龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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今回、二つ一気に投稿します。
途中で載せることも出来たのですが、これ以上引っ張り続けるのも微妙と思い、纏めました。


第7話『集いし絆と、陽だまりに翳りなく』-4

 人通りを避けて移動するだろうという読みはピタリだった。

 街を二分する大きな川がある自然公園。その端部分に、彼女はいた。皮肉にもそこは、俺達が初めて出会った、月下の夜に翼と死闘を繰り広げた、あの公園の入り口だ。

 

「雪音」

 

 Dホイールを降りて路肩に停める。そのまま入口で立ちすくんでいる彼女に呼びかけた。

 

「……」

「…大丈夫か?」

 

 彼女は答えず、入口付近で動かずにいた。近付こうとすると、彼女の肩が強く揺れた。向こうは気配で俺が歩み寄ろうとするのを察していた。これ以上は近付けない。そう思った時、彼女の小さな背中越しから、憮然とした声がした。

 

「来るんじゃねえ…」

「……分かった」

 

 冷静に努めて言った。街中は午後の喧騒で、一際賑やかだったが、ここまで来ると人通りも少なくなってくる。緑化された自然公園の芝と、舗装された道路のコンクリートが、俺達二人を分ける境界線だった。

 

「来るなって言ってんだよ……」

「放っとけないと言っただろう。大丈夫だ、ここから先へは行かない」

「屁理屈言うな……どうせ捕まえる為なんだろ」

「そうじゃない」

 

 首を振って否定した。それならとっくに応援を呼んでいる。彼女もそれを分かっている。それなのに俺達が互いに距離を詰められないのは、彼女の心が恐れているからだった。繋がりが断ち切られること…裏切りを。

 

「じゃあ何しに来たんだ」

「君がこのまま何もしないというなら、俺も何もしない。ここから動かずにいるだけだ」

「ふざけんじゃねえ」

「ふざけてなんてない。俺なりに、覚悟を決めて来たつもりだ」

 

 ギリッ、と雪音の拳が握られた。振り返って飛びかかられるのを一瞬想像したが、彼女は静かにその場で佇んでいる。彼女の心と体にこびりついた記憶と痛みが、頭の中を支配している。その生涯に何があったのか、今の俺では知る術はない。

 

「何なんだよ、お前」

 

 振り返って、俺を凝視する。握りしめた拳から、僅かに血が滲む。自己を傷つけなければならない程に、彼女の葛藤は深く、溜めこまれた膿は大きい。

 

「怒りもしねえ、わめきもしねえ、怒鳴りも、泣きも、口も利かねえで……なんでだよ……もう、意味分かんねえ……」

 

 以前にも何度も見た。響に向けられた、やり場のない憎しみと怒りと悲しみの目。

 

「何か言うなら言えよ。あいつみたいに説教かますならかませよ……腹で笑ってんなら、腹抱えて笑えよ……鏡みたいに居られたって…ッ」

「雪音」

「っ、なんだよ…」

「さっき店で言ったのが、俺の答えだ」

 

 ビクリと、雪音の身体が再び震えた。

『何がしたいのか』……雪音にも届いて欲しいと願ったことだった。何の為に生きるのか。それさえ見失わずに生きることができれば、やり直すことは決して不可能ではない。俺の身の周りには、そうして人生を切り拓いた者たちが大勢いる。

 

「でもそれは、君が答えを出さないと、意味がないんだ」

 

 鏡……そうかもしれない、と俺自身も彼女の言葉に何処か納得していた。俺は彼女の鏡であるべきなのかもしれない。喀血の咆哮…それは俺が立ち入れない心の領域だ。どんなに消したとしても、油断すればすぐにまた顔を出してくる。心の闇は、最後は自分自身で打ち克つしか方法は無い。だがその為には、その闇の根を全て吐き出さないといけない。

 

「君がやりたいことを、君は自分で探すべきなんだ」

「アタシは……」

「……」

「アタシは、お前らに酷いコトしたんだぞ…」

「ああ…そうだな」

 

 鏡、と言うのは的を射ていた。彼女はノイズを使役し、何の罪もない人々を襲った。それは事実だ。幾らキレイゴトを並べ立てても、それは消えない。響の涙も、痛みも、小日向の苦悩も。だがそれは、彼女の痛みだって消えていないという事だ。だから、彼女だけがこの場で動けないなんてことは、本当ならあっちゃいけない。

 

「でもそれと、君の想いは関係ない」

 

 また壊すならば俺が立ち塞ぐ。壊されそうになるなら俺が守る。それ以外の答えを見つけて、彼女の手が届かないこともあるだろう。俺はその為に戦おう。そして俺は一人ではないのだ。響がいる。小日向がいる。そして、翼も。

 

「関係あるだろ……だって……」

「……」

「こんな、バカみたいな夢見るから……だから」

 

 地面を蹴り、一直線に雪音は俺に向かって飛びかかった。街路と天然芝の境に俺たちは立って向かい合う。そして雪音の拳が開け放たれ、俺の服をおもむろに掴み上げた。

 

「そんなんだから! だからパパとママは死んだんじゃねえかッッ!!」

 

 血走った目で俺を睨む。滲んだ涙を爆発させて、とめどなく溢れる想いを言葉にして、俺へと叩きつけた。奔る悲鳴はこだまとなって、虚しく空を引き裂きそうなほどに激しく、狂おしかった。本当に何もかも引き裂けるのならここで引き裂きたいだろう。狂いたいなら狂いたいだろう。だがそれでも変われない。誰もかれも、世界さえもが、彼女にとっては残酷で。

 そしてそれは、正真正銘の真実だった。

 

 

『日本政府、特異災害対策機動部よりお知らせします。ノイズが、発生しました』

 

 

 背中が総毛立つ感覚。街に備え付けの白いスピーカーから流れる無機質な声のアナウンスは、かつて俺が味わった恐怖を蘇らせた。

 

