龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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本当に励みになります。これからもどうかよろしくお願いします。

皆さん、体調にはくれぐれもお気をつけ下さいませ。


第8話『防人の歌と、夢の守り人と』‐1

 

 

 

「るんたった。るんたった」

 

 青い空! 

 照りつける太陽! 

 そして白い砂浜は……ない! 

 でも! 

 私はとてもハッピーな気分なのでした! 

 

「響、ご機嫌だね」

「えっへっへ、だってさだってさ」

 

 隣を歩く未来が困ったように笑って言う。周りから見たら変な人扱いされるけど、でも私は気にしない。

 何故なら今日は、嬉しい出来事が三つもあったから。

 

 

「あ、おはよう、遊…先生!」

「おはようございます、先生」

「ああ、おはよう二人とも」

 

 目の前の教員室の扉が開いて、出てきたのは遊星だった。もうすっかりお馴染みになった学校内での格好で、灰色のシャツに白衣姿だ。

 

「わっ、プリント沢山あるね」

「ああ、これから教室に持っていくんだ」

「先生、それ半分持ちます」

「あ、私も持つよ」

「そうか、助かる」

 

 私と未来は紙束を分けて持ち、教室へ歩いた。途中で、遊星がプリントを眺めてしみじみ言った。

 

「紙とデータを上手く使い分けるのは良い発想だな。向こうだと、殆どデータ化してるから、こういう感覚が無い」

「……先生って、本当に別世界から来たんですね」

「ああ、俄かには信じられないだろうが」

「いいえ。実際にこの目で見ましたし」

 

 未来はにっこり笑う。

 私の親友を助けた次の日に、遊星は何もかもを打ち明けることにした。Dホイールにカードを乗せて、精霊の姿を見せると、未来も信じるしかなかった。目を丸くしてクリパクパクさせたのはちょっと笑っちゃったけど。

 そして未来に怒られたけど。

 

「無くなったカード探しも、私で良かったらお手伝いしますから」

「ありがとう。これからも、よろしく頼む、未来」

「はい」

 

 頷く遊星。

 あの一件以来、遊星は未来を名前で呼ぶようになった。遊星にとっての親しさの目安なのかもしれない。けど、その様子に私は笑顔が止まらなかった。

 

「どうかしたか?」

「ううん、なんでもない」

 

 未来は遊星を信頼してくれて、私達の中はぐっと深まった。

 それだけじゃない。師匠は特別に、未来を二課の協力員として、地下基地に入ることも許可してくれた。私と同じ場所になら入っても大丈夫ってコトになるらしい。

『大したことじゃない。未来君の存在は、響君のメンタルケアに役立つ。特異災害に有益と判断したまでのことさ』

 と師匠は笑って言ってくれた。私達も笑顔が止まらなかった。

 それがイイコトの1個目。

 

「ところで遊星、これ何?」

「ああ、定期考査が終わったからな。弱点克服の為のプリントだ。響の分も用意してある」

「………え」

「どうかしたか?」

「……これ?」

「ああ」

「やらないとだめ?」

「やればやるほど為になる」

「……」

 

 顔を引き攣るのを我慢しながら、私は笑顔で頷いた。

 断じてこれがイイコトの2個目ではありません。ええ違いますとも。

 

「響、週末までには終わらせてよ? 予定開けてるんだから」

「は、はぁーい」

「週末? 何かあるのか?」

「あ、うん。実はねぇ」

 

 目の前の問題を棚上げして、私は顔が綻ぶ。課題は課題だけど、これに比べたら全く問題じゃない。

 

「えへへ、明日デートなんだよぉ!」

「…デート」

「うん!」

 

 私は頷いた。

 何を隠しましょう、3日後の日曜日、私は未来と街へお出掛けする予定なのです。二人で出かけるなんて、すれ違ってばかりの私達は殆どできなかったから、この日は今までの鬱憤を晴らすつもりで取り組むんだ。

 それだけじゃない。この日はスペシャルなゲストがいる。

 

「……以前、戦いの時に恋人がいないと言っていたが……そうか、そう言う奴がいたのか」

「え?」

 

 遊星が目を大きくかっぴらいて私を凝視する。まるで信じられない物を見るような目つきで。

 

「いや、言いたくなければいいんだが…少し、意外だったからな……それで響、デートの相手はどんな男なんだ?」

「え」

「…どういうこと響?」

「ち、違うよ! 冗談冗談! っていうか未来、目が怖い!」

「え、あ、ごめん、私ってばつい」

「もー…」

 

