生まれ育った屋敷を後にする。最近は信者の相手ばかりで外に出るのは久方ぶりのことだった。屋敷は山奥にあるものだから標高が地上より高いそこは空気が薄い。薄い空気を吸って吐き出せば体温と外気の差で白い吐息になって夜の闇に溶けていく。見上げれば満ちた月と無数の星が森を照らす。
――まるで俺の行く先を照らしているようだった
一歩一歩踏み出せば何だか不思議な思いになっていた。教祖という身分を捨てた今、俺は自由だしただの野良の鬼だ。眠る場所も、くつろげる場所も自分で探さなければならない。今までは信者に言えばやってもらえたことを一人でやる、それはどういうことなのだろうか、大変なことなのだろうか、面倒なことなのだろうか、あるいは楽しいことなのだろうか。
――分からないことばかりだ
それなのに胸がトクトクと叩くようにうるさい。考えているだけでこれからが楽しみだった。
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旅の道中は意外にも大変だった。寝てしまう体質もあるから確実に日の当たらぬ洞窟を探し回ったし、眠っている間は無防備だから鬼殺隊に見つかればと考えれば肝が冷える思いだった。だから確実に人気の居ない場所を選ばなければ
――それでも楽しいこともあった
山頂から見下ろす街並みの風景は引きこもりがちだった童磨にとっては珍しいモノでいつまでも見ていたが結局山をおりることを決めてからのことだった。街に来れば普段なら素通りするモノも見ていったし人間の営みも見て回った、教祖として要人に会いにこうして街へ赴いたことはあったがこうしてまじまじと見ることはなかった。興味は尽きず夜が明ける直前まで見て回った。それからは自室から持ち出したお金を使って日の当たらない宿で昼間は眠り、日が暮れれば街の中を練り歩く日々を繰り返した。次第にお金は無くなって宿賃すら支払えなくなれば童磨はお金を稼ぐことを考え始めた。実際に働くことにして、働いてみれば鬼の力が調節できず物品を破壊したりもしたし、知らぬ間に人を怒らせてしまったこともあって仕事は何度もクビにされることも多かったが童磨は楽しく感じていた。頭がいい自信はあったがこうも思い通りにならなければいっそ清々しかった。自分に合う仕事を探すのも一興だと思いながら童磨は仕事を転々としながらあちこちの街を歩き回った。
――占い師の真似事もしてみたりもした
やっていることは教祖のそれと変わりはなかったがやはり人心掌握をする術と手腕は手慣れたモノであっという間に客層は増えた。これでは教祖をしていた頃と変わりがないなと思いながらも手っ取り早く稼ぐのはやはりこれが童磨には合っていた。一定金額を稼ぐまでは占い師をして、稼いだら空き家を買った。安住の地を手に入れて満足していたがやはり人間と鬼では種族が違い過ぎた。十数年も経てば年の取らない童磨は化生の類だと噂された。あの教団では特別な神の子だからと持て
――そんなこと信じられるか、化け物め……ッ!!
