龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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第9話『星々と、繋いだ手だけが紡ぐもの』‐3

 

「何もするな」

 

 

 突然、二課のエージェントの一人が俺に向かって言い放った。

 当然、俺は抗しようと口を開くが、エージェントは手を突き出して制した。

 

「君が仕事を始めると我々の分が無くなるんだ」

「しかし……」

「君は装者と同様、切り札だ。切り札は温存しておくものだ」

 

「ここの調査は我々に任せたまえ。君は司令と共に、あの子に付いていてくれ」

「……」

 

 そう言って、白い歯を出して笑うサングラスの男。

 廃墟となったフィーネの屋敷の広間で、俺は深々と彼等に頭を下げた。

 

「すまない。よろしく頼む」

「ああ」

 

 短く応えるや、彼等はすぐにプロフェッショナルとしての顔に戻り、屋敷の調査へと戻っていく。

 彼女の残した情報を余すところなく回収するため、調査部の面々は屋敷をくまなく捜索しているのだ。

 

「……雪音」

 

 確かに彼女を放っておけないのは事実だった。

 

 俺は屋敷の広間を後にすると、玄関口を通って、外の庭まで出る。

 湖畔に面した小さな桟橋に、彼等は居た。

 静かに近づいて、話し掛ける。

 

 

「弦十郎さん」

「……遊星君か」

 

 

 風鳴弦十郎は、桟橋の真ん中に陣取ったまま、じっと座り込んでいた。

 

「向こうはどうだ?」

「一先ずはトラップもなさそうだ。俺も休めと言われて、追い出された」

「そうか……確かに、君は働き過ぎだからな。彼等の言う通りにした方がいいかもしれん」

「良ければ、どうだ?」

「ん?」

 

 俺はジャケットのポケットから缶コーヒーを二つ、取り出して一つを渡す。

 おもむろに受け取った弦十郎さんは、目を丸くして俺を見た。

 

「意外だな……こういうのは持ち歩かないように見えるが」

「今朝ここに来る前に、響が渡してくれた」

「響君が?」

「ああ」

 

 

『自販機で買おうとしたら、間違えちゃって……よかったら休憩の時とかに飲んで』

 

 

 そう言って今朝、わざわざ二課の基地にある俺のガレージまで届けてきてくれたものだった。

 弦十郎さんは、それを見て苦笑しつつ、受け取る。

 

「朝にわざわざ自販機の有る場所まで行ったのか?」

「そうらしい」

「……あの子にも、随分気を遣わせるな」

「多分、響はそうは思ってないさ」

 

 所謂、『いつもの人助け』だ。

 

「ありがたく、頂こう」

 

 彼がプルタブを開ける。静かな湖畔に高い音が響いた。

 

 

「……」

「……」

 

 

 ここに来るまでで冷めてたが、それでも緊張し昂った身体と心を落ち着けるには十分だ。

 コーヒーを啜る彼に、俺は尋ねた。

 

「雪音は?」

「あの車の中だ。しばらく休ませてやろう」

「……そうだな」

 

 雪音が思いのたけをブチまけながら泣き腫らし、その後、突然電池の切れた人形のように意識を失った。

 ここに至るまでの精神的疲労もかなり溜まっていたのだろう。

 

 弦十郎さんは彼女を介抱しつつ、車中で休ませてやっていたのだ。

 

「……」

 

 俺は後ろに控えている特殊車両を振り返る。

 最期に見た少女の顔は、瞼の周りが痛々しく、赤く腫れぼったかった。

 

 せめて今だけは、幸せな夢を見ていることを願う。

 瞼の向こう側まで、醜い世界で覆われるなんてことは考えたくない。

 

 それでも、雪音には近い未来、厳しい現実が待っている。

 

「分かっているさ」

 

 不意に、弦十郎さんが口を開いた。

 

「こんな事をしても、所詮は自己満足だ。彼女の両親は帰ってこないし、この子のやってきたことが消せるわけじゃない」

「……だとしても」

 

 このままフィーネの件が片付いたとしても、それに加担した彼女は裁きを受ける運命だ。

 汚い世界に翻弄され、また弄ばれようとしている。

 だが、そんな権利を誰が持っているというのか。

 

「この子が、幸せな夢を見る権利はある。アンタはそれを見せようとした」

「……果たして、俺にできたんだろうか。彼女と向き合うことが」

「最善を尽くすことが、何かに向き合うことなんだと、俺は思う」

 

 力なき者が蹂躙される世界なんて、俺は決して認めない。

 例え相手がどれだけ強大でも、立ち向かってみせる。

 

 それがあの日……破壊から生まれた俺の揺るぎない意志だ。

 

「後ろを向く暇があるなら、その分歩かにゃならん……か」

 

 弦十郎さんは前をじっと見つめていた。

 湖畔に太陽が反射して煌めき、視界を一瞬白く覆う。一切の虚飾の無い世界を見て、彼も誓いを新たにしたようだった。

 

 ぐいっ、とカップの残りを一気に流し込む。

 相当苦みが濃い筈だが、彼は難なく飲み干した。

 

「すまなかったな。いい大人がグチグチと」

「いいさ。俺では、この子の本音を引き出すことはできなかった」

「響君や君が、何度もぶつかってくれたおかげだ」

 

 ニカッと笑う司令。

 彼とて一人の人間だ。迷いもするし、痛みも感じる。

 だが彼の強さはそれに耐えることではなかった。

 

 辛い現実を知る分、他者への思いへと転化すること。

 それが、風鳴弦十郎が機動部二課の長たる所以だった。

 

 

「……」

 

 

 俺達の笑い声か。

 或いはコーヒーの匂いが原因か。

 

 ふと、後ろに気配を感じて振り返る。

 すると、いつの間に目覚めたのか。

 

「……」

「……ん?」

「……」

「雪音、目が覚めたのか」

「……ぁぁ」

 

 雪音は車から何時の間にか降りて、桟橋の前に立っていた。

 

