もしも、ヘンゼルとグレーテルに登場する魔女が優しかったら。

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お菓子の家のおかしな魔女

 ──これは夢か、幻か? 

 

 目が覚めると、壁や天井がチョコやクッキー等の菓子で出来ている、奇妙な部屋に居た。

 

 ……いや、意味が分からない。

 

 『夢だから』と言われたらそれまでなのだが、それにしたっておかしいだろう。自分はこんな夢を見る程メルヘンな人間だったか……?

 それに、夢と言うには感覚がリアルだ。

 ベッドの温もりも、甘く優しい匂いも、夢とは思えない現実味を持って存在している。

 

 では何故、自分はこんなところに居るのか。

 

 たしか俺は、狩りをしようと森に入って──

 

「──あぁっ!!」

 

 記憶が戻ると同時に跳ね起き、右腕を見る。

 

「腕が()()!?」

 

 魔獣に遭遇して、食いちぎられた筈なのに。

 魔獣からはなんとか逃げ切れたものの、道も分からず無我夢中で走った結果、俺は遭難し、力尽きて……

 

「てことはまさか、俺はもう死──」

「ご安心を!!」

「──んひゃい!?」

 

 情けない声が出てしまった。恥ずかしい……

 

 ……それはさておき、来訪者の姿を確認する。

 赤いローブを纏った、金髪を三つ編みにした少女。年齢は15歳くらいか。

 

「あ、ビックリさせてしまいましたか。すみません……久方ぶりのお客さまなので、気合いが入りすぎてつい大声が」

 

 そう言って顔を赤らめ、少女は頬を掻き、深呼吸する。

 

「ふぅ、しっかりしなさい私。落ち着いて、落ち着いて……大丈夫。ちゃんと練習通りにやれば、大丈夫なハズ……」

「えっと、大丈夫かい?」

「は、ハイッ! 大丈夫です!」

 

 しかし言葉とは裏腹に、少女はカチコチになりながら『えっと、えっと、最初は何を言えばいいんだっけ……!?』などと言っているので、助け船を出すことにした。

 

「たぶん最初は、自己紹介とかじゃないかな?」

 

 すると少女はハッとして顔を上げ、話し出してくれた。

 

「そう、そうです! 私の名前はグレーテル! ()()()()のグレーテルです!」

「魔法少女?」

「魔女見習い……の、ようなもの? です!」

「魔女……生き残りが居たのか」

「はい! 魔法を生み出した原初の魔女にして、最後の魔女。それが師匠です──って、いけませんいけません。自己紹介の次はご飯でした。腹が減ってはなんとやら。先ずはご飯にしましょう!」

「……助かる」

 

 ──〝此処はどこか〟〝何故己は五体満足で生きているのか〟〝原初の魔女とその弟子を名乗る少女は何者なのか〟

 

 気になることは山ほどあるが、確かに腹の虫は痛いほどの空腹感を訴えている。ここはおとなしく好意に甘えておくことにし、俺達はリビングに移動した。

 

 

 

 *

 

 

 

「──ハフッ、ハフッ!」

 

 なんだコレは。

 美味い。美味すぎる。悪魔的だ……!

 食べる前は具が無く寂しいシチューだと思ったが、一口食べたらもう、匙が止まらない。

 

「ハッハッハ、実に良い食べっぷりだ! 張り切って大量に作った甲斐がある!」

 

 正面に腰掛けている老婆が何か言っているが、耳に入れる余裕はない。味覚以外の感覚が仕事を放棄している。

 それほどまでに、このシチューは美味い。美味すぎるのだ。

 

 これは一体──

 

「『何を入れたらこんなにおいしいシチューが作れるんだ?』って顔だねぇ……ケケケッ、いいだろう。教えてやろうじゃないか。

 それはねぇ──()()()()()()()

「──ッ!? ゴホッ、ゴフッ!」

「なんだ、聞こえてたのかい」

 

「婆ちゃん……趣味が、悪い」

 

 いつの間にか隣で同じシチューを食べていた少年が、ジト目で老婆を睨みながら注意する。

 

