龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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第7話『集いし絆と、陽だまりに翳りなく』-3

 しんと静まり返った店内。

 外の喧騒も、ここまでには届かない。

 一瞬、緊迫した雰囲気の中で、小日向は身体を硬直させながら、俺を見ていた。

 

「せ、先生……」

 

 手に持っていたタオルを取り落してしまう小日向。その眼は俺を警戒するものだった。

 無理もない。

 その時、おばちゃんが口を開いた。

 

「ど、どうして、ここに……?」

「ごめんね、未来ちゃん」

「え?」

「おばちゃんが、勝手に先生に連絡しちゃったんだよ。けど、誰か頼れる人がいた方が良いって思ってね」

「おばちゃんが……」

「大丈夫よ。この人は、未来ちゃんを裏切ったりしないから。ね?」

 

 そう言って、俺を見て尋ねてくる。人として、信頼を問うてくる目だった。『彼女達を悲しませないか』と? 

『もちろんだ』。心の中で、俺は確信を持って言った。

 

「小日向」

「……」

「大体のことは、この人から聞いた。倒れてる子を、介抱してたんだってな」

「……すいませんでした……」

「いや、無事ならいいんだ。それで」

 

 肩に手を掛けようとした。監視の為に現れたのかと思っているのかもしれない。小日向を探して雪音に行きついたのは偶然だが、俺と雪音クリスとの関係まで知られるのは駄目だ。

 その時だ。

 

 

「……あ」

 

 

 この時の出来事を、なんと言い表せばいいのか。

 凶運、悪運、あるいは皮肉か、運命か。

 いずれにせよ、俺と『彼女』が、お互いに言葉に詰まってしまったのは言うまでもない。

 

 雪音クリスが、そこに立っていた。

 

「ああ、ごめんね、起こしちゃったかい? あのね、この人は未来ちゃんの学校の先生なの。しっかりしてる人だから、安心して」

「……ッ!」

 

 おばちゃんが近づこうとした瞬間。

 明らかに敵意を剥き出しにして俺を睨み付ける。

 まずい。ここで戦闘を起こされては…! 

 

 この距離ならギアを纏う前に俺が飛び付いて無効化は可能だ。純粋な体術だけなら恐らくこっちに分がある。

 だが──『()()()()()()()』──その言葉が重く圧し掛かる。

 

「お前っ…!」

 

 雪音の手が、胸元から下げてあるペンダントにまで伸びた。例え俺が望むまいと、彼女が心のそこで戦いを拒絶しようと、俺が彼女の目に敵と映ってしまえば、戦いは避けられないのか? 

 悔しさと情けなさが、頭の中で暴発しようとする。だが運命が、皮肉屋を、また連れてきた。

 

 

『失礼します、警察です』

 

 

「っ!?」

『すみません、どなたか、いらっしゃいませんか?』

「け、警察…?」

 

 全員が一瞬気を取られた中で、小日向が呆然と呟いた。

 俺も雪音も驚き、扉を注視する。向こうでは青年と思しき声と、シルエットが窺えた。

 

(どういう事だ…?)

 

 このタイミングで警察が来るなんてありえない。

 雪音の探索か? いや、嗅ぎつけられるのが早すぎる。もし見つかったなら、その前兆はあった筈だ。ともあれ今は、寧ろこの状況をどうするかだ。

 ここで警官まで入ってくれば、雪音は間違いなく己の身を守るために逃げ出すか、最悪の場合……

 

「先生、その子たち連れて奥に行ってて」

「え?」

「いいから。ここはおばちゃんに任せて」

 

 混乱して思考がまとまらない俺達の前に、壁となるようにしておばちゃんが立ちはだかる。彼女は俺に向かって、店の奥を指差した。この人が住まう母屋だろう。雪音や小日向もそこから来ていた。

 瞬間、俺は小日向と雪音の方へと駆け足で向かった。

 

「……すまない、頼むッ」

「せ、せんせいっ?」

「な、何しやがる…っ!?」

「二人とも、隠れるんだ」

 

 そのまま手を引き、ずんずんと奥へと進む。二人を無理矢理に母屋の入り口の中へと押し込み、俺自身も入ると、急いで戸を閉めた。

 

「何も喋るなよ」

「……っ」

 

 二人を覆うように俺も壁となって、二人を庇いながら、壁に耳を押しやって中の様子を確かめる。入ったのをキッカケにして、店主は『はいはい』と、にこやかな声を出して扉を開けた。

 

 

『すいませんねえ、お待たせしました』

『お仕事中に申し訳ありません』

『いいえ、構いませんよ。それで、警察って仰いましたけど?』

『失礼、私は署の防災係の者です。今朝がた未明に、向こうの通りでノイズが発生しまして』

 

 警察と言う単語が聞こえた瞬間、俺に触れている雪音の肩がビクリと震えた。

 

「っ!?」

「大丈夫だ、そのまま動かないでくれ」

「……っっ…」

「小日向も、じっとしてるんだ」

「は、はい……」

 

 流石にこの状況で俺に敵意を向ける余裕はない。俺の囁きに、黙って頷く。小日向も、俺の言葉に逆らいはしなかった。

 緊張が続く俺達をよそに、おばちゃんは何食わぬ顔で警官とやらに応対する。

 

『そうだってねえ。町内放送で聞きましたよ』

『ええ。それで街に異常がないかどうか、市民に何か起こってないか、こうして見回ってるんです』

『それはそれは、ご苦労様です。でも、こっちは大丈夫ですよ。お昼もお客さんが一杯で』

 

 これには俺も舌を巻いた。役者顔負けの演技である。俺も潜入捜査の真似事はしたが、彼女の方が余程向いてるんじゃないか? 

