非常に長いです。ゆったりとどうぞ。
父親はサラリーマン、母親は専業主婦。稼ぎは低くも高くもなく、まあそれなりに生活する。
ありふれた生活ではあるが、幸せな家庭だった。
ツナシ自身も、まだ能力こそ発現していないものの、友達と外で走りまわるのが好きな、元気な少年であった。
そんなツナシを見て、父母は二人で幸せそうに笑い合ったものだ。
誰もが、この幸せな生活はずっと続くものだと思っていた。
ところが、彼が七歳になったある日。
彼の人生を大きく左右する出来事が訪れた。
それはツナシが学校で遊びすぎ、いつもより少しばかり帰宅が遅くなった日であった。
彼は、いつもより遅くなると父と母が心配することを容易に想像できたため、帰路を必死に走っていた。
そしていつもの帰り時間よりも二十分ほど遅れ、ようやく家の前にたどり着いた。
しかし彼は、ふと眉をひそめる。家の前に見慣れない車が一台とまっていたのだ。
不思議に思いながらも、インターホンを押す。ピンポーンという軽快な音が鳴る。
しかしそれっきりだった。
いつまでたっても返事がこない。彼は何度も何度もボタンを押した。しかし依然として、インターホンの向こうからは沈黙が続いている。
不思議に思った彼は、ドアノブに手を掛けた。
ガチャリ。ノブが回る音がし、扉が開いた。鍵がかかっていない。
彼の母親はしっかり者だ。鍵の賭け忘れなど、とうてい考えられない。
彼は恐る恐るながら、家に入る。そこで、リビングから漏れてくる光に気が付く。
それを見た途端、彼の心の中にあった恐怖が一気に消え去った。
なんだ、両親はいるではないか。きっと疲れて眠ってしまったりしているのだろう。彼は意気揚々とした足どりでリビングへ向かい――――
そこにいたのは、無残に引きちぎられた父親の死体と、今にも死にそうなくらいに母の首を絞め、掲げている大男だった。
状況が、理解できなかった。
なんでお父さんはバラバラなの? なんで知らない人が家にいるの? なんでその人がお母さんの首を絞めているの?
あまりのショックに、疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
その時、瀕死の母親が一言。死にかけにも関わらず、力を振り絞って、
「に……、げ、て……!!」
男が母親を投げた。壁に激しくぶつかり、彼女は床に落ちてそのままピクリとも動かなかった。
男が近づいて来る。
動けない。ツナシの心を縛っている恐怖の鎖が、身体を動かせようとしてくれない。
男がツナシに手を伸ばす。
(死――――――……!!)
瞬間、思い出されたのは母親の最期の姿。自身のことよりも、子供であるツナシを逃がそうとした。あの優しさを、親としての願いをこんなに呆気なく終わらせていいのか。
否!!
ツナシの全身に、力がみなぎる。
なぜ両親が殺されたのかは、分からない。だが今動かなければ、その両親が自分に託してくれた、ほんの一瞬でも守ってくれた未来が崩れてしまう。それは、絶対に避けなければいけない。
こんなところで、死ねない。まだ、まだ!! 呆気なく殺されることだけは――――!!
「嫌、いやだぁぁぁぁぁぁぁあああああああ――――――!!」
死の間際、必死に生きようとした動物的な本能が、彼の能力を開花させた。
彼は一瞬にして、家の外に移動していた。
ほんの少し、逃げることが出来た。でも、まだだ。もっと遠く、遠くへ!!