「えっ…」

「なっ…」

 

 俺と雪音クリスは同時に凍りついた。まるで狙い澄まされたような一瞬だった。俺達の思考がまとまらずに混乱と言う怪物に陣取られそうになる時を狙って、この怪物は現れた。もし偶然ならば、この采配は悪魔によるものだ。

 

『繰り返し、お伝えします。先程、特別避難警報が発令されました。直ちに最寄りのシェルター、又は避難所に退避してください。繰り返します……』

 

 続けざまに響き渡る街の警戒警報。同時に、街の喧騒は徐々に変わり始めていた。

 

「きゃあああああっっっ!!」

「ノイズが来るぞッ!」

「逃げろ! みんな逃げろー!」

 

 気怠げな昼は一気に恐怖とパニックに包まれた。あちこちから悲鳴や怒号が聞こえ始め、それに呼応するように無数の振動やサイレン、果ては何かが落ちる音や鈍い轟音さえも遠くから発せられた。同時に停めてあるDホイールからけたたましく鳴り響くアラーム。俺は戦慄した。

 

『遊星君! 遊星君聞こえるか!? 応答してくれ!』

 

 Dホイールの警報音から音声に切り替わり、そこから弦十郎さんの声が聞こえてくる。急いで愛機の元まで駆け戻って、スイッチを押した。

 

「俺だッ」

『遊星君、大丈夫か!? さっきから何度も通信を入れてたんだぞ!』

 

 俺は歯噛みした。端末の電源を切っていたことが、こんな所で裏目に出た。無論覚悟の上の行動だった。そうしなければ雪音クリスに歩み寄ることは無理だった。だが弁明している時間もそもそも説明している余裕もない。

 

『今どこにいる? 君はリディアンじゃないのか?』

「すまない、事情は後で話す。それよりこの警報は?」

『ノイズが出現した。市街地を取り囲むようにして、中心に向かって侵攻中だ』

「なんだってっ!?」

 

 非常事態故に、弦十郎さんは俺に多くを聴かなかった。しかし次にもたらされた情報を裏付けるかのように、街の方から聞こえる悲鳴は徐々に大きさを増していく。

 

『恐らく、雪音クリスを炙り出す為の大量投入かもしれん』

「雪音、クリスを…っ?」

『人的被害こそ出ていないが、このままじゃ避難が間に合わんッ。最悪の事態も覚悟する必要がある』

 

 緊迫した司令官の声。俺はコンソールを操作してマップ画面に切り替えた。同時にセンサーを二課本部と同期させると、ノイズのマーカーが多数、出現した。彼の言うように都市部をぐるりと取り囲んで赤色の光点が点在していた。

 

(彼女一人を探す為にこれだけのノイズを…!)

 

 つまり街にどれだけ被害が出ようと敵はお構いなしと言う事だ。怒りと共に恐怖を感じた。あのフィーネと言う女が、うすら笑いさえ浮かべながらこの強攻を行っているように思える。

 

『遊星君、急いで響君と合流してくれッ。翼も今は前線には…』

 

「アタシ…を…?」

 

 隣でザリッと、砂利を踏む音。見るとそこには、顔を真っ青にさせてこちらを見ている雪音の姿があった。

 

「…雪音」

「ノイズが……アタシを狙ってんのか?」

「っ、それは…」

「これ…全部、ノイズかよ…あいつが……フィーネが、アタシを…」

 

『遊星君? 近くに誰かいるのか?』

 

 ガクガクと足を震わせて、彼女が俺を見る。俺を睨み付けた怒りと悲しみの涙は、今は全く違うものへと変わり始めていた。しかし俺は彼女の肩を掴み、揺さぶりながら呼びかけた。

 

「雪音、しっかりするんだッ」

「アタシのせいで……アタシを狙って、関係ない奴らまで…!」

「違う! 君のせいじゃない!」

 

 咄嗟に叫んだ。この子の罪と今のノイズは関係ない。だが状況がそうはさせてくれなかった。弦十郎さんの冷静なオペレートが、逆に事実に裏がないことを明白にさせた。さっきまであった雪音の中の怒りは消滅し、代わりに溢れてくるのは焦りと恐れ、そして罪悪感だった。

 

「シェルターまで急ぐんだ!」

「早くしろ殺されるぞ!」

「わあああんっっ! どこぉ!? お母さん! お母さぁん!」

 

 怖気と寒気を増幅させる大声。

 人々の嘆きが、雪音の心へと突き刺さる。止めろ、止めてくれ…! 俺は心で必死に叫んだ。時を止められる魔法カードでもあればどれだけいいかと俺は嘆きたかった。だがそれ以上に傷付いているのは、この子の方だった。

 

「何でだよ…どうして、こんな……」

「しっかりするんだ。それより今は」

「アタシは…アタシは、ただ…」

「雪音!」

 

 ふっと身体中から力が抜けて雪音はその場に座り込む。必死に起こそうとするが、彼女の絶望は俺が考えるよりも深かった。鉛のように固く重くなる雪音の身体と心。しかし敵はそれを待ってはくれない。何故なら、この瞬間を敵は待ちわびていたからだ。

 

「っ!?」

「しまったっ…!?」

『遊星君、どうした!?』

「ノイズだ!」

 

 再び鳴り響く警報音。急ぎ振り返ると、ヒューマノイド型が4つ、街角や建物の隙間から這うように出現し、こちらを視認していた。俺は急ぎDディスクを起動しようとする。しかし奴らは俺達の姿を確認するや、一直線に向かってきた。

 

「雪音、急いで逃げろ! 奴らはお前を狙ってる!」

「……アタシ、を…」

 

『デュエルモードオン マニュアルモード・スタンバイ』

 

「早くするんだっ!」

 

