龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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昨日は久しぶりに日間ランキングにこの作品が載りました
皆さまの応援のお陰です。
この場を借りて、お礼を述べさせていただきます。
本当にありがとうございます。

これからも、応援よろしくお願いします。


第8話『防人の歌と、夢の守り人と』‐3

「またカードが戻ったの? それも3枚!?」

「ああ」

 

 地下本部のラボの中、了子さんの研究室の一角で、言葉短く俺は答えた。

 

「これで11枚……最初に来たカードと合わせて、22枚だ」

「半分を切ったわね。凄いじゃない」

 

 手を叩いて顔を輝かせる了子さん。

 確かに戦力はかなり強化された。特に今回戻った三枚があれば、響や翼に頼らずともノイズと戦う手段が増える。

 

「それだけじゃないみたいね?」

「え?」

「顔見たら分かるわよ。何か良いことあった? 察するに、女の子が絡んでると見たわ」

 

 ニヤニヤしながら俺の顔を覗きこむ。

 これには俺も思わず苦笑してしまう。どうやら人生の機微に関しては彼女の方が遥かに上手らしい。

 

「敵わないな、了子さんには」

「ふははは、もっと褒めなさい」

「実は、クラスの女の子達が拾ってきてくれてな。以前みたいに警戒されなくなったし、距離も縮まったと思う」

「良かったわね、響ちゃんも心配してたから」

「え?」

 

 了子さんが告げる。それまで鷹揚に頷いていた俺は、思わずメンテナンス中のDホイールから手を離して顔を上げた。

 

「ここ数日、何か良い手は無いですかって、相談に来てたのよ」

「そうだったのか…」

 

 そこまで心配してくれていたとは……正直、ここまで鈍感だと少し情けなかった。

 真面目な話、俺自身だけでは持て余していた問題と言うのもある。もっと早く、この人に相談すればあるいはちがっていたかもしれない。こればかりは反省するしかない。

 

「しかし、学園の中庭ねえ。真っ先に見つかりそうな場所だけど、なんで今になって」

「一つ、仮説があるんだ」

 

 俺は手を止めると、機材を横に置き、了子さんと向き合う。彼女の方もキョトンと俺を見返した。

 これから俺が言うのは、傍から見たら理論とさえ呼べない、お粗末なものかもしれない。

 

「これまでカードが見つかった時には、共通点がある」

「なにそれ?」

「絆だ」

「え?」

「この世界の人間との絆が出来上がった時に、カード達は俺の元に帰って来てくれた。俺はそう考えている」

 

 間違いないと思う。

 初めて戻って来たジャンク・シンクロンは、響と共に戦う決意をした時。

 ニトロ・シンクロンが戻ってくる時、弦十郎さんとの修行に打ち込んでいた。

 

 そして翼が俺を受け入れ、一緒に戦場に立った時。未来が響とのわだかまりを乗り越え、俺を信じてくれた時。

 

 リディアンの料理長、『ふらわー』のおばちゃん、それに板場達。

 様々な絆が出来上がり、紡がれた時に、カードは引き寄せられ、呼び寄せられて戻っていた。

 それは赤き竜の奇跡なのか、あるいはカードに宿る精霊の意志か、遊星粒子の可能性か。

 

 いずれにせよ、俺はこの破天荒な理屈を打ち立てていた。

 

「……」

「荒唐無稽に思うかもしれないが、俺にはそうとしか思えないんだ。だからこそ、ここぞという時にカードが戻って来た」

「………」

 

 ハトが豆鉄砲を食らうとはこの事か。

 了子さんは俺の話を最初黙って聞いていた。余りにも反応がなく、凍りついたような顔つきだった。

 こんなもの、確かに俺の世界でも信じられる話じゃない。

 

 しかし……

 

「……ぷ」

「ん?」

「あーっはっはっははっ!! ひ、ひひ、ご、ごめ、ごめんね、なんか、なんかおかしくなっちゃってアハハハハハハ」

「……」

「あーごめ、ごめんて、ヒィ、ごめ……あはははははっ!! あともうちょっと待っててアハハハハハハ!!」

 

 了子さんは笑った。

 盛大に、今まで栓をしていたビンが溢れ出すようにして、ゲラゲラとその場に膝をついて噴き出していた。こぢんまりとしたラボに女性の笑いがこだまする。正直俺でも品が無いと思ったほどだった。