「安心して、ください。人体は、入って、な……えぇ、入って……いません」

「え、なんで言い直したの? 逆に不安なんだけど……」

「……大丈夫、ですよ。その、シチューは……体力を、使い、果たして……胃腸が、弱っていた……あなたの、ために……野菜と、肉が、溶ける、まで、グツグツに……して、あるの、ですが……肉は、血を、補える、ように……魔獣の、モツを、使って、いるんです……

 なので、その……材料に、使った、魔獣が……過去に、人を……食べて、いた、場合……人肉が、含まれている、ことに……なるかも、と」

「なんだ、そういうことか……」

 

 それなら別に構わない。人を食った可能性のある動物は職業柄、食べ慣れている。それよりも、だ。

 

「ところで君、名前は?」

「……ヘンゼル、です」

「二人とはどういう関係なんだい?」

「……グレーテルは、妹、です。婆ちゃん、は……命の、恩人、です」

「ふむ……」

 

 ヘンゼルとグレーテル、特にヘンゼルは人との会話に馴れていないらしい。

 命の恩人とは言うが、これが魔女によるものでなければ良いのだが……

 ……いや、この老婆は己にとっても命の恩人。こんな疑いを持つのは良くないか。

 

「……他に、質問が、無いなら……早く、食べて、ください。シチューが、冷めます」

「あぁ、そうだね」

「全くもう……兄さんがすみません。この人変に頭が回るせいで、たまにこういう怖いことを言うんですよ.」

「……お前が、考え無しな、だけ」

「誰が考え無しですか失礼な。

 あ、口直しにパンはいかがですか? シチューと一緒に食べると美味しいですよ!」

「「…………」」

 

 口直しとはなんだったのか。

 ヘンゼル君も、何か残念な生き物を見るような目になっている。

 とりあえず、『気持ちだけ受け取っておく』と言って断っておいた。

 

 そうして、全員がシチューを食べ終わった後。

 

「──じゃあそろそろ、本題に入ろうか」

 

 老婆の真剣な声に気を引き締められ、自然と背筋が伸びる。

 

「アンタ、この森に何をしに来たんだい?」

「……猟をしに」

「装備を見りゃあ、猟師だってのは分かる。だがそれにしたって、どうしてこんな奥深くまで来ちまったんだい? 

 アンタの装備、自作だろう? よくできちゃあいるが、有り合わせの急造品の域を出ていない。それじゃあ通常の動物を仕留めるのがやっとの筈だ」

「……先日泥棒に入られましてね。恥ずかしながら自分、今文無しなんですよ……それで無理をして、森の奥まで兎を追いかけ回した結果がコレです」

「なるほど。そりゃあ災難だったねぇ……

 それで、アンタはこれからどうしたいんだい? 森を出たいのなら、出口まで送ってやってもいいが」

「そうしてもらいたいのは山々なんですが、貴殿方はどうしてそこまでしてくれるのですか?」

「あん? なんだいその口振りは。まさかタダだと思ってるのかい? 当然、報酬は頂くよ?」

「いえ、安心しました。俺にできることなら、なんだってしましょう」

 

「じゃあ、そうさねぇ──()()()()()()()()

「婆ちゃん……そういうの、いらない。

 大丈夫、ですよ。頭と、口を使って……お話を、すればいい、だけです」

「ヨヨヨ……グレーテルさんや、最近ヘンゼルが私に冷たいんだよ」

「魔女さん、大変申し訳ありませんが、今回は私も擁護しかねます」

「グレーテル!? 私が悪かったから、そんな他人行儀にしないでおくれ!」

 

「えっと、つまり……俺は食われなくて済むってことですか?」

 

 すると魔女は、顔を顰めた。

 

「そもそも魔女が人を取って食うなんてのは、あのクソ王子が魔女狩りをする時に広めたデマだからねぇ」

「デマ……?」

「あぁ。一応確認しておきたいんだが、アレが始まった理由、今の世ではどう伝わっているんだい?」

「.魔女の悪行が、看過できないほど苛烈になっていったから……と」

 

「ふむ、二人から聞いた通りか。

 ……アレの本当の発端は、もっと下らないもんなんだがねぇ.」

「と、言いますと?」

()()()()()()()だ」

「……え?」

 

「私に求婚を断られたクソ王子がその腹いせに、私を追い詰めるためだけにやった嫌がらせ。それがアレの真実だ」

「そんなバカな……では、魔女狩りの犠牲者は全員──」

「いや、全員じゃあない。残念ながら、悪行に手を染めた魔女は確かに存在した。ほんの、極一部だけどね。

 それでも魔女の力は強大だ。一人の魔女が暴走すれば、それだけで町が吹き飛ぶ。それは常人からすれば、とても一人でやった被害とは思えないものだろう? 

