『三日間の幸福』という小説を先日読みまして、死が持つ様々な側面を書けたらいいなと。そう思ってこうやってパロディをしています。
とはいえバッドエンドにはしません。僕はバッドエンドを書くのも読むのもめっぽう苦手なので。
きっかけは初夏のことだった。モカが咳が酷くて学校を休んでいる時、あまりの喉の不快感に嘔吐すると、そこには花があった。
「うげぇ〜なにこれ〜?」
気持ち悪いほどに完璧で、綺麗な花。赤色の、何の種類かが分からない花。それでも綺麗だった。
「あたし、今お花吐いたの…?」
洗面台に残る花を見つめる顔を上げて鏡を見る。そこには毎朝見慣れた顔と、口元に付着している綺麗な花弁が目に付いた。
どうやらこの花は自身の口を経由して体外へと出たようだ。
「花吐き病…」
巷で噂になっている都市伝説。詳細は覚えていないがひまりが言っていたと思い出す。綺麗な花を吐いてしまう病気。とてもロマンチックで儚げなそんな病気が存在するかもしれないと。
けれど一つ確かに覚えているのは。
「どうにかしないと死んじゃうなぁ…」
モカは天井を仰いだ。自身の死に対して冷静なのは、きっと現状に実感が湧かないからだ。
花吐き病はどうやら花を吐く量が時期とともに増えていくらしく、吐ききれない量に達したときに窒息で死ぬらしい。けれど、死に瀕した時最後に吐く花は白銀の色の百合で、その死体は芸術作品のように美しいという。
「美少女のモカちゃんには最適かな〜なんて」
虚ろに笑って見せた。そうしてその後に涙がこぼれた。自身の死にようやく実感が湧いて、恐怖に支配される。そんな涙だ。
自身の身体を抱き抱えて暗い部屋を一人震える。
「死にたくないなぁ」
そう呟くと、モカは身体を眠りに預けた。
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「モカ!モカ!」
蘭が洗面台の前で眠るモカを揺する。
「こんなところで寝てちゃ風邪ひくよ」
何回か揺らした時にモカはパチリと目を覚ました。
「ん?蘭、おはよ〜」
「おはようじゃない。こんな硬いところで寝たら身体痛くなるし、何より冷えるよ。寝るならモカの部屋行こ」
「うん〜いこいこ〜」
そういうと、蘭はモカを支えながら部屋へと運ぶ。
「ありがとね、蘭」
「別に…」
窓からは夕日の光が差し込んでいた。エアコンも扇風機も付いていなくて、窓も開けていないこの部屋は二人で過ごすには暑かった。
一筋の汗が蘭の顔から滴る。
「ねぇ、蘭」
「なに」
「もし数ヶ月、数週間、はたまた数日後にね」
「うん」
「あたしが死んじゃったら、蘭はどうする?」
蘭は目を見開いてモカを見る。モカの表情はいつもと変わらない。けれどモカはこのような冗談を言うような少女じゃない。蘭は知っていた。
「ねぇ、モカ、病気に罹ったの?」
蘭は冷や汗をかきながら聞いた。生温いこの部屋が急に寒くなったように感じられる。
「ちょっとね」
「どんなの」
「…お花吐いちゃうやつ」
「花吐き病ってやつ?」
「それ」
背筋に嫌な感覚が纏わり付いた。人生で一度も経験したことのない、きっと経験したくもない気持ち悪さ。そんなものが蘭に纏わり付いている。
「…その、花吐き病」
蘭がポツリと言葉を漏らした。モカは黙ってうつむくだけ。
「片想いの、特に感受性豊かな女子高校生に罹りやすいんだって。それで、治す方法はただひとつ」
微かに蝉の命が枯れる音がした。どこかで懸命に生きた命が散った音。残響が部屋に立ち込めた。
「その片想いを成就させること」
その後に蘭はひまりがそう言ってたと付け加えた。絨毯には少しのシミが出来ていて、それは案外、モカの方であった。
モカはそっかとだけ言葉を吐き出して、顔を覆って泣いた。静かに、綺麗に。
「あたし今、恋してるんだね。蘭」
その声はあまりにも儚げで、夏の夕日には丁度だった。
突飛にモカが嗚咽する。両手には溢れんばかりの赤い名も知らぬ花があった。
彼女は今、花を吐いた。
蘭はそれに後ずさりして、切なげに笑うモカを背に夕日へと溶けていった。
モカは窓から眺めていた。
「あーあ、嫌われちゃったなぁ。そうしたら、あたしはもう、とうとう死ぬしかないんだね」
また、泣いた。茜色に染まった部屋の中で、独り壁に寄りかかって、静かに花を抱えて泣いた。
想いを伝えられぬ悲しさ、死を受け入れなければならない恐怖、拒否されてしまった現実。およそこれを絶望と呼び、けれど少女が泣く理由を誰も知らない。
後2、3話続くと思いますが大目に見ていて下さい。