願うたびに、能力が発動される。
能力の連発によって、自分の住む町から数十キロは離れた場所に来た。
しかし、もうダメだ。能力の使い過ぎで体力が残っていない。
さらに雨まで降りだした。根こそぎ体力を持っていかれる。もう一歩も動くことが出来ない。
「おれ、このまま……」
その時。うつ伏せに倒れる彼に、すっと影が差した。
弱る首をどうにか持ち上げ、前を見る。
そこには、にこにこと笑った若い男の顔があった。大きな傘が、二人を覆っている。
「君、一人かい? お父さんやお母さんは?」
もう喋る力も残されていない。彼はどうにか首を横に振る。
「そうか……。君、憎いかい? 両親をそんな目にしたその誰かが……恐ろしく憎いかい?」
そんなことはどうでもいい。憎いに決まっている。そしてこれからもそのために生きなければならない。助けてくれるなら早く助けてくれ。殺人でも盗みでも何でもやるから――――……。
少年の懇願する眼を見て、男は首を縦に振った。
「いいだろう。君のその『生』への執着を買い、助けてやる。しかし、君はいつか限界が来るよ。そのまま憎しみだけを抱えて生きる一匹狼ではね。……真の仲間を見つけなさい。それは出会った時に分かる。インスピレーションというヤツだ。わかったかい、いつかきっと。君を救ってくれる人が――――――……」
しかしその言葉を聞き終える前に、ツナシの意識はぷつんと切れてしまった。
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第八話 鹿場十
「ツナシ、どうする⁉ 囲まれたぞ!!」
「!! ああ、ちょっと待てよ。何か策は……」
回想の中から意識を戻したツナシは、現実と向き合う。
どうして今になって、昔のことを思い出したのだろう。分からない。
が、今は状況を打破するのが先だ。
土人形は一、二、三、四……
「八体。多いな……」
「いや、エンセイ。十体だ」
「………」
エンセイの数え間違いを正し、ツナシは再度脳をフル稼働させる。
(エンセイは能力がまだ発現していない。学校帰りだから、二人とも特別な武器やらなんやらはないな……。つまり、使えるのは俺の『能力』と己の拳。………ん? 割と詰んでるぞ?)
打開策を見つけるはずが、逆に絶望を見せられる。その間にも、土人形はじりじりと近づいて来る。
(ああ、やべえな。俺はともかく、エンセイは逃がさないと……ん? あの土人形……)
ふと、とあることに気づいたツナシ。そして彼の頭には唯一、この状況を打開する策を思いついた。
「エンセイ、武道ってやったことある?」
「はッ! ナメんなよツナシ。俺は帰宅部一筋だ」
「じゃ、喧嘩は?」
「俺の中学時代、俺の拳で倒れなかったヤツはいないな」
「よし、OK」
ツナシはすぅっと大きく息を吸い込み、吐き出す。
「いいか、エンセイ。唯一の打開策を見つけた」
「おお! んで、それは?」
「ああ、だけどエンセイもかなり頑張るハメになるぜ?」
「どんとこいだ!」
「よし、それじゃ……
全員ぶっ倒せ!!」
瞬間、倉斗がバネに弾かれたように手近な土人形に襲い掛かる。
「痛ってぇ!! ツナシ、こいつら超硬いぜ⁉」
「いや、殴るんじゃなくて――――」
モロに反作用で拳を痛めさせた倉斗の横をすり抜け、ツナシが土人形に軽く足を掛ける。
すると、人形は面白い程簡単に転んだ。
土人形はコンクリート並みの強度だったが、驚くほど重さがなく、そのまま起き上がれなくなった。
「やっぱりな! 土人形の動きがあまりにもぎこちないから気になってたんだよ。多分、固めすぎてまともに動けねえんだ。エンセイ、殴らずに押し倒せ!! こいつら、硬さはバカだがバランスとスピードは雑魚だ!」
「はいよォッ!!」
ツナシの言葉に応えるように、倉斗は足をかけて人形を転ばせる。
人形は次々に倒れていき、どんどん行動不能になる。
二人はこのままいけば逃げられると確信した。
が、詰めが甘かった。
数分後、二人はまだ土人形転ばしに必死だった。
「ツナシ、人形の数全然減ってなくないか⁉」
