君は前と同じように俺を睨んだ。覚えてる、次の動作も次の言葉も、君の速い攻撃も、息遣いも。全部全部、覚えてる。だから次の言葉も、分かってる。この羽織に見覚えはないか、と彼女は問いかけた。だから、俺は頷いた。前みたいにうろ覚えじゃない、君の大切な人だから誠意をもって答えることにした。何故そうなったか事細やかに話す。ちょっとした仲違いで、決して悪気はなかったと彼女に話す。話すにあたり彼女に俺の想いを告げることになった。カッコ悪い告白になってしまったけれど。それでも俺はしのぶちゃんに想いを告げた。
――埋めてあげられなくて、カナエちゃんには申し訳なかったよ。ごめんね
そして次の瞬間、彼女の刃が童磨を貫いた。血と感情が溢れ出す。……恐怖じゃない、それは歓喜と高揚だ。彼女の関心は、今この時だけは、紛れもなく俺のモノ。痛みと殺意の心地よさに、童磨は自身の身を震わせた。
――――――――――――――――――
彼女が与えてくれる憎悪は、痛みは、毒は、童磨にとっては愛である。彼女が俺を見てくれていることだから、喜んで受け入れる。待ち焦がれた痛みと熱が、身を焦がす。毒に慣れてしまったせいで少し刺激は足りないが、童磨にとっては藤の毒は自分と彼女を結んだ思い出の品だ。後から毒の効果が表れて身体が崩れたことも、首を刎ねられたことも、全てが他人事でどうでもよかったのに、あの世で君がずっと俺を死ぬのを待っていて、あんなことを言うから、一途に俺を殺そうとするから、健気に頑張るから。堪らなくそれが狂おしいほどに愛おしい。俺を求めてくれているんだね、……俺も君を求めてる、お揃いだね。嬉しいね、楽しいね。童磨は笑って彼女に鉄扇を向ける。
「しのぶちゃん、可愛いね」
やはり君のことを考えると心が動いてしまうよ、そう続く前に刃が童磨の額を貫いた。……毒は、回らない。必死に冷静になる君が可愛らしい、興奮を隠せない童磨は頬を紅潮させる。いつまでもこうしていたい。だけどあの子が来るからなぁ、眼がいいだけが取り柄のあの子。意地悪な子を思い出して頭を振って打ち消した。愛しい君を目の前に他の女の子を考えるなんて野暮じゃないか。ごめんね、しのぶちゃん。
――そろそろ一つになりたいなぁ
鉄扇を扇いで氷の霧を散布する。冷たい空気が肺と全身を冷やす。俺もしのぶちゃんもお互いに冷たくて、それを共有し合って気持ちがいい。それなのに徐々に動きが鈍くなっている、人間の身体は不便だなぁ。氷の蓮が花開き、伸びる蔓が動きを制限させる、近づいて彼女の身体を切り裂けば血が噴き出して、甘い香りが広がった。童磨は眉下を下げて口元を綻ばせ、双眸の虹色がとろりと溶けた。彼女の匂いが、此処にあることがまるで夢心地のようだった。深手を負ってもなお立ち上がり、俺にまた毒を打ち込んだ。頸部に刺さる感触と毒の痺れが、心地良い。未来のことなのに、天井に突き刺さることが懐かしい。ああ、やっぱり君は俺を殺すことを、諦めないんだね。重力に従って、彼女が落ちていく。落ちる前に、天井を蹴り上げて彼女よりも先に落ちた。一人で落ちるのは可哀想だ。動けない愛しい人を受け止めて、抱き締めた。懐かしい軽さと華奢な身体を堪能して、想いを更に告げた。
「しのぶちゃん!!君はやっぱり俺の思った通りの人だ!!だから俺は君を好きになったんだ!!一つになって永遠を共に生きよう!……君は分からないけど前にもこうしたね、懐かしいねぇ。言い残すことはあるかい?聞いてあげる」
「……地獄に落ちろ」
ツレない言葉を耳打ちされる。でもあの世で新妻のように待ってくれているのを俺は知ってるんだぜ。童磨はいじらしく思いながらも笑って返す。
「ははッ、俺と一緒に地獄に行こうぜ、しのぶちゃん」
