龍姫絶唱シンフォギアXDS   作:ディルオン

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それにしても初期の翼さんの女性言葉が今や懐かしい。
今じゃすっかり芸人きしゲフンゲフン


第1話『雑音と不協和音と、旅の始まり』‐2

 この基地はどうやら地下に潜るようにして作られた秘密基地のようだ。

 進んだ先にあるエレベーターに乗ると、壁にある棒に掴まるよう言われる。その途端にいきなりエレベーターはさらに地下深くまで潜行し始めた。

 唸りを上げるように風を切る音がする。

 

「ここは……」

「元々、機動二課とは、戦前に作られた諜報活動を主とした特務部隊だった。それを10年前、世界に先駆けてノイズ対策機関として再編成されたのさ」

「センゼン?」

「第二次世界大戦だ。知らないか?」

「いや……俺の世界では、もう相当前の話だ」

 

 自らは棒を掴まず仁王立ちしながら風鳴弦十郎がそう言うと、風の音色が変わる。

 俺はエレベーターの外側を見る。エレベーターはガラス張りになっていて、外の景色を見れるようになっていたのだ。

 俺はその時、エレベーターが広い空間に出たことに気付いた。直径数百メートルの穴が、そのまま地下深くへ続いており、エレベーターはその中心を下降していた。なおゴールまでつかないその様子は、まるで巨人の掘った落とし穴を自ら落下しているようだった。

 

「了子君が発掘した遺跡の出土品を、複製し移植したものだ。世界各地の伝承や歴史から、ノイズを研究することに役立つ」

「それで、壁をようく見て欲しいのよ」

「これは……」

 

 アリになった気分を体感しながら壁面を見て驚いた。壁には大きく絵が描かれ、そこにいたのは、まさしく俺が遭遇したノイズだった。

 

「あの時の怪物?」

「ノイズが国連で特異災害として認定されたのは13年前。だがその存在そのものは、遥か太古の昔から観測されていた。いわゆる世界各地の伝承…妖怪やモンスター、神隠しなどの超常現象は、このノイズ由来のものが多いのではないかと、我々は考えている」

「この壁画に描かれている模様は……確かにあの時見た怪物と似ている」

 

 こんな、子どもが描いた落書きの様なものが、実際に人を襲い、そして炭に変えるなどと、俺達の世界では誰が信じるだろうか。

 しかもこんな太古の昔から……この世界の歪さに、俺は底知れぬ『何か』を感じ取らずにはいられなかった。

 

「そして君に見せたかった物は……これだ」

 

 だが本当の衝撃はその後にやってくる。

 しばらく下降すると、別の壁画が見えてきて、俺は目を見張った。そこに描かれていたモノは……

 

「赤き竜っ!」

「およそ1万年前、マヤの遺跡から出土した物だ」

「珍しくはあるけれど、それほど価値がある物ではなかったわ。描かれているのは、四方を取り囲む怪異たちと、それに立ち向かうマヤの戦士。そして…」

「彼らを守るように羽を広げているこの竜……君の腕にある痣と同じ物だ」

 

 俺の動揺をよそに、二人は解説を続ける。

 

 咄嗟に腕に再び現れた痣を擦っていた。

 細部こそ違うものの、この絵柄は赤き竜の姿……かつて矢薙のジイサンやゴドウィンに見せてもらったものと同じだ。

 つまり、かつてノイズと戦い、この世界を守ってきたのは……俺と同じシグナー? 

 

「この世界にも、赤き竜が存在した……いや」

 

 もし並行世界の別の赤き竜がいたとするなら、わざわざ俺と言う存在を呼ぶのはどこかおかしい。この時代、この世界の人間をシグナーとして選ぶはずだ。

 ゴドウィンも言っていた。赤き竜とその化身たる力は、様々な形に姿を変えてシグナーへと宿るのだと。

 もしそうなら…

 

「……俺の世界で、役目を終えた赤き竜は、俺たちの前から姿を消したんだ。この右腕の痣と共に」

「ふむふむ……つまり、並行世界の赤き竜が君を呼んだのではなくて、戦いを終えた竜が、私達の世界の先史文明時代へジャンプしてきたってことかしらね。今度は別の世界の人類を守るために」

 

 俺と壁画を交互に見ながら櫻井が言う。

 

(あの時俺をこの世界に導いたのは、間違いなく赤き竜だった……どうして再び、俺の元へと姿を現したんだ? 俺に、あの怪物たちと戦えという事なのか? それとも、もっと別の何かが…)

 

 そこまで考えた時、ガラスの向こうは再び見えなくなる。どうやら広い空間を抜けて、施設の中へ再び入ったようだ。次第に落下速度が緩やかになっていくのを感じる。

 

「ま、その事はおっつけ話すとして……」

 

 そして僅かな衝撃と体に感じた重力の変化で、エレベーターが目的地まで到着したのを理解した。

 

「とうちゃ~く! ここはテックユニット。シンフォギアの調整、研究、その他諸々の機材を管理保管している所よ」

 

