童磨さんin童磨さん(一発ネタ)   作:こしあんあんこ

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センチメンタル童磨さん。


4週目

 部屋に入れば、痛いほどの視線を感じる。睨むカナエちゃんの目を見れば、姉妹揃って似ている(まなじり)を上げる。人形のような硝子玉の双眸(そうぼう)が俺を映す。鏡のように映る俺の顔はだらしなく笑っていた。睨む目が愛しいあの子の面影を思い起こさせて嬉しくなってしまうのだ。……何が、おかしいのですか、冷たく無機質なカナエちゃんの声が聞こえる。

 

「いや、似てるなって思ってね。不愉快なら謝るよ、ごめんね」

 

 ご飯、持って来たぜ。盆の上には漆塗りの容器が入っており、その中には調理された暖かい食べ物が綺麗に並べられ、彩り豊かに演出する。盆をそのまま差し出せばカナエちゃんの手がバシリと払いのけられて、盆がひっくり返ってしまった。暖かくこしらえたものが散らばって畳を汚し、みそ汁が一面中に流れた。あぁ、勿体無いなぁ。童磨(どうま)は足元を見て残念そうに眉を下げた。

 

「……カナエちゃん、食べてくれないと死んじゃうぜ」

 

 命は大切にしなければ、言葉を続けて話せばキッと少女が睨んだ。その眼もいいものだ、童磨(どうま)は嬉々としてその視線を受け入れる。しのぶちゃんもこんな顔をするのかな、想像するだけで顔が緩んだ。

 

――ああ、それにしても。……食べなければ本当に死んでしまう

 

 カナエちゃんは俺の世話など受けないと言わんばかりに食事を拒否して何日たったことだろう。十日は確実に過ぎていた。死んでしまっては元も子もない。雛鳥のように無理やり口に入れさせてもいいのだが俺としてはこの唇はしのぶちゃんに与えたい訳で。さて、どうしたものかと考えていると捜しに来たらしい信者の一人が俺の元へやって来る。ああ、ちょうど良かった。童磨(どうま)は笑う。

 

「ねぇ、お願いがあるんだ」

 

 たった一言で信者の眼はとろりと溶けたように潤む。極上の快楽を得たように、俺が声を掛ければ信者たちは飛ぶように心が弾むようだった。神の声が聞こえるという俺の言葉は神の啓示に思うらしい。神の声なんて聞いたこともないけどね。それでも天国地獄があると思えるのはあの子のおかげだけれど、やはりこういった信者の妄信は馬鹿らしいと思う。だからこそ気の毒な彼らのためにもこうして俺は教祖としての務めを果たしていきたい。今回は俺の勝手なお願いだけど彼らは快く受け入れてくれるようだ。それに甘えることにした。

 

「この子のご飯を落としちゃってね、悪いんだけど取ってきてくれないかい?」

 

 勿論でございます、信者の男は去っていく。残されたカナエちゃんに俺は声を掛ける。

 

「ちょっと待っててね」

 

 ご飯、ちゃんと食べなきゃね。童磨(どうま)が笑いかければカナエの眼はますます鋭く童磨(どうま)を射貫く。ううん、童磨(どうま)が悩むように首を傾げた。

 

「……その様子じゃ、また食べてくれないみたいだね、どうしたら食べてもらえるかなぁ……」

 

 童磨(どうま)は悩む素振りで少し間が開く。閃いた、と言わんばかりに童磨(どうま)は目を見開かせる、両手を叩き人差し指を立てた。

 

「そうだ、俺も君と食べればいいんだ。一人だから寂しかったんだね。言ってくれれば良かったのに照れ臭かったのかな?」

 

 は、と目の前の少女が口を開けているが童磨(どうま)は気付かず納得したようにうんうんと頷いている。それがいいね、童磨(どうま)はにっこり微笑んだ。

 

「ちょうど食事を持ってくる信者も来ることだし、ちょうどいいかも――ッ」

 

「やめてッ!!」

 

 遮るようにカナエは声を荒げた。大きな声を上げたせいでふーッふーッと息が整わない様子で、童磨(どうま)を見つめる。(すが)るような眼、必死な顔。童磨(どうま)は新しい表情を見て喜んだ。しのぶちゃんもこんな顔をするのだろうか、想像すれば胸の心臓が大きく高鳴った。

 

――しかし、困ったな

 

 童磨(どうま)は眉下を下がらせる。あれも嫌、これも嫌となると俺としてもどうすればいいのか。首を傾げて問いかけた。

 

「……やめれば、食べてくれるのかな?」

 

 彼女の首は縦に振られた。ああ、よかった。童磨(どうま)が喜ぶと同時に食事を運ぶ信者が現れた。息を呑む、音がする。カチャリカチャリと音を立てて信者が膳を持って運んでいる。……彼女の前に置かれた。ありがとう、払い飛ばさず受け入れる様子に童磨(どうま)はホッと胸を撫で下ろし、信者にお礼を言えば信者は飛び上がらんばかりに喜んで部屋を出た。

 

「じゃあ、食べてね」

 

 よっこいしょ、と声を出しながら童磨(どうま)は少し離れた位置にどさりと腰を下ろして胡坐をかいた。膝に肘をつき、手に顎を置いてカナエを見ている。嬉しそうに食事をする様子を見ている様子に耐え切れなかった。カナエは、声を掛けた。