倉斗の必死の呼びかけに、人形を倒しながらツナシは思考する。
(何故だ。もう数十体は行動不能にしている。なんで一向に数が減らない? 追跡の人数から、出せる人形は十体少しが限界のはず……)
そこまで考え、ツナシは最も重要なことを忘れていたことに気がつく。
「しまった、エンセイ!!」
「どうした⁉」
「………倒れた土人形を見てみろ」
言われた通り、倉斗は倒したばかりの土人形を見る。
すると、人形は倒れた数秒後に解けてただの粉末となり、その後組み直されて元の直立状態の人形に変わった。
「人形が復活してるぞ、ツナシ!!」
「そうだ。土人形は数が増えていたワケじゃない。倒れた人形を作り直していたんだ。だから永遠に数が減らない。本体がいるってことを忘れてた」
「おいおい、マジかよ……っと危ねッ⁉」
つまり、今まで人形を倒して体力を減らされ続けていただけだったのだ。体力が削られて、二人とも素早い動きができなくなってきている。人形の拳がギリギリで避けられるくらいに、だ。
(まずいな……このままじゃジリ貧だ。なにか本体を叩く手は……)
瞬間、倉斗が叫ぶ。
「エンセイ!! お前の能力、ワープであってんのか? 何か制限とかある⁉」
問われ、一瞬躊躇。この世界では自身の能力はプライバシーの一つ。能力を知られるということは、自身の弱点をさらけ出すということだ。そんな大事なことを教えてもいいものか――――……。
しかし、次の瞬間には言おう、と思った。
恐らくエンセイはただの転校生ではない。ただの転校生は今のような緊急な状況で、平常心を保っていられるはずがないからだ。恐らく自分と同じ、裏の顔がある。故に、能力をさらけ出すのは、一般人に教えるよりも危険だ。
しかし、エンセイから溢れ出る空気は――――
(不思議と、信頼できちまうんだよなあ……)
「さっき、瞬間移動ぽかったけど実際には違う!! 俺の能力はあらゆる物体を目標地点まで押し出す能力。目標地点までの物理的影響は一切無視する。ただ、発動には具体的な目標――――さっきは俺がアイスこぼしちまったトコだったんだけど――――俺から発された何らかの目印が必要だ。効果距離は大体半径百メートル前後かな」
「その目印ってのは、ツナシが投げた鉛筆とかでもいいのか⁉」
「ああ、俺から発されたものなら究極、髪の毛でもいい!!」
話を聞き終わった倉斗はしばらく沈黙し、思考する。そしてもう一度静かに尋ねる。
「二人同時に飛ばすのは、連発出来るのか?」
超能力とは言え、個々の持つ力、その人自身の身体的な能力と同じだ。当然体力を消耗する。どのくらいまでツナシの体力が保つのか、聞きたかったのだろうか。
「えーっと……最大距離まで飛ぶなら、十数回は」
「よし。……
え、何が? と聞く間もなく、倉斗はエンセイの手をするりと握る。
「は? エンセイ、俺そういう趣味じゃ――――」
「違ぇよ!! こんな状況で何言ってんだ、お前は⁉ 飛ぶんだよ。本体の所まで」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
ツナシ自身、こちらの界隈に入ってから、そう易い人生は送ってきていないつもりだ。
故に。そんな自分でも掴めなかった敵の位置を、いとも容易く掴んだ倉斗に。驚愕した。
だが、倉斗の目はいたって真剣。信じる他なかった。
倉斗が近くの土人形をまとめて押し倒し、一瞬能力を使う隙が出来た。
「どこに⁉」
「とりあえずあそこ!!」
言われるがまま、足元に転がっていた石ころを投げてマーキング。そして『能力』で自身と倉斗の存在を目的地まで押し出す。
(『
指定した家の屋根に降り立った倉斗は、すぐさま土人形たちを見下ろす。
「エンセイ、ホントにここにいるのか?」
「いや、違う。実は俺も居場所分かってない」
その言葉に、ツナシは虚を突かれる。
「はあ⁉ 見つけたから能力使えっていったんじゃねえのかよ⁉」
倉斗は静かに首を左右に振り、それから土人形達を指さす。
「見ろ、ツナシ。気づかねえか?」
