どうぞ
「………………」
「………………」
一夏達が使っているのとは反対側の更衣室。人口過密のそこにあってなお、冷気を放つ一角があった。一人はラウラ・ボーデヴィッヒ。もう一人は篠ノ之箒である。二人の放つ異様な気配に、すし詰めで生まれた粗熱も二の足を踏んでいるかのようだ。
(初戦の相手が一夏!?なんという組み合わせだ……)
箒は静かにまぶたを閉じながら、その心中は穏やかではなかった。ペア参加への変更が決まった日、どう言って一夏を誘うかを考えていたら夜はどっぷりと更けていた。せめて日付が変わる前にと部屋を訪れると、待っていたのは「もう簪と組んだから諦めてくれ」という返事だった。
それからどうしたものかと考えている内に締め切り当日になってしまい、ペアが抽選で決まってしまった。それがよりによってラウラであった。一年で抽選ペアになったのは箒とラウラだけだったらしい。
(私は何が何でも優勝しなくてはならないというのに!)
――最悪。最悪である。
確かに戦力としては十二分だろう、ついさっき千冬に出会し「良かったな篠ノ之。ボーデヴィッヒとのペアなら優勝出来るかもしれないぞ」と肩をポンと叩かれて声を掛けて来たのだ。
(千冬さんがそう言ってくれるのはありがたいが、しかし……)
箒とラウラは全く意見が合わない。何せ向こうはこっちの話を聞く気などハナからなく、一度口を開いたのも「邪魔しなければそれでいい」という不遜に充ち満ちた言葉だけである。
そりが合わないのである。
しかし、それ以上に箒が抱いているのは――近親憎悪だった。力が全てだと思っている姿は、かつての自分そのものに見えた。まるで過去の醜悪な姿を見せつけられているかのようで、箒は嫌で嫌で堪らなくなる。
(……いや、今は考えないでおこう)
そうしなければ戦えない。――そうしなければ、一夏とは、戦えない。箒は組んだ腕に僅かに力を込めて、静かに意識を集中させていった。
(とりあえず面倒な奴同士を組ませる事に成功したな……)
千冬は箒とラウラを見ながら内心ホッとしていた。
ラウラは一匹狼、箒は一夏と組みたがる事はわかっていたがすでに簪とペアになっている為に他に組む相手がいない状況でのペアである。
(まあ、お互いに協力する気はないな……いくらボーデヴィッヒの技量でも限界はある)
個人であれば、ラウラは優勝を狙えるだろう。しかしペア戦となれば話は別だ。お互いに協力して戦いを有利にしなければ優勝は出来ない。ラウラは力が全てと思い込み一人で出来ると慢心しているだけに協調性は全くない。
(さて、ここまでのお膳立てはした。後は一夏、簪頑張れよ)
別の更衣室に待機している弟とその恋人にエールを送りながら自分の持ち場に戻っていった。
――――――――――――
「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたと言うものだ」
「あっ、そう。俺は別に決勝の舞台でも良かったけどな」
試合開始まで後5秒。4、3、2、1―開始。
「叩きのめす」
ラウラの言葉を聞きながら、試合開始と同時に俺は瞬時加速を行う。この一手目が入れば戦況はこちらの有利に大きく傾く。
「おおおっ!」
「ふん……」
ラウラが右腕を突き出す。――来るか。
俺は昨日、生徒会室で作戦会議中に刀奈さんと虚さん達から情報とその対策についての意見を聞いていた時の事を思い浮かべた。
『AIC?ですか?』
『はい、シュヴァルツェア・レーゲンの第三世代型兵器です。アクティブ・イナーシャル・キャンセラーの略称で慣性停止能力です』
『なるほど……』
『ちなみに一夏君はPICはわかってるわよね?』
『ええ、パッシブ・イナーシャル・キャンセラーの略称で浮遊、加速、停止を意味してますよね』
『その通りよ。ちゃんと勉強しているみたいね』
『そりゃあ教えてくれる人達が優秀ですから、ちゃんと理解してますよ』
『ふふっ、ありがと』
『どういたしまして〜』
『では、話を戻しましょう。AICの理屈としては空間圧作用兵器と似たようなエネルギーで制御しているてみられます』
『つまり、範囲内に入らなければ捕まらない訳ですね?』