「気分はどうだ?」

「……まぁまぁ」

「そうか」

 

 直接顔を合わせようとはせず、頬を赤くして離れて立っていた雪音。

 まだ目の周りが赤い。

 弦十郎さんの問いかけにも、俯いて答えるだけだった。

 

「良かったら飲むか?」

「え?」

「あと一本ある」

「わっ、と、とと」

 

 もう一本、たった今開けようとした缶コーヒーを雪音に放り投げる。

 辿々しくも、キャッチする雪音。

 

「響が持たせてくれたモノだ。お前が飲めば、きっと喜ぶ」

「あのバカが……?」

「……どうした?」

「いいよ。そっちが飲めばいいだろ」

「コーヒーは嫌いか?」

 

 突っ返そうとするも、俺はその手をそのまま返した。

 

「別にそうじゃねえ」

「ミルクでも奢ろうか?」

「だからそうじゃねえっ!」

 

 顔を赤くして雪音は声を張り上げた。

 

「いきなり同じ杯とか……そんな、仲良しこよしできる訳ねえだろっ……っ、て、敵だったんだぞッ」

「そんな事に意味がないことは、雪音自身が良く分かってる筈だ」

「……だからって……」

「雪音」

 

 もう一度、コーヒー缶を雪音の手のひらに握らせた。

 とうに温くなった筈なのに、どこか温かい。

 

「信じてみろ。お前の中にある絆を」

「…なんだって?」

「そいつが、お前自身に、進むべき道を教えてくれる筈だ」

「なんだよそれ……」

 

 雪音は嫌悪した……

 というより、理解できない、という雰囲気だった。

 本当に雪音は忘れてしまっているのだ。強烈なトラウマやフィーネの言葉で上書きされて。

 

「大の男が、恥ずかしくねえのかよ…そんな青臭えの、どうして言えるってんだ」

「俺が今ここにいるからだ。それこそが、絆の証だ」

 

 断言した。

 

 世界を隔てても、何もかも失ったとしても。

 自身が、ここにいる。

 それは絆が結ばれたからに他ならない。

 

 それは、この少女も一緒の筈だ。

 

「……でも…」

「素直じゃない奴だ」

 

 苦笑しながらも、弦十郎さんが近づく。

 

「ほれ、俺からはこいつだ」

「……通信機?」

「通信機能だけじゃなくて、限度額まで買い物も出来る。しばらくはソイツで過ごせ」

 

 手渡された無骨な掌サイズの機械を、雪音は戸惑いつつもそっと撫でる。

 

「右下がプライベートコールになっている。その気になったら、いつでも連絡寄越していい」

「なんでこんなモン……」

「遊星君の言うように、お前は自分で思ってるほど孤独じゃない」

 

 俺達や通信機の間で視線を泳がせる。

 だがきっと、後は踏み出す勇気だけだ。

 

「まずはお前自身が歩け。そこから色々考えろ」

「……」

「風鳴司令」

 

 俯く雪音をよそに、黒服の1人が駆け寄ってきた。

 現場検証のメドがついた、とのことだった。

 

「しかし、やはりもぬけの殻です……」

「そうか」

 

 やはり、敵もわざわざ証拠を残すほど甘くは無い。

 こうなると、この建物に拘るのも危険かもしれない。

 

 恐らく、手がかりと呼べるものは殆どないだろう。

 そうなれば、フィーネはその間に姿を眩ませる。

 

 これではフリダシだ。

 俺達が途方に暮れかけた時。

 

 雪音が突然口を開いた。

 

「っ、フィーネが!」

「ん?」

「フィーネが、言ってた事がある……『カディンギル』がどうとか、って」

「カディンギル?」

「うん……『カディンギルは完成した』とか、何とか言ってた……どういう意味なのか、分かんないけど」

 

 喋った自分自身にも戸惑いながら、雪音は俺達に話した。

 俺はこの少女の言葉を頭で反芻する。

 

 確かその名前は……

 

「遊星君、分かるか?」

「……メソポタミアの都、『バビロニア』の語源だったと思うが……」

 

 正式には『カ・ディンギル・ラ』。

 

『神の門』を意味する古代シュメル語だ。

 これをアッカドの言葉に直し、更にギリシャ語で発音すると『バベル』……即ち、旧約聖書にある天まで届くとされる塔を意味する。

 

「天まで届く、高き塔?」

「ああ」

 

 何故俺がこんな事を知るかと言えば、デュエルモンスターズの起源とされる古代エジプト……その王の墓であるピラミッドこそが、所謂『バベルの塔』という説がある。

 

 デュエルの歴史を研究する男から聞いた覚えがあったのだ。

 

「『神の門』……『高き塔』……」

 

 瞬間、脳裏によぎったのは、かつて俺たちが最後の戦いとして赴いた、神の住む居城アーククレイドル。

 

「……」

「どうした?」

「いや、何でもない」

 

 考え過ぎだ。

 フィーネとZ-ONEを結びつけるのには無理があり過ぎる。

 そもそも、この世界と俺の世界では歴史がかなり食い違っている。

 

 やはり餅は餅屋だ。

 

「寧ろ、良子さんに聞いた方がいいかもしれない。考古学者でもある彼女の方が的確に考察できると思う」

「……」

「弦十郎さん?」

「あ、ああ。そうだな」

 

 彼自身、何か思うところがあったんだろう。

 すぐに気を取り直し、端末を取り出した。

 

「一度本部と連絡を取る。翼と響君にも情報共有しておこう。少し待っててくれ」

「ああ」

 

 この時、俺は二課司令のこの逡巡に対し、もっと問い詰めるべきだった。

 そうなれば、悲劇はもっと迅速に防げたのかもしれない。

 

 けれど、今は雪音の今後を心配するだけだった。

 

「雪音」

「……」

「街まで送るか?」

「……いい」

 

 雪音は端末を握りしめたまま、俺から背を向ける。

 