 

「……あの、そんなに見られると、気になります」

 

「ああ、気にしないで」

 

 ひらひらと手を(ひるがえ)童磨(どうま)は笑っている。どうやらやめる気は無いようだ。はあ、思わずため息が零れる、諦めてカナエは食事を続けた。

 

「ああ、可愛いなぁ……」

 

 童磨(どうま)は熱い息を零す。童磨(どうま)は目の前の少女を鑑賞する。仕草から食べる喉の動き、全てを見逃さないと言わんばかりに食い入るように覗き込む。

 

――愛しいあの子はこういう風に食べるのかな

 

 想像すれば胸が温かくなってくる。興奮を隠せない童磨(どうま)は感嘆の声を上げながら、顔を熱くさせた。

 

――――――――――――――――――

 

 カナエちゃんが食事を取ってくれるようになった。その度に信者に食事を運ばせて俺も居なければ取らないけれど、それだけでも充分な進歩だった。とりあえずは彼女が生きてくれれば今はいいのだ。いつかは前みたいに仲良く話しながら笑ってくれればいいなと思っているが、カナエちゃんは中々素直になってくれない。

 

――姫君のような生活をさせているのにどうしてだろうね

 

 着物だって高級品だし、与えている(かんざし)だって腕利きの職人に作らせた一級品だし、食材だって各地の名品珍味の高級品だ。他の女の子はこれで喜んでくれるというのに何が不満だと言うのだろうか、童磨(どうま)は困ったように笑う。睨む彼女も素敵だけどそろそろ別の表情が見てみたい、考えあぐねて思いつく。

 

――やっぱり部屋に閉じ込めているのがいけないのかな、だったら屋敷内だったら自由にしてみようか

 

 童磨(どうま)は名案だと微笑んで、教祖としての務めを果たした後行動に移した。出歩くとなると、鬼である童磨(どうま)は天敵である太陽を避けた。決行は夜となった。眩しいほどの満月の光に照らされて、彼女の部屋の前の(ふすま)へ立つ。……正直、緊張した。喜んでくれるかな、息を整えて部屋に入れば少女が無表情に俺を出迎える。

 

「こんばんは、カナエちゃん。良い夜だねぇ」

 

 返事はない。相変わらずツレないね、童磨(どうま)は笑って彼女の傍に寄る。そして(ひざまず)く。頬を撫でればびくりと肩を震わせた。ガチン、金属の壊れる音がする。えっ、という表情でカナエちゃんは目を瞬かせている。見たこともない表情だ。童磨(どうま)はやってよかったと微笑んだ。

 

「それじゃあ、カナエちゃん外に行こうか」

 

 横に抱き上げて、外へ連れ出した。多少暴れはしたが童磨(どうま)にとっては大した抵抗にはならない。障子を開いて外に出れば満天の星とぽっかりと浮かぶ満月が庭を照らした。庭師に整えさせた草木は夜風にせせらぎ、椿の花が彩り豊かに植えられる。奥に続く踏み石を一歩一歩踏みしめた。……彼女は見入るように周囲を見渡している。可愛いね、童磨(どうま)が笑う。抱き上げられた少女はハッとした表情でみるみる顔を赤らめた。今日はコロコロ表情が変わって面白い。満足そうに童磨(どうま)は口元を緩ませる。

 

「ははッ、綺麗だろ?信者たちにも好評なんだ」

 

 気に入ってくれて嬉しいぜ、鬼の尖った牙を覗かせて童磨(どうま)は笑った。……あなたは、腕の中に納まった少女が小さく声を出す。おや、珍しい。童磨(どうま)は目を丸くさせる。

 

「おお、なんだいなんだい。珍しいな、話でもしたいのかい?」

 

「……私に、何をさせたいの?」

 

 なんだ、そんなことか。童磨(どうま)は応えた。

 

「最初から言ってただろ、ただ生活をして笑って欲しいって。……忘れちゃったのかな?」

 

「……そうね、貴方はそう言った。だけど目的は見えないの」

 

 貴方は、私に誰を見ているの。彼女の問いに今度は童磨(どうま)が固まった。彼女の言葉が続く。

 

「似ているなって誰の事なの?どうして私なの?貴方は私を可愛いと言うけれど。誰を、求めているの?」

 

「そうか、見抜かれていたか。……参ったね」

 

 ははっと笑ったが先程の調子とまるで違う。寂し気に笑って、自嘲じみていた。

 

――鋭い所もそっくりだ、

 

 童磨(どうま)は笑う。カナエの頬を撫でている。鋭く人を切り裂く鬼の爪は傷つけることなく、優しく撫でられた。それに心地よさすら覚えてしまう。

 

「……君には、悪いって思っているよ、別の女の子と重ねているなんて失礼だよね」

 

 ごめんね、だけど君には此処に居て欲しい。願うように目を細めた。

 

――それだけが、俺の願いなんだ

 

 数字の刻まれた虹色の瞳を静かに閉ざして童磨(どうま)はいつものように微笑んだ。カナエの表情は困惑しきっていた。それも可愛いな、と愛しい彼女の姿を思い浮かべた童磨(どうま)は少女に可愛いと呟いた。




童磨さんのメンタルはいか程だろうか。

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