照れていても、仕方がない。話をしなければ。童磨は目の前の少女を改めて見てみると、頬が緩んだ。
――ああ、やっぱり姉妹なんだな。本当にそっくりだ
童磨は自身の頬が熱くなってくるのを感じていた。きっと見ている側からも頬は赤いに違いない。思わず手に持っている帽子を胸に抱きしめてしまう。それは興奮と緊張から来るものだったし、愛しい人を彷彿とさせる姉に思わず見とれてしまった。……ああ、愛しの君の姉とあっては失礼があっちゃいけない、童磨は自己紹介をしてから戸惑う少女に声を掛けた。
「ねぇ、……自己紹介はしたからさ、君の名前を教えておくれ」
本当は知っているけれど、俺たちはまだ初対面だからな。まず、初めに仲良くなるには自己紹介からだ。
「……胡蝶カナエ」
「カナエちゃんね、よろしくね」
にっこりと微笑めば目の前の少女の緊張も解けてきたようで、朗らかな表情が戻ってくる。ああ、良かった。これで会話が出来るね。童磨は笑い、目の前の少女も微笑んだ。……カナエちゃんは、優しい子だった。前回は食べ損なってしまって、愛しい彼女の為にもこれからも食べられないけれど、間違いなく君は俺が喰うに相応しい人だった。鬼とは仲良くなれるなんて、素敵なことを考えてくれる子だから俺と彼女の関係を認めてくれるに違いない。童磨は思い切って相談してみることにした。いざ話そうとすると恥ずかしいもので思わず身をよじらせて、手をすり合わせてしまう。
「ちょっと恥ずかしい話なんだけど、カナエちゃん。聞いてくれるかい?」
何ですか、カナエちゃんが優しく笑う。本当にいい子だな、童磨はホッと心を穏やかにしながら本題に入った。
「……実は君の妹に惚れているんだ、可愛くて、可愛くてッ……、仕方ないんだ」
童磨はそれを切り出した。彼女がいかに好きか、どれ程魅力的か、関係を認めて欲しいこと。口にすれば不思議と思っていた言葉がつらつらと溢れ出した。ついでに自身の身の上話をし始める。今まで彼女と一つになるため努力してきたこと、彼女の為に操を立ててきて一切女を喰らっていないこと。百年と何十年の思い出を事細やかに説明する。未来の記憶があることも話した、やはり彼女の馴れ初めの話は大事だからな。それでも話した後は後悔した、……流石に此処まで話すつもりは無かったのだ。馬鹿な男の戯言だと思われたくはなかったし、言っても信じて貰えた試しがなかったからだ。どうしてここまで話してしまったのだろうか、童磨は考える。脳内の彼女が、にっこりと微笑んだ。
――とっととくたばれ、糞野郎
ああ、そうか。……俺も人並みに振られるのが怖かったのか。だから打ち明けたかったのかな。ほんのりと胸の中が暖かくなった気がする。そんなことを気付かせてくれる彼女に感謝して、目の前で俯く少女に笑いかけた。
――だから、俺に頂戴
手を差し伸べれば肘から先が無くなった。どうやら切られたらしい。目の前を見れば厳しい眼で此方を見据えている。腕は再生するから問題ないけれど、いきなりどうしたというのか、首を傾げて問いかける。
「どうしたんだい、いきなり。……さっきまで仲良くしてくれたじゃないか」
「黙れ!そんな話を聞かされて妹を差し出すと思うかッ!!」
刀を振り落とされ、避ける。危ない危ない。猫が威嚇するような荒い息遣いが聞こえてくる。殺意を持っているようだ。敵意はないと見せるように手をブラブラさせてみせる。
「ほらほら、話し合えば分かるよ。話そうぜ」
ブンっと刀を頭に横に薙ぎ払われる。頭部の一部が切り落とされて、血の匂いが充満する。黙れと言うことらしい。えぇ、童磨はがっかりしたように声を更に上げる。
「……カナエちゃん、鬼と仲良くしたいって言ってたよね?それなのにそんな物騒なモノ持ち歩くってちょっとどうかと思うぜ」
此処までされれば非難の声も上がってしまうものだ、仕方ない。童磨はため息を零しながら、懐に仕舞っていた対の鉄扇を取り出した。職人にあつらえさせた金扇が開く。パキリ、という音と共に氷の蓮が咲き誇る。凍てつく空気が肺を冷やす。冷たい蓮の花から蔓が急激に伸びて、みるみるうちにその蔓は暴れる少女の腕に巻き付いて、容易く拘束してみせた。冷たい氷の感触に眉を顰める少女に笑いかける。
「落ち着いたかい?なら少し話そうぜ」
「くッ、このぉ!!」
女はか弱いものだと思っていたが、思いのほか力が強いようだ。細い氷がビキリと割れて拘束が解ける、刀が横に一閃、走る。避けたが近づきすぎた、腹に喰らう。腹の臓器がまろび出て、口内に血の味が溢れ出した。……少し、動けなくさせた方がいいかな。口元に伝う血を舌なめずりでふき取りながら童磨は笑う。
「ははっ、痛いじゃないか。……まだやる気みたいだね、カナエちゃん。いいよ、飽きるまで付き合ってあげる。ただし抵抗はさせてもらうぜ。俺だって死にたくはないからなぁ」
そしたら話そうか、童磨はからころ笑う。あっという間に腹の臓器が元に戻った。少女は甲高い咆哮を上げて走り出す。童磨はそれを大きく手を広げて、笑いながら迎え入れた。
――それで、気は済んだかな?