「……」

「……分かった」

「コーヒー……ごちそうさま」

 

 この子には、考えるだけの時間が必要だ。

 そしてもう一つ……彼女が自分の意思で歩き、そして本当の優しい心を表に出す為に大切なのは、俺でもなければ弦十郎さんでもない。

 

 彼女の……

 

「遊星君、俺は先に本部へ戻る。君はどうする」

「俺は学園の方へ行く。いざという時に、響たちと連携が取れた方が……」

 

 1人の少女の笑顔を頭に浮かべた時だ。

 

『司令、こちら本部!』

「どうした!?」

『超大型ノイズを観測! 数3……いえ、4機!』

 

 最終決戦……その第一幕のゴングが鳴った。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

「あーおぎみーよー、たいよー…」

「待って」

「え」

 

 翼さんの指導を受けながら校歌を斉唱した何回目か。

 私は決定的な間違いを犯していたと気付かされてしまった。

 

「そうか……立花はおじ様──司令に手ほどきを受けているんだったな」

「は、はい」

「そのせいで発声にクセが出てる」

「……え?」

「戦場での所作の影響で、腹筋に無駄に力が入っている。もっと腹の力を抜いた方がいい」

 

 ポカンとして私は翼さんを見た。

 

「お腹の力、抜くんですか?」

「そう」

「え、えー…?」

 

 歌う為に腹筋を鍛えてる人も沢山いるのに……

 

「でも、よく言うじゃないですか。『もっと腹から声出せー』とか、『お腹から声出すように』とか」

「それは間違った指導法の典型」

「……はい?」

「そもそも腹に口が付いてるわけでもなし、そんな事できる訳ないじゃない」

「そ、そりゃあ、まあ…」

「そもそも」

 

 半分呆れ顔をしつつ、歌姫は私を見返しながら言った。

 

「立花、普段呼吸をする時に、身体のどこを使っている?」

「え……ふ、腹筋?」

「違う」

「背筋?」

「もっと違う」

「……」

 

 固まってしまった。

 え、え、あれ? 

 そういえば私って、体のどこを使って歌ってるんだっけ? 

 

 えっと、声帯の振動は肺からの空気で、その間に……えっと、あれ? 

 なんかどっかで聞いた気がするんだけど……あ、あれ? なんだっけ? 

 

「呼気筋と吸気筋」

 

 横から、ジト目の未来が助け舟を出してくれた。

 

「え、そうなの?」

「もっと言うと、この筋肉群は自分で意識できないから、肋骨の動きと、それに連動する横隔膜の張り方で認識するの」

「正解だ、小日向」

 

 翼さんはゆっくりと頷く。

 

 あー、そうだ。

 思い出した。

 肺に筋肉はついてないから、その周りの筋肉が肺を動かしてるんだ。

 だから正しい発声をする為には、まず呼吸筋をコントロールしないといけないって……

 

 え、あれ。ってことは、ちょっと待って。

 

 中学時代に習った音楽の授業とか、リディアンを受験する為に色々独学で勉強してたのって、全部間違いだったってこと…!? 

 

「この間の授業でやったばっかりなのに……」

「ぅぐ……」

 

 言われて思い出した。

 

『これは絶対に覚えるように』

『大きく出遅れるだけじゃない。皆さんの音楽家の寿命がこれで10年は確実に変わる』

 

 先生にそう言われてたんだった…。

 

「立花。防人の使命と勉学の両立が辛いのは私とて同じ。けど、立花は曲がりなりにも、音楽で身を立てたいと思ったからここへ来た筈」

「……えと」

 

 翼さんの言葉に、私は詰まってしまう。

 元々、ここへは未来と一緒にいたいが為に受けたようなものだ。

 歌手とか音楽家とか、本当になりたいかと言われると正直微妙……

 

 で、でも今更そんなこと言えないしなぁ。

 

「歌を本当に修めたいと思うなら、その緊張も気持ちの底上げに使えるようになること」

「気持ちの底上げ?」

「『何のために歌うのか』『誰に聞いて欲しいのか』……それを一番に心で想いなさい」

「何のため……誰に…」

 

 私みたいな単純な子にとっては、そっちの方がありがたい。

 自分が何をしたいのか。

 それを考えた方が、色々とごちゃごちゃ考えるより上手くいく。

 

(……)

 

 何の為に歌うのか。シンフォギアで人助けをする為? 

 誰の為に歌うのか。未来に聞いて欲しいから? 

 

 それもある。大事な理由。

 

 でも、本当に私が大切に感じる目的は。

 きっと今すぐには出てこない。

 長い長い道のりと、今よりもっと多くの仲間達に囲まれる中で、ようやく掴み取れる一雫。

 

 けれど。

 

「あれ…師匠からだ」

「オープンチャンネル……はい、こちら翼」

 

 世の中ってのは、上手くいかないようにできてるもんだ。

 手に取ろうとしても、掬い上げようとしても、必ずっていうくらいに誰かが邪魔するみたいに。

 

 兎角、私は自分で自分を知らないままに、この先もずっと拳を振るい続ける羽目になる。

 

『2人とも聞いているな』

「「はい」」

『これから話す事をよく聞いてくれ』

 

 端末から聞こえる師匠の声は、かつてないほど緊迫したものだった。

 ノイズが出たわけじゃないのに、こんな雰囲気の師匠は見たことがない。

 

「かでぃんぎる?」

「それが、敵の本丸より得た、奴の切り札…」

『そうだ。狙いは、そのカディンギルによるものと考えられる』

 

 掻い摘んで師匠は説明してくれた。

 朝からいなかったのは、あのフィーネって人のアジトを調べていたからということ。

 分かったのが、『カディンギル』というものを作ったということ。

 

 でもその『カディンギル』がどういうものなのか…それが分からない。

 

『遊星君にも、詳しいことはわからなかった。どうやら彼のいた世界とは関連のないもののようだ』

「櫻井女史は? 彼女の見解は何と?」

『……』

「師匠?」

 

