武装神姫Cross Force   作:浦尾 有

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起動
第2話


 行きと同じ時間をかけて帰ってきたはずなのに、なんだかあっという間に自宅の最寄り駅に着いた気がするのは、どんな子なのだろうと、ワクワクしていたからに違いない。秋葉原から戻り家へ着くと辺りはもう暗くなっていた。

「ただいまー」

 家に着くと夕飯であろう揚げ物と味噌汁の良い香りがした。

「あ、お帰り。ごはんできてるよ」

 御剣家は父と母と宏彦の三人家族だ。その三人が一つの丸いテーブルで食事をするのだ。

 次々と運ばれる夕食のおかずの匂いを嗅ぎ付けた腹の虫が大きな悲鳴をあげた。神姫を買った後は金銭的問題もあり昼食は取っていなかった為、ついに我慢できなくなったのだろう。

「はは、お腹すいちゃった。荷物置いてくるよ」

 小走りで自分の部屋へ行き鞄と今日の戦利品を机の上に置く。

「お楽しみは少しお預けだな」

 家族の待つ食卓へ戻るやいなや、食べ物に感謝のいただきますを言う。手になじむ箸を持ち、ご飯を掻き込む。次はぷっくりと太ったエビフライ。揚げたてのカラッとした衣。そして弾力のあるエビ。ご飯が進む。

 サラダや味噌汁も次々と腹の中に入れ、通常よりも三倍早く食事を済ませるのであった。

「随分と美味しそうに食べるのね」

 宏彦の早食いに母は若干驚いているようだった。

「お昼食べ損ねちゃってさ。ごちそうさま!!」

 コップに入ったお茶を飲み干すと食器を流しへ置き自分の部屋へ篭るのであった。

 

 

「さて、と。まずは説明書からだな」

 箱の中から出てきたのは透明なケース。ブリスターパックで梱包されているのはメインの神姫素体と、それの主な武装と武器。そして……と呼ばれる物に分厚い説明書だ。

「えっと、まずはCSCか……」

 説明書とにらめっこしながら呟く。

 CSCとは『コア・セットアップ・チップ』の頭文字で神姫達の、脳とも心臓とも言える、最も大事な部分である。セット方法は、胸の装甲を外して、ルビー、サファイア、エメラルド等の何種類か存在する非常に小さな球体を三種類はめこむ必要がある。これは神姫の感情と記憶に大きく影響する為、一度セットした後に外すと全てがリセットされてしまう。つまり、一度外した後、同じ物をセットしても性格が変わってくる。

「こ、これか……いくらなんでも小さすぎるだろ」

 無くなりやすい為か小さなケースの中に様々な色の、米粒にも満たない球体がいくつも入っていた。この中から三種類を選ぶ事になる。

 ごくりと生唾を飲み、ピンセットを使いながら慎重にCSCを選んでいくのであった。

 CSCは丸く、ピンセットで掴もうとしても、転がったり滑ってしまい上手くいかない。

 精密機器の最も重要な部分。緊張からピンセットを持った手が震える。その時だった。

 確かにピンセットで挟んでいた赤色のCSCがパピョンッと消え去った。

「やっべ! 一個飛んでった! ……これは見つけるの大変そうだ……」

 散らかった自室を見渡し一人呟く宏彦。一時間以上探し、机の下に潜り込んだCSCを発見する事ができた。。

 四苦八苦しながらもセットアップ作業を進めていく。

「ふう……なんとかセット完了。次はクレイドルか」

 このクレイドルは、今日行った神姫ショップでオーナー登録をした際に貰った物だ。その時にID等の情報登録もした。

 CSCをセットした後はクレイドルをパソコンに繋げ、専用のソフトをインストールした後、神姫をクレイドルに乗せる。モニターには神姫ショップで登録したID等を入力する画面が出てきた。順序に沿い一字一句間違えないように入力していく。そして最後に起動のボタンが出てきた。緊張のクリックである。このクリックが彼女を誕生させるのだ。

