龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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暖かくなってきたと思ったら、冷たい日も続きます。
コロナもそうですが、天気に左右される人も多いと思います。
お気をつけ下さい



第8話『防人の歌と、夢の守り人と』‐2

 俺は走っていた。脇目も振らずに、ただひたすら、一直線に。目的地に向かって。

 

「………!」

 

 周囲の目など気にしている余裕は無かった。

 響達がいるであろうショッピングモールへとDホイールを走らせる。

 

「無事でいてくれ、皆!」

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 ……キッカケは通信だった。

 板場達と別れてから一時間余りたった頃だろうか。

 街を一通り探索し終えても成果が得られず、今日は切り上げようと思った時だ。

 

(そう言えば…響達は大丈夫か)

 

 ゴロツキどもを伸した事で、ふとそんな考えが頭をよぎった。あんな連中に絡まれたことは無いだろうか、と。

 

 もちろん、響や翼はあの程度の連中に後れを取ることは無いだろうが、万が一ということもある。休みで気が緩んだり、或いは未来を狙う輩が現れないとも限らない。

 人混みに紛れ、敵の手が伸びてくる可能性も捨てきれない。

 

 途端に響達のことが不安になってきた。念の為にと思い、連絡を取ることにした。

 

(あくまで用心だ)

 

 と、考えていたが。

 

(? 出ない)

 

 響の端末にかけても繋がらない。

 単純に気付かないだけとか、或いは電源を切っているか。今日は映画なども見に行くと言っていたし、普通に考えれば、何か不都合があったと考えるのが自然だろう。

 

 しかし、どこか心にしこりが残る。

 改めて未来の端末にかけ直した。

 すると………

 

『………もしもし』

「ああ、未来か。俺だ。今大丈夫か?」

『は、はい…』

「休みの日にすまない。さっき響に連絡したんだが…」

『や、止めて!』

「っ!?」

 

 瞬時に、身体に緊張が走る。

 

「おい、どうしたんだ」

『ひ、響、落ち着いて! 翼さんも!』

「響と翼がどうした? 何があったんだ?」

『え、だ、大丈夫ですっ、別にそんな……ああっ!?』

 

 裏返った未来の悲鳴。

 大丈夫でないのは明白だった。俺は平静に努めて、何とか未来に事情を確かめようと呼びかけ続ける。

 

「未来、一体どうした!?」

『あ、いえ、先生、大丈夫ですから気にしないで……ひ、響! 落ち着いてよ!』

『キョエエエッッ!!』

「!!?」

 

 機械越しにも届く奇声じみた音。しかし俺にはこの声の正体が分かってしまう。

 

 これは響の掛け声だ。

 

 弦十郎さんの修行の一環としてカンフー映画などを見て、それを参考にして得た闘争本能を高める呼吸法だった。

 争いごとを嫌う響が、この闘法を使うということは尋常ではない。

 

「未来、落ち着けっ。響に何かあったのか!?」

『い、いえ、本当に大丈夫です…先生は気にしないで……ああ、ちょ、ちょっと待って! 響!』

『ハイヤ──ッ!』

『ご、ごめんなさい、ごめんなさい! すぐに辞めさせますから…ああっ!』

『ぎゃああっ!?』

「響!? おい、響!」

 

 未来の悲鳴と、それに続いて聞こえる響の雄叫びと悲鳴。身体から冷や汗が出るのを抑えることは出来なかった。恐ろしい予感が脳裏を這いずった。こんな白昼堂々と、それも響が我を忘れ、未来が怯えるような様子で連絡も出来ない程の事態とは……

 

「未来、一体何があった?」

『え、ええっと、その、なんて言うんでしょうか、その……』

「落ち着くんだ。今、何処にいる?」

『え、今ですか? ええっと、ショッピングモールのゲームセンターですけど……』

「分かった、今からそっちへ行く。それまで何とか持ちこたえろ!」

『え、あ、あの先生ちょ』

 

 戸惑い、混乱しているのが声だけで伝わる。俺は即座に端末を切った。その直前、また響の悲鳴や叫びが聞こえた気がする。

 そして何より、翼の声は全く聞こえなかった。

 俺は逸る心を抑えながら、ヘルメットをかぶり直して、エンジンを入れた。

 

「くっ!」

 

 すぐさまDホイールを回転させ、来た道を逆戻りする。

 詳しい状況は聞き出せなかったが、敵がいたのは間違いない。そして未来の言葉から察するに……

 

(敵の不意打ちだ! そして未来が人質に取られている!)

