龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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前書きでクドクドいうのはマイナスだと気付いたので、多くを語らないようにします。
言いたいのは一言だけ。

感想、メッチャ嬉しいです。
全裸になりたいです。
これからもどうかよろしくです。


第9話『星々と、繋いだ手だけが紡ぐもの』‐2

 翌日の早朝。

 Dホイールのエンジン音は、静かに回転している。

 

 山道は険しく、相当な悪路だが、二課の特殊車両やDホイールの性能をもってすればそう難しくない。

 日は高く、微風。

 こんな状況でもなければ、もしかすると響などはハイキングだ何だと、未来と一緒に出掛けるかもしれない。

 

 逆にその穏やかな風景が、俺の心をざわつかせた。

 

(フィーネ……奴はそこにいるのか……)

 

 あの女とは、今度こそ決着を着けねばならない。

 半分以上のカードを取り戻した今の俺のデッキならば、一人でもノイズと渡り合うことは可能だ。

 それに調査部の手練れ、何より守護の要とも言える、文字通りの主柱である風鳴弦十郎。

 この布陣ならば、余程の事態でも後れは取らない。

 

 しかし、奴の実力は未知数だ。

 沈黙を守っていたフィーネの居城に、何が待ち受けているというのか……

 

『遊星君、一つ頼みがある』

「なんだ?」

『もし、仮に戦闘になったとしても、ノイズが出しゃばらない限り、今回は俺に任せて欲しい』

 

 ガタガタと揺られながら、荒れ地を走る最中だった。

 弦十郎さんは無線越しに俺に告げた。

 

『俺は今度こそ、責任を果たさなきゃならん』

「責任…」

『彼女だけのことじゃない。翼のこと……響君のこと……そして、奏のことも、俺は守ってやれなかった』

 

 彼女……と言う言葉が誰を指すのか、それを聞くのは憚られた。

 

 ふと横を見る。

 運転席でハンドルを握る彼の表情は動かず、また山道を行く先を見据えているだけに思える。

 

『結局、俺は逃げてるだけかもしれん。理解者のフリをして立ち回っているだけの卑怯者……そう言われれば、俺には言葉が無い』

 

 その胸の内に隠された想いを、俺は知る由もない。

 先代の二課の長にして、翼の祖父……つまり彼の父でもある風鳴訃堂から、トップの座を引き継ぐ前から、この因縁は始まっていた。

 

『しかし、だからと言って背を向けて見て見ぬだけならば、俺は大人どうこう以前に、人として失格だ』

 

 これは風鳴弦十郎という男の、ある種意地のようなものかもしれない。

 だとすれば、今回の件を響や翼に告げなかった本当の理由は……他の誰でもない、彼自身の中にあるのだ。

 

 ならば俺は……

 

「分かった」

『……恩に着るぞ』

 

 短く、弦十郎さんは答える。

 

 出来るのは、仲間との縁を信じること。

 彼の中の信念を、俺は尊重する。

 だがもし、彼が危機に晒されているならば、俺は全身全霊をかけて戦わなければならない。

 

 静かに俺はデッキに手を添えていた。

 

(これが最後になるかもしれない……皆の力を貸してくれ…!)

 

 

『指令、間もなく到着します』

 

 

 別の車から届いた無線で、俺達は視線を上げた。

 

 木々の隙間から、翠緑色の屋根が視界に飛び込んでくる。

 更に進むと、森林域から抜け、全容が明らかになった。

 ここに来る前に渡された資料に在った、孤高の洋館。

 

 

「………ここか」

 

 

 ブレーキを絞り、Dホイールを停める。

 二課の黒塗りの車群も、俺の後に続いた。

 最後に、弦十郎さんの載る大型の装甲車が止まると、中から赤いシャツを着た大柄の男が這い出るように扉から現れた。

 

「各自、装備を点検。屋敷を包囲しつつ、中へ侵入する。フィーネ、及び雪音クリスを発見した場合、速やかに俺と遊星君に知らせるんだ。鼠一匹逃すなよッ」

『了解!』

 

 指示を受けると、多数の車から、勢いよく中から黒服の男たちが飛び出した。

 一件丸腰に見えるが、防弾チョッキは勿論、小型の手榴弾や高性能の銃を隠し持っている。いずれも弦十郎さんが選び抜いた二課の精鋭だ。

 

 俺もデッキを確認すると、ディスクをDホイールから外し、スタンディング状態でセットする。

 

『モーメントアウト』

 

 AIのガイダンスボイスを聞きながら、デッキをセットする。

 俺は洋館を見上げた。

 

(以前、シェリーに招かれた別荘地に皆で行った事があったが……)

 

 Z-ONEとの戦いの後、一度だけシェリーの別宅に招待され、チームの皆で行った事があった。

 此処からでも見える目的の家は、それによく似ていた。

 二重勾配になっている屋根や、細身のアーチ窓、バルコニーやポーチは、まるで昔のフランス貴族の屋敷だ。

 

 尤も、ここで待ち受けている者は、彼女の様な清廉なデュエリストとは程遠いのは間違いない。

 その裏で米国が糸を引いていたことも明らかだ。

 

「……」

 

 二課の面々が周囲を索敵している間、俺は辺りを見渡す。

 

 向かって左手には湖畔、逆方向には崖と丘陵地。そして後方には森。

 

 優雅でのどかな光景だった。

 庭や設置されている噴水にも、妙な仕掛けは見当たらない。

 とても今回の事件を引き起こした張本人の居城とは思えない。

 

「司令ッ」

「どうした」

「アレを見てください」

 

 全員が準備を整え、いざ踏み込もうとしたその時だ。

 エージェントの一人が、手を振って俺達を手招きしていた。

 

 近付くと、崖に面したバルコニーの一角が見えてくる。

 そこから見えたのは、割れた細身の窓ガラス。

 それも一枚ではない。

 

「むぅ…」

 

