龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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俺達は、どうやったってハーメルンの規約から逃れることはできない。
だったら、ここで満足するしかねえっ!
このサイトでも十分に楽しめるSSを書いて、満足しようぜっ


第1話『雑音と不協和音と、旅の始まり』‐1

 ヘリで急行した私達は、ノイズが出現した場所までもう僅かと言う場所で降り立った。

 既にシンフォギアを装着した私達が辺りを見渡すと、高速道路には惨状が残されているだけだった。

 もう何度も見た、ノイズに襲われて、炭になってしまった人々の残骸。幾ら見ても慣れることのできない、理不尽の具現化。

 どうしてこんな事に……ノイズに襲われた人たちが何をしたって言うんだろう……さっきまで普通に生活していた筈なのに……

 だが、それを吹き飛ばす衝撃が、私の目の前に現れていた。

 

「あれは…」

「な、なんですか、あれ?」

 

 高速道路から少し離れた場所に広がる草原。

 そこである一点だけが大きく光り輝いていた。

 私達が目を凝らしても中心を感じ取ることができないくらいの大きな光。そしてそれは次第にある者の形を取っていく。

 

「赤い…竜…?」

 

 間違いない。

 つい数時間前に夢に出てきた、あの赤い竜だ! 

 どうしてこんな所に……

 そしてさらに、不可思議な現象は続いていく。

 光が止んだと思った次の瞬間、その中心に居る『誰か』が再び光ると、そこから白い鎧を着こんだ人型の何かが現れて、ノイズへと突っ込んでいく。私達が驚く暇もなく、それはノイズと組合い、そして瞬く間に倒してしまった! 

 

「なっ!? へ、変な白い人がノイズを…!」

『聞こえるか翼?』

「司令、これは一体…」

 

 さすがの翼さんも、目の前にある状況の変化についていけないようだった。ってことは、これは二課の人たちでも知らない事なんだ。

 でもなんで、ノイズは普通の手段はやっつけることは出来ないって、了子さんは言っていたのに……

 

『アウフヴァッヘン波形、感知しました!』

『何だとっ!?』

 

 弦十郎さんが通信機越しに叫ぶ。

 あ、あうふなんとかって…確かシンフォギアを使う時に出るエネルギーとか何とか……ってことは、あ、あれはシンフォギア…? 

 でも、歌だって歌ってないし、それに……

 

「違う…」

「え?」

「あれ、シンフォギアじゃありません……」

 

 私は何故か知らないけど突然呟いていた。

 知らないけど…何故か分かる。

 

「本部、あの鎧を着た人型の正体は…」

『……うわ、嘘でしょ…』

「櫻井女史?」

『ごめんなさい。私にもちょっと分からないわ、アレ。確かなのは、今までとは違う全く未知の物質で構成されたエネルギー体ってところかしら』

『だがノイズを倒している以上、味方と思いたいが…』

 

 翼さんが、弦十郎さんや了子さん達と話している最中にも、私は遠くの光景に釘付けになって居た。光の中心に居る人の周りにいた『それ』は、ノイズを倒している。分からない……分からないのに……これは、何なんだろう……

 

(どこか、懐かしいような気がするのに……)

 

『翼、とにかく現状を把握することを優先だ。まずは…』

「…! そうこう考える暇はないようです!」

「え?」

 

 翼さんが声を張る。

 見ると、遠目にも大きいと分かる巨大な芋虫型ノイズが現れていた。あの人達に向かって一直線に進んでいる。

 

「お、大きいっ!」

 

 大変だっ…! 