 腕のデバイスを差し込み、画面を切り替える。その瞬間も奴らは距離を詰めて接近してきた。起動が完了するまで僅かに時間が掛かってしまう。しかしこの距離ではノイズが俺達に攻撃を仕掛ける方が速い。

 その時、雪音がふらりと体を起き上がらせていた。

 

「ふざけんじゃねえ……!」

 

 いつしか、彼女の震えは止み、代わりに新たな怒りが身体中から迸っているのを感じる。ノイズたちを睨み付けながら、雪音は叫んだ。

 

「アタシが狙いなら、アタシを狙えよ!」

 

 無機質な殺人兵器に向かって、雪音は感情をぶちまけた。奴らは意に介さず進んでくる。だが最早雪音の心は激しい炎が渦巻いていた。

 

「来いよ…来いよ! アタシはここだぞ! ぶち殺せるなら殺してみろよ!」

 

 そう雪音が咆えた瞬間。

 

「っ!?」

「雪音!」

 

 雪音が大通りまで走り始めた。次の瞬間、ノイズ達が一斉に彼女へと直進した。そのまま形状を細く槍のように硬質化させて、矢のように飛び込んでいく。その狙いは正確で、確実に雪音の胸元まで突き進んだ。

 

「雪音ッ! 躱せっ!」

 

 無論、雪音は構えて敵を迎え撃とうとしている。だが不可能だ。聖詠を唱え終わるまでに、ノイズが向かってくるスピードの方が遥かに早い。彼女もそれは分かっていた。ペンダントを構え、シンフォギアを身に纏おうとするが、それよりノイズは確実に彼女との距離を詰めていく。

 

「雪音ッ!」

 

 這いよる死の予感。今まで在ったどの敵よりも、いつの瞬間よりも鮮明で確実と思われたそれは、俺の思考を一瞬真っ白にしてしまった。悔しさと情けなさが噴き出して駆け巡る。こんな所で……どうしてこんな中途半端で終わらなければいけないのかと、頭では分かっていても口に出せない。もどかしさが口から吐き出る前に、ノイズは直撃を……

 

 

『「遊星君、伏せろ!」』

「なっ!?」

「おおおオオオオオオッッ!!!!」

 

 

 しなかった。

 

「せいやああああっっ!!」

 

 咄嗟にしゃがみ込んだ俺の脇を稲妻がすり抜けた。風よりも速く、砲弾よりも重い。現れた『それ』は、あっという間に雪音クリスへと近づくと、彼女を守るように眼前へと立ち塞がった。そうして獣の雄叫びと共に、巨大な拳が唸りを上げた。

 

「弦十郎さんっ!?」

「でやああああっ!!」

 

 裂帛の気合と共に、突如現れた機動部二課の司令官は、丸太の様に太い腕を地面に突き刺す。瞬間、周囲のアスファルト舗装の道路が、まるで砂場で子供が作ったお城のように、弾け飛ぶ。

 

「なにっ!?」

「むうんっ!」

 

 驚愕する俺をよそに、弦十郎さんは続けざまに、その腕よりも巨大な両足で地面を踏みつける。響との修行でも見た、『震脚』と言う中国拳法の動きだ。しかし彼の操る技は響とは比べ物にならなかった。

 

「喝ッ!!」

 

 踏みつけられた地面は、畳返しの様にめくれあがって、彼や雪音クリスとノイズを阻む壁となって機能する。次の瞬間、硬質化したノイズが次々とアスファルトに直撃して。塵芥のように削れ、弾けたように散っていく。雪音に襲い掛かろうとしたノイズの一陣が霧散した。

 

「……これは…!」

「今だっ!」

 

 目の前の出来事に圧倒されていた俺だったが、弦十郎さんの叫びを受けて我に返る。彼の前に、はじ弾かれたノイズはすぐに地面から起き上がると、形状を人型に戻し、突撃しようとしている。その時、俺のDディスクも起動完了を告げるモーメントの回転音が響いた。

 

『モーメント・アウト』

 

「スピード・ウォリアーを召喚!」

『ハアアッ!!』

「行けっ! ソニックエッジ!」

 

 カードを叩きつけるようにセットする。遊星粒子が輝き、他の物質と結び付けて俺のモンスターを実体化させる。出現したスピード・ウォリアーは、一目散に前方の敵ノイズへと突撃する。

 

『トアアッ!』

 

 駿足の蹴りを繰り出し、今まさに攻撃しようとしていたヒューマノイド型は対応できない。たちまち回し蹴りが胴体に直撃し、ノイズは一気に炭の塊と化していた。その後も瞬く間に敵に高速連撃を繰り出し、4体はあっという間に蹴散らされていった。

 

「弦十郎さん! 雪音!」

 

 襲ってきたノイズが全て消滅したことで、幾ばくか余裕が生まれる。僅かに安堵した俺は、二人の元まで駆け寄った。アスファルトがめくれあがりボロボロになった道路で歩き辛かったが、何とかなる。

 

「雪音っ! 無事かっ!?」

「……う、うん」

 

 彼女の肩を掴んで確認した。埃が服についているが、外傷はない。雪音も俺の行動には何も言わなかった。目の前の出来事に目を奪われている様子だ。俺も改めて周囲を確認し、そして唖然とする。そのすぐ隣で、この攻防を制した男が一人、山のようにそびえ立って俺達を見下ろしている。

 

「間一髪だったな」

「弦十郎さん…」

「無事で何よりだ、二人とも」

 

 顎髭を生やした強面の大男は、何も言わずに今まで通りの厳格な面持ちで俺達の無事を確認している。未だに警戒警報が鳴り響く中で、いつの間にか人々の悲鳴は下火になっていた。

 戸惑いを抑えきれなかったが、どうにか弦十郎さんと周囲を見渡し、そして現状を認識することに成功する。

 

(これを、この男がやったのか)

 