 近付くと、周辺の地面には複数人と思われる足跡も見つかった。

 更にバルコニーにはワイヤーフックらしきものが引っ掛けられた跡がある。

 

「これは…」

 

 米国と通じていることと言い、二課の内通者と言い、フィーネは実に狡猾な女である。

 その彼女が、あまりにも無防備にアジトを晒している。おまけに明らかにキナ臭い連中の痕跡がそのまま……

 

「司令、周辺に罠や仕掛けらしきものは見当たりません」

「こっちも同様です」

「ノイズの反応、及び聖遺物の波長も感知せず」

 

 他のエージェントからの報告も同様だった。

 

「弦十郎さん、コイツは……」

「どうやら、シンデレラを先に迎えに来た連中がいるようだ」

「……」

 

 巨躯に似つかわしくないセリフ。

 しかし弦十郎さんは、拳を握りしめると、黒服の男たち全員に通達した。

 

「踏み込むぞっ、乱戦を覚悟しておけ」

『ハッ!』

「遊星君、俺が打って出る。援護を頼む」

「分かった」

 

 この男が先陣を切る以上、細やかな戦術は意味を為さない。

 フォーメーションを度外視し、エージェント達は全員が後方を固める役割に徹した。

 俺は彼等と二課司令との間に立ち、いつでもモンスターを召喚できるよう、カードを右手に持つ。

 

「行くぞッ!」

 

 号令のもと、俺達は一気に駆けだした。

 正面の大きな扉を開け放つと、広すぎるほどの玄関口へと出る。

 

 そのまま一気に走り込み、奥の扉へと近付いていく。

 

 ……筈だった。

 

 

「何っ!?」

 

 

 俺は息を呑んだ。

 目の前に広がっていたのは、絢爛な屋敷には似つかわしくない、『破壊』だった。

 玄関ホールはこそ無事だったが、奥の大広間へと続く扉が粉々に砕かれている。

 急ぎ俺達はホールを抜けて広間へ近付く。

 

 が……

 

「司令……」

「遅かったか…っ!」

 

 エージェントの問いかけに、苦虫を噛み潰す表情で答える弦十郎さん。

 

 19世紀前後の雰囲気を残した豪奢な大広間は、見るも無残な有様だ。

 中央にあるテーブルは真っ二つに割れ、周りのには燭台などの調度品が散乱している。

 周囲には銃痕もあったが、それ以上に獣の爪痕の様な壁の抉れ、壁面全体に至るまでの亀裂の方が遥かに大きい。

 

 しかし、それ以上に俺達の視界へと飛び込んだのは……

 

「……なんだ、これは」

 

 広間の奥でゴミの様に散らばっている人間の数々だった。

 

 五、六人程度だろうか。

 いずれも同じ格好で地面に倒れ伏し、おびただしい量の血を流して微動だにしない。

 入口から見ても、明らかに絶命しているのが分かる。

 

 そして……

 

「あれは……」

「……」

「雪音ッ!」

 

 

 その死体に囲まれるように、雪音クリスが背を向けて、広間の中央に立っていた。

 

「……え」

 

 雪音は茫然とした表情で振り返る。

 思わず、俺は彼女の元へと駆けだしていた。

 

 近付く俺を見て、少女がビクリと体を震わせる。

 

「ち、ちがうッ! アタシじゃないっ…アタシじゃ……うあっ!?」

 

 雪音が後ずさりながら叫んだ。

 その時カツンと、彼女の足が『何か』にぶつかり、雪音はバランスを崩し、身体がぐらりと傾く。

 

「ぐっ……!?」

 

 尻餅をつく雪音。

 彼女は咄嗟に手を付いたが、それがさっきぶつかった『なにか』に当たる。

 

「……っ!?」

 

 雪音は絶句していた。

 

 彼女が足を引っかけたもの……それは恐らく、つい数時間前まで生きていたであろう、人間の痕跡だ。

 黒いサバイバルベストを着込んだ大柄の男の死体が、雪音の目の前に転がっていた。

 

「雪音っ…!」

「……」

「雪音、しっかりしろッ!」

「……あっ」

 

 彼女の元まで走り寄り、震える肩を掴んで揺さぶった。

 呆然とした表情のまま、雪音は俺を見る。

 

「……」

「……俺の方を見ろ。大丈夫だ」

「っ……っ…!」

「大丈夫か?」

 

 かつて敵同士だったというのに、思わず俺は彼女を慮った。

 今までなら、雪音もその手を振り払っただろうが、この状況で、事を構える余裕は無かったらしい。

 

 無言で俺に向かって頷き、そのまま立ち上がった。

 

「怪我は無いか?」

「あ、ああ……」

「一体、何があったんだ…?」

 

 俺は辺りを見渡した。

 

 幼い頃から、お世辞にも恵まれた環境にはいなかった。

 人の死を間近に見たことも、一度や二度ではない。

 しかし、ここまで凄惨な有様は殆ど経験が無い。

 

「ア、アタシは何も知らないっ…! ただ、ここに戻った時には、もう……」

 

 叫ぶ雪音の肩は震えていた。

 

 俺はそこかしこに転がる死体に目線を移す。

 夥しい量の出血だが、死体そのものはいずれも腹部や心臓以外に外傷は殆どなかった。

 

 雪音の使うイチイバルの痕跡ではない。何か、鋭利な刃物のようなモノで刺し貫かれたようだ。

 

 何より……

 

「雪音クリス」

「…っ!」

 

 弦十郎さんが、俺や雪音の前へと歩を進める。

 雪音は彼を目の前にして身構えたが、弦十郎さんはそのまま彼女の頭に優しく手を置いた。

 

「安心しろ。傷つける気は毛頭無い」

「えっ…」

「誰も君がやったなんて思っちゃいないさ」

 

 その面持ちは厳しくとも、頭を撫でる無骨な手は優しかった。

 

 彼の言う通りだった。

 殺害現場にわざわざ居残るバカはいない。

 何より、雪音が今更こんな無慈悲で残酷な人殺しに手を染めるとは到底思えない。

 

 だが、だとするとこの惨状は一体なんなんだ…? 