言われるがままに見ると、ちょうど能力使用前に倉斗が押し倒した人形たちが復活していた。
「別に? さっきと同じように分解、構築されて……待てよ。なんで一体ずつなんだ?」
「そうだ、ツナシ」
倉斗が静かに話す。
「一気に土人形を回復させていたら、俺達は一瞬でやられていた。だけど持ちこたえていたのは、敵が一体ずつしか構築できないからだ」
「そうか!! そして構築される優先順位は敵により近い人形から。能力が届きやすいからな。つまり、土人形が構築される順番を見ておけば、ある程度の敵のいる方向はわかる!!」
そこまで考え、しかしすぐに壁にぶち当たる。
「でも、エンセイ。それで分かるのはある程度の方向だけ。正確な位置は掴めないじゃ……」
「そうだな。俺も最初気づいた時は焦ったよ。だがな……この世界はそんなに難しくない。なんたって……超能力者の世界だぜ?」
実に奇妙な言い回し。その違和感に、ツナシは戦闘開始以来初めて倉斗の顔を見た。
そして仰天する。
「エンセイ、お前……目が……」
倉斗は純日本人。目の色は黒だ。カラーコンタクトを入れるような性格でもない。
しかし今、ツナシが見たのは。南の島で海を覗いた時に見えるような、綺麗な緑色。
まるでエメラルドのような輝きを宿した眼だった。
「ああ。さっき。本当についさっき発現した。俺の……『能力』……」
そして倉斗は土人形達へ視点を集中させる。恐らくツナシには視えていないだろう。
土人形達から出る、無数の弱々しく動く細い糸のような物体が。そしてそれらがある一点を中心に固まっていることを。
「ツナシ……俺が眼で、お前が足だ。さっさとケリつけて、うまいもんでも食いに行こうぜ」
「ああ。お前に何が見えているのかは知らないが……信じるぜ。道案内は頼んだ、エンs」
「――――違うな」
急に言葉を切られ、ツナシは困惑する。倉斗はそんなツナシを見、くすりと笑って言った。
「ジン、だ。倉斗仁。これが俺の本名だぜ」
ツナシは一瞬、虚を突かれた顔になるが、すぐに戻りにやりと笑うと、
「わかったよ、ジン。さっさと片付けるとするか」
互いの信頼を一瞬にして確かめ合った二人は、もう一度にやりと笑い合う。
そして能力で再び空間を駆けて行った。
拾ってきた石を投げ、能力を使う。この連続だ。
倉斗の指示通り進んでいるうちに、周りの住宅がすっかり減り、いつの間にか近場の小さな山まで来ていた。
「ジン、本当にこっちの方向でいいのか? 随分山奥まで来たが……」
さすがに疲れたのか、ツナシは肩で息をしながらジンに尋ねる。
「ん、ああ。ここでいい。十分だ」
倉斗が言ったため、ツナシは能力の使用をやめる。そして近くの木にもたれかかり、息を整える。
かなりの距離を移動してきたため、相当体力を消耗してしまった。
「んで、敵はどこにいる?」
再度ツナシが質問をする。
すると、倉斗は思いもよらないことを口走った。
「いや、実は敵とは真反対に逃げて来た」
「はぁ⁉」
今まで散々能力を使わされたのに――――という言葉を、ツナシは必死でのみ込んだ。
敵の位置を分かっているのは倉斗だ。彼の『能力』のおかげで敵の位置が判明している。
何か考えがあるのだろう。今文句を言っても仕方ない。
「何か、考えがあるんだな?」
「ああ」
倉斗は頷き、ポケットから携帯電話を取り出す。手元の携帯電話を操作しながら、
「俺さっき発現したばかりの『能力』、それは何かが視える『能力』だ」
「何かが……視える? 随分ざっくりしてんなぁ。その視えてる何かってのはなんなんだ?」
問われ、倉斗は肩をすくめながらはぁーっと息を吐く。
「それが分かれば苦労ないって……。とにかく俺が視たのは……こんな感じのんだな」
地面にしゃがみ、倉斗は地面に枝で絵を描く。
人の形、その周囲を何らかの薄い膜のようなもので覆われた絵。更に頭頂部の膜からは細い糸のようなものが伸びている。
「なんだこりゃ? さっきの土人形、だよな? この膜みたいなんと糸は?」
「さあな、わからん。だがな、これが何かしら本体に関係があるのは間違いねえ。確信できる証拠はないが、俺の本能がそう言ってる。それは確かだ、と」