 一足先に出た櫻井は両手を大きく広げて、俺に施設を紹介した。

 先程の殺風景な部屋や廊下とは打って変わって、メカニカルな景色が広がっている。中央に位置する大型コンソールから伸びた太いケーブルがあちこちに張り巡らされ、宙にはなんらかの計測器による液晶画面が映し出されていた。

 保管所と言うよりは研究施設である。

 だが外部より遥かに科学技術が発達しているのは確かだ。

 

(確かこの世界の歴史は、21世紀初期辺り……俺たちの世界で言うなら、海馬コーポレーションが初めてソリッドビジョンを開発した頃か…)

 

 つまり立体映像を作り出すだけでも四苦八苦していたのが当時の俺達の世界である。

 だがそれに比べ、端末機材一つとっても、かなり小型化が進んでいる。テクノロジーの進化スピードは比べ物にならないようだ。

 

「どう、不動君? ここの感想は」

「……大したものだ」

「お、最大級の賛辞って奴ね? 良いわぁ、そう言うの。科学者冥利に尽きるってもんよっ!」

 

 そう言って櫻井は馴れ馴れしく俺の肩を叩く。どうやら同じ分野の人間として向こうは興味津々らしい。

 俺としても、こんな事態でなければ彼女の研究に関しては深く聞いていたかもしれないが、今はそれどころではない。

 

「すまない。用件を済ませる前に、俺のDホイールを一度見たいんだが」

「それなら安心してくれ。ここの奥に保管されている」

「カードは…?」

「カード?」

 

 櫻井が目を丸くして風鳴と緒川を見る。渡していなかったの? と視線で会話するのが見えた。

 

「君に手渡した物とは違うのか?」

「いや、あれだけでは足りないんだ。本来ならもっと多くの枚数がある筈なんだが、赤き竜が俺に手渡してくれたものはあれだけで、他のカード達の行方が分からない。アンタ達の方で、何か見つかってないか?」

 

 モンスターは勿論、魔法カードや罠カードも殆どが損失していた。そしてエクストラデッキも全て……俺達の絆の結晶とも言える切り札さえなくなっていた。

 弦十郎が緒川を見るも、彼はゆっくりと首を横に振るだけだった。

 

「悪いが、そう言ったものは確認されていないようだ」

「そうか……」

「無論、この状況では信じてもらうしかない訳だが……」

「信じるさ」

「え?」

 

 三人が一斉に俺を見る。

 だが俺は別に変なことを言ったつもりはない。

 俺は今拘束されている身だ。騙す必要性も無ければ、わざわざここまで案内する意味もない。

 それに……

 

「アンタ達は目が違う。それ位は俺も分かるつもりだ」

 

 使えない、ゴミ、クズ、と散々なじる者を、俺は…俺達は良く知ってる。そう言った薄汚れた場所で育つと、人間を見分ける目が自然と付いてくる。

 この世界に来て唯一幸運があったとすれば、汚い連中に出会っていない事だ。

 

「……緒川」

「はい。一課にそれらしいものを探すように要請します」

「良いのか?」

「信頼には信頼で応える。それが大人ってもんだ」

 

 目が肥えている、と言う意味では、向こうも同じなのかもしれないな。

 俺を拘束した時との態度の違いに、俺は戸惑いの様なものを感じていた。

 こうして三人と接していると、その人当たりに却って首を傾げそうになるくらいだった。あのトラックの運転手もそうだったし、彼を介抱してくれた女の子も……

 

 ああ、そうか……

 だからあの時、彼女は……

 

 

『生きるのを諦めるなっ!!』

 

 

「……不動君?」

 

 櫻井の言葉で我に返る。

 なんだ? 

 今俺は何をしていた? 

 

「どうかしたのか?」

 

 弦十郎が俺の顔を覗き込む。

 今…脳裏に浮かんだ女の顔は…夢の中で、必死に叫んでいたのは…誰に向けて…

 

「……!?」

 

 次の瞬間。

 施設内にけたたましいまでの警報音が鳴り響く。

 

「何があった!?」

 

 懐から通信端末を取り出し、マイクに向かって叫ぶ弦十郎。

 通信相手はしどろもどろになりながらも指揮官に事態を伝えていた。

 

『B3区画で高エネルギー反応を検知しました! 同時に、アウフヴァッヘン波形、周囲に展開を確認!』

「うそ!?」

 

 櫻井の鼻から眼鏡がずり落ちる。

 俺には分からない用語が並んでいたのだが、緊迫した雰囲気は嫌でも伝わる。

 何よりも、

 

「…!?」

(痣が…光っている!?)

 

 俺の腕の痣が、呼びかけている。

 この痣はシグナーとしての証であるとともに、様々な力を与えてくれる。

 闇の瘴気や不可思議な力に対抗できるだけではなく、仲間の意志が伝わったり、邪悪な気配を感じ取ることも間々あった。

 今もまた俺に何かを語りかけてくる。

 

(行けと言うのか…この先にか?)

