龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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第8話『防人の歌と、夢の守り人と』‐4

 人の少なくなった街並みを、私は走る。

 ネオンサインが後ろまで駆け抜けていく。

 

 立花響は、一直線に、ノイズが出現した地域まで走っていた。

 

『響ちゃん。もうすぐ目的に着くわ』

 

 オペレーターの友里さんの声がした。

 

「はいっ!」

『遊星君も、真っ直ぐにそっちへと向かっているからね』

「わかりましたっ!」

『それと…』

 

 一瞬、言い淀んだ友里さん。

 だけど毅然とした態度で私に告げた。

 

『今響ちゃんが通過したポイントが、最終防衛ラインとします。そこをノイズが突破したら、もう二人では抑えきれないわ。その時は翼ちゃんのステージを中断して、彼女に援護してもらう他ありません』

「……」

 

 ゴクリと唾を飲む。

 周りのビル群を見渡した。

 殆どの人はシェルターへと避難していて、ここは一先ずは安全地帯だ。

 

 けど、ここより後ろはもう後がない。

 

『そうなったら、諦めて頂戴』

「分かりました。でも、大丈夫です」

 

 強く返事をする。

 

「きっと私と遊星で、翼さんの夢を守って見せます!」

 

 私には夢は無い。

 けど、翼さんは確実に一歩を踏み出そうとしている。だから屋上でチケットを私達に手渡してくれたんだ。自分を見届けて欲しいという願いを込めて。それは出来なくなったけど、今度は私が、翼さんを守ってみせる。

 

『了解。私達もサポートします。ノイズをここより先には進めないように』

「お願いしますっ!」

 

 友里さんの声は少し笑っていた。

 きっと私と同じ……ううん、私より、気持ちは大きい筈だ。だって、誰よりも近くで、翼さんを見守ってきた人たちだから。

 

『そのまま直進して。ノイズは、その先の埠頭から進行中よ』

「はいっ!」

 

 私は叫ぶ。

 その時だ。

 後ろからもう何度も聞いた、Dホイールのエンジン音が耳を貫く。独特の排気音を鳴らしながら近付いてくる人は、世界に一人だけ。

 

 

「響っ!」

「遊星っ!」

 

 

 不動遊星が、無人の大通りを駆け抜けて、こっちまで全速力で走っていた。

 Dホイールは私の目の前で止まると、急停車する。

 バイザー付きの赤いヘルメットを取って、遊星は私を見た。

 

「遅れてすまない」

「ううん、大丈夫だよ。私も今来たところだから」

 

 頬が緩むのを感じた。

 やっぱり一人で戦うのは心細い。けど、遊星がいてくれれば、ノイズを一匹も通さないで頑張るのだって不可能じゃない。

 

「何だ、その台詞……デートの待ち合わせか?」

「え?」

「呑気だな」

 

 確かに私は呑気だったかもしれない。

 Dホイールに跨って、いつも私が遊星と一緒に現場へ行くポジションに、他の女の子が座っているのに気付かなかった。

 遊星の予備のヘルメットを取ったその子は、私を睨めつけながら言った。

 

「そのまま爆発しろ」

「クリスちゃん!?」

「おう」

 

 言葉短く応えると、ヘルメットを遊星に向かって放り投げる。目を丸くするしかできない私に向かって、クリスちゃんはツカツカと歩み寄った。

 そしてそのまま指を私に向けると、思い切りデコピンする。

 

「痛っ!?」

「何だ、その顔は。相変わらず反吐が出そうだ」

「な、なんでクリスちゃんがここに…?」

「借りを返す」

 

 それだけを言って、クリスちゃんは前を向いた。

 

「メシの借りだ。アンパンとオコノミヤキのな」

「え?」

「いいから行くぞ」

 

 私がポカンとしている間に、クリスちゃんは今度はずいと顔を寄せた。

 呆然とする。

 だって、今までのクリスちゃんと、何かが違っていたから。

 一瞬、その後ろにいる遊星が見えた。

 

「遊星……」

「……そういう事だ」

 

 それだけを、遊星は言った。

 私は遊星をみた。

 きっと、それは言葉では言い表せない事なんだって、何となく察した。けど……それでも良い。私は今、嬉しくてたまらない。

 

「クリスちゃん!」

「飛び付くんじゃねえ! ぶんなぐるぞ!」

 

 抱きつこうとする私の頭を掌で抑え込みながら叫ぶクリスちゃん。

 その様子を見て、遊星が微笑みながら言った。

 

「仲がいいな」

「お前今すぐ目医者行け! 手術受けろ!」

「ノイズを片付けてからだ」

 

 そう言って遊星は前を見る。

 私とクリスちゃんも同じ方向へと視線を向けて……そして息を呑んだ。

 

「あれは……!」

「予想以上の大群だな」

 

 遊星の言う通り、ここから反応のある埠頭まで距離があるにもかかわらず、煙が立ち上っているのが見えた。

 ノイズは人を炭化させるけど、物を壊したり破壊できる種類は多くなかった。

 

 でも、向こう側からは煙と……夜なのに光る、橙色の灯りが見える。

 あれはネオンや街の街灯じゃない。

 

「手当たり次第に破壊しながら進んでいるな。倉庫の中身に引火して、爆発が起こっている」

「早く止めないと!」

「分かっている。クリス……」

「……」

 

 遊星はクリスちゃんを見た。

 その時、私は今までにないクリスちゃんの顔を見た。

 

「っ……」

「クリスちゃん……」

 

 見覚えが無い筈なのに、知っている顔。

 それは私の……昔の表情だった。

 それを見た私は、思わず手をぎゅっと握る。

 

「な、何しやがるっ?」

「手伝って」

「え…」

「クリスちゃん」

 

 もしかすると、私はクリスちゃんに自分を重ねていたのかもしれない。

 もちろん、後で聞いたクリスちゃんの過去は、私が歩んだものとは比べ物にならない位に辛く、悲しいものだった。

 

 でも……それをほんの少しでも理解して、分け合えるのなら。

 私は、クリスちゃんと一緒に歩きたい。

 

「流れ弾に当たっても……アタシは知らねえ」

「クリスちゃんが外すわけない。私は知ってる」

 

