時間はあっという間に過ぎ、現在七時半。大広間三つを繋げた大宴会場で、俺達は夕食を取っていた。
「うん、美味い!昼も夜も刺身が出るなんて豪勢だなぁ」
「そうだね。IS学園だからかな?」
「そうかもね〜」
そう言って頷いているのは簪と本音だ。右に簪、左に本音で座っている。今は全員がそうであるように、二人共浴衣姿だ。よくわからないが、この旅館の決まりらしい。『お食事は浴衣着用』だって。
「それよりも一夏、いいの?」
「何がだ?」
食事を楽しんでいると簪が俺に話し掛けてきた。
「私達の関係の事を話す事だよ」
「あ〜……」
簪の言葉にさっきまで食事を楽しんでいた気分は萎んでいく。
「………一夏、大丈夫だよね?何か嫌な感じがするの……こう、もやもやしたのが離れない……」
不安気な表情で俺の顔を覗き込む簪に少し気持ちが揺らぐ………。
「大丈夫だ、心配し過ぎだって簪」
「そうだよ〜。何事も〜ポジティブにいこうよ〜」
簪を不安を取り除こうとして、俺と本音はそれぞれ声を掛けた。正直俺にも不安はある………がしかし、このままではいけない事は間違いない。
(何かあれば、千冬姉が止めるだろうし俺も頑張らないとな………)
いくら何でも暴れはしないはず………だよな?いかん急に不安になってきたな、おい……。食事が終わるまでどう対処するか、頭を悩ませるのだった。
――――――――――――
「ふぅ、さっぱりした」
食後に温泉。なんという贅沢だろうか。
(これで刀奈さんも一緒にいてくれれば良かったな……。更にプライベートならもっと楽しくなりそうなんだよな……)
ここにはいないもう一人の俺の恋人に想いを馳せながら、部屋に戻ってきた。
(千冬姉も温泉かな?)
部屋にいないところを見ると、たぶんそうだろう。――と、ちょうど千冬姉が帰ってきた。
「ん?一人か?簪と本音はいないみたいだな」
「二人はまだ温泉だよ。もう少ししたら来るさ」
「そうか、いよいよだな」
「ああ……」
千冬姉の言葉に自然と俺の顔が強張る。
「大丈夫だ。私が何とか抑えよう。教師であり、世界最強だからな大船に乗ったつもりでいろ」
俺の顔を見て、千冬姉は声を掛けてきた。緊張を解してくれたのだろう、その言葉だけでもありがたい。
そして、簪と本音がやって来て二人もそわそわし出した。
「千冬姉久しぶりにマッサージしていいか?何かしてないと気が滅入りそうだよ」
「やれやれ……しょうがないやつだな……」
――――――――――――
(織斑先生から大事な話があると言われて来ましたが一体何でしょうか?)
セシリアは千冬に呼ばれて、部屋に来いと言われたので向かっていた。
(わたくし、何か悪い事でもしたのでしょうか?でも代表候補生としての振る舞いで何かあっては困りますわね)
大事な話で首を傾げるセシリア、しかし、良い方ではなく悪い方に考えが傾くだけに内心不安を隠せない。
「………」
「………」
「あら?」
部屋の前、その入り口のドアに張り付いている女子が二名。
「鈴さん?それに箒さんまで。一体そこで何を―」
「シッ!!」
鈴がそう言うなりセシリアの口を塞ぐ。状況がわからずにもがいていると、ふとドアの向こうから声が聞こえた。
『千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?』
『そんな訳あるか、馬鹿者。――んっ!す、少しは加減をしろ……』
『はいはい。んじゃあ、ここは……と』
『くあっ!そ、そこは……やめっ、つぅっ!!』
『すぐに良くなるって。だいぶ溜まってたみたいだし、ね』
『あぁぁっ!』
…………。
「一体、何ですの?」
ドアからの声に首を傾げるセシリア。
「…………」
「…………」
鈴と箒は、ズーンと沈んだ表情をしている。その様子はまるでお通夜さながらだった。
「オルコットです。入ってもよろしいでしょうか?」
セシリアは二人を気にせずにドアをノックして向こうに千冬達に声を掛ける。
「来たな、オルコット………何だ?コイツらは?」
「さあ?わたくしにはわかりません」
ドアを開けて千冬が出迎えたが向こうで沈んでいる箒と鈴に首を傾げた。
「まあ、いい。お前達も入ってこい――その前にボーデヴィッヒとデュノアを呼んでこい」