 と、警官の気配がこちらへと近付いた。

 

『おや? そちらに、誰かいらっしゃるみたいですが?』

『ああ、電気屋さんよ。ご覧のとおり古い店だからねえ。あちこちガタが来てんのさ」

『ほう…』

 

 ツゥ…と、首元に汗が滲んだ。

 雪音だけじゃない。学生の小日向も、見つかれば警官が補導する理由になる。それ以前に、この扉の向こうにいる男が果たして警察官なのかどうかも疑わしい。

 奴がこちらまで来れば……後はもう、一か八かだ。

 

 だが、腕に力を籠めかけた時。

 

『……そうでしたか、失礼しました。では、私はこれで』

『どうもお世話さまで』

『何かあればご連絡を下さい』

 

 男の言葉が聞こえると、次に扉がガラガラと響く音がする。それからあとも十数秒ほど、俺達はじっと扉の前で息を殺していたが、やがて気配が完全に消えるのを察した。

 それからコンコン、とノックをする音。

 俺はゆっくりと、扉を開ける。そこには満面の笑みを浮かべたおばちゃんが立っていた。

 

「先生、もう大丈夫だよ」

「……助かりました」

「気にしなさんなって」

 

 そう言って、おばちゃんはサッと母屋側に入って、扉を閉める。この人が味方で本当に幸運である。彼女でなかったら、こう上手くいかなかったかもしれない。

 

「ごめんね、突然。事情は知らないけど、あんまり人に知られたくないんだって思ってね」

「いや……ありがと」

 

 そう言って、頭を下げたのは雪音の方だった。

 警官をやり過ごしたお陰で、彼女も緊張の糸が切れたのか、俺に対する意識も少し弱まっていた。

 ここまで来れば、手荒な真似はしないだろう。

 

(それにしても……)

 

 奇妙な縁と取り合わせだった。

 

「……」

 

 俺は、事情を知っているが、話せない。

 雪音クリスは、俺を知っているが、小日向を恐らく知らない。

 小日向は、雪音クリスに対して何か勘付いたかもしれないが、俺との関係は知らない。

 三者三様、お互いの想いが複雑で、上手く動けない状況を作っていた。

 

「……」

「……」

「……」

 

 沈黙が続く。

 このまま居ても状況は変わらない。

 小日向がいれば、雪音クリスも強い行動は起こさない。が、俺に対して警戒を解いたわけじゃない。俺も何もできない。これでは千日手だ。かと言って……

 

「……あ」

 

 その時、低く、唸るような音。出処を探っていくと、やがてそれは少女の腹から鳴っていることに気付いた。

 

「っ……」

 

 真っ赤な顔をする雪音クリス。どうやら彼女の腹の虫だ。そう言えば、もう時刻は昼休みをとうに過ぎている。俺は空腹には慣れてるが、雪音や小日向はそういかない。

 と、なると……

 

「ちょっと待っててね」

「ん?」

 

 おばちゃんはそう言って、再び店へと通じる扉を開けた。

 

「うん、誰もいないね」

 

 そう言うと、彼女はチョイチョイと手招きをして、店の奥へと入って行った。

 

「……」

 

 俺達はしばらく呆然と佇むが、ゆっくりと店内へと入った。

 と、入った筈のおばちゃんがいない? 

 ポカンとすると、台所の方から何かを抱えて、おばちゃんが戻ってきた。

 

「三人とも、はいこれ」

「「「え?」」」

 

 目を丸くして返事をする三人。おばちゃんは悠々と手に持った『それ』を抱え、俺達に手渡した。

 

「……何だコレ?」

「お好み焼きの材料だよ」

「はっ?」

 

 雪音クリスの口が、空いたまま塞がらない。

 

「お腹空いてると、良い考え出ないよ。まずは何か腹に入れな。ほらほら、奥の座敷行った行った」

「え、あの、でもお店は? そろそろ午後の…」

「臨時休業だよ。肩が凝ってたから丁度いいさね」

「あ…え」

「お、おばちゃん、ちょっと待ってくれ…」

「男がおろおろするんじゃないよ、みっともないッ」

 

 何が何だか分からず、唖然とする俺を、彼女は一喝した。カチンと、一瞬身体が硬直する。

 

「私は布団干して畳んでくるから。それじゃあね先生もしっかりね。あ、調味料とか奥にあるから。何か足りないのあったら適当に持ってってね」

「え、ちょっとおばちゃ…」

 