 本気だった。

 クリスちゃんは顔を引き攣らせて私を見る。

 でも私だって譲りたくない。

 

「お前……バカだな」

「うん、よく言われる」

「……いいぜ、一回だけは言う事を聞いてやる」

 

 クリスちゃんはそういって、私から顔を背ける。

 

「借りを返すだけだ。お前やセンセイには一回助けられたからな」

「センセイ?」

「そっちだよ。センセイなんだろ?」

「……」

 

 遊星をちょっとだけ見やって、クリスちゃんが言った。

 

 やっぱり、クリスちゃんは私や遊星を真っ直ぐには見ていない。

 

 きっと今日、この子は私に微笑んではくれないかもしれない。

 でも、隣にいる事が出来た。

 次には、真っ直ぐ私を見てくれるかもしれない。

 そしていつかは、笑ったクリスちゃんが見たい。

 

「二人とも、行くぞ」

「うんっ!」

「……ああ」

 

 私たちは、風になって、埠頭へと走り出した。

 ネオンが再び、後ろへと流れていく。夜の風が、熱くなった体の火照りを少し覚ましてくれた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 Dホイールに三人は流石にキツかったが、距離がそう遠くなかったので何とかなった。

 俺達は大通りを抜けて、埠頭へと向かう横道を何度も抜けて、最短距離で目的地まで到着した。

 

「いたっ!」

 

 響が叫ぶ。

 

 埠頭の倉庫が立ち並ぶエリア。

 その誰もいない暗がりの中、明滅しながら周囲を破壊しているノイズは、ハッキリ言って不気味以外の何物でもなかった。

 一体誰がこんな兵器を作り出したのかと、何度も思う。

 

 だが、今は気圧されている場合じゃない。

 

「数が多いな……」

「ど、どれくらい?」

「今サーチ出来ただけで、200近い」

 

 響が横で息を呑んだ。

 目の前には、その背景さえ見えない程に、ノイズの軍団が押し寄せていた。

 

 人型、クロール型、フライト型。そしてそれらを統括するように巨人型や、ノイズを生み出すギガノイズ。

 そして防御力に特化した要塞型ノイズまで、大小様々なノイズが入り乱れている。

 

 これまで現れたノイズを遥かに上回る数だ。

 敵も本腰を入れてきたということなのだろうか。

 

「何だ、ビビってんのか?」

「こ、怖くないよッ」

 

 せせら笑って雪音は響を小突く。

 慌てて響は訂正していた。

 

「良い子はそこでネンネしてな。アタシが全部潰してやるからよ」

 

 言うが早いか、クリスはDホイールから降り立ち、ノイズを真正面から見据える。

 だが響も負けじと、前に立った。

 

「わ…私だってッ」

「じゃあ付いてきな」

「うんっ!」

 

 そう言うと、響は雪音を見る。

 二人はまるで、幾度となく視線を潜り抜けた戦友のようだった。

 

 その姿を見て、俺の鼓動が早くなる。

 負けるわけにはいかない。

 この二人に、遅れは取れない。

 子供じみた感情だが、それでも湧き上がる闘志を、そのままに出来なかった。

 

「なら俺が時間を稼ぐ」

「え?」

「遊星が?」

「二人はその間に、シンフォギアを纏うんだ」

 

 聖詠を唱える間は無防備になるのが欠点だ。

 敵の強襲への備えは、俺の役割だ。

 

 

「ジャンク・フォワードを特殊召喚!」

 

 俺は手札からカードを一枚、Dディスクにセットする。

 現れたのは、ベージュ色の鎧を着た、SF映画にでも出てきそうな機械の兵士だった。

 響は目を瞬かせる。

 

「これ……確か、弓美ちゃん達が持ってきてくれた」

「ああ、その一枚だ」

 

 さっき降ってきたカードではない。

 何故使わないのか……と、疑問を頭に浮かべて響が俺を見る。

 クリスも俺を睨み付けるような顔で言った。

 

「……そいつで、あのデカ物どもを倒せんのか?」

「いや、ジャンク・フォワードだけじゃパワーが足りない」

「じゃあ、さっさとやってくれよ。どうせ奥の手があるんだろ?」

 

 俺や響と戦ったことで、クリスも何となくカードのことは分かってきたらしい。

 しかし、切り札を使うのはまだ先である。

 俺は表情を変えず、クリスと響を見た。

 

「なら、見せようか」

 

 つい、口角が上がる。

 俺は瞬時にもう一枚のカードを構えて、ジャンク・フォワードと入れ替えるようにDディスクにセットした。

 

「ジャンク・フォワードをリリースし、ターレット・ウォリアーを特殊召喚!」

 

 瞬時にジャンク・フォワードは虹色の光に包まれた。

 そしてその光から卵を割るようにして、新たに表れたのは、岩鉄でできた要塞型の巨人だった。

 中世の城壁を思わせる岩肌の頑強な巨躯。そして両肩に装備された計四つの機銃が光る。

 

『ウオオォォォンッッ』

 

「お、おっきーい! これが戻って来た二枚目のカード?」

「ああ、そうだ」

 

 響が叫ぶ。

 俺は頷き、ターレット・ウォリアーに指示を飛ばす。

 

「ターレット・ウォリアー、ノイズの群れに攻撃せよ!」

『オオオッ!!』

「リボルビング・ショット!」

 

 瞬時に意志を汲み取ったターレット・ウォリアーが、肩の機銃をノイズに向けて一斉に掃射した。

 位相差障壁をかいくぐり、弾丸を浴びたノイズたちが一斉に爆散、消滅していく。

 

 

『ノイズ、30の減少を確認しました。残り176』

 

 

 藤尭さんがオペレートで状況を分析し、伝えてくれる。

 よし、まずは一撃を食らわせる事には成功した。

 

「す、すごい……っ。これが、ターレット・ウォリアー? 今までのカードより、パワーが……」

「ああ。ターレット・ウォリアーは、俺のカードの力を、そのまま自分の力へと変換する力を持っている」

「じゃあ、そのカードがあれば……」

「俺も、響達と共に戦える」

 