「よし!」

 クリックする。が動かない。

「あ、あれ? 失敗? それとも中古だから? もしかして壊れてるのか!?」

 その時だった。微かなモーター音と共に、ゆっくりと立ち上がる彼女。

「た、立った……」

「ケモテック製MMSオートマトン 神姫 フェレット型パーティオ KT08F9L セットアップ完了 起動します」

 立ち上がると棒読みとも思える女の子の声でしゃべり始めた。

 機械的な棒読みな喋り方から、元気な少女といった、感情を感じる事にできる話し方に変わる。

「こ、これは何とも……」

 「やった! 動いた!」

 喜んでいるや否や次のセリフを話し始めた。

「オーナーの事は、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」

「お、俺の? そうだな……」

 この時ふと魔が差してしまった。

「〝おにぃたん〟なんて呼ばれたらちょっと嬉しいかもな……」

 宏彦は一人っ子であるのと同時に俊輔の影響で、妹という存在に憧れていた。少々捻じ曲がっているが。

「……」

「あぁ! やっぱ今のナシ! 普通にマスターで良いよ!」

 慌てふためく宏彦をよそに、神姫はその大きな目をパチクリさせる。すると、徐々にだが瞳に輝きを帯びる。

「登録完了……。ふみゃぁ、始めまして。よろしくなの、おにぃたん!」

 実際にそう呼ばれてみると凄く恥ずかしい。それにこの呼び方で人前に出るのは非常にマズイ。今まで隠していた妹好きという性癖が間違いなく露見する。

「だー! ナシナシ! おにぃたんはナシ! 俺の事はマスターって呼んでくれ!」

 急いで訂正を要求する宏彦。

「それで、おにぃたん。わたしの名前は?」

「話聞いてねぇ――――……こうなったらリセットを……」

「おにぃたん……?」

 少し潤んだ瞳が何かを訴えるように宏彦をじっと見つめる。

「む、無理だ……リセットなんて、できっこない……」

 神姫ショップの店員が言った言葉を思い出していた。〝でも僕はね、神姫は起動する前から命があるものだと思っているんですよ〟

 ここにあるのは一つの、紛れもない命なのだ。それをたった一つの、それも自分ミスで起きた事を理由に殺して良いはずがない。あってはならないのだ。

「おにぃたーん。なーまーえー」 

早く名前を付けてくれと言わんばかりにピョンピョンとその場でジャンプしながら名前をねだる。

「わ、わかったよ」

 目の前にいる十五センチの彼女に押し負ける。それに、無くし掛けたCSCを使っているからこその命。あそこで諦めていたらきっと別人格だったのだろう。

「……そうだな、〝ティア〟なんてどうかな? 神話に出てくる女神の名前だ可愛いかなと思うけど、どうかな?」

 このティアと言う名前は、秋葉原から帰る電車の中で考えていたものだ。

「うん! とってもかわいいの。よろしくなの、おにぃたん!」

 この〝おにぃたん〟にはしばらく慣れないだろうが。

「大丈夫だ。問題ない。かわいいから許す」

 ちょっとした手違いはあったものの、これが二人の出会いなのであった。

 その後は、ティアに世界の事をある程度教えた。

 これがなんとも、たまらないひと時であった。自分の話を飽きもせず、無邪気に聞いてくれる彼女。今まで感じる事の無かった幸福感であった。

「おにぃたん、物知りなのー」

「俺が知ってる世界なんてたかが知れてるよ。そうだ、明日、学校に来てみるか?」

「ガッコー? それ、なんなの?」

「学校って所は色々な人がいて、その中に先生や友達がいて勉強とかする所。まぁ、結構面白い場所さ」

「面白い所なら行ってみたいのなの!」

 ティアは目をキラキラさせていた。外の世界を見た事がないのだから当然だろう。

「まぁ、中には学校が苦痛な人もいるみたいだけどな……」

「それはなんだか可哀想なの……」

 明日からティアと少し変わった学生生活になるはずだ。明日のためにそろそろ寝とかなければならない。時計を見ると深夜二時を回っていた。

 ティアにおやすみを言うと急いで寝る支度を始めた。

 