『それだと一夏君はかなり不利な戦い方をしなければならないわね』
『確かに……俺のは近接型ですからかなり不利だから、その為には簪の力が必要になりますね』
『そうですね。むやみやたらに攻撃を行えば相手の術中にはまります。そこで簪様の出番です』
『もしかして、一夏がおとりになって私が攻撃するの?』
『言い方が悪いがその通りだな』
『そうね、勝つ為には一夏君もだけど簪ちゃんの力が必要になるの、行けるわね?』
『うん。大丈夫』
その後もあの手この手の作戦を考えてその日を終えての当日。
(かかったな)
ラウラがAICの網に掛けて捕まえようとするが―
「何っ!?」
「なあっ!?」
俺は向きを変えて、AICをかわして箒に突撃する。
「まずはお前からだ!」
「貴女は邪魔!」
簪も俺の後を着いていき箒に攻撃を仕掛ける。俺達の作戦としては真っ先に箒を撃墜させて、それからラウラを叩くという考えだ。
「私を無視するとはいい度胸だな!」
プラズマ手刀を展開したラウラが俺達の背後から迫ってくる。まあ、当然だよなまるで眼中無しと言わんばかりの行動と考えたか……
「ちっ……」
「私が足止めする?」
「いや、いい。真っ先に篠ノ之さんを倒そう」
「わかった」
簪はそう提案するが今の俺達ならかわしながら攻撃するくらい問題ない。いち早く箒を撃墜する事を優先にした。
「ひ、卑怯だぞ!?二人がかりで仕掛けるな!!」
箒は俺達の攻撃を近接ブレードで弾いていくが―
「悪いが即刻退場してもらうぞ!」
「早く終わらせる!」
俺達は箒が捌ききれない手数で応戦、シールドエネルギーを削っていく。
「くっ……」
「これで……終わりだ!」
「し、しまっ……ああっ!!」
俺は一気に畳み掛ける様にしての居合い斬りと簪の荷電粒子砲が当たり、残量0―リタイアだ。見ると箒は悔しそうにしていたが同情はしない。
「第一段階はクリア。ここから本番だ」
「うん」
「先に片方を潰す戦法か。無意味だな」
俺達が振り返ると腕を組みながらラウラはそう言って来た。どうやら箒ははなから数には入れていないのだろう。しかし、俺達にとっては意味はある。
どちらも俺を狙ってくるだけに両方を対処するのは正直キツイ。そこで倒しやすい箒に的を絞り簪と一緒に撃墜してラウラに集中しようと予め決めていた事だ。
「作戦は成功してるんだ。後はお前を倒せば終わりだ」
「私と一夏のコンビネーションで勝つ」
――――――――――――
「ふあー、凄いですねぇ。2週間ちょっとの訓練であそこまでの連携が取れるなんて」
教師だけが入る事を許されている観察室で、モニターに映し出される戦闘映像を眺めながら真耶は感心したように呟く。
「やっぱり織斑君って凄いです。才能ありますよね」
「ふん。更識達と訓練しているからこそ、あそこまでの実力と連携が出来て当然だ。まあ、本人は才能はないと言っているがな……」
若干呆れ気味に言う千冬に、真耶はやや苦笑い気味に言う。
「そうだとしても、他人がそこまで合わせてくれる織斑君自身が凄いじゃないですか。魅力のない人間には、誰も力を貸してくれないものですよ」
「まあな……(確かにそうだな、一夏の魅力に惹かれて更識姉妹は恋人になり、布仏姉妹は一緒に協力してくれているな)」
真耶の的を得た言葉に千冬は感心していたが、真耶は照れ隠しなんだと考えて深くは気にしていない。
「それにしても篠ノ之さん、あっさり負けてしまいましたね」
「専用機がなければあんなものだろう。もっとも、ちゃんと連携が取れればあっさり負ける訳がないな……」
しっかりと連携が取れていないな。と付け加えて、千冬はモニターに視線を戻す。そこでは一対二でありながら、互角に渡り合うラウラの姿があった。
「そういえば、ボーデヴィッヒさんは助ける素振りも見せませんでしたね………確かに強いですけど……」
「ああ……変わらないな。強さを攻撃力と同一だと思ってている。だがそれでは――」
一夏と簪には勝てないだろう。しかし、その言葉は決して口にはしない。身内贔屓になる訳にはいかないが、このカードは自分に関わっている人達の為言っても言わなくてあまり変わらない事は間違いない。
ワアアアッ!