 引き留めようとする小日向。だが、おばちゃんはあっという間に俺達をその場に残し、自分は母屋の奥の方まで立ち去ってしまった。後には、残されたという想いしかない三人だけだ。

 

「……」

「……」

「……」

 

 この状況は俺でも流石に予想できなかった。途方に暮れて、つい少女たちを見下ろすが、彼女達も戸惑っている。

 

「え、えっと……」

「……どうすんだよ、これ」

 

 俺を見て睨む雪音クリス。まるで、この状況は俺に責任がある……みたいな目線だ。

 

「……混ぜて、焼くんじゃないか?」

「作り方は訊いてねえ! この状況どうすんだって言ってんだよ!」

「その通りだ」

 

 つい頷いてしまう。我ながら馬鹿な質問をしたもんだ。

 

「お前バカにして……あっ」

 

 食って掛かろうとする雪音だが、次の瞬間に聞こえたのは、先より大きなお腹の音だ。

 

「~~~~~」

 

 こうも自分の空腹に邪魔されては、彼女も何も言えない。ぐうの音も出ない、とは正にこの事か。いや、出たんだが。

 

「…食べるか、奥の座敷が開いてるんだったな」

「はっ?」

「だ、大丈夫ですか?」

「人の気配はない。心配ない筈だ」

 

 小日向の不安に、俺は頷いて答えた。この手の人間が二度同じ場所を訪ねることはない。セキュリティから逃げる時のクセで、対処法は身に染みていた。

 

「わ、分かりました」

「ちょ、ちょっと待てよ、お前…!」

「…食べよっか、ね?」

 

 小日向が、雪音に向かって言う。微かな笑みを浮かべた様子は、彼女を心配しているみたいだ。

 そして再三と鳴る、腹の虫。彼女もどうやら限界だったらしい。渋々と頷いた。

 

「……分かったよ。で…どうすんだ?」

「俺も詳しく知らないんだ。数回して来てないからな」

「…た、多分、まず鉄板を温めるんだと思うけど…」

「確か……その前に、油とか必要なんじゃないか?」

「あ」

 

 ハッとする小日向。彼女も、普段あまり座敷の方は使わないらしい。

 

「奥に色々あると言ってたな…そこにあるか」

「わ、私取ってきます」

「ああ、悪い……あと、足りなそうなのがあったら、持ってきてもらえるか?」

「分かりました……あの、ちょっと待っててね」

「……ああ、分かった」

 

 不安げに、雪音を見る。向こうもゆっくりと頷いたので、小日向は少し不安そうにしつつも、台所の方へ向かって行った。

 

「……俺達も座敷に行くか」

「……ああ」

 

 残されたのは、俺と、雪音クリスの二人。ボウルを持ち、奥にある座敷へと移動した。以前、修理したことがあるテレビも置いてあった。畳張りの床に対角線上となって座り、お互いのスペースを確保する。

 最初は台所を見ていたが、俺を視界に収めると、それまで抑え込んでいた殺意を一気に噴出させた。

 

「……何のつもりだ?」

 

 細い指が、首元へ這う。ゆるやかに添えられた手には、赤い結晶が付いたペンダントが握られている。戦えば殺す、と言うのだ。

 実際シンフォギアを使えば、Dディスクの無いこちらに対抗策は無い。死ぬだけだ。

 

(戦わないのは、小日向がいるからか……あとは…)

 

 こっちが何をするのか、それが読めない為だ。彼女は俺の能力を把握してない。

 

(応援を呼ばれたら困るのは向こうだ……だが)

 

 とは言え。

 

「アタシは……!」

「しっ」

「えっ…」

 

 この方法はフェアじゃない。

 

『そのまま声を出すな』

 

 端末で文字を打ち込み、雪音に見せて制する。俺は座敷の中を探った。テーブルの中や壁周り。果てはコンセントケーブル。疑える箇所は虱潰しに探した。雪音も、こちらに害意が無いと分かると、ただ見つめるのみだ。

 

 ……やがて。

 

(ここに在ったか)

 

 目的の物が見つかった。

 

(年端も往かない子ども相手に、こんな真似を…!)

 

 黒っぽい、数センチ程度の金属片だ。知らない人間が見れば、ただのゴミにしか映らない。だが、この手の小細工に慣れてる俺には通用しない。そもそも、テーブルの裏にゴミをわざわざ貼り付ける奴はいない。

 

「…」

「……」

 

『もう少し待ってくれ』

 

 雪音にそれを伝えると、急いで作業に取り掛かった。小日向が戻るまでに作業を終わらせないといけない。

 バキン、と叩き折りたかったが、破損したことが設置した犯人にバレる。音を立てずにケースを開けると、電波を受信する形式だった。これなら何とかなる。すぐに作業を終えると、持っていた絶縁テープでグルグル巻きにした。

 

「……よし、声を出していいぞ」

「な、何だよ、それ…?」

「盗聴器だ」

「……えっ」

「さっきの奴も警察じゃない。嗅ぎ付けられるのが早過ぎる」

 

 盗聴器はラジオの電波を基準とする古い型だった。俺の世界では骨董品だが、サテライトではよく部品が転がっていたので、改造してラジオの代わりにしたことがある。今は音を聴きとり辛くしただけだが、客もいない状況なら、この方が不自然じゃない。むしろ壊したり完全に遮断すると、向こう側に警戒される。

 

(これをやったのは誰だ?)