 俺は頷きながら答える。

 フォニック・シンクロに頼らずとも、リリースした戦士族モンスターの攻撃力を自身の力に上乗せするターレット・ウォリアーの存在は大きかった。

 これなら、響達のサポートをしつつ、俺自身も積極的に戦闘に参加できるからだ。

 

「さあ、敵が怯んだ。今の内だっ」

「うんっ!」

 

 幸先のいいスタート切ったことで、響の闘志にも更に火が付いたらしい。

 

「行こう、クリスちゃん」

「だからお前から来やがれっ!」

 

 クリスは憎まれ口を言いながらも、残るノイズの軍団を見据えている。

 その瞳は怒りに満ちていた。

 

「行くぞ!」

「了解!」

 

 少女が咆える。

 人の営みを壊さんと迫る悪魔を睨み付け、怒りに震える。

 共に立つ響もまた、守るべきものの為に魂を輝かせる。

 

 それが二人の、心の鼓動を呼び覚ます。

 音楽という形を成して。

 

 

 Balwisyall Nescell gungnir tron―

 Killter Ichaival tron―

 

 

 奏でられる聖詠。

 アウフヴァッヘン波形が、世界の理を一度崩して再構成させる。

 それは、遥か彼方より伝わる、装者たちの命の叫び。

 

 一瞬で二人はシンフォギアを身に纏った。

 

「さあ、花火パーティだっ!」

 

 雪音が指を鳴らしながらノイズの大群を見やった。

 しかし、なお戦況は俺達に不利である。

 何しろ数が多い。

 憎まれ口を叩いて、腕の手甲をアームドギアであるボウガンへと変形させる。

 

「クリスちゃん、待って。まずは……」

「うるせえな。お前らはそこにいてチンマリやってろっ!」

「あ、ちょっと待っ…!」

 

 そう言うと、クリスは一人突撃し、ノイズに向かって銃を乱射する。

 ノイズも向かってきたクリスに反撃を開始し、大乱戦が始まった。

 

「遊星、クリスちゃんがっ!」

「分かっている」

 

 俺は頷いて答えた。

 大体、こんな様子になるであろうことは予想できた。

 そもそも俺達はまだ和解さえできていないのだから。

 

「助けようっ! 私達で、クリスちゃんを援護しないと!」

「……」

 

 一にも二にもなく飛び出した、少女の言葉。

 その言葉を聞いて、胸が温かくなった。

 響はこんな事態にも動揺せず、ただ雪音の事だけを考えている。

 

 なら、俺も答えないといけない。

 

「分かっている。俺達でサポートしよう。響は雪音の壁になって、近付くノイズを食い止めてくれ」

「うんっ!」

 

 素直に頷き、前を見据える響。

 急ごしらえで組んだタッグなのは否めない。俺に出来る事は、二人を上手く繋ぎ、コンビネーションのサポートをする事だ。

 

「来い、ジャンク・シンクロン!」

『トオッ!』

 

 機械技師を模した、二頭身の精霊が、今回もまた、響の前に降り立ってくれる。

 

「よし、じゃあこれでジャンク・ガングニールに……!」

「いや、ジャンク・ガングニールは使わない。アレで行くぞ」

「えっ……」

「響の言うように、今回は雪音の援護に回るべきだ。響の雪音を守りたい想い……その気持ちが、あいつの心を溶かしてやれるかもしれない」

「アレって……もしかして」

 

 響を真っ直ぐ見据えて言った。

 俺の直感が正しければ、響の力こそが、雪音を元に戻してやれる切り札となる筈だ。

 

「響、雪音に伝えてやろう。この世界は、案外悪くないってな」

「……うんっ!」

 

 響にも、その想いは伝わった。

 自然と笑顔になって、俺に応える。俺も笑っているのを感じた。

 

「行くぞッ」

「はいっ!」

「モンスターの召喚に成功した時、このカードも特殊召喚できる。ワンショット・ブースターを召喚!」

 

『フンッ!』

 

 昔馴染みが託してくれたカード。

 黄色いバーニアを吹かしながら、ワンショット・ブースターは俺の前に降り立つ。

 そしてDディスクを操作し、準備は整った。

 

「レベル2の撃槍ガングニールと、レベル1のワンショット・ブースターに、レベル3のジャンク・シンクロンをフォニック・チューニング!」

「フゥゥゥゥゥ……!!」

 

 響が呼吸を整える。

 同時に、身体は光り輝き、推力の光点となったジャンク・シンクロンに、ワンショット・ブースターと共に包まれていく。

 

「疾風の使者よ! 今こそ鋼の願いを集め、此処に鉄壁の盾を成せ!!」 

 

 ジャンク・シンクロンは、響を、ガングニールを変えていく。

 緑を基調とした、全身を覆う強固な新プロテクター。背部の排熱棒と、その身を覆うほどに巨大なフルメタルガントレット。

 

「フォニック・シンクロ! 出でよ!」

「はああっっ!」

「ジャンク・ガード・ガングニール!」

 

 これが、ジャンクのもう一つの進化の形。

 敵を打ち倒す為ではなく、絆を守るためにその力を集めた、鉄壁の守護神。

 それが、このジャンク・ガード・ガングニール!

 

「響、行けるか?」

「うんっ問題なし! 修行の成果が出てる!」

「よしっ!」

 

 力強い返事。

 ジャンク・ガード・ガングニールは、ジャンク・シンクロンを取り戻した際、シミュレーション訓練で試したフォニック・シンクロだった。

 

 ジャンク・シンクロンをチューナーとするシンクロモンスターは幾つか存在し、その内の一つが、ジャンク・ガードナーである。

 

 しかし守りを主体とするこのカードの力は、俺と響だけで戦わなければならなかった時、あまり攻撃には向かないとして、選択肢としては除外していた。

 

 しかし、今ならば出来る。

 雪音クリスと言う弓が、先陣を切っている今ならば、この力を存分に震える。

 

「俺も後方から援護する。雪音の背中は任せた!」

「うんっ、遊星も、私の背中はお願い!」

 

 言うが早いか、響は飛び出した。

 