 

 俺は駆け出した。実際声として響いたわけではない。しかし、確かに赤き竜の心が伝わる。

 誰かが俺を呼んでいる。

 

「っ!」

「おい、待つんだ!」

 

 弦十郎の制止も待たずに俺は走った。

 初めて見る景色だと言うのに、俺はまるで何度も通った場所のように突き進む。

 いつしか周りの機械や光る液晶も目に入らなくなっていた。

 それどころか、後ろから追いかける風鳴たちの足音や、機械の駆動音も、独特の金属の匂いも、全てを忘れて足を踏み出す。

 心臓の鼓動が早くなる。

 額には汗が滲んだ。

 何者の意図ともしれないこの奇妙な状況の中でもハッキリと確信出来るソレに背中を押され、どれほど走り続けただろうか。

 いつしか広い廊下のような空間に出た時だ。

 俺の痣が導いていた先がようやくわかった。

 

 

「えっ!? え、え、ええ!?」

「これは…!」

「な、なに、どうして…!?」

 

 

 目の前にいたのは、あの時の歌を歌う少女達だ。

 そして傍にあるのは、俺の相棒とも呼べるDホイール。

 

「力が勝手に……解放される!?」

「ど、どどうなっちゃうんですか!?」

 

 両者は目がくらむほどの光を発し、その光はDホイールごと包み込む様に二人を覆っている。

 いや、そうではない。両者共に、Dホイールまでもが光を放っていた。

 

「あれは…!」

 

 Dホイールが、起動している…いや、モーメントの過剰反応だ! 

 この現象は、俺がこの世界へダイブする時、旧モーメントが放出していたのと同種である。

 つまりは遊星粒子の暴走とも取れる。

 

「響君、翼、これは一体!?」

「わ、私、別に、何もしてないです! ただ、ちょこっと触っちゃっただけで!」

「なにぃ!?」

 

 ヒビキと呼ばれた女の子がしどろもどろに弁明する。

 だがその言葉の意味を考えるより前に、俺の体は光の中へと飛び込んでいた。

 

「どいてくれ!」

「わっ!?」

 

 少女を押し退け、Dホイールのモニターを叩く。やはりモーメントエンジンの出力が異常な数値を示している。

 俺はコンソールを操作して、なんとか押さえ込もうとしたが、エンジンはまるで意志を持ったかのように出力を上げ続けている。緊急停止信号も受け付けない。デュエルしているわけでもないのに……

 

「だめだ、このままでは…っ!」

 

 その中に、一人の少女が割って入る。狼狽していた子とは別の、剣を携えていた長髪の少女だ。

 

「おい、貴様なにをっ…!?」

 

 俺の肩を掴んでDホイールから引き剥がそうとしていた、次の瞬間…

 

『やっと……巡り合えた』

 

 周りの景色が、白く染まり始めた。

 

 

 

 ………………

 

 

 

 光が拡散して視界が塞がったのかと思ったが、そうではなかった。

 俺と、この二人の少女だけが、別の空間に飛ばされた様に、今までいたテックユニットから切り離されたのだ。

 周りは白い霧の様なもので覆われ、向こう側は見渡せない。

 

(これは…!?)

 

 俺は声を出そうとしたが叶わなかった。

 夢うつつの中にいる様に、身体の上下左右も覚束ない。

 まるで辺りを彷徨う幽霊である。

 その中で一つ、赤と金色に光る何物かが、俺の意識をそちらへと向けさせた。

 

 

『遊星よ』

 

 

(お前は……)

 

 今度こそ間違いない。

 この視界全てを奪う景色も、目の前で俺に語りかける存在も、全てはヤツの手によるものだった。

 

(赤き竜!)

 

 幾度となく俺たち仲間の存在を繋ぎとめ、数え切れない奇跡を起こした赤き竜は、俺の……俺たちの前に再び姿を現した。

 

(はえっ!? わたし、どこ!? ここ、だれ!? 何がどうなっちゃってんの!?)

(え?)

 

 隣から聞こえてくる声につい間の抜けた声が出てしまう。

 ふと横を見ると、先程慌てふためいていた少女がふわふわと浮いていた。

 

(何…これは…私は、一体…!?)

(君達は…!)

 

 一人だけではない。

 あの戦場で剣を持っていた長髪の乙女も、同様に白い空間を漂っていた。

 

(う、うわわわわわっっ!? 私、浮いてるっ?)

 

 一人はいきなりの状況の変化についていけずに軽いパニックに陥っているらしい。

 確かにいきなりこんな目に遭えば誰でもそうなる。だが俺も冷静とは言い難かった。

 

(…おい君、大丈夫かっ?)

(へっ?)

(落ち着くんだ、しっかりしろっ)

 

 俺は短髪の少女に向け呼びかけた。

 赤き竜の仕業だとするなら、俺たちに危害を加える目的はないはずだ。奴は人類の命には直接干渉する力はない。人間と違い、彼等には肉体がないからだ。

 

『遊星よ……私の遺志を受け継ぎし、シグナー』

 

(うっ…!)