 

 そうとしか考えられない。

 それで響は我を忘れて暴走し、未来はそれを止めようと必死になっていたのだ。外部に連絡も取れないために、俺との通信を切ろうとしたに違いない。

 

 俺は自らの不甲斐なさを呪った。

 やはり誘いを断るべきではなかったのだ。影ながら警護に就くべきだった。もし三人に何かあれば、俺は緒川さんや弦十郎さん達に顔向けができない。

 

(ここかッ……三人とも無事でいろよ!)

 

 目的地にはすぐについた。

 急ぎDホイールを止めて、入口名から内部の様子を観察しようとする。

 すると……入口からは中の様子は殆ど分からない。

 

 が、まるで争い事など無いかようだ。

 

「……んん?」

 

 中は複雑だから、まだ表にまで知られていないのかもしれない。しかし、ここまで反応が普通通りだと、流石に違和感がある。

 不審に思って、もう一度端末を取り上げ、響達に通信しようと試みると、その前にメッセージが一件届いていた。

 

 中身は未来からだった。

 

『先生は気にしないで下さい。本当に大丈夫ですから』

 

 それだけが綴られている。

 額面通りに受け取るなら、このまま帰ってもいいことになる。

 しかし、万が一ということもあった。これが仮に敵が打った。あるいは強制的に打たされた文面だとするなら、敵は周囲にそれさえも気取られずに響達を略取したことになる。

 

(……念の為だ)

 

 Dディスクを携帯用のデイバッグに詰め、周囲に悟られぬよう、ゆっくりと掻き分けて中を進む。ゲームセンターのエリアは中央付近に位置していた。

 

 次第に人混みも多くなり、喧騒も賑わってくる。

 

 不意に視界が開ける。ゲームセンターの入り口だ。俺は意を決して飛び込む。

 そこには、信じられない光景が待っていた。

 

 

「むきーっ! なんで取れないのー!!」

「ひ、響、もうやめようよっ」

「立花……もういいから。その気持ちだけで充分…」

「いいえ、ダメです! ここまで来て引けません! 私にだって取りたい物が有るんですっ!」

 

 

 響達は遊んでいた。普通に。

 

 

「………」

「くそおー。気合が足りなかったかっ……もういっちょ、キエエエエエッッ!!」

「だ、だから変な声出さないでって言ってるでしょ!」

「立花、止せ。冷静さを失っては、取れるものも取れずに……」

 

 奇声を発しながらゲームセンターの筐体にかじりついている響と、それを横から見守る未来と翼。

 

 どう考えても、非常事態には見えなかった。

 

「……」

 

 目を瞬かせながら、一応……ほんの一縷の期待で、周囲を警戒しつつ、三人の元まで近付いていく。

 その間、響達は俺のことに全く気付いていないようだった。

 

「おい、みんな」

「……不動」

「あれ、せ、先生ッ?」

「なんだ、これ?」

「あ、えっと…」

 

 響以外の二人……特に未来はとてもバツの悪い顔をしていたが、後ろでなおも絶唱……もとい、絶叫している響を見て、観念したのか深いため息をついた。

 

「もしかして先生、心配して来てくれたんですか?」

「ああ。敵に襲われたんじゃないかと思ったんだが……」

「……ごめんなさい」

 

 深々と頭を下げる未来。横でも翼が苦い表情で頬を掻いている。

 その態度で何となく察しはしたが、取り敢えずは事情を聴いておかないといけない。

 

「響は、何をやってるんだ?」

「その、私達、映画見た後でここに来たんですけど……その」

「すまない。私の責任だ」

「ぐきゃあああああっ!」

 

 翼が頭を下げた直後、再び響の悲鳴が聞こえた。ここまで来ると、周囲も何かあったのかとジロジロ遠巻きに見ている。

 思わず俺も響の方へ視線を寄せると、響がさっきから何に気を取られているのかがようやく分かった。

 

「また落ちたー! なになになんなのもーこれはぁぁぁぁぁっ!!」

「その…私が、あれを見て可愛らしいなと言ったので、立花が…」

「もう止めようって何度も言ったんですけど…」

「お、よーしよしよし、こいこい、こぃっ!」

「……」

 