 私も目の前で見たことがある。

 大きいノイズはそれだけでも恐怖の対象だけど、小型のノイズを生み出すこともある。もしこれがもっと沢山のノイズを出したら……

 

『翼、目標を大型ノイズに変更! まずは周囲の安全を確保する!』

「承知しました!」

 

 翼さんは勢いよく飛び出し、一気に下へと直行する。私の顔面に鋭い突風が吹きこんできた。

 

「わ、わ、私も!」

 

 咄嗟に後を追おうと顔を外へと覗かせる私。

 けど次の瞬間、突風と風圧に顔がひしゃげるんじゃないかと思った。

 

「あぶっっ!!」

 

 咄嗟に足が出なかった。

 翼さんは駆け出したと思った次の瞬間、天高く舞い上がっていた。そのまま刀を引き抜くと、更に空中へと飛翔する。

 私は茫然とその様子を見上げていた。

 

『無理をするな。ノイズは翼に任せ、君は援護に回るんだ!』

「りょ、りょ、了解、しました…!!」

 

 慌てて弦十郎さんの言葉にうな垂れながらも、私はそれを承諾するしかなかった。

 ああ、情けない。ただでさえ、翼さんの足を引っ張ってばかりだというのに、今も尚あの人を眺めているだけだ。

 

(けど、それでも……!)

 

 このまま何もせずに指を咥えているなんてできない。

 私は呼吸を整えた。

 落ち着いて、自分に出来ることを考える。

 

(あそこにいる人たち、せめてあの人達を守らないと!)

 

『響君、そこから先に別の生体反応がある。恐らく逃げ遅れた民間人だ。直ちに保護してくれ!』

「りょ、了解です!」

 

 何の力にもなれないけど、ノイズに襲われている人の盾になることぐらいはできる。

 ヘリコプターはノイズから離れた場所に着陸する。私は軽くジャンプして飛び降りた。

 再び上昇するヘリを見送ると、私は急いで遠目にも見えるその人影に近付いた。

 その間にも、翼さんはノイズの群れをものともせずに斬り裂き、どんどん数を減らしていく。

 

「はぁっ!」

 

 跳び上がった翼さんは、エネルギーの刃を出すと、それを雨の様にノイズに浴びせかける。

 残るノイズたちをあっという間に蹴散らしていく翼さん。

 

(凄い…やっぱり強い人だ、翼さんは…)

 

 誰もが震えることしかできないノイズを相手にあんな風に立ち向かっているなんて…私は戦う力を持っているのに…ううん、だからこそ直接対峙して、ノイズと言うものの恐ろしさが余計に分かる。

 それを恐怖など知らないかのように……

 

『響君、残るノイズは大型のみだ。今の内に!』

「は、はい!!」

 

 私は我に返って再び走り出した。

 逃げ遅れた人の下まであと僅かだ。

 翼さんの攻撃で起こった土煙も消え、ようやく顔が見える所まで近づくことができた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 近付くと、弦十郎さんの言う通り、二人の人間がその場に伏しているのが分かった。

 もう既に翼さんは二人の所まで来ている。

 私も慌ててその人たちの元へと駆け寄った。

 

「……え」

 

 一人は、中年の男の人。トラックの運転手か、力仕事をしてる人なんだろうと何となく分かった。だけどもう一人は……

 

 

「え……」

「っ…!?」

 

 

 空気が、固まったような気がした。

 今思えば、これは運命の出会いだった。

 私をこの先導いてくれる、星の煌めき。かけがえのない仲間を結び付けてくれる人。つなぐ手と手を結びつけてくれる人。大切な、大切な……そう、絆の証とも呼べる人だったのだから。

 

 

 

 

 第1話  『雑音と不協和音と、旅の始まり』

 

 

 

 

(…あれから……丸一日は経過したか……)

 

 無機質な灰色の狭い部屋の中で、手錠をかけられたまま、俺は閉じ込められている。

 時計も窓もないこの状況では、自分の感覚のみが頼りだ。

 連れて行かれた先で、目隠しと手錠をかけられ、この部屋に押し込められてから、外部とは全てが遮断され、連絡はおろか自由な移動さえままならない。

 

(ここは一体どこだ? あいつらは…)

 

 だが推測するにも情報が少な過ぎる。

 奴らは日本政府と名乗っていたが、それさえも怪しいものだ。

 疑問は疑問を呼び、思考を一気に迷路へ誘う。

 

(突然無くなってしまったネオ童実野シティ……人を炭にする怪物……また現れた赤き竜と痣……ソリッドビジョンではない実体化したモンスター達……それに)

 

 歌いながら戦う少女……

 あれは一体、なんだったんだ…? 