 一方で、俺は雪音の方を見た。

 混戦の中、ノイズの攻撃をかいくぐりながら蹴散らしていく雪音。

 しかし、徐々にノイズは雪音を追い詰めはじめていた。

 

 

「くっ……ぅ!?」

 

 

 雪音を取り囲むようにノイズは包囲網を展開していた。雪音は手数で圧倒して何とか抜け出そうとするが、相手は縦横無尽に湧き出て、徐々にその輪を縮めている。

 雪音の顔にも焦りが出始めていた。

 

「こんのぉっ!!」

 

 堪らず、ノイズの群れを一層せんと、背部に巨大なミサイルを修験させる。だが、それは奴らの反撃の呼び水だった。

 雪音も、大技を使うとなれば、その分『溜め』が大きくなる。

 その瞬間を見計らい、フライトノイズが上空から飛来した。

 

「ぐっ!? しまっ…!?」

 

 ボウガンを構えて反撃しようとするも間に合わない。

 叩き落されて、雪音は小回りのきく武器を失ってしまう。

 

 瞬間、ノイズの群れが割れて、奥から緑色の巨人型ノイズが、押し追いかかった。

 

「っ…!?」

 

 巨大な腕を振りかぶり、叩きつける。

 雪音は反撃手段がない。ミサイルのチャージが終わらず、躱そうにもその巨大なアームドギアが足枷となってしまう。

 

「ちくしょっ……!」

 

「であああああっっ!!!」

 

 残った一丁のボウガンを構えて、抵抗しようとした時だ。

 響が間一髪で走り込み、雪音と巨人型の間に割って入った。

 

「と、ま、れ、えええええええええっっ!!」

 

 敵の眼前に立った響は、手を組み巨大な手甲を合わせると、それを突き出す。

 ノイズの剛腕はそれに押しとどめられて、雪音への攻撃を防いだ。

 それだけではない。

 

「はあああああっっ!!!」

「っ……ノイズが……」

 

 目を見開く雪音。

 ノイズは、弾き飛ばされて、よろよろと後退する。

 すると次の瞬間、攻撃の意志を無くしたかのように、その場にうずくまって沈黙した。

 

 俺は叫んだ。

 

「雪音今だ!」

「っ……! おらああああああっっ!!」

 

 瞬間、雪音は再びアームドギアを変形させ、ガトリングを連射。同時に腰部のミサイルを一気に放出して弾幕を張る。

 その間にミサイルを巨大化させて方に背負い、巨人型目掛けて発射する。

 

 超大型質量による火力殲滅……『MEGA・DEATH・FUGA』を受けて、巨人ノイズが音を立て、崩れていく。

 

「はぁ…はぁ……はぁ…!」

「クリスちゃん、大丈夫!?」

「あ、当たり前だ、こんなん……」

 

 紙一重。何とか間に合った。

 俺は胸を撫で下ろした。

 

 だが、安心してばかりもいられない。

 

「い、今お前、何やったんだ?」

「遊星がくれた、クリスちゃんを守る力だよ」

「は?」

「俺のカード、『ジャンク・ガードナー』の力を、響に上乗せしたんだ」

 

 俺はDホイールで雪音と響の後ろにまで駆けつけて、説明した。

 

「響のアームドギアの出力を全て防御に回したフォームだ。一定時間に一度、相手を強制的に守りの構えに変更できる」

「……相変わらず何でもアリかよ」

 

 呆れたような目で、雪音は俺を見る。

 しかし、防御を気兼ねすることなく攻撃に移れるという事実は、雪音の心身の負担を軽くしたのは事実だった。

 

「相変わらず搦め手が好きなこって」

 

 そう言うと、クリスは再び俺達に背を向けた。

 いや……俺達に、背中を預けたのだ。

 

「雪音」

「分かってる。アタシが出てくる奴をひたすらブッ叩けばいいんだろ?」

「大丈夫、クリスちゃん?」

「へっ……アタシを」

 

 クリスが次の瞬間、ガトリングを再び構え、咆えた。

 

「誰だと思ってやがる!!」

 

 巨人型の爆発は、足元にいた数十のノイズを巻き込んだ。

 

 敵は包囲網を徐々に再構築しつつあった。

 しかしこちらも負けてはいない。

 ターレット・ウォリアーが壁となる人型やクロール型を次々に排除し、その隙間を縫って、中型・大型のノイズを雪音が撃破していく。

 

『敵残存数、60まで低下!』

『装者の攻撃速度、敵の増殖数を上回っています!』

 

 藤尭さんと友里さんの声。

 司令部からの情報伝達を元に、俺達は次々とノイズを破壊していく。

 

(強い……!)

 

 俺はその光景の真ん中に居ながら、一瞬充足感を覚えると同時に、空恐ろしくなった。

 

(俺のカードの力を装者に合わせると、これほどまでの強さを発揮するのか……!?)

 

 これまで、敵に立ち向かうことに精一杯で、自分達の力を顧みる余裕は無かった。しかし、いまカードの力を取り戻しつつある今になって実感した。

 

 この力は強すぎる。

 

 フォニック・シンクロだけではないシンフォギアの力を引き出し、更に自在にコントロールできるデュエルモンスターズのカード達。

 それと音楽を力に帰る聖遺物とのかけ合わせが、これほどの戦力となる。一個人が持つべき範囲を超えていると言ってもいい。

 

 ふと考えた。

 

(赤き竜は俺に……いや、俺達にこれほどの力を持たせたかったのか?)

 

 下手をすれば、小国さえも滅ぼしかねない程の力。

 ノイズと立ち向かうために必要だから、俺はこの世界に来たのだろうか。

 

(それとも……俺が立ち向かうべき敵は……)

 

 いや、そうではないのだ。

 

(真の敵は、どれほどの強さだというんだ……!?)

 

 このノイズを操っている黒幕……恐らく『フィーネ』か。

 もしくは、それさえも上回るほどの大きな闇が、この世界を飲み込もうとしているのか。

 ゾクリと、全身が震える。

 

 その時だ。

 

「遊星っ!」

 

 響が俺に叫んだ。

 瞬間、響の前で爆音が響いた。

 

「何やってんだよ、センセイ! ボサッとすんな!」

 

 クリスが俺の前に来て叫んだ。

 

(しまった…!)

