艦隊これくしょん 〜艤装適性ゼロの艦娘達〜   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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第1話

『第803部隊との通信途絶! 生存の可能性は……』

『くそっ……! あのスケベ野郎、俺にツケ残して逝きやがったのかよ! おい、新入り! 残弾はどれくらい残ってる?』

『マシンガンが6割、腕のグレネードが10発ってところですよ!ああもう、叩いても叩いてもまだ出てくる!』

『そいつに関しちゃ同感だ! 本当、なんなんだよこのバケモノ共! ——ぐうっ!?』

『久坂少尉!? ……2番機の反応消失……』

『……あの馬鹿野郎、世辞の句がクソほどつまんねえじゃねえかよ……!』

『近隣に友軍の反応はほとんど残ってません……隊長!』

『だからといって撤退するわけにもいかねえ。生き残ってる連中かき集めてでも、ここの防衛ラインだけは死守しねえといかねえんだよ!』

『——こちら第806隊、第2防衛ラインが突破! これより後退し、そちらに合流します!』

『へっ、いい生き残りがいたもんじゃねえか! それじゃ、俺たちももう一踏ん張り、派手にやってやろうじゃねえか。なあ、少尉!』

『望むところで——た、隊長! 回避を!』

『なぁっ——』

 

……。

…………。

………………。

 

「……い…かん……令官……司令官」

「……んあぁ?」

 

いつに増して酷い夢を見ていたような気がする。寝覚めはどちらかといったらスッキリする方なんだが、こういう感じの夢を見た後だけはどこかもやっとしていて、頭も霧がかかったような感じだ。

 

「司令官、また昼寝かい? もう夕方になるよ」

 

そんな俺の頭をすっきりとさせるかのように、目覚めの手助けをしてくれる声が聞こえてきた。視界がはっきりしていくたびに、声の主が明らかになる。雪のように透明感もありつつ光沢を放つ銀髪、透き通ったアイスブルーの双眸、セーラー服姿に頭にちょこんとのっている帽子が特徴的だ。

 

「あぁ、響……もうそんな時間になったのか?」

「そろそろ晩御飯の支度をしなきゃいけないくらいの時間にはね」

 

俺が響と呼んだ少女はまだ少し寝ぼけている俺にそう言うと、壁に掛けてある時計を指差す。短針と長針が既に6の辺りを指しており、窓から射し込んでくる灯りも、どこか赤みを帯びている。あぁ、確かにこれはそろそろ晩飯にしなきゃいけないレベルだな。

 

「そういや大淀はどうした? 今日は大して書類が来てなかったから、午前中に全部片付けた筈なんだが」

「晩御飯の買い出しに出かけたよ。多分そろそろ帰ってくるんじゃないかな?」

 

どうやら俺が昼寝をしてしまっている間に、もう一人の書類仕事仲間は晩飯の買い出しに行っていたらしい。そりゃ、いなくなってても事情を知らなきゃ意味がない。というか、書置きの一つくらいしていけと思ったが、響に伝えていたようだし、別に問題はないか。

 

「というか、そろそろ生活物資の供給を大本営に頼んだらどうなんだい? いい加減、ローテーションで買い出しに行くのは効率が悪いと思うんだけど」

「そんなこと言ったって仕方ねえだろ。ここには俺を含めてまだ3人しかいないわけだし、資源資材は別にしろ、生活物資は下手に依頼するより買い出した方が安上がりなんだよ」

 

実際問題、ここの鎮守府、シャレにならないくらい人がいない。俺と響、あと買い出しに出かけてる大淀しかいねえ。なんでこんなに人がいないのかと言えば、まぁ特殊な事情があるとしか言いようがない。お陰で食料品やら生活用品の殆どの消費が他の鎮守府と比べたらあり得ないくらい低い。第一、大本営にそれを依頼すると、最低でも10人単位でくるし、それに関する書類を書く手間も増えてしまう。それに、この辺りの地域住民との関係は良好だし、買い出しに出させた方が何かといい面はある。

