日の私に怒っても仕方がない。

 

「……立花」

「は、はいッ」

 

不意に呼び止められる。

私は顔を引き締め、翼さんを見た。翼さんは何とも言えない複雑そうな顔をして下を見ている。一見すると怒ってるようには見えない。けど、もし何か私にあるなら……

 

「その……」

「は、はい……」

「……どうかな?」

「……はい?」

 

ヒュウ~と風が吹いた。

翼さんは私を見ることなく、膝の上で拳をギュッと握ったまま。

私は固まった。え? 何が……でしょうか?

 

「あの…」

「だ、だから……最近、どう?」

「……」

 

息子が反抗期のお父さんかな?と、頭が無礼千万で失礼全開なことを考える。すぐにその発想は打ち消そうとするけれど、時すでに遅し。

 

「……何か失礼なこと思ってない?」

「す、すいません!」

「謝るという事は肯定か?」

「ち、違いますぅ!」

 

慌てて手を振って否定した。世紀の歌姫、風鳴翼に父性を感じたとか口が裂けても言えません。

とは言え私も答えようがない。接し方に困っているというか、話の切り出し方に苦心してると言うか……

 

「……こ、これでも、心配してるのに」

「え?」

 

キョトンとした。翼さんはようやく私を見る。その顔は何処か……恥ずかしそうだった。こんな顔をしたのは、病室で散らかった状態を見た時以来だった。それに…翼さんは、私を『心配』って……。

 

「明らかに様子が違うでしょう……それに彼女…立花と、いつも一緒にいる子と」

「あ…」

「何かあったのではないかと思って……この数日で大きな変化と言えば、私にはそれ位しか思いつかないから」

「……」

 

情けない。

落ち込むと私は自分に寄せられる好意に疎くなる。

と言うより……何処か、怖いんだと思う。優しくされた後で、それが無くなってしまう事に、心底怯えていた。

さっきだってそう。弓美ちゃん達が私の過去を知ったらと思うと不安になる。

 

「いえ、当たりです」

「…そう」

「すぐ顔に出ちゃいますよね、私」

 

あはは、と乾いた笑いが出た。

もしかして…未来が怒ったのは、私のそういう所なのかな。未来は私を想ってくれているのに、それを知っていた筈なのに、目を背けてた私を見て悲しくなったんだとしたら…結局、悪いのは私だ。

 

「私なりに、覚悟を決めて来たつもりだったのに…」

「……」

「ごめんなさい……本当だったら、こんな風に気を遣わせちゃったらいけないのに」

 

きっと翼さんなら、甘ったれるなと一喝するだろうなぁ……。

多分……ううん、他の人が考えれば、それが正しい。だから『ふざけるな』って怒鳴ってくれた方がいっそスッキリしたかもしれない。

 

「小さなことに気をとられちゃって……ダメですね」

 

戦うために、シンフォギアの戦士になるんだって決めた。

ノイズに襲われたら人は死ぬ。

なら、それを守るために私は何があっても戦いを一番にしなきゃいけない。頭で考えればよく分かる。

けれど、私の心はいとも簡単に動いた。他の人が見たら小さい『しこり』を、消せなかった。

 

「何にも手に付かないです……変わらなきゃいけない筈なのに」

 

翼さんだって言ってたじゃないか。

戦うためには、戦士になるには、人としての生き方から遠ざかってしまうんだって。貴女にその覚悟があるのか、って。

なのに私は良く分かって無くて……気持ちばかりが大きくて。挙句の果てに友達の心を壊して…溜息ばかりが出てきてしまう。

これだって、私の単なる感傷なのかもしれないのに。

 

 

「……いいんじゃないかな」

「え?」

「今のままで」

 

 

儚げな顔をして。

まるで、夜に月が照らしてくれているように。

翼さんの掌が、私の頬に触れた。

 

「つ、翼さんっ?」

「その小さいものが、立花にとって本当に守りたいものだとしたら」

「え…」

「変わらなくたって良い」

 

優しいのかな。

それとも、悲しいのかな。

翼さんの目は、なにも語らず、動かずに、ただ私の目をじっと捉えて離さない。

これは……この気持ち、何だろう。

少しひんやり冷たくて。だけどほんのり、温かい。柔らかくて…少し涙が出そうになる。

これって、きっと……

 