 

 軽い衝撃が走る。

 直接、頭の中に呼びかけてくる声があった。何者の声なのかはもはや言うまでもない。

 

(赤い、竜だと…?)

(え、ええ!? こ、これって、夢に出てきたあのドラゴン!?)

(…なにっ?)

 

 隣の少女が聞き捨てられない言葉を放っていた。

 赤き竜が、夢に出てきた? この子もまた、赤き竜との繋がりがあるというのか? 

 だがこの空間に俺と共に在る以上、それは…

 

『遊星よ。破滅が近付いている』

 

 赤き竜は、俺に向かい語りかけ続ける。

 彼女の肩を掴んでようやく安定させていた俺は、その呼びかけにハッとする。

 

『力を合わせるんだ。星を守るために』

 

 赤き竜の目が金に輝く。俺の腕にある痣も、同時に光を放っていた。

 

『戦…れ。遊星……ふたた…グナーとして……それが、君の…』

 

 瞬間、赤き竜の姿が透け始めた。霧の向こうの世界へ溶ける様にして薄れていく。頭に響く声も、途切れ途切れになっていった。

 

(待ってくれ! 破滅とは何だ!? 俺を呼んだのはやはりお前なのか!?)

 

 俺は必死に呼びかけた。

 これでは何も分からない。シグナーとして、俺に何を求めているんだ。

 あのノイズという怪物と戦えということなのか。

 ならどうして俺一人をここへ呼んだ!? 

 疑問が募り、俺自身の言葉さえ満足に出てこない。

 だが意識が赤き竜に届くこともなく、その姿は薄らいでいく。

 やがて景色全体が白く染まり始めた時。

 

『これは、逆転のカード……起死回生の為の救いの歌……戦うんだ、遊星……仲間達と、力を合わせて……そして、歌を……希望の、歌を……』

 

 歌という、希望の言葉。

 これから先、俺たちを幾度となく救ってくれた奇跡を託し、赤き竜は再び姿を消してしまった。

 

 

 

 ………………

 

 

 

「待てっ!!」

 

 男の人の叫びで、私は視界が開けた。

 

「響ちゃん、響ちゃん、大丈夫?」

「ふぇっ!?」

 

 私の肩が揺すられる。了子さんが私を起こそうとして頬をぺちぺち叩いてる。

 ようやく私は床に大の字になって倒れていたのが分かった。

 

「あぁ、良かった。気が付いたのね」

「了子さん!? どうしてたんですか!? さっきまでいなかったのに!?」

 

 私はガバリと飛び跳ねる様に身を起こして、了子さんを凝視する。

 さっきまで周りは白く覆われて、何も見えなくて、それでいてその真ん中には夢に出た赤い竜が…

 

「あれ? ここどこですか? さっきまでのトコは? あの光は? え? あれ?」

「ちょっと響ちゃん大丈夫? 頭打った? 意識ある? これ何本に見える?」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、了子さんは私の顔をマジマジと覗き込んだ。

 

「はーい、ちょっと深呼吸しましょ〜。吸って〜、吐いて〜」

「すぅーはぁーすぅーはぁー」

 

 了子さんに促されるままに呼吸を繰り返し、ようやく私は少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 横では弦十郎さんが通信端末で誰かと話しているのが聞こえる。

 

「……こちらB3区画。そちらから見て、状況は?」

『各数値、正常に戻りました。アウフヴァッヘン波形も確認できません』

「引き続き、計測を行ってくれ。それと医療班を準備だ」

 

 弦十郎さんはそう言って私の下まで近付いてくる。

 

「響君、怪我はないか?」

「あ、はい。大丈夫です…」

 

 訝しげに弦十郎さんは隣の了子さんへと視線を送る。眼鏡白衣の美人なお姉さんは、神妙な顔のまま頷いた。

 多分、安心って意味かな? 

 

「ふむ。取り敢えずメディカルチェックを受けておいてくれ。翼、響君を…」

「……」

「…翼?」

 

 翼さんが、私を見下ろしていた。

 …違う。

 まるで気を失ったみたいにぼーっとしてその場に佇んでいる。

 ふとその身体が揺らいだ。

 

「……っ」

「つ、翼さん!?」

「翼!」

 

 翼さんがそのままバランスを崩し倒れそうになる。

 けど間一髪で腕を抱え込まれる。いつのまにか緒川さんがそのまま身体を支えててくれてた。

 

「…うっ…!」

「大丈夫ですか?」

「…お…緒川、さん…?」

 

 フラフラになりながら、翼さんはなんとか意識を保ってるみたいだった。

 私は茫然として、いきなりの事で声が出ない。

 当たり前だ。

 一緒に戦うことになったとはいえ、相手はトップアーティストで私の憧れの人。確かにお世辞にも仲は良くないけど、それでもこんな風になるのを見るのは初めてだった。

 

「う…」

「…司令、ひとまずは」

「ああ。翼、お前も医務室へ行け」

「へ、平気です…この程度……!」

「強がるな。明らかに平静ではない。それに二人とも、いきなり倒れたんだ。何かあれば事だ」

「えっ…私達倒れたんですか?」

 