 私は顔を真っ赤にして、目を虚ろにさせた未来を宥める。

 全くもう、遊星が変なこと言うから……いや、言ったのは私だけどさ。

 でもね、遊星ももっとこう…デリカシーと言いますか。女の子に『彼氏は?』なんて言うのは聞いたら駄目だよ。もし他の子にやったらセクハラだよ。私は別にいないからいいけど……あ、なんか悲しくなってきた。

 

「ぐすん…」

「ど、どうしたんだ?」

「先生、気にしなくていいです」

 

 未来が誤魔化してる隙に、私はそっと涙をふきふき。

 

「えっと遊星、そうじゃなくてね。翼さんと未来と3人で出掛けるの」

「翼と?  この世界では、女の子同士が3人で出掛けるのをデートって言うのか?」

「先生、響の言葉は真に受けないでいいですから…」

「え?」

「怪我も癒えて、仕事も再開するっていうし、その前に思い出作りっていうか、完治記念みたいな」

 

 そう、これがイイコトの2つ目と3つ目。

 この間のメディカルチェックで、翼さんは絶唱による怪我が完全に治り、晴れて二課の仕事に復帰が決まったのです。

 当然、これまでお休みだった芸能活動も再開を発表。いやー……あの時の記者会見で私はもう、涙が止まらなかったよ……

 

「ほら響、涙拭いて」

「ありがと、さくら…じゃなかった、未来」

 

 師匠から借りた映画に出てくるフーテンさんみたく、私は鼻をすする。

 

「なるほど、そういうことか。いいんじゃないか? そういう楽しみは多く経験したほうがいい」

「だよねっ!」

 

 もし芸能活動も本格化すれば、装者との活動の両立で学校に来る日もまばらになってしまう。そこで親睦を深める為に、未来とのデートに翼さんも誘ったら、なんとオーケーを貰った。

 これはファンとして喜ばずにはいられません。その時私は本当に空を飛びそうになりました。いや、本当に嬉しさのあまり昇天してしまいそうだったのを未来に呼び戻されちゃった。

 本来なら、もう一人誘いたかったトコロなんだけど……

 

「あ、もし良かったら、遊星も一緒に行かない? 映画とか、ウインドウショッピングとか、ゲームセンターとかカラオケ行こうとか計画してるんだっ」

「……すまないが、その日は予定が入っていてな」

「え、そうなの?」

「ああ、誘ってくれるのは嬉しいんだが」

「……」

 

 私達は今、全てが回っているように思えた。

 私の周りに在った問題が全て上手く行ってるようにも感じられたけど…もちろん、そんな都合の良いことは無い。ノイズは相変わらず出現しているし、世界中には戦争や紛争のニュースがひっきりなしに続いている。

 そういうのに比べたら全く小さい問題かもしれないけど、私にも放っておけない問題が残っていた。

 

「ううん、そういう事ならしょうがないよね」

「悪いな。皆で楽しんできてくれ」

「うんっお土産買って来るね」

 

 例えば、遊星の学園内での噂とか。

 

「……」

「未来、どうかした?」

「ううん、何でもない」

 

 私は頭を振って、遊星たちと教室に入る。

 一瞬だけ、中のザワザワが消えた気がした。ううん、本当に聞こえなくなった。

 弓美ちゃんの端末の一件で、ちょっとは印象が良くなったとは思うけど……『悪い人かも』から『不気味だけど悪くは無い人』に変わったくらいだった。

 遊星は無暗にデマも流れずに済むならこれ位が良い…って言うけど、私は心の中で未練があった。

 

 もうちょっと……遊星が皆と仲良くなれたらなあ。

 

「おはようビッキー、ヒナ」

「あ、おはよう」

「なんだなんだあ? 二人仲良く登校とか、見せつけてくれちゃって、このこの」

「えへへ、それほどでもあるよ」

「もう、ヘンな事言わないでよ…」

「小日向さん、顔赤いですよ」

「え、そ、そんなことないよっ」

 

 プリントを遊星に一旦預けて、私達は席に座る途中、クラスメートの三人と話した。

 

「そう言えば二人とも、さっき不動先生と一緒だったね」

「え、うん」

「……お二人の仲直りは嬉しい限りですが、先生との仲も深まったようで」

「むむっ、これはアニメの王道……学園ラブコメの匂いがするっ」

「匂いって…」

 