 了子さんは有名な考古学者でもある。

 その手の話は詳しそうなんだけど、師匠は言い淀んでた。

 

『いや、先程連絡があったんだが、彼女も一辺倒の伝承しか分からない、とのことだ』

「……そうですか」

 

 師匠の言葉を聞き、翼さんは何かを感じ取ったようにも思えたけど、次の師匠の言葉で、私の意識はすぐに別の方向を向いた。

 

『逆に言えば、『カディンギル』とはそのものを指すのではなく、何らかの暗号や符号を意味する可能性がある。俺達はこれからそれを探る。君たちは、いつでも動けるように待機しておいてくれ』

「はい」

「分かりましたっ」

『いずれにせよ、フィーネとの決戦は近い。各自、気を引き締めてかかれっ!』

「「了解!」」

 

 私と翼さんが元気に返したところで、通信は終わった。

 端末を切ってしまうと、私達の間には微妙な沈黙が流れる。

 

「……」

「……」

「……えーと」

「どうする? 練習続ける?」

「あ、いやー、この空気でってのも…うーん」

 

 チラッと翼さんを見る。

 向こうも何か考えることがあるのだろうか。

 じっと腕を組んだまま、窓の向こうを覗いている。

 

 私と未来は顔を合わせて首を傾げた。

 

「それにしても、『カディンギル』……なんのこっちゃだねぇ」

「うん…調べてもゲームの攻略サイトばっかりしか出ないよ」

 

 未来が端末をネットに繋げてポチポチと弄るも、芳しくない。

 そりゃそうだ。

 女子高生が調べてすぐバレるような作戦を立てるテロリストなんて聞いたこともない。

 

「今は私達が詮索するべきではない。いずれ本部が明らかにしてくれる筈。それまでは、ただ荒ぶる身を研ぎ澄ますことに専心するといい」

「そ、そうですねっ」

 

 翼さんの言葉で、私は考えるのをやめることにした。

 確かに、案ずるより生むが特売という言葉もあることだし、皆に頼った方がいい。

 

 なにせ遊星と了子さんがいるんだから。

 

「……」

「翼さん、何か心配事ですか?」

「……いや」

 

 ところが翼さん本人は、やはりどこかうかないかおをしている。

 未来が尋ねてると、再び窓の向こうを見る翼さん。

 

「櫻井女史は無事だろうかと思って。倉木防衛大臣の一件もある。カードの精霊を使う不動はともかく、……何の訓練も受けてない櫻井女史に、襲われた時対抗しうる手段があるとは思えん」

「あ……」

 

 確かに。

 二課の人が『カディンギル』を探るなら、それを防ぐ為、了子さんや遊星を狙ってもおかしくない。

 

 けど、私はと言えば、お気楽なものだった。

 

「了子さんなら大丈夫ですよ。私を助けてくれた時みたいにババーンとやっつけてくれます」

「ん?」

「え?」

 

 聞き慣れない英単語を耳にしたような翼さんの顔。思わず、私もキョトンとした。

 

「立花……流石にその考えは浅薄が過ぎる。生身でノイズに打ち勝てる人間がいないのは、貴女がよく知ってるでしょう」

「へ……だって二課の人達って、皆師匠とか了子さんみたいにすんごい力持ってるんじゃないんですか?」

「さっきから何を…」

「ん? んん?」

 

 あれ? 

 さっきからどうも話が噛み合ってないような……。

 と、私はこの時に思いついて、そして次の瞬間に忘れてた。

 

 あとちょっとだけ。

 

 警報のアラームがあとちょっとでも遅く鳴ってたら。

 ノイズの出現が1分でも遅れてくれたら。

 そうしたら、もっと何かできたのかもしれない。

 

 そうやって、今になっても、私は思い出すことがある。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『アタシも乗せやがれ!』

 

 

 そう叫んだ雪音を俺はDホイールに乗せ、一目散に市街地へと向かっていた。

 

『アタシのせいでノイズが出たんだぞ! 尻をへっぴりさせてる暇ねえだろ!』

 

 その彼女の顔に未練や気後れは無かった。

 己を奮い立たせていた。

 

 彼女が向き合うべきこと。

 戦わなければならないもの。

 それがあることに疑いの余地はなかった。

 

 しかし………

 

 

「おいまだ着かねえのかよ!」

「いたぞ! 見えたっ!」

 

 

 現場は既に暗澹たる有様だった。

 2ヶ月余りも過ごした街並みが壊され、汚れ、失われていく。

 その様は何度も目にしながら決して慣れることはない。

 

「くそっ…! 好きに勝手にのさばりやがって……!!」

 

 雪音が歯噛みする。

 街の遠くから徐々に、その姿は大きくなる。

 

 前回と同様、空母型ノイズは上空にて円を描くように旋回しながら小型ノイズを次々投下していた。

 それだけではなく、郊外に出現したと思われるノイズも、街の中心部へと足を踏み入れようとしているのがレーダーで探知できる。

 

 俺達は逆方向の洋館から一路駆けていたが、街中に差し掛かった時には既に、人々はパニックになっていた。

 

 

『うわあああっ!』

『ノイズだ、ノイズが出たぞっ!』

『おい押すなっ!』

『早く、早くシェルターにっ!』

『止めろよ、潰れるだろうがッ!!』

『急げってのが聞こえないのか!』

 

 

 本能が理性を破壊し尽くす音が聞こえる。

 人の持つ根源的な恐怖は、いとも容易く繋がりを踏みにじっていく。

 阿鼻叫喚の叫びがこだまする中で、俺達は彼等を守るため、それを無視するしかない。

 

「……」

「雪音」

「分かってるよッ!」

 

 俺たちは人垣を縫う様にして逆方向へと走る。

 

 一瞬だけ後ろを振り向いた彼女だったが、俺の呼びかけですぐに意識を切り替えた。

 罪の重さを、奴等への怒りへ変える為に。

 