 

「ふぁ……ねむ……」

 翌日、学校に到着し自分の席につくと大きなあくびをしてしまう。

 あの後、急いで寝ることにしたのだが、興奮していて十分な睡眠をとる事ができなかった。朝はなんとか起きることができたが、朝食は普段より適当に済ましてしまった。ティアはスリープモードのままだったので起こしてあげて、今は鞄の中にいる。

「ねー、もー出て良い?」

 鞄からティアの声が聞こえた。一応この学校はゲーム等の勉学に関係ないものも節度さえ守れば持ち込みが許可されている。次いで紛失などは全て自己責任となるため、自分で管理しなければならない。

「わるいな。今は出せないから。それまでスリープモードで待っててくれるか? 休み時間になったら起こすからさ」

 可哀想かもしれないが、こればかりは仕方が無い。博も同じく休み時間まで神姫を出すことはないだろう。

「よう。おはよー宏彦」

 相当眠そうな顔で挨拶してきたのは例の遅刻常習犯である俊輔だった。が、いつもなら遅刻ギリギリで登校する彼がこんな時間に来ているのは奇跡と言っても良い。

「おはよ俊輔。どうした? 昨日に引き続き早いじゃないか? 今日こそ雪でも降るのか?」

「あー、まだ春だって言うのに暑いから雪でなくても雨くらいは降ってもらいたいね。今朝はニーナに叩き起こされて……ふぁ……」

「ニーナ? ……ああ、もしかして昨日の神姫か?」

「あぁ。しっかし、遅くまでセットアップとかしてたから深夜アニメ見逃しちまったよ」

 俊輔はあくびを連発しながら言った。

「でも神姫に朝起こしてもらえるのって幸せだな。なんかこう、おせっかい焼きの幼馴染が起こしに来るみたいだったなー。まるでリアルなギャルゲのようだぜ!」

 目の下にクマを浮かべたままキメ顔で俊輔は言った。

「ははは。そりゃ幸せだね。おはよ二人とも。それにしても、ずいぶんと眠そうだね」

 博が笑いながら挨拶をする。宏彦と俊輔はすかさず博に挨拶を返す。すると朝礼の鐘が鳴り担任の教師が教室に入ってくる。

 一時間目は世界史。睡魔の呪文を唱えられ宏彦と俊輔は揃って机に没するのであった。

 

 