 

「弦十郎さん、そもそもコイツらは一体…」

「米国の連中だろう。フィーネは奴等と裏で繋がっていて、俺達の情報を横流ししていた。基地の情報は勿論、シンフォギアや装者の素性……君のことに関してもな」

 

 見れば死体の顔は全員日本人の顔立ちではなかった。それに身体つきや身に付けた装備品はテロリストとも違う。

 

「こいつらは以前、広木防衛大臣を暗殺した連中と同じなのか?」

「ああ。全ては彼女の仕業だったんだ。俺や君の傍にいながら、良いように操っていた」

 

 鷹揚に頷くと、彼は雪音を見下ろす。

 もう一つの手が、ギリッとしなりをあげて握り込まれる。

 

 だが彼の言葉を聞き、俺は戦慄した。

 

「つまりフィーネは……内通者を潜り込ませていたのではなく……」

「彼女自身が潜入していたんだ。米国側に対して、忠実な尖兵の仮面を被り、その実ずっと漁夫の利を狙ってたってわけだ」

「……」

 

 身体がヒリつくのを感じる。

 この口調…彼は恐らく気づいている。

 その諸悪の根源の名前を。

 

 その内通者の本性……いや、正体を。

 

「それで、響を呼ばなかったのか。知っている人間を目の前に、あの子の拳が鈍るのを承知で……」

「……」

「教えてくれ、フィーネが誰になりすましていたのかを」

 

 弦十郎さんは沈黙していた。

 口を開けば戻れない。それがわかっているからだ。

 彼にとって、二課のメンバーは全てが大切な部下であり、守るべき仲間だった。

 

 フィーネが内部の情報を熟知していたことからも、彼自身とは長い付き合いだったのだろう。

 個人的にも親しいのかもしれない。

 

 しかし遅かれ早かれ露わになる現実だ。

 彼はゆっくりと口を開き……

 

「風鳴司令、これを見て下さいッ」

「ん?」

 

 エージェントの1人が離れた位置から声を掛けた。

 不意に、俺も雪音もそちらを見てしまう。

 横たわる死体のうちの一つに、何かが貼り付けてあったのだ。

 

 俺達は雪音を連れ近づく。

 

「なんだコレ…?」

「『I love you.SAYONARA』……ふざけてるのか」

 

 黒服達がしかめ面でそれを見下ろしていた。

 A4サイズ程度の、白紙に、赤い文字で綴られていた。恐らくコイツらの血で書き込んだものだろう。

 

「フィーネの文字だ……」

「なに?」

 

 雪音は震える声で言った。

 

「アタシは……やっぱり、捨てられたのか……?」

 

 雪音は下唇を噛む。

 やはり、この惨劇を引き起こしたのはフィーネに違いない。

 なら、このメッセージは雪音に向けられたものだったのだろうか。

 彼女を駒のように扱いながら、この置き土産は余りに無慈悲だ。

 

「取り敢えず、回収するか」

「ああ」

 

 エージェント達が、無造作に手を伸ばす。

 と、その時俺の体が硬直した。

 直観の知らせ……と言ってもいい。

 

 

『もう、貴女に用ないわ』

 

 

 あの時、フィーネは雪音にそう告げた。

 俺は間違いなく奴の本性だ。

 

 それが、今更メッセージを残す? 

 

 なら、なぜ死体をそのままにした? 

 奴の手には、ノイズがある。

 ノイズを使えば始末は容易だ。しかも死体は炭となり、痕跡も残りにくい。

 雪音と袂を分かった今、俺達がここに踏み込むのも時間の問題だった筈だ。

 

 ならば……この『SAYONARA』は……まさか…! 

 

「止せ!」

 

 俺が叫んだ時、エージェントは紙をおもむろに手に取る。

 瞬間、甲高い金属音が聞こえた。

 それが紙に括り付けられた細身のワイヤーだと気づいた時には遅かった。

 

「…っ!?」

「総員伏せろ!!」

 

 弦十郎さんの怒号が広間中に響いた時。

 ワイヤーは天井裏や壁面に埋め込まれたダイナマイトに連動し、安全弁を引き千切る。

 

 刹那、爆音が一帯に轟いていた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……?」

 

 リディアン音楽院の校舎の中にある自習室で、私は唐突に窓の向こうを見た。

 

「響?」

 

 未来が私に声を掛ける。

 耳に届いてはいたけど、でも心の中には入ってない。

 

(なんだろう…?)

 

 窓から広がる街が見える。

 

 鳴ったわけでもない。

 見えたわけでもない。

 何故かわからないけど、一瞬、胸が締め付けられたような錯覚に襲われていた。

 

 窓の向こうには、ただ校庭と、その向こう側にある建物と、丘を越えた先には森があるだけ……

 

(そういえば、前にクリスちゃんと戦ったのはあの辺り……)

 

「立花」

「えっ……あっ!」

 

 慌てて窓から目を逸らす。

 心臓がバクバク急に言い始めた。

 そんな私の目の前に立っていたのは、未来ではなくて……

 

「何をボーッとしてるの」

 

 むすっとした顔の翼さん。

 

「す、すいません!」

 

 急いで頭を下げた。

 背中あたりがすーっと冷えていくのを感じる。

 けど、やってしまったのは取り返しがつかない。

 

「見てほしいと言ったのは立花なのに……」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

 ただ平謝りするしかなかった。

 横ではピアノを弾いていた未来が呆れた顔をしている。

 

「しっかりしてよ。折角翼さんが教えるって言ってくれたんだよ?」

「う、うんっ」

「まあ、気持ちは分かるけど……」

 

 勢いよく頷く私。

 

 急いで意識を元に戻そうとした。

 頭の中でさっき感じた違和感は拭えなかったけど、目の前に翼さんに圧倒されていた。

 

 あそこに誰があるかなんて知る由もなかった。

 