 

 二課の連中が貼り付けた……とは思えない。弦十郎さんがこんな真似は容認しないだろう。そもそも、誰を探る目的だったのだろうか。

 

(俺か、響か、小日向か……少なくとも雪音じゃない)

 

 となると、二課にいる内通者の可能性が高い。一先ず弦十郎さんに報告したいところだが、この状況ではそうもいかない。

 

「盗聴器って、どういうことだ?」

「君を狙っての物じゃない筈だ。俺か……あるいは、小日向かもしれないな」

「なんだよそれ……アイツが、何かしたのかよッ」

「…何もしていない。戦闘に巻き込まれて、響の…シンフォギアの秘密を知ってしまったんだ。その、監視の為だろうな」

 

 シンフォギアの秘密を知っている者だけが対象とは限らない。近しい者を人質にして、取引を強要するかもしれない。だからこそ、弦十郎さんは秘密を決して漏らさぬよう、響に再三と言い聞かせていた。

 だが内通者が存在する以上、何処から秘密が漏れているのか、それさえも不明だ。

 

「……ざけんな」

 

 微かに漏れ出た、全てを引き裂きそうな呪いの声。それは恨みの塊だった。自分を虐げてきた者に対する軽蔑と怨念が、声になって噴き出している。

 様子からすると、彼女も知らなかったに違いない。

 

「汚えよ…ッ! 子どもの気持ち、考えたことねえだろ、コイツら……何も知らねえ奴の居場所嗅ぎまわってコソコソして……それで平気な顔しやがって…ッ」

 

 子どもの傷口から入り込み、自分が絶対だと信じ込ませる。そうして一度信頼した子供は、受け入れられた安心と、再び見捨てられる恐怖から逆らえなくなる。

 

「……なんなんだよ……何なんだよ、大人って奴等は…!」

「意味なんてない」

 

 断言した。尖兵とした子どもに、重要な機密を持たせる必要は無い。手駒として見ていた連中に激しい怒りを覚えた。

 

「権力が勝手に作った理屈に、子どもを従わせてるだけだ。そこに意味なんて無い」

「…随分、慣れた顔してやがるな。こういうのはお得意ってか? お前だって…そいつらの仲間なんだろ? 腐った大人たちの」

「違う」

 

 確かに、この国の人々の為に戦う決意はした。しかし、それは俺自身の意思だ。飼い犬になった覚えはない。

 俺にも譲れないモノがある。

 

「……俺が別の世界から来たのは知ってるな?」

「だからなんだよ?」

「コレの意味は分かるか?」

 

 そう言って、顔の右側……目尻から下あごにかけて、指でゆっくりとなぞるようにして『ソレ』を外し、雪音に見せる。了子さんの特殊シール―以前のパウダーが剥がれたので改良した―を取り、覆っていた黄色のマーカーが浮かび上がっていた。

 

「いや………なんだ、それ? 隠してたのか?」

「マーカーと言ってな。罪を犯した人間に刻印される。俺はこいつを18の時に付けられた」

「……何やったんだ?」

「ゴミの島から勝手に出た。それだけだ」

 

 勿論、マーカーを付けられた連中にならず者も少なくないが、シティからの押し付けで無理矢理に焼き付けられた者も多い。確かに俺は法を破り、秩序を乱した。しかし、あの環境を是とすることはどうしてもできない。それでは、この少女に手を差し伸べられない。

 

「俺の世界も、大人は周りを見下すばかりで、ロクに力もない者たちを平気で蔑んで、痛めつけた。こいつもそうだ」

「……」

「今でも俺は権力が嫌いだ。こんな事を平然とする連中にも吐き気がする。だから盗聴器も潰した。端末も今は電源を切ってる」

 

 そう言ってマーカーを指差した後で、俺は通信端末を取り出すと、机の上に置いた。それを信頼の証として差し出す。

 

「君を売る真似はしない。絶対にだ」

「……妙なコトすんなよ」

「ああ」

 

 ゆっくり頷いた。雪音は端末を掴みとると、自分の側へと引き寄せる。これで良い。彼女の信用を得る為だ。俺達は、決して国の利益のために戦っているんじゃない。

 その時、ようやく目的の胡麻油やら何やらを探し出した小日向が、自分の分のボウルと一緒に持ってきた。

 

「……お待たせしました。中々見つからなくて」

「ああ、悪かったな」

「いえ……ゴメンね、待たせちゃって」

「いや、気にすんな…それで、どうすんだよ、これ」

「あ、うん。まずコンロを点けて、で……油引いてって」

 

 小日向が座ると、テーブルの端にあるツマミを回す。カチリと音がして、鉄板に熱が灯り始めた。次に胡麻油を引いて、大きな銀色のコテを使い、まんべんなく染みこませるように敷いていく。多少ぎこちない手つきだが、少なくとも俺よりは上手い。

 胡麻油の香ばしい匂いが次第に広がってきた。

 