 響が今興じている……と言うか、熱中し過ぎているのは、いわゆるクレーンゲームだ。ネオ童実野シティでもデュエル以外の遊戯は存在する。

 俺はあまりやったことは無いが、以前に仲間達にせがまれて一緒に遊んだことがあった。

 

『ねえ遊星、あれとってよ。ブルーアイズ・ホワイトドラゴンぬいぐるみ。龍可が欲しいんだってさ』

『別に欲しいなんて言ってないもん。っていうか、どうせなら龍亞が取ってよ』

『い、いやほら、俺はデュエル専門だから、ああいうの苦手なんだよね』

 

 その後、ジャックが『そういう事なら、この俺に任せろ』と言い、相当な額を費やして、クロウと一悶着起こしたのは苦い記憶だった。

 以来、皆でゲームセンターに行くことは暗黙の禁止となっていた。

 

 今の響はその時と同じ状況だ。

 目的の景品が取れず、引くに引けない。

 

「いけ、おい、そこ、そこったら、あっ、ああ、ちょ、あ、あーっ!」

 

 響の雄叫びが施設内にこだまする。

 周りの人たちも、流石に迷惑そうに視線を送って来るが、響には見えていない。

 

 店員らしき青年が寄ってきて声を掛けた。

 

「あの、お客様、他の方のご迷惑になりますので……」

「す、すみませんっ、今すぐどきますからッ」

 

 未来が慌てて店員に頭を下げて詫びている。その後振り返って響の肩を揺すって呼びかけた。

 

「響、いい加減やめないと…! もう何千円も使ってるよ」

「大丈夫! 『課金は家賃まで』って偉い人も言ってたから!」

「誰が言ったのそれッ! ほら店員さんも見てるから…」

「だーもうー、こうなったらシンフォギア使って満足するしかない!」

「だからバカなこと言わないで。って言うか声のボリューム落としてっ」

 

 親友の言葉も届かない。完全に暴走していた。響にギャンブルの類はやらせない方が良い。恐らく一日で破産する。

 何故かキングと呼ばれた俺の友の姿が脳裏に浮かんだのだが、今はどうでもいい。

 

「すまない…私が無理に見たがったばかりに……本当にすまない」

「翼さんのせいじゃないですよっ。ほら、響…!」

「……はぁ、分かった」

 

 取り敢えず何とかしてやらないと、二人が可哀想だ。店側や他の客にも迷惑だし、何より響がいたたまれなくてしょうがない。

 

「先生?」

「少し待ってろ」

 

 俺は未来にデイバッグを預けると、響の所まで歩み寄った。熱中している響の肩を強めに叩く。

 

「響」

「うえー!? もうなんで…あれ? 遊星? どうしてここに?」

「あれが欲しいんだな?」

「えっ?」

「ちょっと下がってろ」

 

 初め響はポカンと口を開けて立ち尽くしていたが、俺の有無を言わさぬ態度にそのまま場所を譲った。

 彼女のいた場所に立ち、端末を操作して支払モードに切り替えると、筐体の読み込み画面へと置く。

 

「………」

 

 動き始めるクレーン。アーム本体や、関節部分の微妙な動きを観察して、俺は数回、レバーを操作する。

 

「え、まさか先生…」

 

 未来がポツリと呟いた。

 瞬間、俺の操るアームがぬいぐるみの商品タグに引っかかる。引っ張られたぬいぐるみは、そのまま山積みされていた他のぬいぐるみ達を巻き込み、芋づる式に連鎖して動き始める。

 

「……あっ」

 

 軽い音を立てて、下部の穴へと一気に落下していくぬいぐるみの数々。操作時間をたっぷり使ってギリギリだったが、何とか目的は達成できた。

 

「よし、こんなもんだな」

「……」

「取ってやったから、もう騒ぐな」

 

 端末を仕舞い、筐体下にある受け取り口から、景品を取り出す。かなりの数になったが、その内、翼が欲しいと言っていた黄色ぬいぐるみを一つ、選んで本人に手渡す。

 

「翼、欲しいのはこれだったか?」

「え、あ、はい」

「そうか、良かった」

「……」

 