 

(俺はこれから…)

 

 どうなってしまうのか。考えようにも手足の自由さえロクに聞かないのでは調べようもない。

 分かっているのは、俺はこれまで以上の不可思議な事態に身を投じていることくらい。

 唯一出来ることと言えば、俺の身に起こったことを整理することしかない。

 俺は目を瞑ると、あの日起こった出来事を反芻し始めた。情報を整理する上でも重要だったし、気持ちを落ち着けなければいけなかった。

 

『特異災害対策機動部二課の本部まで、ご同行願います』

 

 そうして思い出す、昨日のことを……

 

 

 

 ………………

 

 

 

 草原に光が奔っていた。赤き竜ではないもう一つの力だ。

 そして、響き渡る謎の少女の澄んだ歌声。

 

『…ノイズの殲滅を確認。増援反応ありません!』

『よしっ…よくやってくれた、翼』

「……」

 

 何処からか声がする。

 これは、通信音声か? 

 だとすれば、声の主は一体……

 いや、それ以前に…

 

(…俺達は…助かったのか…?)

 

 何より、この目の前にいる少女は……

 

「…あ、あの……」

 

 おどおどしたように、俺を見据える少女の一人。

 

「っ!?」

 

 俺は目が離せなかった。どうしたことだ。俺は彼女を知っている。会ったことはない筈だ。なのに俺の心が、魂が、理性や本能と言った言葉では説明できないもっと根源的な衝動が、この子を認めている。

 風も、遠くから近付くサイレンの音も、焦げた臭いも、全てが入らない。

 その緊張と静寂を破ったのは、一枚のカードだった。

 

 

『ピピイッ』

 

 

 敵を倒し、役割を終えたロードランナーが、俺の元へと駆け寄ってくる。そして鳴き声を一際大きく上げると、小さな雛鳥は再び光となって、俺のDディスクにセットされたカードまで戻っていった。

 その出来事で、俺は我に返る。

 

「ロードランナー……!」

 

 そうだ。

 まだ状況はまるで掴み切れていない。

 俺を助けてくれた運転手の男性が叫んだ『ノイズ』という言葉も、そして突如として現れた赤き竜や、実体化するモンスターたちも……

 無論、この少女たちもだ。

 だが、まず状況を整理する前に……

 

「う、うう…」

「大丈夫ですか!?」

「あ、ああ、なんとかな…!」

 

 男性を起き上がらせる。

 目の前の脅威が去ったことで、彼は全身の力が抜けたように脱力し、その場にうずくまってしまった。いけない。そう言えば彼は足を怪我したままだ。

 

「ひ、ひよこが光って、消えちゃった…!」

「頼む、手を貸してくれ! 怪我をしているんだ!」

「え!? あ…は、はい! 掴まって下さい!」

 

 後から来たもう一人の少女が、混乱しながらも手を差し伸べてくる。彼女はもう片方から手を肩に回すと、一気に男性を起き上がらせてくれた。

 重い足取りながら、何とか歩き出す。

 

「こちら風鳴。要救助者の確保、完了しました。うち1名は左脚を負傷している模様。救護班、願います」

『了解』

 

 もう一人の少女も、こちらを見て誰かと連絡を取っている。様子から察するに助けを呼んでくれているようだ。少なくとも彼にとって悪いことにはならないだろう。

 

「怪我は大丈夫ですか?」

「あ、ああ…なんとかな」

「もうすぐ高速道路まで戻ります。頑張って下さい」

「おう…そ、それよりも…兄ちゃん、あんた一体何モンだい…!?」

「え?」

「ノイズを倒しちまうなんてよ…」

 

 歩いている最中、彼はこんなことを俺に向かって尋ねてくる。

 一緒に歩いていた少女も、驚いたように俺を見ていた。

 

「え、の、ノイズを倒した…?」

「おお、この兄ちゃんがな…」

「あ、いや、俺は…」

 