「これで、その間にかき混ぜて、それで焼けば……い、いいと思う」

「おう」

「なるほど」

 

 指示を受け、俺達は材料を混ぜ始めた。料理を作るというのは久々の感覚だった。モーメントを使わない調理器具と言うのも、レトロな雰囲気で面白い。三人が三人とも、カチャカチャとボウルをかき混ぜていく中で、ふと場は沈黙する。

 

「……」

「……先生」

「ん?」

 

 しばらくして、小日向が視線を合わせず口を開く。

 

「すいませんでした」

「……私が勝手にいなくなったりして、それで…」

「いいんだ、気にするな」

「……響…どうしてしますか?」

「…」

 

 一瞬、言葉に詰まる。白い煙が徐々に鉄板から昇り始めていた。

 

「……ごめんなさい。私のせいですよね…」

「板場達がついてる」

「え?」

「小日向のことも心配していた。それに…新しい仲間もついてる」

「……そうですか」

 

 カツンと音がした。ふと向かいを見ると、雪音クリスが同様にボウルをじっと見つめたままポツリと言った。

 

「友達か?」

「え?」

「さっき言ってたろ? 喧嘩したって。そいつのことか?」

「……どうだろ」

 

 薄い笑いを浮かべながら小日向は答える。

 

「もう友達って思われる資格、ないから」

「友に資格はいらない」

「え」

 

 自然と出た言葉だった。俺は手を止めて、小日向を見る。

 

「二人は、お互いを必要としている存在だ。それを拒んだって、お互いが傷つくだけじゃないか」

 

 ここへ来て、俺の確信は深まっていた。誰が見ても、強い絆で結ばれているのは明らかだ。離れていても、相手を今でも思いやっている。

 

「……無理です」

 

 ボウルを置いた小日向。その手は僅かに震えていた。

 

「だって……私……」

 

 表情は見えずとも、辛い気持ちを抑え込んでいるのは俺でも分かる。小日向は、響を追い込んでしまったことを後悔していた。そしてそれでも、自分は彼女に言えない気持ちがある……そのジレンマが小日向を苦しめている。

 

「だから、ぶっ飛ばせよ」

「え?」

「さっきも話したろ。ソイツぶっ飛ばしちまえって」

 

 目を細めて会話を聞いていた雪音が、言い放った。

 

「ムカついてんだったら一発殴って、頭に来てること全部ぶつけちまえって。それで勝った方が正しいってことにすればいいだろ? 後腐れなくていいだろ?」

「……」

「で、できないよ、そんなの……」

「何でだよ? 分かりやすいだろ」

 

 雪音は不服そうだった。多分、争いや戦いの中に居たことで出た発想だろう。俺にも覚えがある……と言うより、サテライトでの上下関係はほぼそれで決まると言って良い。だからこそデュエルが存在する。みだりに法を犯しても共倒れになるが、デュエルで決まれば敗者は従うという不文律は昔からあった。ただし、それは俺達の世界の決め事だ。

 

「……」

「……分からねえな…アタシにはそう言うの」

「友達とか、いないの?」

「ずっと一人だよ、子どもの頃からな」

「…そう」

「ああ」

 

 未だに答えを出せない少女に、雪音はフンと鼻を鳴らしてまたボウルをかき混ぜ始めた。その様子を見て、小日向は顔を上げて尋ねたが、短く答える雪音に、それ以上小日向もかける言葉は無かった。

 

 と思った時。

 

「……ありがと」

「え?」

「さっきも、今も、気遣ってくれて」

 

 困ったように微笑して、小日向が言う。ポカンと口を開けて、雪音もまじまじと相手を見返した。

 

「いや……別に」

「先生も…すみません」

「ああ、気にするな」

「……も、もういいかな、焼いても」

 

 唐突な返事。

 

「これで、流して焼けばいいのか?」

「はい」

「こうか?」

「うん、そうそう」

 

 小日向も、何故雪音をここまで気に掛けるのか、正直俺には掴みきれない所もある。この二人の間には、俺の知らない繋がりがあるように思えた。

 

「で、確かひっくり返せばいいだったな?」

「はい、そうです。端っこが固くなってきたら合図……だったかな」

「何か変な食べモンだな、これ」

「そう? 美味しいよ?」

「確かに、材料も安価だし栄養も摂れるからな。良い調理法だと思う」

「それはちょっと違うかもですけど……」

 

 それから、淡々と会話を続けながらも、俺達はお好み焼きを作り続け……数分後。

 

「これで……うん、いい感じだと思う。完成ですっ」

「良い匂いだな」

「……ゴクリ」

 

 出来上がったお好み焼きをそれぞれ皿の上に乗せる。続けて青のりとソースをまぶしていく。焼けた小麦粉の匂いと、香ばしいソースや青のりが漂い、食欲をそそる。

 

「頂きます」

「頂きます」

「……い、いただきます」

 

 小日向と手を合わせると、慌てて雪音も深々とお辞儀をしていた。その様子が少しおかしかったが、笑うとまた怒られそうだから止めておいた。

 