 一時限目の授業は殆ど寝てしまった宏彦も、二時限目以降はちゃんと起きて授業を受けた。

 俊輔にいたっては一時限目から爆睡。四時限目の中盤で目を覚ましたようだった。

 そして待ちに待った昼休みの時間である。

「あー腹へったー! さ、メシメシ。ニーナも出て来いよー。皆に挨拶だ」

 俊輔は鞄を開け、中から弁当の包みを出す。すると続いて青色の何かが飛び出し机の上に着地する。

「始めまして。あたくしがこのマスターの神姫、鷹型ラプティアスのニーナでしてよ。以後、お見知りおきを」

 薄い水色の神姫は、まるで上品なお嬢様を思い浮かべる優雅な一礼をしてみせた。

 セットアップから一晩しか経っていないのにここまでしっかりと個性があるものなんだな、と思わず関心する宏彦。

「随分としっかりした神姫だな。よろしく。俺は御剣宏彦だ。それで俺の神姫はっと……」

 鞄を開けティアをスリープモードから起こす。

「ふみゃ……。おはよなの」

 寝ぼけ眼をこすりながらあくびをする。昼だというのに寝ぼけているようだ。

「おはよう。遅くなってごめんな。ほら、皆に挨拶」

「ふぇ? あ、わかったのなの。えと、ティアっていう名前なの。よ、よろしくなの」

 突然見たことの無い人間や神姫に囲まれて緊張しているのか、少したどたどしい挨拶だった。

「よろしくね。ティア」

 スッと握手を求めるニーナ。

「よ、よろしくなの……えーっと……」

「あたくしとした事が、自己紹介がまだでしたわね。あたくしの事は、ニーナと呼んでくださいな」

 笑顔で自己紹介をするニーナ。それを見たティアは少し緊張が解れたようだ。

「よろしくなの! ニーナ!」

 差し出されたニーナの手をしっかりと握り返すティア。

「僕は高瀬 博。こっちが僕の神姫、マリンカ」

「よろしくお願いするであります!」

 一通り自己紹介が終わったところで神姫達は既に仲良く会話を楽しみ始めていた。

「さて、人間達はエネルギー補給するとしますか」

 神姫達の談笑を眺めながらの食事とはまた変わったひと時である。見ているだけで幸せな気持ちになる。

「なぁ、二人は今日の放課後、空いてるか?」

 神姫達を眺めていると俊輔が突然話しかけてきた。

「俺は空いてるよ」

「ごめん。僕は今日行くところがあって……」

「そっか、と言うのも、昨日博が言ってたゲーセンのバトルってのを体験したいなって思ってさ」

「俊輔君にはまだ早いんじゃないかな? もっと神姫と過ごしてお互いがわかりあえるくらいに……」

「そりゃ勿論ガチな対戦とかはしないさ。だから同じく昨日始めた宏彦と模擬戦みたいな感じで、えっと……なんとかシステムってのを体感したいなと」

「神姫ライドシステムでしてよ。昨晩、何度も言いましてよ? 神姫と一体化することで、あたくし達を操作するシステムだと、散々お教えしたではありませんか!」

 神姫が己のマスターを説教している図である。

「ごめんって。昨日いっぺんに色々言われたもんだから忘れちまって」

「まったく。教える身の事も考えていただきたくってよ」

 俊輔はペコペコと謝り続けていた。

「なるほど、初心者同士の模擬戦闘か。それなら危なくないし、動きを覚えるには丁度良いかもしれないね」

 博が顎に手を当ながら呟いていた。

「だろ? てことで宏彦、放課後、いつものゲーセンで集合な」

 この町はそこそこ栄えてはいるが、二人が行ったことのあるゲームセンターは数える程度しかない。

「それなら、いつもの所より少し離れてるけど、隣駅の方が良いよ。あそこには確か神姫バトル用の筐体があったはず。それに僕も用事が済んだら後から行ける距離だし、時間があったら僕がコーチしてあげるよ」

「おっ! そりゃ助かるぜ! くぅー放課後が楽しみだなぁ!」

 俊輔は凄く楽しそうであった。が、宏彦も同じように楽しみなのだ。

「神姫ライドシステム……いったいどんな感じなんだろう?」

 宏彦は神姫ライドシステムであんな事やこんな事を妄想している時だった。

「ねーねー、おにぃたん。ゲーセンってなにー?」

 数秒間周りが凍りつく。

「おにい……たん?」

「お前がオタクになったのは知ってるが、そんな性癖が芽生えていたとは……」

 冷たい視線が宏彦を突き刺す。

「……しまった――! 昨日の夜で慣れてこの呼び方が普通だと錯覚していた……くそう、武装神姫……なんて恐ろしい子なんだ」

 たった今、隠していた妹好きという性癖が露見した。周りの視線が一斉に宏彦へと集中していた。

「うう……これは悪夢だ……」

 頭を抱える宏彦をよそに、昼休み終了の鐘が鳴り響いた。

「っと、次の授業は教室移動だったな。行こうぜ〝おにいちゃん〟」

 面白いネタを見つけてしまった俊輔はすぐさま宏彦を茶化すのであった。

「頼む! 勘弁してくれ! これには深いわけがあってだな!」

 この後、宏彦はしばらく周りから〝お兄ちゃん〟と呼ばれる事になった。

 ティアはというと状況が理解できないのかキョトンとしていた。

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