俺が日本史やら世界史やら地理やらを確認していると、
玄関口からガチャガチャと鍵を開ける音がしてきた。
どうやら麻子が帰ってきたようだ。
読んでいた本をそのままに、トテトテと居間を出て玄関に向かう。
丁度麻子が引き戸を開けて入ってきたので、出迎えてやった。
『おかえり』
「・・・ただいま」
一瞬の沈黙の後、そう応えた麻子はパンパンに詰め込まれたビニール袋を玄関に置くと、
振り向いて後ろにいた人に話しかけた。
「沙織、これが私の新しい目覚ましのモコだ」
「へっ?この猫ちゃんが目覚ましなのー?」
背中まである明るい茶色のロングヘアーの女の子は、
私を少し見た後直ぐに麻子に向き直ると困惑した表情をしていた。
一体この少女は誰なのだろうか?かなり親しげにしているから友達ではあるだろうが・・・。
『麻子、この子が誰か紹介してくれないか?』
「これは私の幼馴染の武部沙織だ。私が新しい目覚ましを手に入れたといったら、何故かうちまで来た変な奴だ。」
「だって目覚まし時計が変わっただけで起きられるなんて不思議だったんだもん!って誰と話しているの?」
ころころと表情が変わり、感情豊かで愛嬌のあるこの子は麻子の幼馴染の沙織というらしい。
麻子とは対照的な子だな。
「モコ、いいものを買ってきたぞ」
『ほう、いいものとはなんだい?』
「首輪だ。こっちにこい。」
麻子が袋から取り出したのは鈴のついた赤い首輪だった。
ふむ、麻子も分かっているな猫といったら赤い首輪だろう。
麻子が私に首輪をつけてくれたので、もう少し緩めに調整して貰ってから、その辺を歩いてみる。
私が歩くたびにリンリンと小気味いい音がするが・・・。
「似合ってるぞ、モコ」
『麻子、鈴が煩いので取ってくれ』
「えー・・・分かった」
渋々といった感じで首輪から鈴を取り払った麻子は鈴をポケットにしまうと、
後ろで目を見開いている沙織に声を掛けた。
「どうした沙織」
「麻子が猫と喋ってる・・・頭大丈夫?」
『ああやっぱり麻子がおかしいのだな』
「二人とも失礼だぞ」
フンと鼻を鳴らして玄関から去っていった麻子に追従して居間に戻ると、
開いていた本を閉じて四苦八苦しながら本棚に戻す。
麻子が袋から猫砂や爪とぎ、猫の餌や猫についての本を出しているのを見て、
ペットショップに行っていたのだなと思っていると、
沙織が復活したのか麻子に食って掛かる。
なんで猫の言葉が分かるのかだの、猫と話せるのがずるいだのと、
問い詰められた麻子は辟易したのか、こっちに救いを求める。
さてどうしたものかと思い少し考えると、一つ閃いた。
『麻子、五十音順の書かれた紙を用意してくれ。それで筆談しよう。』
「おお、分かった用意する。沙織ちょっと離せ。」
麻子がA3くらいの紙に五十音順をひらがなで記すと、私は更にそれにはい、いいえ、わからないを付け足すように指示し、
成り行きを見守っていた沙織とこの紙を使って会話を試みる。
【わたしはもこ】
「わわっ!この子言葉が分かるの!?」
【はい】
「へ~、可愛くて賢いなんてすごい子!」
【さおりもかわいい】
「へへへ、もうやだーナンパー?」
ちょろい
猫から褒められて照れている沙織はソレをごまかすように、俺を撫で回してくる。
ちらりと麻子のほうを見ると沙織を呆れたように見ていた。
そしてそのまま俺たちを放置して、風呂場に向かっていった。
沙織はそんな麻子に気づかないまま俺に色々話しかけてくる。
途中から俺は沙織の膝の上に抱き上げられてしまい、
紙を使っての筆談ではなくなってしまったが、
まあ彼女は幸せそうだった。
「まだやってるのか」
『麻子、助けろ』
麻子が風呂から上がってきての第一声がこれだ。
つまり30分以上も沙織はこの調子で可愛がってきたわけだ。
今度は俺が麻子に助けを求める。
「沙織、モコが離してほしいって言ってるぞ」
「あっ、ごめんねモコちゃん」
【だいじょうぶ】
沙織の謝罪を受け入れにゃんと鳴いて、彼女に擦り寄り今後は過度に抱きしめないことを
約束して貰うと俺はほっと息をはいて安心した。
猫に謝ってくれた沙織は良く出来た人間だと思うが、
流石にああも引っ付いてこられると疲れてしまうので勘弁願いたい。
二人は立ち上がると台所に向かい夕食の支度を始めた。
二人は中々の手際で和食中心の献立を作り、
俺にも焼き魚とカリカリを出してくれた。
『二人は料理が上手だな』
「まあ一人暮らしだからな」
「ありがとー口にあった?」
『美味しいぞ、将来の旦那さんが羨ましいな』
「もうやだー!何もでないよ!」
食事中は紙を使えないので麻子に通訳して貰いながら会話をする。
沙織は褒めると直ぐにでっれでれになるのが面白い。
「今日はソド子の驚いた顔が見れて良かった」
「皆も驚いてたよ。教室に入ったら麻子がいるんだもん!」
『あまり人に迷惑かけないようにな』
食事中の話は麻子の遅刻の話が多く、
彼女が中々の問題だというのが発覚したが、
賑やかな食卓であった。
「じゃあまた明日ねー!モコちゃんもバイバイ!」
「おー」
『気をつけてな』
食事が終わると沙織は簡単に片付けた後、帰っていった。
皿洗いの手際も良く、いい嫁さんになるだろうと思う。
麻子には勿体無い友達だなというと、麻子は言葉少なく肯定すると、
袋をまた漁って今度はブラシを取り出した。
「こっちに来い」
『なんだ毛づくろいしてくれるのか?』
「いいから」
麻子の誘導に従い、彼女の前に座る。
『麻子』
「・・・なんだ」
『ありがとう』
「・・・」
心地よい沈黙の中、麻子は黙って俺の毛にブラシを通す。
10分かそこらの時間だったが、中々いいものであった。
麻子は俺をブラッシングをしていると眠くなったのか、
早々に布団を敷き始めて寝る準備を整えると、
俺にお休みというと寝に入ってしまった。
俺も麻子の布団の上に乗り、眠りに付く。
この体になってからの利点の一つが良く寝られるという点だと思っている。
特に夢を見ず、目覚ましの音で起きると麻子の枕元に向かい起きてるか確認する。
『今日は仰向けなのだな』
よく寝ている麻子を尻目に窓へ向かうと、
ガラスに爪をつき立て、そのまま轢き下ろす。
甲高い不快な音に体を震わせながら、同じように苦しむ同居人を確認する。
麻子が起きたのに合わせて、音を鳴らすを止め、しかめっ面の彼女の元にいく。
『おはよう』
「・・・おはよう」
『今日もいい天気だ』
今日も学園艦での一日が始まる。
沙織殿の肉じゃが食べてえな