学園艦の朝は早い。
洋上を巡航しているため太陽を遮るものが少なく、スッと日が入り学園艦を照らす。
艦上で高いものといえば150M以上ある艦橋に、100Mをやや超える山だけで、
他はそれほど高くないので学園艦のどこにいても日光を浴びることができるのは猫的にポイントが高い。
西へ行ったり東へ行ったりうろうろしている学園艦は、当然日の向きがよく変わる。
そのため南向きの窓が大きくとかそういうのはなく、民家の採光用の全方位に満遍なく窓は多い、商業施設などは天窓が設置されている。
そんな窓のカーテンの隙間から日の光が射し込み、部屋の中を僅かに照らす。
その光に反応して俺の意識が覚醒する。
『朝か・・・。』
大きく欠伸をしながら、前足を前に突き出し上半身だけを下げて体を伸ばす。
猫が良くやっているあのポーズを自然と行いつつ、横でぐっすりと眠っている麻子を見る。
今日は仰向けか。
規則正しく上下する布団の上に乗り、熟睡する麻子の顔を前足で叩く。
ぺちぺちと頬を叩くとだんだんと麻子の顔が緩み、僅かに目蓋が開いた。
おっ、今日は直ぐ起きるか?
『おはよう』
「んあ」
目を合わせてから、一呼吸間をおいて目蓋が閉じた。
この娘性懲りもなく寝ようというのか。
そんなことは俺が許さん。
ここで今日のおはよう作戦は第二段階に入る。
顔を叩くのではなく、顔の上に乗る。
フハハ苦しかろう。
『起きろ』
「フガフガフガ!」
ずっしりと身の詰まった肉体で顔を覆うことで、息が苦しくなって目が覚めるという寸法よ。
なおこのおはよう作戦は第三段階まであり、最終的には窓を使った音響攻撃を行う。
音響攻撃は諸刃の剣ゆえあまり使いたくない。
それに近頃の麻子は朝起きるのに慣れてきたのか第二段階で起きてくれることが多くなった。
なお第一段階で起きてくれたことは無いのだがっと、今日は第二段階で起きたようだ。
麻子に脇腹を鷲づかみにされ、顔から退かされ、ぺいっと放り投げられる。
軽々と着地した俺は四足歩行の生物特有のお座りをして麻子を見る。
そんな俺を非難がましい目で麻子が見てくるがスルー。
「はぁはぁ」
『おはよう』
「・・・おはよう」
ノロノロと起きはじめた麻子を身ながら今日はどうしたものかと考える。
現在、学園艦の艦首や右舷左舷、船尾といった飛行甲板全ての猫と顔を合わせたが、
学園艦内部にはまだ一回も足を踏み入れたことがない。
一度入ってみようかと思ったんだが、艦内の地図を見て諦めた。
飛行甲板と同じような面積が何十層と重なったそれはまさしくダンジョンであり、
舐めて掛かるとたちまち遭難してしまうだろう。
というか毎年遭難する生徒が多発しているらしく、
4月や5月など新入生が入ってくる時期は毎日のように艦内放送で迷子の捜索情報が流れている。
いやはや恐ろしいものだ。
それに猫だと艦内のドアが開けられないのがネックだ。
猫用のドアを作ってくれたらいいのにな。
麻子から朝食のカリカリを食べていると麻子が妄言を吐いてくる。
「もう夏休み入ったから起こさなくていいのに・・・。」
『昼夜逆転した生活を送ると休み明けが辛いぞ』
「それはそうだけど・・・、あっそうだった。」
ぶーたれる麻子を正論で殴っていると、彼女は壁に貼られたカレンダーを見て何かに気づく。
カレンダーには病院と掛かれているが、病院に行く用事でもあるのだろうか?
しかし今日は大洗に寄港する日でもないから病院には行けない筈だ。
もしかしてばばあが入院したのか?それで学園の連絡線を借りて大洗に行こうとでも言うのだろうか?
「モコ、病院に行くぞ。」
『なんだ麻子病気なのか?それにどうやって病院に行くんだ?』
「病院でお前の予防接種をしてもらう。今海上補給地に病院船が泊まっているからそこに行くぞ。」
ばばあではなく、俺の予防接種らしい。しかし病院船とはなんだろうか?