 唖然とする。この世界に来て、一番の衝撃だ。

 

『翼さんの必殺技を一瞬にして止めて見せたことがあるんです。素手で』

 

 あの時、響に言われたことを俺は信じがたいと一蹴してた。しかし、現実に見せつけられては信じるしかない。

 

(これほどの手練れとは……)

 

 不可能ではない。人体も鍛えれば物理現象を応用し、大地に大穴を開けることが可能だという。そして普通の人間でありながらノイズにダメージを与える……この行為が如何に神懸かっている事か。

 ノイズに攻撃が通用しないのは、奴らが『位相差空間』という端的に言えば異次元空間に跨って存在しているからだ。出現時のノイズが幽霊のように半透明で明滅しているのは現実の空間に於いて存在が不確かなためだった。奴らは攻撃をする瞬間にのみ、現実世界に出現する。故にこちらから攻撃を仕掛けてもすり抜けるか、当たっても殆ど損害がない。

 しかしその攻撃の瞬間を見切り、ほぼ同時に衝撃を与えることができれば、物理ダメージは100%相手に伝導し、破壊することができる。

 しかしそんな芸当は正に机上の空論だ。だからこそシンフォギア以外に対抗手段は無いとされ、デュエルモンスターズの精霊の存在は彼等にとって衝撃的だったのだ。

 

(言葉がない)

 

 賞賛すべきか、驚愕すべきか、あるいはこんな事態でなければ追求すべきなのか。いずれにせよ言葉を失っている時点で、俺はまだ混乱から抜け切れていないのかもしれない。

 

「遊星君ッ」

「あ、ああ…!」

「大丈夫か? 何処か負傷を…」

「い、いや大丈夫だ。問題ない」

 

 詰め寄られて、慌てて俺は首を振った。いけない。今はこの状況を何とかしなくてはいけない。急いで思考を切り替えた。

 

「なら良かった。友里、俺だ。遊星君の無事を確認した。直ちに響君との連絡を取ってくれ」

『了解』

「藤尭は、避難誘導と一課への連携を頼む」

『今進めてますよッ』

 

 弦十郎さんが二課のオペレーター二人に指示を飛ばしている。この現場の混乱の中にあっても、指揮を一々入念に飛ばすあたり、指揮官としての有能さがずば抜けていることが窺えた。

 その時、視界の端に、雪音クリスの姿が映る。

 

「……」

「雪音…」

 

 彼女は茫然と今の出来事を見送っていたが、それでも俺と同様に時間が経つにつれ、事態を把握しつつある。俺は振り返って弦十郎さんを仰ぎ見た。

 

「雪音クリス、だな…」

「アンタは……」

「俺は風鳴弦十郎。二課の司令官で、君を探していた」

「なっ…!」

 

 瞬間、雪音の眼光が鋭くなる。自分から正体を明かすとは…! 俺も一瞬驚愕したが、この状況では却って伏せておくよりも雪音は安心できるかもしれない。今はともかく彼女のと争っている場合じゃないからだ。

 

「弦十郎さん、今は…」

「分かっている。まずはこの場を切り抜けよう。遊星君、あとで話を聞かせて欲しい」

「……すまない。俺は…」

「気にするな。言っただろう、『押し通すべきものも、確かにある』と」

 

 巌の如き男が、俺の肩を掴む。そのままニカッと笑った。俺の中で、熱い闘志が沸いてくる気がした。

 すると弦十郎さんは、今度は雪音クリスへと向き直り、ゆっくりと彼女へ一歩近づく。雪音も最初は怯むものの、彼の怒気も殺気もない雰囲気に、強引な行動はとらなかった。

 

「雪音クリス君。見ての通りだ。今街中がノイズで溢れかえっている」

「……」

「ノイズは市街地の外縁部に出現し、徐々に輪を狭めるようにして移動している。このままでは被害は増える一方だ」

「やっぱり……アタシのせいなんだな」

 

 再び湧き上がる、自分が招き入れたのかと言う恐怖。罪の意識が取り巻く前に、俺は雪音を再び揺さぶって打ち消そうとする。ここまで来ると、敵は雪音の想いを敢えて逆手に取ったのではないかと言う気さえしてくる。彼女の純粋な想いも利用したのだとすれば、余りに狡猾だ。

 だがそれを検証する間もない。敵は次の手を打っていた。

 

「…どうやら話は後回しになりそうだッ」

「っ…っ!?」

 

 Dディスクから聞こえる甲高い警告音。ノイズを感知するセンサーだ。振り返ると、元来た商店街のビル群の隙間や、マンホールの内側、果ては上空。大小様々な形が入り乱れて、影は出現してくる。次々と新しいノイズが出現して、俺達を取り巻いていった。かなりの大群だ。

 

「まだ出てくるのか…!」

「どうやら狙いを俺達に絞り始めたようだな」

「チクショウ…」

 

 拳を握りしめる司令官。敵は何らかの手段で俺達を突き止め、目標と認識しているようだ。しかしノイズにそんな機能は確認されていない。どこかに操り手がいるというのか。弦十郎さんをちらりと見るが、彼も首を僅かに横に振る。この辺りに怪しい気配は無いらしい。

 

「遊星君、雪音クリスを連れ、郊外までDホイールを走らせてくれないか」

「えっ?」

「…どういうことだ?」

「敵は何らかの手段で、雪音クリスを特定して狙い撃とうとしている。それを逆手に取り、奴をおびき出して一気に殲滅する」

 

 ノイズを睨み見つけたまま、弦十郎さんは作戦を淡々と伝えた。確かに敵の数が多い以上、それが最も効果的だろう。しかし……俺はDディスクに表示されたマップを見た。未だに敵は広範囲に点在している。徐々にこちらに集結しつつあるが、まだ避難も完了していない。それでは逃げ遅れた人間の対処ができない。

 