 だからこそ、魔女が滅びるまで魔女狩りは続いたんだ」

 

 ……だからと言って、それは余りにも……非道に過ぎる。

 

「本当に、貴女以外の魔女は……もういないんですか?」

「そうだねぇ……」

 

 魔女は遠い目をして、ポツリポツリと語り始める。

 

「最初の50年で……半分以上は殺されたんじゃないかねぇ。

 そして更に50年経って、魔女狩りが完全に行われなくなった頃には……もう、生き残りのほとんどが老衰で他界していたし……私みたいに、寿命を克服した高位の魔女もね……外に出れなくなっていたんだよ」

「それは、何故?」

「外界から遮断されて100年も経てば、世は変わる。自分達の常識が通用しなくなる。魔女狩りが下火になっても私達は、外と関わる勇気が持てなかったんだ」

「それでも……生き残りはいたのでしょう?」

「そうだねぇ……でも、そこから更に数百年が経ってるんだ。私が知ってる奴は皆、退屈や諦念に負けて自害したか、暴走した人型魔獣として討伐されちまったよ」

「貴女は……退屈しなかったんですか?」

「ケッケッケ。漠然とした恐怖と惰性で、常に狂いそうだったし、退屈もしていたさ……でもね──強迫観念染みた義務感が、私を突き動かしていた」

「義務感、ですか」

「あぁ。魔術を後世に遺せるのは、もう私だけだったからねぇ。だから私は、私だけは、死ねなかったのさ」

「……でも貴方は、外に出ることもできなかった」

 

 外と関われなければ、弟子も子孫も遺せはしない。

 

「あぁ。だから此処で、準備だけをし続けた。言い訳をするようにね……自分で言うのもなんだが、私は宮廷に召し抱えられるような最高位の魔女だったからねぇ、知識は膨大と言って差し支えない程度にはあったのさ。これを保存するために、最初はずっと本を書いてたよ。それが終われば魔術の素材を集め、それが終われば素材を保存する魔術をかけていった。

 準備が終わってしまった後は、新たな魔術を開発してたねぇ。この〝お菓子の家〟もその一つさ。

 ……それすら終わっちまってからは、もう最悪だったよ。私も退屈に支配されて、ただ惰性で食って寝るだけになってたんだが……」

 

「ここに、私達兄妹が迷い込んだんです」

「あの時は驚いたねぇ。魔女狩り避けに設置した、生物を遠ざける結界の中に、魔女以外が二人も入り込んできたんだからねぇ」

 

「生物を遠ざける、結界? それはつまり、俺達三人は、もう──」

 

「残念。アンタ達は意識がハッキリしない程追い詰められ、無我夢中で進み続けたから此処まで来れたのさ。特にアンタは、本当にギリギリだったんだよ?」

「ハ、ハハハ……改めて、感謝します……

 ちなみに、ヘンゼル君とグレーテルちゃんはどうしてこんな森の奥に?」

「……生活が困窮して、母に捨てられたんですよ。一度は兄が機転を利かせてくれたおかげで家まで帰れたんですが、二度目はどうしようもありませんでした」

「……すまない。嫌なことを話させてしまったね」

「いえ、気にしないでください。結果だけ見れば以前よりずっと良い暮らしができるようになってますし、母だってやりたくてやったのではないと解っているので、恨んでませんから」

「そう、かい……」

「さて、私達の身の上話はした。次は、アンタの話を聞かせておくれよ──」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ──これはお菓子の家に住むおかしな魔女と、そこに迷い込んだ者達の、日常を描いた物語。

 

 

『おや、客人とは珍しい──』

 

 

 to be continued...



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