 アハハハ、と苦笑しながら私は席に着いた。窓の外は、昨日と変わらずに晴れていて、そよ風が樹々と葉っぱを揺らしている。

 

 

 

 第8話  『防人の歌と、夢の守り人と』

 

 

 

 翼が体調を完全に取り戻した日の週末。

 俺は商店街に赴いていた。

 生活の必需品の購入は、二課の職員がその都度必要な物を入れてくれるため、俺自身は欲しいモノを買いに行く必要は無い。

 この日は買い物ではない、別の用事だった。

 

「これで完成です。水回りは問題ないと思います」

「ありがと、先生。おやまあ、ピカピカだね」

「すみません、これ位しか出来なくて」

 

 台所のシンク下……水道管周りに突っ込んでいた顔を出して、俺は言った。

 

「いや充分過ぎるよ。ようやくこれでお店も開けられるってもんだよ」

「良かった。おばちゃんも、怪我が無くて何よりです」

 

 鷹揚に頷く。

 今俺がいるのは、この頃すっかり常連となったお好み焼き屋『ふらわー』の店内だ。

 先日のノイズ騒ぎの中、音を探知するノイズの襲撃で、この店の店主である彼女は逃げ出す際に負傷をしてしまった。

 未来を庇った際に負ったものだったが、幸い命に別状はなく、その後の精密検査でも異常は見当たらなかった。

 

「はっはっは、頑丈なのが取り柄だからね。まあ、気を失ってた時のことは覚えてないんだけどね。未来ちゃんも怪我がなくてよかったよ」

「そうですね。彼女も、今は元気にしてます」

「この間も、響ちゃんと一緒にお好み焼き食べに来てね。仲直りできたみたいだよ」

 

 アハハハ、と彼女は快活に笑う。

 この人も内心、未来達を相当心配していたに違いない。何の事情も知らずに、雪音を匿ったりしてくれたのだから。

 

「先生のお陰みたいだね。やっぱり、おばちゃんの目に狂いは無かったよ」

「買い被りです。俺は何もしてませんよ」

「謙遜しなさんな。ああ、それと…」

 

 おばちゃんは声を低くして言った。

 

「あの子は、どうだった? 避難のドサクサでいなくなっちゃったけど……」

「……」

 

 あの子、とは当然、雪音クリスのことだ。

 その後、彼女の足取りは杳として知れない。弦十郎さんらが必死に追跡しているものの、手がかりはゼロだった。

 だが、如何にシンフォギア装者とは言え、女の子一人を取り逃がすほど、この国の治安組織が無能とは思えない。

 恐らく、そう近くない内に……

 

「先生?」

「…学校関係者を当たったんですが、それらしい子はいない様です」

「そう…」

「ただ、新聞でも死者数はゼロと報道されていましたから、何処かにいると思います」

 

 俺は頷いて言った。今はともかく、弦十郎さん達の調査結果を待つしかない。

 

「それなら、まずは一安心だね……」

「ええ…」

「あの子には、結局私の作ったお好み焼きを食べてもらえなかったからねえ。何ができるとも思えないけど、せめて美味しいものを腹一杯食べさせてあげたいよ」

 

 腕を組んで彼女は言った。

 確かに、どんなに罪深い十字架を背負うことになったとしても、あの子に、それ位の幸せは与えられて然るべきだ。

 

「あはは、ごめんね、辛気臭い話になっちゃって」

「いえ、俺の方でも手掛かりを探してますから」

「あ、そうだそうだ。忘れる所だった。これ、先生に会ったら渡そうと思ってたんだよ」

「ん?」

「いやね、今朝掃除してたら見つかったのよ。お客さんのかなと思ったんだけど、店は閉めてたからそんな訳ないし、もしかしたら先生のかなって」

「………」

 

 おばちゃんが手渡してくれたものをそっと受け取る。なんという事だ……また一枚、いともあっさりと見つかった。

 俺は表にこそ出さなかったが、心の奥では震えそうになるのをやっとの思いで堪えていたところだった。

 

