目を開ければ、やはり白い天井が目についた。
花吐き病はその不規則性から病院で管理せざるを得ない病気。また、そもそもが珍しい難病であるので、どちらにせよ長期入院は避けられなかった。
長期とは言えど寿命は2ヶ月もない。
「今日も生きてる」
ここ一週間は朝起きるたびにそんなことばかりをモカは呟いていた。
あれから蘭は来ていない。他の幼馴染やガールズバンドパーティの皆んな、それにスタッフの人たちさえもがモカの見舞いに来た。それでも蘭だけは来なかったのだ。
また、モカは項垂れた。
数回のノックの後、ガラリと戸が開く。モカは期待と諦めの両方を持っていた。蘭かもしれないし、そうではないかもしれない、と一種の自己保身だ。
「モカちゃん、体調はどう?」
つぐみだった。ひょこりと顔を覗かせるその仕草はとても可憐で、思わず微笑んだ。
「いい感じ〜」
「そっか、それで今日は沙綾ちゃんがパンをいっぱいくれて。忙しいから行けなくてごめんね、また今度たくさんパン持っていくからって」
「ありがとね〜、お〜メロンパンにチョココロネ〜」
モカは目を輝かせる。それとこれとは別問題だ。蘭が来なくて寂しくても、パンは美味しいし、山吹沙綾は優しい。それは変わらないのだ。
「むふ〜おいひ〜」
「あはは…」
モカは満悦な表情をして、逆につぐみは少し悲しそうにしていた。幸せそうな病人と悲しそうな見舞い人、どこからどう見たって皮肉だ。
「つぐも食べる〜?」
「え!?だ、大丈夫!元気だよ!」
「別にあたし、元気かどうか聞いてないんだけどな〜」
「あう…」
つぐみは観念したかのようにポツリポツリと話し出す。
「蘭ちゃんが、その、何回誘っても断って、それで皆あんまり雰囲気が良くないんだ。巴ちゃんとも最近はずっと喧嘩してて、ひまりちゃんはそれで毎日帰りに泣いてるの…」
「そっか…蘭は来てくれないのか」
「ごめんね…モカちゃん」
「ううん、つぐがこうして来てくれてるだけであたしは嬉しいよ。蘭が来てくれないのは寂しいけど、それでも毎日勇気を出してあたしに会いに来てくれてる。つぐのこと大好きだよ」
つぐみは我慢していたものが溢れ出すかのように涙を流した。顔を手で覆って泣いて、モカがその震える体を抱きしめた。
「ありがとね、つぐ」
一々、窓の外の景色が綺麗だった。
どこからどう見たって皮肉だった。
痩せ細っても暖かいモカの腕を感じて、つぐみは更に泣いた。
「モカちゃん!いなくならないでよ!私、またあの5人でライブしたいよ!だから、置いてかないでよ!」
「うん」
モカは優しくつぐみの背をさすった。
「あたし、頑張るね」
「人生最後に足掻いてみるよ。あわよくば末永く皆んなとよろしくしちゃうかも〜」
「それがいいよ…」
モカの胸元を濡らすつぐみを、優しく抱きしめて、今度は頭を撫でた。優しい、コーヒーの匂いがした。
懐かしい、あの日の匂いがした。
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「蘭!いつまで駄々こねてんだよ!なんでモカの所に行かないんだよ!」
蘭の部屋に怒号が立ち込めた。
「うるさいなぁ…」
「いいやうるさくても何回だって言うね!一緒に来い!!お前は親友を見捨てるのか!」
親友、というその一言が蘭の癪に障った。眉筋が少し上がり、蘭が立ち上がる。
「うるっさいな!!あたしとモカは親友なんかじゃない!!」
「なっ!お前!モカはお前のことずっと待ってんだよ!」
「そんなこと知らない!」
パチンと、乾いた音がした。
蘭の頰が赤くなって、ドサリと倒れる。
「馬鹿野郎…モカが死ぬかもしれないんだぞ!分かってんのか!」
「分かってる!分かってるから!」
急に蘭の語尾が弱る。パタリと音がした。涙の音だ。
「だから…もうやめてよ…」
「モカが死んじゃうのも、分かってる。原因がモカの恋だっていうのも、その相手があたしじゃないっていうのも、そんなモカに会いに行く勇気が自分にないってことも、全部、全部分かってる…!」
蘭は両手を床に落として、膝すらもついて、泣きながらそう言った。声にならない声で叫んだ。涙で嗄れた声は、巴の心に訴えかけた。
「だから!」
けれど、蘭の言葉を巴は遮った。
「だったら!踏み込め!」
そう言って、自信満々に巴は笑っていた。
「何言ってんの…」
「あたし達はいっつもそうだよ。でっかい問題が起こって、蘭が一々挫折して、それでみんなが離れそうになって、けど、最後は蘭がやっぱりなんとかするんだよ」
「だから、行こう。結局はモカが好きなんだろ?」
「…うるさい」
「ははっ、何回だって言うよ。だって…」
巴は扉を開いて、蘭の手を握った。
「あたし達の『いつも通り』はそんなやわじゃない」
「そうだろ?」
蘭は巴の腕を振り払った。
「もう、一人で歩ける。あたし、先行くから」
「そっか…」
「また、後で。みんなで屋上ね」
蘭は『いつも通り』に笑ってみせた。
夕日が街を照らし始める。
後1話ほどです。
だから、バッドエンドにはしませんよ。