「それにしても、君を召喚した時の先生の顔はなかなかすごかったな」
「仕方ない話さ。何せ、愛しい愛しい義妹と瓜二つの、いいや当人である私が召喚されたんだ。我が義兄の心中たるや想像に難くない」
その部屋にいるのは陶器人形のような白い肌に純金の糸を思わせる細く真っ直ぐな髪、儚げな印象を吹き飛ばすような強い焔色の瞳を持った美少女。
そして、東洋人であることがよくわかる、その美少女と同じ年齢程度の見た目の黒髪黒目の平凡な少年。
少女が何者かを知る人物がこの場にいたならば、きっとこの少年をすぐにでも追い出したくなるだろう。
その少女の名前はライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。
「エルメロイの姫君」と呼ばれるに相応しく佇むだけで気品があり、座るだけで優雅を纏う、そんな生粋のお嬢様。
対して少年は無名。
どこか有名な魔術の家の末裔というわけでもなく、新進気鋭ながらも『新しいものを好まない』という魔術師として当然の理屈によって落ちぶれている、というわけでもなく。
魔術師としての実力で言えば、彼の師匠である
そんな彼らだから、きっと『主従関係』と言われればライネス嬢が主人で、無名の少年こと御上葉月が彼女の従者だと、誰もが思うのだろう。
実際には”この”ライネスと葉月の間では彼らが思っているのとは逆なのだが。
「むしろ、私としては君が私を召喚した時の顔の方が興味深かったのだがね」
「そこについては話しただろ……」
辟易とした表情でそう語る少年の右手の甲には赤い三画の紋様が存在している。
見る者が見れば、一画ごとに膨大な魔力が貯蔵されていることがわかるそれの名前は”令呪”。
それは聖杯戦争と呼ばれる、勝者にはあらゆる願いを叶えることができる『万能の願望機』である聖杯を手にする権利を得られるという魔術儀式への参加の権利。
過去、現在、未来、果ては平行世界から召喚される『英雄』と呼ばれるに相応しい活躍を成した存在が死後にたどり着く英霊の座と呼ばれる場所。
そこへの呼びかけに応えた、七つに分けられた
彼は、すでにサーヴァントを召喚している。
目の前に、彼のサーヴァントはすでに存在している。
ライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。正確には、彼女を依り代として召喚されたライダーのサーヴァント、司馬懿、あるいは司馬仲達。
そう呼ばれる存在こそが、彼のサーヴァント。
「ああ、聞いているとも。君が断続的に『根源』と接続してしまう人間だということは」
そんな彼女は、かつて彼から聞いた情報を忘れてはいないとニンマリ笑いながら告げている。
根源接続者とはまた違う。
その存在は常に根源と接続しているからこその呼び名。
彼の場合は根源と断続的に接続してしまい、欲しい情報を欲しいタイミングで引き出すことはできず、自由に接続することもまたできない。
根源接触者とでも呼ぶべき存在。
そんな彼の特性を知る人物は少なく、彼が先生と呼ぶロード・エルメロイII世、目の前にいる彼のサーヴァントであるライネス、この世界のこの時代に最初から存在しているライネス、そしてエルメロイII世の内弟子であるグレイだけ。
そして、そんな彼のことを知っているロード・エルメロイII世だからこそ、今回の聖杯戦争に参加することを許可したと言える。
葉月が参加する聖杯戦争の名は、『聖杯大戦』。
世界中に存在する聖杯戦争はまとめて亜種聖杯戦争と呼ばれている。
だが、今回に関しては『亜種』ではなく
亜種聖杯戦争を行うための不完全な亜種聖杯ではなく、『聖杯戦争』の源流たる『冬木の聖杯戦争』にて魔術師たちが取り合った『冬木の大聖杯』によって行われる。
『亜種聖杯』と『冬木の聖杯』には違いがいくつもある。
例えば、召喚できるサーヴァントの数。
亜種聖杯はどれだけ多くても四から五騎で、酷い時には二騎しか召喚されないなんてこともあるのだが、冬木の聖杯によって行われる聖杯戦争は七騎が召喚されることが確定している。
そのため、戦いの規模はどうしても冬木の聖杯によって行われるものの方が大きくなる。
例えば、予備システムの存在。
聖杯戦争で七騎のサーヴァント全てが同盟を組むなど、それ以上の聖杯戦争の運行が不可能になった場合に起動するシステムであり、さらに七騎のサーヴァントを召喚することによって聖杯戦争を続行させるためのシステム。
そして、これは聖杯のシステム的な違いではないのだが。
『冬木の大聖杯』は、ユグドミレニアという一族が保有している。
一つの一族が聖杯を保有しているという事実。
そして、その一族が