 

「あー笑っちゃった笑っちゃった。ごめんごめん……ぶふぅ」

「……」

「あー、違うの。別にバカにしてないわ。寧ろ……いいんじゃない、それで」

「否定しないのか?」

 

 心が作用するなど、この世界の科学者にしてみれば滑稽の極みだ。了子さんほどの頭脳の持ち主なら、その反応もより顕著だと思っていた。

 しかし、彼女はまるで少女のように俺を見てキラキラと目を輝かせている。

 

「いえいえ、今までだったら笑い飛ばして終わりでしょうね。あ、さっきの笑いはナシね。あれは真顔で言う遊星君がカッコ良すぎちゃって」

「……」

「ごめん。もー、そんな顔しないでよ」

 

 バシバシと肩を叩く了子さん。

 ここまで来ると、どこまで本気なのか分からなくなってくる。

 

「アタシは賛成かな、その説。人は良くも悪くも関わらずにはいられない生き物でしょ。君が苦心して関係性を作った、その痛みを乗り越えた証として、カードが戻った……遊星粒子が反応する理由としてピッタリじゃない」

 

 と、彼女は眼鏡をかけ直し、俺を改めて見ながら言った。

 その言葉に、何処か救われた気になる。気が付くと、俺自身の口元も微笑を浮かべていたのだ。

 

「ありがとう」

「いえいえ。別にアタシは何もしてないわよ」

「いや、俺はこの場所に来て助けられた。響や翼だけじゃない。了子さんにもな」

「……」

「皆がいなかったら、どう転んでいたか分からない。ここへ来て、俺自身が変わった気がするんだ」

 

 そう。

 俺はこの世界へ来て、確かに変わった。上手く表現することは出来ない。だが、それは俺の中では『強さ』だった。

 腕っぷしや見てくれではない、確かな『強さ』が、俺の中に宿っている気がする。

 

「……そう。変わったのか……あるいは、変えさせられたのかもね。誰かさんみたいに」

「誰かさん?」

「……さて、誰でしょうね?」

 

 了子さんは、手元のカップを取り、一口すする。

 湯気でメガネが曇ったこともあって、俺にはその感情をうかがい知ることが出来なかった。楽しんでいるみたいだったが……あれは、今思えば、悲しみでもあったのだろうか。

 

「翼ちゃんかな?」

「翼? どういうことだ?」

「あれ、もしかして聞いてない?」

 

 キョトンとして、了子さんはカップを置き、説明し始めた。

 

「翼ちゃん、海外進出も視野に入れてるっぽいわよ?」

「以前、その話は響から聞いたが、装者として戦うとなると…」

「それがね。その時に声を掛けたトニー・グレイザーっていう、音楽プロデューサーがまたコンタクトしたらしいの。見込まれた若手が例外なくスターになったって言われてる、音楽界の超大物よ」

 

 熱を入れた話し振りだった。

 元々、翼が歌手として活動するのは、フォニックゲインを高めるため、防人の使命に役立つとして認められた、いわば副業だ。

 芸能活動で己の本分を狭めるのを、翼は良しとしないと思っていた。

 

(いや……)

 

 この間の出来事が蘇る。

 

『私の知らない世界だらけだ』『奏が見たら笑う』

 

 あれは、自分への自嘲だったのか。戦う戦士としての使命のみしか知らなかった己に対する。

 

「翼は、どうするつもりなんだ?」

「さあねえ。今日の復帰ライブの成果如何とは思うけど……ま、今の翼ちゃんなら大丈夫でしょ」

「随分と軽いんだな」

「そんな重く考えることじゃないわ。乙女のカンよ」

「……」

 

 学校で、翼はわざわざチケットを用意してまで、歌を聴いて欲しいと言っていた。

 あの夕焼けの高台で、俺達に見せてくれた晴れやかな笑顔が、焼き付いて離れない。

 了子さんの言う通りだ。

 俺達は信じて待とう、翼の決断を。

 

 

「ん?」

 

 と、思った時。

 端末が鳴る。

 丁度Dホイールのメンテが終了した。

 