「おや、やっぱり先生のかい?」

「え、ええ……確かに、俺のです。ありがとうございました」

「ああ、そうかい。良かったよかった。なんだろうね、それ? 昔に流行った野球カードかなにか? おばちゃんの同級生も、良くそういうの集めてたよ」

「まあ…似た様なものです」

「へぇー、先生も案外子どもみたいなところがあるんだね。いや、別に恥ずかしい事じゃないさ。男の子ってのはそれぐらいな方がモテるもんだよ。あははは」

 

 肩をバシバシ叩きながら、おばちゃんは特に俺の持ち物ということに疑問を持たない様子だった。あるいは客に必要以上に深入りしないという商売人の矜持だろうか。

 

 ともあれ、戻ったもう一枚のカード……『シンクロ・ストライカー・ユニット』をポケットにしまいながら、俺はこの幸運に感謝するしかなかった。

 

「ああ、それとこれ。つまらないモンだけど」

「え?」

「商品券。ここの商店街のもの、なんでも買えるよ。現物支給みたいで申し訳ないんだけどね」

 

 俺は断ろうとしたが、おばちゃんが強引にポケットに入れようとする。

 

「別に大したものじゃないから。それに、タダで修理をさせちまったからね。お礼にもならないけど、何かの足しに使っとくれよ」

 

 そう言っては断れない。

 元々、ここへ来たのはおばちゃんの様子を見る為と、雪音のことを出来る限り話して安心させてやりたいという気持ち。それと、迷惑を掛けたお詫びにと、店の備品のメンテナンスをする為だった。

『もらってくれないと気持ち悪い』とまで言ってくれるので、ありがたく頂戴することにした。

 

「……ありがとうございます」

「いえいえ。こちらこそ」

 

 店を後にして、Dホイールを走らせながら、俺はここ数日で考えていた仮説の可能性を更に深めた。カードが戻ってきてくるメカニズム…そのカラクリが見えてきた気がする。

 

 今日は快晴で、街は人々で賑わっている。

 この様相の中で、雪音クリスは何をしているのだろうか……大通りを走りながら、ふとそんな事を考えていた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 

 今日は日曜日、約束していた翼さんとのデートの日。外は晴れ晴れとしていて、風も穏やか。雲一つない。絶好の休日日和だ。

 

「あ、いた! 翼さーん!」

 

 私と未来は全力で約束の場所までダッシュしていた。

 何故、走ってるのか。

 その理由は簡単です。

 

 遅刻しているからです! 

 

「……遅い」

 

 待ち合わせ場所の、街の真ん中にある自然公園。そこにある池の広場の端の前で、翼さんはやってきた私達をジロリと睨んだ。

 

「ごめんなさいっ。いつもの響の寝坊が原因でして……」

 

 未来が頭を下げる。私も慌てて謝った。

 

「誘っておきながら遅れるってどういうこと?」

「ごめんなさいっ! あのう、そのぉ……」

「昨日、目的地をあちこち調べてたら、夜になっちゃってて……もう寝ようって何度も言ったんですけど……」

「……」

 

 未来が私の罪状を並び立てる。

 多分、翼さんがいなかったら、私は未来からお説教を食らってただろう。

 昨日、嬉しくて嬉しくて、万が一も無いようにと、私はデートプランを練りに練っていた。何度も確認したし、未来も見ていたから大丈夫だとは思ってたけど、それでもまた夢中になって地図やパンフレットを読み返していた。

 

 そして気付いたら、待ち合わせの30分前になっていた。

 

「……行きましょう。時間が勿体ないわ」

「は、はいっ」

 

 翼さんは溜息をつくと、それ以上追及はしなかった。そのまま踵を返して歩き出す。

 私達も慌てて後を追おうとするが、その時ふと未来と目が合う。私は親友と一緒になって、翼さんの後姿をまじまじと眺めた。

 

「……キレイだね、翼さん」

「うん……」

「メチャクチャ気合入ってるね、服」

「そうね…」

 

 未来が頷く。

 翼さんの私服姿はとても綺麗だった。美人だから何を着ても似合うのは当たり前だけど、それでも今日の翼さんは学園やライブで見るのとまた違う雰囲気があった。

 

 白のブラウスと青い半袖ジャケット。それにベージュのショートパンツ。オシャレを意識しつつも、軽やかさを出していて、翼さんの普段の物静かなイメージとは真逆。

 確かに、動きやすい方が良いかなとは思ってたけど……これはまた……

 