 

「ただいま戻りました」

 

そんな時、1人の女性が買い物袋を片手に部屋へ入って来た。長く伸ばされた黒髪に眼鏡がどこか知的さを醸し出している。

 

「おう。お帰り、大淀。今日の晩飯の予定は何だ?」

「勘助さんのとこでアジが安売りにされていたので、今夜はこれになりそうです。というか、寝起きに会って開口一番がそれですか……」

 

彼女こそが大淀。俺と同じ書類仕事仲間である。普段は真面目そうな顔でいるんだが、俺が寝起き早々晩飯の予定を聞いたものだから、なんか呆れた顔をしてらっしゃる。

 

「まぁ、うちの司令官は大体いつもこんな感じだし、大淀さんもそろそろ慣れて来たんじゃないか?」

「むしろ、響さんの方が慣れすぎなのでは……? 確かに慣れはしましたけど……いくらなんでも気を抜きすぎではないかと」

「人間これくらいが丁度いいんだよ。いつも張り詰めた気分でいたら、そのうち限界まで張った釣り糸みたいにプッツリ切れちまうだろ」

 

呆れている大淀に俺はそう返した。確かに俺はここまで気を抜いた態度をしていていい立場ではない。むしろ、もっと緊張感を持っていなければならない。だが、元々の立場と今の立場があまりにも食い違いすぎてこっちとしてもどうしたらいいのかわからないってのが本音だ。まぁ、前の仕事場の感覚が抜けないせいか、こんな感じに普通は気を抜いていることの方が多いんだがな。

そんな中、机の上にある電話が鳴り響く。俺の方が近かったのだが、俺が受話器を取るよりも速く、大淀が買い物袋を放り投げ、受話器を取った。放り投げられた買い物袋は綺麗に響が受け止めており、地面に叩きつけられることはなかった。

 

「こちら第42鎮守府、事務補佐の大淀です。…………了解しました。そちらの要請を提督、並びに大本営へ報告しておきます」

 

大淀の言葉から、先程までの呑気な空気は消え失せ、この場にいる誰もが緊張を張り巡らせていた。本来なら来て欲しくはないんだが……どうやら、大淀の表情を見るに、そうもいきそうにない。

 

「提督、現在第21鎮守府所属第三艦隊が遠征からの帰投中、敵艦隊との交戦状況に遭遇。敵艦隊はリ級エリートクラスを旗艦とした通商破壊部隊と推測。数は合計12隻」

「第三艦隊側の戦力は? 遠征任務あがりとはいえ、武装はしてあるんだろ?」

「軽巡2隻に駆逐4隻の艦隊だそうですが……武装についてはまだ不明です。少なくとも遠征ですので、練度は多少なりと低く見積もった方が良いかと」

 

想定していたよりはまだマシか……とはいえ、その報告を受けていた大淀の表情は優れない。そりゃ、友軍が危機に瀕していれば誰だって不安になる。幸いにも敵はそれほど強力な艦隊ではなさそうだ。ならば、後は俺たちの仕事だ。

 

「了解。以降の指揮権を軽巡[大淀]に移譲。第13独立機械化混成部隊所属、紅城悠助少佐及び駆逐艦[響]、友軍の救援に向かう」

「大淀、了解しました。……提督、響さん、ご無事で」

 

形式上の敬礼を済ませた俺は着ていた白を基調としている海軍の士官服を雑に脱ぐ。こんな暑い上着を着ているとこっちが気が滅入りそうだ。そして、俺と響は先程までいた部屋を後にする。その前に、響は部屋——執務室に残っている大淀へと声をかけた。

 

「心配しなくても大丈夫さ。なにせ、私は不死鳥だからね」

「おい、さっさと行くぞ、響。大淀、FD-03とRGX-003、あとベースジャバーの用意を明石にさせておいてくれ」

 

◇◇◇

 