会場が一気に沸いた。その歓声が観察室まで直に響いてくる。
「あ!織斑君が居合いの構えを見せましたね!一気に勝負をかけるつもりでしょうか」
「いや、あれは……誘いをかけているな……何を狙っている?」
「えっ?えっ?そんな事がわかるんですか?流石姉弟ですね―。私、感心しちゃいま―」
「山田先生、放課後の補習項目に新しい教科を担当して貰うか。内容は『どうして胸が大きくなったか?の豊胸術』だ」
「や、止めてくださ――い!!そんな恥ずかしい事はやりたくありませ――ん!!」
顔を真っ赤にして慌てて首を振り手を振りと大忙しの真耶に、千冬は低い声で畳み掛ける。
「私は身内のネタでいじられるのが嫌いだ。多少は我慢するが、度が過ぎると本気でやらせるから覚えるように」
「は、はい……。すみません……」
顔を真っ赤にしたまま真耶はしぼんでしまう。それがあまりに可哀想だったのか、千冬はぽんと軽く頭を撫でた。
「さて、試合の続きだ。どう転がるか見物だぞ」
「は、はいっ」
――――――――――――
「これで決めるっ!」
雪片を鞘に納め居合いの構えながら、ラウラへと直進する。
「触れれば一撃でシールドエネルギーを消し去ると聞いているが……それなら当たらなければいい」
ラウラのAICによる拘束攻撃が連続で襲いかかる。右手、左手、そして視線。それらの目に見えない攻撃を俺は急停止・転身・急加速でかわす。
「ちょろちょろと目障りな……!」
立て続けの攻撃にワイヤーブレードも加わり、その攻勢は熾烈を極める。しかしこっちには最高にして最強のパートナーがいる。
「一夏!私が隙を作るからそこを攻撃して!」
「わかった!」
荷電粒子砲でラウラを牽制しながら、俺が攻撃しやすいようにサポートしてくれる。つくづく、簪と組んで良かったな。安心して俺の背中を預ける事が強みだ。
「ちっ……小癪な!」
ワイヤーブレードをくぐり抜け、俺はラウラを射程圏内へと接近する。
「無駄だ。貴様の攻撃は読めている」
「普通に斬りかかれば、な。――それなら!」
俺は納めていた雪片の柄をラウラに向けて、指で弾く。
「!?」
斬撃が読まれるのなら、俺は奇策で攻める。鞘から抜き出た雪片はラウラを襲う。
「無駄な事を!」
突然な攻撃にラウラ一瞬動揺するが雪片をかわし、AICで俺の体を固定した。
「ふん。武器を投げて隙を作るとはな……だがお前の動きを止められれば――」
「……随分と余裕だな、今は俺だけが戦ってるんじゃないんだ。これはペア戦、二人組なんだぜ?」
「!?」
慌ててラウラは視線を動かすが、もう遅い。すでに零距離まで接近した簪が、俺の投げた雪片を使い素早く斬撃を叩き込む。次の瞬間、ラウラの大口径レールカノンは真っ二つに斬られ爆散した。
「くっ……!」
やはり、予想通りだ。ラウラのAICには致命的な弱点があった。それは『停止させる対象物に意識を集中させていないと効果を維持出来ない』事だ。このおかげで俺の拘束は解除されていた。
「一夏!」
「ああ!」
簪から雪片を受け取り、再び鞘に納めて構える。
――そろそろ決めるぞ!