 俺は戸惑いながらも遮った。

 状況がわからないのはこちらも同じだ。それにこの少女たちのことも…

 そんなことを考えているうちに、いつしか高速道路の端まで到着していた。

 見るとそこには何時の間にか、簡易テントが設営されていた。

 入り口付近に立っていた一人の黒服の青年が、俺たちの元へと歩み寄って来た。

 

「翼さん、響さん。お疲れ様です」

「あ、緒川さん。どうも」

「緒川さん、少し話が」

 

 長髪の少女が鋭い眼光を絶やすことなく、黒服の青年に喋りかける。

 彼は笑みを浮かべたまま、こくりと頷くと、俺たちを見て言った。

 

「お二人とも。我々は日本政府、特異災害対策機動部の者です。まずは命に別状がなくて何よりです」

「あ、ああ…」

 

 特異災害対策機動部? 

 聞いたことのない組織名だ。

 しかし彼は日本政府と名乗っていた…だとすると、この場所はやはり過去の…。

 

「あなた!」

「おとーさーん!」

 

 突然遠くから聞こえる声に、俺の思考は中断される。

 振り向くと、道路の向こう側から走ってくる人影が二人見える。

 一人は大人の女性、そして…

 

「おおっ! お前達無事だったか!?」

 

 そうだ。

 どこかで見たことがあると思ったが、トラックに乗っている時、彼が見せてくれた写真の、妻と子供だ。

 

「ああ、あなた良かった! 無事でいてくれて…!」

「おとーさん、大丈夫?」

「ああ、この通り元気だぞ!」

「……」

 

 娘を抱きしめる父親。

 その姿を見て、俺は表情が緩むのを感じた。

 ここに来て初めて、俺は心から安心できた気がする。

 

「兄ちゃん、あんたのおかげだ。本当に助かった。礼を言わせてくれ」

「いや…俺は何も」

「謙遜すんな。俺はこうして生きて、娘や嫁とも会えた。こんなに嬉しいことはねえ」

「ありがとう、おにーさん!」

 

 父親に組み付いたまま、娘も俺に礼を言う。

 俺はなにも返すことができず、ただ曖昧に微笑むだけだった。

 俺が…助けた? この人を? 

 ここに至るまで、多くの人が炭となり消えていったと言うのに、それでも救ったと言えるのだろうか…。

 

「…」

「あれ? お姉ちゃん、もしかしてあの時助けてくれた人?」

「え? あ、君は…」

「わぁ、また会えた! じゃあお姉ちゃんも一緒にお父さんを助けてくれたんだね!」

 

 俺と一緒に肩を貸していた少女が隣で目を丸くするも、その会話の内容が届く前に、青年が少女たちに向かって呼びかけた。

 

「お話中失礼します。ひとまず、怪我の治療をしましょう。響さん、彼をお願いします」

「あ、はいっ」

「え? お父さん、怪我したの?」

「だ、大丈夫だよ、中にちゃんとお医者さんがいるからね」

 

 そう言って少女が家族をテントの中へと誘導する。

 彼はもう一回俺に振り返ると、大きな声で「ありがとよ」と礼を言ってくれた。

 ……礼を言うのは俺の方だ。行き摩りの俺を見てすぐに手を差し伸べてくれたのだ。それがなければ俺はどうなっていたかわからない。

 

「…」

「あなたはこちらへ」

「……ああ」

 

 黒服の男に連れられ、俺はテントから離れた、同じように黒く塗られた車が集まる場所へと案内された。

 この男…

 悪い予感が背中をなぞるように浮かぶ。

 見れば先程の長い髪の少女もいつしか姿を消していた。

 

「……動揺なさらないのですね。ノイズに襲われたというのに」

 

 表情を崩すことなく彼は俺にそう問いかける。

 この感じ…どこかで覚えがある。俺を警戒し、一挙手一投足さえ見逃すまいとするこの視線…

 かつて俺が嫌という程味わった、セキュリティの…

 