——第21鎮守府南南東の沖合200キロ。

本来ならば穏やかであるその海域は、今となってはその静けさを失っていた。鳴り響く轟音、舞い上がる飛沫。その中を進む6隻の軍艦。すぐ間際で立ち上がった水柱に船体を揺さぶられるも、そう簡単に沈むことはない。

 

「ちいっ……!! ついこの間まで何にもねえ平和なところだったってのによ……こんなに彼奴らがいるなんて聞いてねえぞ!」

 

その先頭を突き進む船の艦橋の真上に立つ、眼帯をした一人の女性が乱暴な物言いとともに苛立ちを吐き出していた。

 

『あらあら〜、天龍ちゃんが久々に怒ってる〜。どうやら相当不味いようね〜』

「龍田、そんな呑気に言っていられる状況か!?」

 

そんな女性に彼女から龍田と呼ばれた女性が声をかける。彼女もまた天龍と呼ばれた女性と同じく、艦上構造物の上に立ち、こちらに向かって砲撃をしてくる存在を睨みつけ、その攻撃を躱していた。

しかし、天龍・龍田とそれぞれ呼ばれた彼女ら以外に、それぞれが乗っている軍艦には人影はない。何より、その軍艦すらも少し異質さを持ち合わせているような雰囲気を醸し出している。

 

「俺たちはまだしも、今日連れている彼奴らはまだ練度がかなり低いんだ! それに相手は重巡クラス……一発でもちび共が食らっちまえば致命傷は避けられねえぞ!」

『わかってるわよ〜。だから、仕留めなきゃいけないんだけどね〜』

 

龍田が右腕をかざすとともに、全ての砲塔が右舷側へと向いた。直後、響き渡る轟音と舞い上がる黒煙。鳴り止まぬ爆音のオーケストラを風切り音を立てながら突き進む砲弾。数秒と経たず、まるで鯨のような姿をした異形へと砲弾は突き刺さり、異形は海中へと没した。

 

『イ級の轟沈、確認。後ろの駆逐艦達もまだ無傷よ〜』

 

とはいえ、今の手持ちの武装ではあの程度の敵を仕留めるくらいが関の山である。だが、敵の一隻が沈んだ事で少しだけ穴ができた。そのチャンスを天龍は逃さない。

 

「よし……! このまま一気に切り抜けるぞ! 睦月、弥生、卯月、皐月! 最大戦速だ! 俺にしっかり付いて来い!!」

『『『は、はい!!』』』

 

天龍と同じように艦上構造物の上に立つ、彼女と比べてかなり幼く見える少女達が多少の恐怖に怯えながらも天龍の航跡に必死に食らいついていく。既に速度は限界まで引き出している。機関もいつ事切れてもおかしくないほど激しく鼓動を打っている。だが、足を止めるわけにはいかない。立ち止まったら最後、降りしきる砲弾の雨によって二度と前に進む事は許されない。

 

『う、うわぁっ!?』

「皐月!? どうした!?」

『天龍ちゃん、落ち着いて〜。皐月ちゃん、ちょっと近くに砲弾が落ちて水を被っただけよ〜』

『て、天龍さん……ごめんなさい』

「謝らなくていい! 無事ならそれで——」

 

天龍が次の言葉を紡ごうとした瞬間、一際大きな水柱が立った。同時に大きく揺さぶられる、彼女の後ろを付いてきていた駆逐艦。船体が大きく傾き、艦上構造物の上から栗色の髪の少女が投げ出され、海面へと叩きつけられた。

 

「睦月!!」

『天龍ちゃん! 前!』

 

天龍は一瞬その事に気を取られるも、龍田の言葉により視線を進行方向へと向き直す。その光景に思わず彼女は嫌な汗を流し、歯ぎしりしてしまう。先程龍田が沈めた鯨のような異形とは異なり、赤黒いオーラを解き放つ漆黒の有機的な船体を有し、自分の艦の持つ主砲よりも大きい砲をこちらへと向けている、3隻の新たな異形の姿があった。天龍はその艦の舳先にいる青白い肌をしているヒトガタを睨みつけた。