「響君にもすぐに連絡する。あとはフォニック・シンクロで勝負をつけてくれ」

「だがそれでは、逃げ遅れた人々が」

「心配するな。緒川達が動いている。未だにシェルターまでいけない人間は俺が対処する」

「弦十郎さんが…」

「大丈夫だ、十人くらいなら抱えて跳んでみせるさ」

 

 この男が言うと本当にやりかねない。先程の戦闘を見て思う。しかしだ。それでも危険は付きまとう。もしノイズを捌ききれずに一瞬でもノイズと接触してしまえば彼と言えども対抗手段はない。

 

「それは危険すぎるッ」

「だが、他に手段は無い」

「しかし…」

 

 食い下がろうとする、その時だ。

 

「おい」

 

 ジャリ、と砕けたアスファルトを踏みしめる音。

 

「アタシを無視すんな」

 

 雪音クリスが、俺達を押し退けるように進み、ノイズの前に立つ。小さな身体を震わせながら。

 

「雪音…」

「コイツらはアタシがやる」

 

 冷徹に言い放った。先程流していた悲しみの涙で、目が真っ赤に充血している。その赤色を怒りの炎を彷彿とさせる怒りの業火へと変えながら、彼女は前へと進んだ。この時、この子の中では何かが変わりつつあったのだ。

 

 

 ―Killter Ichaival tron

 

 

 瞬間、開け放たれるのは、人の域を超えた神へと至る階段。無理矢理にこじ開ける素質を持った者は、その胸に宿る歌を口ずさむことで、太古から受け継がれる未知の力を呼び覚まし、借り受けることができる。

 それが聖詠。それがシンフォギア。

 

「コイツらはアタシの獲物だ。テメエらはとっとと消えろ」

「雪音、まさか戦う気か?」

「アタシを狙ってんだろ。だったら望みどおりにしてやるよ。そっちはそっちで勝手に動きな。ただし邪魔したら撃ってやる」

「止せ、君は怪我をしている筈だッ」

「うっせえッ」

 

 こちらを振り返ることなく、雪音は答えた。そのまま両腕の手甲が変形し、真紅のボウガンとなって両手に装備された。武器を眼前のノイズへと構えながら、雪音は俺達へと言い放つ。

 

「余計な心配してる場合かよ。まだノイズが残ってんだ、四の五の言わずに行きやがれ」

「……」

「また『放っとけない』とか言ったら許さないからな」

「……遊星君」

 

 戸惑う俺の肩に、弦十郎さんの手が載せられた。

 

「ここは彼女に任せよう」

「だが…」

「君は響君と合流し、ノイズを撃破してくれ。彼女は俺が付いてる」

 

 腕に力が籠められた。それは世界の違いや上下関係を越えた男の言葉だった。子の強者の言葉を今は信じるほかは無い。この混乱の状況の中、少しでも生き残るには、仲間を信じること。そして、自分に出来る事を尽くすことだけだ。

 

「…分かった。ここは任せる」

「ああ」

「雪音、この人は信用できる。この場は…」

「邪魔しねえなら何も言わねえ……んだよッ!!」

 

 間髪入れずに雪音はボウガンを引き絞った。放たれた光の矢は一直線に近づいたノイズの数体を撃ち抜いた。続けて腰部のアーマーを変形させて多弾頭ミサイルを解放。そのまま全弾を一気に発射する。

 爆音が乱れ飛び、辺りは土煙が立ち込め始めた。

 

「いいから早く行け!」

「遊星君、今だっ!」

「すまない、弦十郎さん! ……無理はするなよ、雪音」

「さっきの、美味かったよ」

「え?」

「オコノミヤキ……あいつが作った奴」

 

 もうもうと硝煙と吠えるようなガトリングの響いている中で、雪音の澄んだ声が耳に届いた。雪音は引かない。こちらをひり向きもしない。ただ一言を俺に発し、それ以降は無言でノイズと撃ち合っている。 

 

「……頼んだ」

 

 その言葉が、俺を前へと突き動かす。ノイズが砕け散り、正面が開けた。俺はその隙間を縫って走った。空中から出現したノイズは雪音の放ったミサイルによって撃ち落され、横っ腹から急襲するノイズを、先程のように弦十郎さんがアスファルトを裏返して凌ぐ。この時間稼ぎの間に、俺はDディスクをDホイールにセットし直した。

 

『モーメントイン』

 

 ガイダンスボイスが流れ、遊星粒子が回転を始めた。即座にエンジンは連動を初めて、エネルギーが各部へ伝達される。メットを被ると、バイザーを下げ、クラッチペダルを踏んだ。

 

「響君はリディアンから向かっている。まずは彼女と合流してくれ!」

「分かった!」

 

 マシンを加速させて、二人がいる方向とは真逆へと走る。激突するノイズの大群と雪音。弾丸の発射音と炸裂音は、マシンの音を掻き消してくれていた。時刻はいつしか4時を回ろうとしている。

 俺は急ぎ、Dホイールのコンソールを叩き、画面を操作した。

 

 

「こちら遊星だ。響、聞こえるか?」

 

 

 すぐに響と通信を繋ぐべく、連絡の画面を連動させ起動させる。そこから彼女を呼び出して、方針を共有させようと思った。

 しかし……

 

「響? おい、響、聞こえないのか?」

『……』

「響! 響!」

 

 何も聞こえない。それどころか、通信が全くつながらない。電源をオフにされているか、あるいは通信そのものを妨害されているかもしれない。それの背中に冷たいモノが再び走る。何度も呼びかけても、返ってくるのは沈黙だけだ。

 街の怒号と悲鳴はいつしか完全に止み、俺がノイズを振り切る頃には、恐ろしい程に静かとなっていた。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「はあ! はあ! はあ!」

 

 気付けば、時計はもう4時を過ぎていた。誰もいなくなった街中を、私は走る。走る。走る。人のいない街並みは、まるで不気味な箱の中だった。時折風が吹いて、落ちている空き缶やペットボトルなんかが、看板や乗り捨てられた自転車に当たって固い音を立てる。その度にビクリと肩を震わせるけど、ノイズがいない事を確認して、また走り出す。

 

(落ち着け…落ち着け…!)

