「……なんでお嬢様がここにいるんですか?」
「おや、私の従者が飛び立とうとしているんだ。それの見送り、と言うつもりだったのだが、なぜか行き先はルーマニアではなくフランスときた。これはもしや何か良からぬことを考えているのではないかと思ってね」
空港にやってきた彼とライダーのライネスの前にニヤニヤとした笑みを浮かべて立っていたのはこの世界のライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。
周囲は『双子か?』『妹に婚約者をとられた姉が取り返しに来たのか』など、二人のライネスのあまりにもそっくりな姿に驚きながらも色々な憶測を話し合っていた。
婚約者と言う現実味のない言葉も、ライネスの美貌の前にはそこまで違和感のない言葉となっていた。
「それで、二人はこれからフランスに行って何をするつもりだい?」
「おやおや、私ともあろう者がこんな程度のこともわからないのかい」
「あっはっは。さすがに根源と接触した人種の考えることまでは理解できないさ」
二人のライネスは表面には笑顔を貼り付けているが、その内心は如何なる物なのか。
それは葉月には読み取ることはできない。
ただ、少なくとも友好的なものではないことだけは、はっきりと誰の目に見ても明らかだった。
「ところで、エルメロイ先生はいないんですか?」
「ああ、我が義兄なら『ライネスが二人いる場所に行くなど……悪夢だ……』と言って、可愛い義妹二人に囲まれたら心臓が保たないからとこっちには来ていないのさ。まあ、グレイがいるから、義兄に関してはそこまで心配せずともいいさ」
「先生、枯れてますもんね。見た目も性格も、あんな可愛い子と一緒にいるのに全く反応しないなんて」
いつものような談笑。
けれど行われる場所は魔術師たちが蔓延る時計塔ではなく、一般人が多い空港。
そのため、ライネスは魔術に関する話を聞かれたりしないように認識阻害を行なっている。
だからだろうか。
次の瞬間に発生したことについても、反応をしたのは隣にいるサーヴァントのライネスだけだった。
「いいかい、葉月?」
「なっ……!?」
葉月の頬に手を当てて、まるで恋人が睦み合うかのように顔を近づける。
ぎょっとした表情のサーヴァントのライネスを無視して、エルメロイの姫君たるライネスは少し顔を赤くした己の従者にはっきりと宣誓する。
「君が帰ってくるのは私の下だ。決して、死んではいけないよ」
「……はい」
「よし、それだけわかっているなら十分だ」
そう言って、ライネスは葉月のことを解放する。
しかし彼女が去った後、葉月はライダーのライネスを見ることを躊躇ってしまうのだった。
「……マスター。君ねぇ、少しは疑ったらどうだい? あれが、もしも偽物の私だったりしたら大変なことになっていたかもしれないんだぞ」
言葉としては呆れ。
ただし、どこか冷たい声。
そんな彼女の方を振り向くことには。
彼らの第一目標として『ルーラーの撃破』というものが確かに存在する。
そして同時に、それはルーマニアに入ってから行うのでは遅いという事実もそこには存在した。
なぜなら、ルーマニアに入ってからではユグドミレニアに邪魔をされる確率は高くなり、そして今からルーラーに対して行う行為は、シロウ・コトミネに決して知られてはいけないという事実もあるのだから。
ルーマニア全土に根を張っている、赤の陣営のアサシンの『使い魔(鳩)』によるネットワーク。
ルーラーがルーマニアに入った瞬間に赤の陣営にその事実は知られてしまうために、彼女がフランスにて現界することを知っている葉月からすれば、フランスで接触することが一番好都合だった。
彼女がどのような経路を通してやってくるのかはわかっているために、待ち受ける場所は空港。
ここでサーヴァントとしての気配を発していれば否が応にもやって来ざるを得ない。
人払いの結界を張ってしばらく経つと、そこには一人の少女が現れた。
「サーヴァント、ルーラーとお見受けするが?」
「ええ、そういうあなたは赤のライダーですね」
それは
ルーラーのサーヴァント、ジャンヌ・ダルク。
今回の聖杯大戦における裁定者にして、中立の審判。