 目を丸くして頷く翼。俺もホッとした。

 取り敢えず、これで騒ぎの元は無くなった。響もむやみやたらに浪費することもなくなるだろう。

 とは言え、ここまで大声を出してしまっては、周囲にも迷惑だ。

 

「……」

「響、あれ位なら、いつでも取ってやるから。もうあんな事はするなよ」

「……なんで?」

「え?」

 

 放心した様子で俺を見上げる響。心なしか、妙に身体が震えているような気がする。

 

「どうした?」

「……なんで取ったの?」

「ああ。あの手のアームはランダムで挟み込む強さが変動するからな。移動する時の動きや振動でそれを読み取って、あとは引きの強さに応じてポジションを変えるんだ」

 

 実を言うと、ネオ童実野シティで修理屋をやっていた時、ゲームマシンの筐体の修理を請け負ったことがあった。それでこの手の機械の内容は熟知していたのだ。

 成功するかどうかは微妙だったが、今回は運が良かった。

 

「俺もあまり得意じゃないんだがな。位置取りも良かった。響がぬいぐるみを動かしてくれたお陰だ」

「……え」

「ある程度山を崩してくれていたからな。あれなら、一回引っ掛ければ後は簡単に取れるようになる」

「………」

「どうした?」

 

 響の震えが大きくなった。下を向き、ワナワナと拳を握りしめていた。

 心なしか、まだ周りもジロジロと見ている気がする。

 

 この時、俺は気付いていなかったが、翼は帽子を目深にかぶって溜息をこらえ、未来は眉間にしわを寄せて頭を振っていた。

 

「あ、すまない。気付かなかった。響も欲しかったんだな。ほら…」

「……う」

「う?」

 

「うわーんっ! ゆーせーのばかぁあああー!!」

「あ、た、立花! 待てっ!」

 

 しかし響が泣きながら走ってゲームセンターを出て行くと、ハッとなって翼は後を追いかけた。

 後には、呆然と大量のぬいぐるみを持った俺と、デイバッグを持った未来が残された。

 

「これじゃないのが欲しかったのか。言ってくれれば…」

「いいから出ましょう先生……これ以上はもう……恥ずかしいですから……」

 

 顔を真っ赤にした未来が、俺の服を引っ張りながら言った。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 時刻は5時を回っていた。

 夕日に濡れて、丘の山肌や、コンリクートの道路や階段がオレンジ色に染まっていく時間帯。

 私達は、ショッピングモールを後にして、山沿いにある丘の上の広場を目指していた。コンクリートで出来た階段を二段飛ばしで上がっていく。

 

「翼さん、早く早く」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、立花。小日向もっ」

「急がないとーっ」

 

 私は翼さんを急かしつつ、目的地まで急ぐ。

 今回のデートの最終目標。そして、一番大切な部分だ。

 これを失敗してしまっては、今日の意味がない。

 

「だから待ってくれっ」

「珍しいな、翼がそうやって息を切らすなんて」

「不動はそう言うけど、こっちは一日歩いてヘトヘトなの…」

 

 ゲームセンターの後も心配だからと付いてきた遊星の言葉に、翼さんは溜息をついて答えていた。

 

「慣れない事をすると、疲れるものね…」

「そうだな。さっきの騒ぎで、大分気疲れしたんじゃないか?」

「それは、まあ……楽しかったけど」

 

 翼さんと遊星が見合って苦笑している。

 

 結局、ぬいぐるみの山は店員さんに返したらしい。

 その方が良いような気がする。

 遊星がくれた、このワンちゃんぬいぐるみも、きっと数日間は私の胸を締め付け続けるだろうから。

 

「響、そもそも響が無駄に時間使ったからなんだからね」

「あ…ソウデスネ」

「もう止めてって何度も言ったのに……」

「ごめんなさい」

 

 丘を登る途中、隣に立つ未来に深々と頭を下げながら言った。

 

「そう言ってやるな。響も、反省してるんだから」

「先生は響を甘やかし過ぎです。いつもいつも響が何か人助けやろうとすると私がフォローする羽目になって…」

「はい、すいませんでしたッ」

 

 私の暴走に、未来はオカンムリだった。遊星や翼さんが横から助け舟を出してくれて、ようやく機嫌は持ち直したけど、それでもこうしてチクチクと私の胸を刺す。

 

「次やったら怒るからね」

「はい」

「い、いやしかし、こんな風に友人と遊びに行くなんて初めての経験だった」

 

 未来の機嫌を損ねないよう目的地を目指す道中、翼さんが私のフォローをしてくれた。

 

「特にカラオケは楽しかった。ああいう場所は行ったことがないものだから」

「それは面白そうだな」

「う、うん。今度は是非、不動も一緒に行こう」

「そのうちな」

 

 遊星が短く答える。私を見て、二人は苦笑していた。

 …ま、まあ、よかった、かな? 