「すまない、ちょっと出てくる」

「おいコラ私の顔を見ろ」

「いや、ちょっと呼び出しがあってな。ライブまでには戻るようにする」

「……あら、そう。まあまだ時間があるけど、気を付けてね」

「ああ」

 

 目を瞬かせる了子さんを尻目に、俺はDホイールをラボから持ち出し、表へと移動する格納ハンガーへと赴いた。

 静かに、機械の音が鈍く轟く。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

「弦十郎さん」

「おう、来たか」

 

 俺は、Dホイールを停め、人気のない路地へと押し込んだ。その奥の向こう側で待っていたのは、いつものような赤シャツ姿をした弦十郎さんの姿だ。

 

 手に握られているのは、コンビニのロゴの入ったビニール袋と、そしてもう一つ、黒い布製の袋。

 

「映画の返却期限切れててな」

 

 と、事もなげに彼は笑う。

 今日、本来ならば彼は休暇を取っている名目だ。それがこうして俺を呼び出し、映画のレンタルショップから離れた場所に来ると言うことは、目的は一つ。

 

「雪音クリスは?」

「あのアパートの空き部屋だ。間違いない」

 

 そう言って弦十郎さんは、路地から見えた高層ビルの片隅にある、寂れたアパートを指差した。かなり年期の入っている古い建物だ。遠目からでも手入れが行き届いていないのが分かる。

 

「どうする? このまま踏み込むのか?」

「虎穴に入らずんば虎児を得ず、さ。気配を殺しつつ、回り道をして行こう」

「他の職員はいないのか?」

「俺と君だけだ」

 

 その言葉で、俺は弦十郎さんをじっと見る。

 

「警戒しているのか?」

「いや」

 

 彼が並はずれた力の持ち主なのは、前の戦いで理解した。

 恐らくこの男一人でも雪音クリスにさえ遅れは取らないだろう。

 しかし、彼自身が前線に出る。それも一人の護衛もなしに。

 

 それは、特別な事情の証明だ。

 

「言わんとすることは分かる。俺が君の立場でも、不審に思うだろうな」

「なぜ、アンタがそこまで彼女に拘るんだ? 二課の司令としてではなく、個人として」

「……道すがら話そう」

 

 そう言うと彼は歩き出した。俺も無言で後を付いて行く。

 カードは持ち出したが、Dディスクは置いていくことにした。彼の実力を知るのもあったが、この方が雪音クリスと対話をするのにはいいと思った。

 

「元々、俺は公安の御用牙でね」

「コウアン?」

「ああ、そうか。遊星君の世界ではないのか……平たく言えば、テロリストや、国全体を脅かす問題を片付けるチームだ。それだけに危険も多い」

 

 世界大戦前に作られた『風鳴機関』を母体にした機動二課の初代リーダーは、彼の父であり、翼の祖父でもある風鳴訃堂。その流れを汲むように、国家防衛に尽くす彼の前職は必然だったのかもしれない。

 

 即座に雪音の隠れ家を発見した手腕も、その仕事のネットワークの賜物に違いない。

 

「彼女の事は、前々から知っていたのさ……その生い立ち故にな」

「生い立ち?」

「……後は、彼女の前で話そう」

 

 俺達は階段を登り、空き部屋の一室の前に立つ。

 ここに来るまで、一人もすれ違う人間がいなかった。恐らく彼が手を回したんだろう。

 

 このまま人数を以って包囲すれば、雪音と言えども逃げるのは難しい。が、恐らくそれもいない。

 人気のないのも、雪音を包囲する為ではなく、安全の確保の為……そして、誰にも邪魔されることなく会話をする為だ。

 

「行くぞ」

「……」

 

 頷く。

 ゆっくりと扉を開けて、中へと踏み込んだ。

 

 ……いる。

 確かに、中に人の気配がする。

 サテライトの時の感覚を思い出し、研ぎ澄ました。

 その時だ。

 

 

「お前ら…!」

 

 

 バンと地面を蹴る音と共に、居間に入ろうとした俺たちの前へと踊り出る影。

 小柄な体に、透き通る様な長い髪と、褐色がかった瞳。

 雪音クリスが、俺たちの前に立っていた。

 

「…雪音」

「くっ…!」

「応援は無い。俺達だけだ」

 