「ふむ、やはりルーラーの持つ真名看破のスキルというのは絶大だな。馬に乗ってもいないのに私がライダーだとわかるとは」
「そもそも、あなたの場合は乗るための馬なんて持っていないでしょう、司馬仲達」
告げた真名は、ライネスに戦闘態勢を取らせるには十分な破壊力を有していたらしい。
ライダーのサーヴァントを構成する存在のうち、司馬仲達由来のものではなくライネス由来のスキル『至上礼装・月霊髄液』が起動している。
「それで、赤のライダー。あなたは一体どうしてここに?」
「おや、まさかわからないとでも? 私たちがルーマニアではなくここにいる理由、そんなものは君以外にあるはずがないだろう」
「……わかっているでしょうが、私は中立の立場で裁定をしなければなりません。貴方方が来たからと言って赤の陣営につくつもりはありませんよ」
ここで依り代になっているレティシアのお金を使用しなければならないというのはジャンヌにとって心苦しいことではあったが、そんな程度のことで己の役割を忘れることはない。
『赤の陣営と癒着している』と思われかねない行動など、取るつもりはなかった。
「ああ、そんなことはわかっているとも。そもそも私たちも、君にこちらの陣営について欲しいなどとは思っていないからね」
私たちが来たのは、君の排除のためだよ。
ライネスは、そう告げる。
誰もいない空間にその声は良く響き、明確に敵対を宣言する。
「愚かですねライダー、そしてそのマスター。今この場で、私を仕留めることになんの意味があるのですか」
「少なくとも、今この場で君を倒してしまえばこれから先、いちいち行動をする度に君の裁定に怯える必要は無くなるだろう? 聖杯戦争からあまりにも逸脱する行動をする気は無いが、君の裁定基準が普通の魔術師のやる行動すらもアウトとする可能性だって無いわけでは無い」
「だから、今この場であんたには死んでもらう」
そう言って、葉月は前に出る。
不思議なフォーメーションだ。
まるで、サーヴァントとマスターの立ち位置が逆転しているかのような陣形。
サーヴァントが前に出て戦い、マスターが後方から援護するのが正しい聖杯戦争なのだが、マスターが前に出てサーヴァントが後方にいる今の状態を二人とも、正しい形だとまるで疑っていない。
(一体どういうことでしょうか……?)
このマスターからはサーヴァントの気配を感じられない。
自分のように実際に存在する肉体にサーヴァントの力を乗せることができるわけではない。
ルーラーの感知能力を持ってすれば、目の前に立っている相手がサーヴァントかそうでないかなんてすぐにわかる。
ライダーの真名が司馬仲達だということを考えれば、後方から兵士の指揮を行うのが正しいということはまず間違いないのだが、それは逆に言えば兵士として戦えるほどの存在がいることが大前提となる。
そして、サーヴァントというのは兵士と呼ばれる程度の存在ではいくら集まっても打倒することなど不可能。
あまりにも不可解なその陣形に、ジャンヌが気を取られたその瞬間。
「認識が甘いぞ、ジャンヌ・ダルク」
眼前に葉月の拳が迫っていた。
(っ……! 重い!)
ルーラーが己の二つある中の、唯一恒常的に扱うことができる武器である”旗”を召喚したことによってその拳は防がれたのだが、拳の威力は旗を通してでも十分に伝わっており、ルーラーはその一撃に驚愕した。
人間にはありえないほどの威力、サーヴァントクラスの身体能力を発揮したという事実に。
「……なるほど。どうやらあなたが戦うようですね。ライダーは後衛ということですか」
「見ればわかるだろう」
如何なる理屈によるものなのかはわからない。
それでも、ライダーのマスターである人間はサーヴァントクラスの実力……最低でも身体能力に関してはそれだけのものを持っているということだけがわかっていれば、それで十分だ。
どちらかの陣営に肩入れすることは避けなければならないのだが、だからと言って裁定を行わなければならない以上はこの場で消滅するわけにはいかない。
二人の狙いがルーラーの命である以上、今この場で戦わないという選択肢はない。
「……いいでしょう。仕方ありません」
そう言って構えたルーラーに、それ以上何を口にするでもなく葉月は飛び込んだ。