 翼さんの表情を見て、私はホッとした。

 また私の悪い癖で、翼さんをガッカリさせたのかなと思ったけど、少なくとも楽しませることには成功したみたい。

 

「それで…結局どこへ行くの? さっきから教えてもらえないけど」

「もうすぐですっ」

 

 そう言った直後、階段が終わって、私達は視界の開けた場所に出る。

 

「到着しました。こっち来てください」

「先生もどうぞ」

「俺も?」

 

 私と未来は、二人を手招きしながら顔を見やった。

 

 この場所は私のアイデアだった。未来もこれに関しては手放しで喜んでくれたから、ちょっと嬉しい。

 

 広場を入り口から進んでいくと、高台に出る。そこからは街の景色が一望できる、ちょっとした観光スポットになっていた。私達はそこで、翼さんにこの街の全容を見て欲しいと思っていた。

 

「どうですか? 良い眺めでしょ?」

「………」

 

 手すりの向こう側を見て、翼さんは目を見開いて、しばらく呆然としていた。

 

「凄い」

 

 ポツリと、翼さんの唇から感想が出る。

 

「こんな景色があったなんて……」

 

 夕日が照って、翼さんの横顔を照らす。淡くて綺麗な長い髪が、そよ風に揺れた。耳を澄ませると、葉っぱの揺れる音に紛れて、虫の音が聞こえ始めている。もうすぐ梅雨が来て、その後で本格的な夏になる。

 

 もうすぐ終わりそうになる春の景色…沈もうとする夕日が、その最後の輝きに思えた。

 

「良い場所だな。こんな風に街の全てが見られるのは」

 

 と、遊星が言った。

 

「そうでしょ? 私達のお気に入りなんだ」

「ああ。俺の故郷にも似た場所があった」

「遊星の?」

 

 少し驚いた。日常で、こんな風に遊星が自分の世界を私に話すのは珍しかった。

 

「何か悩みがあったり、行き詰った時には、そこへ行ってたよ」

「……へえ」

「俺の心の内を、受け入れてくれるような気がしてな」

「そうなんだ」

 

 遊星の心の内側…それを私は知らない。

 ドクン、と私の心臓が一瞬高鳴った。

 

『ねえ遊星。昔に何があったの?』もしここで……そう私が訊いたら答えてくれる? 

 

 答えてくれないんじゃない。私が訊かなかっただけ。

 どうしてか、理由は分からない。ただ少しだけ、怖い気がしたから。

 

「ねえ、不動」

 

 だから翼さんがこう言ってくれて、私は助かったのかもしれない。

 

「知らない人間でも、この景色は受け入れてくれるかな」

「え?」

「もし街に意志があるとして……見ず知らずの私を見て、何を言うのかな」

 

 キョトンと、私達は翼を見る。翼さんが、街と夕焼けを眺めながら尋ねていた。

 夕焼けの光が、一際輝く。

 目が眩んで、翼さんが影になって見えなくなる。

 

「翼さん?」

「ごめん……ただの感傷」

 

 私達は、ただ翼さんの横顔を見ていた。

 翼さんは何でもないという。けれど、そんな顔を見たら、何でもないなんて思えない。

 

「翼、どうかしたのか?」

 

 遊星が尋ねる。

 

「……どうだろう。何かあったかもしれないし、何でも無いかもしれない」

 

 翼さんは首を振って笑った。その微笑みは、意味があるようで、無いようにも見えた。

 

「街を回っても、買い物をしても、映画を見ても……私の知らない世界だらけだ。そう思うと……なんだか、情けなくて。きっと、奏が見たら笑うわ」

 

 あ。今度の笑いは、少し分かった。

 奏さんのことを思い出してるからだと、私は思った。

 

「……防人として戦って、戦場で散る。それしか考えてなかったから」

 