前の日本にはなかった船だな。
『病院船?』
「知らないのか?じゃあ説明してやる。」
病院船というのは、文字通り病院機能を装備した船舶のことで、災害時に海上からの大規模な医療支援を目的とした船である。
被災地に留まり継続的な診療と生活支援を行うことができ、海に囲まれた島国日本で非常に有用な船舶といえる。
病院船は洋上医科大学や洋上看護学校の医療練習船に所属しており、
平時には離島や海上補給地、学園艦を巡航して医療を行っている。
学園艦の船舶科医療係の生徒の大部分の卒業後の進路は大体病院船だといって過言ではないくらい重要なものらしい。
と熱心に麻子が説明してくれた。
「ちなみに今海上補給地に泊まっているのは四国の動物病院船だ。」
『動物用の病院船もあるのだな』
「当たり前だ。学園艦では動物を飼っている家庭も多いし、家畜を飼っている学校も多いからな。」
当然といった顔をした麻子に首根っこ掴まれて、猫用のキャリーに詰め込まれた。
ドナドナを歌いながら麻子に運ばれること小一時間、
学園艦から海上補給地、海上補給地から病院船に乗り移る。
まあ別に麻子が歩いて持って行ったのではなく、病院船まで専用のバスが出ていたんだがな。
純白の船体に大きく赤十字が描かれており、ああ病院っぽいなと直ぐに理解できた。
バスで甲板に乗り入れて、甲板上のヘリポートがバスの停留所らしくそこで降りる。
人の波の乗って艦内で予防接種の受付を済ませる。
犬や馬、亀や猫といった他のペットを眺めていると直ぐに自分の順番になり、大人しく注射を受ける。
傷だらけの医者に大人しい子だとべた褒めされ、麻子が誇らしげにするということもあったが、まああまり気にすることはない。
例えその後に入ってきた動物たちが大人しく首筋に注射を打たれても自分は関係ないのだ。
麻子がトイレに行っている間に見知らぬ七三のおじさんの人生相談に乗ったのも些細なことなのだ。
「聞いてくれよ猫君。また上司の尻拭いをしないといけないんだよ・・・。」
『俺はモコだ。』
ペットの砂ネズミをケースに入れたおじさんが話しかけてくる。
砂ネズミに話しかけろよ。
「猫君はいいなぁ。自由で気ままで、仕事も無くてのんべんだらり・・・。」
『毎日麻子の目覚ましと学園艦のパトロールしてるぞ。』
こう見えて忙しい俺になんて失礼なことを言ってくるおじさんだ。
こんな失礼なやつはおっさんで十分だ。
「はあ・・・もう学園艦1隻分の予算を仕分けされたんだって・・・また何処か廃艦にしないと・・・。」
『そうかおっさんも大変だな』
こんなところでそんなこと言っていいのか?
まあなんか白髪まみれでクマが出来ているし、かなりお疲れのようだ。
「ああどっかに後腐れなく廃艦できそうなのないかなー」
「763番の辻さーん!」
「あっ僕の番だから行かないと、じゃあね猫君!」
『じゃあな、おっさん』
おっさんはフラフラとした足取りで病室に入っていった。
砂ネズミより自分が病院行ったほうがいいじゃないか?
お、麻子がダッシュで戻ってきた。
聞いてくれよ麻子、さっきくたびれたおっさんがさー。
俺の声を無視してキャリーを掴んだ麻子は今まさに発車しようとしているバスを追いかけ、
何とか乗車に成功する。
大きく息を荒げた麻子は椅子にどっかりと座り、膝の上に俺のキャリーを乗せる。
「はあーはあーおっさんが何だって?」
『なんでもねえわ、休んどけ。』
そうかと言って即座に寝入る麻子に、次来るのが30分後だからといって走らなくてもいいじゃないかと思わなくも無かった。
そんな夏休みのある日だった。
船で調べていたら病院船なるものを知り、だしたいと思ったのがこの話。
日本の土地柄上ベストマッチする上にガルパン世界での親和性がヤバイ。
むしろなんで無いんだろうと思ってしまう。
そして次は誰を出そうか三週間くらい悩んで出てきたのが辻です。
最初は他の学園艦の子をだそうかと思ったけど、
近場の学園艦は千葉のチハタンで、チハタンってお嬢様学校だっけ?
お嬢様学校だと艦内に病院ありそうだと思ったので辻です。