 

「すまない……考え事をしていた」

「はぁっ? 随分余裕だな、オイ」

 

 怒りを通り越して、呆れた顔でクリスは俺を睨む。

 俺は首を振って雑念を振り払う。

 

(今は余計なことは考えるな……まずは今を切り抜けるんだ! 敵がどれだけ強大だったとしても、俺達に出来るのは、元より一つだけだ)

 

 俺は響と雪音を見やって、状況を確認することにした。

 

「ノイズの数は……!」

「さっき友里さんから、あと『30くらい』って…」

「よし…あともうひと踏ん張りだ」

 

 響の言葉に、俺は力強く頷く。

 クリスもにやりと笑って、向こう側で接近してくるノイズに銃口を向ける。

 

「へっ、余裕だろ。あんな程度なら、もうアタシ一人で……!」

 

 ガトリングを構える。

 だがその時だ。

 

「っ、クリスちゃん!!?」

 

 響が叫ぶ。

 同時に彼女が前に出て、手甲のガード部分を上に向かって翳した。

 瞬間、上から降ってくるのは、驟雨のような砲弾の嵐。

 

「ぐっ…!?」

 

 咄嗟に上体を伏せて、俺はDホイールの車体を捻る。

 同時に雪音の腕を掴んで、こちら側へと引き寄せた。

 

 同時に、前方にいたノイズが隙を見て突撃してきた。

 このままでは、上空からの攻撃を防いでいる響が晒し者になる。

 

「罠発動! 『くず鉄のかかし!』

 

 鉄製の案山子が響を守るように出現し、ガードに専念している響への攻撃を防いだ。

 同時にジャンク・ガード・ガングニールの能力が発動し、上空の攻撃も止む。

 

「響、大丈夫かっ!?」

「う、うん、平気……遊星もありがと……!」

 

 肩で息をしながら、俺を見て微笑する響。俺もひとまず胸を撫で下ろす。

 その時、俺が腕を掴んでいた雪音が、咄嗟に上空を見て叫ぶ。

 

「おいおい……なんてもん出しやがる……!」

「え…クリスちゃん?」

「あんな奴まで持ち出してきやがった…!!」

 

 空を睨み付けて、雪音が苦々しく言った。

 俺達も上を見て、そして戦慄した。

 

「あれ……もしかして」

「空母型か!」

 

 咄嗟に叫ぶ。

 その時、友里さんからのコールが届いた。

 

『こちら司令部。空母型の出現を確認しました』

「ああ、こちらでも視認できる」

『すみません、センサーが上手く感知できませんでした……今まで、こんなことなかったのに』

 

 苦々しい友里さんの声。

 確かに、さっき攻撃を受け取るまで、俺のセンサーやレーダーにも反応は見受けられなかった。ノイズの新しい装備だとでもいうのだろうか。

 しかし、それを今考える余裕は無かった。

 

「友里さん、空母型は一体だけか?」

『ええ、それは間違いないわ。でも、早く潰さないと、際限なく……!』

「分かってる」

 

 俺達が会話している間にも、空母型は次の手を打ち出そうとしていた。

 

「遊星、あのノイズって確か……!」

「ああ、増殖系だ! フライト型を落としてくるぞ!」

 

 空母型はその胴体からまるで艦載機のようにフライト型を生み出していた。

 これが奴の厄介な能力。多数の飛行型ノイズを搭載し、それを繰り出して来る。爆弾のように落とすことも、手下として使役することも出来る。まさに広域戦略兵器だ。今まで奴が姿を現すことは殆ど無かったが、それだけに出現されると厄介である。

 

「ちくしょう!」

 

 雪音が上空に向かってガトリングを斉射する。

 しかし距離が遠い。如何にシンフォギアでも攻撃の射程距離は存在する。弾丸が届く前にエネルギーが減衰し、消滅してしまう。

 数発届いたところで焼け石に水だ。

 

「降りて来いクソ野郎!」

「止せ雪音。言って降りてくる奴じゃない」

「うるせえ、女には言わなきゃいけない時があるんだよ!」

 

 怒鳴りつける雪音。

 だが愚痴の一つも零したくなる。これでは攻める手段がない。奴も直接攻撃は出来ないが、フライト型による爆撃がある。

 

 大してこちらは近付かなければ……

 

「遊星っ」

「ん?」

「アレ。前に見せてくれた、おばちゃんから貰ったカード」

 

 響は俺を真っ直ぐに見て言った。

 

「『シンクロ・ストライカー・ユニット』か? だがアレは……」

「クリスちゃんと遊星の力を合わせて、私があのノイズに接近できれば!」

「……おい、まさか」

 

 横にいた雪音が唖然とする。何となく、俺も彼女の考えは読み取った。

 

(相変わらず、ど外れた発想をする……)

 

 しかし、やってやれないことは無いかもしれない。

 要は空母型に近付きさえすれば、攻略する手立てはある。

 だが、シンフォギア最大の弱点である上空の死角を補うためには、雪音の力が必要となる。

 

 つまり、この場合求められるのはコンビネーションだ。

 

「雪音、行けるか?」

「……」

「クリスちゃん」

「……ま、一回は言うこと聞くって約束だからな」

「じゃあ……」

 

 響の顔が明るくなる。

 同時にクリスが、上空を見て武器を構えた。

 

「けどその前に……」

「あっ…!」

「あの連中を黙らせねえとな!」

 

 言ってクリスが、再び上空にガトリングを斉射する。

 空母型が、またもフライトノイズを落とし始めたのだ。奴自身はジャンク・ガード・ガングニールの効果で攻撃態勢を取れないが、手下となるフライトノイズを生み出す能力までは止められない。

 

「このっ! 好き勝手にボンボコ落としやがって!」

「ターレット・ウォリアー! 地上のノイズを抑えてくれ!」

『オオッ!』

「響、右三十度! 降りて来るぞ!」

「でえあああああっ!!」

 

 一体が起動を変え、キリモミ回転をしながら、雪音の横っ腹に突っ込んでくる。

 響は側面に躍り出てガントレットを構えて叩き潰した。

 しかし、雨は一向に止まない。次から次へと投下されて、俺達を封殺してくる。

 