それを奪還しようとしなかったわけがない。
ユグドミレニアに対して誅罰を行い、大聖杯を己たちの手で確保しようとしないわけがない。
それでも『聖杯大戦』という形にならざるを得ないのは、すでに彼らがサーヴァントを召喚していたから。
サーヴァントには人間では勝ち目がない。
総勢五十人の『狩猟』に特化した魔術師たちによって構成された部隊、それがユグドミレニアの誅罰のために向かった部隊。
すでに没落した一族だけが集まったユグドミレニアなど、その部隊であれば何も滞ることなどなく殲滅をすることが可能だっただろう。
それを、殲滅する側とされる側を反転させるのがサーヴァントという存在だ。
今、葉月の目の前にいる少女も、そういう存在なのだ。
「それで、どうするんだい? 確か君の話を聞くに、赤の陣営のマスターの一人、シロウ・コトミネは天草四郎時貞なのだろう? 長年準備してきた彼を出し抜く、というのはなかなか現実的ではないと思うんだが」
「うーん。とりあえず、彼らとは拠点を別にすればそれでいいんじゃないか。以前見た限りだと、彼からすれば『全部終わった後に対処しても問題ない相手』らしいから。そもそも全部終わることがない以上、彼らとは別行動をしておけばそれで十分なはずだ」
「君がそういうならそれでもいいが」
ただ、彼女はあくまでマスターを立てるつもりらしい。
あくまでマスターは葉月であり、このライネスはサーヴァントである。
だから、基本的に決定権は葉月にある。
その彼がそうすると決めたのなら、彼女がそこに至るまでの道筋を逆算するだけのこと。
そういう立ち位置を崩さない。
「それで、いつ頃ルーマニアに向けて飛ぶ予定なんだい?」
「一応、明日には先生に挨拶して出発しようと思ってる。そうじゃないと、本来ならライダーを召喚する予定だった人になんか色々と言われそうだ」
無論、ライダーという戦力が葉月にある以上、相手が表立っての行動をするはずはないのだろうが、それでも絡まれるのは面倒だということに変わりはない。
故に、できることならその人物と会わないようにして出立してしまいたいという気持ちが強かった。
今回の聖杯大戦は、魔術協会の威信がかかっている。
そのため、何があろうとユグドミレニアにある冬木の大聖杯を回収しなければならない。
そんな戦いであるにもかかわらず、所詮は一生徒でしかない葉月が参加することを許されたのは一つの理由がある。
今回派遣される魔術師は、まず間違いなく一流の魔術師だ。
フリーランスの魔術師であり、時計塔から依頼をされることもある本物の殺し合いを経験してきた、研究者としての気質の強い時計塔の魔術師ではないプロ。
その中にエルメロイ教室の生徒が混じるというのは異質なのだが、それでも所属ではなく経歴で語るからこそ、彼も入ることができる。
亜種聖杯戦争優勝。
それが、彼が令呪を奪われずに聖杯戦争に参加することを許された理由。
「さあ、行こうかマスター。明日、では出立には遅いと思うぞ。確か、まずは召喚されるはずのルーラーを相手にするのだろう? 相手が聖杯戦争の調停者だというのなら、準備をする時間はできる限り多いほうがいい」
ライネス・エルメロイ・アーチゾルテという少女は次期エルメロイだ。
そのため、幼い頃からエルメロイ家の内紛、協会内部の権謀術数などの渦中で育ってきた。
様々な人物に命令を下す立場だった彼女いわく、命令される立場は楽だというらしい。
さらにそこに、ちょっと無茶なことをしでかそうとするようなマスターだと、少々の呆れはあるがそれはそれとして面白いことになりそうだ、という予感もあるようだ。
それが、最初からルーラーを狙うなどという、ある意味定石から外れた行為ではあっても。
「……それもそうだな。一応、ルーラーとして召喚されたジャンヌ・ダルクなら自分が狙われたからと言って令呪を使うとは思えないけど、それはそれとして他のサーヴァントに邪魔された時のことを考えると、な」
「うん、よろしい。ちゃんと忠言を聞き届けてくれるマスターで助かるよ」
そして、二人は出立する。
見事にこの時代、この世界のライネス嬢がいるところに出くわしたためにエルメロイⅡ世は血を吐きそうな表情になっていたが、それはそれとして出立の意思を告げれば、珍しく『気をつけて行ってこい』という純粋な応援の言葉が。
行き先はルーマニアではなく、フランス。
聖杯大戦が行われる土地ではなく、それを裁定する者が現界する国だ。
擬似サーヴァントを召喚できるはずがないだろ、なんてことは無視するんだ。そのための独自設定タグなんだから。
続くか続かないかは未定。紅閻魔ちゃんに面倒を見られるマスターの話とかも思いついて書きたいし。