カナエちゃんを鬼にした。無惨様は喜んでおられた、柱を鬼にするのも一興だと彼女に血を分けて頂いた。柱の鬼化など滅多にないだろうな、信者の一人を見繕って持って来る。いつものカナエちゃんの部屋に持ち込んでみれば彼女は耐え切れないといった様子で部屋を荒らす。部屋の衣装箱は引きちぎれ、床から壁、天井に至る場所に鋭い爪で引き裂いた跡が残っていた。当の本人はフッーフッーと猫のような唸り声を上げて、部屋の隅でうずくまっていた。
「うんうん、お腹が空いたんだね、カナエちゃん。大丈夫だよ」
ご飯、持って来たぜ。童磨は見せつけるように腕を千切って見せつけた。カナエは唸り声を上げて童磨の手に収まる食材を払い退けた。びしゃりと畳に落ちた。ああ、童磨は残念そうな声を上げた後、嬉しそうな表情を見せる。懐かしいね、童磨は笑う。
「ははッ、前にも似たようなことしたよね」
分からないだろうけどね、言葉を続けて落とした腕を拾い上げた。埃を払って再びカナエちゃんに見せつける。
「カナエちゃん、ほらご覧。この腕の持ち主はまだ死にたてでね、死後硬直もしてない真新しいものなんだ。血だって新鮮だぜ」
美味しそうだろ、童磨が笑いかければビクリと肩を揺らし、物欲しそうな顔で腕を見つめていた。カナエちゃんの口からよだれが溢れ出し、重力に従って顎まで落ちていった。見てくれるけど手は出してくれないようだ。ううん、童磨は顎に手を置いた。無惨様に志願して監視をしてお世話をしているが食べて貰わないと、強くはならないし俺も無惨様に怒られてしまう訳で。こうやってカナエちゃんの食事事情で悩むのも久しぶりだった。散々悩んで思い当たる節にあたり、納得した。
「おお、そうか。初めてだから不安なんだな。こんなに大きいのも食べにくいからな。よしよし、食べやすくしてやろう」
俺は優しいからな、童磨は手に持った腕を更に半分に引きちぎった。ゴキリゴキリと骨の折れる音や肉片の潰れる音が部屋中に響いた。さあ、出来たぞ。一口ずつ団子状に丸めた肉をカナエに見せつける。
「ほらほら、口を開けてごらん。食べさせてやろう」
カナエの顎を掴む。力を加えれば容易くカナエの小さな口が開く。すかさず肉団子を入れさせればカナエは暴れた。驚かせちゃったかな。可哀想だと思いながら童磨は口を押えて上を向かせた。食べて貰わなければ心配だという親切心からだった。
「さあ、ゆっくり噛んで食べてね。ほら、美味しいぜ」
童磨は肉団子を見せつけるように自分の手に乗せて、飲み込んだ。弾力ある感触を楽しんで、カナエを見ればとうとう喉が動いた。ごくり、よだれを飲み込む音がする。ああ、良かった。童磨は優しく微笑んだ。
「そんなに物足りなそうな顔をしなくてもいいぜ、ほら、まだこんなにあるからな」
沢山の肉団子を童磨は見せつけた。
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もうあれから何年経ったことだろう。鬼にとっては瞬く間の間の期間であったのは事実だが童磨にとってはカナエと過ごした濃い数年であった。童磨の世話の甲斐もあってカナエは変異直後の激しい意識の混濁が僅かに解消された。それでも小食であるのが気になるところだ。心配した童磨がカナエと付ききりで食事を共にすることが多くなったのはそれからすぐのことだった。教祖としての務めもあるのであまり時間は作ることは出来ないがそれでもカナエがいることで童磨は安心していた。……もう一人ではないからだ、カナエは今変異後の意識の境目にいるけれどもっと食べて年月を重ねればそれもなくなる、そうすればまた仲良くなれる。……もしかしたら猗窩座殿と同じように友人になれるかも、想像するだけで童磨の心臓が高まった。これは何だろう、胸に手を当てても手に暖かさは伝わらない。感情が動いて心地がいい。その隣にしのぶちゃんがいることも想像すればますます心臓が早鐘打って嬉しくなってしまって、今回の説法に支障をきたしてしまった。
無惨様の命令で青い彼岸花探しも仕事として存在する。俺は信者に命じてそれとなく探させているが名品珍品ばかりが送られてくるばかりでお目にかかれたことはなかった。探知探索は苦手だから、無惨様のお役に立てないことは面目ないと思うが、教祖としての務めも俺の仕事の一つだ。信者の悩みを聞いて、打ち明けた悩みに真摯になって聞いてやる。その人が欲しい言葉を口にしてしまえば信者たちは喜んだ。……悩める彼らは本当に気の毒だ、道理も受け入れられない彼らだから俺も大切にしたいと思っている。そして、今回も新たな信者が来るようだ。いつものようにお目通りを願われて、部屋に通せば目を見開いて凝視した。なんと、目の前にしのぶちゃんがいるじゃないか。鬼殺隊はどうしたの、なんて聞けることもなく、悩みを聞くこととなった。何でも大切な姉が消えてしまって身寄りがないだとか、よくある信者の不幸話に相槌を打ちながらしのぶちゃんを見る。下から上の服を見る。町娘の服だった、……町娘にしては服がやけに新しい。信者たちの姿を何度も話して見ていた俺だから分かる。
――しのぶちゃんは嘘を吐いている
蝶の髪飾りも付けておらず、肩まで伸びた髪が下されている。普段見ない姿だったから少し見入ってしまった。あの、しのぶちゃんは恥ずかしそうな顔を見せる。ああ、可愛い。演技だと分かっていても惚れた女の子の新しい表情を見るのはいいものだ。今回は無限城じゃない場所で出会えたんだ。……仲良くしようぜ。これからずっと、永遠に。
これからよろしくね、童磨の虹色の瞳が怪しく輝いた。
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日光は鬼にとって天敵であり、俺としては建物の構造は非常に大事なモノだ。増築にあたり教団の屋敷は匠たちに一切の日差しの当たらない構造に拵えさせた。だから日中の日差し真っ盛りでも歩き回れるようにもなれた。おまけにどこの建物にも繋がっている。外には出られないけれど、室内を自由に歩き回って行き来するのは素晴らしいもので。お腹が空けば自由に探し回れると言う意味でも教団の屋敷は使い勝手が良かった。今回は説法を開くために一つ向こうまで歩かなければならないやはり少し広すぎたかな、困り顔で歩いていると目の前から想い人が歩いてきた。思わず声を掛けた。
「やあやあ、しのぶちゃん。此処の生活には慣れたかな?」
「……教祖様。教団の皆さんにはよくして貰っています」
……しのぶちゃんと一つ屋根の下で話をするなんてまるで夢のようだ。思わず顔がにやけそうになった
「うんうん、そうかそうか。良かったねぇ。困ったことがあったら言ってね」
じゃあ、説法があるからまたね。ボロを出さないように早々去ろうと思えばしのぶちゃんに呼び止められた。
「教祖様、お庭の花が満開らしいです、良かったら来られませんか?」
まるで逢瀬の誘いのようだ、胸がトクトクとうるさく響いて言葉が出ない。はっはと息ばかりが出てしまう。そしてようやく言葉を絞り出した。
「……ごめんね、説法でこれから忙しいからね、また今度誘ってね」
後ろ髪引かれる思いで、その場を後にした。……この時初めて無惨様の太陽の煩わしい思いに同調した。
――太陽を浴びてしまえば朽ちてしまうこの身が憎たらしくて仕方なかった