「…けど……私、弱いままです」

「立花の強さは、何処にあると思う?」

「……わ、わかりません」

 

少し沈黙して、素直な言葉を口にした。

迷いばかりの私の顔を、翼さんは少しも責めない。

けれどただ、そこにある。

前に翼さんの眠る病室で、同じ声を聞いた気がした。

 

『大丈夫』

『心を落ち着けて』

『ゆっくりと向き合いなさい』

 

あなたの瞳が、囁きかける。

 

「上手く言えないけど……その『小さい』ことが、立花にとっては大切だから悩むんじゃないかな」

「…あ」

「なら、捨てちゃいけない」

 

躓いたその身体を、この人は立たせた。

 

「立花はきっと、立花のまま強くなれる。私は……そう思う」

 

『この先は、貴女が歩いて』

 

背中を押しながら、そう励まして。

思い出した。

この気持ちは、そうだ。

辛い時、何度も何度もやり直せる元気と勇気を貰った。この安らぎと、湧き上がる思いは……。

 

「すまない。やはり私は奏みたいはなれないな」

 

パッと、手を離して翼さんはもう一度顔を伏せた。

恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしている。

 

「奏はこういうのが得意だったから。他者の気持ちを良く分かってて。元気付けて、自分もいつも前向きで」

「いえ、そんなことないです。ありがとうございます」

 

頬が緩んでいた。

さっき、弓美ちゃん達に励まされた時とはまた違う。温かい気持ちがこみ上げてくる。他人の優しさに触れた喜びだけじゃない。

あなたのその、心の底にある筈の純粋な思いに触れたから。

 

「前にここで、親友に同じ様な言葉で励まされたんです。それでも私また落ち込んじゃって……ダメですよねぇ」

 

苦笑した。

 

「あー、ダメだダメだ。私はダメだッ」

 

私自身をそう言ってバカにしたいような。けど本当は……ちょっと嬉しさと恥ずかしさがこみあげて、ごちゃ混ぜになって……上手く言葉にできないだけ。

 

「ありがとうございます、翼さん」

「別に…何もしてないわ」

「いいえッ。また励まされました」

「え?」

 

キョトンとする翼さんに、私は立ち上がって言った。

 

「私、ずっと翼さんのファンでした」

 

告白する。

ずっと、言えなかった気持ちだ。

 

「初めてライブを見た時から憧れで。怪我をしても、ライブの時の想いを忘れないで生きてきました。痛かった時も苦しかった時も、翼さんの歌が、私を支えてくれたんです」

 

あの日、私の人生が崩壊した。

ゆっくりと、壊れた積み木を組み直す作業だった。それだけで、私は2年以上を費やした。誰かに労って欲しいわけじゃなかったけど、それでも、褒められなくても。ただ私が頑張りきることができたのは、誰であろう、この人の歌声があったからだ。

 

「リハビリ大変だったけど、それでも乗り越えられたのは、翼さんの歌があったからです」

 

初めて音楽を好きになれた。この人の絶唱、それが私の覚悟を決めた。私の人生の岐路には、いつもこの人がいる。

 

「聴く人に元気をくれるんです。翼さんの歌」

 

今までも、これからも。風鳴翼の歌は、私にとっての月明かり。

 

「大好きです、翼さんの歌。だから、ありがとうございます」

 

私は幸せだ。

呪われてなんかいない。

翼さんっていう、見守ってくれる月がある。

遊星っていう、支え、励ましてくれる星灯りがある。

そして……私の帰る陽だまりが。

 

「何だか、私が励まされるみたいね」

「え、あ、す、すいません、私、勝手なこと…」

 

慌てて頭を下げる。

考えてみると、私今、ものすごく恥ずかしいというか、おこがましい事を言ったかなぁ……?

 

「いいわ、別に」

「え?」

「立花は、それでいい」

 

そう言って、翼さんは微笑む。

この笑顔の真意は分からないままだったけど。けれど変わらずこの人は、その歌声で、凛とした魂で、人の心を動かし続けるんだろうなぁ。

そんな私の考えを、晴れた空が裏付けてくれた気がした。

 

 

 




次回、未来と遊星とのシーンに続きます。
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