 雪音は即座に俺達と距離を取り、胸元のペンダントに手をかざす。

 シンフォギアを使う気か…! と思った時、すぐ弦十郎さんが右手を突き出し、雪音の動きを制した。

 無論、彼なら瞬きする間もなく、雪音を無力化することは出来るだろう。

 

 彼女にもそれは伝わった。

 

「…どういうつもりだ」

「君を助ける者が、もう俺だけだからだ。彼は見学だ」

「……」

 

 そう言って俺を一瞥する弦十郎さん。おもむろに、彼は持ってきた袋を雪音に差し出した。

 

「ほらよ、差し入れだ」

 

 そう言って袋の中から、アンパンやら牛乳パックやら、コンビニで売られているであろう食料品を目の前で並べる。

 

 その時…ふと彼女の足元に目がいった。空になったペットボトルや包装紙の数々……それは正規の手段で入手したものでないのは明白だった。

 猛然と怒りが沸いてきた。こんな子どもに、こんな生活を強いている元凶をとことんまで知りたくなった。

 

「弦十郎さん、訊かせてもらうぞ。この事件の根本を」

「ああ」

 

 短く言うと、彼は畳張りの床に腰かけ、パンの一つの袋を開いた。それを一口齧ると、雪音に差し出す。

 

「まずは腹ごしらえだな」

「……っ」

 

 素早くそれを奪い取った雪音は、ひたすらにそれを貪る。

『ふらわー』でも感じたことだったが、彼女は歪な存在だった。

 

 食べ方や言葉遣いから、見た者に粗暴な印象を与える。それなのに、着ている物やその整った容姿、そして透き通った歌声は天性の素質以外にも、どこか品の良さを漂わせている。

 

 不思議な少女だった。

 想えば、シンフォギアにまつわる少女はどれも異質な人生を歩んでいた。俺達シグナーが、数奇な運命を経てそれぞれ集ったように。

 

「まず確認だ。君はバルベルデで捕えられていた少女に相違ないな」

「……ああ」

 

 戦慄が走る。

 この子は…そんなところに身を置いていたのか。

 

「南米にあるバルベルデ共和国か?」

「知っているのか?」

「今は下火になってるが、以前テロや内戦が長期化してた。俺達の世界で、地獄と呼ばれる場所の一つだ」

 

 何を隠そう、俺の仲間の十六夜アキ……彼女のサイコデュエリストとしての力を悪用しようとしていた男、ディヴァインが少年少女を送り込もうとしていた紛争地域が、そのバルベルデだった。

 

 ディヴァインは素質のある少年少女の心の傷に目を付けて籠絡し、徐々に洗脳していった。そうして自分の支配下に置き、中には苛烈な訓練の果てに帰らぬ人となった子も大勢いる。

 

「君の認識で、ほぼ間違いない。こちらと変わらん」

 

 弦十郎さんが頷く。

 

「この子の両親は、NGO活動や恵まれない子どもへの支援を積極的に行っていた。8年前に悲劇が起きた時も、バルベルデ共和国にて、支援活動を行っている真っ最中だったんだ」

 

 ようやく彼女の生い立ちが掴めた気がする。

 

「雪音夫妻は、支援団体を狙った報復テロで命を落としたんだ。その後、雪音クリスは消息がつかめず、6年が経過した……一時、生存は絶望視された」

「……」

 

 パンをあっという間に食べ終えたクリス。黙々と口に入れながら、彼女は弦十郎さんの言葉をじっと聞いていた。

 開けた牛乳パックを差し出されると、さっきと同様に無言で掴みとり、そのまま口に入れる。

 

(この子はずっとテロリストに…)

 

 何があったのか、俺には想像も出来ず、聞くつもりもない。

 分かっている。

 赤き竜は人を助けない。ただ絆を結ぶだけ。だがそれでも……せめて助けてやりたかった。

 

(しかしそうすると…)

 

 テロ屋に巻き込まれたのが8年前と言ったが、その後6年が経過……その空白の2年は何を表しているのか……

 

「国連軍がバルベルデの内戦に介入してな。その時に発見・保護された雪音クリスは、日本へ移送されることとなった。俺達が身元引受人となってな」

「……」

「女衒だろ」

「なに?」

「アタシらを迎えに来たとかいう連中な……目が同じだったよ……」

 

 初めて、雪音が口を開く。

 