「うん、美味しいじゃないか」

「あ、ありがとうございます。おばちゃんの作ったのよりは劣るけど」

「……いや、うん。良いと思うぜ。ウマいよ」

「そう? 良かった」

 

 小日向はあまり料理はしないらしいが、それでも俺には上手に思えた。雪音も逃亡生活で殆ど食事をしていないんだろう。最初は俺や周りを警戒していたが、この時にはすっかり無我夢中でお好み焼きを食べ続けていた。

 

「んっ…もぐっ……はむっ…!」

「あ、あ、そんなに掻き込んだらダメよ。ほら、こっち向いて」

「なっ、おぃ……む、むぐ……」

「……」

 

 お世辞にも行儀がいいとは言えなかった。すっかり口の周りにソースやら青のりが付いてしまっている。よく見ると服にも零れていた。小日向が困り顔でハンカチを取り出すと、口周りを拭いていく。

 

 その様子につい、じいっと見入ってしまっていた。

 

「はい、いいよ」

「わ、悪い…って」

「……」

「なっ、なに、ジロジロ見てんだ…ッ」

「ん?」

 

 赤らめた顔で抗議する雪音。横で小日向がジッとこちらを見据えていた。

 

「……先生、女の子が食べてるのをジロジロ見るの、余り良くないと思いますけど……」

「あっ、すまない」

「……」

「……」

「わ、悪かった。つい…な」

 

 慌てて顔を逸らそうとするが、心なしか向こうは目を細めて、怒っているようにも見える。どうも居心地が悪い。いや、確かに俺の方が不作法だった。

 とは言え、仕方がなかった。

 温かい気持ちに触れたのが…遠い記憶を掘り返したからかもしれない。

 

「前は、たまにそうやって子ども達の顔を拭いていたからな。つい…昔を思い出してたんだ」

「え?」

「と言っても、大分小さい子が大勢だったけどな。今みたいに、そうやって面倒見の良い奴が、よく世話をしてたんだ」

「近所の子ども達、ってことですか?」

「……少し違う」

 

 と、その時に雪音と目が合う。一瞬の迷いはあったが、自然と口が動いていた。言うなら、今しかない。そう直感が告げていた。

 

「行く当てもなくなった……君みたいな子どもが殆どだった」

「え」

「あの時は、まだ多くてな」

 

 もう今では考えられないが、マーサハウスは捨てられた子ども達が行きつく最後の場所だった。ロクに物が手に入らない中で、マーサは朝から晩まで子供の面倒を見ていた。昼間は働きに出てたから、年上は年下の面倒を見るのが役目だった。自身は、余り得意じゃなかったし、その手の仕事はクロウの方が余程上手だった。何度か世話を買って出たが、結局はクロウの方がまとめて解決してしまう事も珍しくなかった。

 

「今の小日向みたいに料理を作ってやることもあった。俺は得意じゃなかったが…」

「……ご、ごめんなさい」

「ん?」

「あ、いえ…その」

 

 小日向はまた下を向く。雪音も、どう言ったらいいのか分からない表情だった。今まで別の環境に身を置いていた三人だ。お互いに掛けられる言葉など、余りに少ない。

 けれど、確かなものもある。

 

「…小日向」

 

 箸を置いた。

 

「響が不幸だと思うか?」

「え?」

「あの子が受けた痛みや苦しみは……本当に『呪い』だと思うか?」

「……」

 

 最初は戸惑った小日向が、無言となった。残酷な問いかけをしている。多分、小日向の脳裏には一人の少女が浮かんでいるのだろう。あの子は良く『呪われているかもしれない』と口にする。だが俺には分かる。例え自身が呪われていたとしても……

 

「……分からないです」

「どうしてそう思うんだ?」

「だって……決めるのは、響だから」

 

 小日向は本当に聡い少女だった。知らない周りは不幸と言うだろうが、それを決めつけるのは傲慢であり、不幸を決めるのは本人の意志だ。

 そして、その意識を形作るのは。

 

「もし響が『不幸じゃない』と言えるなら、それは絆があるからだ。響と君との間に」

「……そんなの」

「例え君が否定しても、俺は何度でも言う」

 

 本音が溢れた。

 

「私なんかに」

 

 小日向に、涙がうっすら滲んでいた。

 

「私なんかに、何ができるっていうんですかッ」

「小日向はどうしたい?」

 

 この言葉に、ようやく小日向は顔を上げた。

 

「それ、は」

「出来る事じゃない。やりたいことを探すんだ。何がやりたい事なのか……誰かに後ろ指差されようとも。だからこそ、小日向は響の側にずっといたんじゃないのか?」

「……分かり、ません」

「ああ。今は、それでいい」

「良いわけ、ないです……だって私……私は、響を……」

「大丈夫だ」

 

 証拠なんてない。けど、俺の魂が叫んでいる。

 

「響と小日向なら、きっとまた仲良くなれる。俺は信じてる」

「……ふざけんな」

 

 拳を握りしめて、ワナワナと震えるのは、隣で聞いていた雪音だった。

 