「何をコソコソ話してるの?」

「い、いえ、別に…とても気合が入った服装だなって」

「………言っておくが、誘われたから来たというだけで、私は別に来なくても良かったの。怒ってるのも、時間を無駄にしたくないだけ」

「は、はぁ…」

「これも! 緒川さんが用意してくれただけだから! 私は、もっと簡単なので良いと言ったんだ!」

 

 こっちを見て顔を近づける翼さん。けれど、その顔は紅潮していて、何故か分かってしまった。

 翼さんが、今日をとても楽しみにしていたということに。

 

「だから気合いをいれてコーディネートはしていない、断じて! 今日も待ち合わせに2時間近く前に着いたということもないから!」

「……」

「な、なによ?」

「すみません、そんなに楽しみにしてくれてたのに……」

「だから楽しみじゃない!」

 

 翼さんは良くも悪くも嘘はつけない性格らしい。怒られてると言うのに、顔がニヤけそうになるのを堪えてしまっていた。

 

 その後、翼さんが怒って本気で帰りかけそうになるので、私と未来は慌てて引き留めた。

 ここまで来て本命が居なくなってしまったらデートどころじゃない。私が今日行くと決めた場所は全て翼さんに合わせてセッティングしたものだ。

 何とか宥めることに成功した私達は、改めて出発することにした。

 

「で、では、気を取り直して、まずはショッピングモール行きましょう! その後映画観て、ご飯食べましょう!」

「映画がチケット完売とか言うオチは無いだろうか……」

「そ、それは大丈夫です。私も確認しましたからっ」

 

 未来が横でそっとフォローを入れてくれた。

 と、並んで歩いている時に、ふと翼さんが思い出したように私達に言った。

 

「そう言えば」

「どうしました?」

「不動は、やはり来ないのか?」

「あ、はい…そうみたいです。なんか予定があったみたいで…」

「そうか」

 

 私の答えに、翼さんは少し気落ちした様子だった。

 

「翼さん?」

「あ、いや」

「もしかして、遊星に何か用事だったんですか?」

「い、いえ、そうじゃないの。話と言っても、別に大したことじゃないし……」

「そうですか? 良かったら、私から話しますよ?」

「大丈夫、気にしないで。折を見て、私から言うわ」

「はあ……」

 

 翼さんの様子は、上手く言い表せない感じだった。というより寧ろ……翼さん自身が、上手く言いたい内容を言葉に出来ないって言うのかな。けれど、それ以上追及することも出来ずに、私と未来は首を傾げた。

 

「まあ不動も、これを期に羽を伸ばせる機会があった方が良い…と思ったのもあるのだけれど…」

「あ…」

 

 翼さんはそう言って、遠くを見る。

 そこにはリディアン音楽院が……二課の基地がある方角だった。普段なら、遊星は平日も休みもそこにいる。学校の先生として、或いは二課の協力者として、授業をしているかDホイールのメンテナンス。たまに空いた時間ができると、それを利用して街へパトロールに出て行ったりもしていた。

 

「そうですよね。私も遊星に休んでほしかったんです」

 

 正直……私が遊星を誘ったのも、翼さんが言ったように少しは休んだ方が良いんじゃないかと思ってのことだった。

 出会ってから三か月が経とうとしているけど、ハッキリ言って遊星が休んでいるのを見たことが無い。

 

 と言うか……

 

「なんというか先生って、生活感が無いんです」

「生活感とは?」

「私達が見てると、大体何かの作業をしてるんです。Dホイールの整備とか、学校のテストの採点とか」

「ふむ…」

 

 未来の言葉に、翼さんが頷く。

 

「そうそう。あと、食べたりとか寝たりとか、買い物したりとか、そういうのも無いし………あ、あとあんまり寝てない、とか」

「寝てない?」

「私が二課にいると、了子さんと徹夜で作業してたりとか普通で…」

「それでは身体が持たないだろう」

「私もそう言うんですけど……」

 

 余りに心配になって私が言うと、遊星はケロッとした顔で答えたのだった。

 

「『大丈夫だ、さっきたっぷり30分寝たから』って」

「……」

「それ、寝たって言わないよね」

「だよね! もー、私心配でさー! たまにお夜食持ってくんだけど、それでも遊星、私の目の前で食べようとしないんだもんッ」

 

 遊星は、作業がひと段落する前に食べると気持ちが悪いって言う。一応、お皿はキレイに平らげてあるから食べてないってことは無いらしい。

 でも、こっちはこっちで心配になってしまう。

 