「人をねめつける様な……舌でアタシの中身を舐めずる目……あの時に分かった。何処へ居たってアタシは同じだってな」

「……」

「シンフォギアの適性があるからか?」

「あくまでも可能性としてだ」

 

 俺の問いかけに、弦十郎さんが無表情で答える。

 

「ギアの候補者になりうる存在をリストアップしている最中に、彼女の名前が浮かんだ。彼女の両親……雪音雅律と、ソネット・M・雪音は、業界では知らぬ者はいない高名な音楽家で、二課はそう言ったサラブレッドに注目していたんだ」

「彼女を戦士にするつもりだったのか?」

「……俺達を軽蔑するか?」

「……」

 

 答えられるわけもない。

 世界は、無数の意志が複雑に絡み合い、一つの歯車を形成している。それは人の心を汲み取る遊星粒子の名づけ元となった、遊星歯車と同じだ。

 ここで彼等を殴って何になるだろう。

 

(昔の俺なら、雪音を連れて逃げていたかもしれないな……)

 

 こんな腐った世界に彼女を置いておける筈も無い。

 牛尾が言ったように、俺達は『大人』になったのだろうか。それは仕方がないと諦めて、目を瞑ることだろうか? 

 

「そして君は日本に付いた途端、行方をくらました。当時俺の古巣だった公安警察や、二課からも相当数の捜査官を派遣したが、見つからなかった。俺を除いた全員が死亡か行方不明になってな」

「…女衒はもううんざりだ」

「そうだ。だが現実として、君はまだ子どもだ」

「だからなんだ? 大人の言う事聞きなさいってか?」

「君が大人になればいい」

 

 断固とした表情で、弦十郎さんは言った。

 

「ついでに言うとな、君の見てきた連中は、『大人』とは呼ばん。年食って図体デカくなっただけの子どもの延長だ」

「……っ」

 

 そう、違う。

 俺達は『大人』になった訳じゃない。何が正しいのかを、常に追い求め続けている。それを止めたら人は未来を失う。

 今なら分かる。

 俺には力が無かった。だからせめて反逆の意を示すことでしか、抗う術を持たなかった。

 

 そうじゃない。

 未来を見据える者。それだけが、今を変えられる。

 だから雪音は、前を見ないといけないんだ。

 

「俺の願いは、君を助け出すことだ。君の身柄も、心も、自由にする。それで考えるんだ」

「……あんたもセンセイみたいなこと言いやがるな」

「先生?」

「センセイなんだろ。そっちの」

「…」

「アイツがこの間言ってたからな。『フドーセンセイ』ってよ」

 

 俺を見て、せせら笑う雪音。未来と共にいた、お好み焼き屋の出来事を言っているのか。人を導く役目を負った大人……ある意味、雪音が一番信用できない人種と職かもな。

 

 人に強いられることを拒んだ俺が、人に教え諭すことを仮とは言え仕事にする……滑稽な話だ。

 ジャックやクロウが見たら笑い飛ばすだろう。

 

 だとしても、だ。

 

「……雪音。歌は嫌いと言ったな」

「ああ、大嫌いが爆破炎上して、まだ燻ってやがる」

「なら聴きに来い」

「は?」

 

 俺は懐からチケットを1枚取り出して、雪音に放った。それを空中でキャッチした雪音は、カッと目を見開いた。

 激しい憤怒と憎しみが、彼女の中で吹き上がり、俺を凝視する。これには弦十郎さんも一瞬、驚き、俺をまじまじと見た。

 

「火に油かよ?」

「……」

「答えろ!」

「お前の中で燻っているもの……その正体を探すんだ」

 

 その視線に真っ向から向き合って、俺は言う。

『ふらわー』で、俺は雪音と直接語ることを避けた。未来のことを第一に考えたし、それに俺は彼女を知らずにいた。

 だがもう、そんな事は言っていられない。

 

「そのチケットは、雪音の様に道に迷っていた者が、答えを出した末に決意した、その証だ」

「……」

「雪音はどうする? ここで燻ったまま終わるか? それとも、もう一度燃えた炎が身を焦がすのを覚悟で、飛び込むか?」

 