「それじゃあ、もう一回最初から。小日向、お願い」

「はい」

 

 翼さんはじっと私を見てたけど、そのうち気持ちを切り替えて、すぐにレッスンを再開してくれた。

 

 指示を受けた未来が、鍵盤を弾き始める。

 ピアノから流れてくるのは、私達が通うリディアンの校歌。

 

 

「あーおぎみーよ、たいよーをー」

 

 

 

 私たちは今、自主トレの真っ最中だった。

 

 ここは音楽学校だから、声楽用の自習室はたくさん用意されてる。

 許可を取れば自主練にも使うことができる。

 

 この間の中間テストは何とか乗り切ったけど、この後すぐに期末テストが控えてる。

 学科は遊星や未来のお陰で何とかなったんだけど、実技だけはそうも言ってられない。

 

 先生曰く、『一日練習をサボると三日分の後退になる』……らしい。

 だから空いた時間はこうやって未来が自主練に付き合ってくれていた。

 

「よろずのあーいーをー」

「ストップ」

 

 で、そんな時に、偶然通りかかった翼さんがその事情を知った。

 翼さんは修行や任務で忙しい合間に練習するのは大変だろうと、指導を買って出てくれた。

 

 今朝、未来と一緒に見た星座占いで、乙女座が一位だったのはこういうことだったみたい。

 

 世界進出も表明した翼さんは、今やスーパースター。

 その人直々にレッスンをしてくれるなんて、ホントなら私みたいな女の子が逆立ちしたって叶いっこない。

 

 だから凄い嬉しい……筈なんだけど……

 

「身体に無駄な力が入ってるわ」

「は、はいっ」

「一度深呼吸しろ、立花」

「は、はいっ」

 

 翼さん! 超! 近いっ! 

 あわあわあわわ…! 

 

「姿勢を正して。脚は開き過ぎない方がいいわ」

「は、はい」

「……どうしたの?」

「いえ、その……」

「響っ、響っ!」

「はっ!?」

 

 未来が、私に呼びかけてくれて、一瞬で我に返る。

 目の前では翼さんがジト目でこっちを見つめていた。

 

 ま、またやっちゃったぁ……! 

 

「真面目にやる気があるの?」

「も、もちろんですっ、はいっ」

「あの、翼さん……響、緊張してるんだと思います」

「緊張?」

 

 未来が助け舟を出してくれる。

 目を丸くする翼さんに、コクコクと慌てて頷いた。

 

「もっと肩の力を抜いていい。別に本番でもライブでもないのだから」

「い、いえ、そうじゃなくて……」

 

 この数カ月で分かったけど……

 翼さん、自分自身にとにかく無頓着なんだよね。

 

 自分がどれだけ人気者なのか……と言うより、そもそも人気者っていう概念を分かってないような気がする。

 

 だってほら……

 

 

『ねえねえ、あれ見てみ』

『え、中にいる人って、翼さん?』

 

 

 学園の歌姫がこんな所に居て、目に付かない筈ないのに。

 

『誰、あの子?』

『一期生の襟章だよね』

『翼さんの知り合い?』

『でもあんな子見たことないけど…』

 

 あっという間に、自習室の周りは私達……と言うよりも、翼さんを見に来た女の子たちで埋め尽くされていた。

 そりゃそうだよね。

 

 翼さんは文字通り高嶺の花。

 お近づきになりたいなんて子は数知れず。

 

 同じ学校にいるだけ持ち前の幸運の半分は使い切り、残りの半分を使うことでようやく同じクラスになれる。

 

 お話が出来て仲良くなるなんて、それこそ前世で世界を救ってるか、来世の幸せを悪魔に切り売りしないとできない……と、言うのが弓美ちゃんから聞いた噂……

 

 それでも日々のライブ、レッスン、取材、その他諸々の仕事で学校にいる日も少ない。

 顔を合わせることさえ稀なのに、そこへ来て何食わぬ顔で直接声楽の指導を受けている私。

 

 

『あれだよほら、あの不動先生といつも一緒にいる』

『ああ、一年生の』

『あの翼さんに直接指導してもらってるなんて……』

『羨ましいなぁ……!』

 

 

 部屋の外からでも聞こえてくる女の子たちの黄色いヒソヒソ話。

 うぅ、視線が痛いよぉ……

 私、やっぱり呪われてるかも……

 でも翼さんに教えてもらえるのは運がいいし……どっちなんだろ。

 

「……」

 

 そんな風に思っていると、不意に翼さんが入口の方へ向かってツカツカと歩いていった。

 そして扉を開け放つと、前にたむろしていた子達を一斉に見る。

 

「あなた達」

「ひゃあっ!?」

「そんな所に突っ立ってないで、用があるならハッキリと言えば良い」

「い、いえ、あの……」

 

 翼さんの鶴の一声。

 女子たちは為す術もなく固まった。

 でも翼さんは下がることなく、むしろ野次馬の先頭の子に向かって、更に顔を近づけてた。

 

「それとも、貴女も指導して欲しいのかしら?」

「きゃいっ!?」

「そんな顔をしないで。素直に言いなさい。それとも……」

 

 仮にも『姫』と呼ばれる人に。

 

「力尽くに訊きだされたいの?」

「……っ!?」

 

 鼻先まで近寄られて、こんなセリフを言われて耐えられる思春期女子がいるだろうか。

 まぁ、たぶん、無理ですね。はい。

 

「……きゅぅ…」

 

 余りの破壊力に耐えきれなかったみたい。

 顔を一瞬にして真っ赤にさせたその子は、そのまま固まって卒倒する。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫!?」

「んほぉ……ふ、ふふ、ふヒヒ……つ、翼さまに、ち、力尽くなんて……ん、んヒヒ……」

 

 ガクガク痙攣して白目剥いて、おまけに鼻血も出して恍惚の笑みを浮かべていた。

 だ、だめだあの人、早く病院に連れて行かないと……! 