「それでこの間、なんとしても食べて寝てもらおう、って思ったら……」

「響が先に寝ちゃったのよね」

「はい、そうです……」

「……」

 

 翼さんが何とも言えない眼で私を見る。

 だってしょうがないじゃないですか。こっちは成長期なんですから……でも目が覚めて、ちゃんと私の肩にタオルケットが掛かってたのには、遊星の優しさを感じました。

『逆にお世話されてどうするのよ』って言った未来の、呆れた表情は忘れようもない。

 

「でも私心配ですよ。あのままじゃ遊星、いつか倒れちゃいそうで……もうちょっと自分のこと気遣ってもいいと思うんですけど…」

「……響」

「あれ?」

 

 じぃーっと、ジト目で未来が私を見ている。私、何か悪い事言ったのかな? 

 戸惑う私に向かって、翼さんがポツリと言った。

 

「なんというか」

「え?」

「二人は、仲の良い兄妹のようだな」

「え、え? 私と、遊星が?」

「もしや自覚がないの?」

 

 驚いた様子の翼さんに、私は目を丸くする。すると未来も、納得した様子で頷いていた。

 

「私もそう思います。ホント二人ってそっくりっていうか……多分、気付いてないのは本人だけだと思いますけど」

「ええ、未来まで?」

 

 そんな事、全然考えたことなかった。

 別に悪い気はしない……むしろ、あんなお兄さんがいてくれたらなって。けど私と遊星は真逆だと思ってた。遊星はクールで頭も良くて、運動神経も腕っぷしも強い。優しいし、気配りだってできる。

 

 それに比べて私は、こうと決めたら周りが見えず、成績は連続ドベ、体力こそついてきたけど素の身体能力は比べ物にならない。おまけに人助けをしたいと言いつつ、大体私のガンバリは空回りが多い。

 

「私、そんなに遊星に似てるかな? 頭良くないし、周り見えないし…」

「そこは似せる努力をした方が良いと思うけど」

「そこはフォローしてくれないのね……」

「でも」

 

 未来は微笑しながら私を見た。

 

「二人は、何だかずっと前からの知り合いみたいな、そんな風に見えるかな」

 

 ポカンと、私は未来を呆然と見つめ返す。この言葉の意味を、私はずっと先に思い返すことになった。

 似てないようで近い、けれども遠い、私達の出会いの意味の本当の意味は、まだ誰も知らない。

 

 私は遊星の抱える闇を、まだ知らない。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

(……ここにもいないか)

 

 お好み焼き屋を出た後、俺は街を一通り回っていた。弦十郎さん達とは別に、独自で雪音の居所を探ろうと考えていたのだ。

 しかし、訪れた場所はことごとく空振りに終わった。

 

 こうして力不足を痛感していると、雑賀の有能さが分かる。元の世界で知り合った何でも屋の男は、手がかり一つから探し物を見つけたり、必要な物を調達してくれるスペシャリストだった。

 彼がいてくれれば……

 

(つくづく、俺は周りに恵まれていたな)

 

 本当なら弦十郎さんの調査報告を待つべきだ。

 しかしそれを良しとしないのは、未だに見つからない内通者の存在である。これが、俺の心に影を落としていた。

 

(店で見つかった盗聴器は、内通者が仕掛けた物で間違いない)

 

 あの後、見つかった盗聴器を分析したところ、出処はこの世界のアメリカ……それも軍部でよく使われている物と判明した。

 入手ルートも不明だし、犯人の特定には結びつけられないが、それでも内通者の存在は徐々に明らかになりつつあった。

 

「急がないといけない」

 

 信号が赤になった。Dホイールを止めると俺は呟いた。

 

(内通者と『フィーネ』との繋がりが、何処まで二課の中に忍び寄っているか分からない。いざという時の為に、俺も可能な限り、情報を集めなくては……)

 

 恐らく『フィーネ』との決着がつく時も、そう遠くない。そんな予感がしていた。そうなる前に、敵の正体や、何より俺のデッキを取り戻さなくてはいけない。

 

 そしてそれは、俺が元の世界に戻る手がかりにもなる筈だった。

 奴は俺がシグナーであることや、別世界の住民であることも掴んでいる。無論、内通者の存在はあるだろうが、以前遭った時のあの様子からするに…ただの情報としてではなく、もっと俺の世界の事を深く知っているような雰囲気にも取れた。

 

 もしかすると『フィーネ』が、俺をこの世界に呼び寄せた張本人ではないだろうか。そんな予感さえするのだ。

 

 

「ちょっと離してよ!」

 

(ん?)