「ここまでくれば、避難は完了しているか……だがっ…!」

 

 既に人気のなくなった中心部へと、俺たちは足を踏み入れた。

 前方の空を見上げれば、前回より二回りも大きい空母型が数機、旋回しながら周囲へノイズを落としている。

 

 ノイズのみならず、自らの身体を小型爆弾の様に落として、周辺のビルや建物を砕いていた。

 

「ぐっ…!」

「ちっくしょう、あの時のデケエ奴! あの時の一戦で味を占めやがったな!」

「広い範囲での爆撃……俺たちを街ごと消すつもりか…っ!」

「くそったれ!」

 

 悪態をつく雪音。

 徐々に空母型はその旋回の範囲を狭めていた。

 その間も、奴等は数を増やしていく。

 

「どういうつもりだよフィーネっ! アタシを狙うならここにいるだろっ! 七つも八つもメンドくせえんだよっ!」

「……?」

 

 雪音の言葉に、俺は思考を走らせる。

 

 確かに、奴の狙いは、本当に雪音なのか? 

 それとも、俺や響? 

 違う。

 以前に街を攻撃したように雪音を探しているわけでもない。

 

 ただ純粋に破壊を繰り返すだけに見える。

 この侵略に、敵の意図が見えない。

 

 だがもし、目的を挙げるとするならば……俺達や、街を大きく破壊することそのものに、何か意味がある? 

 

「何かある…!」

「え?」

「今このタイミングで、多くのノイズを出したことに何か……」

「何か、って……何だ?」

「……」

 

 俺達にアジトを強襲されたからか? 

 逃げる為の時間稼ぎなのか? 

 違う…奴は狡猾で、あらゆる下準備を施している。今更……

 

 

 ──……ぁ……まぁ…────

 

 

「っ!?」

「雪音?」

「おい、止めろっ!」

「どうしたっ…?」

「早く止めろってのっ!」

 

 その時だった。

 突然雪音が叫び、俺の肩を強く握り込む。

 慌ててブレーキを踏むが、スピードが緩んだと見た雪音は一気にDホイールから飛び降りる。

 

「雪音っ!?」

「ちょっと待ってろっ!」

「おい、どこへ行くんだっ!? 雪音っ!」

 

 そのまま真っ直ぐに元来た道を走り出す雪音が一気に小さくなった。

 

「雪音!」

 

 ストップしたDホイールから急ぎ駆け降りて、雪音を追いかける。

 幸い、止めた位置からさほど離れてない場所に、彼女は蹲っていた。

 

「雪音…!」

「……」

 

 ようやく追いついた雪音の背中。

 足を止め、彼女に問いかけようとするが、その先の行動に移れずに、俺は固まった。

 

 

「っ、ううっ、っ…」

 

 

 蹲っていたのではない。

 彼女よりももっと小さく、か細い女の子を守る様に抱え込んでいた。

 

「オイ、大丈夫か?」

「…っ」

 

 5、6歳程度だろうか。

 雪音がその子の肩を掴んで揺さぶっている。

 

「雪音、この子は…」

「知らねえっ。ただ走ってる最中に横目に映ったんだ,チラッと」

「……」

 

 うずくまって瓦礫の影に隠れていて、俺では判別できなかった。

 だから混沌とする喧騒に紛れ、逃げ惑う大人たちも気付かなかった。

 

 しかし、ノイズの群れに敵意を向けている最中に、雪音には分かったのか? 

 高速で移動するDホイールに乗りながら…

 

「おい、アタシの声聞こえてるか?」

「……っ」

 

 ビクリと体を震わせる少女。

 

「ぱぱぁ……ままぁ…!!」

 

 瞬間、少女は堰を切ったように泣き出した。

 

「……っ、ふ、ふぇ……うえええぇーんっ! あっー! パパァ、ママァーッ!」

 

 限界ぎりぎりの状況で、俺達が来たことで僅かに保たれていた緊張の糸が切れたのだ。

 雪音が身体を揺さぶって、気を奮い立たせようとするも、逆効果だった。

 

「お、おい、泣くなよ……っ!」

「ああああっ、どこにいるのぉっ! パパ、ママぁ、助けてえっ! ああぁー、うわあああーんあああっー!」

「君、しっかりするんだ。今は…!」

 

 俺もその子を宥めようとするが、溢れる涙をどうしようもない。

 

「あああああっー! ふぇああああっ!」

 

 衝動が止まらない。

 崩れ落ちる街並み。燃え上がる眼前。叫び惑う人々の悲鳴。

 それらが混ざりぶちまけられた無秩序と恐怖は、理解できない子どもの心を焼いていく。

 

「……」

 

 どうすればいい……っ。

 この場から俺たち自身がシェルターに移動はできない。その分、ノイズが進軍してしまう。

 しかし、この子が自力で動けないとなると……っ! 

 

 

 ──―傷だらけでも

 

「え?」

 

 ──―このてのひらに

 

 歌が、聞こえた。

 

 ──―決して消えない星がある

 

 ゆっくりと、敢えてテンポを落としたその曲が、少女と、俺の心に伝わってくる。

 

 ──―流れて堕ちた光は今も

 

 心臓の鼓動は、遠くへと置きさり。

 雪音の口から、全身から、心から紡がれる歌声。

 これが本当の、彼女の歌声だった。

 

「雪音…?」

 

 呆然と、俺は雪音の旋律を聞いている。

 少女に向けて歌うその雪音は、今まで俺が見たことも聞いたこともない姿だった。

 

 ──―あの場所を遠く照らしてる

 

 美しかった。

 歌を知って間もない俺でさえ、その場で動けずに心動かされる他ない。

 

 ──―何度でも手を伸ばそう

 

「……」

 

 ──―信じることが強さに変わる

 

 いつしか、泣き叫んでいた女の子も、涙が止まり、その歌声に聴き入っている。

 

 ──―輝いてよ Shooting STAR……

 