「ノイズ…まるでアレが当たり前の物のように言うんだな」

「…まるで、ノイズをご存知ないように仰いますね」

「…あんた達に、聞きたいことがある」

「それは好都合です。我々も、このままあなたを帰すわけにはいきませんので」

「っ…!」

 

 判断が一瞬遅かった。あるいはこれまでの出来事の連続による疲労か。

 いつのまにか、俺は周囲を黒服の男達に囲まれてしまっていた。

 

「特異災害対策機動部二課の本部まで、ご同行願います」

「……」

「どうか抵抗などは考えませんように。僕としても不本意ですが、必要な措置ですので」

 

 青年は手を後ろで組んだまま、微笑してそう告げられる。だが目は決して笑っていなかった。

 謎の怪物に襲われたと思えば、今度は拘束か…

 既に感覚が麻痺したのだろうか…この程度では驚かなくなってしまった。

 ただ俺の心に影を落としていたのは、仲間との再会が叶うのは、どんなに安く見積もっても当分は先であると言うことだった。

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 そうして俺はなすがままに捕えられ、今に至る……と言うわけだ。

 正直、理不尽にも程がある展開だが、叫んだところでどうにもならないのは嫌と言うほど身に染みて分かっている。サテライトでの生活が免疫になっているのだから、世の中何がプラスになるか分からないものだ。

 

(今は脱出の機会を伺うほかはない)

 

 いずれにせよこのままにはできない。

 奴らが何者で、なにを考えているのか……その出方は不明だが、なんとしても帰らなければ。

 

(デッキとDホイールは奴らに捕られたままだ。だが、連中も俺をこのままにしておくつもりはないだろう)

 

 一つ疑問といえば、俺を捕らえた連中の態度である。

 …荒っぽいことは覚悟の上だったが…今も重たい感触を与える電子製の手錠さえ除けば、特に何もない。

 この部屋から出ることは無論できないが、警備員に言えばトイレには行かせてくれるし、食事もごく普通のものだ。

 精密検査と称して身体のあちこちを調べられたが、特に不審な点はない。健康診断の延長みたいだ。

 これまで二、三回、黒服の男達には取り調べを受けたが、圧迫感はまるで無かった。

 セキュリティに痛めつけられマーカーを刻印された時に比べれば遥かに厚遇されている。

 ……と言うより、ここは俺を圧迫したり罰したりする場所には見えなかった。

 むしろ戸惑い、迷っている印象を受ける。俺という存在、そしてあの怪物と戦った際に現れたモンスター達に。

 

「失礼します」

 

 そこまで黙考した時、重たい鉄製の扉のロックが電子音と共に開く。

 扉の向こうから現れたのは、俺を拘束したあの黒服の青年である。

 

「…あんたは」

「お久しぶりです。改めまして、緒川と申します」

「……何の用だ」

「はい。用件は二つあります。まずは…」

 

 俺は警戒する。

 そう歳が変わらないように見える緒川と名乗った青年は、そのまま近付いてくると、身構えた事を意に介さないように後ろに回って俺の手錠をあっさりと外したのだった。

 

「…どういうことだ?」

「あなたに脱走の意思がないと判断したためです。これまで不自由を強いてしまい、申し訳ありませんでした」

「……」

 

 そう言って手錠を脇の机の上に置く。

 他意があるようには思えない。手錠にも開け放たれたままの扉にも、妙な仕掛けは見られない。

 だが…

 

(この男、隙がない…)

 

 身体能力ならミゾグチと互角…いや、それ以上だ。

 簡単に手錠を外したのも、脱走しないからじゃない。してもこの男を出し抜くのは不可能だからだ。

 

「目的はなんだ?」

「我々の上司が、あなたにお会いしたいそうです」

 

 そう言って緒川はどうぞ、扉をくぐり、俺を手招きする。どうやらついてこいと言うことらしい。どのみち選択権のない俺は、事態を打開するためにも青年に従うことにした。

 部屋を出、まるで変化のない廊下を曲がりながら進む。恐らく侵入者対策に、わざと似通った作りにしているのだろう。

 ますますこの施設の正体が分からなくなった。

 

「こちらです」

 

