意識が戻ると同時に頭から鈍痛がした。
また、死ねなかったようだ。
目を開けると見慣れない天井があった。
どこの携帯小説の世界だここは。
ぼんやりとした意識のまま体を起こして近くにあった窓から外を見てみるとまだ日は高く、さっきからあまり時間は経っていないようだ。
「目が覚めましたか?」
「ん?」
声がした方を見ると一人の少女が居た。
腰あたりまで伸びた黒髪に紫色の瞳をしていた。
少女は水を貼った洗面器をベッド近くの台に置いて俺の顔色を伺うように屈む。
「気分はどうですか?」
「お前が助けたのか…?」
開口一番がこのセリフとは我ながら呆れてしまいそうになる。
少女もまさか一番最初にそれを聞かれるとは思ってもいない顔をしている。
「はい、ボアベアに襲われそうになっていましたから。服も土まみれで手にも怪我があったのでてっきり運悪くボアベアに遭遇してしまったのかと思ったので」
ボアベア…多分あのクマのことだろう。
やはりこの少女が俺を助けた。
「あのクマはどうした…殺したのか?」
「はい、討伐対象でしたので。これ、使ってください」
やるべき事をやった。
水を絞ったタオルを俺に渡しながら少女はそう言った。
あのクマは死んだ。
俺は生きた。
あのクマはこの少女に殺された。
俺はこの少女に生かされた。
ただ、それだけ。
ただ、それだけの違いだ…。
「なんで俺なんか助けた…」
「…まるで死にたかった、と言ってるみたいですね」
「あぁそうさ、俺はあの時死ぬ気でいた。もう生きなくていいんだと死んでもいいと言われた気がした!それをお前に邪魔されたんだ、どいつもこいつも弱者を救った気になって『あぁ〜いい事した』なんて顔しやがって!なんなら、お前が俺をぶっ!」
「……」
「あ…」
感情任せに喚き散らしている途中で少女に顔を叩かれた。
頬の痛みに昂っていた感情が一瞬静かになる。
その時に見た少女の顔には怒りも哀れみも無く、ただ悲しさだけが表れていた。
「…悪い」
「…貴方の着ていた上着です」
「あぁ…」
出ていけ、と言われた気がした。
そりゃそうだ善意で助けた相手に暴言吐かれるとは思ってもみないだろう。
少女から上着を貰い玄関に案内される。
「…悪かった。お前は正しいことをした、それだけは間違ってない」
少女の返事を待たずに飛び出す。
うっとおしい位に穏やかな日差しを浴びながら見知らぬ街を駆けていく。
あの少女の悲しみに満ちた表情を脳裏から振り払う為に無我夢中で走る。
心臓の鼓動は早くなり、呼吸は自然と荒くなり、口と喉が渇いて痛みさえ出てきた。
気がつけばどこかの裏路地にいた。
壁にもたれ掛かるように座り込み呼吸を落ち着かせる。
「何やってんだ俺…」
自分勝手な持論を押し付け、あまつさえ命の恩人にすら仇でしか返さない。
クズもここまで極まれば寧ろ清々しいもんだ。
空を仰ぐと太陽は雲に隠れていた。
「ハハ、暗雲立ち込めるってか」
確かに見知らぬ場所で金も無く食料も無い。
傍から見れば暗雲が立ち込めるどころか最早詰んでる。
まぁ、その位がお誂えだろう。
どうせ三日後には死体と化してるだろうしな。
「このスラムのゴミが!」
「ぐっ!」
自分の将来設計に自暴自棄になっていると、大通りの方で声が聞こえた。
一応、確認するとボロ布を着た少年が大人の男に殴られていた。
「このゴミが!こんな仕事も出来ねぇなんてなぁ!誰のおかげでメシが食えてると思ってんだ?あぁ!?」
襟首を捕まれ何度も何度も殴られる少年。
このまま何もしなければあの少年は死ぬんだろう。
自分の夢を叶えられず、二度と家族と会うことなく、ただの理不尽で、道端に転がる動物の死骸見たく死ぬのだろう。
男は少年を離すとポケットからナイフを取り出した。
