童磨さんin童磨さん(一発ネタ)   作:こしあんあんこ

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久々だけど短めだよ、ワンクッション挟めながら次回に続け。


16週目

 

 日が昇る前に家に帰る。童磨(どうま)はベッドに琴葉を下ろし、荷造りをし始めた。鬼に攻撃した以上、無惨様に知られる可能性は高い。この場を後にする他なかった。ようやく落ち着いた琴葉は伊之助のことが気がかりのようで家に留まろうとする。何度も説得すればようやく最後には折れてくれた。だが琴葉は諦めたように目を閉ざし、キュッと唇を噛んだ。

 

――こんな時、どう声を掛ければいいのだろう?

 

 童磨は琴葉の肩に置こうとした手を不意に止めた。普段なら肩を叩いて優しい言葉を掛ける筈なのに、頭には既にその言葉が出来上がっているのに。どうしてかそれ以上手が伸ばすことが出来なかった。……初めて、戸惑いというモノを覚えた。叩かれた頬の痛みが不意にジンジンと蘇る。どんな痛みよりも頬に喰らった平手打ちが何よりも突き刺さった。頬を撫でて俯けばトン、と優しく叩かれる。顔を動かせば琴葉がいつものように穏やかに笑っていた。先程まで悲しそうにしていた彼女が嘘のようだった。

 

――行きましょう

 

 貴方が負ぶらなければ、私も行けないわ。琴葉は笑う。足を失ったのに、息子が居なくなったのに。……毅然(きぜん)とした、態度だった。そうだね、琴葉。童磨は困ったように笑う。琴葉を背負い、纏めた僅かな荷物を手に取り家を出る。玄関口で振り返り、家に火をくべて燃やした。

 

――何もかもが燃えていく

 

 琴葉と伊之助が使っていたベッドも家具も俺が料理の為に使っていた調理器具も全てが赤く夜を照らす。家が無くなれば思い出も無くなる。伊之助、言葉を零す琴葉の頬には涙が伝い、背負う童磨の背中の服を濡らした。童磨もまた燃える家をいつまでも見ていた。証拠を残さない為にやってきたことだった、慣れていた筈の作業。家を燃やすのは初めてではない。珠世と別れる時も、鬼殺隊から痕跡を消す時にも、やってきたことだ。両親の残した宗教施設が無くなってもどうも思うことはなかった。……それなのに、何故か眼が離せない。あっ、と声が上げた。

 

――そうか、そうなのか

 

 ……腑に落ちた。知らなかった感情を知るのはこれで何度目だろうか。この家を無くすのが嫌だったのだと童磨はようやく気付く。教団が無くなっても思うことが無かった童磨にとってこれは予想外のことだった。……ガヤガヤと周りが騒がしい。どうやら火事に気付いたようだった。いつまでも残る訳にはいかない、童磨は足早に琴葉と共に深い闇の中に溶け込んで消えていった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 琴葉を背負って山を越えて谷を越えて、林を抜ける。碌に整備されていない道を歩いた。琴葉の足の怪我を労わりながらの旅は中々に骨が折れた。昼は眠ってしまう童磨にとってその間は琴葉を見守ることは出来ない。洞窟があれば安心できたが日陰のある山道はそれこそ獣に出くわすのかもしれない、不安ではあったが大丈夫と笑う琴葉を信じて眠る。そうしている内に街に行き着いた、童磨が此処で居住していた頃の隠れ家に入る。久々に入る家は埃被り、散らばる塵と至る所に張り巡らす蜘蛛の巣が童磨たちを出迎える。

 

――まず掃除からしましょうか

 

 椅子に座る琴葉は手を叩き微笑んだ。手始めに行ったことが掃除だったのは言うまでもなかった。はたきや箒で埃を払い、雑巾で床や壁、窓を拭く作業をした。琴葉もやると言って聞かないものだからやらせたがどうにも足のあった頃の感覚でやるようで、目が離せない。琴葉から掃除用具を取り上げたのはそれから間もなくのことだった。私もやれるのに、と唇を尖らせる琴葉に「出来なかったでしょ」と返す童磨も中々に掃除が拙い。信者ばかりに任せきりだったそれは遅く、終わった頃には青みがかった空が窓から差し込んだ。朝が近い。眠気に誘われる童磨を見ながら琴葉は子守歌を歌い出す。指切りげんまんと始まる歌い出し、相変わらずだなと思いながらも心地よさを感じている自分に驚く。子守歌を聞きながら童磨は重たくのしかかる眠気に身を委ねた。

 

――目覚めたのは夕暮れ時だった

 

 掃除が終われば琴葉に必要な家具を買い集め、調理器具や食材を買う。それからはいつかのように童磨が料理を振舞い、琴葉を休ませながら医者を呼んだ。血は止血され、包帯を巻いていても、怪我とは無縁の童磨は人間の医者を呼ぶほかなかった。珠世を呼ぶことも考えたが手紙でやり取りする限り此処とは別の遠い場所に居るらしい。早々に珠世を呼びつけることは諦めた。

 

――何と無力なことだろう

 

 童磨は苦笑しながらも結局医者が来るのを待つのみで出来ることはない。医者の診断に全てを任せ、適切な処置をしてもらえば童磨は外に出て家政婦を雇った。定期的な賃金を条件に雇い入れ、琴葉を任せることにしたのである。かつて居た信者であれば無償でやってくれたに違いなかったが、もう信者は居ない。童磨は独りでどうにかするしかなかった。大した苦労ではあったが伊之助を捜すと言った以上、此処から離れる必要がある。猪に育てられてしまうのは分かっている。どうにかして琴葉の下に返したかった。たったそれだけのことだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 行ってくる、童磨は琴葉ににっこり笑いかければ、琴葉は行ってらっしゃいと童磨の肩を叩いた。優しく叩かれたそこが温かくなった。首を傾げて肩を撫でる童磨を笑って見送る琴葉が小さくなっていく。山の上に登ればもう街の明かりしか見えない。

 

――そこからはもう一人だった

 

 洞窟でも日陰の中でも、一緒に居てくれる人は居ない。夕方起きてもおはようと笑いかけて偶然見つけたと花をくれる女性は居ないのだ、胸にポッカリ穴が空いたように思えてならなかった。間もなく、朝が来る。眠る時に響く歌声が幻聴のように響く。それがどういう訳か懐かしい、童磨は穏やかな眠りに落ちていった。

 




心境的に言えば上京して間もなく一人暮らしを初めて実感する母親の偉大さでしょうか?

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