「おいセンセイ! このままじゃジリ貧乏カラ欠だぞ!」

 

 クリスが叫んだ。

 確かに、このままでは徐々に俺達が追い詰められていく。奴の攻撃が止むのを待っている余裕はない。

 

「雪音、俺が攻撃を止める! その隙を縫って、響を連れて行ってくれ!」

「出来んのかよ!?」

「任せろ!」

 

 俺は叫ぶと、再び響に向き直った。

 

「響、奴の爆撃を一瞬だけ停止させる。勝機を零さず、掴み取れ」

「遊星……」

「やれるか?」

「……うんっ!」

 

 響が力強く頷く。

 彼女は信じてくれている。俺が必ず、敵の攻撃を止めると。

 ならば、その信頼に応えるまでだ。

 

「なら……行くぞッ!」

 

 応えるように、次のカードを取り上げる。

 その時の俺の顔は、いたずらっぽく笑っていたらしい

 響が、初めて見た瞬間だった。

 

「力を貸してくれ、エフェクト・ヴェーラー」

 

『仰せのままに、マスター』

 

 響やクリスにも聞こえた、透き通る様な澄んだ声。

 手札を一枚墓地へと送る。

 次の瞬間、その穴から飛び出した光が、上空へと舞い上がり空母ノイズを包み込む。

 帯状になった光は、巨大なノイズに巻きついていく。

 すると、その時だ。

 

「爆撃が……止まった、だと?」

 

 雪音が唖然とする。その視線の先──確かにノイズは動かない。ただ沈黙するのみである。

 

 シミュレート通りだ。

 これが、エフェクト・ヴェーラーの力。

 

「遊星、どういうこと?」

「エフェクト・ヴェーラーは、相手の持つ特殊能力を封じる効果がある」

「……ってことは」

「カードの効果が持続している一分間は、増援は出ない」

 

 つまり、あの光の帯が縛っている間は、ノイズは出てこない。未知の力を持つノイズのとの戦いにおいて、このカードの存在はかなり大きい。

 

 今の内に態勢を整えることが可能となった。

 

「……フン」

 

 雪音が悪態をつくも、彼女の目は笑っている。

 

 地上の敵がターレット・ウォリアーで抑えられ、

 そして今、上空の攻撃を食い止めた。

 

 準備は整ったのだ。

 

「行くぞこのバカっ!!」

「了解っ!!」

 

 雪音と響の視線が重なり、二人の息も合わさる。

 瞬間、雪音は蓄積されたシンフォギアのエネルギーを一気に解放した。

 

 ──傷ごと抉れば、忘れられるってコトだろ

 

 雪音の歌が響き渡る。

 更なる力を与えられたギアは、背中に大型のミサイルを再び出現させた。二門のミサイルは、上空にいるノイズを指向し、正確に視認する。

 

 ──だったら涙なんて、邪魔なだけなのにィイッッ!!

 

 雪音の叫びが夜の埠頭にこだまする時、ミサイルが放たれた。

 一直線に上昇したミサイルは、空母型の胴体目掛けて風穴を開けようとする。

 

 ──HAHA! さあ、It’s show time!

 

 しかし、ここでジャンク・ガード・ガングニールの効果が切れる。守備態勢から攻撃が可能となった空母型は、フライト型を投下するのではなく、自らの身体の一部を切り離し、ミサイルにぶつけた。

 

 ──火山のような殺伐Rain!!

 

 あとわずかと言う距離にまで迫ったミサイルだったが、奴の文字通り捨て身の攻撃に敢え無く撃沈……

 

 ──さあお前らの全部全部全部全部ゼンブッッ!!

 

「今だ響!」

「おおおおおおおっっ!!!」

 

 していない。

 

 雪音のミサイルは、あくまで響を連れて行くための手段にすぎない。もとより空母型の分厚い走行を貫くためには、雪音の攻撃だけでは火力が足りない。二発のミサイルのうち、次段として発射した分に響を載せ、ノイズの眼前まで近付いていた。

 

「遊星お願いッ!!」

「トラップ発動! 『シンクロ・ストライカー・ユニット』!!」

 

 予め伏せておいた罠カードを、起動させる。赤く縁どりされたカードから紫色のエネルギーが、奔流となって上昇する。それは響を包み込み、その攻撃力を更に倍加させた。

 

 ジャンク・ガード・ガングニールは、攻撃力自体は高くない。

 だが、この罠カードはシンクロモンスターの攻撃力を上昇させる効果を持っている。

 この力を使えば……

 

 ──否定してやるッ

 

「いっっけえええええええっっっ!!!」

 

 ──そう否定してやるッ!!

 

 雪音の歌と、響の拳が重なり合う時。

 空母型ノイズの胴体を貫く。

 完膚なきまでに、敵の切り札は空中で爆破炎上したのだった。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 空母型ノイズを撃沈させてから、さらに十数分くらい経った後。

 

『敵、増援反応ありません。お疲れ様でした』

「了解」

『処理班が間もなく到着します。お二人はそれまで待機していてください』

「ああ、ありがとう」

 

 私達は、残ったノイズを倒して、ようやく危機を回避できた。

 

 遊星は今、無線で友里さんに連絡を入れている。

 私は横でそれを聞きながら、辺りを見渡した。

 

 あれほどたくさんのノイズが現れて、戦場となっていた埠頭は、今は真っ暗で静寂が訪れていた。

 戦闘の後で、あちこちボロボロだけど、それでも人が死なずに済んだのが一番だって、私は思いたい。

 

「……じゃあな」

「あ……」

 

 冷たい夜の潮風が当たった時、クリスちゃんが私の前に立って言った。

 

「ま、待ってっ」

 

 私はつい、クリスちゃんの手を取ろうとする。

 けどクリスちゃんは、それをひらりと躱した。

 

「クリスちゃん……」

「ここでお縄を貰う気はねえ」

「でも……」

「聞くのは一回だけって言ったよな?」

「……」

 