「ふぅん。ジンが言うなら信じるし、従うさ。んで、打開策はあるのか?」
倉斗は頷き、立ち上がる。そろそろ次の動きに移るらしい。
「ああ。それをするためにここへ来たんだよ、ツナシ。俺達の役目は――――今から五分間、敵から逃げきることだ」
「五分……。今逃げて来たのでもう二十分は経ってると思うが……あと五分だけでいいのか?」
ツナシの質問に倉斗はにやりと笑い、
「ああ。あと五分だ。それでチェックメイトだぜ――――ツナシ伏せェッ!!」
急な指示に、ツナシは神
何かと何かがぶつかった音。そしてドゴン、という小さな破壊音も。
ツナシは低姿勢のまま、倉斗の方に寄る。そして目線を上げ――――
「まじでか……。この量から五分? 無理があるだろ」
その視線の先には、景色一杯を埋め尽くすような土人形が――さながらホラー映画のゾンビのようにワラワラと――波となって押し寄せて来た。
「ジン!!」
ツナシは倉斗の手を握り流れるように石を投擲、能力を使って津波から逃れる。
そんな危機的状況で、倉斗は喜々とした様子で笑って、
「さーて、あとは神のみぞ知るってとこか?」
「あー、メンドくせェなァー。人使いが荒いのは誰譲りだァ? 親の顔が見てェぜ」
町の中心の、最も高いビル。全国に展開する食品取扱会社『
後にそれを見ていた警備員の
『本当に一瞬だったんですよ。……そう、鳥でした。ハトかカラスか、わかりませんがとにかくその時鳥が一羽飛んでいったんです。数枚の羽根を落とし、夜ながらも綺麗に光っていましたね。きっとハトでしょう。そして次に人影のあった所を見た時、驚きました。その人物が飛び降りたんですよ』
「あぁ、ハトか? いや、カラスだな。白いカラスだ、珍しい。……ちょうどいい。あの羽を借りッかァ」
ポケットの携帯電話を握りしめ、殻井はビルから飛び降りる。
下から吹き上げる風が彼の全身を圧迫する――――が、彼は気にもしていない。
そしてもうすぐ地面、激突して身体がバラバラに砕け散る――――――
『その時なんですよ。まるで今までの勢いが嘘だったかのように、ふわりと。そうまるで――――あの日見た鳥の羽みたいに地面にふわりと降り立ったんです。それから駆け出して行ってしまって……そこからは分かりません。すぐに夜の暗さに消えてしまったもので……。どんな能力者だったんでしょう? あれが身体能力強化なら……国家レベルでレアな人ですよ』
液晶の画面に示されているのはここから徒歩約三分の、ショッピングセンター。
殻井は口の両端をぐいっと吊り上げ、不敵に笑った。
「やっぱスリルがなきゃァな。日常なんて送ってる暇ないぜ」
恐らくこの町で最も
「ッ――――ッッッ!!!!! ダメだ、ジン。どこにも飛べねえ。こいつら俺の弱点が分かってきている!!」
「こいつらっつーか、こいつらの本体だが……なッ!!」
接近してきた土人形を蹴り飛ばし、倉斗は答える。
目印というのはそもそも自身の視覚によって認識することが大前提だ。つまり折角目印の石を投げても――――
「チィッ⁉ まただジン!! また投げた石が取り込まれた!! 目印がなくなった!!」
土人形の原料は当然ながら土である。そんな彼ら(?)が能力を解除されたなら。当然土砂がはじけ飛ぶ。そして解除される前にツナシの投げた石の方へ飛んでから解除されたなら。
「当然俺の目印はどれか分からなくなっちまうよな!!」
そんなワケでつい先ほどからワープを抑えられ、近接戦で数に押しつぶされそうになっている二人である。
そうしているうちに、いつしか警戒が疎かになっていた。ツナシは後ろに注意を払っていなかった。後ろから音を消した土人形が近づいていることなど。
そして、それに倉斗が気付いた時はもう遅い。
「ツナシッ!! 後ろだ――――ッッッ!!」
ツナシは当然反応できない。その硬さに、頭蓋骨を砕かれ――――グシャリ、と何かがつぶれた音。
しかしそれはツナシの生命が潰れた音ではなく……
「人形が……全部土に戻って……?」
土人形が土に戻った。その際地面に土がぶちまけられた音だった。