 

 深呼吸して、辺りを見渡す。

 商店街の外れの方向まで辿り着いた。ここまで来ると、もう丘を越えて山へと向かう坂道へと続く。見たところ、ノイズで人が炭化した様子でもない。私はここに目的が無いことを悟って安心した。

 

「…未来」

 

 ぎゅうっと胸が押しつぶされそうになる感覚を抑え込みながら、私は辺りを見渡しながら走り続ける。

 大丈夫、未来が街にいるって決まった訳じゃない。今、悪い方に考えたって何にもならない。

 

(未来……待っててね!)

 

 私、話したい事があるから。その誓いを胸の奥にしまいこんで、もう一度前を向こうとする。

 その時だ。

 

『響ちゃん、聞こえる?』

 

 私が待ち望んだもう一つの声が、端末から耳に届いた。

 

「友里さんですかっ?」

『今、司令が遊星君と連絡を取ってくれてるわ』

「本当ですかっ!?」

 

 私は思わず叫んだ。

 

「遊星、無事なんですか?」

『ええ、大丈夫みたい。商店街を抜けた、大通り辺りよ。端末の電源を切ってたみたい』

「よかったぁ…!」

 

 自然と私の声は大きくなった。すぐに遊星と合流して、ノイズを倒しにいく筈だったんだけど、何故か遊星と連絡が取れなかった。

 

「け、けど、端末切ってたって、どういうことですか…?」

『その辺りは本人からゆっくり聞いてちょうだい。今はまず彼と合流して、ノイズを殲滅しましょう』

「は、はいっ! 分かりました!」

 

 端末を取り落しそうになったけど、すぐに立て直す。

 そうだ、今は細かいことを気にしている場合じゃない。私は気を引き締め直して、前を向いた。とにかく、遊星と合流しないといけない。

 

『そこから直進すれば、Dホイールの反応とは目と鼻の先よ。二人で集まったら、移動先を指示するわ』

「お願いします!」

 

 力強く応えて、前を向いて私は再び前進する。

 西日が強く光った。もうすぐ夕焼けになろうとしている。いつの間にか、風は止んで、街の姿は見る影も無く静かだった。

 

 

 ──―ゃぁっ! 

 

 

 思わず立ち止まる。一瞬喉が詰まって、その後一気に空気が流れ込んだ。僅かに上がった自分の息を整えながら、私は右を向く。

 

「……今の」

 

 ゆっくりと辺りを警戒しながら、通りに並んだ解体工事中のビルに近付いた。ビル自体かなり古くて、鉄筋が剥き出しになっている。

 

(まさか)

 

 私の背筋を冷たいものが走った。気持ち悪い……お腹の中身をごっそりと抜かれていく感じがする。

 

『響ちゃん、どうしたの?』

「……ごめんなさい、ちょっと切ります」

『え、ちょっ』

 

 しまったと思った。慌てて切ったけど、事情を説明するんだった。今からでも繋ぎ直して、調べてもらおうか。

 ……でも、どうして友里さんは何も言わなかったんだろう? ノイズがいるなら教えてくれる筈なのに……

 不安と疑問を残して、私はそのままビルの中に入った。なんと言うか、ここで通信をしちゃいけない気がした。

 

「……」

 

 ビルの中は冷たい空気が流れていた。

 地下にまで階があった建物は、解体で中身をごっそりと真ん中まで全てくり抜かれてる。

 入った瞬間、階下に大きな穴が開いていたのが見えた。もう殆ど解体が終わってて、空が見えるくらいだった。作業用に残してある階段を伝って私は下に降りる。

 

「……誰かッ」

 

 思わず、咄嗟に声を張った。

 けれど聞こえてくるのは私の声の反響だけ。

 

「誰か! 誰かいませんかぁーっ!」

 

 もう一回、声を張り上げて尋ねる。

 私の間違いだったんだろうか。でもさっきの悲鳴は何だったんだろう? 

 

(ひょっとして、ノイズがここにいた人を襲って……)

 

 それならノイズも一緒に炭になるから、友里さんにも反応は分からなくなるし、悲鳴の元になった人も返事は出来ない。そう思った時、僅かな振動で私の足元がぐらついた。咄嗟に上を向いた。

 

「……ぁっ!!?」

 

 叫び声を必死に抑え込んだ。

 

(ノイズ!?)

 

 金縛りにあったみたいに一瞬全身が硬直する。

 人型じゃない。タコやイカみたく何本もの足を生やした型だった。ウネウネと触手を伸ばしてボロボロになったビルの壁に張り付いている。私の身体は完全に不意打ち状態だった。

 

(こんなのが真上に…いけない! このままじゃ…!)

 

 息を吸い込んで、聖詠を唱えようとする……前に、私は正面へ飛んだ。次の瞬間、足元が崩れる。

 宙で身体を捻って受け身を取ろうとした時、さっきまで居た足場がボロボロになって砕ける様子が視界の隅に映ってゾッとした。もしシンフォギアを纏おうとしたら間に合わずに身体に穴が開いてたかもしれない。

 私の身体はそのまま自由落下してく。ビルに開けられた地下への穴は深く、そのまま5メートル近く下がっていく。地面に叩きつけられる直前に、私は思い切り床を横に蹴った。勢いを殺しながら転がるようにして何とか着地する。

 

(痛っ…!)

 

 とんでもない鈍痛が足の裏から全身に一瞬で伝わった。けど、思ったよりダメージは無かったように感じた。

 

「……」

 

 と、言うより感じる暇が無かった。

 

(早く! 早くシンフォギアを……ぅっ!?)