楽し気に笑う童磨が見下したのは跪いて動かない少女だった。刀を杖にして立ち上がろうとするが力が入らないらしい。身体中氷が纏わりつき、身体を震わせていた。肺胞が壊死して、息をするのだって辛いだろうに。憐れんだ童磨は少女と同じ位置にしゃがみこみ、同じ目線になって少女を眺めた。少女の睨む目に身体がざわつく。まるで妹のようだ、心が温かくなって思わず頬を緩ませた。
「……間もなく、夜が明けてしまうなぁ」
もっとゆっくり話したかったんだぜ、童磨は名残惜しむように彼女の姉の頬を撫で上げる。すると、目の前の少女は目を見開かせて、日輪刀を振り払った。ヒュッ、童磨の首元に刃が走るかに思えたが、童磨の鉄扇の方が早く、カナエの身体を切り裂いた。反射的なモノだった。致死量の血が童磨の服を汚す。……甘い、匂いだった。血縁だけあって彼女によく似た血の匂いが鼻孔をくすぐらせた。
――ああ、やってしまった
童磨は失敗したとしょんぼりした表情で、崩れ落ちるように倒れるカナエを見つめる。……もう、夜明けだ。運命の夜は話せないまま終わった。結局仲良く出来なかったなぁ、童磨は残念に思いながら暗闇に消え去っていった。
……やむをえず殺してしまった女性はこれで二人目だ。仲良くしたかった胡蝶カナエ。そして、童磨の首を切り落とした男の母、琴葉だ。殺してしまった以上食べられない俺としては埋めてやるのは当然のことで、夜明けのせいでカナエちゃんには申し訳なかったなと思う。……ああ、それにしても。どちらも話を聞いてくれないのは何故なのだろうか、話し合えば分かると思うんだけどなぁ。童磨は残念そうな面持ちで昨夜起きたことを振り返る。結局のところ、どうしたって何がいけなかったのか分からなかった。
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上下、左右。重量感覚のない空間、無限城。水辺のある空間で、童磨は静かに待っていた。……食事はこの日、取らなかった。今日一つになりたいと思うのは彼女だけ。この扉が開いたとき、やっと俺の想いが打ち明けられるのだ。ドクドクと心臓が早鐘打って急き立てる。身体が思うように動かない。口元が震える。頭を両手に置いて掻きむしる。頭上から血が溢れ、目の前が赤い。扉が開いて、彼女と目が合った。どうしようもない欲望と執着が溢れ出す。
――ああ、ああ!長かった!!待っていた!!君をずっとずっと待っていた!
愛しの彼女が、俺を睨む。心地の良い憎悪が、硝子玉のような目が俺だけを映す。歓喜、感涙、驚嘆、喜悦、快楽、愉悦。身体中に感情が襲い掛かって震え上がる。会えた、会えた。君に、やっとやっと会えたんだ。今までにない感情に振り回されて心地がいい。やはり与えてくれるのは君だけだ。
「さあ、胡蝶しのぶ。俺と一つになろうよ」
ずっとずぅっと、待っていた。殺し合うのも悪くない、君と俺と二人だけの時間だ。大切にして、一つになろう。……俺にはやっぱり君しか、居なかった。