 私は何も言えなかった。掛けられる言葉なんて、今の私は持っていない。

 でも、私はようやく掴みかけたこの子の手を、もう一度伸ばしたいと思った。

 

「雪音」

「遊星…?」

 

 その時だ。

 連絡を終えた遊星が、クリスちゃんを呼び止める。

 

「……んだよ? もう約束は果たしただろ」

「もう一つの約束が残ってる」

「え?」

「それだ」

 

 そう言って遊星は、クリスちゃんの腰のポケットを指差した。紅色のワンピースから言われて取り出したのは、私が持っているある物と同じ。

 

「……」

「それ……翼さんのチケット」

「俺よりも、聞くべきなのは彼女だと思ってな」

 

 そう言うと遊星は、無線を取り出して、再び友里さんへと連絡を取る。そして、ここからの遊星の取った行動は、私でも驚く物だった。

 

「こちら遊星、本部応答してくれ」

『こちら本部。どうかしたの?』

「どうにも無線の連絡が上手くいかなくてな。しばらく連絡が取れなくなるかもしれない。以上だ」

『え? ちょっとどういう……』

「本当にすまない。弦十郎さんに謝っておいてくれ」

『遊星く……』

 

 あまりに唐突な遊星の言葉。

 私もクリスちゃんも、何事かと思ってじっと見る。

 けど遊星は飄々とした顔でさっさと通信を切ってしまった。

 

「ゆ、遊星……?」

「響、悪いが今から俺がすることを黙っておいてくれるか?」

「ええ?」

 

 私は目を丸くする。

 訳が分からなかった。

 けれど遊星はそんな私を尻目に、Dホイールをこっちまで転がしてきて、画面を操作している。

 

「遊星、何やってるの?」

「ハッキングだ」

「あ、そうなんだ、ハッキン……ええっ!!?」

 

 跳び上がりそうになった。

 慌てて口を塞ぐ。

 けど、心臓がバクバク言っていた。

 機械オンチな私だけど、流石に遊星が今口には言えない行為をしているくらいは分かる。

 

「ゆ、遊星、は、ハッキングって……そ、そんなことして良いの?」

「元々、ノイズの襲撃と重なる可能性は考慮していたからな。準備しておいた」

「じゅ、準備?」

「俺も、こんな事をすべきじゃないのは分かるが、チケットは貰ってる身だ。大目に見てもらうさ」

 

 そう言うと、遊星が捜査し終えた画面が、映像を映し出す。

 すると、大きい音声も同時に流れ出してきた。

 思わず耳をつんざくほどの熱狂的な感性と、黄色い悲鳴。

 

 薄暗い映像だったけど、星が輝くみたいに、周りでは色とりどりの光が明滅している。

 

「これ、もしかして……」

「翼のライブ映像だ」

「えっ!?もしかして、これ、中継動画!?」

「ああ、衛星の電波を少し拝借してな」

 

 翼さんのステージは、ライブビューイングで全国に配信されている。

 映画館とか、地方の野外ステージで中継されて、あちこちのファンを楽しめるようにしたみたい。

 もちろん、それを見るのにだってチケットは必要。

 

 けど遊星は衛星放送の電波をジャックして、Dホイールに繋げた……らしい。

 

「……うひゃあ」

 

 溜息が出て、空いた口が塞がらなくなった。

 バイクを運転して、機械の修理が出来て、ケンカも強くて、ハードボイルドで、頭も良いし、おまけにクレーンゲームとハッキングも得意……

 もう宇宙まで生身で飛んでっても私は驚かないと思う。

 

 

 

『皆、ありがとう!』

 

 

 ステージの中央では、一曲歌い終えた翼さんが、観客から物凄い拍手を貰っていた。笑顔でファンの皆に手を振る翼さん。私は時間を見る。もうライブは半分を過ぎている。観客の熱も最高潮に達している時だった。

 

(うう……ど、どうしよう……多分これ、やっちゃいけない事だよね。でも……正直凄く見たい)

 

 遊星が本部との通信を切ったのも理解できる。こんなの捕まってもおかしくない。

 私もファンの端くれとして、こういう違法鑑賞は許せないけど……

 

「さあ、雪音」

「え……」

「聞いていくんだ。これが、お前の道しるべになるかもしれない」

 

 一歩離れた位置で、呆然とその様子を見てたクリスちゃん。遊星の手招きで、おずおずと、Dホイールに近付いた。

 

(……もしかして、遊星がクリスちゃんと一緒に来たのって)

 

 遊星は元々、クリスちゃんに翼さんの歌を届けたかったのかもしれない。もしクリスちゃんの戦う理由や、それを知っても手を取り合う手段があるとするなら、それは歌以外にはないと思って。

 遊星も、戦う以外の方法を探してくれていたんだ。

 

「クリスちゃん、聞いてって」

「お前……」

「翼さんの歌、とっても素敵なんだよ」

 

 私は手招きして、クリスちゃんを画面が一番よく見える位置へと案内する。

 黙っていたクリスちゃんは、そのままゆっくりとライブ画面を注視した。

 

 

『本当にありがとう。今日は思いっ切り、久しぶりに歌を謳えて、気持ち良かった。それを皆に聞いてもらえて、心から嬉しい!』

 

 

 翼さんのMCが続いている。

 観客は全員、その声の虜になっていた。私もあの場所に居たら、絶対に同じ反応をしているの違いない。

 きっと未来も、会場でその様子を見守っている筈だった。

 

『こんな思いは……久しぶりで、久しく忘れていた。私は、こんなにも歌が好きだったんだって』

 

 声援がひと段落して、再び翼さんは語りだした。

 

『聞いてくれる皆の前で歌うことが、大好きなんだ』

 

 その言葉に、会場は再び沸いた。

 けれど、その次の言葉で、観客はもう一度沈黙することになった。

 

『もう知っているかもしれないけれど……海の向こうで、歌ってみないかっていうオファーが来ている』

 

 それを聞いて私は固まった。

 

『何の為に歌うのか……ずっと迷ってた。けど、今の私は、もっとたくさんの人たちに歌を聞いて欲しいって思ってる。言葉が通じなくても、歌で伝えられる者があるなら……私の歌を、世界中の人に届けたいの』