 

「…どうした?」

「い、いえ、何でもありませんっ!」

「し、しつれいしまーすっ!」

「あ、ちょっと…っ」

 

 その子の友達らしき人達が、大慌てで担いで廊下の奥へと走って行く。

 その様子を見た他の生徒たちも、急いであちこちへと逃げるように去って行ってしまった。

 

 うーん、蜘蛛の子を散らす、って多分こういうのを言うのかな……いや、ちょっと違うのかな。

 

「……一体、なんだったんだアレは?」

「あー……えっと、その」

「翼さん…恐ろしい人……!」

 

 私と未来は顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。

 それを見た翼さんは、はぁ、とため息を吐く。

 

「……なんだか……上手くいかないな」

「はい?」

「その…私とて、このままでいいとは思っていない。もうちょっと、皆と距離を深めたいとは思う」

「え?」

 

 そう言う翼さんの面持ちは、暗く、残念そうだった。

 私は突然の表情にポカンと口を開ける。

 

「不動……先生は、来て数ヶ月で信頼を集めているのに、私はまだこの体たらくだ」

「……」

 

 どうも翼さんは追い払うつもりじゃなくて、本当に好意で言っていたらしい。

 うーん、分からなくはないけど、ほぼ初対面の人にアレは攻撃力が大きすぎるんじゃないかな……

 

「いや、分かってはいる。こんな風に詰め寄られて、いきなり『指導させてくれ』なんて、恥知らずと言われても仕方ない」

 

 そうじゃないんだけどなぁ。

 むしろ恥ずかしがってるのは向こうなんだけどなぁ。

 

「奏みたいにはいかないものね。奏はファンの皆に同じようなことをしても、寧ろ喜んでもらえてたんだけれど…」

「それはファンの人も堪らないですよね」

「そうね。私がやったら堪ったものではない」

 

 だめだ、誤解がアクセルを踏み続けてる…! 

 

 翼さんだって、私とそう歳も変わらない女の子だったんだ。

 前のデートで、そういうところは見つけた筈なんだ。

 

 こんな戦いさえなかったら、もうちょっと友達も多くて、皆と笑って過ごす時間もあったかもしれない。

 

 ただ翼さんは、私や遊星とは違う。

 何かキッカケさえ……ううん、もっと翼さんからアプローチしていけば、もっと上手く行くと思うんだけどなぁ。

 

「如何ともし難い壁は認識してるんだけど…」

「いやー…あれは遊星とはまた別の話と言いますか」

「どういうこと?」

「い、いえ、何でもありませんっ! だ、大丈夫ですよっ、そのうちきっと、翼さんも仲の良い人が沢山できますって!」

 

 もの凄く生意気だ、と言ってから気がついた。

 また私は慌てて直立してしまう。

 けど、翼さんは無言で私をじっと見つめると、やがてクスクスと笑い出した。

 

「……そうだな。立花が言うと、本当にそう思えるから不思議だ」

「え?」

「いや、何でもない」

「??」

 

 この人の言葉にまたキョトンとしたけど、翼さんは分かっているのかいないのか、何も言わずに未来の方を見る。

 

「さぁ、続けよう。小日向、また最初からお願いできる?」

「……はいっ」

 

 未来は何も言わずに、再び鍵盤を叩く。

 心なしか、さっきよりもメロディが軽快な気がする。

 未来は私の方を見ると、一瞬だけど微笑んでいた。

 

「ほら響、続けるよ」

「あ、あっ、うんっ」

 

 ……よく分からないけど、なんか解決したってことでいいのかな? 

 

「あーおぎみーよ、たいようをー」

 

 とにかく2人の好意を無にできないことだけは分かっていた私は、もう一度歌に集中することにした。

 さっき窓の向こうで感じていたザワつきは、もう無くなっていた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 殴られたように迷走する意識をなんとか繋ぎ止めようと藻搔いた。

 

 硝煙と火薬と、舞い飛び散るコンクリートや土煙が、目鼻に飛び込む。

 咄嗟に伏せてやり過ごしたものの、襲いくる衝撃そのものは殺しようがない。

 

「……っ……っ!!?」

 

 むせ返る程の風の暴行だ。

 刹那、俺は死を覚悟したかもしれない。

 次の瞬間にはすぐさま手の中のカードをディスクへとセットしようと試みていた。

 

 しかし、それは徒労に終わった。

 不意に横っ腹から飛び出した閃光の如き影が、真上に向かって『何か』を振り上げていたのだ。

 上昇気流を起こしつつ突き上げられた旋風は、いともあっさり硬く分厚いコンクリートを貫き、砕き、一掃する。

 

 あっという間に、俺達を襲った脅威は逆方向へと吹っ飛ばされた。

 

 

「……い、今のは……?」

 

 

 暫く、呆然と事態を見守る。

 ……特に何かが起こる気配は無い。

 カラコロと、コンクリートの破片や、広間に隅にあった機械のパーツが崩れ落ちるだけ。

 

 だが、何もない。

 俺達自身に、全く異変は無い。

 

 

「………皆、無事か?」

 

 

 先程の衝撃の中央に立っていた者。

 まさしく人類の守護者と呼んで差支えない実力者。

 

「弦十郎さん…!?」

「おう、遊星君、大丈夫か?」

 

 俺はその人物の元へと歩み寄る。

 

 風鳴弦十郎は、丸太の様に太い腕を天空へと突き上げて、微動だにせずに立っていた。

 その傍らにいた雪音クリスをその身に抱きかかえたまま。

 

「今のは……アンタが?」

「ああ」

 

 本人や雪音には傷一つない。それどころか衣服にも埃一つない。

 周りを見渡すと、一人二人に瓦礫の破片が当たった程度で、こちらの被害は皆無と言って良い。

 

 しかし、目の前の事態は認めざるを得ない。

 

(何という男だ……まさか拳一つであの衝撃を相殺するとは……!)

