あの後、モカはもう一度眠りについた。かけがえのない幼馴染に嫌われてしまったかもしれないという受け入れたくない現実から目を背ける為に。
けれど時は残酷で、夜が始まれば次第に空は白んで、月は姿を消し
、その代わり太陽が燦々と地を照らし、空を照らし、人を照らす。なればきっと今のモカは照らされることのない陰に身を潜めていた。
「もう、朝か…」
モカの母親と父親は幸か不幸か両ともが出張により家にはいない。つまりはひとりきりだ。
家の前からは高校生達の歩く音や、話す声が聞こえる。まばらに耳に入るその音は、モカを置き去りにしているようで、少し彼女の心は痛んだ。
ぐってりと身を起こしたモカは若干の吐き気を抑えつつリビングに向かった。水を取り出して飲む。昨日から一切の飲食をしていない為に無性に喉が潤いを求めたのだ。
「ぷはっ。やっぱり美味しいなぁ。いつもより美味しい」
窓から差し込む朝日は白くて、まるで天国への入り口のように思えた。幼い頃、幼馴染5人で語り合った夢の世界みたいな。そんな世界への入り口。
「諦めた方が、いいのかな」
リビングの真ん中、ダイニングテーブルの椅子に座って項垂れる。また、雫が零れた。木製の椅子に少しの水玉を作る。パタリパタリと音がした。
「あたし、泣いてばかりだなぁ」
「学校、行こっかな」
青葉モカは静かに決意をした。
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「ひーちゃん、久しぶり〜」
いつもの廊下を歩いて、いつもの戸を開ければ、変わらない教室があって、変わらないみんながいた。
ただ、一つモカは気づいた。
「あれ、蘭は〜?」
「蘭ちゃん、なんだか嫌なことがあったみたい。学校来てたけど二時間目くらいから屋上で」
つぐみが答えた。巴は今はそっとしておいてやろうなんて言って机に伏せている。
「あと、モカちゃんも三日ぐらい休んでたけど、平気?」
「そうだよ!モカが休むなんて滅多にないから」
「大丈夫、ただの夏風邪だよ?」
「でも」
「大丈夫だって〜」
モカは捲し立てるようにそう言った。
「それよりひーちゃん、次の授業なぁに〜?」
刹那の間漂った不穏な空気はやはり杞憂だとひまり、つぐみ、巴は安心していた。いつものモカが帰ってきて、明日ぐらいには蘭も機嫌を直して、またいつも通りが始まるのだと、そう安心しきっていた。
「次は古典だよ」
ひまりは内心胸をなでおろして答えた。
間も無くして授業が始まった。モカは窓際で空を眺めている。あと何回見れるのだろうかなんていう映画みたいな物思いに耽っていた。
ふと、手元のノートに書き込む。bucket listというものだ。死ぬ前にやっておきたい、叶えたい夢や事柄。そういうものをそこはかとなく書き尽くすというもので、モカは可愛らしい字で題付け、それを順調に書き込んでいく。
それは例えば、山吹ベーカリーのパンを全種類1日に食べたいだとか、屋上で一人優雅に昼寝したいだとか、もう一度ライブをやりたいだとか。
もう一度、蘭に会いたいだとか。
突如、吐き気がモカを襲った。声にならぬ声で担当教師に訴え、トイレに駆け込む。
花が散っていた。少し色が変わっているようで、ピンク色になっている。その気持ち悪いほどに美しい花を見て、モカはトイレの戸を叩きつけた。閑静な空間にその衝撃が空気を揺らした。
「気持ち悪いなぁ…!」
また、涙が溢れる。視界がぼやけて焦点が合わない。分かるのは胸の底に渦巻く気持ち悪さと。
そうして、モカは意識を失った。口元には花弁が一枚、その造形美を彩るかのように、皮肉に、飾り付けられていた。
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規則的に流れる電子音、慣れない薬品の匂い、無機質な白い壁と天井。モカの目には、耳には、鼻には慣れない感覚があった。けれど、知らない空間ではない。どうもその状況を察したようで。
「知らない天井だぁ〜」
「モカ!」
「えぇっ?」
ひまりが抱きついた。呆気にとられて変な声が出る。
「モカちゃんトイレの個室で倒れたんだよ?それでみんな心配して…」
気が付けば幼馴染だけでなく、今井リサや氷川日菜がいた。けれどやはり美竹蘭はいなかった。
「ありゃりゃ?モカちゃん結構やばい感じ〜?」
「馬鹿野郎!モカ!お前なんで黙ってたんだよ!」
巴が激昂する、顔を赤くしてモカの襟元を固く握って。そして、その赤に混じって見えないが、目元の赤が少し濃かったことにモカは気付く。涙を流したのだろう、と。その涙はきっと、モカの病状を知ってしまったことの証明だ。
「花吐き病、だってさ。お医者さんが言ってた」
「モカちゃん、このままだと後最低三週間で命を落とすって」
リサが重苦しい空気の中口を開き、日菜はいつになく真剣な顔でモカを見つめ、伝えた。
「ばれちゃいましたね」
儚げに微笑みかけた美少女を見て、皆んなが悲痛な顔をする。
「モカちゃん、知ってるよね。花吐き病は両想いにならないと治らない病気、それ以外の治療法はなくて、病院が施せる治療は精々薬で心身を安定させることぐらい」
日菜がモカの目を見て話をする。
「だから、そんなに諦めた顔しちゃダメだよ?」
日菜は笑ってみせた。モカの頬を両手で掴んでムニムニと揉む。
「人は笑うことから始めなきゃ。こころちゃんが言ってたよー?」
「えへへ〜日菜さんくすぐったいですよ〜」
「よし、笑った。じゃああたしお姉ちゃんも待ってるし帰るね!」
「ほら、リサちーも行くよ」
席を立ってカバンを持って、日菜はリサの手を掴み、そうして病室の戸の前まで進む。
「あと、この事はここにいる子しか知らないからね。安心して」
「ね、蘭ちゃん」
そう言って日菜とリサは病室を出た。そして、すれ違いに蘭が入ってくる。両目の端は赤くて、やはり巴同様、いや、よく見れば幼馴染同様泣き腫らした目をしている。
「蘭」
短くモカは名前を口から漏らした。
「ねぇ、蘭」
「下向いてないでさ、こっち見て?」
下を向く蘭の顔から、涙が落ちた。無機質な床に数滴、涙の粒が浮かんだ。
「…なかった」
「モカに好きな人がいるなんて、知らなかった…」
蘭は口元に手を抑えて泣いた。ベッドで座るモカは何もせずに、何も出来ずにただそれを眺めていた。
「ごめん、あたしやっぱり帰る」
「ちょ、蘭!」
病室の戸が乱暴に閉められて、外からは小さく駆ける音が聞こえた。巴は悪いとだけ言ってすぐにそれを追いかけた。
「あはは、蘭どうしちゃったんだろう…」
「なんで逃げちゃったんだろう」
モカがポツリ、ポツリと言の葉を漏らす。
「どうすればいいのかわかんないよ…」
蹲って、布団を強く握りしめながらモカはまた泣いた。つぐみとひまりはそのモカを抱きしめて、やはり泣くしか出来なかった。かけてあげられる言葉も見つからず、無能な自分たちにただ泣いた。
外では、月が綺麗に輝いていた。
構想的にあと2話ほどです。