 

 翼さんの告白。

 ずっと前から、海外デビューをするんじゃないかって言う話は噂されていた。これだけの実力を持つ人はもっと世界中で活躍すべきだって言う意見も沢山あった。話に聞いただけだけど、凄い大物からオファーが来たなんて記事もあったくらい。

 

 シンフォギアのことを知り、私が翼さんの正体を知って、結局は噂だけだったんだって思った時もあったけど、でも今、翼さんはそれを現実にしようとしている。

 

『私の歌が誰かの助けになるって、そう信じて今まで歌い続けてきた。けど……これからは、その中に自分も加えて……自分自身のために歌っていきたい。私は、歌が大好きだから!』

 

 笑顔で、翼さんは宣言した。

 それは、あの人の新しい一歩。

 今までの自分から、新しい自分へと変わっていく。その名前が指し示すような、未来への大きな羽ばたき。

 

『たった一度の我儘だけど……出来る事なら、認めて欲しい……許して欲しい』

 

 翼さんは、ずっと自分を殺して生きた。

 それが自分の運命だからって。

 生まれも、育ちも、奏さんを失った後の人生も。全てひっくるめて、それが相応しいんだって。でも、そんな筈はない。だって、皆が願ってる。そして、あんな素敵な歌を、翼さん自身が楽しめないなんて、そんな悲しいことがあるもんか

 

 

 ──ああ、そうだ

 

「……え?」

 

 ──許すさ。当たり前だろ

 

 

「奏さん?」

「ん?」

 

 遊星が、一瞬だけ私を見る。

 けれど、すぐに画面に引き戻された。

 

 

 ──────ッッッァアアアアアッッッ!!!!

 

 

 それは、未来への扉が開いた音。

 

 日本中の……ううん、世界中が待っていた、風に乗って飛んで行くあの人へ向けられた、祝福の拍手。

 

『翼ちゃーん! ガンバレー!』

『いいぞー! みんな応援してるー!』

『翼さんサイコーだーッ!!』

『海の向こうへ行っても、私達ずっとファンだからー!』

『でもたまには戻って歌ってきてくれー!』

 

 一人の拍手と応援から始まった声の波は、たちまち全体へと伝わった。皆が拍手し、叫び、声援を送る。

 

 嬉しい

 ありがとう

 頑張って

 応援してる

 

 きっと、中継先で見ている人たちも、この光景を見て、応援しない人なんて一人もいないと思う。

 だって、思いが一つになってるから。

 私は知っている。歌は、心を一つに出来る魔法なんだってことを。

 

 

『つ・ば・さ! つ・ば・さ! つ・ば・さ!』

 

 

 会場のコールは止まらない。

 皆が一斉にペンライトを振って、翼さんを応援している。それは、まるで翼さんが外へと羽ばたくための道を、皆が照らしているみたいで。

 

 

『……ありがとう……ありがとうッ……みんな……!』

 

 

 大粒の涙を流しながら、翼さんは何度も何度もお礼を言った。

 自分の声を聴いてくれる人。自分に元気をくれる人たちに向けて。私も、目に涙が浮かんだ。言葉が出ない。きっと口に出したら泣いちゃう。きっとこの瞬間を、ファンの人たちはずっと待ち焦がれていたから。

 

 ……ううん、そうじゃない。これを待ってたのは……

 

「響?」

「あ、ごめ……ちょっと、感動しちゃって」

「……そうか」

 

 遊星は何も言わずに、私にハンカチを差し出した。

 私はそれを受け取る。

 きっと、遊星は気付かないかもしれない。

 

 この涙は、私のものじゃない。

 胸に宿る歌が……喜びと、お祝いの言葉を、涙に変えているんだ。

 そうですよね、奏さん。

 

 

「……」

 

 

 それを、じっと側にいて見つめる人がいる。

 

「……クリスちゃん?」

「……」

 

 クリスちゃんは画面を見ながら、ただひたすらに翼さんの言葉を噛み締めていた。

 睨むでも怒るでもなくて、ただ一心不乱に。

 けれど、翼さんが再び歌を歌い始めた時。

 

「……じゃあな」

「え」

「これ以上は聴きたくねえ」

「クリスちゃん!」

 

 クリスちゃんは、背を向ける。

 そう言ってゆっくりと建物の影に消えようとする。

 私は必死に呼び止めた。

 

 一瞬だけ見えた悲しそうな眼と、クリスちゃんの小さな背中。

 やっぱり私は、声が出ない。

 

 だから、一言だけ。

 

「私、待ってるから!」

「……」

 

 クリスちゃんは、何も応えない。

 再び歩き出して、夜の闇に紛れて消えて行く。

 私はそれを、ずっと追いかけ続けていた。

 

 寂しそうな背中から、私は微かに感じ取った。

 

 きっとクリスちゃんは戦っている。

 昔私がやっていたように。

 自分の答えを出す為に。

 

「……響」

「遊星……」

「大丈夫だ。お前の気持ちは伝わってる。もちろん、翼の歌もな」

「……うん」

 

 遊星が優しく、私の肩に手を添える。

 私は、もう一回翼さんの映る画面を見た。

 

 その透き通った、煌めきと華やかさと、凛とした強さが伝わる、翼さんの歌。

 私の大好きな、そして皆にも……クリスちゃんにも好きになってもらいたい歌。

 

 夜の埠頭に風が吹く。

 静かな夜の中で、私達はずっと、翼さんの歌に酔いしれる。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 次回予告

 

 

 己の道に迷い、彷徨う雪音クリス。

 そんな中俺達は、ついに『フィーネ』のアジトを突き止め、急襲する。

 だが、そこで待っていたのは思いもよらない光景だった。

 

 そして明かされる敵の目的──『カディンギル』とは何なのか。

 街を襲うノイズ達に、今、装者のシグナーの力は一つになる。

 

「行くぞ皆、俺達の本当の力を見せてやろう!」

 

 

 次回 龍姫絶唱シンフォギアXDS 『星々と、繋いだ手だけが紡ぐもの』

 

 

「射抜いてみせる……例え相手がなんであろうと!」

 

 




次回、物語も収束へと動き出します。
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