 

「重巡リ級……それもエリートクラスかよ……!! まだ他にもあんなにいたのか!!」

 

天龍の言葉に呼応するかのように、再度砲撃が始まる。あの一撃を受けて仕舞えば駆逐艦はおろか、自分の身も危ない。

 

「くそっ……あと少しだってのに……龍田! 睦月は復帰したか!?」

『あと少しで再同調が終わるところね〜……』

「なるべく急いでくれ……すぐにでも強行突破しないと、マジでやばい」

 

だが、そんな明らかな隙を逃すほど敵の存在は甘くなかった。離れていても聞こえてくる轟音。同時に聞こえる風切り音。狙いが何処なのか、旗艦を預かる天龍には予想がついてしまった。

 

「避けろ、睦月ぃぃぃぃぃっ!!」

 

天龍の悲痛な叫びが戦場に響き渡った、その時だった。

爆音ではなく、甲高くも鈍い金属音が鳴り、水柱が立つ事は無かった。

 

「な、何なんだよ、ありゃ……!?」

 

代わりに天龍の視界に入ったのは、鋼鉄の巨人。砲弾を防いだ大型のシールドを構え、その先にいる敵を見つめているであろう赤く光るバイザーと、左右非対称のブレードアンテナが特徴的なその機体……この場においては些か不釣り合いなまでに空想の産物である存在が

 

『——なんとか間に合ったようだな。こちら第13独立機械化混成部隊。貴艦隊の支援に入る』

 

そこにいた。

 

 

◇◇◇

 

危ねえ……本当に間一髪だった。

目の前で体勢を立て直そうとしている駆逐艦の子に向かってきていた砲弾を弾いた時、俺はそう思わずにいられなかった。全てがカメラから得られた映像をCG合成して映し出しているとはいえ、その恐怖というものはまざまざと感じさせてくる。

 

「なんとか間に合ったようだな。こちら第13独立機械化混成部隊。貴艦隊の支援に入る」

 

だが、今はそんな考えに耽っている場合ではない。乗ってきたベースジャバーはまだまだ飛行可能状態だし、この状況においてはかなり有利な要素を持っている。

 

「響、聞こえるか?」

『なんだい、司令官?』

「上空から敵艦隊を叩いてくれ。奴らに航空戦力は存在してねえ。やるなら今のうちだ」

『了解』

 

上空を旋回するもう一機のベースジャバー。その上に乗っているのが、響の乗機であるモビルスーツ、[RGX-003 ガンダムトルペディネ]である。響専用として調整が施された、次期主力検討用の先行量産機だ。エリート級の奴らに対してモビルスーツがどこまで通用するかわからないが、あいつらに対抗できる数少ない兵器だ。やってもらう他ない。

 

『司令官はどう動く?』

「俺か? 俺はこいつらの援護をしながら……」

 

ふと視線をずらせば、モニターにはこちらへと砲口を向ける敵の姿が映る。

 

「まぁ、あいつらを叩き潰すしかねえよな?」

 

俺は自機である[FD-03 グスタフ・カール]の左腕をそちらへと向け、グレネードを撃ち放ったのだった。

 

 

「……一応無事に帰港、ってところかね?」

 

結局あの後、俺と響は敵艦隊を撤退にまで追い込み、無事に遠征艦隊を彼女らの鎮守府へと送り届ける事に成功した。最終的に駆逐艦睦月・卯月・皐月が小破してしまったが、誰も沈んではいない。むしろ、あの練度でエリート級がうようよしている艦隊から生き延びたんだ、結果としては上出来と言えるだろう。

ベースジャバーを着陸させ、俺は一度コクピットから出ることにした。横に着陸した響も同じように出てくる。数時間ぶりに浴びる潮風というものは中々に悪くはない。帰投し、ドックへと向かっていく艦隊を見てると一人の将校が向かってくる。日はだいぶ傾いてきているが、あの白い制服は目にとまりやすい。

