Re:BEATLESS 作:nameless
都合よく・・・或いはレイシアの狙い通りか、翌日は日曜日だった。
普段より一時間ほど長く寝ていてもいいはずなのに、アラトは逆に一時間早く目覚めていた。
むしろメトーデとスノウドロップが──レイシアが安全性を保障したとはいえ──同じ空間に居るというのに、よく眠れたものだ。
「おはよう」
「あぁ、おはようオーナー」
「おはようございます、アラトさん」
「おはよう、お兄ちゃん」
「おはようオーナー・・・何よ、その顔は」
「おはようございます、アラトさん」
一言に5人から返事が来るというのは、存外に圧迫感を覚えるのだと、アラトはそんな感想を持った。
ちなみに返事は近くにいた紅霞から順に、イライザ、スノウドロップ、メトーデで、最後はキッチンに居たレイシアだ。
少しだけレイシアの声が不満そうだったのは・・・アラトの自惚れか、期待が生んだ妄想だろうか。
「朝食までもう少しかかります。もし空腹でしたら、軽食をご用意しますが」
「あ、いや、大丈夫。みんなは何を・・・チェス?」
「はい。厳密にはフェアリー・チェスと呼ばれる種類のゲームですが」
「へぇ・・・」
対局しているのは、イライザと紅霞だった。チェス盤も駒も、見覚えのある樹脂のような素材でできており、所々には花の意匠が散見されて、誰の手によるものかが一瞬で判別できる。
「・・・けど、チェスってさ、有限・・・有限ナントカゲームなんだろ?」
「二人零和有限確定完全情報ゲーム。二人のプレイヤーが得る利益と損害が均衡し、かつ運の絡まない、プレイヤーに対して不透明な情報が一切ないシステム。・・・私たちのような高度な知性体にしてみれば、それは答えを知っているパズルよ」
メトーデが心底つまらなそうに補足する。アラトが眉を上げると、彼女はソファーに座ったまま、姿勢も変えずに笑った。
「プレイヤーが取れる手も、それに対する対応策も有限なら、私たちは、その全てを計算して結果を知ることができる。それじゃあゲームとしては成立しないわ」
「えっと・・・つまり、面白くないってこと?」
「そのままなら、ね」
メトーデがチェス盤を顎で示す。興味をそそられたアラトが近寄っていくと、彼女は手を引いて無理矢理アラトを座らせた。
「ちょっ・・・」
「いいから見てなさい」
どうやらアラトを
その彼女から敵意や害意を感じなかったアラトは、早くも心を許し始めていた。単純接触効果万歳である。
「本当にチョロいわね」
「うるさいな。・・・普通のチェスじゃないか?」
イライザが駒を動かすと、紅霞がそれを取る。カウンターでイライザがそれを取って、攻防が終わる。
紅霞が駒を動かし、イライザが動かし、イライザが動かし・・・
「ん? 次は紅霞の番じゃないのか?」
「それよ。このルールでは、プレイヤーは互いの手番に駒を動かすのではなく、
「い、いや、そりゃそうだけど・・・」
それはチェスとしてどうなんだろうか、と、アラトはよく知らないゲームのことを考えた。
◇
朝食を終え、洗い物をしているレイシアを何とはなしに眺めながら、アラトはふと思う。
そういえば、去年のカーディガンとか入らないよな・・・買いに行くか、と。ユカもさすがにこれだけのhIEに囲まれていれば寂しくはないだろうし、と。
「・・・ちょっと買い物に行ってくるけど、なんか欲しいものとかあるか」
「うーんと・・・アイス!」
季節も移ろい肌寒いというのに、本気か。アラトが戦慄していると、ソファーに座っていたイライザが立ち上がる。
「お母様、わたしが」
「えぇ、お願い・・・アラトさん、イライザを同行させて頂けますか?」
「イライザを? いいけど、レイシアは・・・あ、そっか」
今のレイシアは、戦闘能力に関しては以前とは比べ物にならない。最大の強みだった《Black Monolith》によるハッキングや、最大火力だったレールガンは封じられている。
「ところで、イライザはどんな能力なんだ?」
「基本的には、以前の私と同じタイプだと思っていてください」
「それって、非戦闘型ってことなんじゃ・・・?」
まぁ普通に考えれば、ただ買い物に行くだけで襲撃を警戒する必要はない。
わざわざメトーデのような広域殲滅用のデバイスを持ったhIEを連れて歩くのは過剰だ。
戦術兵器レベルの紅霞や、環境構築に長けたスノウドロップも然りだ。なら、万能型のレイシア・・・その能力を受け継いだイライザで十分なのかもしれない。
「・・・まぁ、いいか。行こう、イライザ」
「はい、アラトさん」