死にたがりと少女   作:陽炎 紅炎

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白髪の男

初仕事を終えギルドに帰ってきた俺達はウルフの特異個体の血を持ってマリーのもとを訪ねた。

 

「あら、お帰りなさい。流石に早かったわね」

「ただいま戻りましたマリーさん。いきなりで申し訳ないんですけど、この血を鑑定してくれませんか」

「いいけど…なんの血?新種でもいたの?」

「いえ、ウルフの血なんですけど…おかしな個体だったので」

「おかしい?」

「はい、脳髄を抉ったはずなのに体を木っ端微塵にしないと死ななかったんです」

「えー…木っ端微塵にしたの?」

「はい、タケルさんが」

「え、彼が!?」

 

マリーが驚いた顔で立ち上がり俺の方へ顔を向けた。

頭の先から爪先までじっくり見られ少し身じろぎしてしまう。

 

「たしかに魔力は高かったけど…そんなに魔法の才能があったの?」

「ま、まぁ、そんなところです」

「あ、あぁ。人間、どんな才能があるか分からないもんだよなぁ…」

 

なんとか誤魔化すために笑みを浮かべるが、二人とも引きつった笑みにやっているだろうから苦しい…。

俺の不死についてはバレたら色々問題が起こるかもという理由で黙っておくことにした。

これにはクロも同意してくれた。

 

「ふーん、まぁ、わかったわ。とりあえずあんた達の報酬を先に渡しておくわね。鑑定は時間かかるから待ってて頂戴」

「わかりました」

 

マリーは報酬の入った皮袋と入れ替えるように、血の入ったビンを持ってカウンターの奥へと入っていった。

俺とクロは大きく一息ついた。

 

「…とりあえず、お疲れ」

「はい、お疲れ様でした。報酬は二人で均等に割りましょう」

「あぁ」

「私はマリーさんの手伝いをしてきますけど、どうしますか?」

「その辺に座って鑑定が終わるのを待ってるよ」

「わかりました。では、後で」

「あぁ」

 

そこから俺達は別れて行動した。

俺は特に用事もないので空いている席に座りクロと作った文字早見表と借りた本で文字を覚えることにした。

とりあえず読めないことには始まらない。

俺に欠如しているもの、それは情報だ。

文字が読めなければその情報が書いてあるものが読めない。

つまり情報収集が出来ないのだ。

いつまでもクロに翻訳してもらっていては非効率的すぎる。

まさか異世界に来て言葉の勉強をするとは…。

 

「うーん…これが…こうで…」

「すまない、ここに座ってもいいかな?」

「ん?」

 

声のした方を向くとツンツンした白髪で赤い目をした男がいた。

顔色が青白く健康的とは言い難い。

プレートの上に料理が載っているところを見ると食事する場所を探していたらしい。

 

「あぁ、すまん…どうぞ」

「ありがとう。すまないね」

「気にすんな」

 

お互い初対面のはずだがあまり距離を感じない。

俺は本を読み進め、男は食事を始めた。

チラリとメニューを見ると、肉料理と野菜ばかりだった。

 

「…貧血なのか?」

「んぐっ…あぁ、昔からね、よく分かったね」

「母親がそうなんだよ。大変だな…」

「もう慣れたよ。君は…読書中かい?」

「ハズレ、勉強中だ。最近こっちに引っ越してきてな、文字が読めねぇんだ」

「…ということは外国の人かな?」

「あぁ、どこの国かまでは言わねぇぞ」

「構わないよ、そこまで詮索するつもりは無いさ」

「そうか」

 

適当な話題から始まった会話は次第に弾んでいく。

不思議だ、この男とは自然と話せる。

初対面の人間を警戒してしまい、ぎこちない会話が多い俺が悠々と会話ができる。

 

「僕も遠い国出身でね、文字には苦労したもんだよ」

「そうなのか」

「あぁ、もう十年以上前の話しさ」

 

男は食事を続けながら語り始めた。

 

「国を出て右も左も分からない時、とある村の住人たちに世話になってね、文字や魔法について教えて貰ったんだ…。そう言えば自己紹介がまだだったね、僕はアルカというものだ」

「タケルだ」

「タケルか、よろしくね」

「あぁ、こちらこそ」

 

遅めの自己紹介が終わった後、アルカは自分の事について語った。

最初は魔法が上手く使えなかったこと。

一人の女性が文字や魔法について教えてくれたこと。

村の皆はいい人達ばかりだったこと。

 

「でも、楽しい時間というのはあっという間でね。すぐに終わってしまう」

「っ……」

「僕が村に住み始めて二年がたった頃、戦争が起こったんだ。沢山の村や街が燃えた、住処を奪われた魔物が近隣の村々を襲うなんてこともあった。僕の住んでいた村も魔物に襲われて…全滅した」

「…辛いならもう言わなくていい」

「いや、大丈夫だ。村を助けに来てくれた二人の兵士が僕と彼女を逃がしてくれたんだ、でも、彼女は魔物から受けた傷が原因で病に伏せて…そのまま……」

 