 

 上を向き、改めて聖詠を唱えようとした時。私の口元はいきなり横から伸びてきた何かによって遮られてしまった。

 

(だ、だれっ!?)

 

 頭が真っ白になる。

 次の一瞬で浮かんだのは、後で映像越しにちゃんと姿を見た『フィーネ』という金髪の女の人。

 

(まさか、まさか、これって…!?)

 

 罠かも。

 

(さっきの悲鳴って、まさかおびき出す為に!? 早く遊星を呼ばないと! でももし罠だったら遊星まで巻き込んだら…!?)

 

 色々な動揺が私の頭を一瞬で駆け巡っていく中で、私を抑え込んでいた手はグイと私の肩を掴んで、相手の方へと引き寄せられた。

 

(ゆっ…!?)

 

 鉄砲でも持った恐ろしい人たちが、私の頭に銃口を擦りつける様を想像して、身体中の力が抜けそうになった。

 

「……」

「……」

 

 いや、実際脱力してしまったのはホントだ。未来が、そこにいたんだから。

 

「……」

「っぃ…ぅ!?」

 

 名前を叫ぼうとすると、未来は鬼気迫る形相でこちらを睨んできて、私の口をもう一回塞いだ。ビクリと私の肩が震える。

 そのまま未来はシィー、と人差し指を唇にあてる。

 

「……ぇ?」

「……」

(声を、出すな?)

 

 その目はかつてない程に真剣だった。こくん、と頷くと、未来はゆっくりともう片方の手を私から離す。

 すると端末を取り出して、私に画面を見せた。

 

 

『静かに。あれは大きな音に反応するみたい』

(音?)

 

 口パクで尋ねる。こくりと、今度は未来が頷く。そのまま首で向こう側を指し示すから、私はゆっくりと振り返る。

 

(……あれ、動かない?)

 

 さっき私を狙ってきた巨大なタコかイカ型…みたいなノイズが、ビルの剥き出しになってる内側の鉄筋に絡みついている。けれど、それだけだった。じいっと動かないで、こっちを見ている様子もない。

 まるで何か探してるみたい……

 

(探す……そうか、クリスちゃん!)

 

 頭の悪い私だから気付けたのかもしれない。ノイズに考える頭は無いらしい。だったら音の探す方へ進めって言った方が単純で済むんだ。もしかすると、ノイズの反応が無かったのも、それに関係してるかもしれない。

 酷い…こんなの酷過ぎる…! 

 翼さんの言葉がようやく全部分かった。これを仕掛けた人は街の人間がどうなるとか、もう考えていない。

 

『端末の電波切って。着信鳴ったら気付かれちゃう』

 

 心をモヤモヤが支配しそうになったけど、未来の言葉で我に返った。言われて私は慌てて電波を切る。

 

『ここにいるの、私だけじゃないの』

(え?)

『あっち見て。アレに追いかけられて、ふらわーのおばちゃんとここに逃げ込んだの』

 

 端末に表示された文字。指示された手の指の先を見てギョッとした。

 確かにふらわーのおばちゃんだった。横たわったまま、動かない。気を失っているみたいだった。

 意識がない表情でも苦しそうなのが伝わる。

 

『私を庇ってくれたの。その時に、身体を強く打ったみたい』

 

 ノイズの特徴に気付いた未来は、助けが来るのを待つしかなかった。ううん、助けが来ても襲われるだけだから、それも出来ずに、一人で……。

 

(助けなきゃ……でも、どうしよう)

 

 下唇を噛んだ。

 

(シンフォギアを使うなら歌わないといけない。でも、歌ったら気付かれちゃう……)

 

 私が外まで出て、声を出しておびき寄せる? 駄目だ、この建物で迂闊に動いたらそれだけで大きな音が出る。周りにいる未来やおばちゃんが巻き込まれる。

 

(何とかしなきゃ……シンフォギアを使えて、未来たちを巻き込まないで倒せる方法…!)

 

 焦るばかりで時間がどんどん過ぎていく。

 

(こんな時に遊星がいてくれたら…!)

 

 電話でここを教えようにも、端末の電源を切ってる。師匠や二課の知ってる人にメッセージを送る? でもそれじゃあ、幾ら時間が掛かるか分からない。その間、何の音も出さずに隠れていられる? 

 

『響』

 

 とんとん。

 私の肩を細い指が叩く。焦るばかりで不安に取り込まれそうになった私を、未来が真剣な顔で覗き込んでた。

 

「……」

 

 未来は暫くじっと私を見つめて、けれど決心したように何かを端末に打ち込んだ。

 そしてそれを見せる。

 

 

『私が囮になってノイズの気を引くから、その間におばちゃんを助けて』

 

 

 私の顔は凍りついた。

 最初、言った事が分からなかった。

 けど未来の顔を見て、これが嘘偽りじゃない事を知った。

 

『そうしたら戻って来て欲しいの』

「…っ」

『駄目だよ。そんなのさせられない』

 

 急いで自分の端末に打ち込んで伝える。

 

『助けが来るまで待とう? 遊星が来るから、それまで待ってて』

『でもそれじゃあ、いつになるか分からない』

 

 その未来の返事に私は何も打てなかった。それでも、私はこれを『ハイそうしましょう』って呑み込む勇気が到底無かった。

 

『やっぱり駄目だよ。そんなの危険すぎる』

『分かってる。でもこれが一番いいと思うの』

『良くない!』

『元陸上部の逃げ足だから何とかなるよ』

『何ともならないよ!』

 

 飛び付きたい衝動を堪えた。

 でも未来は決して折れない。目は揺るぎない。全部を知って、それで呑み込んだ目だった。こういう顔をした未来は、何があっても、絶対に曲がらない。

 

『お願いだから止めて』

 

 こみ上げる想いを抑えて必死に伝えた。

 

『未来がいなくなるの、もうイヤだよ』

「……」

 

 そんな想いを込めた文字に、未来は暫く返事を躊躇う。分かってくれたと思った時だった。

 

『じゃあ響が何とかして』

(え?)

