部屋に入れば、痛いほどの視線を感じる。睨むカナエちゃんの目を見れば、姉妹揃って似ている
「いや、似てるなって思ってね。不愉快なら謝るよ、ごめんね」
ご飯、持って来たぜ。盆の上には漆塗りの容器が入っており、その中には調理された暖かい食べ物が綺麗に並べられ、彩り豊かに演出する。盆をそのまま差し出せばカナエちゃんの手がバシリと払いのけられて、盆がひっくり返ってしまった。暖かくこしらえたものが散らばって畳を汚し、みそ汁が一面中に流れた。あぁ、勿体無いなぁ。
「……カナエちゃん、食べてくれないと死んじゃうぜ」
命は大切にしなければ、言葉を続けて話せばキッと少女が睨んだ。その眼もいいものだ、
――ああ、それにしても。……食べなければ本当に死んでしまう
カナエちゃんは俺の世話など受けないと言わんばかりに食事を拒否して何日たったことだろう。十日は確実に過ぎていた。死んでしまっては元も子もない。雛鳥のように無理やり口に入れさせてもいいのだが俺としてはこの唇はしのぶちゃんに与えたい訳で。さて、どうしたものかと考えていると捜しに来たらしい信者の一人が俺の元へやって来る。ああ、ちょうど良かった。
「ねぇ、お願いがあるんだ」
たった一言で信者の眼はとろりと溶けたように潤む。極上の快楽を得たように、俺が声を掛ければ信者たちは飛ぶように心が弾むようだった。神の声が聞こえるという俺の言葉は神の啓示に思うらしい。神の声なんて聞いたこともないけどね。それでも天国地獄があると思えるのはあの子のおかげだけれど、やはりこういった信者の妄信は馬鹿らしいと思う。だからこそ気の毒な彼らのためにもこうして俺は教祖としての務めを果たしていきたい。今回は俺の勝手なお願いだけど彼らは快く受け入れてくれるようだ。それに甘えることにした。
「この子のご飯を落としちゃってね、悪いんだけど取ってきてくれないかい?」
勿論でございます、信者の男は去っていく。残されたカナエちゃんに俺は声を掛ける。
「ちょっと待っててね」
ご飯、ちゃんと食べなきゃね。
「……その様子じゃ、また食べてくれないみたいだね、どうしたら食べてもらえるかなぁ……」
「そうだ、俺も君と食べればいいんだ。一人だから寂しかったんだね。言ってくれれば良かったのに照れ臭かったのかな?」
は、と目の前の少女が口を開けているが
「ちょうど食事を持ってくる信者も来ることだし、ちょうどいいかも――ッ」
「やめてッ!!」
遮るようにカナエは声を荒げた。大きな声を上げたせいでふーッふーッと息が整わない様子で、
――しかし、困ったな
「……やめれば、食べてくれるのかな?」
彼女の首は縦に振られた。ああ、よかった。
「じゃあ、食べてね」
よっこいしょ、と声を出しながら
「……あの、そんなに見られると、気になります」
「ああ、気にしないで」
ひらひらと手を
「ああ、可愛いなぁ……」
――愛しいあの子はこういう風に食べるのかな
想像すれば胸が温かくなってくる。興奮を隠せない
――――――――――――――――――
カナエちゃんが食事を取ってくれるようになった。その度に信者に食事を運ばせて俺も居なければ取らないけれど、それだけでも充分な進歩だった。とりあえずは彼女が生きてくれれば今はいいのだ。いつかは前みたいに仲良く話しながら笑ってくれればいいなと思っているが、カナエちゃんは中々素直になってくれない。
――姫君のような生活をさせているのにどうしてだろうね
着物だって高級品だし、与えている
――やっぱり部屋に閉じ込めているのがいけないのかな、だったら屋敷内だったら自由にしてみようか
「こんばんは、カナエちゃん。良い夜だねぇ」
返事はない。相変わらずツレないね、
「それじゃあ、カナエちゃん外に行こうか」
横に抱き上げて、外へ連れ出した。多少暴れはしたが
「ははッ、綺麗だろ?信者たちにも好評なんだ」
気に入ってくれて嬉しいぜ、鬼の尖った牙を覗かせて
「おお、なんだいなんだい。珍しいな、話でもしたいのかい?」
「……私に、何をさせたいの?」
なんだ、そんなことか。
「最初から言ってただろ、ただ生活をして笑って欲しいって。……忘れちゃったのかな?」
「……そうね、貴方はそう言った。だけど目的は見えないの」
貴方は、私に誰を見ているの。彼女の問いに今度は
「似ているなって誰の事なの?どうして私なの?貴方は私を可愛いと言うけれど。誰を、求めているの?」
「そうか、見抜かれていたか。……参ったね」
ははっと笑ったが先程の調子とまるで違う。寂し気に笑って、自嘲じみていた。
――鋭い所もそっくりだ、
「……君には、悪いって思っているよ、別の女の子と重ねているなんて失礼だよね」
ごめんね、だけど君には此処に居て欲しい。願うように目を細めた。
――それだけが、俺の願いなんだ
数字の刻まれた虹色の瞳を静かに閉ざして
童磨さんのメンタルはいか程だろうか。