 そう言って、一つの部屋にたどり着いた緒川は、俺を中へと案内する。

 俺が囚われていた部屋よりは倍ほどは大きい。それにソファや調度品も設えられ、応接間のようになっていた。

 …ところどころ急拵えの感がするのは否めないが。

 そこで一人の男性が俺を待ち受けていた。

 

「ようこそ。人類の砦、特異災害対策機動部二課へ」

「人類の砦?」

「まずは自己紹介からだな。俺は風鳴弦十郎。ここの指揮官だ」

 

 弦十郎と名乗る男は、赤いシャツに白ジャケットを着込み、ネクタイをきちんと締めた、一見すると礼儀正しい作法で俺を招き入れていた。

 

「君の名前は?」

「……不動遊星」

 

 まるで巌だ。

 これほどスーツとネクタイが不釣り合いな男もそうはいない。いい意味でも悪い意味でも。

 側に立つ緒川以上に隙のない、鍛え上げられた肉体に研ぎ澄まされた気配…格闘技に関しては素人に毛が生えた程度の俺でさえ、その凄みが伝播する。

 だが彼は俺に敵対する意思はまるで持たない様子だった。それは緒川も同じだ。

 

「まずは座ってくれ。話し合い用に急遽知り合いから譲ってもらったもんだ。座り心地はまあまあだが、あの部屋の硬いイスよりはマシだろう」

「……」

「不動君。さて早速だが、今までここで訊かれた時の答えを、もう一度君の口から聞かせて欲しい。君は何者なのか、何故あの場所にいたのか、そしてあの力はなんなのか」

 

 男は大して勿体ぶる様子も見せず、直截に尋ねる。ならば遠慮は無用、と俺も本音でぶつかることにした。

 

「いきなり人を捕らえておいて、また話を聞かせろと言うのか? それも、こちらの質問には何も答えずに」

「礼を欠いていることは承知している」

 

 風鳴弦十郎は鷹揚に頷きながら答える。

 

「だがこちらも、状況を把握出来ないうちに、君の全てを受け入れることは出来ない。何しろ、君の正体は全くの不明だ。戸籍、住所、市民登録、君が話してくれた情報を照会したが、当てはまるものは何一つなかった」

「何一つ…だと?」

 

 嫌な予感がまた這い出ていた。

 俺の予想通り、ここが過去の世界だとすれば、意味不明なワードはいくつも出てくるだろう。Dホイールのように。だが何も一切が通用しないと言うのは幾ら何でもおかしい。

 

「そうだ。そして君の乗っていた未確認のマシンと、ノイズを退けた謎の怪物達。そしてそれを従えている経歴不明の男……とくれば、この様な処置も致し方ないとは思わないか?」

「ノイズ、か…その緒川という奴にも言ったが、まるであんな物が当たり前のことのように言うんだな」

「…君は、ノイズの存在を本当に知らないのか? 見たことも、聞いたことさえない現象だと?」

「当たり前だっ」

 

 俺は無意識に声を張っていた。脳裏には今でも、炭となり消えていった人たちの叫びや苦悶の表情が焼き付いている。

 

「あんな風に人が…残酷に消えて無くなる光景が、普通であって良い筈がない…!」

「……その通りだ……至極真っ当な正論だ。四半世紀前には、あんな怪異は日常とはかけ離れた遠い存在だった。そして我々は人類の脅威に対抗するための手段を、日本で唯一所持している」

「あの歌を歌う女の子達のことか」

「大した観察眼だ。あの状況であれば、常人はパニックに陥るしかない」

 

 ギラリ、と風鳴弦十郎の目の奥が光る。この男は、俺の知らない事実を知っている。ならば聞き出さなくては。何もかもが始まらない。

 

「あのノイズと言う怪物達は一体何者なんだ? 一体ここで何が起こっているんだ?」

「……今一度聞こう。君は今日見た出来事が、全くの未知の体験だったと言うんだな。ノイズも、そしてこの街の景色も、あの日あの時に見聞きした経験全て」

「…何が言いたい?」

「君にとっては未知の出来事でも、我々にとっては常識だ。そしてそれは君にも同じことが言える。先程の取り調べに対して、君は我々には全く理解できない単語を並べ立てたが、それは君にとっては当たり前のことだった」