「「は、はいっ!」」
鈴と箒は駆け足で二人を呼びに行った。
「おお、セシリア来たか。いらっしゃい」
「一夏さん?それに本音さんと簪さんまでどうしてここにいますの?」
セシリアは部屋の中にいた一夏達がいた事が気になり尋ねてみた。
「ああ、俺の部屋はここなんだ。それに二人がいる理由はこれから言う大事な話があるんだ」
「大事な話ですか?」
「ああ」
そう言って頷く一夏を見て、セシリアは何かあるのだろうと考えた。
(悪い事ではなさそうですわね……)
セシリアは悪い事ではないとわかり内心ホッとした。それから暫くして四人がやってきて千冬に言われた通りにそれぞれ好きな場所にと座った。
『……………』
俺達は座ったまま止まってしまっている。隣には簪と本音。向かい合うに箒、鈴、シャルロット、ラウラその間に千冬姉とセシリアが座る形になった。
「おいおい、葬式か通夜か?いつもなら話くらいは出るだろ?」
「い、いえ、その……」
「緊張してしまいまして……」
「まったく、しょうがないな。私が飲み物を奢ってやろう。篠ノ之、何がいい?」
千冬姉からのいきなり呼ばれて箒はビクッと肩をすくませた。何を言っていいかわからないようだ。
「ほれ。ラムネとオレンジとスポーツドリンクにコーヒー、紅茶だ。それぞれ他のがいいやつは各人で交換しろ」
そう言い、俺達はそれぞれ飲み物を手に取る事にした。
「い、いただきます」
全員が同じ言葉を口にして、そして次に飲み物を口にした。全員の喉がごくりと動いたのを見て、千冬姉はニヤリと笑った。
「飲んだな?」
「は、はい?」
「そ、そりゃ、飲みましたけど……」
「な、何か入っていましたの!?」
「失礼な事を言うなバカめ。何、ちょっとした口封じだ」
そう言って千冬姉が新たに冷蔵庫から取り出したのは、星のマークがキラリと光る缶ビールだった。プシュッ!と景気のいい音を立てて飛沫と泡が飛び出す。それを唇で受けとって、そのまま千冬姉はビールを飲んでいく。
「織斑先生、仕事中ですよ……」
俺は非難気味の視線をぶつけながら一応注意した。これから大事な話をするのに酒を飲まれて困る。
「堅い事を言うな。それに今日の分は終わりにしているから大丈夫だ」
「そうですか」
そこまで言うのなら、咎めないがせめて話が終わってからにして欲しかったな。
「さて、そろそろ本題に入るとしよう………ボーデヴィッヒ」
「は、はい!」
千冬姉に呼ばれてラウラはビシッと立ち上がる。
「お前は何故、織斑を嫁と呼ぶのだ?鷹月がいるはずだが未だにそう言ってくるから気になっていた。理由を話せ」
「は、はいっ!実は―」
千冬姉に言われてラウラは理由を話だしたが……俺達は呆れてしまった。
聞けば、俺に好意を持ったがどうすればいいか解らず自身の部隊の副官であるクラリッサという人に聞いたら『日本では気に入った相手を嫁にする風習がある』と教えたそうだ。なので俺に対して嫁と呼ぶのはそれが原因らしい……あの時、ラウラにヘッドバット所謂頭突きを喰らわされると思って回避したがあれはキスしようとしてたんだな………(鷹月さんに)悪い事したな……。
「そうか……大体わかったが間違えているぞ」
「えっ!?」
千冬姉の指摘に驚くラウラ。確かにその通りだ。
「お前の言う、気に入った相手を嫁にする風習は日本の一般的にはない!それから嫁という言葉は女性に対してだ。織斑は男だ。まったく、当てはまってない嫁ではなく婿だ。日本語をちゃんと勉強しろ」
「そ、そんな………」
ガーンとショックを受けるラウラ。もう少し考えて発言しような。
「わ、私のやっている事は……ま、間違えていたのか……?」
「うん」
「そうよ」
「そうだ」
「そうだよ〜」
「そうですわ」
「間違いだらけだね」
「おかしいと思わなかったのか?」
とそれぞれ返事を返す俺達。これで少しは正しい方向に行って欲しいな……。
「まあ、織斑に好意があるのはわかった。やり方はおかしかったがな…」
「うぅ〜……」
千冬姉の追い討ちの言葉にラウラは恥ずかしさからか唸り声をあげた。
「だが、お前のその想いはもう叶わん。………そうだろう織斑」
「「「「えっ?」」」」
うおっ!?ここで俺に振るのかよ!!無茶振りもいい所だよ!!