先ほどまでの地獄絵図が嘘のようになくなり、辺りは土山で一杯になった。
「助かった……?」
ツナシが静かに呟くと、倉斗がどさりと崩れ落ちるように地面に座り込む。
「終わったかぁ~、やっっっと……」
ため息交じりに言う彼の声には、心から滲み出る安心感に満ちていた。
――――土人形が土に戻る、数分前――――
「見つけたぜ、土野郎。こっちはさっさと帰りてェんだからよォ、穏便に手早く済まそうじゃねェか」
殻井が背後から声をかけると、中年らしい小太りの男性はビクンと肩を跳ね上げる。
「な、なんのお話でしょうか。私にはとてもわからない……人違いかと思わr」
「オィ、見苦しい言い訳は大概にしろよ」
夜、他の客がほとんど帰ってしまったショッピングモールのフードコートに。その低く鋭い声は冷え切った空気を駆け巡った。男は口をつぐみ、がちがちと歯を鳴らす。
「あ、あんたは一体……」
「俺が誰なのかはどォでもいい話だ。テメェが能力を解除してくれれば済む話なんだ。さっさとしたらどォだ? 俺も無抵抗の人間を痛めつけるのは心が痛むからな」
殻井は男の背後からゆっくりと男の正面に移動し、丸テーブルを挟んで対面の席にどかりと座る。男が開いていたノートパソコンを静かに閉じると、自分の側に引き寄せる。
「これは押収させてもらうぜ。色々と中身も見たいからなァ」
男は抵抗こそしないものの、明らかな敵意を宿した眼を殻井に向ける。
「そうか、あんたターゲットの関係者だな。私の仕事を邪魔するというのなら容赦はしませんよ」
そういうと男が後退しながら椅子から立ち上がり、右手を高々と掲げる。すると男の周りにズモモモモ……と大量の土がどこからか沸き上がり、集まってくる。そして集まった土は分散し、固まり、形作られ、大量の土の槍が殻井を囲んだ。
「さあ、そのパソコンを返すことだ。死にたくなければね」
明らかな絶対絶命な状況だが、殻井は冷静だった。椅子から立ち上がろうとも、パソコンを手放そうともせずにゆっくりと口を開く。
「お前は……土を自在に操る能力か。どうやら土の性質自体は変えられないみてェだな。その槍、硬そうに見えるが単純に土を強く押し固めただけだ。硬い性質を持っているじゃねェ。しかしかなり繊細にコントロールできる。細かい操作がなけりゃァここまで固めることは出来ねェ。範囲はかなり長いな、4、5キロメートルってとこか。単純な自動操作は可能、複数操作も可能。いい能力を授かったってェのに会社勤めで裏仕事もやってるとはなァ。……堕ちた人間だ」
殻井の冷静な考察に、男は明らかに動揺する。
「お、お前。なぜそこまで平然としていられる!? お前は私が一つ合図するだけで死ぬんだぞ!? なぜそこまで……!!」
「テメェ、素人だろ」
「……は?」
殻井はすくっと立ち上がり、丸テーブルを横に蹴り飛ばす。ガシャン!! という音に対面の男がまたビクンと肩を震わせる。殻井は周囲の凶器をものともせず、男の至近距離まで近づく。
「テメェまだ裏の仕事やったことねェ、それか数回目だろッつってんだよ。慣れてねェな。まだ平和的に収めたいってェ気持ちが見える。だがな、この世界は甘くねェ。テメェは俺に気づいた時点で仕掛けておくべきだったんだよ」
「う、……うるさいうるさいうるさい!! 本当に殺すぞ!!」
「チャンスをやる。最後のチャンスだ。今すぐこの能力全てを解いて元の会社勤めに戻りな。最初にも言ったが、俺は無駄な殺しは嫌いだ。無理して裏の仕事をやっているヤツを見ているとムシャクシャしてしょうがねェ。今から3つ数える。それまでに決断しろ。行くぜ、3……」
「ま、まだ戻れる……しかし……」
「2ィー……」
「わ、私は……妻にも裏切られ、会社にも不遇な扱いを受け……」
「1……!!」
「わ、私はここで心を決めなければ変われないんだァァ――――ッッ!!」
カウントダウン終了と共に男は叫び、土の槍を殻井に突き刺さんと操作する。当然殻井はその数の攻撃を避けきることはできず、全身に槍がグサグサと突き刺さった。赤い液体が飛び散り、土埃が周囲を包み込む。