 

 俺のカードだけでは、事態は防ぎきれなかっただろう。

 人死は出なくとも、重傷者を出してしまった筈だ。

 それを彼自身のパワーとスピード、そして地面からの反発力を利用して、爆発のエネルギーを文字通り『押し出した』のだ。

 

 

「……何だってんだよ……!」

 

 

 抱えられたままの雪音が、呆然と呟く。

 多分、彼女も何が起こったのか把握できていない。

 俺達は暫く、ただ起きた出来事を整理するための時間を置くことを強いられた。

 

「……」

 

 しばし呼吸を整えると、俺は雪音を覗き込むようにして言った。

 

「雪音、大丈夫か?」

「……」

「雪音…?」

「雪音クリス、どうした?」

 

 俺の問いにも、弦十郎さんの言葉にも、彼女は答えない。

 呆然と、破壊された広間と、辺りに散らばる残骸を見下ろしているだけだ。

 屋外の風が吹き込んでくる。

 瓦礫の破片が、パラパラと転がっていく。

 

 

「……へっ」

「なに?」

「へ、へへっ、ふははは……」

 

 

 雪音の肩が震え、微笑が漏れ出してくる。

 弦十郎さんの腕に抱えられたまま、彼女は突然、笑い始めていた。

 

「あははは……ハハ…っ、こんな……」

 

 苦悩にその顔を歪ませながら。

 

「満足したのか?」

「雪音?」

「これで満足かよッ!」

「むっ!?」

 

 不意に、雪音は身体をよじらせた。

 そのまま暴れて弦十郎さんの腕から抜け出し、飛ぶようにして俺達と距離を取る。

 

「雪音っ!」

「遊星君、下がれっ」

 

 一歩出ようとした俺を、弦十郎さんが制した。

 彼は厳しい面持ちで、雪音を見つめている。

『任せて欲しい』と、移動中に聞いた言葉が蘇る。

 

 しかし、少女は咆えた。

 

「チッとはマシになったって言うのかよこれがッ!」

「雪音っ、落ち着くんだっ!」

「ふざけんなっ!」

 

 そう言うと雪音は、足元に転がっていた瓦礫を蹴り飛ばす。

 破片が弦十郎さんの元へと飛ぶ。

 彼は微動だにせず、破片がその肉体に当たって逆に砕けた。

 

「アタシがバカだったんだ……」

 

 身構えながら後退する雪音。

 俺達に牙を剥け、彼女は叫び続けた。

 

「ノコノコ大人のガイドに従ったアタシが愚かだった……聞いた結果がコレだよっ!」

 

 彼女の眼下に広がるのは、破壊された屋敷、そして、もう原型さえ留めなくなった骸の破片。

 

「アタシは捨てられたんだよッ、見りゃ分かんだろ! そんな事も分からない程、アタシの脳ミソはツヤツヤじゃねえ!」

 

 歩み寄ろうとしていた俺の足が止まった。

 俺には言葉が無かった。

 

 雪音の言う通りだったからだ。

 

 あの死体に張り付けられたメッセージは、俺達に向けられたものではなかった。

 フィーネの正体を二課が見破った以上、この屋敷を突き止められたことは察知しようがない。

 つまり、俺達の強襲は如何にフィーネと言えど読み切れない。

 

 狙いは、この屋敷に必然的に飛び込んでくることが見えていた存在……

 

「ケジメをつけようって、おいそれ戻ってきたらこの様だっ!」

 

『I love you』で、彼女の未練を引き寄せて…『SAYONARA』で一瞬の気持ちの空白を作る。

 聖詠を唱える間もなく、雪音は瓦礫の下敷きになる。

 

 それが狙いだったのだ。

 

「分かったかよっ! これが全部だよっ! これが真実だっ! ナマあったかくて安い湯を被って、却って冷えて風邪を引くっ! これがアタシの全てだっ! 世界の現実だっ!」

「雪音っ!」

 

 喉を嗄らして叫ぶ雪音。

 歩み寄ろうとするが、彼女が首から下げたペンダントに手をかけるのを見て、再びそれは止められてしまう。

 

「もういい……! もう、何も信じないっ……!」

 

 目を血走らせ、全身を震わせる。

 餓えた獣の様に。

 

「止せ雪音っ!」

「壊す……皆壊すっ! 世界が全部アタシの的だっ! 大人も、将来は大人になっちまう子どももっ! 子どもが湧き出るこの世界も全部ッ! 全部全部全部ゼンブッ!!」

 

 もう一つの腕からは血を流しながら、少女が叫び続けた。

 

「頼むっ、もう止めるんだっ!」

 

 理不尽によりもたらされた痛みと悲しみと怨み辛み。

 幾らもがいて爪を立てようと、それが崩れることも減ることもないのに。

 

「そんな事をしても、お前は決して幸せにならないっ。お前自身が変わらなければ、何も…!」

「お前までもがアタシに責任転嫁かっ!? 両手広げて世迷言吐けば、閻魔さまの代わりができるとでもっ!? 調子に乗ってんじゃ…ねえ…っ! やっぱりお前も同じだっ! 腐った大人は皆同じだっ!」

「雪音っ!」

 

 最早衝突は避けられないのか。

 響のように、俺では彼女の心を開け放てないのか。

 彼女の心の膿が俺の元へ浸食を始めようとした時だ。

 

 

「止めるんだ二人ともッ!!」

 

 

 漢が一人、身体を張った。

 

「………」

「……」

 

 その一喝に、俺達は微動だに出来ない。二人の人間を前にして、この男は…いや、最早獣だ。

 だが、それは牙を露わにすることなく、まるで何かを慈しむように、一瞬だけ俺に目をやった。

 

「頼む」

「……!」

 

 それは誓約だった。

 道中聞かされた言葉は、仕事の責任、などと言う次元では無かった。

 文字通り、この男は命を張る覚悟だったのだ。

 

「………」

 

 俺はカードをデッキに戻し、そのままモーメントのスイッチを切る。

 そうだ。彼を信じる。

 それが俺の結論だった筈だ。

 