「じゃあ、なんでアタシは一人なんだよ」

「……」

「答えろよ」

「…本当に一人か?」

「え?」

「孤独だと言うなら、どうして君は今ここにいるんだ?」

 

 世界や人を否定しようと思えば、そこら辺に幾らでも材料は転がってる。だから、人は『そうだ』と信じるんだ。

 

「俺の独りよがりな錯覚なのかもしれない。強がりかもしれない」

 

 かつて破壊から生まれた男の、他愛のない罪悪感と反発心がごちゃ混ぜになった気持ち。それが俺をここまで連れてきたのか。翼は響に病室で言った。『自己断罪の表れ』だと。それはもしかすると、俺のことかもしれない。

 だとしても。

 

「それでも俺は、君達みたいな子が傷ついて悲しんでいくのを、黙って見ていることはできない」

 

 その為なら、この身の全てを尽くして戦えと。俺の身体自身が叫んでいる。誰よりも強く…熱く生きろと。そしてそんな俺の背中を押してくれた人が、俺の心の中で息づいている。それこそ絆の証だと、俺は信じている。

 

 

「……」

「…クリス」

 

 

 ビクリと、雪音の身体が跳ねるように震える。いつの間にか、小日向の掌が、彼女のそれに優しく添えられていた。

 

「あのね……クリスにどう思われるか分からないけど……私に、そんな資格ないかもしれないけど……でもね」

 

 キュッ、と真一文字に結ばれた唇から、彼女の気持ちが言葉になる。

 

「クリスが良いなら……友達に、なりたいな」

「……っ」

「私じゃ、ダメかな?」

 

 雪音はそれに対する言葉を持たなかった。比喩ではなく、本当に今は無いのだ。傷を負った心が、いつしか小日向のような真っ直ぐな想いを受け止めるだけの気持ちを置き去りにせざるを得なかった。

 だけど、いつかきっと思い出せる。

 

「っ、アタシは……」

「うん」

「……っ!!」

 

 バン、と堰を切ったようにして、いきなり雪音は立ち上がった。戸惑う小日向を置き去りにして、俺が呼び止める間もなく、テーブルをまたいで座敷の扉を開けた。

 

「クリスッ!」

「もう分かんねえよ全部ッ!」

「クリス待って!」

 

 小日向が叫ぶも、クリスは勢いよく座敷を飛び出す。そのまま扉まで一直線に走り抜くと、勢いそのままに入口の扉をあけ放って、まだ人通りの多い商店街の向こうへと飛び出してしまった。

 今まで閉めきっていた店内へ、一気に街中の喧騒がなだれ込んでくる。クラクションは人々の話し声、電子音。その中で、雪音クリスの気配だけが遠ざかる。

 

「クリスッ!」

「待て、小日向」

「でも先生!」

「小日向はここにいろ」

 

 立ち上がろうとする小日向を、俺は制して呼び止める。ひと際大きなクラクションが聞こえた。

 

「俺を信じてくれ。頼む」

 

 小日向は、雪音に歩み寄ってくれた。今のこの子に出来る事をしてくれた。ならば、後は俺の…俺達の仕事だ。小日向には、自分自身と向き合う時間が必要なのだ。

 

「分かり…ました」

「ああ」

「お願いします…先生」

 

 頭を下げる小日向。その小さな頭に手を添えて、誓いの印とした。

 

「しばらく待っててくれッ」

 

 そう言うと俺は、店の外へと飛び出す。

 辺りを見渡しても、やはり人影は見当たらない。だが、わざわざ彼女が人の波に乗って逃げるとは考え辛かった。あの子は今、人との関わりを信じられなくなっている。なら、人通りの少ない方に行くのではないか。

 そう推理した俺は駐輪スペースまで戻り、Dホイールに跨ると、街の郊外へと走り始めたのだった。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

「えっ!?」

「むっ!?」

 

 次の瞬間。私達の持つ端末が一斉に鳴り響いた。私も翼さんも急いで取り出し、耳に当てる。聞こえてきたのは二課本部にいる師匠からの声だった

 

「はい、私です」

『翼か? 今どこにいる?』

「学園の屋上です。立花も一緒に」

 

 そう言うと、翼さんは端末を操作して私にも声を拾えるようにする。私も慌てて画面に現れた承認ボタンを押した。これで通話は双方向に切り替わるらしい。

 

『ノイズが現れたっ!』

「ノイズ…ッ!?」

 

 こんな間を置かずに? 私は驚いたけど、もっと驚くような事態はその後の報告だった。

 

『かなりの大軍だ。そっちにデータを送る』

「っ…これは…!」

「うそ…っ」

 

 市街地の中心点から徐々に、ノイズを表す光点がまるで植物が生えるみたいに次々と現れていく。こんな数より多いのを私は今まで見たことは一回しかない。あの時…ツヴァイウイングのライブで私が巻き込まれた事件くらい。

 あの時ほどじゃないかもしれないけど……でも、ノイズの数は私が目で数えきれないほどに増していた。

 