 今度は私が目を丸くする番だった。

 起こされたまま、呆然と尋ねる。

 

「…覚えていないのか?」

「響ちゃん達、このバイクから出た光が強くなった瞬間、フラフラして倒れちゃったのよ」

「えっ…」

 

 私は…

 あ、そうだ。

 私は翼さんと一緒に、ここに来るように言われていた。

 あのノイズを倒していた男の人がいる、って言う連絡を受けて。

 そしてこの広い廊下で、あの人が使っていたという赤いバイクを見かけて、それで……

 

「あのバイクに触れたら、当然光って…」

 

 そこへ弦十郎さん達が通りかかった。

 その傍には、あの人もまた…

 

「…怪我は、ないか?」

「えっ…」

 

 そして目の前には、彼がいた。

 これから先何度も助けてくれる。

 私の人生の灯火が。

 

「…」

「あ…えっと…」

「ああ。二人はこの間の戦いの場で会ってたのよね。カレ、不動遊星くん。Dホイーラーですって」

 

 了子さんの言葉がうまく入らない。

 耳に聞こえてはいるけど、頭の中にまで染みない。私の中で、さっきまでの出来事が頭をぐるぐるよぎっている。

 

「不動くん、君も顔色が悪いようだが、大丈夫か?」

「あ、ああ…何とかな…」

「念の為、君も医務室へ行ってくれ。緒川、頼む」

「はい」

「い、いや、俺は…っ」

「もぉー、君まで無茶しないの。それじゃ会話もままならないでしょ?」

 

 

(夢…だったのかな?)

 

 

 違う。

 夢なんかじゃなかった……

 身体も心が、ハッキリと今の感覚を覚えてる。

 白く染まり始めた世界。

 語りかける赤い竜。

 破滅が近づいている……戦えと言う言葉……そして、希望の歌……

 

「今の……光景を」

「え…」

「君も……君達も、見たのか?」

 

 男の人が、私と、翼さんを見る。

 顔に鈍い光沢を持つ刺青が見えた。

 ふと視線を落とすと、そこにはさっき出てきたのと同じ、赤い竜の顔の痣。

 機械の駆動音が、ようやく私の耳に入ってきた。

 

 

 

 ………………

 

 

 

「ふうん……赤き竜が君に、世界を救えって?」

「ああ」

 

 ここは医務室。

 私は大丈夫といったけど、弦十郎さんが認めなかった。

 そのまましかめ面をした翼さんが無理やりに連れて行きそうだったから、私は慌てて医務室で精密検査を受けることになった。

 …翼さんは大丈夫なんじゃなかろうか。

 もちろん、赤いバイクの持ち主も一緒だった。

 

「…で、響ちゃんも、同じ映像と言葉を見聞きしたっていう訳ね」

「は、はい。『破滅を……』なんちゃらかんちゃらって。半分以上がちんぷんかんぷんですけど…」

「翼が見たという光景も、同じだというのか?」

「……はい」

 

 翼さんがいつになく鋭い眼光で答える。

 その視線の先には、顔に刺青を入れたその男の人が丸椅子に腰掛けていた。

 

「……」

 

 その人は翼さんの視線を気にしているのかいないのか、よく分からないけど、私達の会話を黙って聞いてたり、時々右腕を抑えたりしている……

 

(怖い感じとかはしないけど…)

 

 でもなんと言うか…独特の雰囲気だ。

 着ている服もそうだし、それ以外にも。ただその違和感は、私には言葉にできなかった。

 そんな私をよそに、皆さんは話を続けていく。

 

「不動君、先程起きた現象について、何か心当たりはないか?」

「いや…今までも、赤き竜が俺達に不可思議な現象を見せたことはあるが、あんな風になるのは初めてだ…ただ」

「ただ?」

「あのエンジンに使われる遊星粒子は、力と力を結び付ける特性がある。彼女達が持つ力と、なんらかの形でリンクした可能性は大きい」

「ふむふむ…君が話してくれたモーメント装置の原理と照らし合わせると…それぞれの聖遺物と触れ合ったことによる共鳴現象…ってところかしらね。三人が見たっていう赤き竜との関連性はまだ分からないケド」

「聖遺物?」

「彼女……風鳴翼さんが首から下げているものよ。彼女たちが纏っているシンフォギアの力を与えてくれる源になっているの」

「シンフォギア……彼女たちが戦っていた能力か」

「正解で~す! やっぱり君見どころがあるわねえ!」

 

 了子さんがパチパチと手を叩く。

 …え? もしかして、この人は了子さんのいうことわかるの? 