「ありがとう、すまない」

 

 再びの侘びと、感謝の言葉。

 弦十郎さんが、ゆっくりと、雪音に向かって歩き始めた。

 

「っ、来るなっ!」

「そうはいかない。前も言った筈だ。俺には、君を助ける義務がある」

 

 雪音の威嚇にも、彼は動ずることなく近付く。

 彼には気迫も殺気もない。無駄に暴力を振るう気は一切ないのが俺でも分かる。

 

 雪音にもそれは伝わっている筈だが、彼女は寧ろ後ずさるばかりだ。

 

「義務、だと…っ!?」

「そうだ」

「どうしてだ……どうしてアタシを守ろうとするんだ。さっきだって……」

「衝撃は発頸で…」

「方法を聞いてんじゃねえよッ!」

 

 歯を剥き出しにして、雪音はペンダントを再び握りしめた。

 弦十郎さんが何かしようものならば、即座に聖詠を唱え、武器を構えるつもりだろう。

 

 尤も、彼相手ではそれでも危い。彼女が引き金を弾く前に、既にこの男は間合いに入っている筈だ。

 しかし、装者すら圧倒せしめるほどの実力者は、その力を出す真似はしなかった。

 

「何でギアも使えねえ奴が……勝手な事するなっ!」

「ギアの有るとか無いとかじゃない。君よりも、少しばかり大人だから……年上で、力を持つ者の、それが役目だからな」

 

 そう言って、両手を広げる。

 まるでそれが当たり前だというように。

 

 いや、実際その通りだ。

 子どもを育てて、守るのが大人。

 誰しもが生まれて育つ中で、それは変わらない筈なんだ。だが、雪音の周りにいる存在が、それを許さなかった。

 

「ふざけるなっ!」

 

 後ずさっていた雪音の足が止まる。同時に叫んだ。

 

「アタシは大人が嫌いだっ! 死んだパパとママも大嫌いだ!」

 

 身体を再び震わせて、きっと彼女の脳裏に、かつての地獄が駆け巡っている。

 

「とんだ夢想家で! 臆病者で! 『戦地で歌を歌って、難民救済』だとか! ふざけたこと抜かして死んだ!」

 

 それが、少女の強がりなのは誰の目に見ても明らかだった。

 

 俺だけじゃない。

 二課のエージェントは、もう誰しも彼女に武器を向ける様な真似はしなかった。

 この子に凶器を差し向けるなんてことが、仮にも平和を愛する者にできる訳が無かった。

 

「大人のクセに夢見てるんじゃねえよ! だから死んだんだ! だから利用されたんだ!!」

 

 どうしてこんな子が歪まなければいけなかったのか。

 どうしてやればいいのか。

 苦悩と痛みが全員に伝播する中で、風鳴弦十郎は、それを一心に受け止める。

 

「戦争を無くすなら、武器を持った連中を片っ端から殺せばそれでいいっ! それが一番合理的で手っ取り早い方法だろうがっ!」

「……それで、お前は戦争を無くせたか?」

「っ…!」

 

 雪音は言葉に詰まった。

 

 未来を変える近道など存在しない。

 そのことを、俺はかつて『神』と呼ばれた男との戦いで身を以って知った。

 人が変わらなければ、世界は変わらないのだと。

 

「何も、変えられない……誰も救えなかった筈だ」

「だ、黙っ…」

「なにより」

 

 心の痛みを、脳の中で『力』という文字に書き換え、感情を塗り替える。

 だから雪音にしなければいけない事は、それを止めてやることだった。

 

 もっと、大きな、強い愛情で、雪音を包んでやること。

 それこそが、彼女を救う唯一の方法だったのだ。

 

 

「助からなきゃいかんのはお前だ」

「……え」

 

 

 その大きな巨躯で。

 風鳴弦十郎は、雪音クリスを抱きしめる。

 幼子をあやすように、優しく。

 

「……なに、してんだ……」

「……」

「なにしてんだよ……」

「こうして、受け止められる者がいれば、こんな事にならずに済んだ」

「……!」

 

 雪音の身体が硬直する。

 手負いの獣の殺気が行き場を失う。

 途方もない筈の気持ちが、何も出来ず空を切る。

 

「君を、もっと早くこうしてやればよかった」

「やめろよ……」

「『大人のクセに夢を見るな』と言ったな……二つ誤解してる」

 

 優しく背中を叩いて、諭すように言った。

 

「大人だから夢を見るんだよ」

「大人……だから…?」

「大人になればデカくなる。力も強くなって、財布の中身も重くなる。夢だった理想も、叶えられるようになる」

 

 それは、世界を知り、残酷さを知りながらも、踏ん張り続けた男の重みがあった。

 そしてきっと、雪音の両親も。

 

「お前の両親は、進んで地獄へ飛び込んだんだ。歌で世界を救う夢の為に、理想の為に、そして何より、君の為に」

「アタシの、ため……」

「だから連れて行ったんだ。『夢は叶う』という現実を見せたかったんだ」

 

 なんという夢物語だ。

 

 そうやって……他者は蔑んで笑うかもしれない。

 だが、間違ってなどいやしないんだ。

 己の信じたものに殉じた。

 

 これは悲劇だ。報われなかった者達の。

 

 そうやって……誰かが勝手に憐れむかもしれない。

 けれどそんな事は無い。

 彼等は知っていた。

 夢は受け継がれる。

 

「それが…一つ目だ」

「ふざけるなよ……だから死んだんだろうが……死んだら終わりじゃねえかよっ…!」

「終わりじゃない」

 

 沸々と煮えたぎる、雪音の苦しみ。

 しかし二課の司令は揺るがない。

 決して引こうとはしなかった。

 

 引いたら、もう雪音は誰も信じられなくなるから。

 

「最初に無くすべきなのは戦争じゃない。君の中にある、苦しみだ」

「……」

「それがある限り、ずっと君の中で、それは暴れ続ける。だからそれを、どこかで『愛情』に変えなきゃいかん。絶望を希望に変えるんだ」

 