「あんた達の常識では、あれが当たり前だと……っ」

 

 そこまで言って、俺は息を呑む。

 まさか俺は思い違いをしていたのか。

 

「…どうやら、君も同じ考えに至ったようだな。囚われておきながらその冷静な判断力…驚嘆に値する」

「俺は、あんな怪物がいる事など、聞いたこともない」

「俺は、君の名前に全く覚えがない。戸籍も、住んでいる土地もデータには無い」

 

 そうだ。お互いに持つ情報や知識がかみ合わない。

 

「そしてあの怪物と戦う人間がいることも」

「そして君の操るあの機械の戦士や、赤い竜も」

 

 その原因を、俺は時代が違うからだと思い込んでいた。タイムスリップでもしたのだと。

 だが……俺の置かれた事態は、そんなことで説明はつけられない。

 

「歌を歌いながら異形の怪物と戦う…あんな兵器は」

「Dホイールと呼ばれるバイク…そしてカード。あの様なテクノロジーは」

 

「「……俺たちの世界には存在しない」」

 

 あの出来事で信じるしかなかった。

 俺は既に、全く異なる別次元の世界……パラレルワールドにまで足を踏み入れてしまったのだと言うことを。

 

「……ここは、俺のいた世界とは別の世界だと?」

 

 ゆっくりと、息を吐き出すようにして言った。

 他の人が聞けば冗談か頭がおかしくなったと笑うだろう。しかし目の前の男は嘘をついているとは思えない。

 そして俺自身も、現実を受け入れている。心の底で。

 

「今の段階では何とも言えん。だが……緒川」

「はい」

 

 風鳴の言葉を受け、緒川はどうぞ、と懐からあるものを取り出して俺の前へ置く。

 あの時赤き竜の力によって俺の元へと帰ってきたカード達だ。

 取り出して一枚一枚確認するが、破損もなく、乱暴に扱われた形跡もない。

 

「…どういうことだ?」

「君の言葉を、俺は信じたいと思っている。君は、何のためらいもなく市民を守る為に行動し、そして救ってくれた。その心意気に応えたい」

「言っていることが、さっきと矛盾しているぞ」

「俺は上に立つ人間としての義務がある。だが、その中で押し通すべきものも、確かにあると考えている」

 

 その言葉には裏表の無いようにも思えた。

 静寂の閉ざされた小さな部屋の中で、時計の針が進む音が聞こえる。

 その時、ようやくこの部屋に時間を知る術があると気付いた。

 それを見ようとした時だ。

 

「ハァイ、ご機嫌いかが?」

 

 ノックする音が聞こえ、全員が振り向く。扉を開けて一人の女性が中に入ってきた。

 白衣を着て、メガネをかけたその女性は、今までの雰囲気を破るように軽い足取りで俺たちの方まで歩み寄る。

 

「了子くん」

「おっと、こちらがさっきのロックなバイカーさんね」

「Dホイーラー、と言うそうだ。あのオートバイを駆る者を、彼の世界ではそう呼ぶらしい」

「彼の世界…やはり並行世界からの住人、という事ね」

「君も同じ結論に達していたか」

「ええ」

 

 了子と呼ばれた女性はまじまじと俺を見ながら言った。

 

「ごめんなさいね〜、君のバイク、ちょっと調べさせてもらったの。驚いたわぁ、現行のテクノロジーとは違う基礎理論で組み立てられてるし、オマケに高出力かつ極めてクリーンなエネルギー装置…モーメント理論を軸にして、全く未知の粒子を利用したハイパワーエンジン。悔しいけど、今の私達じゃお手上げだわ」

 

 俺は目を見張った。

 この女……俺が捕らえられてから短時間でDホイールの構造を把握したというのか? 