 そして……歌が終わった時、雪音が再び、その子の髪を梳くようにして、優しく撫でた。

 今まで見せたことのないような、優しく穏やかな微笑みを見せていた。

 

「……」

「元気出たか?」

「……ふぇ」

「歌聞くと、幸せになれるんだぞ。ママとパパが、アタシに教えてくれた魔法なんだ。ほら」

 

 そう言うと、雪音は少女を起き上がらせる。

 さっきまでうずくまっていたのに、その子はすんなりと、雪音に手を引かれるままに立った。

 

「ほら、立てたじゃねえか。痛いところないか?」

「……うん」

「よーし、お前強いな」

 

 雪音は少女の頭を優しく撫でる。

 それは正に、つい数時間前に、雪音が大人にされた行為。

 

 優しく、受け入れて、前に進ませるための気持ち。

 

 

「おーいっ!」

 

 

 不意に、俺達の耳に飛び込むのは、元来た道から走ってくる影。

 

「あれは……」

「パパッ! ママッ!」

 

 少女が顔を綻ばせて叫ぶ。

 次にはさっきまでの泣き顔は何処へ行ったのかと思うくらいの勢いで走り出していた。

 

 彼女を追いかけて、戻り、探していた両親の元へと。

 

 

「パパーっ! ママーっ!」

「ああ、よかった!」

「無事だったか!」

 

 

 女の子の父と母と思しきその2人も向こうから娘の姿が見えるとより一層足を早め、そして我が子を抱きしめた。

 

「……っ!」

 

 その姿を見て、雪音の表情が硬く強張った。

 

「あのね、お姉ちゃんたち助けてくれた」

「ありがとう! 本当にありがとう!」

「君は恩人だ!」

 

 涙を浮かべて、クリスに駆け寄る両親。

 手を握り、何度も頭を下げる。

 ありがとう、ありがとう。

 繰り返されるその言葉に、雪音は固まって動けなかった。

 

「なんとお礼を言って良いか…!」

「この子がいなくなったら、生きていけなかったわっ…本当に、ありっ、ありがとう…っ!」

「あ…の……っ」

 

 その言葉が、受け入れられなかった。

 でも、拒むことも出来なかった。

 

 雪音にとって、その言葉は自分への罰なのかもしれない。

 その禍を作ったのは、自分自身と自らを責めているのだから。

 

「……ここは危険だ。アンタらは早く逃げろ……」

「え?」

「急いでくれよ。早く……ノイズが押し寄せてくるから」

 

 握り込む拳から、血が滲む。

 耐え難いせめぎ合いに、俺は負担を軽くしようと思った。

 

「この子の言う通りだ。早くシェルターに避難してくれ」

「あ。ああ。しかし、君達は」

「俺達は他に人がいないから確かめる。大丈夫だ、足はある」

 

 そう言ってDホイールを指差す。

 父親はまだ戸惑いながら俺や雪音を見ていたが、段々と近づいて来る攻撃の音に、その場を離れざるを得なくなる。

 

「じゃあ、僕たちはこれで……君たちも早く逃げるんだぞ!」

「ああ」

「……なぁ」

 

 その時。

 雪音が、走り出そうとする親子を呟くような声で呼び止めた。

 

「その手もう…絶対、離さないでくれよな」

 

 その願いを、彼らは受け止め、微笑んで返した。

 

「あっ、ああ、ありがとう!」

「あなた達も気をつけてね…!」

「バイバイお姉ちゃん!」

 

 父親に抱えられた少女が、シェルターへ向けて走り出す時、その父親の肩越しに手を振る。

 

「………ああ。バイバイ」

 

 雪音は泣きそうな顔をなんとか隠しながら、手を振って親子を見送った。

 

 どんどん小さくなるその3人の背中が見えなくなるまで、雪音はずっと見つめていた。

 

 やがて家族が豆粒ほどになった時、雪音からスッと一筋、涙が頬を伝う。

 

「どうすりゃいいんだろうな……なぁ?」

「……」

「あの親子……この惨状の原因がアタシだと知ったら、あんな笑顔にならなかったよな」

 

 そう言って俺を見る雪音。

 叫ぶことも、当たり散らすこともない。

 

 ただ、痛みに耐えていた。

 

 憎しみを捨てても、自分に対する嫌悪は拭いようがない。

 雪音が本来の優しい姿を取り戻すたびに、その激痛は彼女を苛ませる。

 

 償いにすら、彼女は傷付かなければならない。

 

「分かってるよ。こんなのただの八つ当たりだよ。アタシ自身に対する……でも」

 

 その時。

 

 

「遊星っ!!」

「不動ッ!!」

 

 

 上空から風を切る音と同時に旋回するプロペラの音がけたたましく鳴り響く。

 俺たちが同時に上を向くと、その時には既に、二課が用意したと思われるヘリコプターが目前まで迫っていた。

 

「響! 翼!」

 

 そこから見える二人の姿。

 ガングニールと天羽々斬を纏った響と翼が、降り立とうとしていた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「遊星ッ!!」

「不動っ!」

 

 ヘリで現場へと急行した私達。

 

 ノイズは二課の基地から連絡された通り、空母型という空を飛ぶ巨大なノイズ、そして小型のノイズが大勢、街へと押し寄せている最中だった。

 

 まずは遊星と合流するために、ヘリはDホイールの信号を追って街を進んだ。

 

 二課の人や警察官が、街の人を避難させている間にも、私達は街の中心部へと向かう。

 そして、その最初の目標までたどり着いた時、私は目を丸くした。

 

「アレは……」

「クリスちゃんだっ!」

 

 目的の遊星の姿を確認した時に、私はホッとした。

 でもそれ以上に、ヘリから着地した時に、私は叫んで笑顔になった。

 

(クリスちゃん、やっぱり来てくれたんだっ!)