アルカは大丈夫と言いながらも爪がくい込むほど手に力を込めて話していた。

こいつはクロと同じ様に大切な人を失った。

それも人が起こした戦争が原因でだ。

 

「悔しいんだな。いや、憎んでるのか?人や魔物じゃなく、その時の自分を」

「あぁ、あの時僕に彼女を救えるだけの力があれば…彼女は死ななかったかもしれないと思うと…どうしてもあの日、あの時、あの瞬間の自分が許せないっ!」

 

トン…と拳を机に叩きつける。

それほど無力な自分を許せないんだろう、あと少しで救えるはずだった奴を救えなかった自分が。

震える体を落ち着けるように大きな深呼吸をしてアルカは握り拳を解いた。

 

「ふぅ…すまない、初対面の君にする話じゃなかったね」

「構わねぇよ、もう慣れた」

「ハハ、君は聞き上手だなぁ…ついつい喋りすぎてしまう」

「また愚痴なら聞いてやるよ、ギルドに居るってことはお前も冒険者なんだろ?」

「お察しの通り冒険者だよ。まだゴールドだけどね」

「俺はブロンズさ」

「そうなのかい!?とても見えなかったよ…」

「ハハ、世辞はいいよ」

 

アルカも溜まっていたものを吐けたのか、さっきよりいい顔色になっていた。

食事が載っていたプレートを持ち席を立つ。

 

「さて、そろそろ行くよ。また会えるといいね」

「そうだな、またどこかで」

 

それだけ言うとアルカはギルドの人混みに紛れていった。

不思議なやつだったが、悪いやつじゃなさそうだ。

…さて、勉強の続きをするか。

 

「タケルさん」

「ん、どうしたクロ」

「…血のことについて鑑定が終わったのでギルド長室まで来てください」

「…あんまり良くない結果だったみたいだな」

「…はい」

「わかった。で、何処だ?そのギルド長室って」

「こっちです」

 

 

 

 

 

 

「お前が件のウルフを木っ端微塵にしたとかいう男か」

「あぁ、合ってるよ」

 

ギルド長室に案内された俺はクロの隣に座らされた。

白髪が混じり灰色の髪をしたガタイの良いおっさんが険しい顔で俺達の前に座っている。

眼帯で隠れた右目からも俺を射抜きそうな視線を感じる。

 

「…マスター、タケルさんはともかく、私とマリーさんの前で威厳を出そうとしてもダメですよ」

「がははは!すまんな若いの!俺はここのギルド長、ガドル・ジルヴァだ。ウルフを木っ端微塵にしたと聞いたからどんなやつかと思ってな、呼ばせてもらった」

「はあ…」

 

先程の雰囲気とは打って変わって陽気に話し始め戸惑ってしまった。

多分かなり間抜けな表情をしてると思う。

ガドル…マスターは血の入ったビンを顔の前に持ち上げ唸り始めた。

 

「…それで、鑑定が終わったんだろ?どうだったんだ?」

「それが…」

「このウルフの血に吸血鬼の魔力が混じっていたの」

「吸血鬼?あれか、銀の銃弾で心臓打ったり、十字架と聖水で祓ったりするあれか」

「その通り、吸血鬼はかなり希少の種族でな。十五年前の戦争でかなり数が減ったせいもあって、今じゃ殆ど御伽噺だ」

 

吸血鬼…アニメや漫画の世界のものだと思っていたが魔法があるこの世界なら、居ても違和感はないな。

あくまで個人的にだが。

 

「で、吸血鬼の魔力が混じっただけで急所を抉られても死なないなんてことになるのか?」

「正確には血に混じった魔力が鑑定の結果に出た訳だけど。血とはその者の特性がありありと出るものなの、つまりあのウルフは半分吸血鬼化してたって訳」

「ウルフと吸血鬼の混血種…ってことか。ということは吸血鬼は傷を負っても再生とかするのか?」

「はい、吸血鬼の再生能力はとても高くて心臓を破壊しない限り倒しきることは不可能とまで言われてます」

「と言っても、今の時代に吸血鬼と戦った事ある者なんて居らんがな」

「…自然発生、って訳じゃないよな」

「流石に考えられないわね」

「人為的、と見るしかないだろうな。考えづらいが」

 

今の話をまとめると、吸血鬼の血が混じった奴は吸血鬼化して心臓を破壊されない限り死なない。

この現象は自然発生したとは考えにくい。

吸血鬼本人、または別の誰かが吸血鬼の血を他の魔物に与えている。

…こんなところか。

ギルド長室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

ガドルもマリーもクロも、皆顔が険しかった。

 

「とにかく、今この件を知るのはここにいるもの達だけ…いいな?」

「あぁ、わかったよマスター」

「わかりました」

「了解」

「では、現刻を持って解散とする」

 

初仕事の結果に釈然としないがクロと俺は帰ることにした。

そんなに長居した気はしなかったが外は夕方になり茜色の空が広がっていた。

 

「十五年前…」

「…どうかしたか?」

「いえ、なんでもないです」

 

薄暗いせいでクロの表情はあまり分からなかったが

その時のクロの態度が両親について語っていた時の雰囲気によく似ていた。


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