 悲しんでるでもなく、責めてるでもなく、淡々と翼さんは言う。

 翼さんは、私より強くて、そして私よりも繊細で。

 例え悩みがあっても、私はバカだから、きっと翼さんの心を分かってあげられない。

 

 季節外れの鈴虫が、凛と鳴いた。

 

「そんなこと言わないで下さい」

 

 知らぬ間に私は翼さんの手を取る。きっと、私達の道を照らしてくれるのは、今も昔もキチンとそこにある。

 

「え?」

「ちょっと、こっちを見てください」

「た、立花?」

 

 戸惑う翼さんを引っ張って、私達は高台の手すりを少し移動する。

 途中、未来と遊星が微笑んでいるのが見えた。きっと、私がやろうとしていることが分かってるんだ。それは私にとって幸福だった。

 

「あそこが、待ち合わせた公園です。で、向こうが最初に行ったモールで、あっちが映画館です」

「う、うん…」

「それで、あれがカラオケで……」

 

 私は翼さんの隣に立つ。そうして、街のある方向を指差した。

 一つ一つ、私は街を紹介していく。

 本当は、こんな事をしているのは少しおかしいんだけど。けどこれが、翼さんの悩みに、少しでも近づけるのなら……私はそう思った。

 

「で、あれはスカイタワーです」

「それは知っているけど…」

「ほら、知ってるじゃないですか」

 

 私はいたずらっぽく笑う。今度は翼さんがキョトンとする番だった。

 

「あれも、あれも。それと、あれも。今日見て回った場所も、回ってない所も、ずっと翼さんが守ってきた場所です」

 

 そう言って私は翼さんの手握った。

 

「だから知らない訳ないですよ。ちょっと忘れてるかもですけど、きっと知ってます」

 

 翼さんの中にも、あると思う。

 翼さんの言う、知らない景色は、きっと翼さんの中にある。

 それを知らずに歌っていたなんて、私にはもう思えない。

 

「昨日まで翼さんが戦って守ったから、今にも繋がってます」

 

 私を見てくれたじゃないですか。目を上げて、真っ直ぐに見なさいって、あの時に私に言ってくれた。

 だから翼さんの目には、ちゃんと映っている。

 大切な人、守らなきゃいけない人、今そこで生きていて、明日へ向かう人。

 

「翼………偶には、来た道を振り返ってもいいんじゃないか?」

「自分が来た、道?」

「ああ。違う景色が見えるかもしれない」

 

 遊星が微笑を浮かべて、私の隣で言った。

 アドバイスになるのか、私達の勘違いなのか…それとも、そうであって欲しいっていうワガママなのか。正直分かんない。

 きっと一つだけ言えるのは。

 

「違う景色か……ああ、そうだな」

 

 あなたの心が、歌が、私達とずっと一緒にあったということ。

 昔も、今も、私にとっての癒しであり、勇気であり、そしてささやかな憧れだった、あなた。

 それは紛れもなく、真実です。

 

「立花」

「え、あ、ごめんなさい…訳わかんないですよね。今の無し、無しです。聞かなかった事に」

「ありがとう」

「そうですか、ありがとうですか、やっぱりそうで……ええ?」

 

 ポン、と手を置かれる私の頭。

 顔を少し上げると、夕日に照らされた翼さんの微笑みが、一直線に私に向けられていた。それは以前、私を動かしてくれた日のようで。

 

 けど少し違っていた。

 

「……そうか、それが奏の見ていた景色」

 

 翼さんが会話を切って、再び街の風景を眺めていた。優しい顔をしていたけど、どこか寂しかったその眼が、徐々に光と一緒に輝いていく。

 夕日はより一層輝いていた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 翌日の昼。翼が、俺達を呼び出した。

 いきなりの呼び出しだったので、俺達は戸惑ったが、屋上へ行くと翼は晴れ晴れとした様子で俺達を待っていた。

 

「立花、不動、それに小日向」

「え、はい」

「昨日はありがとう。本当に楽しかった」

「あ。いえいえ、そんな」

「お礼と言っては何だが、これを受け取って欲しい」

 

 そう言って、翼は俺達に一枚ずつ、細長い紙を手渡した。

 これは……

 

「これってもしかして」

「今度やるステージのチケットだ」

「え…ええ、え、ええっ──っ!!?」

 