「何でこんなに…?」

「…司令、狙いはデュランダルでしょうか?」

『いや、それにしては出現地帯がまばら過ぎる』

「じゃ、じゃあ、何かの罠、とか…?」

『確かにあり得なくはないが、俺が敵の指揮官なら、戦力をある程度集約させて、装者をおびき寄せる。ここまで広く分散させてしまえば、響君たちが何処へ向かうのかを逆に絞りきれなくなる』

「では……」

『狙っているというより、寧ろこれは何かを『探す』動きだ』

 

 師匠の言葉はずっしりと重かった。つまり……狙いはデュランダルじゃなくて、私達でもない。じゃあ狙われてるのは誰だろう。そう思った時、私は背中に冷たいものが走った。今誰よりも非力で、狙いやすくて、しかも逃げられにくい相手。それは一人しかいない。

 

『恐らく、今朝のノイズの出現に関連がある筈だ』

「まさか……クリスちゃん…?」

『その可能性が一番高い』

 

 師匠は断言した。

 私も、今朝師匠から連絡を受けていた。朝にノイズが出現したけど、被害者は無く、代わりにノイズの残骸と一緒に、シンフォギアの…イチイバルの反応が出たんだって。つまりクリスちゃんがノイズと戦っていた。それはこの間の戦いの後で、あの子が一人になって帰るところがなく、誰かに追い詰められているということだった。

 

「雪音クリスを見失い、炙り出す為に大量のノイズを出したと……そういう事ですか」

『……ああ』

 

 翼さんの問いかけに、師匠は低く答える。じゃあ……このノイズを操ってるのは、クリスちゃんをおびき出すため…? たった、それだけの理由で、こんなに沢山の街の人を巻き込もうとしてるの? クリスちゃんの命を狙うために、こんな事まで…!? 

 

「……司令、私も出ます」

『ダメだ。メディカルチェックを終えてない者を、出すわけにはいかん』

「申し訳ありませんが、聞けません」

『翼っ』

 

 師匠が声色を強くして翼さんを止める。けれど、翼さんは止まらなかった。それ以上に強い感情が突き動かしていた。袖をまくり、残っていた包帯を毟り取るように外しながら放り捨てる。

 

「この様にノイズを展開させれば、市中はパニックになります。雪音クリスが外道なら、その隙を縫って逃げ出すでしょう……ですが敢えて敵は布陣を敷いたッ」

『だがそれは推測だ…!』

「いいえ、事実です。ここまで執拗なまでに裏をかく程の相手が、ぬるま湯のような策は講じえない! 奴はッ、『フィーネ』なる女は! 雪音クリスの性分を見切った上でやったのです!」

「翼さん…」

 

 側にいた私でさえ、圧倒される様な、それは翼さんの激しい怒りだった。

 

「『お前のせいで人が死んだ』と! それを見せつけることで誘い出すこと、それが敵の目的です! 司令はそんな人の皮を被った悪鬼羅刹に手をこまねけと言うのですかっ!?」

『……だとしてもだ。半死のお前が出れば、今度こそ命に関わるんだぞ』

「叔父様! 叔父様も、風鳴の血が流れているのならば、私の憤りを知らぬ存ぜぬとは言いますまい!」

 

 風が強く吹いた。

 私の中にも、熱い気持ちが灯ろうとしている。未来を失って、陽だまりが無くなった私に、もう帰る場所は無くなるのかもしれない。でも、目の前で苦しむ人を嘆く翼さんの気持ちは、確かに私の心に火を点けた。

 

「翼さん」

「立花…」

「その気持ち、私に預けて下さい」

「え?」

「そうしたら翼さんは、皆を守って欲しいんです」

 

 にっこりと、笑って言った。このために、シンフォギア装者は二人いるんだ。私はこの時の為に、きっと奏さんから力を継いだんだと、今はそう思える気がする。

 

「お願いします。それなら、私は前だけ向いてられます」

「……」

『翼』

 

 しばらく答えを失う翼さんに、師匠は静かに言った。

 

『お前は援護に回れ。万が一のことがあれば、撤退を前提として、戦線への復帰を命じる』

 

 それは確かに、師匠が翼さんの熱意を受け入れた瞬間だ。

 

『これ以上は許可できない。司令官としても、お前の家族としてもな』

「……了解しました」

 

 拳を握りしめる翼さん。血が滲み出るんじゃないかとさえ思うくらいの、強い力。誰かの痛みへの嘆きと、歯がゆさ。

 もう、そんな思いさせるものか。私が…私達が受け継いだ想いは、こんな理不尽なんかに屈しちゃいけない。

 

「翼さん、私行きますっ!」

「……ああ、頼んだ」

 

 真っ直ぐに見る翼さんの目。その瞬間、この人は後悔や情けなさを置き去りにしていた。もう迷いは感じられずに、ただ私の目を一直線に見据えている。そのまま肩に手を置いて、強く言い放った。

 

「立花」

「はい?」

「動けるか?」

 

 今、未来はいない。

 私が陽だまりを、つないだ手を離してしまった。

 でも今は……ううん、だからこそ、自分のこの気持ちに、嘘をつくことなんて出来ないから。

 

「……はいッ!」

 

 空高くに、私の宣誓は響く。

 陽の光が強く、私達を照らし出していた。





次回、決着します。
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