 

 

 悲鳴が聞こえたのは、通りを抜け、繁華街の入り口に差し掛かった時だった。繁華街の入り口に面した大通りの路肩にDホイールを停めると、繁華街とは逆方面の路地裏の奥から大声が聞こえた。

 

 

「大声出すなよ」

「手触っただけだろ」

 

 その声が聞きとれたのは、一際大きかったのと、滅多に人が寄り付かないであろう空間だったということ。それと、もう一つ。

 

「ぶつかったのはそっちだろ、なあ」

「だから…それ謝ったじゃないですか」

「誠意見せてよ誠意」

 

 声の主が見知った顔だったからだ。

 

 

(寺島と……板場と、安藤?)

 

 ほぼ毎日、教室で顔を合わせている三人だ。中間考査のテスト用紙を返却し、その後の課題の紙を渡したら、板場が思いきりしかめ面を最後にしたのが印象的だった。

 しかし、遠くから見た彼女らの表情は、到底不機嫌程度で済ませられるものではなかった。

 

 タンクトップやシャツを着ていた少年らが、彼女達三人を囲っている。板場達と同じく三人組だが、お世辞にも柄が良い様には見えない。

 

「金貸してくんね? 困ってんだよ」

「何でそうなるんですか」

「あのさ、あっち行こうよ。あっちで話そ」

「や、止めてください、離してっ」

「いいからいいから、行こ」

「や、やめてってばっ」

「……うるせえな、殺すぞ!」

 

 最初抵抗していた三人だったが、囲んでいる連中で一際体格の大きな男が、安藤の肩を掴み上げる。それまで何とか強い口調だった安藤も、ビクリと、身体が震えてしまう。

 その瞬間、俺はDホイールを止めて彼女達の元へ駆け寄って行った。

 

「騒いでんじゃねえよ」

「あっ……!」

「黙ってりゃ何もしねえからさ」

「おい、行こうぜ早く」

「や、やだ、ちょ…」

「ユ、ユミ…!」

 

「おい」

 

 連中は、彼女達の肩や腕を掴んで更に路地裏の奥へと引っ張ろうとしていた。その内の一人の肩を俺は掴み上げる。

 

「ああ?」

「俺の教え子に何してる」

 

 掴んだ相手を無理矢理にこちら側へ振り向かせる。その時、板場達が俺の姿に気付いた。

 

「え、うそ…」

「せ、先生」

 

 彼女達も当然だが私服姿だった。疎い俺でもオシャレをしているのが分かる。休日を楽しむつもりだったのだろう。近道しようとしたか何かで、ここを通ったのかもしれない。

 向こうはすぐに俺の手を払いのけようとするが、上手く振りほどけない。くちゃくちゃとガムを噛んでいる仲間の一人が俺に近付いてきた。

 

「誰だテメエ? センセイ?」

「誰でもいい。早くその子たちを離すんだ」

「は? ナニお前?」

「嫌がってるだろ。何があったか知らないが、その辺にしておくんだな」

「何なの、コイツ? 意味分かんねえんだけど?」

 

 奥で板場を掴んでいる少年はニヤニヤしながらこっちを見て言った。お茶の誘いで彼女達に声を掛けたわけじゃないのは明白だった。不快感が俺の中で首をもたげる。同時にサテライト時代の冷たい感覚が蘇ってきていた。

 

 俺はもう片方の手をポケットに突っ込む。中には『ふらわー』の器具を修理した時に交換したネジが入っている。

 折れたソイツをポケットから取り出すと、ゆっくりと指で挟む。

 

「お兄さんジャマだからさあ、どっか消えてくんない?」

「そうそう、痛い目見たくないでしょ」

「……その耳は飾りみたいだな」

「ああん?」

 

 僅かに力を込めて弾くと、ネジは綺麗に直線を引いて男の伸びた鼻の下を直撃した。

 

「いでぇ!」

「代わりにぶら下げとけ。ひん曲がってるが、お前らにはお似合いだ」

「テメエ何すんだ殺すぞコラァ!」

 

 目の前の男は鼻を抑えていたが、すぐに俺の胸ぐらを掴み上げる。

 …俺が凄んで逃げる位の連中なら良かったんだが。

 とは言え、ノイズの影響さえ除けば、この国は実に平和だ。この程度で不良や悪ガキの肩書きがつくのだから。

 