 響は跳び上がって渡されたチケットを凝視する。

 そんなバカな、とまるで信じられない物を見る様子で、今度は翼本人とチケットを交互に見ていた。

 

「ちょっと響、響ってば」

「はっ! す、すいません、つい……嬉しくて」

「大袈裟な…」

「そんなことありません! うわぁ、良いんですか? 私、これ欲しかったんです! ありがとうございます!!」

 

 ぴょんぴょん飛び跳ねる響は、まるで子供みたいだった。

 その様子に苦笑するも、俺と未来も翼に改めてお礼を言った。

 

「復帰おめでとう、翼。俺も是非観に行かせてもらう」

「おめでとうごございます。私も観に行きますね」

「ありがとう。立花もだが、特に二人は慣れない事ばかり続いているから。少しでも楽しんで頂ければ幸いだ」

 

 その様子を見て、俺は翼がどこか、この間の休日から変わっているのを感じた。見た目や行動ではない。もっと奥底の方で、彼女は新たな一面を開花させようとしている風に思えた。

 

 その後、当日はこれを受け付けに渡しておくことや、当日の会場への経路、混雑が予想されるので早めに来ると良い等、基本事項を丁寧に説明してくれた。

 

「ちなみに遊星、ペンライトを持って応援する時は、こうやって振るんだよ」

「こうか?」

「そうそうっ」

「響、変なこと教えないで」

 

 棒を左右に激しく振るモーションをとる響を見て、未来は閉口していたが……そう言えば、イベントでジャック目当てのファンがそういうのを持っていた気がする。

 確か、シュウ酸と過酸化水素を使った比較的簡単な混合液だった筈だ。

 後で作ってやるか。

 

「すまないな。本当なら、もっと早くに知らせるべきだったんだが……」

「いえ、大丈夫です。この間の中間考査も割とよかったので、アハハ」

 

 と響が苦笑する。

 確かに、響はここ最近補習をやったこともあって、全体的に成績が伸びていた。最初から見ていると格段の進歩だ。

 事情を知った未来もサポートに回ってくれたことも大きい。

 

「…本当にギリギリだったけどね」

「あ、あはは、まあまあ、不動先生の教えが良いということでね?」

「教えが良くて、あれ?」

「…ま、まあまあ」

 

 ……あくまで最初と比べて、だった。

 

「あ、そうだ遊星!」

 

 焦っていた響だが、俺を見て思いついたように顔を明るくさせる。

 

「聞いたよ〜、大活躍だったんだって?」

「? 何の話だ?」

「またまた。弓美ちゃん達から聞いたよ、絡まれてたのを助けてくれたって」

「ああ。その話なら私も耳にしたな。クラスの女子が話していた気がする」

 

 翼も鷹揚に頷く。

 漸く合点が行った。

 

「そんなに大層な事をした訳じゃないんだが…」

「いやいや大したことだよ! 良かったね。これで不動先生の株も上昇間違いなしだよ」

「そんな簡単に行くとは思えないが…」

「でも、先生のこと見直す子も出てくると思います」

 

 未来もそう言って喜んでいる様子だった。

 確かに彼女達を助けて胸がすいたのは事実だ。しかしそれだけで上手く事が運ぶだろうか。人間の心が移ろいやすいのというのは、身に染みて分かっている。

 悪い方向へ傾いた評価が変わるのは並大抵ではない。

 

 とは言え、この時はまだ俺達の一助になればいい…その位にしか考えていなかったが。

 この時の出来事は、終局へ向けての大きな切り札になり得る、奇跡への一歩だった。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

「あの、先生」

「ん? ああ、板場たちか」

 

 教員室に向かう途中、ふと呼び止められる。

 振り返ると、板場、安藤、それに寺島が三人で並んでいた。おずおずと最初は戸惑いがちだったが、そのうち安藤が進んで頭を下げて言った。

 

「昨日は、本当にありがとうございました」

「ああ、気にするな。あの後、ちゃんと楽しめたか?」

「はい……」

 

 訊くと、三人はあの後はトラブルに巻き込まれることもなく、休日を満喫できたようだ。商品券を使って、甘いモノを好きなだけ食べられる店に赴いたらしい。

 

 なら良かった、と俺は頷いた。

 普段街を見まわっている限り、あの手の不良はそれほど多いわけでもなさそうだ。気を付けていれば、今後は大丈夫だろう。

 