「や、やった――――ッッ!?」
「ンなワケねェだろ」
男が歓喜した直後、殻井が大量の槍をかき分けて姿を現す。そしてすっと無造作に右拳を繰り出す。一見戯れにも見えるその拳は弱々しく男の顎に直撃する。次の瞬間、その拳から到底放たれたとは思えない強烈なエネルギーによって、男は吹き飛ばされ壁に激突する。勢い余ったエネルギーはそのまま壁に大きくヒビを入れた。
「ガハッ……!?」
男は一瞬の出来事にワケがわからないまま、背中の痛みを感じながら気絶する。すると殻井を包囲していた土の槍も一斉に崩れ去り、辺り一帯に大量の土の山ができた。
「ッたく……素直に降参しときゃイイのによォ……」
殻井は静かに呟き、男を見る。死んではいないものの、そこそこ怪我をしてしまっただろう。無様に横たわる男を一度フンッと鼻で笑うと、殻井は静かにその場を去って行った。去り行く彼の身体は何事もなかったかのように、土槍で刺された怪我など嘘のように消えていた。
「悪いな、ツナシ。俺の都合に巻き込んじまって」
「ああ、もう驚きもしないさ。こういうことは慣れてる」
仰向けで地面に寝そべる二人の少年はぽつぽつと言葉を交わし、それから目線を合わせて静かに笑い合った。
「さすがにこんな事態あったら気づくよな。俺がただの転入生じゃないって」
「当たり前だろ。転入生がトラブルメーカーとか漫画の中だけで十分だ」
倉斗はくすくすと笑い、腕で反動をつけてガバっと上半身だけを起こす。そして夜空にいつの間にか輝いていた月を見上げながら静かに告げる。
「俺さ……別世界の人間なんだよね。いわゆる異世界人ってやつ」
「…………あぁー、そっか。なるほど、うん」
「反応薄いな、もうちょい『ええー!?マジィ~!?』とかねーの」
「いや、なんか一周回ってリアクション薄くなったんだわ。いや……マジか」
ツナシは寝そべったままほけーっと間抜けな顔をする。しばらく二人は何も喋らず、その場には心地よい静寂が流れた。
そしてその静寂を真っ先に破ったのは二人のどちらでもなく、第三者によるものだった。
「オイ、やっと見つけたぜ。さっさと帰るぞ」
木々の隙間からこぼれた声に二人が振り向くと、そこには学生鞄を肩にかけた殻井が立っていた。殻井は倉斗に視線を向けた後、そのまま流れるようにツナシを見る。
「お前は……」
「ああ、殻井。こいつツナシって言って、俺のクラスメート。今回の騒動の時一緒にいて助けてくれたんだよ」
倉斗が殻井の言葉を遮って言うと、彼は疑いの眼差しは変えないもののそれ以上言及することはなかった。『そうか』と一言放つとそれきりだった。
「ほら、さっさと帰るぞ。ハジメの野郎がさっさと連れて帰ってこいってうるせェんだよ。オイ、ツナシ。お前もだ」
そろっと場を去ろうとしたツナシを目ざとく見つけ、殻井は声を掛ける。
「え、俺もですか?」
「ハジメがそう言ってんだ。さっさと来い」
「いやハジメってだrフぁぐッ!?」
倉斗に口を押さえられたツナシは何をするんだと目で訴えかける。倉斗は小声で、
「今ごたごた言うのもめんどくさいし、一旦俺達と来いよ。ウチの寮の飯結構うまいんだぜ」
ツナシが諦めたように頷くと、倉斗は彼を押さえていた手を放し、殻井に言う。
「よし、それじゃぁさっさと帰ろうか。素晴らしい飯と睡眠が待っている!!」
「え、えええ……」
「うるせェんだよ、テメェら!! とっとと歩け!!」
ギャーギャーと騒ぎ立てながら、一行は戦場を後にした。
一年ぶりです、ウェーヴです。
………一年ぶりィッ!!??
さぼってました。すみません。
いや、書いてはいたんですよ? 今話だって書き溜めから引っ張ってきたヤツだし……
一応この続きも書いてるし…… あと三話分くらい……
少し他のことに熱中しすぎて、時間が少し開いてしまいました(なお、一年)が、これからも細々と書いていくつもりですので…… どうかよしなに……
もう一つの方もそのうち復活するはずです
今回はこの辺で…… ウェーヴ・カンでした
読んで頂いた全ての人に感謝!!