ごきり、彼女の骨を折った。冷たくなる前に彼女を吸収する途中、叫び声がする。ああ、あの時の意地悪な子だ。せっかくの二人きりを邪魔されて気分が悪い。刀を振られるも動揺が激しい太刀筋では避けるのは造作もない。挑発に乗らないのも分かり切っている。何も言わずしのぶちゃんを吸収すれば、怒りにこらえきれない様子で視線を俺に向けているのが分かる。手元に残った蝶の髪飾りを抱き締めて目を閉ざす。ドクンドクンと心臓の脈打つ音が聞こえて身体が温かい。これでやっと、やっと。
「……やっと、一つになれたね。しのぶちゃん」
操を立てて、清い身体で、良かった。だって、君はこんなに優しく俺と一緒に居てくれている。他の女の子を食べていたら分からなかった。……俺は、今確かに満たされていた。その後は俺の知ることばかりのことが起きた。またあの子に同じ意地悪なことを言われたけれど、前ほど腹は立たなかった。だって、俺はこんなに満たされている、あの子の言う喜びも感動をしのぶちゃんがくれたものだからだ。剣術の基礎も出来てない猪も来たけど大したことは無い。そろそろ行こうと歩き始めた時だった。しのぶちゃんの毒が、身体を蝕んだ。顔がとけて、虹色の眼が崩れ落ちた。……ああ、そうか。まだ足りなかったんだね、考える間もなく、また首を刎ねられた。
――――――――――――――――――
気付けば、暗い闇の中だ。しのぶちゃんが俺を出迎える。あ、やっと死にました。可愛い顔で言われてしまえば、照れてしまうのは男としては仕方ないことだった。
――ねぇ、しのぶちゃん。ねぇ、俺と一緒に地獄へ行かない?
――とっととくたばれ、糞野郎
そして彼女は童磨の誘いを断った。二回も振られちゃった、なんでだろう。童磨はない首を少しだけ動かして傾けた。
――――――――――――――――――
……気付けば、見慣れた天井が見えた。見渡せば自室だ。またもいつかの日のように首から下が生えている。鏡を確認すれば虹色の眼の中に文字は刻まれていなかった。脳内をほじくって弄くり回しても、無惨様が俺を鬼にして下さった記憶以外、蘇らない。何処かで見た現状に陥っていた。
――あれ、元に戻っている?
流石に二回目となると、童磨は今自分の置かれている現状をしっかりと把握する必要があった。どこぞの鬼が俺に血鬼術をかけているのか、あるいは地獄が見せている罰なのか。どちらでもないのは童磨自身が体感してきて分かることだ。あの今までの百年は嘘ではないし、首を刎ねられた感触を童磨は否が応にも理解していた。結局判断材料が足りず、結論を放棄した。……あ、でもこれでまたしのぶちゃんに会えるんだ。今度こそ、彼女を受け入れると決めた。毒に負けない身体を作ろうと信者に言いつけて藤の花を抽出したモノを一滴、最初の頃のように盃に入れた。そして、飲み干した。……首を傾げた。
「んんッ……?」
最初の頃のような具合の悪さが来ない。トクトクとさらに盃に毒を入れて呷れば今度は毒が多すぎた。身体の原型が保てず、崩れ落ちて溶けだした。
――そして、気付けば自室だった
……もう何も驚かないぜ。童磨は先程と同じように鏡を見れば虹色の眼が揺らめくだけで相変わらず文字がない。懲りずに盃に毒を入れて呷る。今度は具合が悪くなるだけになったが。一体どうしたことか、最初の頃だというのに毒に僅かながらだが耐性が出来ているではないか。二度目の時はこんなことは無かった筈なのに。……まさか、童磨は慣れ親しんだ感覚で鉄扇を振れば小さな氷の蓮が咲き出した。何も食べていないのに僅かでも血鬼術が使える事実に驚いた。色々試してみれば多少身体が強くなっていることが分かる。理由は分からないが前の経験を僅かに引き継いでいるのは確かなようだった。こんな面白い身体になったつもりはないが、それでも前回よりも楽になったので童磨自身は得をした気分でいつも通り、男の信者を一人、晩御飯にしてその日は終わった。