 

「どうやら向こうの指揮官直々の出迎えらしいぞ。一旦、降りるか?」

「そうした方がいいかもね」

「やれやれ……苦手なんだよな、こういうのは」

 

口ではそう言うが、向こうの総大将が出てきているんだ。それに応えないわけにはいかない。コクピットハッチから昇降用ワイヤーを引っ張り、それに掴まって降りる。何せ、全高20メートルを超える巨人の腹から降りるんだ。しゃがんでいるとはいえ、そこそこの高さはある。そこから飛び降りるなんて事はご法度だ。

ひとまず地面に降り、ヘルメットを脱いだ俺は、この鎮守府の提督であろう者の前に行く。見た感じ俺よりもかなり若い。どこか垢抜けない感じがして、新兵だった頃の自分をつい思い出してしまった。

 

「第13独立機械化混成部隊、紅城悠助少佐であります」

「第21鎮守府の提督をしている菊地竜也少佐です。この度は私の艦隊の支援に来ていただき、感謝しています。お陰で誰一人として失うことはありませんでした」

 

今回、俺達の鎮守府に依頼を出した第21鎮守府の提督である菊地少佐は、俺に向かって深々と頭を下げてくる。しかし、俺からすればそこまでの事をした覚えはない。結果としては上出来であるかもしれないが、それはあくまで結果論だ。装備の関係上、到着時間が遅れてしまうのは仕方ないとはいえ、改善できない点ではない。そう考えると、この程度の結果じゃまだ礼を言われるほどじゃない。

 

「いえ、こちらももう少し到着が早ければ被害をさらに抑える事ができていたと考えると……全体から見て軽微とはいえ、損害が生じてしまった事、お詫び申し上げます」

「そう謙遜しないで下さい、少佐。報告は天龍から聞きました……あなた方が支援に応じてくれなければ、遠征艦隊は最悪全滅していたかもしれません」

 

そう言われてもなぁ……確かに敵艦隊は重巡リ級エリート3隻、重巡リ級1隻、雷巡チ級エリート2隻、軽巡ホ級エリート2隻、駆逐イ級後期型4隻の計12隻。鎮守府側が組める編成では6隻が上限であり、今回遭遇した規模は連合艦隊クラスとなる。とはいえ、これはゲームとか漫画の世界ではなく、実際に殺し殺されが続く戦争なのだ。奴らの物量による戦術は俺自身が身をもって経験している。

しかしだ、それ程脅威と呼べるものだったのかと考えたら如何なものなのか、俺にはよくわからない。少なくとも、俺が到着するまでに1隻も重大な損傷をしてなかった。だからこそ、全滅だけはなかったのかもしれない。今となっては推論にしか過ぎないが。

 

「だが、私達が到着するまで、中破の1隻もいなかった事は事実です。偏にこれは貴方の指揮の賜物なのではないでしょうか?」

「だったらそれは、旗艦だった天龍のお陰ですよ。あの子、何だかんだ言って面倒見がいいですから」

 

そんな風に話す菊地少佐の顔は、若いながらもまるで自分の子供の事を自慢するかのような表情を浮かべていたのだった。そこに邪な感情は一切含まれていない。純粋に褒めたくて仕方ないといった感じだ。

一方、少佐の顔をみた俺と言えば……褒めたいのは山々なんだが、それは本当に響——艦娘としてはどんなものなのだと自問自答してしまう。だからこそ、ああやって素直に褒められる彼が羨ましい。

 

「司令官」

 

そんな時、俺は背後から声をかけられる。この聞きなれた声は間違いない。

 

「響か。すまんな、こっちで勝手に話をしてて」

 

こっちで提督と部隊長同士で話してる間、響はずっと後ろにいたようだ。どことなく、何も相手してやってなかったと、申し訳ない気分になる。

 