 これまで俺が会話した内容から察するに、未だにこの世界でモーメントは開発されておらず、恐らく遊星粒子も発見されていない。

 それに俺のDホイールはワンオフで独自の改良が施してあり、余程の技術者でなければ手もつけられない。

 彼女は一体…

 

「まぁ、その辺りはおいおい聞かせてもらうとして…ええっと」

「遊星だ。不動遊星」

「あらぁ、ご丁寧にどうも。私は櫻井了子。ここの開発主任にして、天才科学者兼考古学者です」

「不動君、改めて、俺と彼女に先程の話の続きをしてほしい。どうやら我々は、人類史の新たな一ページの、重要キャストに選ばれてしまったかもしれない」

「……分かった」

 

 カチリと、時計の短針が先へと進む音がした。

 

「ライディング・デュエル、モーメント、そして赤い竜の伝説に、未来からの侵略者……か」

「全て事実だ」

 

 俺は肚を決め、持ちうる情報を話すことにした。無論専門的な知識や詳細は伏せてはいるが、彼等からも情報を貰わないことにはどうしようもない。

 その為にも、ある程度は信頼を得なければ…

 

「デュエル……と言ったか。大人から子供まで誰もが熱狂し、世界経済を動かし、果ては未来の歴史にまで影響するエンターテイメント……本当にそんなものが実在するのか?」

「まるでお伽噺よねえ……私たち以外が聞いたら、だけど」

「確かに、ただのカードゲームから始まった物が、これほど発展したことには、疑問を唱える学者も少なくない。それ専門の研究者もいるくらいだからな。だが俺からしてみれば、この世界の方が明らかに異常だ」

 

 目を丸くして時々溜息を漏らしながらも、3人は俺の話を真面目に聴き入っていた。

 どうやら俺の正体や話す内容に関しては受け入れる用意がある、と言うことらしい。

 

「至極尤もな意見だ。それに出鱈目な作り話…と言うには、余りにも出来過ぎている」

「そうね。それにさっきあなたが話してくれた遊星粒子……科学者の私から聞いても理論的に矛盾は無かったわ。それに夢のクリーンエネルギーですって? そそられるわぁ」

「ん、んん!」

 

 一瞬怪しく目を光らせた櫻井は、風鳴の咳払いで我に返る。

 

「あら失礼。でも弦十郎くん、私は彼に俄然興味が出てきたわ。良い意味でね」

「ふむ…今言った不動君の言葉を、科学者として証明できるか?」

「カレ次第、ですわね」

 

 メガネをかけ直しながら櫻井は言う。

 

「どうだろう。俺達は君の力になりたい。だが君の身の潔白を証明するためには、少なくとも君の言っていることに嘘がないことを知らしめなくてはならない。その為に、少しばかり協力してもらえないだろうか?」

「…一つ条件がある」

「聞こう」

「あの歌を歌う少女達に会わせて欲しい」

 

 俺がこの世界に来た事に、何か意味があると言うなら、それは2人が握っている様な気がする。

 特に俺に手を貸してくれたあの女の子…あの子には、何か感じるものがあった。いや寧ろ……俺はどこかで、彼女と会っているのか? 

 確かヒビキと呼ばれていたか…? 

 

「それなら心配ないわ。元々呼ぶつもりだったから。ノイズについて話すなら、彼女たちの存在は無視できないし、あと……君に見せたいものがあるのよ」

「見せたい物?」

「そうと決まれば、早速行動あるのみだ。さあ、ついて来てくれ。ここの施設を案内しよう」

「行きましょ、行きましょ! あなたも興味があるでしょ、人類の叡智が揃った場所に」

 

 そう言って櫻井は俺を立ち上がらせると、外へと出るように促した。風鳴と緒川も乗り気だ。

 今までの警戒する空気は何処へやら、俺は言われるままに連れ出される。

 部屋を出る時、また時計の針の音が聞こえた。

 




設定とは言え、遊星のデッキを取り上げてしまった訳ですが、こうしてみると本当に彼のデッキは高レベルでまとまっているのが分かります。反面、ちょっとバランスが崩れるとロクに機能しなくなるという……っていうか拾ったカードでこんなデッキ組めるんかい

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