考えても使いどころ難しかったんだよ。仕方ないね。
部屋が切り替わる。畳が広がる広い空間だった。真上には吊るされた明かりが灯り、童磨達を照らした。
「虫けらが……、忌々しい」
また、稀血を採り逃した。身体中から鼓の生えた鬼が唸る。虫けらと言いながら右肩に生える鼓を二回叩けば炭治郎と童磨が回転する部屋と共に動き始めた。炭治郎は回転にしたがって着地し、同じく
「部屋そのものに血鬼術が掛かっているようにも見えるねぇ」
面白いね、楽しそうにケラケラ笑う童磨の声が響く。それをよそに鼓の鬼は次の攻撃に転じた。真ん中の腹に生える鼓を鳴らした。ハッとした様子で炭治郎が身をかがめると空を切るように何かが走る。避けたそれは壁に当たり三つの引き裂けた爪痕が残った。へぇ、童磨は楽しげに目を細める。そうしている間にまた鼓の鬼が右肩の鼓を叩き、続けて左肩の鼓を叩いた。それに合わせて部屋は回転し、右に左にと順番に部屋が動く。右脚と左脚に生える鼓も叩けば前に後ろに回転した。鼓の鬼が徐々にその速さを上げれば炭治郎はその速さに着いてこれなくなった。逆に童磨は対応してみせて、トントンと慣れた様子でのんびりと足場を決めていた。
「へぇ!身体に生える部位の鼓によって回転する場所もちがうんだね!!おもしろいね!!おっと、」
見えない鋭い空気の斬撃が童磨の胴体に走る。咄嗟に避けたが童磨の右半身が引き裂けて血が溢れ出した。バッと振り返る炭治郎の視界に映ったのは童磨の右半身から溢れ出す血と腹からまろび出る臓物だった。首元からもダラダラと血が溢れ、右足はブラブラと取れかかっていた。
「ははッ、避けそびれちゃったねぇ」
失敗、失敗と呑気に笑いながら童磨はあっさりとその傷を治してみせた。逆再生するようにまろび出た臓物が腹に戻り、口元を汚す血を童磨は舐めとってみせれば元通りに戻った。残った童磨の血の匂いと共に炭治郎は自身が輪切りになる想像をして僅かに顔を青ざめる。童磨の血だらけの光景をみればなおさら想像は事細やかに脳内に浮かんでしまっていた。珠代さんに手当をしてもらっているが怪我は治っていないのだ。万全じゃない状態で間合いに入って足がもつれてしまったら……と、怪我のせいで、余計に悪い想像ばかりしてしまう。……鱗滝さん、炭治郎は自身の師に縋る。
――水は、どんな形にもなれる
――怪我をしているならそれを補う動きをしろ……!!
自身に言い聞かせる。……今の俺は骨だけでなく、心も折れていた。
――折れている炭治郎じゃだめだよ〜
脳内で泣きべそをかく善逸の姿が浮かんだ。ブチリ、額に筋が立った。
「はい!!ちょっと静かにして下さいッ!!」
「わっ、急にどうしたんだい?」
大丈夫、童磨の心配する言葉を意に介さず炭治郎は目の前の鼓の鬼を睨んだ。
――真っ直ぐ前を向け!!己を鼓舞しろ!!
炭治郎は刀を構える。息を吸い込み、一際大きい声を出した。
「頑張れ炭治郎頑張れ!!俺は今までよくやってきた!!俺はできる奴だ!!そして今日も!!これからも!!折れていても!!俺が挫けることは絶対に無い!!」
精一杯の鼓舞をして、炭治郎はまっすぐ鬼を見た。面白いモノでも見たような面持ちで童磨は炭治郎を流し見て金扇を取り出した。
――――――――――――――――――
部屋は回転し、壁や畳、天井の至る所に爪跡が刻まれた。鼓の鬼はポンポンと鼓を叩き炭治郎は何とか近づこうとしてはいるが、鼓の回転に翻弄されて状況は一向に変わることはなかった。童磨も考えあぐねて自身の血鬼術を出せずにいた。炭治郎が吸い込めば頸を切ってくれる隊士がいなくなる、そう考えた末だった。炭治郎の様子から察するに胸にある何処かの骨が折れているのは間違いない。更に畳みかけるように自身の血鬼術を吸い込めばそれこそ戦えなくなってしまうに違いなかった。ポン、鼓の音が響く。……部屋が回転する。
「わっ!!」
今度は後ろに部屋が動き真っ逆さまに落ち掛かる炭治郎が童磨の視界に映った。咄嗟に吊り下がる明かりの紐を掴む炭治郎のことなどお構いなしに鼓の鬼は腹の鼓を叩き、炭治郎の目の前に鋭い攻撃を繰り出した。迫りくる攻撃が天井に爪跡を立てて迫りくる。炭治郎が咄嗟に手を離せばその爪の斬撃はそこでとどまった。落ちていく、落ちていく。浮遊感と同時に落ちる重量感に襲われる。ぶち当たった先の襖が壊れ落ちて行けば炭治郎は暗い奈落を彷彿とさせる部屋に落ちていった。童磨が手を伸ばし、炭治郎の腕を掴めば落下はそこで止まった。
「大丈夫かい?」
「はい!」
危ない、今のはギリギリだった。炭治郎は胸を撫で下ろした。
「糞……ッ!!忌々しい!!早く稀血を喰わねばならんというのに……ッ!!」
鼓の鬼は腹立たしげに声を荒げた。童磨に引き上げられて炭治郎が安定した足場に立つと、また鼓が叩かれて回転し始めた。襲い掛かる爪を避けながら炭治郎は咄嗟に声を上げた。
「君!!名前は……ッ!?」
「……ッ、……
名を聞かれたのだと気付き、戸惑った様子で鼓の鬼は名を名乗った。響凱の名を繰り返し、よしと呟いた炭治郎が言葉を更に続ける。
「稀血は渡さない!!俺は折れない、諦めない!!」
「……くッ、」
炭治郎の言葉に響凱は呻く。諦めない、そう続ける炭治郎の言葉を聞いて、脳内に蘇ったのは響凱自身の記憶だった。諦めなよ、馬鹿にしたような声が響き渡るようだった。一瞬の走る頭痛を振り払うように炭治郎に言葉を返す。
「……小生は、稀血を食べて……」
眼球から角膜が現れる。刻まれた文字は下弦であったがそれを消すように十文字の古傷が眼球に刻まれていた。癒える鬼の身体を傷つけられるのは、無惨ただ一人。剥奪されたのは明らかだった。響凱は吠える。
「十二鬼月に、戻るのだ!!」
腹の鼓を二度叩き、何処かの襖を破壊すれば紙が飛び散った。構わず響凱は身体中の鼓を叩き続ける。同時に紙の乾いた音が回転し響く。響凱の頭から呪いのようにあの言葉が響き渡っていた。
童磨さんと響凱殿は初対面設定です。童磨自身は下弦の響凱殿は一方的に名前だけ知っているけど、血鬼術が此処まで育っていた(部屋回転やらワープ能力)ことは知らないという解釈です。