 刺されるのを覚悟で言う。当たり前だ。

 もし俺に教師の言う名が相応しいのであれば、他人の人生に責任を負わなければならない。彼女の生きる道に踏み込むというのであれば、俺自身の生を懸けるべきだ。

 

「……」

 

 荒々しく、ロクに研いでいない感情が、俺を刺し続ける。

 これが雪音だ。

 これが彼女の歩んできた道のりの傷なんだ。

 拒むな、耐えろ。受け入れるんだ。

 そうでなければ、俺は彼女の前に立つ資格は無い。

 

 その時だ。

 

「俺だ」

 

 高鳴る通信音で、俺達の対決は持ち越しとなった。弦十郎さんが、自身の端末を持ち出し、耳にあてる。

 端々からしか聞き取れないが、その内容は凡そ俺にも伝わった。

 

「……ノイズか」

「ああ」

「…えっ…!?」

 

 頷く二課の司令。その内、情報が連結されて、俺の端末にも同様の内容が送信されてくる。

 ノイズの大量発生……ポイントは市街地から外れた港部分だ。マップから推察するに、倉庫が並んでいる埠頭周りだろう。

 

「遊星君、俺はこれから戻らねばならん」

「分かった。俺も現場へ行く」

「すまないな…翼の復帰ステージだというのに」

 

 そう言って弦十郎さんは端末を仕舞う。

 俺も無言で頷いた。俺達は立ち上がり、雪音を見下ろす。

 弱々しく、華奢な体で、それでも俺を睨み続ける雪音。その姿に弦十郎さんは優しく言い掛けた。

 

「今日はここまでだ」

「なに?」

「もう一度、君を迎えに行く。遊星君との答え合わせは、その時にしよう」

「アタシを連れていくんじゃないのかよ…」

「自分で自分の道を決めない者に首輪をつけて、何の意味がある」

 

 真顔で言う彼の言葉に、雪音は返す答えを持たなかった。元々、彼女を保護したい一心でここに来たのだろう。だがそれでは過去の繰り返しになってしまう。

 

 それは彼自身のケジメだ。雪音が従う必要は無い。

 本当ならば、俺も彼女に競ってやりたいと思っていた。

 しかし……

 

「遊星君、すぐに翼、それと響君と合流してくれ」

「待ってくれ。翼はもうステージが始まるッ」

 

 さっき雪音に差し出したチケット。それは翼の復帰ステージのものだった。雪音をそれを見て欲しい。

 彼女が防人としての使命に疎外されるのだけは避けなくてはいけない。なんとしても、この少女達を向き合わせなければならなかった。

 己自身の夢に向かうために。

 

「……気持ちは分かる。だが……」

「おい」

 

 それでも苦渋の決断をする弦十郎さんに対して、雪音クリスは言った。

 

「アタシをノイズのところまで連れてけ」

 

 それは贖罪なのか。

 それとも、別の、彼女の中に燻るそれが向き合わせるのか。

 この瞬間に、確かに雪音は歩き始めた。止まっていた時が、微かな鼓動と吐息を混ぜて、動き出す。

 

「試してやる。本当に大嫌いな歌が、アタシをどこへ連れて行くのか……それが地獄なら、アタシは許さない。それを見極めてやる」

「雪音…」

 

 その眼は、初めて対立した時の、夜の公園のそれではなかった。イチイバルを纏った時の、怨嗟の声でもなかった。

 雪音クリスの、自分自身に対する問いかけ。

 俺は頷き、弦十郎さんを見る。

 

「弦十郎さん、翼はライブに集中させてやってくれ。ノイズは俺達が引き受ける」

「……やれやれ。兄妹弟子揃って、無茶を言う」

「ん?」

 

 反対するかと思いきや、苦笑しながら彼は言った。

 

「さっき、響君から連絡が入ったそうだ。君と同じことを言っていた」

「……そうか」

 

 兄妹か、あるいは教え子と言うべきなのか……それとも、元々響とは通じ合う何かがあったのか。

 いずれにせよ、その報告は俺の中に、確かな熱を灯した。

 

「雪音クリス。一緒に走ってくれるか」

「そっちが振り落とされなきゃな」

 

 そう言って、不敵に笑う雪音。

 曇り空は溶けて、いつしか月が見えていた。

 

 

 

 

 




いつも応援ありがとうございます。
次回より、一期終盤に向けて動き出します。
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