「気にしてない。それより、大淀さんから通信。『今夜はアジフライにしましたから、なるべく早く帰ってきて下さい』だって」

「そうか。じゃ、帰れるように、推進剤のチェックと帰路のルートを決めておいてくれ。こっちはもう少し話があるから」

「了解。でも、なるべく早くしてくれるかい? あまり遅くなると大淀さんに怒られるよ?」

「あれは怖えからな……善処するわ」

 

響は俺のいう通り、自分の機体がある方へ向かっていく。てか、響がモビルスーツに乗ってるって考えようによってはすごいんだよな……俺の機体であるグスタフ・カールほどではないにせよ、18メートル級のモビルスーツで、なおかつ性能もいいガンダムタイプに、あんな小さな子が乗って戦場に出てるんだから。尤も、それは艦娘全般に言える事なんだが。

 

「失礼。うちの貴重な艦娘を放置しっぱなしだったようでして」

「いえいえ、お気になさらず。……ところで少佐、失礼ながらあの駆逐艦の子はなぜモビルスーツに? 艦娘ならば艤装を装備しているのでは……?」

 

菊地少佐は俺に対して恐る恐るそう聞いてきた。まぁ、普通はそう思うだろうな。だって普通、艦娘は艤装とその身、そして召喚する艦体を持って戦闘や輸送任務を遂行するものだ。他の装置に頼る必要はほぼほぼないに等しい。だが、それは他の鎮守府の艦娘についてだ。俺のところの第42鎮守府については事情が少し違う。しかしながら、菊地少佐は何故その理由を知らないのだろうか? 見た感じ若い様子と、艦隊の練度から考えるに任官されて間もないのだろうか?

 

「……少佐、鎮守府運営の任に着いてから、大体どれ位になりますか? あとできれば年齢も教えていただけたら幸いです」

 

俺は思わず彼に問いかけていた。事によってはこちらから説明をしなければならない事態になる。

 

「……ここに配属されたのはつい二週間前でして、自分は今年で21歳になります」

 

二週間前か……なら知らないのも当然ってところか。

 

「では、とりあえず……ここからは敬語抜きでいいか? MS乗りってのは、敬語がちょいと苦手な性分でさ」

「え、あ、はい。寧ろ、年上の方に敬語で話される機会があまりなかったので、そうしていただけると嬉しいです」

「年上って言っても、25だけどな。まぁ、いいか」

 

俺は一息ついてから言葉を紡ぐ。

 

「で、多分なんだが、『なんらかの緊急事態に陥った際、第42鎮守府に支援を頼め』って感じで言われたんじゃねえか? 元帥とか大将とかに」

「は、はい。全くその通りです。ですが、実際に来たのは艦隊ではなくモビルスーツでしたが……」

「そりゃな。なにせ、うちの鎮守府には艦隊が無えんだから」

 

俺の言葉が信じられないのか、菊地少佐は一瞬目を見開いて驚く。無理もない。鎮守府のくせに艦隊が無いなんて、そもそもであり得ない話だからな。鎮守府というよりただの基地だ。

 

「で、ですが! あの駆逐艦の子がいるんですし、単艦配備という形だから艦隊ではないという——」

「いや、マジで艦隊はない。艤装が合わねえんだよ、あいつに」

「……まさか、艤装適性が極めて低いとか?」

「惜しい。正確にはちょっと違う」

 

ここまでくれば大体結論が出せる域まで来たのではないだろうか。それに、俺の一言で大体の結末ってのは予想できただろうし、それを聞く覚悟もできてるだろう。軽く深呼吸した俺は、彼がそうなっていると信じて口を開いた。

 

「艤装適性、ゼロ。艦娘という存在において、極めて低い確率で生じるイレギュラー(欠陥個体)だ」

 