「あの。ごめんなさい、先生」

「ん?」

「私達、今まで先生の事、誤解してたっていうか…」

 

 すると唐突に、安藤が謝った。

 

「あんまり喋らないし、怖い人なのかなって…だから、あんまり授業も乗り気じゃ無かったっていうか」

「でも、おばちゃんのテレビ直したり、私の端末直してくれたし、昨日も……」

「私も……いつの間にか、心のどこかで線引きをしてしまっていました……申し訳ありません」

 

 残る二人も、続けて頭を下げる。

 最初、キョトンと話を聞いていた俺だったが、彼女達の素直な気持ちが嬉しく、自然と微笑を浮かべていた。

 

「気にするな。壁を作っていたのは俺の方だ。もっと認められる努力しないといけなかったよ」

「いえ、そんな…」

「これからは、俺ももっと皆との会話を大事にするよう心掛ける」

 

 正直、俺自身は嫌われた方が良いとさえ何処かで思ってしまっていた。危険から遠ざける為にはそれが確実だったからだ。

 しかし、響や未来が真摯に俺の為に行動をしてくれているのに、それに応えないわけにはいかない。そして、彼女達もこうして自分から思いを打ち明けてくれている。

 

「授業も、もう少し分かりやすいように工夫してみる。未熟だが、今後ともよろしく頼む」

 

 そうして俺も頭を下げた。

 初め三人は俺の対応を意外に思っていたのか、少しの間無言だったのだが、やがて『はいっ!』と快活な返事を送ってくれた。

 

 どうやら響達の見立ては当たっていたらしい。小さな積み重ねを一歩ずつ続けているのが大切のようだ。

 そんな事を片隅で考えていた時だった。

 

「あ、先生。ビッキー…立花さん達から聞いたんですけど」

「カード集めが趣味なんですか?」

 

 ピクリと、俺の片眉が動いた。

 平静に、三人を見下ろして尋ねる。

 

「…何の話だ?」

「こういうのを見たら、先生の落とし物かもしれないから、教えて欲しいって」

「……」

 

 どういうことだろうか、これは。

 

「どこでこれを?」

「あ、やっぱり先生のだったんだ!」

「校庭の裏庭で見つけたんです。いつも昼食をとるところなんですけど。そこにある木の枝に引っかかってたんですよ」

 

 俺はここに来て教師として赴任して、真っ先にこの校舎の全域を調べた。

 もちろんカードが落ちてそうな場所も徹底的に探したし、今でも定期的に観察している。しかしカードは一枚も見つからなかった。

 

(エフェクト・ヴェーラー、ターレット・ウォリアー……それに、これはジャンク・フォワード)

 

 ここに来て、俺の窮地を幾度となく救ってくれた三枚のカードが戻った。

 これは偶然か? 

 いや、偶然なんかじゃない。

 キッカケがあって、このカード達は彼女たちの元へと引き寄せられたに違いない。

 

「…先生?」

「あ、いや、すまない。確かに俺の物だ」

「よかったぁ!」

「ありがとう三人とも、助かったよ」

「いえ、昨日のことに比べたらこれ位」

 

 俺は三人がそれぞれ差し出したカードを受け取って、改めて礼を言った。

 今になって、三枚も取り戻すことに成功するとは…。

 

(ここまで来れば、ほぼ間違いない)

 

 何故、消えたカードは戻って来たのか。どうして探しても見つからず、ふとした拍子に再び俺の手に収まったのか。

 その共通点を今まで俺は探していたが、ようやく確信を得るに至った。

 

 その時、端末が俺のポケットに鳴り響く。

 

「すまない、ちょっと外す。また教室でな」

「あ、はい」

「失礼します」

「先生、じゃあね」

 

 そう言って去る板場達の気配が消えたのを確かめると、俺は端末を開いた。

 

『白雪姫が見つかった。毒リンゴはまだ食べていない』

 

 二課の司令、風鳴弦十郎から、それだけが綴られていた。

 

 




カッコいいけど空気の読めない男、それが不動遊星。
女心なんて読めない方がモテるらしいです

童実野町は海馬がデュエルによる統治をしてました。
ゲーム使ってゆすりやたかりしてる連中が跋扈してますから、
まずはまともなデッキ作らせて住民登録させるという海馬方式は理にかなっています(大嘘
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