 空気が僅かに変わった。

 変わらないとさえ思っていた彼女の中で、あの日の燻りが揺らめく。

 

「それが……それが、二つ目…か?」

「いいや。もっと、単純なことだ。お前さんが、一番初めに思い出さなきゃいかんことだ」

「……なんだよ、それ」

 

「……本当に、分からないのか?」

 

 思わず、声が出た。

 雪音に向かって、歩を進める。

 

 この少女に、刃を用いることなどできない。

 

「雪音」

「……何がだよ」

「……」

「何を、忘れてるっていうんだ」

「大好きなんだろう。パパとママが」

「………っ!!」

 

 そんな当たり前のことも忘れてしまった子に、できる訳がない。

 

「違う……」

「……」

「そんなこと……違うっ! 違うっ! 違うっ!! 違う違う違う違う違うっ!! 大っ嫌いだっ! パパなんて! ママなんて! 大っ嫌いだっ! みんな嫌いだっ! もう全部、全部がっ! 何もかも嫌いなんだっ!」

 

「ならやれ」

 

「…え?」

「思い切り殴るんだ。さあ」

 

 弦十郎さんが、雪音を僅かに離し、自らは仁王立ちして、身体を広げる。

 その身で、全てをなげうつのを覚悟で。

 

「……」

「パパとママが死んだのはお前のせいだと罵れ。何で助けてくれなかったんだと叫べ」

「な、なに言ってんだ…?」

「悪いのは俺だ。何も出来なかった俺のせいだ」

「う、うるせえよ……っ、黙れ…っ」

「泣いて、苦しくて、それでも誰も何もしてくれなかったんだと喚き散らせ」

「ふざけんなやめろっつってんだろっ!」

「やるんだっ!」

「黙れよ黙れよ黙れよ黙れよっ!」

 

 瞬間、雪音が駆け出して。

 

 拳を振り上げた。

 一瞬、緊張が走った。

 だが、雪音は聖詠を唱えなければ、殴りかかろうともしなかった。

 

 できなかった。

 

「……」

「黙れよ……もう止めろ……やめてくれよ……」

 

 ぽろぽろと。

 

 大粒の涙がこぼれる。

 それは、どこかの日で止まってしまった、雪音の真心だ。

 

「止めるものか。君が泣いても俺は止めん。君の中の憎しみが晴れるまで、俺が立ちはだかってやる。幾ら嘆こうが咬みつこうが、どれだけのものを抱え込んでたとしても、俺は決して倒れない」

 

 それを隠した憎しみを、心の垢を、全て取り除くのが、彼のここへ来た目的だった。

 

 

「全部吐き出すんだ、雪音クリスッ」

 

 

 芯の根を大地に突き刺す大木のようだった。

 どんなに暴風が襲おうと、激しい稲妻に貫かれようとも決して折れず、時に優しく人々をその木々と葉で覆い守る巨大な樹。

 

「…ぁ」

 

 震える雪音。

 振り上げた手が、力なく垂れ下がる。

 堰を切った感情は止まらない。

 ただ心という水の流れが、彼女の中の時間を進ませていく。

 

「ぁ…ぁうぅ、あ、ぇ……」

 

 焼け焦げた地面に、涙が零れる。

 何処かの地で、雪音は涙を流していた。

 今のような愛情の雫を、もっと早くに流させてやるべきだったのに。

 

「……もう一つ、言わなきゃいかん」

 

 大人の漢が、もう一度、雪音を抱き寄せる。

 震える頭を撫でて、慰めた。

 

「お前の両親は、お前を愛していてた。それだけは、俺にも分かる」

「……ん、で……」

「その歌が、愛の結晶だからだ。パパとママの遺してくれた、な」

「…っ!」

 

 それは、皆が分かっていながらも、誰も口に出せなかった真実。

 シンフォギアを動かすだけの歌。

 それは誰にだってできる訳じゃない。

 

 胸の中に、確かな力と想いが無ければ、出来る事じゃない。

 それはきっと、人が『愛』と呼ぶものなんだろう。

 

 

「……っざけんなよぉ」

 

 

 ぽすんと。

 力なく握られた手が、弦十郎さんの胸を打った。

 

「じゃ、ぁ……なんで……んで、死んじゃったんだよぉ……っ、ア、タシ…ぐ……っ…もっと、も、っと……パパと、ママ…い、一緒に、い、いたかっ…でも…でも、ぃない…で……」

 

 何度も、何度も、何度も。

 雪音は力なく叩き続ける。

 

「……辛かったな」

「っぁアぁああああッッ──────……」

 

 その言葉を。

 きっと彼女は、ずっと待っていた。

 

「もっ、っと……っと、そわり、たかったっ…!! パパに、たくさん……!! ママにだってぇっ! もっと! もっと沢山うだっ! ぎぃで、ほじかっだのにぃいッ! っっぁ、あっ、あああああああっっ!!」

「すまんっ、すまん……俺のせいだっ。君のパパとママは、俺のせいで殺されたっ」

「────―っぁああああっっ、わああああっああああああ────!!」

 

 泣きじゃくる雪音の叫びが、壊れた屋敷に響き渡る。

 やがて雪音は激しく弦十郎さんの胸を叩き始めた。

 

 何度も、何度も、何度も。

 

 全て彼は受け止めた。

 8年分の痛みだった。

 

「返してよぉ…! 返せよぉっ……パパとママ、返して……返してくれよぉおおっっ!!」

 

 青空に、虚しくて痛い、悲喜の叫びと涙。

 雪音の痛みと傷は、これからも決して消えないだろう。

 

 ならせめて。彼女が立ち向かえるその日まで……! 

 

 少女の泣き叫ぶ中で、誓いを新たに、俺は拳を握りしめた。

 

 

 




HAKKEIは裏切らない。

次回、クリスちゃんデレ初めるです。
どこかで新録カードだしたいなぁ……
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