 私なんて初めて聞いた時はちっとも理解できなかった。

 とりあえず頭に記憶できたのは『このひとたちなんかすごい』で終わりだったのに。

 

「聖遺物…つまり、古代から伝わる神話や伝説の遺産…」

「そうそうそう言うコト! 私の提唱した櫻井理論なんだけどね、この聖遺物を…」

 

 了子さんの目が怪しく光る。

 どこか置いてけぼりにされているような空気に、私はいたたまれなくなってその場で縮こまりながらも、堪えきれずに口を挟んでしまった。

 

「あ、あのぉ…」

「ん?」

「その前に、この方はもしかして…」

「ああ、そうだったな。思えばお互い自己紹介もできていなかった」

 

 弦十郎さんの言葉で、了子さんも我に帰ったみたい。渇いた笑いをこぼしながら眼鏡をハンカチで拭いていた。

 

「さっきのことはまた改めて考えるとして……まずはここにいるメンバーの紹介と、不動君、君の今後を決めるためにも、現状を把握してもらわねばな」

「今後?」

「この男の処罰…という事ですか」

「…」

 

 翼さんの目が鋭く光を放つ。

 私は背筋がゾッとした。これは本気の時の目であるのを私は知っている。私も一度刃を向けられたのだから。

 私はつい立ち上がってしまった。

 

「え、ま、待ってください、処罰って…」

「大丈夫だ。手荒いことはしない。まずはお互いに歩み寄ることからだ。それに、大事な異世界からの来訪者、無碍には扱わんよ」

「異世界…?」

 

 聞きなれない単語に、私は固まった。

 翼さんの視線も困惑しているのがわかる。

 

「どうやら俺は、君達とは別の歴史を歩んできた世界からやってきた…らしい」

 

 そう言って真剣な眼差しで、男の人は私を見た。その右腕には、宿っている赤い竜の痣。

 周りには白い医務室と、無機質な天井。空調設備が、音を立てずに静かに動いていた……らしい。

 

 

 

 ………………

 

 

 医務室で精密検査を終えた私たちは、オペレータールームにまで場所を移動して、話の続きをすることにした。

 いつも作業しているオペレーターの藤尭さんや友里さんはいきなりの来訪者に緊張してたみたいだけど、流石にそこはプロフェッショナルってやつで、今は普通に別の作業をしてる。

 そこで世界を跨いでやってきたその男の人……不動遊星さんは、私達に自らの世界を語って聞かせた。

 

「……並行世界に、ライディング・デュエル……」

 

 …デュエル? モンスターズ? って言うのからして、私には想像の外だった。

 つまりはカードゲームらしいけど、この人の話ではそれはただの遊びじゃないらしい。

 曰く、そのカードゲームは世界中の人々を熱狂させるスポーツをも凌駕するエンターテイメント。

 そして世界中で大会やらコンテストやらが開かれ、優勝するのはとても名誉なこと。

 プロともなると、政界や財界で活躍する人と同じくらい社会的ステータスが高い職業とされ、それらは尊敬の念を込めて、決闘者…『デュエリスト』と呼ばれる……らしい。

 

「にわかには信じられないだろうがな」

 

 一通り語り終えると、遊星さんは呆然となってる私に向かってそう言った。

 あ、やばい。顔に出てた? 

 

 はい、すいません。言ってること全然分かりません。

 

「だが、状況を照らし合わせてみても、色々と辻褄が合うのは事実だ。それに響君も、彼のあの力を間近で見たんだろう?」

 

 弦十郎さんが私を見て真面目に言う。

 この人や了子さんは彼の言うことを受け入れているらしい。

 なら私も、イミワカンナイでそのままってわけにはいかない。何とか聞き取れる部分だけでも分かるようにしなくっちゃ。

 

「あ、はい。ノイズをバシバシ倒してましたし、それになんかもう、ここ最近でもうもう変な出来事百連発だったし、今更別世界とか魔法使いとかが現れても、『ああそういうこともあるのね』って納得するしかないっていうか!」

「うふふ、それもそうね」

 

 並行世界か…つまりファンタジーやSF映画の世界みたいなものだろうけど、そこから不動さんはやって来た。

 クラスメートの板場さんが好きそうな話題だった。もちろん口が裂けても言えないけど。

 

「翼はどう思う? 彼の話を」

「……私も、容易に受け入れられるとは言い難いですが、あの光景を見た後では、納得せざるを得ません」

「ふむ……不動君、君が別の世界からやってきたというのは、どうやらお伽話ではなくなりそうだな」

「信じてもらえるのか?」

「良い大人ってのは、まず相手を受け入れるものさ」

 

 笑いながら弦十郎さんはゆったりとした仕草でウンウンと頷く。翼さんも場を改めて話した事で、さっきみたいな危ない雰囲気はひとまず無くなっていた。

 そして弦十郎さんは話がひと段落するのを見計らって、組んだ腕を解くと改めて口を開いた。

 

「……さて、君に折り入って話がある。頼み、と言ってもいい」

「頼み?」

「その前に、君にもこの世界を説明しなくてはな。あの怪物と、そして翼や響君が一体どういう存在であるのかを」

 

 弦十郎さんは話し始める。ノイズという特異災害。人を容赦なく消してしまう恐ろしい怪物が私の生まれる前から現れていて、ここ十数年近く、私達がどんな生活を送っているのか。