馴染みの金扇を地面に置いて手を上げて降参しながら声を掛けても信用を勝ち取るには至らず刀を振り落とされた。……ああ、残念。童磨は直ちに逃げに転じることを決めた、鬼殺隊の一太刀を浴びながら童磨は足元に置いた金扇を拾い上げた。正体を現したかと怒鳴り込む鬼殺隊に怒声を浴びせられる。違うよ、そう否定しながら童磨は金扇を扇ぎ、血鬼術で形成した氷の
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家を失ったことは失敗だったなと反省しながら童磨は新天地でやり直すことを選び、殆ど同じやり方でお金を稼いで空き家を買った。何年か過ごせば別の街へ移動することを繰り返す。人によっては琴葉のように鋭い人間もいることもその中で学びながら童磨は人間社会に溶け込むことが上手くなった。何年何十年も繰り返せば力の調節も上手くなり、人当たりも要領のいい童磨はどの仕事も失敗しなくなった。そうすればもう支障もなくなって童磨は確実にお金を稼ぐようにもなった。そんな時だった。
――ある日のことだった
おい、そう声を掛けられた。童磨が振り返れば睨むように此方を見据える少年がそこに立っていた。まるで学門を本分としている書生のような身なりだが童磨はすぐに人間の気配ではないことを悟った。まるで不本意だと言いたげに少年は童磨に一枚の手紙を差し出してすぐに消え去ってしまった。見回しても姿は失せてしまい、気配も既に消え失せて追えそうにはなかった。……どうやらこれが先程の鬼の血鬼術のようだった。手渡されたのならば読まねば失礼だろうと家に戻り次第手紙を読めばそれは童磨にとって吉報だった。なんと逃れ者の珠世からの手紙だった。曰く、貴方のことは知っていて眠る体質に興味があって血を調べたいとのことが手紙にはつらつらと文字で書き
――何にせよだ、……相手は此方に興味を示している
呪いを独力で解いているのならば童磨はそれを知りたい一心だった。返事の手紙を書こうと決めて文字を書き起こせば何処かで猫が鳴く声がする。気付けば目の前に猫が居て、何かを待つように童磨の前に座っていた。……そういえばあの少年の鬼もそうやって唐突に現れたな、そのことを思い出せばこの猫もその彼女の遣いであることは明らかだった。童磨が書いた手紙を見せれば猫はうつ伏せになって背中に背負うかばんを見せつける。どうやら入れろとのことだった。それに従うように童磨は小さなかばんに書き上げた手紙を入れてしまった。頼むよと童磨が猫の首元を撫でた。にゃあ、とまた一つ鳴き声を上げて先程までいた猫は消えていった。
――童磨は珠世の手紙とともに部屋に残された
珠世から貰った手紙をしばらく見つめていたが燃やすことに決めた。残していたら
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それからしばらく童磨は珠世との交渉を続けた。血を分けるのならばその血をかばんの中に入れて欲しいと手紙に書かれているが童磨は直接でなければ分け与えないとの一点張りを通した。何度もその応対を繰り返し、相手がようやく折れたのはそれからだった。会う日時を取り決めて、いつかの少年が童磨の家にやってきた。
「貴様、珠世様のお手を煩わせて、よくも……ッ!!」
「ははッ、その珠世様を待たせる君はどうなんだい?」
貴様のせいだと射殺さんばかりの熱い視線を童磨は笑って受け流した。この手の相手は狂信的な信者の居た童磨にとって簡単な手合いだった。グッと言い返せない様子で少年は何か目を描いた紙を童磨に手渡した。手渡された紙を手に持てば張り付けろと言われて、童磨は頭に張り付けた。これで何か変わるんだいとにっこり笑いながら何度も繰り返し聞けば、うるさいと少年に怒鳴られしょんぼりと童磨は眉を下がらせて落ち込んだ。それから黙って少年について歩いて童磨はようやく何が変わったか実感した。なるほど、認識阻害にも近い血鬼術なのか。最初は姿を隠す血鬼術なのかと思っていたが周囲を見渡しても人間は額に紙を付けた童磨に少しも疑問を抱く様子が見受けられなかった。少年を少しでも見失えば後を追うことは難しい上に彼が案内人である理由も理解した。
――なるほどなるほど
童磨は笑いながら少年についていきある屋敷に行き着いた。中に入れば屋敷の主である女性が出迎えた。物憂げな美しい女性だった。真っ直ぐと此方を見据える女の鬼に童磨は返すように笑いながら手を振って見せる。失礼だぞと文句を垂れる少年を聞き流しながら童磨はいつもの挨拶を始めた。
「やあやあ、初めまして。俺の名前は童磨。良い夜だねぇ」
いつものように屈託のない笑みを、童磨は張り付ける。……相手は、しのぶちゃんと協力してあの毒を作った鬼だ。きっと、何かの手掛かりになる筈だ。そう信じて童磨はいつものように笑ってみせた。
今回は難産であった。
次回何か進展するかなぁ……