「ど、どういう事だ?私の想いが叶わないって……」
「実は俺には好きな人がいて、もう付き合っているんだ」
「それってもしかして」
「ああ、恋人が既にいるんだ」
「「「「嘘だ!!?」」」」
俺のカミングアウトに反応して叫ぶ四人。まあ、納得はしないだろうな……。
「は、はは……一夏にしては面白い冗談だな」
「そ、そうよね。あたしは聞き間違いをしたのよ。そうよその通りよ」
鈴と箒は昔の俺を知っているだけに冗談と受け取ったみたいだが現実逃避に見えなくはない。
「ちょっと待って恋人ってまさか……」
シャルロットの言葉に一斉にある人物に向けられる。
「「「「こいつか(よ、だね)!!」」」
四人が指差したのは――。
「ふええ―っ!?ち、違うよ!!」
何故か本音だった……おいおい、一緒にいたからと言って付き合ってはいないぞ。
「違うよ。俺の恋人はこっちだ」
そう言って簪の肩を抱き、引き寄せる。
「俺は簪と恋人としてお付き合いしてるんだ」
「い、いつから?」
「中学二年の頃に俺から告白してそれから付き合いだしたな」
「そ、そういえば生徒会長とも仲良かったよね?も、もしかして―」
「そうだ。俺は楯無さんと簪、二人と恋人同士になっているんだ」
シャルロットの疑問を俺はこう返した。
「まあ、そうでしたか。仲がよろしかったから、まさかと思いましたがそういうご関係でしたのね」
「悪いな、なかなか切り出せなくて」
「いいえ、何かしらの事情がおありでしょうから一夏さんかお話ししてくださると思っていましたから、わたくしは構いませんわ。おめでとうございます、わたくしは応援しますわ」
「ありがとうセシリア」
笑顔で祝福してくれるセシリアに感謝した。本当にありがとう。
「俺に好意を持ってくれたのはありがたいがもう相手がいるんだ。諦めてくれ」
俺は四人対して深々と頭を下げた。まあ、シャルロットとラウラはどうかはわからないが、箒と鈴は納得がいかずに襲撃してくる可能性があるかもしれないがそこは覚悟を決めていた。
「「う、うわあぁぁぁぁん!!」」
鈴とラウラは泣きながら部屋を飛び出して行った。まあ、そうなるか。
「……そんな……一夏が……」
箒はふらふらとしながら部屋を後にした。とりあえず最悪な展開はなかったみたいだな………。それからすぐに解散という形になり、散り散りになって部屋から出ていった。
「シャルロットさんは大丈夫なんですか?」
隣に歩いていて、失恋しているはずなのに笑顔が崩れないシャルロットを見て気になって尋ねるセシリア。
「ん?大丈夫だよ。一夏が二人と恋人になっているのは何となくわかっていたんだよね」
「そうでしたか」
「それにね。僕は負けないよ、いつか一夏を僕のものにするんだ。あの二人から奪い取ってみせるよ」
「えっ!?」
シャルロットの言葉を聞いてセシリアは耳を疑った聞き捨てならないセリフを言ったからだ。
「それって冗談ですわよね?」
「ううん、本気だよ。略奪愛って燃えるよねセシリア?」
「さ、さあ……」
シャルロットの言葉に思わずドン引きするセシリア。
(こ、この方が一番危ないかもしれませんわ……)
ひくひくと口元震わせて、ひきつった笑みを浮かべながらそう思うセシリアだった。
「あれ?」
静寐は走っていくラウラを見掛けた。
「ラウラ……どうしたんだろう?」
様子がおかしい事に気付き後を追いかける事にした。
「確か、ここに……いた」
少しして歩き回るとポツンと立っている銀髪の少女を見つけた。
「ラウラ」
「っ!?」
静寐に呼ばれてビクッと反応するラウラ。
「……静寐?」
「ラウラ?な、何で泣いてるの!?どうしたの!?」
涙をポロポロと流しながら振り返るラウラに静寐は驚いた。
「静寐、し〜ず〜ね〜!!」
ラウラは耐えきれずに静寐に抱き着き号泣し出した。
「よしよし、安心していいからね」
静寐はラウラが落ち着くまで抱き締めながら頭を撫でてあげて、暫くすると眠ってしまい。そのまま部屋に帰っていった。
「一夏……一夏……」
箒はふらふらしながら、外へと歩いていた。
「そんな……私じゃないのか、私じゃ……」
ブツブツと呟きながら、人が来ない場所までたどり着き。
そして―
「うっ、うっ、うわぁぁぁぁ!!」
箒はおもいっきり泣き叫んだ。誰の目に気にせず、わんわん泣いている。
「………箒ちゃん」
そんな箒を物陰からこっそりと覗く人物がいた。青と白のワンピースに身を包み頭にはウサミミのカチューシャを着けていた。
箒の実の姉である篠ノ之束である。
「………箒ちゃん」
束は箒の元に行って慰めたいが体が動かなかった……心は必死に行こうとするが体は拒絶していた。
「………」
暫くして箒は泣き止み、目元を拭うと旅館へと帰っていった。
「あ、あはっ、あははは!」
箒がいなくなり束は笑い出す。
「そうだよね。箒ちゃんにはいっくんしかいないよね!いっくんは騙されてるんだよね!」
束はうんうんと頷きながら納得したような表情を浮かべた。
「待っててね箒ちゃん。いっくんをたぶらかす悪い虫はこの束さんがやっつけちゃうよ。ううん、消しちゃおう」
鼻歌混じりにその場からいなくなる束であるがしかし―
この篠ノ之束が巻き起こす出来事は一夏と箒の仲の溝を更に深めてしまう事はこの時は考えていなかった。
かくして夜は更けていき明日を迎えた。そして一夏達にとってもっとも長い1日が始まるのだった。
束ってこんな感じかな?
とりあえずひとつのけじめをつけましたね。