 そしてそんな中で、唯一ノイズと戦える手段…シンフォギアを。

 

「歌でオーパーツの力を具現化するシステム……それがシンフォギアか」

「そう。聖遺物の欠片から元の力を歌によって引き出し、鎧や武具として再構築を可能にしたのが、この天才了子さんの提唱した櫻井理論というワケ! どう、ちょっとは興味出てきた?」

「だからと言って、なぜこんな年端もいかない子達が戦わなければならない? もっと他にノイズと戦う方法はないのか?」

 

 不動さんは硬い表情を崩さずに弦十郎さんに問い返した。

 そっか……この人のいる世界には、ノイズはいないんだ。

 不謹慎かもしれないけど、私はなんて良い世界があるんだろうと思って疑わなかった。

 

「尤もな疑問だ。だが……残念ながら、人類ではノイズには打ち勝てない。核爆弾や戦略兵器を用いて、ようやく倒せるかと言うレベルだ。当然、奴らが出るたびにそんなものを使うのは論外だ」

「ノイズが生体組織に触れた時、一瞬のうちに人体と同化、分解して、最後には共に炭化してしまうの。一度接触してしまえば、逃れる術は無いわ。そう言う意味では、生き残ったあなたは貴重な経験をしたワケなんだけどね」

「…」

 

 しんとその場が静まり返る。

 弦十郎さんが呆れた目で了子さんを見下ろしながら言った。

 

「了子君」

「あー、ごめんなさい。私ったらまたやっちゃった」

 

 どうも科学者というのは少し世間からズレた物の見方をする…らしいけど、流石に司令官の弦十郎さんに言われては思うところがあるみたい。

 改めて大真面目に了子さんは不動さんに対して言った。

 

「けど、これだけは分かって欲しいの。私達も生き残るために必死だと言う事を」

「現状、シンフォギアシステムを保持しているのは日本の…それもここだけだ。この秘密は誰にも知られるわけにはいかない。まして、その使い手が彼女達と言う事実もな」

「聖遺物の欠片に宿る力を引き出せるごく一部の人間を、我々は『適合者』と呼んでいるわ。彼女達は偶然その素質があることが判明して、こうして戦うことを承諾してくれたのよ」

「……」

 

 不動さんが私達を見る。

 うう、視線が痛い。私も横目でチラリと翼さんを見た。

 翼さんはいつも通り私には見向きもしない。そりゃそうだ。

 同じ『適合者』でも、私と翼さんじゃ、まるで違う。戦う理由もキッカケも……なにより実力も。

 

「とは言え、我々としても指を咥えてこの状況を見ていることはできない。もしシンフォギアに頼らずともノイズを倒す戦力があるならば、それに越したことはない。そして今回、君と言う人間が現れた」

 

(……まさか)

 

 私もここまできたら弦十郎さんが言おうとしてることは察せた。と言うよりもデジャブみたいな。私もこの人の言葉で、今こうして二課でノイズと戦っているから。

 

「不動遊星君。改めて、君に協力を依頼したい。ノイズの脅威から人々を守るために、共に戦ってはくれまいか?」

 

 やっぱり。

 弦十郎さんは…いや、二課の人達はこの為に不動さんをここまで連れてきたんだ。あのカードの力が、ノイズを倒すための戦力にできるから。

 

「……」

 

 こんなの、私なんかが口を挟むことじゃないかもしれない。それに不動さんが仲間になってくれれば、もっと多くの人が救われるかもしれない。

 けど…いいんだろうか。

 もしこの人が戦えば私は……

 

「……あ、あの」

「私は反対です」

 

 それに異を唱えたのは、意外にも翼さんだった。

 さっきまで黙っていた翼さんは、あの医務室の時に見せた冷たい凍るような鋭い視線を不動さんに突き刺す。

 

「……」

 

 弦十郎さんはそれを見ながら軽くため息を漏らす。けれど翼さんは強い口調で続けた。

 

「未だに我々は、この男の正体を全て知りません。信頼するには早計が過ぎます」

「よせ翼。俺たちはあくまでも依頼したに過ぎん。それに彼にしてみれば、いきなり別世界に放り込まれたんだ。まずこの世界の人間が受け入れなくてどうする」

「私も赤い竜を見たのは事実。彼の言葉を信じることは吝かではありません。ですが、よしんばそうだとしても、ノイズとの戦いは防人たる我々の務めです。余計な干渉をさせるべきではない」

 

 バッサリと言う翼さん。

 けど…言うことは分かる。心の奥底の考えは違うかもしれないけど。

 だって、この人はノイズのいない世界から来た全く無関係の人。その人を戦いに巻き込むなんて…なんかいきなりじゃないかな…

 

「……」

 

 不動さんはそんな翼さんを見切り返すも、二人の視線がぶつかり合うと、すぐに不動さんはふいと目を逸らし、宙を見つめる。まるで意に介さない、みたいな態度に、翼さんはますます眼光を強くした。場の空気は一瞬にして緊迫する。