「へへ、スラムの住民には国の法律は関係ねぇ…ここでてめぇを殺しても俺はなんの罰則も受けねぇんだよォ!」
「ぐぅ…」
「なんだァ!その生意気な目は!」
「ぎぁ…く…くたばれ、クソ野郎…」
「ハハハハ!!くたばるのてめぇの方だこのゴミが!」
「ふざけるなクソ野郎」
「あ?」
そんなのはダメだ。
少年が死にたがりなら俺には止める理由は無い。
しかし少年は生きようとした。
なら死なせる訳にはいかない。
死ぬのは俺みたいなやつで十分だ。
「んだてめぇは!部外者はすっこんでろ!」
「ただの理不尽でガキが殺されるのを黙って見てろって?このガキが大罪人や死にたがりなら黙ってようと思ったんだがな、どうやらそうじゃない様だぜ?」
少年の容態を確認するとかなりひどい状態だった。
歯が何本か折れていて顔中痣だらけだ。
少年に上着を掛けて男と向き合う。
「ハッ!てめぇもスラムの住民か?てめぇらゴミ共が俺に逆らうとどうなるか教えてやるよォ!」
「てめぇのことも、この世界のことも知ったこっちゃねぇ。ただ、俺の前で生きようとしてる奴がてめぇみてぇなクソ野郎に踏みにじられるのが我慢ならないだけだ!」
「無能のゴミは大人しく俺の言うことを聞いてりゃいいのさ!それくらいでしかてめぇらゴミ共は役立たねぇんだからなぁ!」
男はナイフ片手に俺に近づく。
普通なら足が竦んだり逃げ出すようなところだが、俺は酷く冷静だった。
ナイフを左手で受け止める。
刃が俺の手を貫通し激痛が走る。
だが、そのまま左手で男の手を掴む。
「なっ!?」
「これはガキの分だ」
右手で男の顔面を思い切り殴る。
男は吹き飛びナイフは俺の手を貫通したままになった。
まだだ、この程度じゃ俺は死ねない。
男は鼻を押さえながら血走った目で俺を見る。
どうやら鼻が折れたらしい。
「てめぇ…!てめぇら二人共、ぶっ殺してやる!俺に歯向かってタダで済むと思ってんじゃねえぞぉ!」
「いいえ、そこまでですよ」
「ぎぁ!?」
一発の銃弾が男の膝を撃ち抜いた。
銃声がした方を見ると、少女が銃を男に向けて構えていた。
俺を助けてくれたあの少女だ。
「お前…」
「私が助けたのはそこの子供です。貴方を助けたわけじゃありません」
「そうか…」
少女がもう一発男に撃ち込むと男は沈黙した。
「殺したわけじゃありません。二発目は睡眠弾です」
「そうか」
少女は銃をしまうと流れるように少年の容態の確認に向かった。
俺はその場に座り込む。
ただ、ナイフが刺さった左手はずっと激痛が続いている。
暫くすると少女が俺の方に来た。
「……ガキの方はもういいのか?」
「はい、回復魔法で治しました」
「そうか、よかった」
「…貴方のそれは、治してもいいんですか?」
「あぁ、頼む」
左手を少女に向けるとなんの躊躇いもなくナイフを引き抜いた。
激痛すぎて鈍い声が出た。
本当は「ぎゃあああ!」とか出そうだったがなんとか堪えた。
少女が聞きなれない言葉を発すると左手の出血が止まった。
「暫く安静にしてれば特に問題なく治ります」
「そうか…」
「…今度は怒らないんですね」
「あの時は悪かった…あれは色々混乱してたんだよ、それでつい…」
「ふふ、随分としおらしいですね」
「まぁ、一周まわって落ち着いた感じだ」
「そういえば、行くところあるんですか?」
「ねぇよ、どうせどっかでくたばるんだ無くていいさ」
「それならくたばるまで家に来ませんか?どうしても死にたくなったら私が責任をもって埋葬してあげます」
「なんでだよ」
「貴方が気に入ったから、じゃダメですか?」
「ちっ、分かったよ。すぐ死ぬだろうがよろしくな」
「因みに私にはクロ・カトレアという名前があります」
「はぁ…佐藤健だ」
「よろしくお願いしますねタケルさん」
こうして、一人の死にたがりと一人の少女は出会うこととなった。