「やらせるか!」
ラウラは両手にプラズマ手刀を展開して俺の懐に飛び込んでくる。
「ちいっ……!」
俺は雪片を抜き、鞘を使いながらラウラの攻撃を捌いていく。
「一夏はやらせない!」
「邪魔だ!」
ラウラは俺の攻撃の手を休めないまま、援護に入ろうとした簪をワイヤーブレードで牽制する。そのどちらもが精度の高さとスピードを伴った攻撃で、改めて相手の技量の高さを思い知らされる………。
「くっ……近寄れない!」
「この間に貴様を墜してくれる!」
ワイヤーブレードをかわすのが精一杯の簪にラウラは俺との勝負を急いだようだ。
――しかし
「何っ!?」
プラズマ手刀の刃を弾きラウラの体は仰け反った。
「ただやられっぱなしは癪なんでね。反撃させて貰う!」
仰け反った体制のままのラウラのボディに膝蹴りを喰らわせる。
「がはっ!」
俺の膝蹴りが決まり、ラウラは溜まっていた息を吐き出された声をあげる。
「まだ終わりじゃないぞ!」
俺はラウラの背後に回り、羽交い締めの体制を取った。
「くっ……離せ!」
「ああ、離してやるよ。この一撃でな!」
拘束されて解放しようと暴れるラウラの右腕を取り、グルンと振り向かせる。いわば社交ダンスのような感じだな。
「おおおっ!」
俺はそのままラウラの首にラリアットを喰らわせる。
「がっ!?」
俺のラリアットを喰らいラウラは1回転する。かなり効いていればいいが―
「き、貴様―――っ!」
ラウラは俺の攻撃に激昂するが足取りはフラフラとしていた。効いてるな……よし!
「簪!」
「うん!『山嵐!』」
俺は今まで待機させていた簪を呼び、切り札でミサイルの雨を降らせる。
「っ!?」
初めて、ラウラの表情に焦りが見えた。それは、文字通りの必死の形相だった。
「おおおっ!」
ラウラはプラズマ手刀でミサイルを切り落としていくが、数が多く回避は出来ない。
「ぐううっ……!」
俺は簪の射程圏内から離れてラウラを見るとミサイルが一発、また一発と当たっていく。今まで大技を出す為の時間を稼いでいたから強力だ。
「があああっ!」
ラウラは必死にもがき叫ぶがエネルギーの残量は減っていくのみだ。
(終わったな……)
俺はラウラの機体から紫電が走り、IS強制解除の兆候を見せ始める。
「あああああっ!!!!」
突然、ラウラが身を裂かんばかりの絶叫を発する。と同時にシュヴァルツェア・レ―ゲンから激しい電撃が放たれる。
「な、何!?」
「ISが変形していく……」
俺も簪も目を疑った。その視線の先には、ラウラが……ISが変形していた。いや、変形などという生やさしい物ではない。装甲を型どっていた線はすべてグニャリと溶け、どろどろの物になって、ラウラの全身を包み込んでいく。黒い、深く濁った闇が、ラウラを飲み込んでいった。
「なんだよ、あれは……」
俺は無意識にそう呟いていた。おそらく、それを見ていたであろう全ての人間がそう思ったに違いない。
「一夏……」
簪は目の前の光景に恐怖を感じたのか俺の側に近寄る。俺は簪を安心させるように肩を抱き、警戒する。
やがてシュヴァルツェア・レーゲンだった物はラウラの全身を包み込むと、その表面を流動させながらまるで心臓の鼓動のように脈動を繰り返し、ゆっくりと地面へと降りていく。
そしてそこに立っていたのは、黒い全身装甲のISに似た『何か』。しかしその形状は先月の襲撃者とは似ても似つかない。ボディラインはラウラを表面化したままで、最小限のアーマーが腕と脚につけられている。そして頭部にはフルフェイスのアーマーに覆われ、目の箇所には装甲の下にあるラインアイ・センサーが赤い光を漏らしていた。
その手に持っている武器を見て思わず息を飲んだ。
「《雪片》……!」
かつて千冬姉が振るっていた刀。それに酷似していた……。
「嘘だろ……」
「な、何で……」
俺と簪は目の前のラウラだった姿に言葉を失ってしまいそうだ。
「………」
なぜなら、千冬姉もどきが目の前にいるのだから………。
次話でラウラ戦決着、二巻終了まで持っていきたいと思います。