艤装適性。艦娘が艤装と艦体を自分の手足であるかのように扱う事の度合いを示す数値だ。これが高ければ艤装と艦体は艦娘により合った形で使えるし、低ければ多少のぎこちなさが出てくる。日によってや疲れによってこの数値は変動するが、状況によって数値は回復する上、なくなることは無い。さらに言えば、建造直後はどんなに低くても標準的な数値である[49%]を下回ることは無いのだ。

しかし、超極低確率で生じてしまうエラーが存在する。それが艤装適性ゼロの個体だ。今までも僅かには存在があったようだが、現存しているかは不明。記録にしか残っていない。だが、現に響は艤装適性を完全に持っていない。俺が大本営の建造設備で建造した時から持ってないんだ。故に、艤装を扱えない艦娘には、艤装の代わりとなる力が必要となる。それがかつて深海棲艦と渡り合った兵器であるモビルスーツなのだ。

 

「……でも、モビルスーツじゃ、深海棲艦相手にどこまでやれるか……」

「そいつは俺がよく知ってるよ。けど、やらなきゃいけない事に変わりはない」

「ですが! たとえ艤装適性が無くたって、他に活躍できる場面はあるはず——」

「お前みたいな奴ばっかりが、提督なんて仕事をしてくれたら最高なんだろうな。確かにうちの大淀や明石のように事務や技術屋の仕事をできる奴らはいいだろうが……それ以外で艤装適性ゼロの艦娘の最終記録にはこう書いてあったよ、『解体』又は『近代化改修』って」

「……!!!」

「それも一つの選択肢として否定はしないが、そうなるくらないなら、モビルスーツで戦った方が幾分かマシなんじゃねえかってな。艤装適性が無くたって戦う事はできる、うちの鎮守府はそういうところなんだよ」

 

事実、俺の受け持ちである第42鎮守府は響のように艤装適性を完全に喪失した艦娘が行き着く先として設立された鎮守府だ。単純に戦況が一向に膠着状態から抜け出せずにいる為、戦力の強化を図っての事だが、艤装適性ゼロの艦娘や、ついでに俺たちのようなMSパイロットの行き先ができたってのは大きな事だと思う。

 

「というわけだ。じゃ、そろそろ時間も時間なようだし、俺たちはここで帰らせてもらうわ。支援が必要ならいつでも呼んでくれ」

「……は、はい! 今日は色々お世話になりました!」

 

そう言って頭をこれでもかというくらい深々と下げてくる菊地少佐。そんなに大した事はしてないんだがな……だって、支援要請を受けて急行するのは俺たちの主任務みたいなもんだし。そんな彼の姿を背に、俺は愛機の元へと向かう。

 

「それにしても……艤装適性ゼロ、か……難儀なもんだよな」

 

昇降用ワイヤーに掴まりながら、俺はふと考えていた。艤装適性を生まれながらにして完全に喪失してしまっている響。本人もその事実には納得しているようだし、現状に対しても特に不満はないようだが……本当のところはどうなんだろうな。あいつは同じサイズの駆逐艦と比べたら、どこか大人びている節がある。もし、知らず知らずのうちに溜め込んでいるものがあるんだとしたら……。そこまで考えて、一度思考の海から浮上した。

コクピットに入り込んだ俺は、ハッチを閉鎖、アイドリング状態を解除する。同時に、全天周モニターに頭部のカメラで撮られたものをCG合成した映像が映し出される。推進剤、残量よし。機体各部、異常なし。サブコンソールを使用して機体の状況確認を終えると同時にフットペダルへ足を乗せ、レバースティックを握る。

 

「響、だいぶ待たせてしまったか?」

『いや、思ったほどかからなかったみたいだから大丈夫』

「そうか。とりあえず、腹減ったから早いところ晩飯食いに帰ろうぜ」

『ナビゲートはこっちでするから。じゃ、響、ガンダムトルペディネ、先行する』

 

ベースジャバーに乗せられた白亜の機体を視界に収めながら、俺は鎮守府への帰路に着いたのだった。


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