「…へっ」

 

 俺を掴んで前のめりになった重心。

 軽く足を小突いてやれば、簡単にその場にすっ転ぶ羽目になる。そのまま横っ腹に投げてやると、男は壁に激突した。

 

「あだっ!?」

「こいつ!」

 

 残りの2人が腕を振り上げた。

 本当なら痛めつけても殆ど良心は傷まないが、仮住まいとはいえ、俺が授業をした生徒の前であまり生々しいのも見せたくない。右の1人の腹を懐に入って蹴り上げ、背負い投げの要領でもう一人を後ろまで向かって放ってやる。

 

「うげぇ!?」

 

 表通りにまで転げ出て、もつれて地面に転倒した2人。そこへ向かって、最初に壁に当たってうずくまる男の首根っこを掴んで投げてやった。縺れ合う三人に向かって、俺は冷ややかに見下ろす。

 

「うっ…!」

「…運がいいなお前ら」

「はえ…っ!?」

「とっとと行け」

「う、うわぁっ」

 

 心の底で呆れながら、しっしっと手を振る。

 ようやく自分たちの置かれた状況が飲み込めたらしい。

 彼らは這々の体で逃げていった。

 

(やれやれ)

 

 ジャックやクロウがいれば、こんなもんじゃ済まないぞ。腕の二、三本は覚悟しないといけないからな。

 そう思いつつ、不良達が角を曲がるのを見てから、俺はようやく板場達のいる方へ振り返った。

 

「大丈夫か?」

「あ、は、はいっ。ありがとう、ございます…」

 

 寺島が率先して頭を下げた。後ろでは安藤が板場の手を握って支えつつ、こっちへ歩いてくる。

 

「板場も安藤も、災難だったな。怪我はしてないか?」

「は、はい……」

「大丈夫です…」

「そうか、良かった」

 

 表通りに出てきてキョロキョロ周囲を見渡す三人。やがて、安藤が俺をじいっと見上げながら尋ねてきた。

 

「先生、どうしてここへ…?」

「俺はただの通りすがりだ。ちょっと、探し物があってな。皆は買い物か?」

「はい、そうです……」

 

 取り敢えずは安心した様子だったが、まだどこか不安げだ。周囲の喧騒で、このやり取りを見ている者は殆どいない。

 

「あの、本当にありがとうございました」

「気にするな。だが、これからは行く道は選んだ方がいいな。こういう路地裏には、ああいう手合いが必ずいる」

「はい…」

 

 その時に、板場が震える声で言った。

 

「ごめん二人とも……アタシが近道しようなんて言ったから」

「ユミのせいじゃないよ」

「そうですよ。私達だって了承したんですから」

 

 二人が慰めるが、板場は無言で首を振る。

 無理もない。ああいった連中―サテライトのならず者とは比べ物にならないが―の相手は俺にとって日常茶飯事だったが、彼女たちは豊かなこの国の中でも、比較的富裕層と思われる家の出だろう。

 あんな奴らは話に聞くだけで、実際に見たことはないのかもしれない。龍亞や龍可もそうだった。

 とは言え、楽しい気分をこんなことでブチ壊されては可哀想だ。ちょっとこっちに来いと手を振って、俺は止めたDホイールの近くまで三人を引き連れた。

 収納スペースから、おばちゃんにもらった券を取り出す。

 

「嫌な思いをしただろう。良かったら、これでも使ってくれ」

「え、これって」

「商品券だそうだ。何か美味いものでも食べるといい」

「え、いや、そんな。助けてもらったのに、こんなの受け取れませんって」

「気にするな。貰い物だし、俺も特に使い道は思い当たらなくてな。こういうのはパッと使ったほうがいいだろう」

 

 安藤が首を振る。しかし俺も譲らなかった。自身がおばちゃんにされた時のように、半ば強引に彼女の手にそれを握らせた。

 

「あ、あのっ」

「じゃあな。楽しんでけよ」

 

 Dホイールに跨り、ヘルメットを被る。

 三人の呼び止める声を敢えて無視し、青信号になって走り出した車の群れの中へと突っ込んで行った。

 




ヒューっと、その活躍を見て口笛を吹きたくなる男、それが不動遊星です。
ハードボイルド男は良い文明。
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