興味ない方は飛ばしてください
「私はこれから学校だが、モコはどうする?」
『どうするとは?』
そう問いかけてくる麻子は昨日であったときの服装、つまり制服に鞄を持った状態になっていた。
小柄な彼女は高校生というよりも中学生に見えた。
まあそんなことを言ったらあのジト眼を更に細くして、
俺の肉球を十六連打してくるのは目に見えていたため、特にコメントしない。
「水とちくわは置いておくが、ずっと家にいるつもりなのか?」
『この家にはちくわしかないのか。・・・そうだな、本棚にある本。見ていいか?』
「字も読めるのか、何なんだお前は。まあいいや、汚したり傷つけるなよ。」
カラーボックスに詰められた本を指して尋ねると許可がもらえた。
入っている本は小説や歴史本が多く、漫画などは一切無かった。
しかし俺が字を読めることすら流すんだな。
『いってらっしゃい』
「・・・行ってきます。」
念のためトイレのドアと窓を開けてから、玄関に向かう彼女に声を掛ける。
彼女は振り向かずにこちらに応えると鍵を締めて学校へ向かっていった。
玄関から居間に戻り、窓から彼女の様子を窺う。
その足取りはやや鈍く、軽くフラついていたが、学校へ向かうという意志だけは伝わってきた。
その後背後から目覚ましの爆音が鳴って、驚きのあまり腰を抜かしてしまった。
こんな醜態を彼女に見られなくて良かった。
『さて本でも読むか』
カラーボックスから本を取り出す・・・取りっダス・・・取り出して見る。
俺が着目したのは歴史本の中に混じっていた日本史の本である。
しかしくっそ重くてかなわんな。人間で言うと自分の腰ほどの大きさがあり、重さは10kg近くあるようなものだ。
つくづく猫の体というものは、人間の真似事するには不便なんだなと実感する。
ページをめくるのすら手間取る始末だ。
ぺらぺらと本を眺めてみると、縄文弥生飛鳥室町江戸明治大正とざっと見てもさほど俺のいた日本と変わりないな。
ところどころで知らん名前が出てくるが、織田信長が天下統一したりなんかは無かった。
流し読みしていると俺の手が止まる。
どうも見過ごせない文字が目に入った。
『分割統治だと?』
世界大戦付近の文字を見てみると衝撃的な歴史が描かれていることが分かった。
’硫黄島陥落以後領空を制圧された我が国は度重なる空襲に遭う、またドイツ・イタリアの降伏を重く見た政府は
1945年7月26日に米英中の首脳の名において宣言された、日本に降伏を求めるポツダム宣言を受け入れた。
また我が国に先立って中華民国に降伏していた中華民国南京政府はそのまま吸収された。
南京政府が所有していた膨大な戦力はその後の二次国共内戦で活用されることとなる。
戦争後共通の敵がいなくなったことで、再び勃発した中華民国と中国共産党による内戦のため
我が国の軍事施設は接収された。
連合の支援を受ける中華民国とソ連の支援を受ける中国共産党の内戦は一進一退の攻防を見せ、
戦況は膠着化した。
極東軍事裁判では昭和天皇陛下への訴追がなされ、廃位の上、皇居に軟禁の憂き目にあった。
また昭和天皇陛下訴追に際し、陸軍の暴走の可能性があったが、裁判終了以後、
定期的に玉音放送があったためか、国内は不気味なほどの静けさを保っていた。
太平洋戦争に敗戦した我が国はサンフランシスコ条約により、
アメリカ、イギリス、ソ連、中華民国の4カ国による分割統治されることになった。
北海道及び東北をソ連に、関東・中部・関西・沖縄をアメリカに、
中国地方・九州をイギリスに、四国を中華民国に、東京などの重要拠点は各国が分割統治した。
戦争終了後ルーズベルトに代わり大統領となったトルーマンは米ソ対立を深化し、
それが欧州冷戦へと続いていった。
その余波がアジアに伝わると国共内戦の激化や朝鮮戦争を誘発することとなった。
我が国にも冷戦の影響があり、中華民国や英国の説得もあり、最終的には連合国に所属した。
その後連合国側は我が国の主権を回復し、ソ連も同様の処置をすべしと迫ったが、
ソ連はこれを拒否したため、我が国は不当占拠するソ連を排除するべく独立戦争を布告した。
当時は兵士不足であったため、志願兵を募った際に女性も参戦するという事態が発生した。
非力な女性仕官が戦うために大量の戦車が導入され、日本の山岳地帯を走破し、
多くの戦果を上げることとなった。
またこのとき若年仕官による船舶運用が成功し、戦況に貢献した。
北海道や東北内部の武装蜂起も起こり、ソ連は樺太まで撤退し、日本は列強からの支配から脱却する。
また同時多発的に起こっていた朝鮮戦争では連合国側は大敗し、朝鮮の臨時政府が中華民国内に設置された。
日本の独立戦争中、物資が少なくなり押されていた中華民国も共産党を押し返し、
両国が講和にたどり着いた。
中国北部を中国共産党が、中国中部から以南を中華民国が、長らく支配することとなる。
主権を回復した我が国は昭和天皇陛下の名誉を回復したが、
陛下の希望により、君主制ではなく民主制の国として生まれ変わることとなる。
朝鮮戦争は、日本と中国での戦線が終結したため、西側と東側の代理戦争となり、
日本は掃海を担当し、中華民国は義勇兵として朝鮮戦争に介入し、
戦線を38度線まで引き上げ、戦争は休戦となる。
’
『なんか大分歴史変わってるな』
その後も戦後の歴史を読んでいると日本地図に違和感を感じる。
年が経つにつれ地図に描かれた日本の形が歪になっているのだ。
そしてその答えも歴史の中に納まっていた。
『地球温暖化による海面上昇ね』
海面の上昇は大戦以前からも指摘されていたが、
東西の軍拡競争や二つの中国による工業化競争により、
急激に温暖化が進み、各国の海岸線の形が変貌している。
既に南極の凍土のほとんどが溶けてしまっており、
現在では海面が50mほど上昇しているらしい。
そのため冷戦期の各国は海上に領土を獲得すべく、
競ってメガフロート計画や超大型空母の開発に勤しんだ結果、
この学園艦の誕生と相成ったらしい。
先ほど見た大洗は学園艦が寄港できるように海中の土砂を掘り返して、
水深300メートルもある埠頭が整備されているそうだ。
掘り返された大量の土砂は、平地に盛られ海面上昇に対しての
平地の海抜を引き上げるという強引な政策をとっているらしい。
アホみたいな海中での採掘技術の上昇により、
海底資源の入手に成功し、日本は資源国家になってかなり裕福らしい。
海底鉱床やメタンハイドレードといった資源は学園艦の製作や運用に欠かせない要になっているようだ。
しかし全部の港や都市を守れるはずも無く、
地図の中には水没した地域も多くある関東や関西は頑張っているが、
北海道は石狩平野が完全に水没し、東西に完全に分かれている。
また海面の上昇により戦争の主流が空母打撃群となり、
主流から外れてしまった戦車は兵器としての側面が失われていき、
戦車道の競技用の車両として存続していくこととなったらしい。
『戦車道ってなんだよ』
俺は近代の猛烈な展開に疲れてしまい、
ぐったりと横になるとそのまま寝入ることにする。
とりあえず俺の知る日本ではないことは理解した。