 

 どうして遊星と一緒にいるのかは分からない。

 この間も、遊星とクリスちゃんは二人で駆けつけてくれたけど、その時も遊星は理由を言わなかった。

 何かあると思って私はそれ以上尋ねなかったけど、それは二人を信じていたから。

 

「遊星っ! クリスちゃん!」

 

 何度もぶつかって、何度も会話して、その度に繋がりたい気持ちを大きくした女の子。素敵な歌声と、優しい心を持ってる筈のイチイバルの装者。

 

 クリスちゃんが遊星と一緒にいたんだから。

 

「響、翼、間に合ったかっ!」

 

 遊星が私達の所まで駆け寄って、声を掛ける。

 

「遊星、無事でよかった…っ!」

「そっちも、急いで助かった。お陰で、力を合わせて正面からでも戦える」

「うん、師匠がヘリを用意してくれたんだっ!」

「そうか…っ!」

 

 遊星はホッとした様子だった。

 確かに、ヘリが無ければ私達はもっと遅れていた。その間、遊星一人でノイズを相手にしなきゃいけないから、もっと大変なことになっていた筈だ。

 

 でも、その心配はもう大丈夫。

 

 私も居る。

 翼さんだって。

 

 何より……

 

「クリスちゃん!」

「……」

 

 私の目の前には、あれ程会いたがっていた女の子の姿があった。私はもう嬉しくて、飛び跳ねたい気持ちだった。

 

「やっぱり来てくれたんだ!」

「……」

 

 理由は知らない。

 でも、真実は分かる。

 きっとクリスちゃんは助けに来てくれたんだ。

 街の人達や、遊星や、私達を。

 

 私は走り出して、そしてクリスちゃんに飛び付いた。

 

「クリスちゃんっ!」

「うわっ!?」

「分かり合えるって信じてたよ、クリスちゃんッ!」

「触んな…!」

「えっ」

 

 って思ってたけど。

 ちょっと違う。

 本当に助けを求めてたのは、クリスちゃんだった。

 

「離せ…っ!」

「痛っ!」

「立花!」

「……あっ」

 

 弾かれる私の手。

 クリスちゃんは身体を硬直させて後ずさった。

 思わず、間に翼さんが割って入った。

 

「何をしている……立花は、そちらの身を案じたのに…それも分からないのッ」

 

 覇気を発して、翼さんはクリスちゃんと対峙した。

 クリスちゃんは、私を睨んだその視線を一度地面に落として……。

 

「……やんのか?」

「なに?」

「そうだよ。そっちの反応の方が普通だよな……」

 

 どうしても踏み出せない、その心の一線を引いてしまう。

 

「ほら……そこのバカにも言ってやれよ。ノイズに殺されかけたのも、それで辛い目に遭ってきたのもアタシのせいだって。アンタも、テメエの相方ノイズにぶっ殺されて、アタシが憎いんだろ」

「っ!!」

 

 下を向いたままのクリスちゃん。

 

「ノイズの群れも……それで死んだのも……アタシがソロモンの杖を目覚めさせたからだって。人が沢山死んだのはアタシのせいだって……そいつに言ってやれよ…っ」

 

 翼さんの目がカッと見開かれる。

 奏さんのことを触れられて、翼さんが平常心でいられるわけがない。

 一瞬、ピリピリとした空気が辺り一帯を支配した。あの夜の公園の再来かと不安が過ぎる。

 

 けれど……

 

「……どうしてこんなことをする……?」

 

 翼さんは踏みとどまっていた。

 荒々しい気持ちを抑え付けながら、クリスちゃんを凝視する。

 

「もう我々に、相対す義理も義務もない筈だ」

「ああ……そうだな。確かにアタシらが敵対する理由なんてねえよ………でもさ」

 

 クリスちゃんは無表情だった。

 でも、拳をぐっと握りしめて、翼さんに対して突き出す。

 

 この先に来たら殴りあいだと、そう言いたいように。

 

「それで何不自由なく簡単に動いたら、自分自身と取っ組み合いなんてとっくに辞めてんだよ……だから皆戦ってんだろ」

「……」

 

 でも説得力がなかった。

 だって、こんな震える声と手で話されても。

 私は嫌いになんてなれない。

 

「……」

 

(……遊星?)

 

 その時だ。

 遊星が、私の目をじっと見つめているのに気が付いた。

 不思議だ。

 遊星の言いたいことが伝わる。

 

『お前が握ってやるんだ』と。

 

 ああ、そうだったね。

 

 私が言い始めたんだから。

 手を、繋ぎたいって。

 戦いたくないって。

 

 だから私が、終わらせなきゃ。

 そして始めなきゃ。

 

 

「できるよ」

 

 

 私達の『今』を。

 繋いだ手だけが紡ぐ、その先を。

 

「な…っ」

「立花…?」

「簡単じゃないかもしれないよ。でも、難しく考えなくて良いんだよ」

 

 私はクリスちゃんの手を握る。

 右手で掴んで、左手を重ねて包んだ。

 

「ほら、こうすれば、戦わなくても大丈夫」

 

 クリスちゃんの手から、温もりが伝わる。

 その肌は優しく、すべすべしてて、戦いなんてちっとも向いてなかった。

 

 当たり前だった。

 本当は、私はずっと気付いていた。

 

 クリスちゃんに、戦いなんて絶対に似合わない。

 

 

「……どうして」

「『憎くないのか?』……だよね」

 

 

 私は戦いが嫌いだ。

 争うのも、それを見るのも嫌だ。

 それで傷つきたくないし、誰かが傷つくのを見るのも嫌だ

 

 この気持ちを、なんて言うんだろう。

 

「多分……多分ね、心の中の大切なものが、壊れないようにしてるんだと思う」

「は…?」

「辛い気持ちとか、嫌な思いとか、ずっとあったよ。今でもある」

 

 全てを奪ったノイズ。

 私や家族に向けられた、怪物じみた負の感情。

 それに晒され続けたら、どっかで歪んだ私の願い。

 

「だから手を伸ばすんだよ。それ以上に嬉しい気持ちでいる為に」

 