 こ、怖い…この瞬間だけでも子供なら泣き出しちゃう。私も今すぐ回れ右したい。

 

「…っ」

 

 翼さんに、僅かに苛立ちみたいなものが浮かぶのが見えた。

 次の瞬間、

 

 

「48市街区にノイズ発生! 数は40。13市街地へ向けて進行中です」

 

 

 藤尭さんの叫びがオペレータールームにこだまする。

 映し出された地図が赤く光っていた。

 

 

 

 ………………

 

 

 

「ノイズとの戦いは防人たる我々の務めです。余計な干渉をさせるべきではない」

 

 風鳴翼の言葉が鋭く俺を射抜く。

 弦十郎や緒川と言った並大抵の実力ではない男達を目の当たりにしたが、この少女は中でも別格だ。

 もう一人のシンフォギアの使い手と紹介された、立花響とも違う。

 抜き身の真剣もかくやと言う威圧感。恐らく、俺たちとは何かが根本的に異なるのだ。この世界に於いても、彼女は次元が上の立ち位置にいるのは明白だった。

 

「……」

 

 だが…なんだ、この違和感は? 

 俺を警戒しているのならば分かる。しかしこの感触はあくまでも自分自身に向けられているようにも感じられた。

 

(…待てよ、この少女、どこかで……)

 

「…っ」

 

 目を逸らしたのを侮蔑と受け取ったのか、風鳴の視線がより一層鋭くなる。

 俺も場を殊更荒立てたいわけではない。元の世界に帰るにしても、彼等の力なしには難しいだろう。

 そう思っていた時、本部の警報がけたたましく鳴り響いた。

 

「48市街区にノイズ発生! 数は40。A13市街地へ向けて進行中です」

 

 オペレーターの青年の叫びが部屋中に伝わり、全員の視線が前方にある巨大なスクリーンに釘付けとなった。

 画面にはこの場所を示すと思われるポイントを起点にした地図が映し出され、東の方角には赤い点が無数に点滅していた。

 

「チッ、こんな時に…!」

 

 弦十郎が舌打ちをする。

 一瞬にして走る緊張。あの怪物達…ノイズがまた出現した事に疑いの余地はない。

 弦十郎は立ち上がると、素早くオペレーター達に指示を飛ばし始めた。その手際の良さは側から見ていてもプロフェッショナルであることが伺える。どうやらここがノイズと戦う最前線基地であるというのは間違いない。

 

「っ!」

「翼!」

 

 そうしているうち、制服に身を包んだ少女の一人は、素早く元来た道を走り、入り口まで真っ直ぐに進んでいく。

 

「ポイントへ向かいます。直ちに住民の避難をっ」

 

 それだけを言い残し、彼女は廊下の向こう側へと消えた。

 刹那、場の空白が生まれるも、続いて立ち上がったもう一人の少女の叫びで元に戻る。

 

「あ、わ、私も!」

 

 立花響は慌てた足取りで入り口に向かい、風鳴翼と同様に廊下へと走って消えていく。

 ……大丈夫だろうか。

 俺からしてみても彼女が戦いに向いていないのは明白だ。唯一戦える存在、とは言っても…

 

「……ったく、血気盛んなのは子供の特権だが…!」

「司令、一課への通達完了しました」

「市街地の避難状況70まで終了。ですが、ノイズの群れが間も無くアーケード街に接触します」

「A12のシェルターを全開放しろ。一人でも多く退避させるんだ」

 

 弦十郎の指示で、俺の意識は画面へと引き戻される。

 地図は無機質に赤い点の移動を示している。

 ゆっくりと、だが確実に人がいると思しき空間まで距離を詰めていく。

 先ほどのやり取りからまだ数時間も経っていない。今は夕暮れ時だ。買い物や仕事帰りの人間が多いだろう…なら、今この瞬間にも、その場にいる何の罪もない人々が…

 

「……っ!」

 

 脳裏に蘇る。

 苦悶の表情も露わに炭と化す人々。その恐怖、苦しみ…それら全てを平然と行う、意思など存在しないような化け物達…

 そして、それらを見送ることしかできなかった、無力な自分…

 

「翼と響君は?」

「ヘリの発進を確認。現着まであと15」

「パイロットに10にしろと伝えろっ」

「俺のDホイールはまだあそこにあるのか?」

 

 俺は立ち上がっていた。

 知らず知らずのうちに、拳を強く握りしめている。腕の痣の疼きが、身体に熱を灯す。怒りと悲しみが、俺を突き動かそうとしていた。

 

「不動君…あなたまさか」

「あるんだな?」

 

 櫻井の呆然と出た言葉を、俺は肯定と受け取った。

 

「この状況を黙って見過ごせるほど、俺は人が出来てない」

 

 アラート音が広い部屋に響き渡る。だが今の俺の耳には入らなかった。

 あの画面の向こうにあるであろう人々の悲鳴が、何故か聞こえるような気がして、そして頭から離れなかった。

 

 





遊星たちの絆パワーがどう混ざり合い、如何に世界を変えていくのか。
ご期待下さい。
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