『危険なのは分かってるよ。だから響にお願いするの。私の全部を預けられるの、響だけだから』

 

 文字を見た。

 心臓が止まりそうだった。

 どうして、そんなこと言うの? 

 

『不動先生がね、言ってたの』

 

 目に涙が浮かんだ。

 私じゃない。

 未来が、身体をカタカタ震わせて。恐怖で動けなくなりそうになっても、それでも私の『陽だまり』は、怖さを勇気で押しのけて、足に力を込める。

 

『『小日向はどうしたい?』って。ずっとそれ考えたんだ』

 

 未来が微笑を浮かべ。

 

『響と一緒にいたい』

 

 心を明け渡した。

 

『だからこれ、先生に渡して』

 

 勇気と、絆を織り交ぜて、丁寧に言葉で封した、それは誰にも言えない隠し事の気持ち。

 

『これ、前に言ってたよね。先生の失くしもの』

 

 コレ、は……

 

『大事な物なんだね。何となく分かるよ。だから響が渡してあげて』

 

 やめて。まるで最後みたいだから。

 

「……」

 

 ぎゅっ。と、手を握った。

 最後のワガママだった。そんなもので止まらないと分っていても、それでもせずにはいられなかった。

 

「私……ね」

 

 ぽつり。と、未来が囁いた。

 私の耳に、悲しくて優しい声がする。

 

「響に酷いことしちゃった」

 

 握った手が熱くなる。未来が握り返してた。

 

「許してもらおうなんて思わないよ……でもね」

 

 もう未来は恐がってなかった。

 それでようやく思い出した。

 

「それでも一緒にいたいの」

 

 前にも未来が微笑んだのは、私の隣に居ると言ってくれた時だった。

 

「私だって戦いたい」

「ダメだよ……」

「やりたいことをやりたいから」

「ダメ…未来…」

「響一人に背負わせたくないから」

 

 それだけを親友が告げた。そして追い縋ろうとする気持ちが出る前に、もう未来はスタートラインに立っていた。

 

「私……!」

「みっ…」

「私! もう迷わないからッ!!」

 

 未来が端末を放り投げた。それが合図となった。

 カァンと甲高い音を立てて、反響音が散らばる。ノイズの足が一斉に辺りを調べ始めた。

 瞬間に未来はスタートを切る。投げた方向と逆に向かって走り出した。地下にはもう一方の出口があって、私が来たのと逆方向の通りに面している。そこへ向かって走り込んだ。

 

「…っ!」

 

 叫ぼうとして、止まった。今私が叫んだら、未来が走った意味が無駄になる。

 

「こっちよっ!!」

 

 出口付近に近づいたところで、未来は思い切り叫ぶ。

 最初の反響音で足音を掻き消されて、目標を見失ったノイズは、ようやく気付いた。追いかけようとするけど、未来はもう出口を抜けていた。

 

「はあ! はあ! はあ!」

 

 未来が出口にいたままと勘違いしたノイズは実体化したまま体当たりした。轟音を立てて入口が抉れる。手ごたえが無いと判断したノイズは、そのまま建物の外まで消えていく。

 

「み、未来……っ!」

 

 ドクン、ドクンと、心臓の音が今になって激しく脈打つ。

 

 

「……え」

 

 

 迷わない。彼女はそう言った。その思いに応えて、カードが目を覚ます。

 

『歌うんだ』

「カードが…」

『俺は信じてる。君達の絆を』

 

 頭に直接伝わる、この声は…

 幻じゃない。

 いつか夜の草原で聞いた、あの声。遊星の叫びと私の気持ちに答えてくれた、精霊の呼び声だ。

 

「………ターボ、シンクロン?」

『そうだ。俺をマスターの元へ連れていってくれ』

「遊星の…」

『俺が力を貸す。だから君は歌うんだ』

「っ!!」

 

 カードが光り輝いた。指に力が籠もる。光は私を取り巻いて、温かさを灯してくれた。そうだ。これは……絆だ! 

 未来が渡してくれた、ずっと守ってくれていた、私の想いだ! 

 

 

 ―Balwisyall Nescell gungnir tron―

 

 

 胸の中に、灯った熱は炎になる。

 死なせない。守ってみせる。決してもう、失うものか。

 この熱き想いよ、歌となれ。そして私と皆を、どうか繋いで欲しい。もし繋がったら、私は二度と離さないと誓うから。

 

「だああああああああっっ!!!」

 

 おばちゃんを抱え込んだ私は、地面を強く蹴り出した。

 衝撃が建物全体に伝わる。耐え切れなくなって崩れそうになるけど、それよりも早く、私の身体はおばちゃんを抱えたまま、吹き抜けた天井よりも高く跳んでいた。

 

「っ! あれは…!」

 

 上空まで抜けた私の下。道路に面した歩道に、黒い服を着た男に人が立っている。

 緒川さんだ! 

 私は腰に力を込める。後ろに装備された大きな口から火が噴き出て、ブースターの代わりになった。一気に私は地面まで着地する。

 

「響さん!? いきなり何故…!」

「緒川さん! おばちゃんをお願いします!」

 

 言葉足らずに、私はおばちゃんを緒川さんに託した。流石の緒川さんも、最初は驚きを隠せなかったみたいだけど、それでも私の顔を見て力強く頷いた。

 私は再び、飛び出した。

 

「響さん! 遊星さんはここから東に居ます!」

「っ、はい!」

 

 緒川さんの決死の叫びが届いた。

 夕焼けが、一日の最後に私を強く照らしている。

 

 

 

 




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