 打ち克つんじゃない。

 ねじ伏せるんじゃない。

 それは負けない為。

 ただただ、全てと手を繋ぐために。

 

 

「だから私に、アームドギアは無くても良い。半人前は嫌だななんて、もう私は思わない」

 

 

 私にとっての戦いは、相手を倒す者じゃない。

 だからきっと、私にはアームドギアが無かったんだ。

 私の心と向き合う為にくれた翼さんの言葉は、正しかった。

 

 未来がくれた気持ち。

 翼さんが奮い立たせてくれた言葉。

 

 そして、遊星が絆してくれた想い。

 

「ね?」

「……そうだな」

 

 私の言葉を受けて。

 翼さんが、刀に手を掛けたその右手を、ゆっくりとクリスちゃんに伸ばす。

 

 人を救うための翼さんの指が、私とクリスちゃんの掌に、重なる。

 

「あっ…っ!」

「剣を振るうしか能のないこの手に、優しく暖かなものがあると思い出させてくれた。それは今も、私にこの手を取らせた」

「……や、やめ」

「迷いも惑いもしても良い。迷惑とは決して思わない」

「……」

 

 一瞬、クリスちゃんの手に力が入る。

 でも、翼さんの優しい顔に、それはすぐに無くなった。

 

 翼さんの手だって、刀を握るためだけのものじゃない。

 マイクを握って、応援してくれる人に手を振って、輝いた笑顔と歌声で、みんなを幸せに出来る。

 そんな人だから、私に生きる勇気をくれたんだ。

 

 だから翼さんが、その愛情をクリスちゃんに向けたなら……。

 

「雪音」

「えっ…」

「あとはお前だけだ」

「……」

 

 遊星が、私達に歩み寄る。

 

 初めて公園で出会った時、私達四人はバラバラで。

 長い道のりで、ようやくここまでたどり着いた。

 

「それでも……私が手を繋ごうとしなかったら、どうすんだ?」

「手を伸ばすさ。何度だってな」

 

 遊星がそう言って。

 更に、翼さんの掌に、自分の腕を伸ばす。

 私達の手を、上と、下で、二つの手で包み込むようにして。

 

 未来は、私と遊星を兄妹みたいって言ったけど、こうしてみると、何だか本当に家族みたいだった。

 

「『手の繋がれ方』は、もう覚えただろ?」

「……」

「お前の心の弾倉に、もう憎しみは籠めさせない。何があっても絶対に」

 

 ぎゅっ、って。

 遊星が、私達の手を包むその腕に力を込めた。

 

 そうだ。

 遊星の力は、カードだけなんかじゃない。

 絆を信じるその心が、この人を、私を、もっと大勢を繋いでくれる。

 

 

「……さっき」

「え?」

 

 

 クリスちゃんが口を開いた。

 私に向けてじゃなかった。

 

 遊星に、その眼差しを向けて。

 

「子ども助けた時に思ったんだ……何度か……」

 

 その顔は、どこか明るい。

 クリスちゃんの明るい顔を、私は初めて見た。

 

 心に思い描いていたその微笑みは、私の思った通り……ううん、それ以上に綺麗で眩しい。

 

「何度かあったよ。こういう気持ち。どこか苦しかったのに、あったけえ……むずむずする気持ち」

 

 もうクリスちゃんに、後ろを向く目は無かった。

 

「『苦しみ』を『愛情』に変えるって、こういうことかな」

「ああ。きっとそうだ」

「……そっか」

 

 遊星が頷く。

 

 わずかに口元を緩ませて、

 クリスちゃんがそっと瞳を閉じた。

 

 私はこの、一瞬の奇跡を消して忘れない。

 

 ようやく答えを得たクリスちゃんの、ふとした微笑みが。

 私達の、光差す道となる。

 

 

「………ん?」

 

 

 それはまるで流れ星。

 夜明けよりも輝いて。

 日の出よりもなお煌めいて。

 

「な、なんだよ!? これ……空が…!」

「光ってる…!?」

 

 釣られて、見上げる私。

 遊星も、翼さんも、思わず目を奪われた。

 

 一つ。

 また一つ。

 

 輝き出した空から、星々が集う。

 人々の願いを受けて、繋いだ手へと降り注ぐ。

 

 その光は束ねられて、一つの形を成していく。

 重なり、織合わさったそれが一際輝いた時、

 

 それが、重なった私達の手に……力が宿る。

 

「これは……」

 

 ゆっくりと、私達は手を解いていく。

 遊星が左手、翼さんの左手、私の左手、クリスちゃんの右手、私の左手、翼さんの右手と……。

 

 そして最後に残った、遊星の右手には……

 

「カードが……しかし!」

「凄い沢山ッ!!」

 

 私は顔を綻ばせる。

 

 遊星のことが大好きで、共に戦って、遊星を今まで支えてた仲間たちだった。

 

 一人、また一人と育まれた絆によって、一枚、また一枚と舞い戻ったカード達。

 だが今回はそれどころじゃない。

 

「……18枚」

「え?」

「18枚だ」

「そ、そんなにっ!?」

「ではまさか」

「ああ」

 

 今まで戻って来たカードが22枚。

 そして今、私達と手を繋ぐことによって、紡がれた絆がもたらしたカードの数を合わせれば、その合計は……

 

「皆のお陰だ」

 

 喜びや、愛おしさや、それら全て内包した想いが駆け巡る。

 全て遊星の…ううん、それだけじゃないっ! 

 

 遊星がこの世界に来てから、私がシンフォギアを纏ってから、私や遊星を支えてくれた全ての人々。

 その想いが、皆をここまで導いてくれた。

 その証が、このカード達。

 

 絆に導かれて再び終結した、掛け替えのない仲間。

 

 

「全て揃ったぞ」

 

 




エクストラデッキ以外はこれで揃いました。

負ける要素が微塵も見当たらない。
これで枕を高くして寝られますね

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